東方千夢劇 ~Infinite DANMAKU for Lotus Land.   作:かぶらや嚆矢

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三ノ漆・後

『ふん――勢い任せに突っ込んでくるものと思っていたがな』

 

「その手は食わねえよ千冬姉。しびれを切らせた俺が突っ込むタイミングに合わせて、カウンター食らわせようと狙ってるだろ? ……ま、安心してくれ。弾幕ごっこの醍醐味を無視して戦うなんて野暮なことはしないからさ」

 

『それは殊勝な心がけだ。もっとも罠を張っていた側としては空振りに終わってしまい、いささか肩透かしを食らった感があるわけだが』

 

「罠を張ってたって自分からバラす奴がいるかよ……やっぱりまだ何か企んでるんだな」

 

『さてな。私が何か企んでいるかどうかは、飛び込んできてみれば分かるぞ』

 

「言ってろ」

 

 オープンチャネル越しに、にこりともせずとぼけてみせる実姉に、苦笑しながら答える一夏。

 

 ただ勝負に勝ちたいなら、被弾数にもエネルギー減少にもいっさい頓着せず、いかに美しく弾幕をかわすかという意義もかなぐり捨て、今までのIS同士の戦闘のように千冬めがけて飛び込み、ただ斬りかかるだけでいい。

 

 だが、それで勝利を収めたとしても、胸を張れる勝ち方だとは決して言えないだろう。

 

 桜千旋が展開する弾幕を攻略するか、もしくは、誰が見てもそうだと分かるくらい決定的な隙をさらけ出させたうえで千冬に一撃を見舞い、初めて勝利と言えるのだ。勝った負けたにはこだわらないのが弾幕ごっことはいえ、だからといって戦い方、勝ち方にもこだわらなくていいというわけではない。

 

 それゆえ白式は無粋きわまる真似はせず、じわじわと距離を詰めていく。

 

 桜千旋もまた、紅椿からの投射攻撃を避けつつ、白式との接近を拒むようにして後退を始める。それと同時にフレスベルクの砲口をもたげ、今度は、爆発四散する光球が一夏の進路を塞ぐように計って巨球をばらまいてきた。 

 

 また弾幕の密度が濃くなりやがった、と舌打ちしつつも、一夏は粘り強く微速前進を続ける。

 

(落ち着け……平常心、平常心だ。ゆっくり近付くんだ)

 

 たとえ千冬が何を狙っていたところで、雪片弐型が届く間合いにまで入ってしまえば、こちらのものだ。

 

 はやる気持ちを抑え、一夏は堅実に進んでいく。

 

 それはIS同士による力と力のぶつけ合いというよりも、一瞬の隙や、有効打を確実に与えられるチャンスを互いに狙う空間争奪戦という趣である。

 

 今まではスピードとパワー頼みの戦い方ばかりしてきたが、こういう制空権を奪い合い、相手を出し抜いたり罠にはめようとイニシアチブを争う戦い方は初めてだった。観客の盛り上がりに応えようという気負いよりも、切れ目なく意識を研ぎ澄ませているせいで緊張し、額から顎先にかけて止めどなく汗が滴り落ちていく。

 

 その闘志に満ちた密度の濃い緊張感は、競技者たちの様子が映し出される大型ビジョンを見るまでもなくアリーナ中に伝播しているようである。観客席から聞こえてくる歓声も、野次馬めいた単なる驚きの声だけでなく、観察者たちのそれへと色合いを変え始めていた。

 

 摺り足のごとき動きで間を詰めながら、現状を知るため、白式の被弾数を確認してみる一夏。

 

(被弾数は――39。まだまだ余裕)

 

 追い詰められて身動きが取れなくなる前に、千冬が張っていると思われるトラップに足をすくわれる前に、余力のある今のうちに一勝負打ってみるか?

 

「箒」

 

『どうした?』

 

「あの大砲をどうにか封じて接近戦に持ち込めれば、勝てると思うんだ。力押しにはなっちまうがこっちから仕掛けてみよう。援護してくれるか?」

 

『了解した……実は私の方でも少し考えていたことがある。もし仕掛けるなら次に千冬さんが大玉を撃った直後にしてくれ。うまく事が運ぶかは五分五分だが、隙を作ることが出来るかもしれん』

 

「分かった。箒の考えに乗るよ。千冬姉が次に撃ってきた直後だな?」

 

 箒からの提案に即答で応じた一夏は、回線を切断し、なおも近付いていく。

 

 拡散した光弾はしばらく上下左右に漂うものの、そのうち浮力を失ってアリーナ地面へ落下したり、バリアに触れて消滅する。すなわち、何もしないでいたら弾数がどんどん減って弾幕が薄くなるため、適宜フレスベルクを撃って弾幕を厚くしなければいけない。ルールのうえではタイムオーバーになってしまえば千冬の勝ちだが、まったく弾を撃たないでいたのでは、それだけこちらの攻撃機会が増えることに繋がる。

 

(撃ってこい、撃ってこい――!)

 

 一夏は攻めあぐねている風を装って時間を稼ぎ、千冬が追撃を放ってくるのを待ち続けた。

 

 ややあって、フレスベルクを構えた千冬が新たに巨球を放った瞬間、

 

『はああぁっ!』

 

 気合の声を迸らせて箒が動いた。4連射で撃ち出されたばかりの巨大な光球を、雨月から放つ紅色のレーザーで4つともすべて狙い撃ち、桜千旋のすぐ近くで爆散させたのだ。

 

『むっ――』

 

 聞き覚えのほとんどない、千冬がたじろぐ声が耳に届いてきた。

 

 桜千旋は光弾を弾く力場で守られているため、飛び散った光弾でダメージを受けるということはない。しかし密集しすぎた無数の光弾がハレーションを起こして視界を塞がれ、また、いかに重力管制に優れた桜千旋であろうとも、爆発の衝撃を間近で浴びてはひとたまりもないらしく、機体を左右にぐらつかせている。

 

『今だっ! 行け一夏!』

 

「ナイス箒!!」

 

 快哉を放った一夏は、箒からの檄に押されるようにして、スラスターに火を入れる。

 

 もはや遠慮はいらないし被弾をためらってもいられない。漂う光弾群をくぐり抜けると雪片弐型を振りかぶり、瞬時加速にも劣らないスピードでもって一気に距離を詰めた。それと同時に、前に霊夢から「一撃で仕留められる」と太鼓判を押されている必殺の一太刀でもって、光の壁もろともその向こう側にいる桜千旋を袈裟懸けにぶった切ってしまう。

 

 だが、手応えがない。

 

 切り裂かれた光の壁のスキマから見えた桜千旋の姿は、一夏が狙いをつけた空間より奥にいた。

 

 さすがというべきか、白式の突撃を察していた千冬は、体勢を崩しながらもホットゾーンから素早く離脱していたのだ。かてて加えて、群れ集まる光弾が邪魔になって桜千旋の姿をロストしていたことも、一夏たちにとって不運だった。

 

 だが、この奇襲は有効ではあったらしい。重量があるフレスベルクを収納しなければ逃げ切れなかったのか千冬は丸腰の状態だった。そして今、白式の手には雪片弐型が握られている。

 

「今度こそもらったぜ千冬姉!」

 

 決着を宣する一夏の中には実姉に手を上げることへの逡巡もあるにはあったが、それよりも、目標と定める人物に競り勝つことへの昂揚感がわずかに勝った。体当たりを仕掛けるように勢いづいて桜千旋の懐まで――また後退してくることを見越して通常より深めに――飛び込むと手首を返し左腰下から右肩上まで一気に逆袈裟に切り裂こうとする一夏。だが、

 

「――なっ!?」

 

 振り抜く腕は途中で止まった。

 

 一夏が急に家族愛に目覚めたからではない。そうではなく、後退するどころか逆に自分から踏み込んできた千冬に腕を絡め取られたせいで、斬撃を止められてしまったのだ。

 

(ふ、フレスベルクを収納したのは逃げ切れないからじゃなくて、まさかこれを狙って――!?)

 

 うろたえる一夏を見据える千冬の目は鋭く、凪いだ湖面のごとく静かだった。

 

 力任せに振りほどくにしても、いったん手を引くにしても、千冬の手でがっちり固定された腕はびくとも動かせない。

 

 一夏、箒、千冬がそれぞれ習得している篠ノ之流剣術は、その前身が篠ノ之流という古武術であるため剣の技以外にも当て身、投げ、極めなどの技法も伝えられている。それらを修めている千冬なればこそ一夏の斬撃をたやすく押さえ込められたし、ぎりぎりと締め上げることで一夏の動きを封じ込めてもいた。

 

「なかなかの連携だ。だが、まだ合格点はやれんな」

 

「くっ、この――!」

 

 オープンチャネルでなく肉声で断じた千冬は、拘束から逃れようともがく白式の腕を押さえる手はそのままにくるりと反転し、一夏の脇腹へ肘打ちを叩き込んできた。

 

 バットで横殴りにされるに等しい威力のローリングエルボーを食らわされた一夏の体勢が、大きく崩れる。ついで千冬は絡め取っていた腕を跳ね上げると、流れるような動きで小手返しを決め、白式ごと一夏を投げ捨ててしまう。

 

「うぉわっ――と、とっ!」

 

 泡を食った声を上げつつ、体勢を立て直そうとスラスターを操作する一夏。

 

 空中なので投げられたところで何らダメージはない。せいぜい光弾にぶつかって被弾数が無駄に増えるぐらいだろう。それは問題ではない。真に問題なのは、千冬の目の前で無防備な姿を晒してしまったことだ。翻って、この好機を見逃すほど千冬は無能ではなく、実弟だからといって温情をくれてやるほど優しくもなかった。

 

「再提出だ。出直してこい」

 

 一夏を放り投げた千冬は、同時に、右手に武器を展開する。

 

 スターライトmkⅢに似ている長い銃身を持つそれは、桜千旋が装備している3種類の弾幕兵器の2番目――大型リボルバーカノン「嵐雪(らんせつ)」だ。

 

 ガトリング銃より連射性能で劣り、しかし立ち上がりの早さで大幅に勝るリボルバーカノンは、

トリガーを引くとほぼ同時に、最大速度での射撃を行える。大きさは握り拳よりも小さいが秒間数十発に達する白い粒弾の連射は、あっという間に射界を埋め尽くし、暴風雪のごとき勢いでもって白式を飲み込んだ。かかる斉射の矢面に立たされた一夏は不安定な体勢のまま、激流の川底を転がる小石のように押し流され、接近戦の間合いから弾き出されてしまう。

 

(や、やべえっ! 一気に持ってかれる――!)

 

 色を失った一夏は、何とか火線から逃れようともがく。

 

 ハイパーセンサーに映し出される被弾数はすでに100を越えており、今なお猛烈な早さでその数を増やしていく。その上昇は、相方の危機を察した箒が飛び込んでくるまで続いた。

 

『――やらせるかっ!』

 

 漂う光弾の中を突っ切ってきた箒が雨月と空裂を翻し、千冬へと躍りかかる。

 

 紅椿の突入に気付いた千冬はスラスターを操作し、左方向へずれることで箒の斬撃をかわすと、リボルバーカノンの銃口を、一夏から箒の方へと向けた。居物撃ちの的にされることを嫌った箒は空裂を大振りに薙ぎ払い、これをわざと避けさせることでいったん桜千旋を遠ざけると、自身も巧みに位置を変えながら、嵐雪の銃口を自分へと引きつけておく。

 

 その間に、一夏は体勢を立て直して射界から逃れていた。

 

 しかも、ただ漫然と逃げただけではない。旋回飛行でもって桜千旋の背後へと回り込んだのだ。

 

『ほう……どさくさとはいえ私の後ろを取るとは』

 

『大丈夫か一夏!? すまん、光弾が密集しすぎてたし組み合っていたせいで千冬さんだけ狙い撃てなくて、飛び込むまでに時間がかかってしまった!』

 

「いや、助かったぜ箒――このまま一気に挟み撃ちでいくぞ! 千冬姉を引きつけててくれ!」

 

『ああ!』

 

 箒がレーザーと衝撃波を繰り出して牽制し、必要に応じて自分自身でも桜千旋へと接近して斬撃を放ち、それに同期して一夏もまた飛び込んで攻撃しつつ、一撃を食らわせる隙を狙う。

 

 前後からの同時攻撃といえば、堅実だから多用され、多用されるから陳腐になるというタイプの戦法だが、接近戦でも中間距離からでも手を出せる紅椿と、クロスレンジでの打ち合いをもっとも得意とする白式がコンビを組んで実行すれば、その効果のほどは推して知るべしだろう。

 

 ただし、2人が思いつく戦法は千冬も思い至っていたし、対策も取られていた。

 

 上体をひねる、左右にわずかにずれるといった動きだけで投射攻撃も直接攻撃もいなし、一夏や箒が懐深くに入ってきた場合には膝蹴りや前蹴りで追い払っていた千冬だったが、2人と間合いが空いた瞬間を狙って体を開くと、あろうことか、嵐雪に加えてフレスベルクをも再展開したのだ。

 

 右手で保持しているリボルバーカノンによる連射で箒への反撃とし、左手に呼び出した多砲門臼砲でもって爆発四散する虹色の大玉を次々と撃ち出し、一夏の突入を封じてきた。そして、時おりピボットの要領で体を入れ替え、一夏の方に連射攻撃を見舞い、箒が突入してこれないように弾幕を張ってくる。

 

 結果、ふと気がつけば一夏も箒も接近戦の間合いから後退させられていた。挙げ句、踏み込めないでいるうちに嵐雪による射撃を少しずつ浴び、被弾数を増やされている。

 

「くそ、こうも景気よくぽんぽん爆発されると、飛び込む隙がねえな……つか機関銃と大砲の二丁拳銃とか絶対ありえんだろ……」

 

 PICの補助を受け、また、左右同時に撃ち出すことでバランスを取っているとはいえ、普通ならば射撃のリコイルで手首や肩を脱臼していても、否、肩から先の腕がちぎれて吹き飛んでいてもおかしくない。

 

 あまりに人間離れした姉のスペックに思わず毒づき、一夏は考える。

 

(さて――ツッコミはともかく、どうしたもんかね)

 

 接近戦を旨とする白式にとって特に厄介なのが、スペクトル・ドランカード――縮めるとスペルカードと略して呼べる弾幕――の中核を成す、破裂して光弾をまき散らす巨球弾の存在だった。

 

 発射から爆発までのタイムラグはまちまちであり、飛び込めるタイミングを掴ませない。もしも

脇をすり抜けた瞬間に大爆発されたら、飛び散った光弾に飲み込まれ、あっという間に被弾数を増やすことになる。では当初のように低速移動で少しずつ接近しようとすると嵐雪がこちらを向き、蜂の巣にされたり、光弾が漂う中を追いかけ回されたりする。

 

 無秩序なばらまき弾幕と、狙い撃ち高速弾の組み合わせ。白式のごとく電撃的なヒットアンドアウェイが持ち味の機体にとって、まったく攻略しにくい弾幕であろう。

 

「後ろを取ってはみたがほとんど隙がない――そっちはどうだ箒?」

 

『似たようなものだ。私がレーザーを放った瞬間を狙って連射してくるから全部は避け切れん……くっ、すでに被弾数を結構取られてしまってる』

 

「――箒。アレでいくか」

 

 一夏が尋ねると、わずかな沈黙があった。数瞬の後、箒、静かな声音で返していわく、

 

『分かった、一夏が言うなら従おう……私がフォローに向かうまでエネルギーは保ちそうか?』

 

「たぶん。今んとこ無駄遣いしてないし、被弾数はともかくエネルギーはまだ余裕がある。一応、出来るだけ出力は下げてみるけど」

 

 了解だ、と箒が応じて終話した直後、一夏は雪片弐型を収納した。箒もまた雨月と空裂を収納してしまい、2人とも手ぶらの状態になる。それから占位位置を変え、挟み込むというより、角度を付けて左右の斜め前方から千冬と向かい合うポジションを取った。

 

 その光景が大型映像装置に映し出され、観客席にも、2人は何を狙っているのか、と訝るようなざわつきが広がっていく。

 

『……ふむ』

 

 それは千冬も同様だった。変わらず両方向へ射撃しつつ、警戒の雰囲気を露わにする。

 

 開戦から現在まで、桜千旋は、白式と紅椿ともに得意でない投射戦の間合い――弾幕ごっこのスタイルで戦っている。

 

 事実、ISとしても操縦者としても確かに投射戦は得意でないが、出来ないわけではない。千冬の懐にどうしても飛び込めず射撃戦になった場合どうするか、すでに箒とも打ち合わせ済みである。

ただ、一夏の美学からすると望ましい戦い方ではないし、縁起の悪さから箒も使用を嫌がっているし、エネルギーの消耗が激しく博打的な面が多分にあるため、軽々に使うことが出来ないというだけのことだ。

 

「千冬姉! そっちが遠距離で戦いたいってんなら、こっちもやってやるぜ!」

 

『すみません千冬さん! あまり気は進みませんが、使わせてもらいますよ!』

 

 そう宣言した一夏は多機能武装腕――雪羅を展開し、荷電粒子砲を撃ち出す体勢を取った。それと同期して展開装甲を再構築していた箒が、両肩に装備された2門の出力可変型ブラスター・ライフル――穿千の砲口をもたげ、右目に呼び出したターゲット・スコープで桜千旋を捕捉する。

 

「――行くぞ!」

 

『応!』

 

 瞬後、紅椿から撃ち出されたのは膨大なエネルギー波だった。真紅に輝く超高密度のエネルギービームがアリーナ空域を舐めつくし、フィールド内を漂う光弾をまとめてかき消してしまう。

 

 オーロラのごとき光の幕が空域一帯を覆う中、荷電粒子砲の純白の閃きが光の牙となり、千冬を狙い撃つ。

 

 紅白二色の輝きはそのまま桜千旋を食らい尽くそうとしたが、観客たちの度肝を抜く広範囲攻撃も、千冬にはしかし通じない。

 

 いや、通じないどころか先回りをされた。穿千の掃射を見越し、両手の装備を収納して機動力を取り戻した桜千旋はフルスピードで離脱して白光の矢と真紅色の怒濤を飛び越え、箒めがけて急襲を仕掛けてきたのだ。

 

『遅い!』

 

『くっ――!!』

 

 千冬と箒が、それぞれの得物を同時に展開する。機体の性能差ゆえか先に展開し終えたのは紅椿

だが、襲う側と襲われる側の精神状態の差が明暗を分けた。迎撃に転じるのが遅れた箒に、嵐雪を再展開しながら強烈な飛び蹴りを見舞う千冬。雨月と空裂を交差させてこれを何とかガードした箒だったが、追撃として放たれたリボルバーカノンによる斉射を、零距離で浴びせられてしまった。穿千を使用するためPICを機体制御の大半に割いていた紅椿は被弾の衝撃を殺しきれず、アリーナ地面めがけて真っ逆さまに墜落していく。

 

「箒!」

 

 叫ぶ一夏の双眸が紅椿を見、そして、銃口がよそを向いている桜千旋を見た。

 

 穿千のエネルギービームが一閃された今、フィールド内を漂う光弾はほとんど消えてなくなっている。それに荷電粒子砲は出力をセーブして放っていたため、白式はまだ、瞬時加速を敢行するに足るエネルギーを残していた。

 

 箒を助けに行くか、それとも、この千載一遇の機会を逃さず千冬にとどめを差すか?

 

『――来るか!』

 

 迷うことは許されない。すでに千冬はフレスベルクの展開を済ませており、その砲門をこちらに向け、今すぐにでも大玉を撃ち出そうとしていた。その表情は一夏が初めて見るほどに切迫しており、焦る様子を隠すほどの余裕もないようだった。

 

「私に構うな! 行けっ、行ってくれ一夏あっ!!」

 

 コントロールを失って墜落したまま、しかし決然とした目で一夏をはっきりと見据えている箒が、声あらん限りに叫ぶ。

 

「うおあああああぁっ!」 

 

 腹を決めた一夏はスラスターに火を入れ、瞬時加速で飛び出していた。




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