東方千夢劇 ~Infinite DANMAKU for Lotus Land.   作:かぶらや嚆矢

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三ノ捌・

 揺るぎない決意に見開かれた一夏の双眸は、箒だけをまっすぐに捉えていた。

 

 かつて箒に危機が迫ったとき、一夏は何かを考えるまでもなく、迫り来るエネルギー弾から彼女を守るために盾になったことがある。そしてそれは、今回も同様だった。危険のあるなしに関わらず、男として、箒を見捨てることなど、断じて出来るはずがない。

 

 放たれた巨大光弾の下をかいくぐり、アリーナ地面へと墜落していく紅椿を目指し、白式は斜め下方へと猛烈なスピードで滑空していく。間に合え! スラスターを全開にした最高速度でもって飛行していき――今まさに地面に叩き付けられようとしていた紅椿を、空中で辛うじて抱き留めた白式は、もつれあったままアリーナ地面をごろごろ転がったのち、ようやく静止した。

 

(か、間一髪間に合った……けど、く、クラクラする……)

 

 ふうぅ、と安堵の息を漏らす一夏だったが、滑空する勢いそのままに転がったため、完全に目が回ってしまっている。

 

 かかるファインプレーを称える歓声や拍手と、自分の中で反響している耳鳴りが混ざり合い、ひどく気分が悪くなってきた。

 

 額に脂汗がじわりと浮かび、どうにもこらえがたい吐き気までこみ上げてくる。

 

 しかし、一夏が胃の中身をぶち撒いてしまうということはなかった。

 

 ひとつは、ISに備わっている、操縦者のバイタルサインを平常に戻す機能が働いたため。もうひとつは、こんな大勢の観客の前で醜態を晒してたまるか、という男のプライドによるもの。最後のひとつは、箒を抱きしめてメインアリーナ地面を派手に転げ回った結果、彼女を組み敷くようなポジションにいることに、ようやく気付いたためである。

 

「わっ、悪い箒――」

 

 箒の背中に回していた腕を放し、慌てて体を起こす一夏。

 

 仰向けに横たわったまま、きょとんとして一夏を見つめてくる箒だったが、すんでの所を助けられたことに気付くと、頬を紅潮させる。だが次の瞬間には彼女はきっと眦を決し、一夏を怒鳴りつけていた。

 

「な、なぜ私を助けに来たんだ一夏っ!」

 

「なぜって――おいおい、助けられて最初に言うことがそれかよ!」

 

「私など放っておけば良かったんだ! せっかく千冬さんを討つための絶好のチャンスを――」

 

「馬鹿野郎! お前を見捨ててまで勝ちたくなんかねえんだよ!!」

 

 激しく糾弾してくる箒に倍する剣幕でもって一夏が怒鳴り返すと、その勢いに気圧された――というよりも一夏が吐露した本心に、一瞬、箒の頬が緩みかけた。だが、自分から噛みついてしまった以上、彼女としても後に引きにくいのだろう。再び眉根を寄せ、しかし黙り込んだまま箒は唇を尖らせ、一夏への非難をアピールしてみせる。

 

 見ようによっては一夏が箒を押し倒している格好でもってしばし睨み合っていたが、かかる2人が我に返ったのは、はやし立てるような指笛や黄色い悲鳴が一斉に観客席から――どちらかというとIS学園生徒たちがいる西側から――聞こえてきたときである。

 

 一夏は慌てて起き上がると、彼女の手を取り、引っ張り起こした。ついで視線を逸らしたまま、ぶっきらぼうな調子で箒へと尋ねてみせる。

 

「あー。聞くのが遅れちまったが、ケガとかしてないか箒?」

 

「こ、こっちのセリフだ――そ、それと一夏」

 

「ん?」

 

「わ、悪かった。その、また一夏が助けに来てくれて嬉しかったが、つい心にもないことを言ってしまって――本当にありがとう一夏」

 

「べっ、別に礼を言われることじゃねえさ」

 

 照れ臭そうに応じる一夏は、箒が、そして自分自身も無事だったことに安堵していた。

 

 臨海学校の日のように、箒を助けて自分が怪我をしていたのでは、結果としてまた箒を苦しめることになってしまう。それにほっとしたのは事実だが、同時に、彼は少しだけ後悔してもいた。

 

 箒を見捨ててまで勝つつもりはない、でなく、弾幕ごっこは勝敗にこだわるものではないから、とうそぶくつもりでいたのに、勢いで本心をつい口走ってしまったことが、急に恥ずかしくなってきたのだ。とはいえ箒を助けたいと思ったことは間違いないし、訂正するつもりもなかったが……

 

『なかなか男気のあるところを見せてもらったぞ織斑』

 

 一夏少年の思考は、オープンチャネルを介した千冬からの賛辞で打ち切られた。

 

 はっとした一夏は顔を上げ、アリーナ上空にあって滞空している桜千旋を見据える。

 

 紅白のISは、紅椿を撃墜せしめた大型リボルバーカノンを収納して手ぶらの状態だった。また、地上にいる一夏たちに対して、追撃を仕掛けてくるような気配も見られない。腕組みをした格好で

泰然とし、こちらを見下ろしてきている。

 

 俺たちが戻ってくるまで待ってるつもりか。おそらくは不敵な笑みを浮かべているのだろう千冬を睨み付けたまま、一夏もまた、にやりと笑んでみせた。ついでいわく、

 

「おうよ。お姫さんを助けて、あとは悪いドラゴンを退治してハッピーエンドって流れだな」

 

『勝手に言っていろ』

 

 いかにも面白がっている声音で応じる千冬。

 

 彼女の周囲や背後、極彩色に輝きながら漂っていた球弾が光のシャワーとなり、アリーナ地面へぱらぱらと降り注いでくる。かかる輝きを背にして浮かぶ千冬の姿はまるで後光を発しているかのように超然としており、神々しくもあった。

 

『篠ノ之を救ったその行動に敬意を表し、こちらに戻ってくるまで追撃はしないでおこう。エネルギーを増幅するなり次の手を相談するなりしてから来るがいい』

 

「そりゃどーも。つかタイムオーバーになりゃ千冬姉の勝ちなんだから、無理して攻める必要もないもんな」

 

『見くびるな馬鹿者。せっかくここまで盛り上げてくれたんだ、決着を付けず終わってたまるか』

 

「ははっ……俺も同感だ」

 

 一夏少年の笑みがますます深くなる。血の繋がっている姉弟だからだろうか? こういうところは、千冬と一夏は実に似通った価値観を持っていた。くくっと笑みを噛み殺したのち、自身の傍ら

に立って同じように千冬を見上げていた箒の方へと向き直り、一夏は改めて宣言する。

 

「聞いてのとおりだ箒。あの悪いドラゴン改め魔女を、どうにかしてぶっ飛ばしてやろうぜ」

 

「魔女……千冬さんに聞かれたら殺されるぞ……ま、まぁそれはいいか。ともかく、すぐに白式のエネルギーを増幅する。いいな?」

 

「頼む」

 

 うなずいた一夏に身を寄せた箒が、肩口にそっと触れてきた。

 

 瞬間、箒に触れられている部分を中心にして、温かな奔流が全身にまで浸透していく感覚に包まれた。荷電粒子砲に高速飛行と浪費を重ねたせいで、ほとんど底を突いていた白式のエネルギーがみるみるうちに増幅されていく。

 

(……さて)

 

 エネルギーが完全に回復するのを待つ間、一夏は、千冬をどう攻略するか思考を巡らせてみる。

 

 攻撃後にすぐ紅椿がエネルギーを増幅するところまでは打ち合わせ済みだが、この後どう攻めるかは想定していなかったため、戦い方をもう一度組み立て直す必要があった。

 

 ゆっくり近寄っていったとしてもフレスベルクで進路を阻まれ、射撃戦はエネルギー消費が激しいうえ、嵐雪の方に分がある。となるといつものごとく、雪片弐型を翻しての鉄砲玉アタックしか思いつかないが、一撃を見舞うためには、よほどうまく千冬の隙を作らなければならないだろう。

 

(それが唯一の問題で、かつ最大の問題なんだよなぁ)

 

「一夏」

 

(不意打ちで瞬時加速をかまして突撃――ちょっと違うな。んなことしたって、また千冬姉に絡め取られてポイ捨てされるだけだ。それに、瞬時加速は軌道が直線的だから読みやすいってシャルや鈴にダメ出しされてたし、千冬姉は不意打ちが通じるような相手じゃないし……)

 

「一夏」

 

(今の被弾数は……228。でかい光弾の爆発に巻き込まれても、リボルバーカノンの斉射を食らっても1発アウト。爆散した後の光弾群を無理やり突き抜けることなら、ギリギリいけるか?)

 

「一夏っ」

 

「お、おおおっ? すまん箒、聞いてなかった……なんだ?」

 

「やはり、また突撃戦術で行くつもりか?」

 

「うお。箒、お前いつの間に読心術をマスターして――はっ、さては接触テレパスだったのか!?」

 

「な、何を訳の分からんことを……一夏の顔を見ればそれくらい読める! で、どうなんだ?」

 

「そうだな。それしかないと思うが、付け込む隙が全然見当たらなくてさ……時間的にも残り被弾数的にもあと1回チャンスを作れるかどうかって感じだけど、俺はそれに賭けてみようと思う」

 

 そうか、と箒が応じたところで、白式のエネルギー増幅は完了した。だが箒は一夏の側から離れず、肩に手をかけたまま、真剣な表情でじっと一夏の顔を見つめて言葉を続ける。

 

「もしそうするなら、私もとことん付き合うぞ――それで、だ。隙を作るのに役立つか自信はないが、さっき千冬さんと交錯したときや、一夏と千冬さんと組み合ったところを見ていたとき、少し気付いたことがある」

 

「教えてくれ。箒のアドバイスだったら、どんなことでも聞きたい」

 

 一夏がそう応じたところで、硬い表情でいた箒は、ようやくにして相好を崩した。

 

 そののち、絢爛舞踏で自分自身のエネルギーを増幅しながら、これまでの戦いで得た所感を一夏に説明してみせる。いわく、

 

「飛び蹴りを食らったあの時、紅椿と桜千旋はたぶん同時に武器をコールしていたと思う。だが、

先に展開し終えたのは私の方だった。やはり専用機ほどには量子変換がうまくいかないのか、桜千旋の方は呼び出しから展開までに、わずかにタイムラグがあるようだ」

 

「ふむ」

 

「それよりも前の、一夏が千冬さんに接近したとき、一夏を絡め取るために千冬さんは武器を収納していた。だが、本当にそうだろうか? やはり武器を展開したままでは、機動力が落ちるのではないか? 仮にそうだとすると、私が穿千を使えば千冬さんを再び丸腰に出来るかもしれん。ただ

無刀取りにも秀でている千冬さんを相手に、そこからどう攻めるかが問題なのだが……」

 

「だな。もうひとつ付け加えると、俺たちがそこを突くことも、たぶん千冬姉には読まれてる。だから千冬姉の想像を越えるような戦い方をしないと……」

 

「逆に訊きたいんだが、千冬さんは、一夏がどう攻めてくると考えてるんだろうか?」

 

「そりゃまあ雪片弐型を構えて突撃だろ。さっきだって、それを予期して罠を張ってたって――」

 

 そこまで呟いたところで、一夏にはピンと来るものがあった。

 

「閃いた。箒、こういうのはどうだ?」

 

 一夏が自身の思いつきを述べる。

 

 こうしている間も制限時間は過ぎていくため、要点のみの簡単に過ぎる説明だが、それでも箒には伝わったようだった。

 

 先の連携よりもさらにエネルギーの浪費が激しく、そして一歩間違えば自爆行為にしかならない戦法である。それだけに、勝算はどのくらいあるのか、と確認してきたり、完全に出たとこ勝負になるな、などと感想を漏らしていた箒だったがしかし、結果として彼女は自身の役割である一夏のサポートに徹することを決めたようだ。

 

「よし、それでいこう。とっさに閃いた戦法としては上々だと思うぞ――千冬さんの読みの鋭さには確かに恐ろしいものがあるが、さすがにそこまでは読みきれんだろう」

 

「おっしゃ、これで自信持てた。ありがとな箒」

 

「わ、私はただ自分の役割を果たすだけだ。私などよりも一夏、千冬さんを出し抜けるかどうかはすべてお前にかかってるんだぞ」

 

「はは、プレッシャーかけるなって――んじゃ、さっそく魔王退治に行きますかね」

 

 魔王……? 眉根を寄せて何か言いたそうな顔をする箒を伴い、桜千旋が待ち受ける戦場である第1アリーナ上空へと一夏が舞い戻ったのは、スペクトル・ドランカードの終了まで、一夏たちの判定負けまであと1分を切ろうとするタイミングだった。

 

『打ち合わせは終わったか?』

 

「待たせたな千冬姉――もう時間もないことだし、さっそく行かせてもらうぜ」

 

 雪片弐型を展開した一夏が、空いた左手で箒の肩を叩く。小さく頷いてから前へと進み出る箒もまた雨月と空裂を展開し、かつ穿千をも起動させたフル装備の状態で前衛に立つと、一夏が彼女の背後に位置取った。

 

 何か目論見があることを隠そうともしないフォーメーションに、決着の近きを察した観客たちも固唾を呑んで勝負の行方を見守っているようだった。

 

 紅椿の非固定浮遊装甲ごしに見え隠れしている千冬も、警戒を強めていた。改めて展開したフレスベルクをこちらに向けつつもすぐに弾幕を張ったりはせず、撃つべきタイミングを慎重に計っている気配がある。

 

『――行くぞ!』

 

「応!」

 

 先手必勝。箒が宣して一夏が応じた直後、2門のブラスターライフルが火を噴いた。

 

 当然、これを読み違える千冬ではない。多砲門臼砲を収納すると、雪崩のごとく押し寄せる真紅のエネルギー波を危なげなく飛び越えてみせる。しかし先と違い、今度はこちらに襲いかかってはこない。あくまで穿千の一閃を避けただけという風情だった。

 

(予想通りだ! ここまではっ!)

 

 心の中だけでガッツポーズをしてみせる一夏は、すでに箒の背後にいなかった。

 

 穿千が撃ち放たれると同時に彼は紅椿の頭上を越えるようにして飛び出し、千冬が逃げると思われるエリアに見当を付け、突撃をかけていたのだ。

 

 この連携技――ゴーレムⅢを葬ったコンビネーションを、千冬はすでに見知っている。だから、今回の突撃も読まれていることだろう。事実、風を切り裂く白光となりて突っ込んでくる一夏の姿を見ても千冬は眉ひとつ動かさないまま後退していき、それと同時に再展開を済ませたフレスベルクの砲口をもたげ、迎え撃つ姿勢を取ってきた。

 

 瞬後、多砲門臼砲から7色に輝く巨大光球が次々と、大きくコースを変えない限りどうあっても避けようがないほど密集した状態で撃ち放たれ、白式の突入経路を塞いでくる。

 

「よっしゃ、頼むぞ箒!」

 

『任せろっ!』

 

 急制動をかける一夏。

 

 刹那、空中で減速した彼の後方から紅色のレーザーと衝撃波が放たれ、白式を次々と追い抜いていく。紅椿からの支援砲火だ。穿千を使用したばかりの不安定な体勢でいるために狙いを付けにくかったせいか、桜千旋が撃ち出した巨大光球すべては破壊できなかったし、中には、あやうく白式に命中しかけるレーザーもあった。

 

 それでも紅椿のサポートによって破壊されたいくつかの巨大光球が爆散し、無数の小さな光弾となって飛散し始める。それはもはや点の集まりというより、一枚の面と呼ぶべき密度でもって寄り集まっていた。

 

 ともあれ進路を塞ぐ巨大光弾が消失したことを確認した一夏が、再びスラスターに火を入れた。

それも今度は、停止することを一切考えていない、瞬時加速によるものである。

 

 このまま一気に突き抜ける! 観客の誰もがそう予期したことだろうが、白式と桜千旋の間には

密集する光弾群が寄り集まって形作る光の壁が未だにいくつも残っている。また、フレスベルクを撃ちながら後退していた桜千旋は爆発の余波が届く範囲にいなかったため、今回は体勢を崩してもいない。

 

 それより何より、2機のISは互いに離れすぎていた。

 

 もちろん瞬時加速ならば問題にしない距離だが、先のように無刀取りじみた体術でもって一夏を迎え撃つ体勢を作るための時間を稼ぐには十分すぎるだけのスペースが、そこにはあった。

 

 現に千冬はすでにフレスベルクを収納し終え、いつ飛び込まれてもいいように身構えている。

 

 それでもしかし、雪片弐型を構えた一夏は迷わずに突貫を仕掛けた。

 

『私をなめるな馬鹿者が! そんな力押しがまかり通るものかっ!』

 

「通るんだよっ!」

 

 嘲りというより失望に近い罵倒を発した千冬を、ハレーションを起こしている光球群越しにきっと見据えた一夏は、確信を伴った切り口上でもって怒鳴り返すと、

 

「――こうすればなあっ!!」

 

 千冬めがけて、雪片弐型をぶん投げたのだ。

 

 一夏の膂力と、雪片弐型それ自体の重量、それに瞬時加速による加速度を上乗せして投じられた白刃は、グリップを軸にして縦回転し、光弾群を切り裂きながら飛んでいった。光弾が爆発する際の衝撃にあおられてコースを多少左右にぶれさせながらも、雪片弐型は目にも留まらぬスピードでもって千冬へと襲いかかる。

 

 近接特化ブレードを投げつけるという暴挙にさしもの千冬も呆気に取られ目を丸くするが、立ち直るのも早かった。

 

 桜千旋は雪片弐型の進路上にいる。避けなければ間違いなく命中し、目を覆わんばかりに粗末な桜千旋の耐久力ではまともに食らえば即ノックアウトだ。さりとて避けたら避けたで、雪片弐型が切り開いた道をトレースして飛び込んでくる白式への対処がそれだけ遅れることになり、結果として命取りになる。

 

 逃げても逃げなくても窮地に立たされる状況だったが、千冬は冷静さを失ってはいない。

 

 迫り来る雪片弐型に対して半身の構えを取ると左腕を折りたたんで体を丸め、桜千旋の肩部と手甲部の装甲でもって、飛来してくる白刃をガードする千冬。

 

 うかつに避けて致命的な隙を晒すよりも、あえて受け止めて被ダメージを最小限に留める判断をしたのだ。反撃の一矢となるはずの白刃は桜千旋の肩部装甲を砕いたところで弾かれ、上方へ跳ね

上げられてしまったが、雪片弐型の後にぴったり貼り付いてきていた一夏は、光弾による光の壁をすでにくぐり抜け、今や桜千旋に手が届くところまで接近していた。

 

 ここまで来れば、突っ込んでくるタイミングを読んで自分から踏み込んで無刀取りを仕掛ける、というわけにもいかない。千冬が一夏を絡め取ろうが何をしようが、組み合った瞬間に、白式が隠し持つ最後の切り札――多機能武装腕による一撃を決められるのだ。

 

「とどめだ千冬姉っ!」

 

『小癪な――!』

 

 決着を宣言する一夏が雪羅を、舌打ち交じりに吐き捨てた千冬が嵐雪を、同時にコールする。

 

 だが箒が看破していた通り、先に展開をし終えたのは最新鋭機である白式だった。

 

 白式の左腕に展開された雪羅が、クロー状のエネルギー刃を発現させる。それにコンマ数秒遅れて桜千旋がその右手に嵐雪を呼び出したが、その頃には白式はホットゾーンの中にいた。

 

 左側の肩部装甲は雪片弐型との接触でヒビが入り、先のように守りを固めたところで、雪羅の一撃を防ぎきることはとても出来ない。だから千冬が嵐雪を呼び出したのは現状ではもっとも合理的な判断だったろうが、この場合は裏目だった。

 

 空いている左手のみでは極め技は使えないし、瞬時加速によるフルスピードと、一夏が全身全霊を込めた一撃は、いくら千冬といえども片手で掴んで止められるほど軽くはないからだ。

 

「この一撃だけでいいっ――」

 

『ちっ……!?』

 

「届けえええぇーっ!!」

 

 左腕を引き、瞬後、雪羅が生成するクロー状のエネルギー刃で、桜千旋の腹部めがけてボディブローを繰り出す一夏。苦々しげに表情を歪める千冬は万事休すという様子があったが、片手のみでも一夏を止めようと試みてか、しゃにむに左手を突き出していた。

 

 鈍い激突音を上げ、白式と桜千旋が空中で交錯した。

 

 体ごと当たってきた白式を受け止めた桜千旋が、ぐらり、と空中で体勢を傾がせる。

 

 刹那、大型スクリーンに表示されている桜千旋のシールドエネルギーが一気に激減した。白式による捨て身の突撃がついに奏功したのだ! それを見て取った観客たちは沸き立ち、同時に桜千旋の敗北を予期して、総立ちとなる。次の瞬間――2機のISが組み合っている光景のアップ映像が映し出された瞬間、すでに何度起こったのかも知れない歓声が地響きのごとく轟き、第1アリーナを揺るがした。

 

 一夏の攻撃は間違いなく命中していた。

 

 だが、直撃では――桜千旋をリミットダウンに追い込むところまでは至っていない。

 

 手を伸ばした千冬が掴もうとし、実際に掴んだのは一夏の左腕でなく、宙を舞っていた雪片弐型だった。そして、辛うじて雪片弐型のグリップを掴んでいた千冬が、かかるブレードを自身と一夏の間に差し込むことで、雪羅による直撃を、まさにギリギリのところで阻んでいたのだ。

 

 とはいえ利き腕でない左手で、しかも逆手持ちだったから、雪羅を用いた渾身の一撃を完全には殺しきれていなかった。押し込まれた雪片弐型のブレードが砕けた肩部装甲に半分以上食い込み、シールドバリアにも少なからぬダメージを受けてもいたが、それでも、残り2割弱のところで持ちこたえ、まさに首の皮一枚で命を繋いでいた。

 

「お、おいおい……冗談、だろ……!」

 

 呆然としたまま、うわごとめいて呟く一夏の胸元が、とん、と軽く小突かれる。

 

 視線を落とした一夏は、自身の胸元にリボルバーカノンの銃口が突きつけられていることを映像として捉えていたが、未だ茫然自失の呈でいたため、逃げたり銃口をはね除けたりという回避行動を起こすことが出来なかった。

 

 そこから一夏が我に返るまでは1秒とかからなかったが、対戦相手の真ん前で棒立ちになった代償は、しっかりと支払わされことになった。

 

「悪く思うなよ。最後まで諦めずに手を伸ばし続けろ、とあいつに教えられていたんでな」

 

「千ふ……」

 

『一夏逃げろ――!!』

 

 状況の急を知った箒が慌てて救援に駆け付けようとするが、それよりも、嵐雪による零距離射撃が繰り出される方が先だった。

 

 粒弾の連射でもって白式は接近戦の間合いから弾き出され、被弾数も急増する。

 

 280から320、それから353。許された被弾数をわずかに上回ると同時にブザーが鳴り響き、機械的な女声によって白式の退場が宣告された。それと前後し、大型映像装置に映し出されている白式の名前にも×が付けられる。

 

 ああー、という観客たちの嘆声に覆い被さるようにして、制限時間終了を知らせるアナウンスが報じられたのは、その直後のことであった。

 

 アリーナ地面に設営されたバリアジェネレータが起動し、肉眼では視認できないバリアが生成され、フィールド全体に干渉する。それによってフィールド内をふらふらと漂う7色の光弾も、嵐雪から撃ち出されていた白い粒弾もひとつ残らず自壊した。

 

 居物撃ちにされていた白式も衝圧から解放され、なんとか体勢を立て直すことが出来た。

 

「だ、大丈夫か一夏!?」

 

「あ、ああ何とか……くそ、絶対に決まったと思ったんだけどな」

 

 桜千旋へ躍りかかろうとする軌道からこちらの方へと進路を変えて寄ってきた箒に、まだ信じられない、といった調子で答えて一夏はかぶりを振ってみせる。

 

「悔しいだろうな。あんな紙一重のところで逃げられるとは」

 

「まぁ悔しいっちゃ悔しいし、未練も少しはあるけど……なんて言やいいのかな――ただ驚くばかりで、あんまり悔しい感じはしないな」

 

「それは私も同じだが……その、やっぱり勝負である以上、勝ちたかったんじゃないか?」

 

「え? ああ――そういやこれ、一応は勝負だったっけ。千冬姉に一発食らわせることで頭ん中がいっぱいだったから、完全に忘れてたわ」

 

 意外なほどにさばさばした口ぶりで、肩をすくめる一夏。最初、強がっているのではないか、と言いたそうな顔をしていた箒だったが、彼の雰囲気から、本心からそう感じて納得していると悟ったらしく、彼女はそこでようやく、安堵の息を漏らしたものである。ついで箒は視線を落とし申し訳なさそうに謝ってきた。

 

「すまなかった一夏。もっと私が前に出てれば……」

 

「そんなことねえってば。逆に箒が後ろから支援して押さえ込んでくれなかったら千冬姉が野放しになってて、もっと早い段階でやられちまってたと思うぜ」

 

『私を怪獣か何かのように言うな馬鹿者』

 

 オープンチャネルを経由して、呆れきった千冬の声が耳に飛び込んでくる。

 

 それを受けた一夏が千冬がいる方を向こうとした瞬間、にゅっ、と、雪片弐型のグリップが突きつけられた。弾幕用装備を収納した千冬がいつの間にか側まで来ており、一夏の方へとブレードの持ち手を差し出してきていたのだ。

 

「借り物だ」

 

「あ、ああ。悪いな千冬姉」

 

 雪片弐型を受け取るなり、すぐに収納する一夏。

 

 千冬も、用を済ませてさっさと引き上げる、ということはしない。感想戦よろしく、先だっての弾幕ごっこ、とりわけ最終盤の白式との交錯について評価を口にする。いわく、

 

「予想外といっては思い上がりが過ぎるかもしれんが、まさかこの私が接近戦で刀傷を負わされるとは思わなかったぞ――要所要所で私を崩してきた篠ノ之のサポートにも、なかなか見るべきものがあった。文句なく褒めてやろう」

 

 鷹揚に頷きながら発せられた千冬の賛辞は、極めて珍しいものだった。

 

 いや別にこのくらい、と一夏は照れ臭そうにうつむいてもごもごと呟き、箒もまた、千冬に認められるという望外の出来事に喜びつつもうろたえている。

 

「でも、あと一歩のところで届かなかったというのが本心です。私がもっと前に出ていれば、また違う結果になったかもしれないと思うと……」

 

「そう卑下したものでもないぞ。初見の弾幕にも関わらずあそこまで渡り合い、そして私に一太刀見舞ったことで、十分に面目は施している。ただ、不運にも結果が伴わなかったという、それだけのことだ」

 

「不運ね……負け惜しみじゃないが、幸運は千冬姉に味方したって感じだよな。あそこで雪片弐型を使われるなんて」

 

「苦し紛れの判断だったがな――冗談めかして言わせてもらうと、もともと雪片は暮桜の装備だ。それを私が使ったところでなんら問題はない」

 

「なんじゃそりゃ」

 

 真面目くさった顔でうそぶく千冬に、一夏は呆れ果てて二の句も告げなくなってしまう。箒の方はといえば、困ったような顔をしつつ、くすくすと忍び笑いをこぼしていた。

 

「ところで千冬姉、これからどうするんだ? すぐ次の弾幕ごっこに移るのか?」

 

「いや、3分間インターバルを挟むことになっている。開始前になればその旨のアナウンスが入るが、それまでにシールドエネルギーの増幅を済ませておけと言いに来た」

 

「ここで絢爛舞踏を使っても、やはりそれも5回のうちにカウントされますか?」

 

 箒の確認に、千冬は首肯を返してみせる。

 

「そこを何とか」

 

「値切るな。厳密なものでないとはいえ、自分で事前に定めたルールを軽々に曲げられるか」

 

 嫌そうな顔をする千冬に即却下され、ちっと舌打ちする一夏。ついでに指を鳴らそうとしたが、白式を装備している状態ではうまく鳴らせなかった。

 

 絢爛舞踏はすでに2回使用していた。白式は瞬時加速の使用に加えて粒弾を大量に被弾したことで、紅椿は穿千を使用したことで、それぞれエネルギーを大きく消費している。

 

 被弾数は1戦ごとにリセットされるが、エネルギーは残量がそのまま繰り越される。千冬に指摘されるまでもなく、ここで絢爛舞踏を使用して白式と紅椿のエネルギーを最大値まで戻しておかないと、次に展開される弾幕を攻略することはまず不可能だろう。

 

 そして、認められた使用回数は残り3回。

 

 ここで2回使うとして、あと1回だけ、ISのエネルギーを増幅できる勘定になる。

 

 まず白式に触れてエネルギーを最大値まで増幅し、ついで自分自身のエネルギーを充填する箒。

一夏はその間、大型映像装置に表示されている数値データを見つめていた。しばらくスクリーンを

睨み付けたあとで視線を移し、一夏の攻撃によって、左側の肩部装甲をほぼ完全に破壊されている桜千旋へと目を向ける。

 

「……」

 

「なんだ?」

 

「いや別に」

 

 その視線に気付いた千冬も一夏を見返してくるが、短く答えるなり、一夏は視線を逸らしてしまう。千冬は怪訝そうにしたものの、何かを尋ねてくることはなかった。追求されなかったことに息をついた一夏は、ついで、発声を必要としないプライベートチャネルで箒に話しかける。

 

「箒、相談があるんだけど、いいか?」

 

『――どうした? 何か、千冬さんに聞かれるとまずいことか?』

 

「まずいってわけじゃないんだけど、箒に頼みたいことがあるというかなんというか」

 

『桜千旋も回復してほしい、だろ?』

 

「せ、接触しないテレパス……」

 

『だからいったい何なんだそれは? 先にも言ったが、それくらい一夏の顔を見れば分かると言っただろう』

 

 くくっと笑みを噛み殺す箒、ついでいわく、

 

『もし一夏が言わなければ、私から回復していいかと訊くつもりだった――それに一夏、私はお前についていくと決めてるんだ。頼む、なんて言い方でなく、回復しろって言ってくれていいぞ。それでこそ私も、一夏のために動く甲斐があるというものだ』

 

「箒……ありがとな」

 

『礼には及ばん。ただ――そうなると、もう絢爛舞踏は使えなくなる。次は相当厳しい戦いになるが、それは覚悟のうえだな?』

 

「おう」

 

 短く答えた一夏は、箒はそれでいいか、と喉まで出かかった言葉を辛うじて飲み込んだ。信じてついていくと言ってくれている箒に、彼女を信じていないと言っているに等しい発言をしたら、今度こそ箒は激怒するかもしれない。

 

 そう口を滑らせてしまう代わりに、一夏はエネルギーを回復する旨を千冬に告げようとしたが、箒に手で制される。

 

「千冬さん」

 

「どうした?」

 

「絢爛舞踏を使っていい対象は、一夏と私だけとは限定されてませんよね?」

 

 婉曲的な言い回しだが、様子を窺うような上目遣いでいる箒が何を言わんと欲しているか、千冬はすぐに察したようだ。一瞬だけ驚いたように眉を上げたあと、千冬は厳しい顔を作って首を横に振る。

 

「気遣いは不要だ。どのみち桜千旋は、まともに食らえば一撃でのされる程度のエネルギーしか持ち合わせていない。最後の1回はお前たちの切り札として取っておけ」

 

「ですが」

 

「それに私を回復させると、その分、勝利が遠のくことになるぞ」

 

「しょ、勝敗は問題じゃありませんっ。次もまた、万全の状態の千冬さんと戦いたいんです!」

 

 きっぱりと箒が言い、そうだそうだ、と一夏も追従する。教え子たちの反駁に千冬は酢を飲んだような面持ちで目を瞬かせる。

 

 一夏と箒に遠慮したのか、それとも本当に不要と思って申し出を辞退したかは定かではないが、千冬はしかし、勝利云々という言葉を持ち出すことがいかに野暮か、そこで初めて気付かされたようだった。降参とばかりに肩をすくめた千冬は表情を和らげると、ゆっくりと箒のもとへ近寄っていく。

 

「私としたことが詮無いことを言ってしまったものだ……いいだろう。そこまで言うなら、ありがたくその厚意に甘えさせてもらおう」

 

「強がらなくてもいいんだぜ」

 

「勘違いするな馬鹿者。あくまで、お前たち2人の意気を汲んだだけだ」

 

 腰の両側に手を添えた格好で冷やかす一夏だが、とことん嫌そうな表情をする千冬にやぶ睨みに睨まれてしまい、口笛を吹きながら視線をさっと逸らす。

 

「白式以外のISが対象でも、ほぼ完全に絢爛舞踏を使いこなせているようだな」

 

「はい。おかげさまで」

 

 フル状態でも80というエネルギー上限値は、白式や紅椿でいうとレッドゾーンすれすれの数値である。それだけに、桜千旋のエネルギー増幅はものの数秒で完了した。

 

 済みましたよと箒が声をかけるころには、スクリーンに表示されている桜千旋のエネルギーも、最大値まで戻っていた。紅椿が桜千旋のエネルギーも回復したことに、観客たちもそこで初めて気付いたらしい。東西両側の観客席から、箒のフェアプレー精神を称える拍手が沸き起こる。

 

「他者に気を回せるようになったのは感心だ――だが、敵に塩を送ったことに変わりはない。見事私を討ち取ってみせる働きをして、挽回してみせろよ」

 

「はい!」

 

「当然!」

 

 箒の肩を叩き、そして一夏に笑いかけて激励する千冬に、箒が嬉しそう相好を崩す。そして一夏もまた、決然とした面持ちで千冬を見返した。ともに闘志を漲らせていることに満足そうに頷いてみせた後、一夏に対し、おもむろに手招きしてくる千冬。

 

「なんだよ千冬姉?」

 

「絢爛舞踏への返礼だ。次に展開する弾幕をどう攻略するか、ヒントをやろうと思ってな」

 

 にやりと笑んでみせる千冬は、いかにも楽しそうだった。その様子と、弾幕の内容に興味を惹かれた一夏は箒とともに千冬の方へぐぐっと身を寄せ、聞く姿勢を作る。

 

「まず最初に言っておく――弾幕から決して退くな」

 

「怖っ」

 

「先読みと、被弾しない位置をいかに継続して確保できるかがすべてだ。見てから避けようとして悠長に構えていては、痛い目を見るぞ」

 

「先読み……てことは、こっちを狙って飛んでくる弾がメインか?」

 

「たぶん。目で見て判断する隙もないようだから、積極的に動いてかわす必要もありそうだぞ」

 

 耳打ちしてくる箒に、うなずいてみせる一夏。

 

「余談ではあるが、これは私が、こんな弾幕を作りたいと希望を出し、詳細な内容を博麗に考えてもらったものだ。いささか型破りではあるが、あくまでデモンストレーションゆえこういう弾幕があっても面白かろうと思ってな。それに私とお前たちが決着をつけるなら、この弾幕をおいて他にないと感じてもいた」

 

「? そりゃどういう意味だ?」

 

「今に分かる」

 

 含みのある千冬の言葉に、一夏も箒も互いに顔を見合わせて首を傾げてしまう。

 

 その口振りから察するに、スペクトル・ドランカードとはスタイルが大きく異なる弾幕のようだが、具体的にどう違うのかは訊けなかった。千冬に話すつもりがなかったからであり、また、話し込んでいるうちにインターバルが終了してしまったからでもあった。

 

 4つのバリアジェネレータが起動して再びフィールドが区切られ、開始位置を示す、緑色に発光するポインターが空中に表示される。

 

『各選手、所定のポイントまで移動してください』

 

 機械的な女声に促された一夏、箒、千冬の3人ともが、それぞれの開始位置まで移動した。するとすぐに、先ほどと同じくカウントダウンが始められる。

 

『starting……10、9、8』

 

 早々に雪片弐型を呼び出し、肩を回してみせる一夏。

 

 白式と紅椿ともに被弾数ゼロ、エネルギー残量100%と、文字通り仕切り直した状態だ。しかしながら絢爛舞踏はすでに規定回数まで使い切っているので、仕切り直しと同時に、背水の陣で臨まなければならない状態でもあった。

 

 箒は穿千と瞬時加速を使えないし、一夏個人としても、瞬時加速、零落白夜、荷電粒子砲はいずれも封印されている。ISの基本性能と自身のスキルだけで勝負しなければならず、まさに自分自身を試される正念場であった。

 

 だが、それだからこそ余計に燃えるというものだ。

 

「ふふふ、追い詰められた後半戦からの逆転大勝利は基本だぜ。まるで負ける気がしないな!」

 

「根拠の怪しい自信はいいから集中しろ一夏……」

 

 雨月と空裂をそれぞれの手に展開しつつ、箒が冷ややかに指摘してくる。

 

 一夏に対する信頼は揺るぎないが、それだからと言って、何でもかんでも受け入れてくれるわけではないらしい。その半眼から逃れるように千冬の方を見ると、桜千旋も、武器を展開したところだった。

 

 フレスベルクでも嵐雪でもない、3種類の弾幕兵器の最後のひとつは、30センチほどの長さを持つ2本のスティックである。

 

 ハイパーセンサーで見る桜千旋のデータ上には、今はまだ名称が出ていない。すべてブラインド表示にされているが、少なくとも銃には見えない何かを両手に呼び出した千冬を、一夏も箒も狐につままれたような面持ちで凝視してしまう。

 

(な、なんだありゃ。あんなんで弾幕が張れるのか?)

 

 2人のそんな困惑に気付いているのかいないのか、千冬はスティックを握った両手を挙げ、勢いよく振り下ろす。

 

 すると、しゃきん、と鋭い金属音が響き、スティックの中身がスライドして飛び出した。単なるバトンにしか見えなかったそれは、どうやら特殊警棒のような伸張式の警棒であるらしいが、あくまで警棒である。銃口が開いたわけでもないし、トリガーが出てきたわけでもない。

 

『3』

 

「ず、ずいぶん変わった銃なんだな」

 

 銃ではないぞ、と訂正してくる千冬だが、彼女はそれ以上何も言ってこない。

 

 あとは見てのお楽しみということなのだろうが、形状からでは用途を想像しきれないだけに、ひどく不気味であった。

 

『2』

 

 千冬がいつどのように弾幕を張ってきても対処できるよう、雪片弐型を握り直した一夏は重心を低くして臨戦態勢を取る。

 

 彼の視線の先、千冬もまた一夏と同じように腰を落とし、やや前傾姿勢を取っていた。気負いもなく堂に入ったその所作は、まるで、今まさに獲物へと飛びかかろうとして全身に力を溜める狼のそれを思わせた。

 

(……いや。まさか、な……)

 

『1……!』

 

 瞬間、彼女の両手にある2本のスティックが白光に包まれる。

 

 零落白夜を思わせるそれはエネルギーブレードのように見えたが、実際は、精製された極小の粒弾が密集して剣状の柱を構成しているらしい。事実、左右2本とも長さ6,70センチほどの光柱が形成された瞬間、白式のハイパーセンサーからも、弾幕への注意を促すワーニングが発せられていた。

 

 ではそれを用いて、千冬はどう弾幕を張ってくるのか?

 

 ――徒手や得物を用いてのインファイトも認める。

 

 ――こういう弾幕があっても面白かろうと思った。

 

 ――私とお前たちが決着をつけるなら、この弾幕をおいて他にないと感じてもいた。

 

 今まで見聞きしてきた様々なフラグメントが、一夏の中で急速に膨らんできている嫌な予感が当たっていることを裏付けている。

 

「雪片――」

 

「気をつけろ箒っ! 千冬姉は接近戦で来――!」

 

 矢も楯もたまらず一夏が叫んだ瞬間、弾幕ごっこの再開を告げるブザーと大音量のBGMがスピーカーから迸る。

 

 そんな中にあっても、千冬による宣言はクリアに聞き取れた。だが、弾幕名を宣し終えるか否かのところで、白い粒弾を軌道上に残しつつ、天から投じられた雷のごとき速度で千冬が飛び込んできていたため、彼女の声は遠間からではなく、真正面から聞こえていた。

 

「『ブリュンヒルデの剣閃』!!」

 

 

 

 




ご高覧ありがとうございました。ご意見ご感想、誤字脱字のご指摘等々お待ちしております
次回投稿は、8月ごろから再開できる見込みでございますm(_ _)m

【8月1日23時17分 追記】
わずかずつ執筆してはおりますが、8月中の投稿は難しい状況でございます。
投稿再開の目処が立ちましたら、活動報告にて、改めてご挨拶させていただきます。
お待たせして申し訳ございません


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