東方千夢劇 ~Infinite DANMAKU for Lotus Land.   作:かぶらや嚆矢

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一ノ肆・

 シャルロットの快諾をもって命名決闘が成立する。そうこなくちゃと答え、完爾と笑ったみせたあとで離れていこうとする霊夢を待ってと呼び止めたシャルロットは少し間を置いた後、きょとんとしている霊夢に尋ねた。

 

「……本当に。本当に不思議な人だね君は。ひょっとして魔法使いか何か?」

 

「魔法使いは私じゃないわ。私は巫女をしてるだけで、今も昔も普通の人間よ」

 

 言い置いた霊夢はシャルロットから離れていき、10メートルほど後退したところで停止する。

 

 距離を取った霊夢は、袖の中から1枚のカードを取り出した。彼女の手にあるカードは一見して何の変哲もない札に見えるが、太陽の光を反射しているのか、それともカードそのものが光を放っているのか、まばゆく輝いているようだった。かかるカードを手にした霊夢が醸し出す気魄はびりびりと空気を震わせるほど密度が濃いもので、シャルロットは我知らず息を呑んでいた。気圧されたせいか冷たい汗が頬を伝い落ちていくのを感じたが、呑まれてなるかとばかりにシャルロットも集中力を研ぎ澄ませた。

 

「霊符――」

 

 掌中にあって輝きをいや増していくカードを頭上へ掲げ、凛とした声音でもって霊夢が高らかに宣言する。

 

「『夢想封印 集』!!」

 

 カードがひときわ烈しく閃光を放ち、そして霊夢の手の中から消失した。

 

 かかる宣言を皮切りに何らかの力場を展開されたのか、ハイパーセンサーが映し出す諸々の計測結果の中に「UNKNOWN」や「ERROR」の文字列が目立ち始め、回線リンクを含めたいくつかの機能がダウンしてしまう。予期していなかった情報攪乱にシャルロットはわずかにうろたえた。だが、すべての機能を奪われたわけではない。弾幕を避け続けるのなら運動機能および視覚補正と位置情報補足、万一の場合に備えたバイタルサイン保護が正常であれば十分だ。それらに加え、折れない心さえあれば勝利を得ることも不可能ではない。

 

 かくて賽は投じられた。これから何が起きるのか?

 

 ジュマンジを手にした少年のように胸がときめくのを感じながら集中を漲らせるシャルロットは自らを奮起させるため、大きく手を広げると、ことさら大声で霊夢を煽ってみせる。

 

「簡単に勝てるなんて思わないで! さぁ、いくらでも避けてみせるよ!」

 

 そう挑発したことが原因でもないだろうが、シャルロットが声を張り上げた瞬間、赤色と白色の大小様々な大きさをした2色のエネルギー球弾が、霊夢を中心にして四方八方へとはじけ飛んだ。先ほどまでの対象を定めて撃ち出されたものとは違い、無秩序に弾をばらまいたような、文字通り弾幕を張ったがごとき光景であった。

 

「こ、れはっ――!」

 

 そのあまりの光景に、竦んでしまうシャルロット。

 

 弾速はゆっくりだが、とにかく弾数が尋常ではなく多い。そのうえ、安全地帯と呼べる場所が見当たらないほどに巻き込む範囲が広い。シャルロットはハイパーセンサーを駆使して少しでも弾が来ない空間を探し出し、そこまで避難しようとするが、なかなか思うように移動が出来なかった。どれだけ注意深く飛行しても、撃ち出される光弾の数が多すぎて次から次に被弾してしまうのだ。しかもその移動自体も曲芸飛行じみたアクロバットな軌道を強要されながらの移動であり、光弾と光弾の間、わずかなスキマに体をねじ込ませながら移動するより動きようがない。

 

(ここまでくると弾幕っていうか、ほ、ほとんど壁じゃないか!)

 

 想像の範囲を大幅に超えていた霊夢の全方位攻撃に追い立てられるように逃げ回りながらもシャルロットは目視とハイパーセンサーの両方を駆使し、安全地帯を探す。

 

 そうだと呼べそうな空間はいくつか発見できたが、どこもかしこもおびただしい数の紅白光弾に経路を阻まれており、とても近寄れそうになかった。

 

 相当に無理をすれば突破できるが、制限時間いっぱいまで持ちこたえるという勝利条件が設定されている以上、無為にシールドエネルギーを浪費するのは愚策だろう。ただでさえ、夢想封印なる名前が付いた弾幕が宣言されてからこっち被弾のしっぱなしで、シールドエネルギーをごくごく僅かずつではあるが休みなく減らされ続けているというのに。

 

 ならばどうするか? 

 

 シャルロットはラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの推進機能を止め、いったん空中に留まった。幸いにして弾速は遅いのだから、考え事をしていたとしても、飛行状態でさえなければ危なげなく避けられるように思われた。

 

 頭の中で善後策を講じながら、直撃しそうなコースで飛来してくる光弾だけを小さく動いて避けてみせる。

それを何度か繰り返したところで、ふと、シャルロットはある方法に思い至った。

 

「そうだ。下手に動き回らないで避けてみたら……」

 

 針弾、追尾弾のどちらとも動きを止めたら即座に集中砲火を浴びせられてきた。そのせいで弾幕は動き回って避けるものと早合点をしていたが、この無秩序にばらまかれる光弾を避けたいなら、いっそ動かずにその場に留まり、命中しそうな弾だけ避けた方が安全ではないか?

 

 シャルロットは改めて、霊夢が放つ全方位攻撃を注視してみる。

 

 視界を埋め尽くす紅白2種類の光弾は小さいものは拳くらい、大きいものは大玉転がしで使うそれぐらいと種々雑多だが、推進する速度はおしなべて遅い。感覚的には、バスケットボールを軽くパスした時ぐらいの速さだろうか。肉眼で見ても十分に見極められるスピードだ。

 

 さながら壁のごとき弾幕の前に立ちはだかって動かないというのは少なからず勇気を必要としたが、試しにその場に留まり最小の動きで光弾を回避してみると、思いの外あっさり避けられた。1つ、2つと難なく躱し、3つ4つ5つと続けて避ける。どうあっても避けようがないほど密集して光弾が飛来してきたときなどはさすがにその場を離れてやり過ごす必要があったが、この分であれば、おおむね問題なく対処できそうだ。

 

(うんっ。やっぱりこの避け方が一番安全に避けられる!)

 

 シャルロットは確信を得る。

 

 幻想郷にあって弾幕をたしなむ者ならば、チョン避けという名称でもって誰もが心得ている回避運動の基本に自ら開眼し実践してからというもの、光弾が体をかすめていく回数は大幅に増えたが直撃で命中することはなくなった。

 

 シールドエネルギーもまだ半分ほどの残量を示している。弾幕戦が開始されてからの損傷率は、およそ10%。いまや紅白光弾の爆心地となった霊夢からの攻撃は確かに苛烈を極めていたが、この調子を維持できれば撃墜されることなく制限時間まで逃げ切れるのではないか。霊夢が動きを見せたのは、シャルロットがそんな希望的観測を立て始めたときのことであった。

 

 全方位弾幕の中心にあって今なお紅白光弾を撃ちまくる霊夢から、初見の弾幕が撃ち出される。

 

 色は白いが球体ではない、札の形をした四角形の弾だ。かかる大量の札弾はほかの紅白光弾と同じようなスピードでもって四方八方へと拡散していくが、ある程度まで推進したあたりで一斉にピタリと静止してしまう。

 

「止まった……?」

 

 油断なく様子をうかがうシャルロット。まさしく眠りに落ちているように札弾は微動だにしないが、それがかえって不気味である。ただ札弾が動きを止め、それに気を取られている間にも紅白のエネルギー弾は次から次へと引きも切らず押し寄せてくるため、視線を札弾から外さないようにしながらも、シャルロットは紅白弾を避けることにひとまず集中した。

 

 あの札弾がこの先どう動いてくるのか? 警戒しながら、ひときわ大きな赤い光球をシャルロットが体をひねって回避した矢先のことである。

 

 フィールド内のあちこちに散らばっていた札弾が、一斉にシャルロット目がけて殺到してきたのだ。その速さは紅白光弾の比ではなく、遊弋する球弾を猛スピードで次々に追い抜いていくと先を争うようにして明確にシャルロットを狙って集まってくる。

 

「わ――わっ!?」

 

 緩やかに紅白光弾をやり過ごしていたシャルロットは完全に虚を突かれ、上擦った声を上げた。

 

 すぐに逃げないと! シャルロットはハイパーセンサーを頼りに逃げ道を模索するが、漂うように周りを滑空している紅白弾の塊が邪魔になってすぐには算出できない。今まで難なくやり過ごしていた紅白の弾が、途端に迷惑きわまりない障害物に一変する。結果、苦肉の策として無理やりにでも紅白光弾の中を突っ切って逃げようとしたが間に合わず、上下左右、視界の内外を問わずあらゆる方向から押し寄せてくる札弾のほぼすべてを直撃で被弾する羽目になった。

 

 シールドエネルギー残量は残り3割弱。一瞬のミスでかなりの痛手を被ってしまう。

 

(こ、この四角い弾だけは危ない! のんびり避けてる場合じゃない!)

 

 シャルロットは泡を食い、再び動きを止めた札弾の塊から離脱する。四方八方から集まってきた札弾は数瞬前までシャルロットがいた空間でひとかたまりに密集し、じっと静かにしている。だが嵐の前の静けさという言葉の通り、間を置いて再びシャルロットを追いかけてくることは想像に難くなかった。

 

 その時に備えようと欲したシャルロットは札弾の塊に背を向けて、本格的に逃げる体勢を取る。と同時にハイパーセンサーでもって、札弾の動体反応をピックアップした。

 

 視界の端に映り込んでいるハイパーセンサーの数値データに、動体反応数が新たに表示される。また札弾が動き出せば、センサーがビープ音とともにそれを知らせてくれるだろう。

 

(制限時間まで避け続けるならあの札弾をどう躱すかがネックになりそうだけど……いったい何がきっかけで動くんだろう? 攻撃命令? 時間? 特定の行動? それとも完全にランダム?)

 

 逃げながらシャルロットは考える。そのごとに赤と白の光球に被弾してシールドエネルギーが削られるが減少量はたかが知れており、またぞろ札弾の殺到に轢かれることに比べれば安いものだ。そして、本格的に逃げの姿勢に入ってからおよそ3秒。ビープ音が鋭く鳴り響くと、動体反応数が0から148まで一瞬で跳ね上がる。

 

(――来たっ!)

 

 眠りから覚めた札弾の追撃が始まったのだ。シャルロットは空中で身を翻して反転し、霊夢が繰り出す紅白光球の弾幕ではなく、襲い来る札弾と正面切って向き合うポジションを取った。

 

 弾速は早いが真正面から、それも先のように拡散した状態から密集するのでなく、すでにひとかたまりになった状態で飛んでくるならば避けるのは難しくない。シャルロットは暴走列車のごとく押し寄せてくる札弾をギリギリまで引きつけ、スウェーバックでこれを躱してみせた。のけぞったシャルロットの眼前すれすれを札弾の一群が猛スピードで突っ切っていく。攻撃対象を狙いはするが追尾性能までは持たないらしい白い札弾は、シャルロットを捉え損ねた後も5メートルほど駆け抜けたところで再び止まり、センサーの動体反応が0まで下がった。

 

 なんとかやり過ごした! 札弾を避ける要領を得たシャルロットがほっと息をついたのも束の間のこと、再びビープ音がけたたましく鳴り響いた。まさか、と青ざめた顔でシャルロットは止まったはずの札弾の方を見やるが、焦るシャルロットなど意に介さぬとばかりに札弾の塊はひっそりとして微動だにしない。だが、センサーの動体反応は確かに171の数値を映し出していた。

 

(エラーが起きた!? わけじゃないみたい……いったいどういうこと?)

 

 困惑しつつ、シャルロットは現在マークしている動体反応の座標を検索する。

 

 そして検索結果を目にし、血の気が引くのをはっきりと感じた。ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡに搭載されているハイパーセンサーは優秀である。それは疑いない。だがシャルロットは、この時ばかりは被弾のショックか、正体不明のフィールドが原因で機器が誤動作を起こしていることを切に願った。

 

「こ、これって。まさか……」

 

 ハイパーセンサーが捕捉している反応は2つあった。片方は先ほど回避した札弾の塊。もう片方は左方向、霊夢が撃ち出した、白い札弾の第二波である。新たに繰り出された札弾は第一波と同じくあちこちへと拡散していったのち空中で止まり、動体反応が171から0へと戻る。

 

 大きく見開かれたシャルロットの双眸には、それが何かのカウントダウンの終了であるかのように映っていた。

 

 次の瞬間ハイパーセンサーが叩き出した動体反応数は148、一瞬の間を置き319。そしてハイパーセンサーを注視していた分だけ時間をロスし、紅白光弾の壁によって脱出経路をすでに遮断されていた。弾幕の間隙を縫い、タイミングをずらして2方向から1ヶ所へと集まってくる札弾の殺到をシャルロットは光弾の壁を突き抜けることでどうにか逃れようとするも間に合わず、残り少ないエネルギーを一挙に失ったラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは「Empty Not Shielded」の文字を遺言として表示した後、沈黙してしまう。

 

「ま、まだだよ! まだ……!」

 

 思わず口をついて出た言葉を、シャルロットはしかし途中でぐっと飲み込んだ。シールドエネルギーを使い果たした以上、もはや打てる手は降伏以外にない。下手に粘ったのでは命に関わる危険性もあった。

(ううん。無茶はするべきじゃないか。自惚れかもだけど、僕に何かあったらラウラやみんなや、それに、い、一夏が心配するもんね)

 

 振り返れば我が身、とはけだしこの事であろう。シャルロットはこの時、なぜラウラが危険を賭してまで弾幕の中を突っ切る選択をしたのか理解し、出来るなら自分もラウラのごとく挑みたいと思いもしたが、彼女と同じ轍を踏むわけにはいかなかった。

 未練を感じながらもホールドアップしてが降参の意を伝えると、視界一面を覆っていた夥しい数の弾幕は瞬時にして消え失せ、グラウンド上空には霊夢とシャルロットだけが残される。

「……ふぅ」

 

 シャルロットは空を仰いで、息をついた。

 霊夢に後れを取ったことを悔しく思う気持ちはあるがそれ以上に楽しかった。身動きが取れないほどの弾幕にからスキマを探し出す切迫感、探し当てた避難経路に飛び込む時の緊張感、そして、回避困難と思われた札弾をやり過ごしたときに込み上げてきた達成感は、これまでにISを駆ってきた中ではついぞ体験したことがなく、実に新鮮だった。しかも誰かを傷つけたり、傷つくこともない。

 

 実現は難しいかもしれないが、出来ることならまた挑戦してみたい。紅白弾幕に辺り一面を取り囲まれる圧迫感から解放されたことも手伝ってか、不思議な清々しさがシャルロットの中に満ちていた。

 

「なかなか頑張ったじゃない。正直、ここまで粘られるとは思ってなかったわ」

 

 シャルロットの元へとやってきた霊夢が、手にしていたお祓い棒で自身の肩をぽんぽん叩きつつそう言葉をかけてくる。

 

 生身であれだけの弾幕を展開したにもかかわらず、彼女は息ひとつ切らしていなかった。健闘を称えているのか、それとも甘く見ていたという告白か、どちらとも解釈できる言葉を受けて曖昧に笑ってみせたシャルロット、答えていわく、

 

「そっちこそ。あんな凄い弾幕で遊びだって言うんだから、とんでもないよ――あーあ、途中までうまく避けられたと思ったんだけどね」

 

「そうね。初見で23秒も持ちこたえるなんて快挙だわ、快挙」

 

 笑うしかなかった。体感的にはもっと過ぎていると思ったが23秒とは。瞬殺ではないが、秒殺の域からは出られていない。

 

 ともあれ、霊夢が言うところの弾幕ごっこはシャルロットの完敗に終わった。彼女に訊きたいこと、話したいことはまだまだ、汲めども尽きないほどにあったがしかし、それよりも後に控えているセシリアと箒の2人にバトンを渡すことと、千冬の真意を確認してくる方が先であろう。思うがまま霊夢と遊んで本当に良かったのか? 構わないという答えがくるかもしれないし、今度こそ出席簿が頭にめり込むかもしれない。

 

 シャルロットは霊夢に場を辞すことを告げると、眼下にあって状況を見守っている千冬やセシリアたちのもとまで戻ろうとして高度を下げ始める。が、最後にふたつだけ、どうしても教えてほしいことがあったシャルロットは、ねぇ、と呼びかけたうえで霊夢に尋ねた。いわく、

 

「君はヴェントの、ライフルの弾丸をひょいひょい避けてたけど、どうして避けられたの?」

 

「もともと目はいい方だけど、それよりもむしろ勘かな。弾幕ごっこをずっとやってると攻撃されるタイミングや軌道とか、何となく予知できるようになるものなの」

 

「勘に、予知ね……なんだか君が言うと本当にそんな気がしてくるよ。あと最後に、制限時間ってどのくらいだったのか訊いてもいい?」

 

「ん? 50秒」

 

 半分も逃げ切れてないじゃないか、と肩を落としてしまうシャルロット。

 

 今まで経験したことも空想したこともないスタイルでの戦闘を、まるでスポーツ感覚で楽しめたことは確かだったが、それでもやはりフランス代表候補生としてISの操縦技術にはそれなりに自信を持っていただけに、今回の結果に満足していないのも否定できない本心である。

 

 いつか、いつの日か、彼女に再挑戦できる機会があってほしい。降下を続けながらも心だけは未だ霊夢の側にあるような残心感を覚えつつ、シャルロットはそう強く願わずにはいられなかった。

 





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