とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

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人工衛星の価値

 12人の統括理事会を始めとして、学園都市にはいくつかのVIP認定された人員・組織が存在する。彼らは普通とは違う警備で守られている他、命の危機に見舞われれば、様々な部署から招集がかけられるはずだ。

 

 つまり、と麦野が言葉を区切った。

 

「VIPが暗殺されたら、どうなると思う?」

「治療先の病院の、警備の強化とか。特殊な機材や、研究員なんかも、召集される。つまり、その混乱に乗じて、『スクール』は行動するつもり」

 

 単純でつまらない手、と霧丘が言った。

 

 確かに『隙』を作ることはできるのかもしれない。しかし、それにしては決定打に欠ける方法だ。もとから警備が厳重な場所――第二十三学区や、『窓のないビル』には特に意味のないことである。元々『襲撃される可能性のある施設』から『その可能性を釣り上げる』のが限界であろう。

 

「保険、かもしれないわね。『スクール』の連中なら、本気になれば力技でも大抵の施設は突破できるだろうし」

 

 だが、『スクール』はその保険のために潰されたスナイパーを補充したり、親船最中の暗殺を企てたりした。それらの点を鑑みると、かなり神経質に調整された計画のようだ。

 

 つまり、親船最中の暗殺未遂は単なる『保険の1つ』に過ぎず、彼らはこれから本命の『どこか』あるいは『誰か』を襲う予定である――ということだ。

 

 その話を横で聞いていた浜面は、恐る恐る言葉をかける。

 

「あれ? ということは、親船暗殺は『未遂』で終わって正解なのか?」

「どっちでもいいんじゃない?」

 

 親船は曲がりなりにも12人しかいないトップの1人。

 

 仮に暗殺が成功すれば、今度は心肺蘇生や検視、解剖のために多くの人員や得体のしれない技術を総動員して対処することになる。

 

 『スクール』は親船暗殺が成功した場合でも失敗した場合でも、どちらでも動ける状況を作ってあるはずだ。つまり、『どちらの状況になっても警備の手薄になる施設』が連中の目的ということになる。

 

 そこまで話した麦野は勢いよく席を立つと、浜面の方を振り向きもせずに口だけで命令する。

 

「車を探して来て頂戴。すぐに出ることになりそうだし」

 

 その偉そうな物言いに浜面はイラッと来たが、反論などできる立場ではない。それでも、思わず独り言のように呟く。

 

「くそっ、俺は100人以上のスキルアウトを束ねていた組織のリーダーなんだぞ……」

「そうね。だから何?」

(……ちくしょう)

 

 今度は心の中だけに留めた浜面は、先にファミレスを出て車を探すことにした。

 

 そして、路地裏で『調達』しようとしていたのだが、その時麦野のポケットにある携帯端末がピーピーと電子音を鳴らす。

 

「おい、それ放っておいて良いのか?」

「良いって良いって。私らがやらなくたって、別の誰かが対処してるよ」

 

 麦野はそうは言ったものの、あまりのやかましさについに電話に出た。そして噛みつくような大声を出す。

 

「やっかましいなバカ! 応答する気がないことくらい分からないの!?」

『こいつときたら! こっちだって連絡したくて連絡してるわけじゃないんだっつーの!』

 

 別にスピーカーフォンではないのだが、そばで聞いている浜面にも煩き感じられるほどの大音量が流れ出した。相手はいつも通り、『アイテム』に指示を出している『電話の女』である。

 

『第五学区のウイルス保管センターで緊急事態が発生しているから、アンタらも出動して問題を解決しなさい!』

「えー」

 

 麦野はいかにも面倒くさい、といった様子で不満の声を漏らす。

 

 彼女はやかましく叫ぶ『電話の女』と言葉の応酬を繰り広げていたが、麦野が「『スクール』野郎を皆殺しにする」と言うと相手の反応が変わった。

 

『ええと、追加でいい? 最低でも1人に10発は鉛玉をぶち込んであげて?』

「……あのー、つかぬ事をお聞きしますが、管理者のお前は止めるべき場面ですよ?」

『騒ぐな下っ端。「スクール」の連中は前から嫌いだったのよ。この私の頭を悩ませるものは全て地球から消えてしまえば良いのだーっ!』

 

 がはははーっ! という、とても女の物とは思えない笑い声と共に電話が切れると、麦野は自分の手にある携帯端末を呆れたような表情をしながらポケットに収めた。

 

 あれが組織のまとめ役で良いのか、という呆れ顔をしている。

 

「ところで浜面、本当にアシは手に入るの?」

 

 浜面はその質問には適当に答えると、路上駐車してある乗用車に近づいた。携帯電話に取り付けたファイバースコープ装置によって鍵穴の形状を確認すると、数本の針金を使うだけであっさりとドアのロックが解除される。

 

 さらに、浜面は運転席に乗り込むと、ハンドル下にあるエンジンキーの鍵穴を調べた。

 

「はー、便利なスキルだね」

 

 本当に感心しているような声で、助手席に乗り込む麦野。後部座席には霧丘、フレンダ、滝壺の3人が少し窮屈そうに並んでいる。

 

「行先は?」

 

 浜面が麦野に尋ねると、第十八学区の霧ケ丘女学院。その近くにある素粒子工学研究所、という答えが返ってきた。

 

「親船の騒ぎに乗って施設警備の人間が緊急招集されたり機材が運ばれたりって混乱があったのはあそこだけ。それにあわせてガードもかなり手薄になっている」

 

 分かりやすい計画犯罪だよね、と嘲笑する麦野。浜面も思ったことを口にした。

 

「1か所だけって、随分と簡単な構図だな」

「失礼、言い忘れた。数ある中で有益なポイントは1か所だけでしたって話」

 

 そーかい、と浜面は適当に返す。

 

「それにしても、素粒子工学? 仮にそこが本当のターゲットだったとして、『スクール』の連中は何が目的なんだ?」

「さあね、少なくとも親船最中の命よりは重要なんじゃない? そういう訳で、クソ野郎どもの尻拭いツアーにしゅっぱーつ」

 

 あっさりとエンジンを始動させる浜面に、滝壺が声をかけた。

 

「はまづら、免許持っていたの?」

「必要なのはカードじゃない。技術だ」

 

 適当に浜面は答えて、オートマ車を滑らかに発進させた。言いつけ通り、彼らを『仕事場』まで運ぶ。

 

「暇だ……」

 

 そして自分以外誰もいなくなった車内で、浜面は呟いた。盗難車は今、目的地の近くで路上駐車させてある。

 

 100メートルほど先の四角い建物では、研究所を強襲する『スクール』とその迎撃を行う『アイテム』、2つの組織が戦闘を繰り広げているはずだ。

 

 浜面はその方向を見て、建物が半分くらい崩れていることに気が付いた。

 

超能力(レベル5)、ね)

 

『アイテム』のリーダー、麦野沈利は学園都市第4位の超能力者だ。この組織に働かされるようになってから初めて彼は超能力者を間近で見たわけであるが、かつてそれらと敵対する道を選んだ、自分たちの元リーダーのことを思い出していた。

 

 かつての武装無能力者集団(スキルアウト)のリーダー駒場利徳は、本当にあれと戦って勝てると信じていたのだろうか……そして、そのリーダーを失った彼らは、それでもまだ戦おうとしているのだろうか。

 

「……チッ」

 

 浜面はつまらなさそうにハンドルを叩く。どちらにしろ、そのスキルアウトからも逃げて能力者の軍門に渡った自分に、何かを語る資格などない。

 

 苛立ちが高まった彼は、気分転換に外に出ることにした。

 

 そこで浜面は目を見張った。

 

(おおおおっ!? ブースタの89年モデルがあるじゃねえか! 4ドアの帝王って呼ばれている奴だぞ!)

 

 あまり高い車を選ぶことは、『暗部』の活動上目立つことになるのでよろしくない。しかし、それでも彼は興奮を抑えきれずに、ポケットから開錠用のツールを取り出すとグレードの高い、違いの分かる大人なスポーツカーに近づこうとする。

 

 しかし、その時突然後ろから声がかけられた。

 

「浜面ぁ!」

「はひぃ!?」

 

 突如として飛んできた声に、浜面は慌ててツールをポケットにしまうと後ろへ振り向いた。

 

 そこにいたのは、緑色のジャージを着た女教師、黄泉川愛穂だった。その上からでも体の凹凸が分かるほどのスタイルであるが、それでもセンスの悪さ丸出しの緑色ジャージを着ているのは、単に彼女が体育教師だからという理由だけではない。

 

 彼女は警備員(アンチスキル)なのだ。スキルアウトには天敵とも呼べる存在であり、実際に浜面も彼女に補導された経験がある。

 

「あれー? お前どうしたじゃんよ。確か断崖大学データベースセンターの件で補導されたって聞いていたけど。結局、お前じゃなかったの?」

 

 良かったよかった、などと言っている彼女であるが、この気さくな行為は彼女からの一方的なものだった。「すまない。……惚れたかも」などと過去にのたまった友人はともかく、少なくとも浜面は過去に14回も夜の街にいた自分を留置場にぶち込んだ女に好感を持てるような人間ではない。

 

 何でここにいるんだ、と浜面が忌々しそうに言うと、彼女はそんなの決まっている、とばかりに件の素粒子工学研究所を指さした。そこからは煙も上がっており、いかに下部組織が情報操作をしても目視をされたら誤魔化しきれない。

 

 思わず額に手を当てる浜面だったが、黄泉川は両手を腰に当ててにこにことほほ笑んでいる。

 

「で、先生はいつでもお前の更生を願っているじゃんけど」

「はあ? 何を言って――」

「何で車の鍵穴を覗き込むような中腰じゃんよ。まさかと思うが、こんなところで私に手錠を使わせるつもりじゃないじゃんな?」

 

 ギクゥ! と身を縮こませそうになる浜面。しかしこんなところでジ・エンド等は決して許されるわけではないので、彼は慌てて弁明する。

 

「ち、違うんだ! 赤ちゃんが!」

 

 赤ちゃんが車内に取り残されて! という浜面の言葉に、何!? と黄泉川が慌てて車内を覗き込もうとした時だった。

 

 警報装置が作動して、ピリピリピリーッというけたたましい音が辺りに響き渡る。

 

 慌てる黄泉川の横で、素知らぬ顔で口笛を吹き始めた浜面だったが、その時研究所から一台のステーションワゴンが猛スピードで走り去って行った。その後を追うように、麦野が滝壺の首ねっこを掴みながら走って来る。

 

「浜面! 下手なナンパしてないでこっち来い! あのステーションワゴンを追うの! 早く!」

 

 

 

 

 

「せっかくの休日だというのに、学園都市の『闇』は超平常運転……それどころか、むしろこの日を狙って行動を超起こしているみたいです」

 

 盗聴をした最愛が言った。

 

 結局あの親船最中の公演中に起きた空気清浄機爆発事故(……に見せかけての狙撃未遂事件)が発生した後、駿斗たちは人知れず消火をしたうえで、混乱している人たちへの対応を警備員と風紀委員(ジャッジメント)の到着まで初春を手伝っていた。

 

 結局、打ち止め(ラストオーダー)は彼女に預けたままの状態になってしまっているのだが、下手に知らない人物に預けるよりも、まだ友人である初春の方が良いだろう、ということにした。もちろん、御坂にもメールを送信したので、あまり時間がかからないうちに彼女に引き取られるだろうが。

 

 さて、これで問題の1つは解決した……と願いたい訳なのだが。

 

「しかも、それを表に堂々と出しているってどういうことだよ……」

「えっとー、その親船最中を狙ったスナイパーがどうなったのかは超知りませんけれど、他の組織も色々と超動いているみたいですよ? 外部接続ターミナルが原因不明のハッキングを受けているみたいですし、第十八学区の霧ケ丘女学院近くにある素粒子工学研究所では、謎の煙が超確認されて火事ではないか、という話ですが、警備員の出動が不自然に超遅れています」

 

 了解、と駿斗は返す。

 

 何が起こっているのかくらい知っておこう、と思って情報収集を提案したのは駿斗だったのだが、まさか幼馴染が、『暗部』で得た知識と情報を元にここまでやってくれるとは思わなかったので逆に少し唖然としている。

 

 これがプロか……などと呟きながら、二度と彼女たちには協力の要請などさせるまい、と駿斗は決意していた。

 

 すると、最愛が焦ったような声を出した。

 

「もう1つ、第二十三学区でクラッキングを超受けている施設があります! ここは……航空宇宙工学研究所所属、衛星管制センター?」

「人工衛星がクラックされているのか!?」

 

 何やら大がかりなことになったことに、駿斗も口をはさむ。すると、今度は海鳥の顔に焦りが浮かぶ。

 

「おい、そりゃまずいぞ。確か衛星ひこぼしⅡ号には『あれ』が搭載されているはずだ」

「あれ?」

 

 駿斗が聞き返すと、彼女は少しためらった後に答えた。

 

「……地上攻撃用大口径レーザー。厳密には白色光波を利用した光学爆撃兵器だが、対象を4000度程度の高温で焼くと同時に、白色光波は紫外線同様に細胞核を破壊するはたらきを持つからな。周囲一帯にいた人は焼死するか、ガンで寿命を縮めるかの2択だ」

 

 それはつまり、クラッキングした犯人は地上の任意の場所をいつでも焼け野原にできる、ということだった。しかも、それは最小で半径5メートルではあるが、最大では半径5キロにも及ぶ照射範囲を持つという。

 

「……急ぐぞ。衛星管理センターのアンテナさえ破壊できれば、クラッキングは止まるよな?」

「テロでも超起こすつもりですか?」

「ばれないようにやるさ。何、無能力者だったら警備員にそこまで危険視されることもない」

 

 駿斗は電話をつなげると、高速移動術式を使用して駆け出した。

 

『第二十三学区なんて、一番警備が超厳しいところですが大丈夫ですか?』

「問題ないよ。センサーの類は全て波動干渉(ウェーブインターフェア)で誤魔化せるからな」

 

 監視カメラや赤外線センサーといった類は問題ない。むしろ、今は間に合うかどうかの方が問題であった。

 

 だが、駿斗にしてもその問題は解決済みだ。

 

幻想魔弾(マジック・バレット)を展開」

 

 駿斗は射程圏内に目標を収めると、幻想核杖(イマジン・コアロッド)の先を前方へ向けて魔力を通す。すると、それを中心にライフル銃が形成され、さらには上部に魔方陣が展開された。中心が空洞となっているその魔方陣の中には、衛星管理センターが映し出されている。

 

 幻想魔弾。

 

 オペラで有名な『魔弾の射手』をメインとして、他にも主神の槍(グングニル)雷神の槌(ミョルニル)空翔る剣(フラガラッハ)などの伝承に共通する『射程距離』、豊穣神フレイの剣などをモチーフにした『命中精度』などの要素を取り込んだ、百発百中の狙撃術式となっている。

 

 もっとも、今のままでは威力は大したことないが、アンテナを使い物にならなくする程度であれば問題ない。

 

「目標を補足。弾道の調整を完了。……発射!」

 

 小さな光の弾が、何キロも離れたアンテナを射抜いた。

 

「破壊成功。……これでOKか?」

『はい。ハッキングは止まったようですが……』

「ん? 何だ?」

 

 幼馴染の、イマイチ釈然としない声に駿斗は聞き返す。すると、最愛が言った。

 

『先ほどまでは焦っていたので、頭から抜けていました。しかし、ひこぼしⅡ号の主な用途は学園都市と周辺地域の監視なんですよ』

「なっ……!」

 

 驚きの声を上げる駿斗に、最愛ははっきりと言った。

 

『敵に超踊らされた、という訳です。ひょっとしたら、外部から大量に「敵」が超入って来るかもしれません』

 

 

 

 

 

 一方、駿斗と同じような境遇を一方通行(アクセラレータ)と海原光貴も味わっていた。

 

 暗部組織『スクール』に襲われたかのように見えた海原であったが、実際に彼を襲い、そして彼が潜入に成功したのは『ブロック』という組織であった。そして、クラッキングをしかけたのも同様だ。

 

 下っ端らしき人物とすり替わった彼であったが、思わぬことにこの『山手』という人物は『ブロック』の中でも主要な人物であったらしい。

 

「一方通行さん……で合ってますよね。海原です」

 

 今は変装中であるので、普段の声を使用するだけで危険だが、仕方がない。

 

『悪りィが助けに来いってンなら聞かねえよ。今は衛星へのクラッキングを止める必要があるからな。お前が「スクール」を止めるっつーなら話を聞いてやっても良いが』

「『スクール』じゃないんです」

 

 そう、この日に合わせて計画を練っていたのは『スクール』だけではなかった。『ブロック』もまたこの日に合わせて独自の計画を考えており、たまたま日付がかぶっただけであるらしい。

 

「現状だと、あと20分くらいで『ひこぼしⅡ号』は『ブロック』の手に落ちてしまいます」

 

 恐らくは通常のマニュアル通りに従って衛星の管制を一時凍結しようとすれば、恐らくそれだけで1時間以上かかるはずだ。とてもじゃないが間に合わない。宇宙関連には金がかかることは分かっているが、だからと言って、いざというときに使えない対応マニュアルなど役立たずもいいところだ。

 

『ターゲットは』

「第十三学区ですよ」

 

 一方通行は眉をひそめる。あそこには現在外部接続ターミナルの関係で土御門と結標が向かっているはずだが、それ以外には特に意味が感じられない。

 

『あンな所を狙ったって、外部接続ターミナル以外にロクな施設はないだろォが。幼稚園やら小学校やらが集まっているばかりだぞ』

 

 しかし、海原の回答は予想とは異なっていた。

 

「ですから、それが狙いなんです」

 

 第十三学区を攻撃すれば、被害者となるのは学園都市の中でも最年少の住民だ。つまり、そんなところへ自分の子供を預けようとする親はいなくなってしまう。

 

 一方であくまでも学生の街である学園都市では、人々はその都市の中に限って就職をするわけではない。いつかは『卒業』していくものなのだ。そのために、新入生がいなくなってしまえば都市の人口は減るばかりで最後には機能できなくなってしまう。

 

『……10年単位で、この街をゆっくりと殺していくつもりか』

 

 結局、一方通行が衛星用の地上アンテナを壊すことで話が落ち着くと、海原は通信を切った。しばらくすると、彼ら『ブロック』は第10学区にある雑居ビルに入る。どうやら、ここが『ブロック』の隠れ家の1つとして機能しているらしい。

 

「……そろそろだな」

 

 リーダーの佐久辰彦が、熊のような巨体を揺らして言った。筋肉質の女性、手塩が彼の前に置いてある阿蘇紺の画面を見ながら、話しかける。

 

「成功したのか」

「概ねな。ウイルス保管センターをダミーに使ったおかげで、第二十三学区も手薄になった」

 

 力を感じさせる口調で、彼は手塩の方を見ずに独り言のように話す。

 

「これで、隅から隅までアレイスターの匂いが染み渡った、クソみたいな世界からおさらばできる。こいつは、そのための第一歩、といったところだな」

 

 横でそんな話が進められていくのを見つめる海原は、ちらりと壁に掛けられた時計を確認する。一方通行からの連絡はないため、彼がアンテナを破壊できたのかは分からない。

 

(……あのパソコンを破壊すれば済む話でしょうが、そうなったら自分の命はないでしょうね)

 

 決断までの猶予がない。その事実に、さらに海原の手に汗がにじむ。

 

 だがその時、佐久が表情を変えた。

 

「……衛星との通信が切れた。地上アンテナを破壊したな」

 

 その言葉に、海原は思わずキョトンとしてしまった。いくら一方通行でも、早すぎはしないか。

 

「早すぎないか」

「他の組織の超能力者(レベル5)か、あるいは第三勢力か。分からねえが、とにかく地上アンテナが破壊されたっていうなら話が早い」

 

 その余裕を持った言葉を聞いて、海原が表情を強張らせた。何か、策があるのだ。一度アンテナを壊されても、何とかなるようなものが。

 

 理解が追い付かない海原の横で、佐久がさらに言った。

 

 

「成功だ」

 

 

 今度こそ。海原の思考が一瞬停止した。

 

 だが、彼は慌てて考える。自分の決定的な勘違いに気が付く。

 

「俺たちの能力じゃあ、第二十三学区の正面突破は難しかったからな。しかしまあ、地上アンテナを破壊しないことには始まらない。だから、もっと有能な馬鹿に手伝ってもらう必要があった」

「以外に、考えすぎだったのかも、しれない。超能力者は、もうアンテナに、到着している」

 

 ひこぼしⅡ号の攻撃能力は奪われたが、それと同時に監視機能が犠牲になった。そのことを『グループ』に携帯電話で伝えたいが、このタイミングで場所を離れて連絡を取るのは難しい。

 

 手塩が佐久の顔をじろりと見る。

 

「第十一学区、『外』で待機している連中……本当に使えるんだろうな」

「今回の計画に限れば、ああいった連中のほうが適任だ」

 

 佐久がノートパソコンを下部組織の連中に放り投げた。

 

 

「行くぞ。壁の外じゃあ5000人の傭兵たちが待っている」

 

 

 10月9日、午後1時29分。

 

 学園都市は上空からの監視網を失い、その防衛機能が大幅に低下した。


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