東方千夢劇 ~Infinite DANMAKU for Lotus Land.   作:かぶらや嚆矢

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一ノ参・

 憔悴しきり、ぐったりと虚脱してしまっているラウラを空中でピックアップしたシャルロットは銀髪の少女を横抱きに抱えたまま、ゆっくりと高度を下げていく。

「う……ん――」

 

 なるべく揺らさないように気をつけたつもりだが、もともとラウラは意識を失っていないようであった。深い呼吸を繰り返し、半開きになっていた唇から小さな呻きが漏れたあとで、右目が薄く開かれる。ついで赤色の瞳をきょろきょろとせわしなくさまよわせ、友人の姿を見留めたラウラは気だるそうに言葉を発した。いわく、

 

「……シャルロット?」

 

「うん。お疲れさまラウラ」

 

「できれば一夏に迎えに来てほしかったぞ」

 

「じゃあ急いで一夏のところまで連れてってあげようか? 瞬時加速なみのスピードで」

 

 それは勘弁してくれ。シュヴァルツェア・レーゲンを待機状態へと移行し、ISスーツを纏っただけの恰好に戻ったラウラはそう答えると弱々しくだが笑ってみせ、つられてシャルロットも、安堵交じりに相好を崩す。

 

 ざっと見た印象だがラウラは疲労のピークに達してはいるものの外傷はなく、無理をしている感はあるが、意識はしっかりしている。まったく手も足も出せなかったから落ち込んでいるかと気を揉んだものだが、なかなかどうして不思議なことにラウラの機嫌は悪くないようだった。

 

「手間をかけるな」

 

「いいよ、これくらい――そんなことよりラウラ、あんな弾幕の只中に真正面から飛び込むなんて無謀にも程があるよ。織斑先生にいいところ見せたかったっていうのは分かるし、ラウラの性格も知ってるつもりだけど、君に何かあったら一夏やみんなや、それに僕がどう思うか考えた?」

 

 シャルロットがたしなめるように言うと、ラウラは何事か言い返そうとして唇を少し尖らせる。

無論ラウラにはラウラなりの打算や言い分もあるのだろう。シャルロットもそこは理解していたがしかし、ひとりぼっちで肩肘張っていた頃とは違うのだ。お互いに。彼女の親友として、危険も顧みず博打に出たことについてだけはどうしても物申さずにはいられなかった。そのため自身のほかに織斑一夏の名前を挙げたところ、目論見どおり大人しく聞き入れるしかなくなったラウラは不満そうな様子を見せはしたが何も言い返せなくなってしまう。

 

 そんなラウラは抗弁する代わりについと視線を逸らすと、シャルロットが予想だにしていなかった別の感想を口に上らせた。いわく、

 

「……教官にいいところを見せる、か。そういえばそんな目的もあったな」

 

「あれ? それが目的なんじゃなかったの?」

 

「さて……どうだったかな。それよりあの小娘と戦うならば気をつけろ。奴は桁外れに強い。そのうえ得体の知れん力を使ってくるぞ」

 

「気をつけるよ。ありがとね、心配してくれて」

 

 鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまうラウラ。

 シャルロットの感謝の言葉に照れたのか、それとも珍しくも他人を誉めたことで居心地の悪さを覚えたからかはともかく、一敗地に塗れた親友が身体的にも精神的にも傷ついていないことを見て取ったシャルロットは、胸を撫で下ろしたものであった。

 

 ほどなくしてラウラを抱えたシャルロットが地面に着地すると、一夏や山田真耶をはじめ、ラウラを心配したクラスメートたちが急ぎ足で駆け寄ってきてシャルロットを取り囲む。

 

「シャル! ラウラは大丈夫か!?」

 

「大丈夫そうだよ。どこもケガとかしてないし、疲れただけだと思う」

 

「うむ……あぁ、意識が遠のきそうだ……すまないが一夏、私を介抱し「ごめん相川さんラウラを今すぐ保健室に連れてってくれる?」

 

 苦しそうに喘いでみせるラウラに、シャルロットは容赦なく言葉を被せた。その表情はいかにも親友を心配している慈愛に満ちた人格者のものであり、水を向けられた相川清香もシャルロットの優しい心根に感動し、任せて、と快く応じる。彼女は自身の側にいた鷹月静寐の手を借りると、酢を飲んだような面持ちでもってシャルロットを見つめるラウラを両脇から抱きかかえ、グラウンドから離れていった。

 

「ははっ。ラウラの奴、シャルをじっと見て感謝してるぞ。いいことしたな」

 

「うんそうだねー」

 

 唐変木・オブ・唐変木ズの名に恥じない鈍感っぷりを見せつける一夏の呑気な言葉を受けたシャルロットはにこやかに笑い、他意をまったく感じさせない爽やかな声で言ってのけた。

 

 だが、和やかムードはここまでである。シャルロットはすぐに表情と気持ちを引き締め、行ってくるね、と言い置いてから再び浮上した。ついで空中で待つ霊夢のところを目指して、一夏とクラスメートたちに見送られながら上昇していく。

 

 その道程、シャルロットは自身の奸計によって一夏と引き離され、保健室へ運ばれていった親友の戦闘について思いを巡らせていた。

 

(……あんなボロボロになるまでよく戦ったと僕も思う。でも……)

 

 ラウラは確かに、勝利まであと一歩というところまで善戦したのかもしれない。だが冷徹に事実だけを見た場合、身動きひとつ出来なくなるほど力を振り絞ってなお、一太刀も見舞えず敗北したのだ。ラウラの名誉を無視して言うならば完封負けである。相手が不可解な力を扱えるという点を計算に含め、そしてラウラに油断があり辛抱が足りていなかったという点を差し引いても、あの空飛ぶ少女がいかに手強い猛者であるか窺い知れるというものだ。

 

 集中力に欠き、浮ついた気持ちのままで相対したのでは、瞬殺される可能性さえあった。

 

『――シャルロットさん。聞こえまして?』

 

 緊張感をいや増していくシャルロットの意識を現実に引き戻したのは、オープンチャネルを介したセシリアからの呼びかけだった。シャルロットも回線をリンクさせ、グラウンドにいるセシリアへと言葉を返す。

 

「セシリア。どうしたの?」

 

『もしあなたが敗れたらわたくしと箒さんの2人で行け、と織斑先生がおっしゃいましたの。ラウラさんでも手も足も出せなかった手練れのようですから3人でかかった方が勝ち目があるのではと申し上げたのですが、却下されました。いったい何をお考えでいらっしゃるのか』

 

「確かに……うん。ちょっとおかしいね。いつもだったらこんなこと、絶対させないはずなのに」

 

 むぅ、と2人して考え込むが、千冬本人ならぬ身では結論など出せようはずもないし、長々と議論を戦わせるわけにもいかなかった。きっと何か深い考えがあるんだよ、とシャルロットが総括すると、他に思い当たる節があるわけではないセシリアも同意を示し、壮行の締めくくりとしてこう言葉を続けてみせる。いわく、

 

『ともかく、十分にお気を付けなさいませ。わたくしと箒さんが後に控えてます。いつでも援護に迎えるよう準備は済んでますので、危険を感じたら早々に離脱ないし合図をなさることですわ』

 

 上昇を続けながら視線を眼下に移せば、言葉の通り、すでにそれぞれの専用機を展開してスタンバイしているセシリアと箒の姿が見て取れた。箒は腕組みをしたまま硬い表情でシャルロットを見上げており、彼女の隣にあってセシリアがひらひらと手を振っている。

 

『どうか御武運を』

 

「ありがとう。出来るだけ2人の手を煩わせないように頑張ってみるよ」

 

 短く答えてシャルロットは回線を切断し、上昇を止めた。そして、うろこ雲が流れる蒼穹を背にして空中にあり、シャルロットを含めた女子生徒たちのやり取りを見るともなく眺めていた博麗霊夢を視界の正面に捉えて滞空する。

 

「お待たせ」

 

「別に待ってない」

 

「さっきまで君が戦ってたのは、ラウラっていう、僕の親友なんだ。先生に言われたからでもあるけど友達が倒れたとあっては黙ってられないからね。今度は僕が相手になるよ」

 

 気負いと緊張がない交ぜになった硬い声音でシャルロットがそう宣言すると、霊夢はなぜか変な顔をして首を傾げた。何とも形容しがたいが、道行く犬にいきなり「いい天気ですね」と声をかけられたらこんな表情になるのではないか、といった面持ちである。ついで霊夢はシャルロットを遠間からしばらくの間じっと見つめた後、ふよふよと無防備に近寄ってきた。その動きに合わせて、陰陽玉も横並びになって付いてくる。すわ何事かとシャルロットは思わずたじろいだが、霊夢は構わず、手を伸ばせば触れられるぐらいの距離まで詰め寄ってきて止まった。

 

 訝しそうな表情をしたままシャルロットの前に立ちはだかり、それこそ頭の天辺から足の先までじろじろと無遠慮な視線を向けてくる霊夢。 

 

「な、なに? 僕、何か気に障るようなこと言った?」

 

「自分のこと僕って呼んでるけど、あんた男なの?」

 

 霊夢の言葉は、スパイク付きの鉄球を投げつけるかのように際どいものであった。この上なくストレートに問われたシャルロットは絶句してしまい、その白皙のような肌を頬といわず耳といわず真っ赤に染め、気恥ずかしさから霊夢をまともに見られなくなり俯いてしまう。体温異常、心拍数上昇と不要な警告を出してくるハイパーセンサーの情報画面を叩き割ってやりたくなる衝動を抑えながら、恥辱のあまり込み上げてくる震えを隠そうともせず、シャルロットは絞り出すような声で答えた。いわく、

 

「……ぼ、ぼぼっ、僕は男の子なんかじゃないっ!」

 

「じゃあなんで僕なんて言ってるのよ」

 

「い、いいじゃないかっ。人にはいろいろ事情っていうものがあるんだよ!」

 

「そりゃそうね」

 

 頷く霊夢。訊きたいことはそれだけだったらしく、すすす、と、滑るように後退していった。

 

 なんか調子狂うなぁ、とシャルロットは渋い顔で頬をかく。流れ出た汗は冷たかったが、灼けるように頬が熱い。花も恥じらう年頃の乙女として、男子に間違われたのであればもっと怒ってしかるべきなのだが、霊夢があまりに無邪気すぎたせいで、どうにも毒気を抜かれてしまった。

 

 いささか鼻っ柱が強く、はっきり物を言う傾向はあるがしかし、悪い人間ではなさそうである。まったく緊張を感じさせずどこまでも自然体な霊夢は純粋というか、裏がないというか? もしかしたらラウラも彼女と交戦するうち、何か感じ入るところがあって心境に変化が生じたのかもしれない。こういう出会い方をしてなければもっと話をしてみたいくらいなんだけど、と、戦いに挑む者としてあるまじき思いが、一瞬だけシャルロットの頭をよぎる。

 

「で、あんたが弾幕ごっこの続きをするっての? こういうのはルール違反なんだけどなぁ」

 

「弾幕ごっこ? ルール?」

 

 訊き返すが、霊夢は答えない。ひょいと肩をすくめるだけで、マイペースに話を進めてしまう。

 

「まぁいいけどね。やっぱりここは、私から見りゃ非常識な世界だわ」

 

 霊夢の呟きが意味するところは理解できなかったが、お祓い棒を薙いだ霊夢が、再び戦闘態勢に入ったことは見て取れた。陰陽玉による一列横隊、正面広範囲すべてを射界に捉える恐るべき掃射が開始される前に、シャルロットもまた、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを駆って体勢を整えた。霊夢から視線を外さないまま自身もまた後退して距離を稼ぐと、一瞬でアサルトライフルを展開し、銃口を陰陽玉へと定めてハイパーセンサーとのリンクを開始する。

 

 攻撃準備が整うまでには1秒と要しないが、それでも、戦端を開いたのは霊夢の方が先だった。

 

 4つの陰陽玉が同時に火を吹き、たちまちのうちに視界が弾幕のるつぼと化す。そのうえ、追尾性能を持った光弾を情け無用とばかりに立て続けに撃ち放つ霊夢。

 

(下で見てた時よりもずっと速い! ……でも!)

 

 距離を置いて見るのと実際に矢面に立ったときとの差違はシャルロットをわずかに焦らせたが、しかし自分と霊夢たちとの間には弾幕を見切るに十分な間合いがあった。そのうえラウラの戦いを督戦していたシャルロットにとって、かかる攻撃が繰り出されることはすでに想定済みである。

 

 高速で迫り来る針弾は小刻みに左右へと動くことでやり過ごし、側方から大きくカーブを描いて挟撃してくる誘導弾は、接触の寸前に素早く前へ飛び出してくぐり抜ける。いくらかの弾幕が身を掠めたことでシールドエネルギーに微々たる減少が見られたが、これは現実とイメージにわずかなギャップがあったことで生じた誤差であり、大勢に影響するものではない。

 

「――なかなか出来るわね!」

 

 迷いのない動きで弾幕を避けるシャルロットの奮戦に霊夢は珍しくも感心したような声を上げたが、そうする一方で、細かく動き回る標的を叩き潰さんとしてさらに大量の誘導弾を精製し、絶え間なく撃ち放つ。襲い来る札弾の数は膨大に過ぎ、個々の札が密集してひと繋がりの列を成すほどだったが、シャルロットは落ち着いていた。ハイパーセンサーが計測するレティクルを陰陽玉のひとつに合わせた狙撃姿勢を保ったまま、今までの回避運動をトレースすることで損傷軽微のうちに霊夢からの投射攻撃を避けきると、いざ反攻せんとアサルトライフルの引き金に指をかける。

 

(お願いだから動かないでよ!)

 

 今まさにトリガーを引き絞らんとしたシャルロットは心の中で十字を切った。

 

 陰陽玉を狙撃することにためらいはないが、いくら軌道予測が正しく出来ていても、想定できる範囲内にも範囲外にもイレギュラーというものは無数に存在するのだ。発射からターゲットに命中するまでの間で、もし霊夢が気まぐれに動き火線上に立とうものなら、大惨事になってしまう。

 

 計算に計算を重ね、もっとも外側の陰陽玉2つを狙う分には、余程のことがない限り霊夢にまず被害はないという結果が出てはいる。それでも懸念が拭いきれないのは仕方ないが、シャルロットはラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡからの回答を信じることにした。ひとつ深呼吸をしてから引き金を引く。射撃の反動はISの機能が相殺してくれるが、身がすくむほどの破裂音が耳をじんと痺れさせた。

 

 そしてイレギュラーが発生した。

 

 霊夢が動いた。動いてしまったのだ。だが、待っていたのはシャルロットが恐れていた惨事とはかけ離れた光景であった。

 

(らっ、ライフル弾を……避けた!?)

 

 ショックのあまり、シャルロットは思わずアサルトライフルを取り落としそうになってしまう。

 

 彼女は霊夢に向かって一番左の陰陽玉に狙いを定めて狙撃したが、発砲すると同時に霊夢はわずかに左に動いていた。ハイパーセンサーにも表れているが、コンマ数秒の単位でもってシャルロットが発砲したのと同時である。そして彼女の動きと完全にリンクして浮遊する陰陽玉もまた左に動き、結果、軌道予測のうえでは命中するはずだった銃弾は、むなしく空を切っていった。カチッという、銃弾が陰陽玉にかするような音は聞こえた気がするが、例えばひび割れや欠損などといった一見してそうだと分かる物理ダメージを受けた様子は皆無である。

 

「し、信じられな……きゃあっ!」

 

 茫然自失のあまり棒立ちになってしまったシャルロットに、針弾の斉射が浴びせられる。まるで狙い撃ちにされた陰陽玉が怒り狂っているかのごとき猛反撃だった。実際には陰陽玉を正面に集めた霊夢が密集精密射撃を繰り出してきたためだったが、これまで以上の圧を感じたシャルロットは慌てて射界から離脱する。

 

 シールドにも少なからずダメージを負ったが、それよりも精神的な動揺の方が大きかった。

 

(そ、そんな! 飛んでくる銃弾を避けるなんて、そんなのって!)

 

 人間業ではない。しかし、ああ、しかし目の前に居るのは数々の人間離れした力を行使する存在なのだ。空を飛び、魔法じみた力を用いてISと渡り合えるぐらいなのだから、銃弾を避けるくらい訳もないのではないか? そんな化け物相手にいったいどう立ち向かえば良いのか? 寒気がするような想像が込み上げてくるが、シャルロットは頭を振って恐怖心を打ち払うと、霊夢をきっと見据えた。

 

 黒髪黒瞳、目に鮮やかな紅白色の衣装に身を包んだ少女は人間だ。間違いない。頭上に金色の輪が浮いているわけでもないし、先端に矢印の付いた黒い尻尾がお尻から伸びているわけでもない。

 

(――偶然。うん、さっきのはただの偶然だよ。今度こそは!)

 

 高速で回避行動を取って投射攻撃を振り切ると大きく旋回し、狙いを定め、再び狙撃を試みた。一度撃ったら素早くその場を離れて霊夢からの反攻をやり過ごし、ポジションを変えて発砲してはまた逃げる――これを都合6度繰り返したが、そのいずれも霊夢に、そして陰陽玉に何らの被害をもたらすことはなかった。

 

(だ、ダメだっ! どうして避けられるのか、撃つタイミングを見破られてるのかさっぱり分からないし、当たる気が全然しない!)

 

 シャルロットとしては、頭を抱えたくなるようなシチュエーションであっただろう。予定のうえでは陰陽玉2つを狙撃で破壊し、弾幕が薄くなったところで霊夢に接近して彼女を押さえ込むはずだった。だが、陰陽玉を破壊する段階よりも前の時点で頓挫してしまっている。

 

「何回やっても無駄よ! そんなバレバレの自機狙いなんかに当たってあげたりするかっての!」

 

 霊夢が誇らしげに言ってのける。

 

 ジキネライなる日本語が何を意味しているかまるで見当も付かないが、いずれにせよ自信満々の霊夢は避けるべくしてライフル弾を避けているのだろう。彼女のビッグマウスを真に受けたシャルロットはとうとう遠距離からの狙撃を諦めてしまい、うまくまとまらない思考で次なる手を模索する。

 

(ど、どうしよう? 何か他に使えそうなのものは……)

 

 基本装備をいくつか外し、拡張領域を広げてあるラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは20種類もの装備を格納できるが、その中に人間捕獲装備などというものはない。

 

 そして効果的な装備が見つからない以上、ある意味でシャルロットのワンオフ・アビリティとも呼べる高速切替もまったく無用の長物となる。

 

(まさかサブマシンガンやショットガンを持ち出すわけにもいかないし、パイルバンカーやアサルトカノンは難なく避けられるだろうから却下。それら以外であの子を傷つけないか、最悪、致命的なダメージを与えずに済むものは……そう、たとえばシールドで体当たりを狙うとか)

 

 仮にシャルロットが装備しているISが汎用型のラファール・リヴァイヴであったなら、4枚の物理シールドを壁にして突撃制圧をかけるという選択肢もあるだろう。あるいは専用防御パッケージであるガーデン・カーテンを用いて、強引に押し切るのも方法ではあった。ただ、霊夢と陰陽玉が一丸となって繰り出す密集精密射撃は、隣接距離であればシュヴァルツェア・レーゲンでさえも弾き飛ばすほどの威力があるのだ。そんな怒濤の攻撃を真正面から受け止めるのは、いくらなんでも無謀に過ぎるというものだろう。

 

 もっとも、かかる手段をシャルロットが採択しなかった理由は、むしろ別のところにあった。

 

(……ラウラの捨て身の突撃をしたり顔で叱りつけておいて僕も同じことをしてたんじゃ、彼女に合わせる顔がなくなっちゃうよね……)

 

 思わず苦笑してしまったシャルロットは、防壁を構えて特攻をかける強行策を捨てる。

 ではそれら以外に現在の装備の中で霊夢を傷つけず無力化、ないし確保するのに最適なものはないか? 取捨選択を続けていたシャルロットは、ふと、未だ自身の手の中にあるアサルトライフルに目を付ける。

 

(こう、ヴェントの砲身でがつん! と)

 

 刑事ドラマやクライムサスペンスで頻繁に見かける、悪のアジトへ潜入した主人公の刑事が背後から銃床で殴られて気を失うシーンを思い浮かべるシャルロット。

 

(――だけどもし、力加減を間違えちゃったら)

 

 ついでシャルロットの脳裏をよぎったのは、どうしてそんなイメージが沸いたのか彼女自身にもよく分からなかったが、大柄なメジャーリーガーが特大のホームランをバックスクリーンへと叩き込む光景である。

 

「……し、し、仕方ないよねっ。他に方法がないんだから!」

 

 悲壮な顔で、シャルロットは意を決した。

 

 現時点でシャルロットが打てる手は2つあった。ひとつはアサルトライフルを得物にして何とか霊夢の懐に飛び込んで銃剣術めいた格闘戦に持ち込むこと。残るひとつは、ある程度霊夢に近付いたらシールドで身を守りつつラピッド・スイッチで装備を次々に展開し、霊夢めがけて片っ端から銃そのものを投げつける戦法である。合理的に考えれば後者の戦法が安全かつ効果的だがしかし、まるで積み木遊びをしていた幼児がヒステリーを起こしたような振る舞いをすることになり、相当みっともない。

 

 しかも地上では、シャルロットが想いを寄せる一夏がこの戦闘を見守っているのだ。

 

 他に方法がない進退窮まった状況ならばまだしも、好きな人の前で子供の喧嘩じみた醜態を晒すような真似はできれば避けたい。それゆえシャルロットは劣勢に陥ることを承知で、霊夢へ接近戦を挑む方法を採ることにした。

 

 射撃用兵器ではなく鈍器としてのアサルトライフルを手に、シャルロットは弾幕を避けて避けて避け続けた。ときには2対の物理シールドとエネルギーシールドで回避しきれなかった弾幕を遮りつつ、霊夢を中心に渦を描くようにしてじわじわと距離を詰め、暴行に及ぶタイミングを辛抱強くうかがう。その好機はなかなか掴むことができなかったが、しかし逃げ回った結果、予期せぬ状況の好転をシャルロットにもたらした。

 

 出し抜けに弾幕が止んだのだ。

 それどころか視界を覆っていた光弾もすべて消え失せ、陰陽玉もまた空の青色に溶け込むようにして消えていく。

 

(どうしたんだろう? ひょっとしてエネルギー切れ? それとも別の狙いがあるのかも……)

 

 これは僥倖か策略か、と警戒心を露わにして動きを止めるシャルロット。そんな彼女をよそに、ごそごそと袂の中をまさぐり始めた霊夢が意外そうな声音でもって言葉をかけてくる。

 

「時間内に落とせなかったわね。自分から宣言しておいてアレだけど、まさか本当にスペルカードを使うことになるとは思なかったわ――それじゃ、さっそく行くわよっ!」

 

「ちょっ、ちょっと待って待って行かないで! どういうことか説明してよ!?」

 

 またぞろマイペースに話を進めようとする霊夢を慌てて手を振って制し、シャルロットは説明を求める。えー、と面倒くさそうな顔をしながらも霊夢、答えていわく、

 

「全部説明するのも手間だから要点だけ教えてあげるけど、これから私が放つ弾幕を一度もピチュらずに……って言っても通じないか。まあ行動不能にならずに、制限時間を過ぎるまで私の弾幕を避けきることが出来ればあんたの勝ちってこと」

 

「それは……つまり、僕は君を攻撃しないで避け続けててもいいわけ?」

 

「まぁね。私を倒すか、弾幕を制限時間まで避けきればあんたの勝ち。途中で力尽きたらあんたの負け。あと当たり前だけど、思いっきり相手から離れるのとか、撃たれた弾をどうこうしたりするのは反則。それで、負けた方は勝った方の言うことを聞くの。私が勝った場合は別に何も求めないけど、その代わり、あんたが勝った時の要求が気に入らなかったら拒否できる権利を使う」

 

 ふむふむ、と身を乗り出して霊夢の解説に聞き入っていたシャルロットは、さっと考えてみる。

 

 どこまで離れて良いのかという説明が唯一されなかったが、言わないということは相手の裁量に任せているという意味なのだろう。とりあえず弾幕が届く範囲までというレベルで把握しておいたうえで、攻撃せずにひたすら避け続けていてもいいのならば、むしろ望むところだ。ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡには優れたハイパーセンサーが搭載されているし、弾幕を振り切るのに十分なスペックを備えていることは、先のやり取りで得た経験として分かっている。

 

 ただそれら以上に、生身の人間を攻撃せずに済むのは、穏健な気質のシャルロットにとって何よりもありがたかった。

 

「ありがとう、よく分かったよ。じゃあ僕が勝ったら、悪いけど一緒に付いてきてくれるかな?」

 

 シャルロットの条件提示を、仕方ないわねと受け入れる霊夢。

 

「じゃ、前にも言ったけど2枚ね――あと、下で見てるあんたたち! 巻き込まれると危ないからちょっと離れてなさい! 当たり所が悪いと死んじゃうわよー!」

 

「いやいやいや待って待って待って! 当たったら死んじゃうようなものを撃ってくるわけ!?」

 

「当たり所が悪いとね。生身の人間でよっぽど運が悪ければの話だし、あんたはそのヘンテコな鎧に守られてるみたいだから、どんな当たり方しても死にゃしないでしょうけど」

 

「な、何だか怖くなってきたよ――っていうかそんな危ないのに、何だか楽しそうじゃない? そりゃ撃つのは君で、避けるのは僕なんだけどさ」

 

「もちろん楽しいわよ」

 

 分かりきったことを訊くなとでも言いたげな調子で、霊夢は混じり気のない笑顔を浮かべた。

 

「これからするのは知的で美しく、人間でもそれ以外でも平等に楽しめる、この世でもっとも無駄なゲームだもん……これは知り合いからの受け売りだけどね。あんたも楽しく遊ばないと損よ」

 

 いかにも楽しそうに発せられた霊夢の言葉に、シャルロットは呆気に取られてしまう。そして霊夢のあまりに無邪気で屈託のない様子に、肩の力が抜けていくのを感じた。

 

 それと同時に、この子は悪い人間じゃないという思いがシャルロットの中でますます強くなる。にも関わらず自分を向かわせた千冬は、霊夢が敵であり、排除すべき存在だと本当に思っているのだろうか。

 

(――あれ? ちょっと待って。先生は確か、僕になんて言ったんだっけ)

 

 ふとした疑問に思い当たったシャルロットは、千冬に言われた言葉をリフレインしてみる。

 

 ボーデヴィッヒが敗れたら次はお前が行ってこい。千冬は確かそう言った。ただ、行けとは言ったがそれだけである。勝てともラウラの仇を討てとも、霊夢を拘束しろとも言っていない。また、オープンチャネルで指示を出してくるような様子もなく、実際に何も言われなかった。

 もし千冬が本気で霊夢を拘束するつもりであるなら、まさに今この瞬間「油断している今が好機だ。直ちにぶん殴って昏倒させろ」ぐらいのドラスティックな指示を出してきそうなものだが。

 

 シャルロットが霊夢を倒すことを千冬は期待しているのか? 仮にそうでないなら、千冬は何を思ってシャルロットを霊夢の元へ向かわせたのか? 側で督戦していた時から感じていたが、なぜラウラを強く止めず好きにさせていたのか? そしてもし、ISをも超越する強大な力を持つ霊夢が敵意を持つ存在ではないと千冬がすでに見抜いているのだとしたら、千冬はシャルロットに何をさせたいのだろうか?

 

 もとからして、シャルロットは人心の機微には聡いタイプである。少し思案を巡らせたところで千冬が言わんとしていた、立場的にも性格的にも絶対に口にできないだろう狙いに気付き、思わず笑い出したくなってしまった。

 

(何も口出ししないからやりたいようにやって来いって、先生はきっと思ってるんだ――)

 

 込み上げてくるおかしさをこらえたシャルロットは改めて、霊夢を見やった。ついで、自分が今したいことを自問してみる。

 

 霊夢と遊んでみたい。持てる力の全てを出し切って霊夢の弾幕に立ち向かってみたい。父親の保身の道具、会社の政治的な手駒、偽計をもって掠め取った国家代表候補生としての責務――自分の人生を悪い意味で変えてしまったISを、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを装備していてこんな浮き立つような気持ちになったのは初めてのことで、シャルロットは居心地が良いような悪いような、いわく言いがたい暖かみを感じて戸惑ったが、それと同時に、この不思議な衝動を愛おしくも感じたものである。

 

 アサルトライフルを格納すると、シャルロットは一度だけISの装甲部を撫でてみせた。ついで、霊夢につられるように笑顔を向ける。

 

「うん、いいよ! それじゃ楽しく遊ぼうか!」

 

 




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