東方千夢劇 ~Infinite DANMAKU for Lotus Land.   作:かぶらや嚆矢

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一ノ捌・

「訊きたいこと……訊きたいことねぇ」

 

 千冬の言葉をオウム返しに繰り返す霊夢はいったん千冬から視線を逸らし、訊きたいこと、訊くべきことはないか考えを巡らせてみる。

 

「……んー」

 往々にして、自由を与えられるとかえって不自由になる場合がある。霊夢はこの織斑千冬という人間に興味を感じつつあったが、今の時点で特に何かを知りたいということはなかった。先に交わされた会話において、ここがどこかという現状把握および、千冬の人となりについてを含め、知りたいことはおおよそ訊くことが出来た。それゆえ霊夢は首を横に振ってみせることで、自身の回答とする。

 

「ではこれからの話をするが、否応なくここへ連れてこられた博麗はこの先どうするつもりだ?」

 

「当面の問題はそこなのよね。今のところ予定はまったく未定。迎えが来るまで待ちぼうけ」

 

「コールサインを出すなどして自分から迎えを呼ぶことは出来んのか?」

 

「無理ね。呼べないこともないけど呼んだところで来る奴じゃないし、むしろ忘れたころになってから来るというか、呼んでないのにやって来るというか」

 

 ずいぶんいい加減な奴だな。呆れたような面持ちをしてみせる千冬に霊夢は大いに同調したあとで、いい機会を得たとばかりに、今後の身の振り方について真剣に思いを巡らせる。

 

 紫が迎えに来るまで時間を潰すにしても、別段、する事が決まっているわけではないのだ。とはいえ、何もしなくていい訳ではもちろんない。待機の拠点になるような雨露をしのげる場所を探したり、食糧等を確保するなど、生きていく上での必需品を得るための最低限のアクションは起こす必要がある。ただ、生来の面倒くさがり屋である霊夢にとってそういった地道かつ実を結びにくい活動は、ほとんど苦役と呼んで差し支えがないものだった。

 

 だからこそ霊夢は、もっとも合理的で、もっとも手早く、そして強引な手段を採ることにした。

 

「迎えが来るまでここにいていい?」

 

「十中八九そう言い出すと思っていたぞ……最終的な判断は私だけでは下せんが、まぁ便宜を図るようには渡りを付けてやろう」

 

「やった! やっぱり何でも言ってみるものね!」

 

「ただし交換条件がある」

 

「弾幕ごっこに負けた方は勝った方の言うことを聞く。そんでもって勝ったのは私」

 

「そうだな。そして、勝っても何も要求しないと宣言したのも確か博麗だったと記憶しているが」

 

「うっ……で、でも! あんた確か、責任は私が負うから好きにしてくれって言った!」

 

「違いないが、その後で博麗は何と答えた? 忘れたならば教えてやるのはやぶさかではないぞ」

 

 うぎぎ、と言葉に詰まってしまう霊夢。ついで、悪いのはお互い様だなんて調子に乗らなければよかったと激しく後悔するが、鷹揚に振る舞ってしまった手前、やはりなかったことにしてほしいとはとても言い出せなかった。後の祭りとはけだしこの事であろう。

 

「……えへへ」

 

「なんだそのシイタケの断面図みたいな眼は」

 

 小首を傾げて曖昧に笑ってみせた霊夢は、媚びるような上目遣いでもって千冬の顔を仰ぎ見る。

だが、愛くるしいはずの霊夢のコケットなスマイルは千冬の鉄面皮を一撫でしただけで、たとえば譲歩を引き出すなど何ら状況の好転をもたらすことはない。

 

 いつの間にか取引の天秤は大きく傾いていた。本来であれば話を訊かせていただいている立場であるはずの千冬が主導権を握り、霊夢が決断を迫られる立場になっている。しかも決断といっても検討する余地がほとんどないほどに条件が悪かった。すなわち千冬が提示する条件を呑んで安寧を得るか、意地を張ってIS学園なる場所から追い出されて路頭に迷うかの二者択一である。とはいえ千冬の思い通りに事が運ぶのも癪だから一応考える素振りをしてはみたものの、どう考えても結論はひとつしかない。

 結局、霊夢はなかば負け惜しみのようにしてこう叫ぶしかなかった。

 

「――言っておくけど! お金払えって言われても無理だからね! いま無一文だし、何より私の神社は参拝客が来ないせいで火の車を燃やす燃料代にも事欠いてるような有様なんだからーっ!」

 

「力強く言わんでもそんな浅ましい要求などするか馬鹿者。だいたい今は大して金に困っとらん」

 

「なによ。妬ましいわね」

 

「交換条件と言ったから語弊があったが、どちらかといえば頼み事だ。それも個人的なものだな」

 

「個人的な頼み事? ふーん、内容を聞いてから決めるわ。面倒なことじゃないなら考える」

 

 何も難しいことではないが、と断った千冬は缶の中に残っていたコーヒーを飲み干した。ついで空になった缶をアンダースローで放り投げる。その軌跡を何となく目で追う霊夢。一滴の雫もこぼすことなく放物線を描いて投じられた缶は、自動販売機の脇に並ぶ籠形の空き缶入れの真ん中へとすっぽり飛び込み、からんと澄んだ音を立てた。千冬と霊夢の両者とも互いの顔でなく缶の行方に目を向けていたが、そんな状況にあって千冬は霊夢の方へ視線を戻すと、何でもないことを話すかのような口振りでもって言葉を続ける。

 

「博麗が言うところの弾幕ごっこを、私に教えてほしいだけだ」

 

 さらりと告げられた申し出は、霊夢をいたく驚かせた。投じられた空き缶の行方から千冬の方へ弾かれたように向き直った霊夢は、つい、千冬をまじまじと見つめてしまう。

 

 ぴんと背筋を伸ばし、頭ひとつ分高い位置からまっすぐ霊夢を見返してくる千冬の表情は真剣というより、何かを思い詰めているような切迫感があった。冗談で言っているのではないことはもちろん、先のように、適当に答えて受け流すことも許されそうにない雰囲気である。

 

 そしてごまかせないのであれば、霊夢に出来ることは、真実をそのまま語る以外にないだろう。それをどのように受け止めるかは相手しだいであり、霊夢が気を回すことではない。

 

 ひとつ息をついてから霊夢もまた千冬の双眸をまっすぐに見つめ、要点だけ答えた。いわく、

 

「はっきり言うけど、何を教わったって無駄よ。あんたも相当腕は立つみたいだけど、いくら教えたところで弾幕を撃つのは不可能だわ」

 

「ああ、また語弊があったな。別に博麗のように徒手で弾幕を撃てるようになりたいと望んでいるわけではない。それが出来るはずがないことは分かっているさ。そうではなく、ISで弾幕ごっことやらを擬似的に再現したいだけだ」

 

 霊夢は妙な顔をした。この表情が硬い外の人間はいったい何を企んでいるのか? 淡泊なところといい考え方といいどことなく自分と似ているように感ぜられるが、それだけに今ひとつ申し出の意図するところが読めなかった。相互理解のために費やした時間が足りていないせいか、霊夢は織斑千冬という人間を未だに把握しきれないでいる。

 

「あいえすで、ねぇ。それでも教えたからって弾幕を使えるようになるとは限らないじゃない」

 

「完全に再現することは難しかろうな。だが幸いこの学園にはISの開発や研究に特化したセクションがあり、倉持技研とのパイプもある。上辺だけなら模倣するのは不可能でないと見ているぞ」

 

「その、セクション? 倉持技研とやらも何が何だか分からないけど、それ以上に、あんたが何を

考えてるかが一番分かんないわ。あいえすを使えば空も飛べるし戦闘も出来るのに、どうしてわざわざ弾幕ごっこの真似なんかするのよ。今のあいえすの使い道に何か不満でもあるわけ?」

 

「……不満。ふん、今のあいえすの使い道に何か不満があるのか、か……」

 

 霊夢のイントネーションを真似る千冬の声は、突然にその色合いを変えた。ついぞ聞いたことのない、あからさまに嘲るような調子であるが、それは霊夢ではなく霊夢以外の誰かに向けて言っている印象だった。あるいは自分自身をあげつらっているような自虐的なトーンとでもいうべきか。いずれにせよ千冬が今までとは異なる気配を見せたことに、霊夢は若干ながら鼻白んでしまう。

 

「ISはな、元を正せば私の親友だった奴が生み出したものだ。それなりに思い入れもあるさ。だがこれまでにIS絡みで色々ありすぎたのと、これからのISの在り方を思うと――たまにどうしようもなく嫌気がさす時があるんだよ」

 

 千冬はシニカルな調子を声に乗せたまま訥々と言葉を紡いだ。胸の内に長期間ため込んだ鬱屈を一度にぶちまける時、誰しも自然とこういう話し方になることを霊夢は知っている。

 

 何かが千冬の琴線に触れてしまったのは疑いないが、果たしてこのまま話を聴くべきか否か? 他者に深く関わることを潔しとしない霊夢としては、興味ないと一言の下に切って捨てたいところではあった。ただ――霊夢は視線を手元の、まだ半分ほど中身を残している缶へと落とす。お茶をごちそうになった手前もあるし、見るからに孤高の存在というべき千冬には恐らく、胸襟を開いて語れる相手がいないか、きわめて少ないのだろう。そして相手が限られているからこそ、話しても差し支えがないと判断した相手には胸の内を聴いてほしいのだ。どことなくシンパシーを感じる相手だからこそ、霊夢には千冬の考えが我が事のように感じられていた。

 

(でも、千冬が込み入った話をしようとしているのは、私を信用してるからなのか。それとも私があいえすと無関係だから、話しても問題ないと判断したからなのか)

 

 そこまで考えはしたものの、霊夢はそれ以上の詮索を止めた。

 

 本人以外では知る術を持たない本音など、いくら邪推したところで甲斐はない。だいたいにしてこうして愚痴を聞くこと自体も柄でないのだが、たまには茶飲み話として聞き手に回ったところで罰は当たるまいし、千冬について知るきっかけにもなり得るだろう。

 

「いいわ、協力するかどうかは別にしてまず話を聴こうかしら。で、どういうことよ?」

 

 霊夢がそう先を促すと、千冬は自身の来し方および行く末について話し始める。

 

 昔、両親に捨てられたせいで衣にも食にも、住にさえも事欠くような極貧生活の底に叩き落とされた千冬は、同じく孤児となった弟である一夏を守り、彼と2人だけで生きていくための力を欲していた。

 そんな折に知り合ったのが、かつての親友であり、自分自身の力で一から組み上げたISの価値を世界に認めさせることに躍起になっていた、篠ノ之束という女性だった。

 

 詳細にいつ、どこでどうやって接点を持ったかは今では判然としない。しかし、それでもしかし2人は半ば惹かれ合うようにして出会い、そして互いに胸に秘めたる志があることを知り、自然と協力し合うようになった。すなわち千冬は束に手解きを受けてISに触れることで自らの力とし、束は千冬を通して、ISがいかなるものかを人の世に膾炙せしめようとしたのである。

 

 だが、世界が一向にISの価値を認めないことに業を煮やした束は10年前、のちに白騎士事件と呼ばれることになる大事件を引き起こそうとした。そして千冬自身も束の暴挙を止めようとせず、むしろ進んで束の提案に乗ってしまった。

 千冬いわく、それは一歩間違えば世界が滅びかねない事件だったという。

 

 かかる事件のキーを握る原初のIS、白騎士に扮し、束の計画立案のもと実行役としてISの圧倒的なスペックを世界中にあまねく知らしめた千冬は、その強大すぎる力と、ISが世界に与えた影響の大きさに戦慄したが、同時に、ありとあらゆるものを屈伏させる力を得た歓喜に震えたこともまた真実だった。

 

 ISの凄まじさを目の当たりにして勢いを得た千冬は、この白騎士事件の日を境に、寝食を忘れてのめり込んだと言っても過言ではないほどにISへ傾倒していく。眠りに落ちる寸前までISを操り、眠れば眠ったでISを動かす夢を見て、眠りから覚めれば直ちにISを身に纏う――そんな狂奔に衝き動かされるまま時が過ぎていき、白騎士事件から4年。この頃にはISはすでに世界中で認知され、ISを用いた世界大会モンド・グロッソが開催されるまでになっていた。

 

 白騎士だった過去を伏せ、日本代表としてこれに参加した千冬は、世界各国の参加者を足下にも寄せ付けないほどの力の差を見せつけて格闘部門および総合成績において優勝を果たし、いよいよもって名実ともに世界最強の座まで上り詰めることができた。

 

 後に千冬は実弟である一夏から、この頃の千冬は身内の自分でさえも近寄れないほど恐ろしく、いつも殺気立っていたようだったと知らされたという。霊夢に聞かせるなかで千冬は当時の自分を顧みて「足下に咲く花を踏み潰し、誰よりも速く走ることだけがすべてだと信じていた」時期だったと評した。

 

 そして時は流れ、迎えた第2回モンド・グロッソ決勝戦の日に事件が起こった。

 

 最愛の弟である一夏が何者かに誘拐されてしまったのである。千冬はその情報を提供してくれたドイツ軍の力を借り、結果として一夏を無事に救出したが、自分1人の力で出来ることの限界を、力に頼り誇示し続けたことによる反発の大きさを、そして今の生き方をこれ以上続ければ本格的に一夏を危険に晒す可能性があることに初めて気がついた。

 

 事件の後、恩が出来たドイツ軍でISについて教鞭を執ることで義理を果たしてから日本へと帰国した千冬はISから遠ざかることを決めた。しばらく1人で静養した後、今まで離れて暮らしていた一夏が待つ家へと帰り、彼とともに静かに暮らしていくことを望んだのだ。

 

 しかし――しかしISは根深い呪いのようにして千冬の人生に取り憑き、離れることはなかった。

 

 モンド・グロッソで華々しい成績を修め『ブリュンヒルデ』と称えられた織斑千冬に憧れ、力や名誉を求めてISに乗ろうとする少女たちが世界中で次々に現れ、望んで戦場に身を投じて互いに傷つけ合い、力に溺れていく現実が、真面目で責任感が強い千冬を責め苛んだのである。

 

 絶対防御という命の保証があっても完璧ではないし、何より、年端もいかない少女たちが白刃を振り回し、銃を構え嬉々として引き金を引いている現状に千冬は心を痛めた。だが、ISは暴力の道具ではないと訳知り顔で説ける資格が私ごときにあるものかと思い悩み、夜も眠れない日が続くことも何度となくあったという。

 

 もともとISは軍事用ではなく、宇宙開発を想定して作られたものである。だというのに、現実は軍事兵器としての運用しかされていない。そしてそれは他でもない自分自身が招いた事態なのだ。

果たしてこの現状は、束が望んだものだったのか? そしてこの結果を招いたのは、力を欲した自分が束と、彼女のISを誤った方向へ巻き込んでしまったからではないのか? 白騎士事件の日からISのことだけ追い続けていたせいで束とは疎遠になっており、千冬が我に返ったとき、すでに束は行方を眩ませていた。そのため束がISに何を望んでいたか確かめる術はなくなっていたが、少なくとも束は兵器としてISを製作したのではないはずだ。

 

 正しいと信じて追い続けていたものが誤りであったという現実を突き付けられ、真に大切な弟を失いかけ、親友も離れていった。そして自分のせいで、新たな悲劇を招きかねない風潮が今もなお拡がりつつある。

 

 目を伏せ耳を閉じ、もう私は関係ないと叫びながら命尽きるまで逃げ回っていればいいのか?

 

 それを良しとしないなら、いったいこれから、何をどうして生きていけばいいのか?

 

 自身の今後について悩みに悩んだ千冬は居ても立ってもいられなくなり、一夏の元へ帰ることを諦め、その代わり日本代表時代からの後輩である山田真耶のコネクションを頼り、IS学園の教師となる道を選んだ。力に溺れないこと、ISに傾倒しすぎないことを伝導するために。

 

 だが、現状を変えることは極めて困難だった。

 

 女尊男卑の旗印として、力の象徴としてISを崇拝する傾向は世界中で日増しに強くなり、もはや千冬だけの意志ではどうにも変えられないほどの世論が形成されてしまっていたのだ。

 

 自分1人の力で出来る限界を再び思い知らされて呆然としたが、それでもしかし裏の世界で蠢動する亡国機業や、姿を隠して暗躍する束など、ISを良からぬ方向へと導こうとしている勢力への対策を取り続けはした。しかし効果は薄く、そうこうしているうちに自分と同じ轍を踏まないように出来うる限りISから遠ざけておいたはずの一夏までも、とうとうISを巡る因果の中へ飲み込まれてしまった。

 

 何をしても状況をひとつとして好転させられず、自分の不甲斐なさに挫けつつも千冬はどうにか事態の悪化を防ごうと奔走していたが、亡国機業はその動きを活発化させてIS学園まで食指を伸ばしてくるようになり、束は妹である篠ノ之箒の求めに応じて紅椿なるISを与え、力への執着を煽ってくる。そして遠からぬ将来、束は一夏や箒に再びアプローチをかけてくることだろう。それらに加え、何かを守るために力を欲している一夏がふとしたきっかけで道を誤るのではないかという、姉として弟を憂う思いも常にあった。

 

 もう余計なことは考えず、いっそ流れに身を任せた方が楽なのではないだろうか?

 

 そう諦めかけていた矢先に、こうして博麗霊夢が現れた。

 ISでさえ圧倒する力を持ちながらもそれを誇らず執着もしておらず、自分が傷つくことも誰かを傷つけることもないどころか楽しいとさえ相手に言わしめる特異な決闘方法、弾幕ごっこを極めた霊夢が。

 

「――今さら私が何をしたところで、根本的な部分では何も変えられんかもしれん。だが、命の危険がないから安全だと勘違いしたガキどもが躊躇なく引き金を引き、武器を気安く扱い、他人を傷つける行為が抵抗なくまかり通っている現状だけは何としてでも変えなければならない。そのため博麗の協力を仰ぎ、ISでの戦闘は弾幕を用いたものへと変えていきたい。私の狙いはそんなところだ」

 

 ときに昼中。中天近くにあった太陽は少しばかり傾きを増し、歩道に影を落とす広葉樹の梢が吹き抜ける風を受けてさざめいている。話し終えた千冬はふぅと息をつくと一度だけ空を仰ぎ、偽らざる本心を聞かされた霊夢は千冬を見つめたまましばらく押し黙っていた。そして千冬もまた霊夢に発言を促すでもなく、ただ静かに佇立している。

 

 そんな空白の時間をいくばくか挟んだ後、だいぶぬるくなってしまった缶を指先で弄びながら、霊夢はゆっくりと言葉を発した。

 

「……世界を変える。ずいぶんスケールの大きな目標を持ってるのね」

 

「まぁな」

 

「そんなことが実現できるって、本気で思ってるの?」

 

「分からん。だがこれが、現状を招くきっかけを作った私なりの罪滅ぼしであり、私を憧れてISに乗ろうと思った連中を危険に晒さないためにしてやれる、数少ないことのひとつだと考えている。

何をどこまで出来るかは知れたものだが、一応努力はしてみるさ」

 

 苦笑しながら答える千冬を見つめながら霊夢は彼女の話を反芻し、そして考える。

 

 霊夢たちにしてみれば日常的に、それも遊び感覚で使っている弾幕をもって世界を変えるとは、恐れ入った話である。まったく、恐れ入るほどに馬鹿馬鹿しい話である。そんな途方もない目標を達成するために努力するだと? もし誰かにやれと言われたならば、考えるまでもなく脊髄反射で断っているだろう。

 

 努力が報われるものだとは霊夢は信じておらず、それだけに、報われるとは到底思えない努力をこれからしようとしている千冬に付き合うことは、いかにも面倒くさそうである。

 

 だが、面白い。

 

 千冬が語る無謀と呼んで差し支えない願いを、霊夢はしかし気に入った。

 

 どのみち紫が迎えに来るまでの間は、待ちぼうけなのだ。千冬に弾幕を教えるだけならば手間というほどの負担ではない。それに、外の世界の人間にいったいどれほどのことが出来るのか、見てみたい気もする。そして彼女に協力すれば衣食住の心配がなくなるから、という合目的的な本音もあるにはあったが――それらの理由より霊夢はむしろ、遠大きわまる目標を語る千冬に、彼女とは似ても似つかない少女の姿を重ねて見ていた。

 

(私の近くにもいるのよね。こういう、叶うかどうか分からない夢に向かって努力してる奴が)

 

 彼女は霊夢が手を貸す貸さないに関わらず、魔法使いになるため、これからも彼女なりのペースで長い長い道のりを駆け抜けていくのだろう。そして、自分が努力するのは嫌だが努力する他人に対して否定的には見ない霊夢としては、そんな努力家の少女のことは決して嫌いでない。ただ手を貸そうとしても自分とはまったく畑違いの分野なので手伝いようがないし、おせっかいと言われることが明白だから、見守るだけに留めているのだ。

 

 そんな少女と同じように叶うかどうか、否、本人の言を借りるならば自分の力だけでは叶えられるはずもない大願を掲げている千冬は、たとえ世界中を探したとしても、霊夢をおいて他の誰にも手出しできない分野において協力を求めている。

 

(だけど外の世界に長居して、いつまでも神社を空っぽにはしておけない。今すぐにでも幻想郷に戻って、少しでも人間の参拝客が集まるように取り計らわないとダメなんだから)

 

 霊夢は物事を深く考えることはあまりしないが、だからといって愚かであるとか、浅はかというわけでは決してない。理非曲直を弁え、自身の損得はきちんと計算する。自分に課せられているものは何であるか。何が自分の成すべき事であり、最善の行動なのか? それは当然理解している。

 

 理解しているつもりである。だが――

 

(……やれやれだわ。こんな事ばっかしてるからいつまでたっても参拝客が集まらないんだって、自分でも分かってるはずなんだけどね)

 

 きっと私はこうして異変に首を突っ込みながら一生を過ごすんだろう。残った緑茶を飲み干した霊夢は、千冬を真似て缶を放り投げる。抜けるような青空へと高く放物線を描いて投じられた缶は空き缶入れの縁に当たって一度だけ跳ね返りはしたが、外に飛び出すことなく籠の中へと落ちていき、からからと澄んだ音を立てた。

 

「あいえすで弾幕を使えるようになるか保障しないし、そもそも他人に教えたことなんかないから役に立つかは分からない。それで構わないなら、教えてあげるわよ。弾幕ごっこについて」

 

「ああ、それで構わない。……ありがとう博麗。心から感謝するぞ」

 

 常と変わらない感情を抑えたようなトーンだがしかし、千冬の声には万感の思いが込められていた。それを受けた霊夢の頬がかあっと赤くなる。

 

「べっ、別にお礼なんか言われるようなことじゃ! いいい異変が起こったらそれを解決するのが博麗の巫女の勤めなのよ!」

 

「異変?」

 

「あああ、そうじゃなくて……そう! これは一宿一飯の恩返しっ。交換条件っていわれたから、

仕方なく手を貸してあげるだけなんだから! それか、ただの暇つぶし! とにかく、感謝されるようなことじゃないの!」

 

 寡黙と言えば聞こえはいいが、要は愛想のない千冬から礼を言われるとは思っておらず、霊夢は完全にうろたえてしまっていた。ましてや、異変に関わって誰かから感謝されることなど初めての経験である。身振り手振りも慌ただしく、赤面しながら早口で一方的にまくし立てた後、ぷいと顔を背けてしまう霊夢を呆気に取られて見つめていた千冬だったが、ややあって笑みを漏らし、そうか、と短く、しかし穏やかな声音で答えた。その後で、ありがとう、ともう一度だけ繰り返す。

 

(や、やりにくいわね……こういうタイプって周りにいたことないから)

 

 これと似たやりにくさを感じる相手はいる。香霖堂の店主である半人半妖の男性だ。なんとなく彼と接しているときのような、すべてを見透かされたうえで霊夢の思い通りに動いてもらっている感覚に包まれ、どぎまぎしてしまう。好意と苦手意識が同居しているような扱いに困る感覚を抱く霊夢は憮然とした面持ちでもって頭を掻いてみせた。そして千冬と目を合わせないまま、ぽつりと呟く。

 

「……あと、私のことは霊夢でいい。こっちも千冬って呼び捨てにしてるし」

 

 分かった、と短く答えた千冬から完全に顔を背けてしまっているため、彼女がどんな表情でいるかは窺い知れないが、声の調子からしておそらく笑っているのだろう。霊夢の渋面がますます深いものになっていく。

 

(あーもう、調子狂うわー。あんたは余計なこと考えないで、あいえすで弾幕を使えるようになることだけ集中してなさいっての)

 

 内心で毒づいていた霊夢だったが、そこまで考えを進めたところで、ある事に気付く。先の話で千冬は何と言っていた? 霊夢は再び千冬の方へと向き直って尋ねた。いわく、

 

「千冬?」

 

「何だ」

 

「確かさっきの話で、あいえすにはもう乗ってないって言ってたわよね? でもこの先あいえすで弾幕ごっこが出来るようになったとしたら、あんたはどうするつもりなの? ひょっとして……」

 

 察しがいいな、と応じた千冬、答えていわく、

 

「かかる存在をあまねく知らしめるため、弾幕を武器に私はもう一度ISに乗るつもりだ。他者から与えられた称号になど特段の価値もないと思っているが、ブリュンヒルデとして知られている私が再びISに乗るとなれば、世界も無関心ではいられまい」

 

 




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