とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

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超音速での途中下車

「C文書。それが今回の鍵となる霊装の名前だにゃー」

 

 土御門が説明を始めた。

 

 超音速旅客機というの、通常の航空機よりも一回り大きい。それを乗組員を除けばたったの3人で利用することとなった彼らは、せっかくなので堂々とファーストクラスの席を陣取った。

 

 今回問題の中心となるのは『C文書』という霊装。正式にはDocument of Constantine。それまで迫害を続けていたローマ帝国の中で、初めて十字教を公認したローマ皇帝、コンスタンティヌス大帝が記した文書だ。

 

 『十字教の最大トップはローマ教皇であり、コンスタンティヌス大帝が自治するヨーロッパ広域の土地権利は全てローマ教皇に与える。だから、そのヨーロッパ広域にすむ者達は全員、ローマ教皇に従わなくてはならない』……という、胡散臭いくらいにローマ正教にとって有利な証明書。

 

 そんな説明を、土御門は座席についている液晶のタッチ式モニタをいじりながら続けた。

 

「その『霊装』としての効果は、そうだな。コンパスみたいなもんだって言われている」

 

 約1700年前大帝が治めた土地の中なら、C文書には現在でも刻まれた『皇帝の土地である』との刻印が浮かび上がる。大帝の遺産は教皇のものでもある事から、『C文書の印が反応した土地・物品は全てローマ正教に開発・使用の決定権が委ねられる』。

 

 しかし、その真偽は胡散臭く、そして実際には“その程度のもの”ではなかった。

 

「C文書の真の効果はもっとスケールがデカいんだ。そいつは『ローマ教皇の発言が全て正しい情報となる』というものだった」

 

 そこまで説明した土御門は当麻の方へと向き直る。

 

「かみやーん、人の話をちゃんと聞いてんのかにゃー?」

「――おごごごごごごごごぶぶっ!」

 

 当麻はきちんとした返事ができないようだ。

 

 時速7000キロ。そのGに、通常の人間は耐えきれない。

 

 しかし、やはり土御門のような例外はいるようで。

 

「当麻が聞いていなかったら、地上に降りる際に俺が適当に叩き込んでおくよ」

 

 駿斗が平然と答えた。

 

 もっとも、彼は天使の力(テレズマ)による肉体強化という反則技を使用しているためであって、決して彼自身が丈夫だったとかそういうわけではない。

 

「その、C文書ってのは、それを使って、教皇が話したことが、全部、正しくなるってこと、だよな」

 

 あの状況の中でも、話だけはきちんと聞いていたらしい。

 

「じゃあ、つまり、何でも願いがかなう、錬金術の『黄金錬成(アルス=マグナ)』みたいなものか……おえっ!」

「いや、そうじゃないにゃー」

 

 当麻に対して、土御門は鼻歌でも歌いそうな気軽さだった。

 

 流石の駿斗も、その驚異的な頑丈さには目を見張る。

 

「C文書の効果はあくまでも『正しいと人に信じさせる』効果でしかない。実際に物理法則がねじまがっちまうとか、そういうものではないぜい」

「要するに、人の思考を誘導するものってところか?」

「はやとん、正解。おおざっぱにいえばそんなところだにゃー」

 

 駿斗の質問に答える土御門。

 

 この霊装はあくまでも『ローマ正教にとって正しい』と信じ込ませるためのものでしかなく、『ローマ正教にとっての正しさなんてどうでもいい』とか、『たとえ間違っていても構わない』と思っている人間は霊装の効果の対象外となるのだという。

 

「いいい、言っていることを、正しいと思わせる霊装?で、でもそれって」

「ハハッ、なんとなく卑怯に聞こえるかにゃー。でも権力者の発言=絶対の法律じゃなかった時代には、威厳を保つための小細工なんていくらでもやったにゃー」

 

 たとえば日本ならば、江戸時代には『切り捨て御免』という制度があった。

 

 近世において武士が百姓など下の身分の者らから耐え難い『無礼』を受けた時は、斬殺しても処罰されない――これは当時の江戸幕府の法律である『公事方御定書』にも明記された。当時は無礼な行為によって武士の名誉が傷つけられる事を制止するための、正当防衛的な行為と認識されていたらしい。

 

 それと同じ。

 

 ペストの流行。十字軍遠征の失敗……そういったことで『神は絶対』というものが揺らいでしまった。そこで、ローマ正教があまりにも大きな危機に際した時、人々の心が離れないようにしたい。

 

 そうしてできたのが『C文書』。

 

「で、ででででも、そんな凄まじい、霊装があるなら、何で、今まで使って、来なかったんだ……?」

「C文書の効果は絶大だぜい。一度『正しい』と設定した事柄はC文書を使っても打ち消すのは難しい」

 

 だから、下手に設定を乱立するわけにはいかなかったらしい。

 

「それに、誰でも扱えるものじゃない上に、場所だって特定されている。本来ならバチカンの中心部に据え置かないと使えないはずだぜい」

「じゃあ、どうしてフランス何だ? 確かに、ローマ正教の本拠地に乗り込むよりはマシだろうけど」

 

 駿斗が土御門に訊いた。

 

「ええとだにゃー。それを説明するにはどこから話せばいいんだっけ……?」

 

 彼がそう言った時、ポーン、と飛行機のスピーカーから電子音が聞こえてきた。続いて、合成音声のような女性のアナウンスも。日本語でも英語でもなかったので、さっぱり彼らには分からない。

 

「っと、そろそろ時間がなくなってきたみたいだにゃー。かみやん、本当に大丈夫か。辛かったら深呼吸してみろ」

 

 土御門が医者がやるように「はい、吸ってー吐いてー」と当麻の介抱をする。

 

「おい、当麻。本当に大丈夫か?」

 

 駿斗は心配そうに声をかけるが、土御門は「だー、こりゃ一度吐いちまった方が楽になるんじゃねーの?」と当麻をどこかへと連れて行ってしまう。駿斗も、心配そうについて行った。

 

 そして。

 

「はい。これつけてこれ」

「え?」

 

 土御門から2人に手渡されたのは、ごついベルトが付いたリュックサックみたいなものだ。……というか、駿斗にはどうしても、テレビでスカイダイビングをやっている人が装着しているパラシュートにしか見えなかった。

 

 駿斗はとりあえず装着したが、嫌な予感を感じ取る。

 

「あの、土御門? これはもしかして」

「じゃ、思う存分吐いちゃおうぜーい!」

 

 ごうん、とポンプが動く音の後に、

 

 

 ガバッ、と。

 

 唐突に機体の壁が大きく開き、その向こうに青空が見えた。

 

 

 はい? と2人の眼が思わず点になる。

 

 しかし、そうしているうちに機内に烈風が吹き荒れて、中の者が全て外に吐き出されそうになった。

 

「つつつつ、土御門ォー!?」

 

 当麻は慌てて機内の壁の突起に手をかけた。駿斗も、すぐに重力操作(グラビティ)で自分の体を縫い付ける。

 

 轟音と共に吹き荒れる風の中、土御門は笑っていた。

 

「さあかみやん、準備は終わったから思う存分吐いちゃうにゃー」

「吐いちゃうにゃーじゃねえよどうなってんだ! おっ、お前。さては荷物搬入用の後部ハッチを思いっきり開放しやがったのか―!?」

 

 しかし、当麻の抗議もむなしく土御門はそのまま友人2人を外へと蹴り飛ばす。

 

 駿斗はすぐに2つの手のひらから空気を噴射して、空中で体制を整えた。その時、土御門がいかにもスカイスポーツ満喫してます的な笑顔で飛び降りてくるのが見える。

 

 しばらくすると、パラシュートが首に絡まった親友が100メートル以上の幅を持つ大河に落ちて行くのが確認できたので、駿斗は急いで軌道修正。

 

 今回も『不幸』なことになりそうだ、と駿斗は考えつつ、親友の下へと移動する。

 

 

 

 

 

「えっと……天草式の五和、だっけ?」

「あ、はい。ご無沙汰しています」

 

 当麻と駿斗の目の前の日本人、ぱっちりとした二重瞼の少女はぺこりと頭を下げた。

 

 当麻をローヌ川から引き上げてくれたこの少女だが、彼女は本来なら他の天草式メンバーと一緒にイギリスで生活しているはずなのだ。

 

 しかし、今この場にいる理由なんて1つしかないだろう。

 

「やっぱり、その辺に隠れている他のメンバーと一緒に、デモや抗議行動を止めるためにC文書をどうのこうのとか……」

「ど、どうしてそのことを知っているんですか!?」

 

 口元に手を当てて驚愕する五和は、そのまま叫んだ。。

 

「私たち天草式がようやく探り当てた糸口をそんな簡単に? さすがは元女教皇(プリエステス)様を倒した御方です!」

 

 何やら瞳をキラキラさせている五和であるが、駿斗からしたら「えー? 倒してはないだろう」と言った感じである。

 

 そもそも初対面の時は会話するだけで終わったし、御使堕し(エンゼルフォール)の際には共闘しただけ。そして、唯一戦ったと言えるアリサの一件ではあくまでも『拮抗』であった。……そもそも聖人に拮抗できる時点で、人間離れしているのだが。

 

 その時、当麻が五和に訊いた。

 

「なあ、五和。もしかして土御門に呼ばれてここに来たのか?」

「はぁ。ツチミカドさん、ですか?」

 

 どうやら五和は土御門のことを知らないらしい。

 

「あの、その、ええと。というか、そもそもあなた方は何でいきなりパラシュートで降りてきたんですか? 日本の学校の方は大丈夫なんですか?」

 

 五和に常識的なクエスチョンをぶつけられる2人。その質問には駿斗が答えた。

 

「学校の方は完全下校時刻を回っているよ。まあ、明日は多分休まなくちゃならなくなるけどな……で、土御門からC文書の話を聞かされてそれを止めるために来たってところだ。五和は?」

「私たちはイギリス清教から要請を受けて、フランス国内の地脈や地形の魔術的価値などの調査を行っていたのですが」

 

 私たち……つまり、天草式のメンバーが彼女以外にもここにいるということか。駿斗はそう考えて納得する。

 

 彼女以外にも身に覚えのある魔力が多く感じられたからだ。

 

 五和の話によると、ここはフランスのアビニョンという町であるらしい。

 

 ふと当麻が言った。

 

「なあ五和。そういえば、土御門の話だとC文書ってバチカンじゃなきゃ使えないって話じゃなかったっけ?」

「はい」

 

 肯定の返事をする五和。

 

「だとしたらなぜイタリアじゃなくてフランスにいるんだ?」

 

 土御門には答えを聞く前に飛行機から叩き落とされたから、知らないんだよな、と言う駿斗。微妙な苦笑をしている五和であるが、どうやら彼女は駿斗の言葉の後半部分を冗談だと思ったようである。

 

 ……まあ、むしろ本当に飛行機から叩き落とされたとは思わないのが普通であろう。

 

「あの、その前に荷物を取ってきてもいいですか?」

「荷物?」

「ええ。橋の上に置いてきちゃったままなので」

 

 その言葉に、駿斗は近くにある半分くらい崩れたアーチ状の石橋の方を振り返った。

 

「じゃあ、取ってきてくれ。あと、できれば別の服装に着替えてくれると助かる」

 

 その言葉に不思議そうな顔をした彼女であったが、2人がためらいがちに顔を逸らしながらその胸元を指さした。厳密には、水にぬれて張り付いた上に色々と透けてしまっているピンク色のタンクトップを。

 

 彼女は顔を赤くしながらも両手を交差させて胸元を隠しつつ、小走りで走り去ってしまった。

 

「「うーん……」」

 

 彼らの知り合いのように、平手打ちをする、頭に噛みつく、10億ボルトの高圧電流で黒焦げにする、といったエキセントリックな行動をしなかったので、むしろ彼らの方が気まずい感じである。

 

「お、お待たせしました」

 

 しばらくすると、彼女は薄い緑色のブラウスを羽織ってやってきた。何も来ていない裸の上から、直接。

 

「……、五和さん?」

 

 ぎょっとする2人であったが、彼女は顔を真っ赤にして体を縮こませてしまった。

 

 露出度で言えば彼女たちの女教皇である神裂火織のほうが高いのだが、五輪は神裂のように堂々としていないので余計に目立ってしまっている気がする。

 

「その、あなたたちもC文書の方を回収しに来たのなら、その方と合流するまで行動を共にしませんか」

 

 自分の格好のことを早く頭の中から追い出したいのか、彼女は少し強引に『仕事』の話を持ち出してきた。もっとも、この提案はフランス語も話せずフランスの貨幣やパスポートも持っていない彼らにとってはありがたいものだった。

 

「あ、とりあえず体の方をなんとかしようかな。魔術でも使うか……いや、こんな人目のつく場所はやめた方がいいのか」

 

 自分の泥だらけの格好を見た駿斗が言った。学園都市の外に出ることに慣れていない駿斗だが、異能の力をおおっぴろげに使う訳にはいかない、と自重したのだ。

 

 その発言に当麻も同意する。

 

「そうだな。俺も」

「そ、それならですね。私おしぼり持っていますから――」

 

 彼女がそう言い終わる前に、駿斗の頭に大きなタオルがかぶせられた。驚いた駿斗が見上げると、大きな犬と一緒に散歩をしていたおじさんが振り向きもせずに『返さなくていいよ』と手を振っていた。

 

 その様子を見ていた当麻が言った。

 

「……はあ、親切な人っているんだなあ。フランス人ってなんで挙動があんないちいち格好いいんだろ。あれ、五和?」

「い、いえ。何でもないです……」

 

 彼女は明らかに落胆したような感じで、当麻におしぼりを渡す。

 

 一通り泥を適当に落とした後、彼らは広場から離れて喫茶店に入った。

 

「なぜそこでドローリコーヒー? 老夫婦が趣味で始めましたみたいな隠れた名店とかないの?」

 

 当麻が言う。

 

 彼女が言うには、そういった店にいるのは地元の常連ばかりで目立ってしまうのだという。

 

「待った。そんなこと言ったら、俺たちもかなり汚れているぞ」

 

 タオルで水は取れたが、泥は完全には落ちない。

 

 しかし、五和は言った。

 

「今なら、大丈夫なんです」

 

 店内に入った彼らは、その言葉の意味を知る。

 

 客の大半が髪や服の乱れがあり、泥が付いていたり、手足に包帯を巻いていた。屈強な大人から子供まで、無傷の人であるほうが珍しいくらいだ。

 

「デモや抗議行動、か」

 

 当麻が思わずぽつりとつぶやいた。

 

 五和によれば、カウンターで何かメニューを頼まないと目立ってしまうらしい。そこで、彼らは軽食を取ることとなった。

 

「コーヒーアンドサンドウィッチ、プリーズ!」

 

 当麻が片言で英語をしゃべる。五和が料金を払ってくれた。そして駿斗と五和は。

 

「エスプレッソとサラミのサンドイッチで」

「エスプレッソと黒豚のサンドイッチ。あとはヘルシー野菜スティックでお願いします」

 

 ええー日本語で大丈夫だったの? と声を上げる当麻だが、よく見れば店員さんの肩に国旗を模したバッジがいくつかついているのだ。不自然なので、通じる言語を表したものであると駿斗は考えたというわけである。

 

 3人はそれぞれのトレイをもって1つのテーブルを囲む。すると、五和のカバンからゴトリと重たい音が聞こえた。2人がそれを注視する。すると、五和が手をバタバタと振った。

 

「き、気にしないでください」

「いや、でも」

 

 当麻が何か言いかけると、彼女はほとんど唇を動かさないようにして話す。

 

「(……そのう、武器が入っているんです)」

「は?」

 

 彼女が話すには、武器である海軍用船上槍(フリウリスピア)を分解し、使うときには接続器(アタッチメント)で固定するようにしているらしい。

 

「それより、そのツチミカドさんとは連絡が取れたんですか?」

「いや、だめだ」

 

 五和が話を変えたが、駿斗が即答した。

 

「携帯電話はつながらない。相手が電源を切っているか、電波の届かないところにいるかのどちらかだろう」

 

 とりあえずサンドイッチでも食べながら、作戦会議をすることにするが、そこで当麻が気が付いた。

 

「うわ、どうしよう。食べる前に手を拭いておきたかったんだけど」

 

 その言葉に五和が顔を輝かせた。

 

「そ、それならですね、私が――」

 

 彼女がカバンからおしぼりを取り出そうとしたが、その時店員さんが短いフランス語の後にぞんざいな手つきで紙ナプキンを置いていった。

 

 五和がなにやらがっかりしたような表情をしていたが、それに気が付かないまま彼らは自分の手をふく。

 

「さっきの話の続きだけどさ。結局、どういうわけでバチカンじゃなくてアビニョンなんだ?」

 

 気を取り直して駿斗が聞く。

 

「教皇庁宮殿、という建物はご存知ですか?」

 

 五和の言葉に、彼らはハテナマークを頭に浮かべる。

 

 彼女の話によりと、教皇庁宮殿というのはアビニョンの中でもローマ正教最大の施設であるらしい。

 

 13世紀末に起こったローマ教皇とフランス国王の間の諍い。それに勝利したフランスは、ローマ教皇にアビニョンに幽閉することにした……これがアビニョン捕囚というらしい。

 

 その際に幽閉された宮殿であるから、教皇庁宮殿、と名付けられた。

 

「このアビニョン捕囚は68年間、数代にわたってローマ教皇を縛り付けました。当然、その間もこの町で教皇としての職務は果たさなければならないわけで」

 

 しかし、仕事の中には枢機卿の任命式などローマ教皇領の中でしかできないものもある。必要な霊装がそこに揃っているからだ。

 

「ですから、彼らローマ正教は小細工をする必要があったんです」

 

 アビニョンとローマの間に術式的なパイプラインを築き、ローマ教皇領の設備を遠隔操作できるように小細工をした。

 

「……大型サーバーにアクセス用のコンピュータを接続するようなものか」

「アビニョン捕囚が終わってローマ教皇がフランスから本拠地へ戻る際に、こうしたパイプラインは何重にもわたって切断されたはずなんですけれど……」

 

 しかし、地脈から考えてもこの場所でC文書を使えるのはそこしかないという。

 

「じゃあ、土御門が俺たちをここで落としたのは教皇庁宮殿が狙いってわけか。だけど五和、どうして本拠地のバチカンじゃなくてわざわざアビニョンまで来るんだ?」

 

 駿斗の疑問はもっともであるため、五和もすぐに答えた。

 

「それについてはいろいろ仮説がありますけど、C文書の使用の承認を得るには莫大な時間がかかるんじゃないでしょうか」

 

 ローマ正教の上層部にいる枢機卿は141人。ローマ教皇ですら、彼1人の独断では使用できないという。

 

「ところが、アビニョン経由での操作は例外で、枢機卿の意見をまとめる必要はない……という情報もあるんです」

 

 その場合には、バチカンとは異なる『準備』が必要となるらしいので、今ならまだC文書の行使をやめて世界中の混乱を収められる可能性がある……と五和は言った。

 

 彼女たち『天草式』は情報を集めた上で、数日後には教皇庁宮殿へ突入するつもりらしい。

 

 駿斗と当麻にしても、今までの情報源である土御門を失った状態なので、勝手に本拠地に乗り込むよりは五和と一緒に教皇庁宮殿へ乗り込む天草式の作戦に協力した方が良いだろう、と考える。

 

「五和、俺たちになんか手伝えることはないか?」

「え?」

「数日後には突入するって話だったけれど、少しでも早い方がいいだろ」

「は、はい。それなら――」

 

 彼女は問いかけながらも、2人の問いに答えようとした。だが、彼女の応えがきちんと発せられることはなかった。

 

 

 ドバン! という轟音と共に。

 

 いきなり道路に面したウィンドウが一斉に砕け散ったからだ。

 

 

 そこから飛び出したのは無数の手。石や鉄パイプを扱うこともなく、その圧力だけでガラスが砕け散った。

 

「暴動か!」

「こ、こっちです!」

 

 カバンをつかんだ五和の誘導に従う2人。満員電車のような店内を、正面出入口ではなく非常口へと向かって走る。

 

『日本人だ!』

『学園都市か!?』

『潰せ。ためらうな。あれは敵だ!』

 

 2人にはフランス語が分からなかったが、それでも彼らの感情のニュアンスが伝わってきた。3人は無数の手に追いつかれる前に店の中を脱出し、五和が鉄製のドアを蹴り飛ばして閉める。

 

「五和、せめて店内にいた子供だけでも――」

「あれぐらいなら!」

 

 引き返そうとした当麻に、五和が叫ぶ。

 

「あれぐらいなら、世界中で起きています。私たちは、あの災いの根っこであるC文書を止めに来たんです!」

「ちくしょう!」

 

 当麻の叫びと、駿斗の想いが重なる。駿斗は自分の奥歯を強く噛みしめていた。

 

 ローマ正教は暴動を引き起こしている。

 

 学園都市はそれを利用している。

 

 人々の叫び声やガラスの割れる音が聞こえる中、彼らは駆けだした。

 

「五和、どこまで逃げる気だ!」

「とりあえず、人ごみに巻き込まれないところならどこでもいいんですけれど……」

「いや、それは本命にでも辿り着かない限り難しいと思う」

 

 駿斗が言う。

 

「向こうのタイミングが良すぎる。五和、今までこのような暴動に巻き込まれたことは?」

「ありませんでしたけれど……まさか」

「これは連中からの『迎撃』ってわけだ! 学園都市の超音速旅客機からパラシュートで何かを投下したことくらいなら、あいつらにだって分かるだろうからな!」

 

 彼らは、人の波に突っ込む覚悟を決めた。


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