東方千夢劇 ~Infinite DANMAKU for Lotus Land.   作:かぶらや嚆矢

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一ノ伍・

 ふわりとグラウンドへ降り立つと、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを待機形態へと戻し、ふぅと熱のこもった息を吐いてようやく人心地つく。

 

 面白かったな、と先の一戦を思い返したシャルロットは、結果的には手も足も出せずに敗北したがしかし、その結果を受け入れていた。先に退場していったラウラも、きっと今の自分と同じような気持ちでいたのだろう。どこか清々したような親友の様子を思い返してシャルロットは我知らず笑みを浮かべたが、そこで初めて、対戦相手であった少女の名前や目的など、何ひとつ尋ねていなかったことに気付いた。

 

「そういえば……しまったな。あのコの名前ぐらいは訊いておけば良かった」

 

 いまだグラウンド上空にあって浮遊している霊夢を仰ぎ見て、後悔するシャルロット。出来うるなら今からでもISを再展開して訊きに行きたいところだが、それは例えるならば商談を終えて退室してから名刺を交換しに戻るようなもので、いかにも間抜けである。

 

(まぁいいか。セシリアたちに訊いておいてもらおっと)

 

 次に出撃するであろう友人たちにバトンを渡すことにしたシャルロットが上空から視線を戻したところで、ちょうどタイミング良く、件の友人のひとりがこちらに近寄ってくる姿が目に入った。

 

「セ」

 

 いつものごとく人好きのする笑顔を浮かべて、シャルロットは友人の名前を呼ぼうとする。

 だがそれより、透き通るほどに白い肌を真っ赤に紅潮させた友人が火も吹かんばかりの勢いでシャルロットに食ってかかる方がわずかに先であった。

 

「シャルロットさん! いったい今まで何をなさってたんですの!? 塊みたいな弾幕に飲み込まれて姿が見えなくなるし回線を開いても応答がないし、あんな人間離れした方を相手に、少しばかり無茶が過ぎるのではなくて!? 何が起こっているのか、シャルロットさんは大丈夫でしょうかとどれほど心配したか分かりますか!? もちろんあなたにも思うところはあったのでしょうけど、いつもいつも1人で先走りすぎでしょう! だいたいですね……!」

 

 セシリア・オルコット。愛称セシリア。略してセはシャルロットに詰め寄るや否や、身振り手振りも含め、舌鋒鋭くまくしたててくる。その一方、なぜ顔を合わせるなり怒られなければならないのか心当たりがまったくないシャルロットは言葉を失い、ただ呆然とした表情でもってセことセシリアを見返すしか出来なかった。

 

(えー。えーと……どうしようこれ)

 

 セシリアのあまりの剣幕にうろたえつつもシャルロットは持ち前の思考力をフル稼働させ、状況を分析しようと試みる。

 

 よほど感情が昂ぶっているのか、今にも泣きそうな表情でいるセシリアが本気で心配してくれていたことは痛いほど伝わってくるし、彼女に心配させて申し訳ないと思う気持ちも当然ある。しかしながら、例え罪人を審理する裁判の場であっても被告人に発言の機会を与えているのに、シャルロットに一切の反論や弁明をさせず、機関銃のごとき言葉の弾幕でもって一方的に糾弾してくるセシリアのやり方に少しばかり閉口したというのも事実だった。

 

 ただし、だからといって売り言葉に買い言葉とばかりに怒鳴り返すような真似は、こちらの気が晴れるとしても賢明なやり方だとはいえない。それゆえ、

 

「分かった、分かったよっ! 僕が悪かったです、ごめんなさい!」

 

 シャルロットはまず第一に手早く謝ってセシリアの言葉を制した。ついで、

 

「だけどまず話を聴いてよ。僕だって通信をしようと思ったんだけど、出来なかったんだってば」

 

 と、他の話題を口に上らせることで彼女の追求を打ち切ってしまう。まだ何か言いたそうにしているセシリアだったが、そこには頓着しないシャルロット、畳みかけるように続けていわく、

 

「あの赤と白の弾幕に包まれる寸前、何かのフィールドが展開されて回線を切られちゃって。だから応援を頼もうにも通信できなかったんだよ。それだけじゃない、他にもいくつかの機能が障害を起こしてダウンしちゃったんだ」

 

「そ、そうなんですの?」

 

「うむ。あの弾幕が展開される間際に何らかの力場が発生していたのは、紅椿でも検知していた」

 

 シャルロットの言葉を追認する形で言葉を挟んできたのは、遅れてやって来た篠ノ之箒だった。

 

「それにだ。仮に何らかのアクションを私たちに向けて起こすとしても、あんな弾幕の中で余所事をするのは危険すぎる。合図が出来なかったとしても無理はないだろう」

 

 精神的な揺さぶりに弱く沸点がずいぶん低いという脆さはあるにしても、少なくとも平時は冷静沈着である箒は、セシリアよりも話が通じる相手であった。そんな彼女がシャルロットに助け船を出すと、少数派へ追いやられる形になったセシリアは決まりの悪そうな表情を浮かべ、もごもごと言葉を濁す。

 

「そ、それはもちろん分かっておりますが……でもシャルロットさんに何かあったらとわたくしがどれほど心配したか……」

 

「本当にごめんね、セシリア、箒。2人とも心配してくれてありがとう」

 

「れ、礼には及びませんわっ。そもそも、どうせシャルロットさんのことだからうまく切り抜けると信じてましたし、心配したと言ってもほんの、ほんの少しだけですもの!」

 

 そっぽを向いてぶっきらぼうにうそぶくセシリア。頬の赤みが引かないのは先ほどまで興奮していたためか、それとも照れか。そして、ああ、と短く答えただけの箒も少し照れくさそうな顔をしている。これにて弾劾裁判は閉廷したと見て取ったシャルロットは、ようやくにして胸を撫で下ろしたものである。

 

 ついでシャルロットは、霊夢と交わしたやり取りを2人に伝えた。弾幕ごっこについて、ルールについて、勝利条件について。2枚というのは弾幕の発動回数だろうというシャルロットの推察と霊夢はまだ1枚、切り札を残しているという事実。それらに加え、苛烈を極める弾幕をいかにして回避するか。真剣な面持ちで聴き入る箒とセシリアにそれらを話した後で、シャルロット、両者を見ながら尋ねていわく、

 

「やっぱり今度は、箒とセシリアでコンビを組んで行くの?」

 

「そうだ。ただ、いくら2人がかりとはいえ相手は単身でラウラとお前を下した手練れだ。相当に気を引き締めてかからねばなるまい」

 

「あら、なにか問題がございまして?」

 

 そう割って入ったのはセシリアである。箒とシャルロットの視線が集まったことに気を良くしたのか、彼女は誇らしげに胸を反らしながら言葉を続けた。いわく、

 

「投射戦では向こうに分があります。そうさせないようわたくしがブルー・ティアーズで動きを止め、そこを箒さんが突入して制圧する。それで十分ですわ。先ほどの話に出ました、4機の自律型ビットが連携して繰り出すという集中射撃だけはさすがに少々厄介そうですが、頼もしくも箒さんが囮になってすべて引き受けてくださるそうですし」

 

「おいちょっと待て。何も聞かされてないぞ私は」

 

「ああ申し訳ありません言い忘れてましたわ。ではそういう訳ですのでよろしくお願い致します」

 

「だから、なぜ私が囮になる前提で話が進んでるんだ!?」

 

「それではわたくしに、あんな暴力的な弾幕の矢面に立てと? それもよりによってあなたを庇うために? そんなもの御免被りますわ」

 

「私だって御免だ! 貴様、自分がやりたくないことを当然のような顔して人に押しつけるな!」

 

 かまびすしく騒ぐ2人は、果たして相性が良いのか悪いのか? 中距離射撃型と近接戦闘型のコンビなので機体間の相性は間違いなく最良だろうが、お調子者の自信家と頑固な優等生という組み合わせはどうなのだろう。シャルロットは一抹の不安を感じずにはいられなかったが、彼女の心配を知る由もないセシリアと箒は散々に言い争いを続けたあと、並び立って霊夢が待つ上空へと出発していった。

 

「嫌い合ってるわけじゃないから仲間割れとかはないだろうけど……うーん」

 

 何となく、2人の相手をさせられる霊夢の方を可哀想に思ってしまう。いわくいいがたい曖昧な気持ちを抱えながらシャルロットもまたその場を離れ、千冬の下へと足を向けた。

 

「戻ったか」

 

 3度目となる教え子の出立を腕組みをして見送っていた千冬は、シャルロットが戻ってきたのを見止め、そちらへと視線を向ける。いつものごとくポーカーフェイスであるが少なくとも怒ってはいないような雰囲気であり、シャルロットはひとまず安心することが出来た。

 

「先生、申し訳ありません。私では歯が立ちませんでした」

 

「あんなものが相手では無理もなかろうよ――それよりどうだ、あの弾幕と相対してみた感触は」

 

 千冬に訊かれ、シャルロットは霊夢との交戦を通じて得た所感を自身が感じたままに話す。

 

「被弾したときはちょっと衝撃を感じましたが、実体ダメージはありませんでした。別に熱いとか

痺れるとかもなく、何かぶつかったかなみたいな感覚で。ただ大量の弾を一度に浴びると、衝撃に酔って気分を悪くするかもしれません。あとは、そうですね……実際に見ると思ったよりも速く、弾幕で来られると、集中していないととても避けきれないから精神的に消耗します」

 

 簡にして要を得たシャルロットの説明に、千冬はふむ、と頷いてみせた。ついでいわく、

 

「ではお前自身の感想はどうだ。あいつと事を構えてみて、何か得るものはあったか」

 

「私の……ですか」

 

 滔々と所見を並べていたシャルロットだったが、自分自身の感想を訊かれ、少し言葉に詰まってしまった。言っていいものかどうか逡巡したが、一度だけ深めに呼吸して気を落ち着けた後、感じたままに話すことにする。

 

「その。弾幕にもあまり危険を感じなかったし、彼女自身も決して悪人ではないみたいですし……何だかスポーツみたいで、弾幕を避けてて楽しかった、です」

 

「そうだろうな」

 

 偽らざる本心を告白するシャルロットは話し終えた後、何とはない気恥ずかしさを覚えて俯いてしまう。自分の本音を話すことにあまり慣れていないのだ。そんなシャルロットに対して鷹揚に頷いてみせた千冬は、少し休んでいろと最後に言い置くと、再び視線を上空へ向けて督戦体勢に入ってしまう。

 

 だがシャルロットはその場に留まった。今度は自分が千冬に質問する番だ。

 

「あの、織斑先生」

 

「何だ」

 

「もちろん先生には何かお考えがあるんでしょうし、それに異を唱えるつもりはないんですが」

 

 相当に言葉を選んで訊きあぐねているシャルロットに、千冬は微苦笑するしかない様子だった。

 

 はっきり言っていいぞ、と促されたが、やはり直截には訊きにくい。シャルロットはしばらく口ごもったり視線を泳がせたりして躊躇っていたが、ややあって、意を決して千冬に尋ねる。

 

「先生はなぜ、私たちを彼女と戦わせたんですか?」

 

 かかる問いかけに千冬はすぐに答えず、思索に耽るように目を伏せてしまった。何を答えるかというよりも、どう答えるかを考えているような雰囲気である。シャルロットもまた口を閉ざして千冬からの言葉を待つが、待つというほどの間もなく千冬は言葉を返してきた。いわく、

 

「先刻お前は言ったな。弾幕に危険は感じなかった、スポーツのようで避けていて楽しかったと」

 

「は、はい」

 

「ISとは本来そのように運用されるべきである――デュノアは、そう考えたことはないか」

 

「……私の家は、ISで商売をしてる側ですから」

 

 自身の生い立ちと環境を顧みたシャルロットは視線を落とし、言葉を濁して明答を避けた。そしてシャルロットの立ち位置について把握している千冬も、彼女が言外で言わんと欲するところを察したようだった。弟ほどには鈍感でない彼女はシャルロットの真意を追求したりせず、ひとつ首肯を返してから話を進める。

 

「十分な説明もなく、また安全か危険かも確定しない内からお前達を向かわせたことは詫びよう。それにデュノアが指摘した通り、私はあの弾幕について、少し思うところがある。別段隠し立てるほどのことでもないから話せというなら話すが、どうする?」

 

「――いえ。先生に何かお考えがあってのことだと分かれば、それだけで十分です。変なことを訊いてしまって申し訳ありません」

 

 たとえ千冬に何かの意図があるのだとしても、それが一夏をはじめとするIS学園生徒たちの不利益になることは決してないだろう。そこをあえて訊くということは、すなわち千冬を疑っているということである。シャルロットが微笑んで自らの疑義を取り下げると、すまないな、と詫びた後で千冬は再び視線を上空へ戻した。シャルロットもそれ以上何も言わずに、上昇していく箒とセシリア、ついで千冬を盗み見た後、最後に霊夢の方へと順番に見やる。

 

 言葉そのものでなく、かつ誰も彼もが持っている訳ではなく、そして曰く言いがたい非常に微妙な部分で確かな信頼感を感じさせる説得力というか魅力じみたものを持っている。シャルロットはなんとなく、その一点において千冬と霊夢にはどこか似通った部分があるような気がしていた。

 

                   *

 

「今度は2対1……あんたたち、とことんルール無視するつもりなのね」

 

 風が吹きつつあるグラウンド上空にあって手持ちぶさたにお祓い棒を弄っていた霊夢は、新たにやって来た挑戦者が2人組であることに、いささかうんざりしたような面持ちでもって首を振ってみせた。とはいえ勝負そのものを厭っている様子ではない。そうではなくて、連戦でしかも2人がかりという相手方の無法に対して呆れているという風合いである。

 

「あんたたちが負けたら次は下にいる全員一斉に来る、とかはさすがに勘弁してほしいんだけど」

 

「あらあら、もう勝った気でいますの? ずいぶん余裕ですわね……まぁ安心なさい。わたくしたち2人が真打にして、最後の相手ですわ――この美しき青きブルー・ティアーズを駆るセシリア・オルコットともう1人、赤い色した狐目の猪武者こと、はいどうぞ」

 

「ふざけるな! そんな悪意のこもった前置きをされて名乗れるかっ!」

 

 何も間違ったことは言ってない、とでも言いたげな澄まし顔でもってツンとそっぽを向いたセシリアを糾弾したあと、箒はこほんと咳払いをひとつ挟んで間を取った。ついでいわく、

 

「――篠ノ之箒だ」

 

「およよ、とある神社から来ました巫女の霊夢です」

 

 つられて名乗りを返す霊夢。

 

 セシリアと箒は思わず眉を潜め、互いの顔を見合わせてしまった。というのも、ラウラとシャルロットをたった1人で、それもほぼ無傷で、しかも生身で撃退し、さらに凄まじい弾幕を展開していたから、この空を飛ぶ少女は蛮勇狂悖、戦闘大好きの歪んだ異常者に違いないと身構えていた。だが実際に話してみると拍子抜けするほど普通の少女であり、想像と現実とのギャップの大きさについ戸惑ってしまったのだ。

 

「巫女だとおっしゃってますが、箒さん、あなたの同業者ですの?」

 

「わ、私は巫女を生業にしている訳ではないぞ。だいたいこんな怪しげな術を行使する巫女が存在するなど、今まで聞いたこともない」

 

「そこはわたくしも同じですが、ただ、何と言いますか……空を飛んだり魔法じみた力を使う割には、至って普通な感じの方ですわね」

 

「うむ――もっとこう阿修羅というか、鬼のような手合いを想像していたのだが」

 

「だーかーらー。私は普通に人間なんだってば」

 

 霊夢は憮然とした様子でもって反駁するが、彼女をよそにひそひそと内輪話を続けるセシリアと箒はまったく聞いていないようだった。

 

「無視するなんてひどい」

 

 お祓い棒の紙垂をいじいじと繰りながら、唇を尖らせて拗ねてしまう霊夢。

 

「気が引けますわ。わたくしたち2人がかりでなくとも、どうにでも出来るのではなくて?」

 

「私も正直、多対一は望むところではないが……しかしラウラとシャルロットを破ったことは相違ない事実だし千冬さん、ではなく織斑先生も2人で行けとおっしゃったんだ。仕方あるまい」

 

「では、あらかじめ決めておいた手はず通りに。致命的にならない程度で済むように出力を下げてありますから、準備が出来しだいブルー・ティアーズを飛ばしますわ」

 

 セシリアの言葉に首肯を返した箒は、改めて霊夢の方へ顔を向けるとやや前に出る。ついでセシリアが箒の背後に回った。黒いポニーテールを風になびかせた箒は鋭い眼差しで霊夢をやぶ睨みに睨みつけ、敵意を隠そうともしていない。それを受けた霊夢もいつでも不意打ちに対応できるようお祓い棒を構え直した。

 

「霊夢とかいったな。勝負の作法はシャルロットから教えられている。負けた方は勝った方の言うことに従う――と。私たちが勝ったら、まずはおとなしく付いてきてもらうぞ」

 

「はいはい。こっちはあと1枚だけだし、私が勝っても別に何も要求しないしー。安心して負けるといいわ」

 

 生意気な、と応じた箒は目を細めて息を整え、気合いを高める。ついでいわく、

 

「そしてもうひとつ」

 

「あー?」

 

「私たちは2人だから、勝ったときの要求も2人分だろう? おとなしく付いてくること、そして訊かれた質問にはあらいざらい答えること。私たちが勝った場合の要求は、このふたつだ」

 

「ちゃっかりしてるわね。ま、いいけどさ。私が勝っちゃえば何も問題ないんだから」

 

「よくもぬけぬけと。だがその意気やよし」

 

 箒は両手を左右に開くと、二振りの刀を展開した――左に小太刀形の雨月、右に太刀形の空裂。どちらも刀身の長さを自由に調整することが可能だが、刺突時にレーザーを発生させる雨月を小太刀として、斬撃の軌跡を衝撃波としてを撃ち放つことが出来る空裂を太刀として扱う使用法を箒は好んでおり、また得意ともしていた。

 

「先の放言、せいぜい安く見せるなよ――篠ノ之箒、いざ参るっ!」

 

 臍下丹田に蓄えた気合いを一息に放ち、箒は猛然として霊夢に突貫を仕掛ける。

 

 彼女が放った心胆を寒からしめるほどに激しい気炎は霊夢を呑み、即応神速をもって成る博麗の巫女の鋭い勘を一瞬だけ麻痺させた。ただし、霊夢もさる者である。身を竦ませて棒立ちになってしまったが、身の危うきを察するとすぐに竦んだ全身に喝を入れ、手にしたお祓い棒でもって箒の突進を迎え撃とうと姿勢を整える。

だが反応が遅れた分だけ、ホットゾーンへの箒の侵入を許す形になってしまった。

 

「遅い!」

 

 アドバンテージを取った箒の初太刀は、雨月による突きである。

 

 飛び込んできた箒が左手に携えた雨月で直突きを繰り出せば、突きの勢いそのままに紅色のレーザーが撃ち出される。だが霊夢が上体を捻ってこれを躱したと見るや、箒は間髪入れずピボットの要領で体を入れ替え、右半身の構えを取った。ついで空裂を大振りに薙ぎ払い、その軌跡をなぞるように引き起こされた衝撃波で巻き込まんとするも、彼女をいくらか驚かせはしたものの難なく避けられ、これも有効打には至らない。

 

 それでも霊夢の警戒心を惹起させる程度の効果はあったらしかった。遠間から攻撃を受け、迎撃姿勢を崩された霊夢は仕切り直しとばかりに後退し、いったん箒の間合いから離脱する。

 

 両者の間には、距離にして5メートルほどの空白が出来ていた。箒が放つレーザーであれば苦もなくカバーできる間合いだが、翻って霊夢もまた5メートルも離れていればたとえ狙撃銃での射撃だろうが、発射のタイミングを予測して避けることが出来る。安全圏まで逃れた霊夢はいくばくか様子見としてインターバルを挟み、呼吸を整え、しかる後に陰陽玉を呼び出し投射戦へ持ち込もうと戦略を立てていたが、

 

「さて、今度はわたくしとのチークダンスにお付き合い願いますわ!」

 

 間髪入れず、セシリアが操るブルー・ティアーズが続々と奇襲を開始した。

 

 ハイパーセンサーを介してすでに霊夢を標的としてロックオンしている4機のビットは編隊を組み、衛星のように霊夢の周りを巡り、虫の羽音じみた動作音を立ててターゲットへ照準を合わせていく。まったく予測だにしていなかった人間以外の存在によるアプローチングに意識を奪われ、一瞬動きを止めてしまう霊夢。

 

 それは本当に一瞬だけの空白だったが、隙と呼ぶには十分な時間だった。さぁ踊りなさい! セシリアの号令のもと、ブルーティアーズがあらゆる方角から霊夢めがけて次々に青白いレーザーを放つ。

 

「わ、わ、わっ――」

 

 上下左右、前方後方の別なく釣瓶撃ちに繰り出されるレーザーは格子状の障壁を形成し、慌てて回避行動を起こす霊夢の行動範囲を制限し、その場に釘付けにした。それと連動して霊夢の正面を今もって占位している箒もまた、雨月と空裂を振り回して霊夢への追撃を繰り出していく。

 

 ――間に1人の男を挟んで普段からいがみ合ってばかりの2人が、息の合った連携を取れるものなのだろうか? 

 

 シャルロットはそう危惧していたが、実際は可能だった。セシリアをかばうような位置を占める箒は霊夢へと要撃を加える矛でありセシリアを守る盾である。そしてセシリアは霊夢の抵抗を挫き箒に危害が及ばないよう攪乱する弓矢となり、箒の行動をサポートする。2人は息の合った波状攻撃で、今や霊夢の動きを完全に押さえ込んでいた。陰陽玉が呼び出されることも霊夢からの反攻もなく、ただ赤い衝撃波と青い熱光線だけが稲光のごとくグラウンド上空に閃いては消え、また閃くという光景が繰り返される。

 

 もはや霊夢は、鳥籠の中に入れられた鳥と同じだろう。視覚に頼らずセンサーが割り出す霊夢の位置を頼りにしてブルー・ティアーズへ攻撃指示を出していたセシリアは、一方的な攻撃が30秒に及んだことを受けて箒へと申し出る。

 

「箒さん、もういいでしょう! わたくしたちにかかれば完全勝利も当然のことですし、そろそろ攻撃の手を休めてみても」

 

「自惚れるなセシリア! よく見てみろ……私たちの攻撃はほとんど当たっていない!」

 

 レーザーをまとった刺突と衝撃波とを次々に放ち圧倒的優勢に攻めているはずの箒の声音は、しかし焦りが色濃く出ていた。彼女の背後にいるセシリアの位置からでは確かめようもないが、その声音から察するに、おそらく箒は切迫した表情でいるのではないか。余裕のないレスポンスが返ってきたことに驚いたセシリアは、箒の眼前で何が起こっているのか確かめるべく、立ち位置をずらして紅椿のショルダーアーマー越しに霊夢の様子をうかがってみる。

 

「――う、嘘、でしょう……!」

 

 箒のそれ以上に惑乱しきった声を漏らし、セシリアは目を疑ってしまった。

 

 赤青二色のレーザーが飛燕のように交錯する狭隘な空間にあって霊夢は小刻みに、そして絶えず動き回り、想像を絶するほど柔軟な体捌きでレーザーに撃ち抜かれるのを避け続けていたのだ。さすがにその表情は真剣そのものであったが、必死という感じではない。ダイナミックに体を捻り、死角を含め、多方向から同時に射出される幾筋もの光線を曲芸じみた動きで回避するその様はまるで卓越した技術を有する熟練のポールダンサーが見せる美技のごとく幻想的で、セシリアは思わず魂を抜かれたように見惚れてしまう。

 

「何をしている! ビットを奴の背後に回して退路を断てセシリア!」

 

「りょ、了解ですわっ!」

 

 箒の怒声で我に返ったセシリアは慌てて、4機のブルー・ティアーズへ新たな命令を飛ばした。

 

 回り込め――女王の意を受けた忠実な働き蜂たちが、霊夢の背後を占位しようと移動を始める。だが霊夢の狙いはそこだった。セシリアと箒の猛攻を避け続ける一方で、波状攻撃から逃れるタイミングを計っていたのだ。かくて訪れたポジションスイッチのため砲火が一時的に薄くなる瞬間を指をくわえて見逃すほど、霊夢は未熟でもなければ間抜けでもない。

 

「だーっ!」

 

 奇声を残し、熱光線が形作る牢獄からの脱出をとうとう果たした霊夢。

 

 彼女はそのまま全速力で後退してホットスポットから抜け出すと、やや乱れた呼吸のまま、お祓い棒を苛立たしげにぶんぶか振って箒とセシリアに向けて怒鳴ってみせる。

 

「あんたら、2人がかりでやり過ぎよ! リボンとか袖とか、いろいろ焦げちゃったじゃない! 着替えの服とか持ってないのにどうしてくれんのよ!」

 

 さすがに無傷ではないが、霊夢は未だ壮健であった。言葉の通り大きな赤いリボンのところどころが焦げているほか、レーザーが掠めたのか頬や腕にうっすらと灼けた跡があったり、事務職員が付けるアームカバーめいた袖に穴が空いていたり、服に裂けが出来ていたりするだけで、箒とセシリアの徹底的な連携攻撃を浴びて負傷しているでも心を折られるでもなく平然としており、しかも着替えがないことを心配する余裕さえある。

 

「し、信じられませんわ……あれだけの集中砲火の中にいて、なぜ無事でいられるんですの!?」

 

「あいにく目と勘が良いからね。正直なところ少しは手こずったけど、あいにく似たような攻撃を藍が使うスペカで既に経験してるのよ。あと紫のもそうだったっけ」

 

「らん……だと……?」

 

「ゆかり……ですって?」

 

 これほどの集中砲火に比肩する攻撃が出来るラン、そしてユカリという名前のIS操縦者など箒もセシリアも寡聞にして知らない。だが霊夢は箒たちの呟きには答えず、恨みがこもった低い声音で宣言してみせた。

 

「それよりも――ずいぶん好き放題やってくれたものね。こりゃどっちか1人を先に片付けないと後々手を焼きそうだわ」

 

 言いながら首を左右に倒した霊夢は、箒をキッと真っ直ぐに見据えた。陰陽玉を呼び出して投射戦を挑むという選択肢はすでに彼女の中から消えていた。ダメージは受けてないにせよ、ここまで一方的に攻撃されて黙っていられるほど、霊夢は穏やかな気質ではない。

 

目を細めて剣呑な笑みを閃かせた霊夢はさらに自身の口上を続けた。いわく、

 

「もらったものは恩も恨みも倍返し。押しつけられたものならなおのことってね……まず最初は、シノノノノホウキだったっけ? あんたにたっぷりお返ししてあげるわ」

 

 霊夢は緩やかな速度で箒の方へと近寄っていく。正面切って宣戦布告された箒は形のよい柳眉をぴくり、と引きつらせたが、喧嘩を売られたことよりも、むしろ名前を間違えられたことにまず反応していた。

 

「おい。貴様わざと間違えたのではないだろうな? 私は篠ノ之箒だ。ノがひとつ多い」

 

「細かいわねぇ。マがひとつ抜けてるよりはいいでしょ」

 

「むっ……ふ、ふん。逃げ回ることだけでなく減らず口もなかなか達者なようだな。いいだろう。この勝負、受けて立ってやるぞ――1対1だ! セシリア、お前は手出しするな!」

 

「て、手出しするなって箒さん! あなた1人でどうにかできる相手だと思って!?」

 

 セシリアは切迫した声で相方を止めた。箒を軽んじたのではなく、霊夢がそれほどまでに手強い相手だと認めたからである。だが箒はセシリアの言葉には耳を貸さないどころか、すでに霊夢以外眼中にないようだった。二振りの刀を翻し、自らもまた霊夢との間にある空隙をじりじりと縮めていく。

 

「あああぁ、もう! だったらお好きになさい! 一応止めましたからねっ、その子にメタメタにやられても後から織斑先生に出席簿で打擲されても、わたくしは一切知りませんわよ!」

 

 救いがたい、と天を振り仰いだセシリアは匙を投げたように言い放つと、むっつりした表情で腕組みをし、所在なげにふわふわ浮かんでいたブルー・ティアーズたちもひとつ残らず格納してしまう。彼女は千冬の言いつけを破った箒が罰として出席簿で打たれる光景を思い描いて同情したものだが、まさか後で自分だけが打たれる羽目になろうとは、この時点では夢想さえしていなかった。

 




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