東方千夢劇 ~Infinite DANMAKU for Lotus Land.   作:かぶらや嚆矢

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一ノ弐・

 不意打ちに近い一撃を危なげなく弾き、それどころか落ち着き払って反撃まで繰り出していたあたり、間違いなく実戦経験がある。そのうえ、誓って本気は出していなかったがシュバルツェア・レーゲンの速攻さえ大した被害なく凌いでいたことから鑑みるに、祖国ドイツが誇るIS配備特殊部隊であるシュヴァルツェア・ハーゼでも通用する程度のポテンシャルは、少なくとも有しているのだろう。

 

 現況に至るまでの経緯からそう見当をつけたラウラは、自身と同じく空中にあり、距離をおいて正対している霊夢を不躾なまでにじろじろと見やり、彼女のスペックをつぶさに分析していく。

 

 左手には一対の紙垂が付けられた棒。右手には何かの札、針、用途が分からないボール状の物。それが、視認できる限りの霊夢の全装備であるらしかった。しかしながら霊夢自身は生身であり、ISのようにシールド保護されているわけではない。スラスターやイグニッション・ブーストを含めた諸々の運動機能にも当然対応しておらず、いわんや、ハイパーセンサーなど備えていようはずもない。

 

 唯一不明なのはどういった原理で単独飛行を可能にしているかという点だが、これはむしろラウラにとっては好都合な不明点だと言えた。なんとなればISはもともと宇宙空間での活動を想定して設計されているため、地上よりも空中にあってその性能をフルに発揮できるからだ。

 

 未知の敵であり、いかなる手札を隠し持っているか分からないというマイナスを考慮に入れてもしょせん生身の人間とIS、負ける可能性の見当たらない戦いである。否、戦いどころかワンサイドゲームの陵辱といって差し支えないだろう。主力戦車のコックピットに搭乗しているのに、竹槍を振りかざして迎撃してくる兵士ひとりを恐れる必要がどこにある?

 

(死なないよう手加減は当然するが、やはりある程度は痛い目に遭ってもらわないとな――)

 

 対戦相手についてデータを収集、解析するにつれて彼我の戦力差も浮き彫りになっていき、ラウラは普段の、ドイツの冷氷と呼ばれるに足るだけの冷静さと判断力を蘇らせていた。余裕を取り戻した、と換言してもいいかもしれない。

 

 それと同時に、持たざる者への哀れみというべき感情もわずかに出始めていた。

 

 侮られた当初は八つ裂きにしてやっても収まらないほどの怒りを感じたが、よくも考えてみればISで手加減を加えず人間を攻撃するのは、いくら相手が不法侵入者であるとはいってもやり過ぎである。オーバーキルどころの話ではない。ショックを与えて失神させるか、四肢を拘束したり行動不能にするぐらいまでが容認される限界であり、与える被害がそれ以上に及べば、ラウラも何らかの処罰は免れなくなるだろう。

 

 そういう意味では、先の怒りに任せた暴撃を捌ききってくれた点において霊夢に感謝する思いがないでもない。

 それゆえ命までは取らず、軽く痛めつけて実力の差を明らかにした後で地面に這いつくばらせて謝罪させ、さんざん頭を踏みにじってやったうえで靴の裏を舐めさせる程度で勘弁してやるつもりだった。

 

 決して遠くない将来に展開されるだろう胸のすく光景を思い描いて少しばかり溜飲を下げた後、ラウラは改めて霊夢を見やり、それにしても、と考える。

 

 身体能力はなかなかに秀でているうえ、自分自身の力で飛行できるという不可解なトリックまで行使できるようだが、だからといって、性能比較をすれば近代軍事兵器ですらオモチャ同然でしかない機動性と制圧力を有するISに生身で勝負を挑むなど、正気の沙汰ではない。

 

 自殺志願者か、狂人か?

 

 あるいはISの何たるかを知らない桁外れの世間知らずか、それとも、風車に突進を仕掛けた騎士ドン・キホーテのごとく自分の能力に自惚れた自信家なのか? おそらくは後者だろう。紅と白を意匠にした服装の、カラーリングだけでなく頭の方もおめでたい小娘は自らが絶対に優位と信じて疑わないような傲岸な顔つきでもって、今もラウラに不躾な視線を向けてきている。

 

「たまたま空を飛ぶことが出来るだけの羽虫が調子づいているうちに、自分を鷲だと勘違いしたと見えるな。この私が直々に、分際というものを思い知らせてやろう」

 

 ラウラの口上を受けた霊夢は、ふん、と鼻を鳴らしてその返礼とした。ついでいわく、

 

「言ってくれるじゃない。山の河童でもあるまいに、そんな邪魔くさいもの背負ってなきゃ満足に戦えない奴が私に勝てるとでも思ってるの?」

 

「……ひとつ答えろ。貴様まさかシュバルツェア・レーゲンを、ISを知らない訳はないだろうな」

 

「知るかい。だいたい何よそのあいえすって」

 

 ラウラは瞑目して首を振った。

 

 こいつはただの愚か者だ。井の中の蛙だ。長々と付き合ってやる必要もない。早々に制圧することで、失った面目を施さなくては。

 

 目を開いたラウラは鋭く息を吸い込むと、スラスター翼に火を入れた。

 身をかがめた黒豹がじわじわと獲物へ近づいていくように、ラウラが駆るシュバルツェア・レーゲンは少しずつ加速しながら霊夢へにじり寄っていく。それに呼応して霊夢も身構えるが、生意気にもラウラの出方を窺っているつもりか、先ほどのように逃げ回ったりはしない。

 

 目に物見せてくれる。内心でそう嘲ったラウラのアプローチはゆっくりとしたものであったが、それは表面上だけのものだった。

 ある程度まで霊夢との距離を詰めたところでラウラが打って出る。まっすぐ霊夢に向かって推進していた軌道から左方向へ旋回、それもイグニッション・ブーストに匹敵する高速度でもって霊夢の背後に回り込むや、再び直線的な軌道に切り替えて一気呵成に急襲を仕掛けた。

 緩やかな等速で一定方向に動いていた物体がいきなり高速で移動した場合、ゆっくりした速度に慣らされていた目は一瞬だけ対象をロストする。とはいえそれは瞬き1回分にも満たない、本当にわずかな瞬間ではあるが、電撃戦をもって旨とするISであれば懐に飛び込むには十分な時間を稼ぐことが出来る。だが、

 

(――ちっ! この小娘、やはり気付きだけは早い!)

 

 標的は取るに足らない存在だったがしかし、その反応の鋭さという一点においては相変わらず端倪すべからざるものがあった。小憎らしくも霊夢は狼狽することも硬直することもなく、顔だけを動かしてラウラの襲撃をしっかりと捕捉していたのだ。初見の相手であれば今まで一度も見破られたことがなかった奇襲戦法が通じず、思わず舌打ちしてしまうラウラ。高速度の攪乱に惑わされることなく目で追いかけていた霊夢はシュバルツェア・レーゲンがトップスピードに達するまであとわずかのところでラウラの方へと向き直り、軍配を返すかのごとく手にしたお祓い棒をざっと横に薙いだ。

 

 かかる動作に呼応し、彼女の右手にあった諸々の道具が煙のようにかき消える。それと入れ替わりに、バスケットボール大ぐらいの球体が何もない空間から現れた。その数4。僚機よろしく霊夢の左右に2つずつ浮かび、等間隔を保って横並びに並ぶ球体は先ほどまで彼女の掌中にあったボールと同じ、太極模様をしている。

 

「はっ、この期に及んで飽きもせずトリックの類いとはな! 次はその袖の中からハトでも出してみせるか!?」

 

 ラウラが嘲弄する。所詮はこけおどし、あのボール型のビットが動くか光るかして攪乱してくるか、気を取られた隙を突いてカウンターを仕掛けるつもりだろう。ラウラはそう予測を付けさらに加速をかけた。新たに現れた支援兵器への恐れはまったく感じないが、未だ泰然としている霊夢を忌々しく思う気持ちがより一層強まり背中を押してくる。ワイヤーブレードの射程範囲に霊夢を捉えるまで、もってあと数瞬。勢いを得たラウラは黒鋼をまとった暴風となりて、防御や回避といった行動すら起こさない霊夢へ猛然と襲いかかった。

 

(一瞬だ! 一瞬で完膚無きまでに叩きのめしてやる!)

 

 インターフェイスが、霊夢を射程圏内へと捕らえたことを知らせた。ワイヤーブレードが両肩および腰部ユニットから排出され、その切っ先で霊夢を痛めつけんとして唸りを上げる。

 

 同時にプラズマブレードを振りかぶったラウラは、決して油断などしていなかった。ただ自身の優位を信じて疑わなかったあまり、彼女はひとつだけ、ある可能性が存在していることを初めから失念していた。それはただのひとつ、たったひとつだけである。しかし結果として、それが明暗を決定的に分けることになった。

 

 ラウラが想像できる範囲をはるかに超越した力を、霊夢は持っていたのだ。

 

 霊夢の脇を固める4つの陰陽玉が何らの前兆も見せることなく、一斉に光を放つ。それはすでに想定済みだ! そう心の中で快哉を放ったラウラが陰陽玉の存在を完全に無視して霊夢に一太刀見舞おうとしたまさにその瞬間、ISスーツでもスキンバリアーでも相殺しきれない激烈な衝撃がラウラを襲った。

 

「ぐ、はッ……!!」

 

 そびえ立つ岩壁に全力疾走で激突したような衝撃だった。

 

 半開きになったラウラの口から苦悶の息が漏れる。したくてそうしたのではなく、衝圧で肺が押し潰され逃げ場をなくした空気がせり上がってきたためだ。ショックが脳まで達したせいか溢れた涙で歪む視界が激しく明滅し、きーんという耳障りで甲高い音が鼓膜を震えさせる。ついで込み上げてくる頭痛と猛烈な吐き気につい意識が途切れそうになるが、千々に乱れた自我を辛うじてつなぎ止めたラウラは墜落しかけていたシュバルツェア・レーゲンを死に物狂いで立て直すと右方向へ旋回し、よろめきながら霊夢からやや離れたところまで逃れた。

 

(対物理バリヤー!? いや違う! なんだ、何が起こったんだ!?)

 

 意識朦朧としながら、衝撃の原因を探ろうとしてラウラはイメージインターフェイスを開く。

 

 先の衝撃による実体ダメージはゼロ、機体の損壊もないが、シールドエネルギーが全体の3割近く奪われたことが報告されていた。ダメージデバイスを確認すると、熱力学的干渉――高圧エネルギー弾やレーザーなどに分類される攻撃を受けたという表示がされている。

 

 ISには操縦者のコンディションを正常に保つ機能が備わっているため意識はほぼ明瞭な状態まで回復し、体調も平常のそれに近付きつつあったが、未知の衝撃を受けたことによる精神的な動揺、パニック状態まではケアしきれない。混乱のピークにあるラウラはダメージの正体を探ること固執していて、今の自分が、宙にただぼんやり浮かんでいるだけの無防備な状態であることにさえ気付いていなかった。

 

「なぜエネルギー弾などという表示が……うああぁぁっ!」

 

 2度目の衝撃がラウラを打ち据える。先のものほど強烈ではなかったが、それでも、激しい暴風雨を体の真正面で浴びているような圧力だった。

 

 霊夢が何らかの方法で攻撃をしてきている! 衝撃が走ると共にシールドエネルギー残量が削り取られていく報告がインターフェイスからなされるに至って、ラウラはそう確信した。必死にスラスターを操作して回避行動を取りつつ、彼我の位置関係を確かめようと霊夢の方へ目を向けたところで、ラウラは攻撃を仕掛けてきたものの正体を見つけた。

 

 いや、見せつけられた。

 

 霊夢を中心にした一列横隊を敷く4つの陰陽玉から凄まじい勢いで、かつ膨大な数で撃ち放たれる光弾が幾筋もの光芒を織りなし、怒濤となってラウラの方へ殺到してきていたのだ。

 

「な、な、何なんだ! いったい何なんだこれはっ!?」

 

 悲鳴にも似た声を上げたラウラは完全に混乱しきって、次から次へ押し寄せてくる光の大河から身も世もなく逃げ惑う。

 

 流れを形作るエネルギー弾のひとつひとつは直線的に飛ぶ、細長い針状をした小さな光弾だが、その弾速が速く、また絶え間なく陰陽玉から撃ち出されてくるために決して流れが途切れることはない。無数の光弾が一束の光芒を形作り、収斂された光芒が視界を覆うほどの激流と変じて一斉に押し寄せてくる。それはまるで、旧約聖書に語られる多頭竜レヴィアタンが暴れ狂っているような光景を彷彿とさせた。

 

 ラウラは内心でほぞを噛む。そもそも接近戦なんか御免だと言ってたはずの霊夢が、何故ラウラが突撃をかけてくるまで何もしてこなかったのか?

 

 今になってその狙いが分かった。あのボール型ビットによる一斉射撃を回避できないところまで飛び込んでくるのを待っていたのだ。結果としてラウラは霊夢の狙い通りに誘い込まれ、伏兵たる陰陽玉の集中攻撃を浴びて痛手を被ることになってしまった。

 

 そして手札をオープンしたからには出し惜しみなしと判断したのだろう。霊夢は目にも止まらぬ広範囲掃射でもって、今まさにラウラを圧殺しにかかってきていた。

 

「ちいっ……確かに私が迂闊だった。そこは教訓として反省しよう。だがな!」

 

 正面から押し迫って来る光の怒濤をきっと見据えたラウラは体勢を立て直し、ときに蛇行し、ときに旋回し、ときに急加速と急停止を繰り返すことで、収斂された針弾との接触を避ける。

 

 2度の攻撃を受けたせいで少なからずダメージは被ったが、体調はすでに回復し、動揺も収まった。後塵を拝したのは事実だが相手の攻撃方法が分かった以上、対策を講じるのは難しくはない。ラウラが駆るシュバルツェア・レーゲンは、激流と激流の間にスキマのごとく存在するいくつかの安全圏を飛び石のように遷移しながら、少しずつ霊夢へと迫っていった。

 

「この私を侮るなよ小娘が! タネの割れたマジックが二度と通用すると思うな!」

 

「ふん、そういう威勢の良いセリフはここまで来てから言ってみなさいよ!」

 

 機関銃のごとく針弾を連射する陰陽玉を左右に従え、そう怒鳴り返した霊夢はラウラの方へと顔を向けていたが、腕を組んで余裕綽々としている。常に陰陽玉の射界にターゲットが入るようにラウラの動きに合わせ右へ左へと滑るように遊弋するくらいで、他には何もしてこない。霊夢からの投射攻撃に慣れつつあったラウラにとって、それが不気味であった。

 

 まだ何か隠し持っているのではないか? そんな懸念が脳裏にこびりついて離れないため、ある程度までは接近できるが、最後の一押しをかけることに、つい二の足を踏んでしまう。

 

「ほらほらどーしたのよ。早くここまで来てみたら?」

 

 腕を組んだ恰好で手にしたお祓い棒を振り振り、霊夢がラウラを挑発してくる。

 

 一瞬、ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンを加速させかけるが、これが霊夢一流の誘い込みであることは火を見るより明らかであろう。行けば行ったで鬼が出るか蛇が出るか分かったものではない。それゆえラウラは光弾の奔流をかわしながら、黙って霊夢を睨み返すだけに留める。

 

「来ないの? あっそう。ふーん、へー。まぁ別に好きにすれば良いんだけどー」

 

 つまらなそうに言い、霊夢は腕組みをほどいた。

 

「せっかく親切に教えてあげたのにね。そのままそこにいたら――」

 

 ゆるゆるとした動作でもって霊夢はお祓い棒を握った左手を右肩の後ろへ回すようなポーズを取り、溜めを作る。そんなテイクバックの姿勢を保ったまま、霊夢は静かな、しかし凛とした声音でもって自らの言を締めくくった。いわく、

 

「無事じゃ済まないわよ?」

 

 ついで、陰陽玉を召喚したときのようにお祓い棒を一薙ぎする霊夢。彼女がアクションを起こしたのと同時に甲高いアラーム音、シュバルツェア・レーゲンからの警報音が、ラウラの耳孔に飛び込んできた。

 

 ロックオンアラート。ホーミング弾が撃たれたり、狙撃者に捕捉されたことを操縦者に知らせるハイパーセンサーからの警告である。併せて表示される動体反応数が2、4、6、8と増えていくが、ラウラはそれらのメッセージなど見ていなかった。それよりもむしろ、横薙ぎされたお祓い棒の軌跡から次々に現れ、左右二手に分かれて大きくカーブを描きながら飛来してくる四角いエネルギー弾の方を注視していた。

 

 針弾と比べて速度は遅いがそれでも肉眼では捉えきれないほど速く、そのうえ自分がいるところを的確に狙って飛んでくる。上下左右に位置をずらせば、弾もそれに合わせて軌道を変えてくる。追尾弾を振り切るためには加速をかけ、大きく動いて避けるしかないが、幾筋もの光弾の奔流がうなりを上げているなかで高速移動を行うということは、取りも直さず、その流れの中へと飛び込む必要があるということだ。

 

「くうっ……小賢しい真似を!」

 

 陰陽玉が連射する針弾で足止めないし移動範囲を制限されたところを、霊夢が放つ札状のホーミング弾で居物撃ちにされる。苦々しく吐き捨てたラウラは窮地に追い込まれているかに見えたが、彼女も伊達に修羅場をくぐってきてはいない。

 

「――はあぁぁっ!」

 

 両手に纏った二振りのプラズマブレードで、執拗に追いすがってくる札弾を叩き切ったのだ。

 

 動いて避けるのは針弾の塊だけに留め、左右両方向から迫り来るホーミング弾については、避けないでこれを迎撃する。ブレードに接触した札弾は激しくスパークしたのち真っ二つに両断され、光り輝く粒子状の塵に変じて空に溶け込むように消えていった。

 

「なかなかやるじゃない。弾幕ごっこのルール違反だけど」

 

 ひゅう、と応じた霊夢だったが、三度お祓い棒を左右に払うことでさらに大量のホーミング弾を精製すると、ラウラ目がけて矢継ぎ早に撃ち放つ。アラートによると、その数66。ラウラは裂帛の気合いでもってこれを迎え撃つが、対処しきれなかった追尾弾に、あるいは足を止めていたことによって陰陽玉からの針弾に狙い撃ちにされてシールドバリアにダメージを受けてしまう。

 

 決め手に欠け、善後策を講じる内に守勢へと追い込まれた。ラウラは舌打ちしたい気持ちを抱えてはいたが、それと同時に、別の感情が自分の中に沸き立っているのを感じていた。

 

(楽しませてくれるじゃないか……せいぜい今のうちにいい気になっておけ!)

 

 エネルギーはすでに全体の半分ほど失っていたが、反撃の機会を奪われた状態にあってラウラはむしろ闘志を燃やしていた。凄まじいほどの弾幕攻撃の向こう側で悠然としている小娘の得意面を何が何でも吠え面に変えてやる! 霊夢に対する憎悪の念も、千冬の前で失った面目を施さんとする虚栄心も頭の中からいつしか消え果て、ラウラはただこの劣勢を突破して一矢報いんと欲し、霊夢が繰り出す弾幕へと果敢に挑みかかった。

 

 

                   *

 

 

 ドイツ代表候補生であるラウラ・ボーデヴィッヒはIS学園に籍を置く生徒だが、祖国にあってはIS配備特殊部隊を率いる少佐という顕職に就く、れっきとした軍人でもあった。当然ISの扱いにも一日の長があり、彼女が駆るIS自体も第3世代機にして極めて高性能である。それゆえ彼女が1年1組でもっとも戦闘経験および総合力が高い操縦者であることは、誰もが認めるところだろう。

 

 そのラウラと彼女の専用機シュバルツェア・レーゲンが、空を飛ぶ生身の人間に翻弄されている様を、1年1組の生徒たちは初めのうちは言葉を失ってただ呆然と見つめていた。

 

 霊夢との距離を詰めようと針弾の激流をかいくぐったラウラが勢いそのままに突撃を仕掛けようとするが、蛇行するように変則的な軌道を描いて襲い来るホーミング弾に手間取るうち、別の針弾が殺到してきて押し戻されてしまう。

 

 すでに何度となく繰り返された膠着状態だが、目を離す者はいない。そして誰もが当初は言葉なく立ち尽くしていたが、判官贔屓というものだろう、ラウラが窮地に追い込まれるにつれて彼女を応援する者が現れ始める。氷のごときクールなドイツ人が闘志を剥き出して挑む姿に感銘を受けたのか、雨あられと降り注ぐ弾幕に身を掠めながらもラウラが高速突撃を試みたり、迫り来る大量のホーミング弾に一歩も退かず、闘神のごとき気迫でもって四角い光弾を次々に叩き切っていく反攻を見せたときなどには歓声が上がるほどであった。

 

「ラウラさん避けてっ……やった! ――ああっ、また次の弾がいっぱい来た!」

 

「わ、わ、すご~い。全部斬り捨てちゃった~。びっひーってあんなに強かったんだ~」

 

「いける、いけるよ! ボーデヴィッヒさん頑張れーっ!」

 

 一進一退とするにはあまりにもラウラは押され気味だったがしかし、苦境にあって心を折らずに立ち向かうラウラは仲間たちからの声援を得ていた。

 

 観戦するクラスメートたちも少しずつISを動かすことに慣れてきており、ということは孤軍奮闘するラウラの操縦技術がいかに卓絶したものであるか、実感として感じ取れるようになりつつあったのだ。そんな熟練のIS操縦者をして歯が立たない霊夢に諦めずに挑みかかる姿が、少女たちの目には、逆境に負けず困難に立ち向かうヒーローのごとく映っていたのだろう。

 

「分が悪すぎるな」

 

 そんな熱狂しているラウラのクラスメートたちから離れた場所にあって戦況を見つつ、ぽつりと冷ややかに呟く者がいた。織斑千冬である。

 

 いつかのトーナメントの時もそうだったが、ラウラは油断はなくとも彼我の戦力差をデータ通りに分析して相対的に判断するあまり、相手の力量を見誤る欠点がある。千冬は黙したままラウラが苦闘している様を見守っていたが、手に汗握って歓声を上げる少女たちと異なり、自身の教え子の不利を的確に看破していた。

 

「織斑先生」

 

 出し抜けに呼びかけられ、戦場となっている上空から声のした方へと視線を移す千冬。いつの間に側まで来ていたのか、霊夢に弾き飛ばされたはずの出席簿を手にした、シャルロット・デュノアの姿がそこにあった。

 

「デュノアか――すまんな、出席簿を拾ってきてくれたのか」

 

「いえ、これくらいのこと」

 

 シャルロットは照れたようにはにかんでみせた。そんな彼女に千冬、尋ねていわく、

 

「ちょうどいい。デュノア、お前はアレをどう見る」

 

 いきなり水を向けられたシャルロットは一瞬だけ驚いた顔をしたが、そうですね、と前置いて、アレことラウラと霊夢が繰り広げている空中戦を見やった。

 

「見るからにラウラが劣勢ですね。それより……現実に起こってることのはずなのに、あんな魔法みたいな力を使える人がいるなんてとても信じられません。ひょっとしたらこれは夢なんじゃないかと思ってしまいます」

 

「夢かどうか確かめてみるか?」

 

 自身の手に戻ってきたばかりの出席簿を、ひょいと持ち上げてみせる千冬。ぶんぶんと首を振りつつ後じさるシャルロットに、冗談だと言い置いて手を引いた千冬、続けていわく、

 

「仮にお前がボーデヴィッヒの立場にあったら、この状況をいかにして打開する」

 

「私でしたら――あのボール型のビットから先に攻略します。見たところ4つとも完全に同期して自動で連射してるみたいですが、どういう仕組みになってるかはともかく、残弾に制限のない自律砲台なんて反則ですよ……そこに気付かないラウラではないと思うんですが」

 

 友人を心配するシャルロットの所感に、千冬は頷いてみせた。

 

「とうに気付いているし、すぐにでもそうしたいところだろう。だが相手との相性が最悪だ。投射戦においてあの紅白の娘は絶対的優位にあるが、ボーデヴィッヒはレールカノンしか反撃の術を持たん。しかし相手がISでない以上、命中すれば間違いなく致命傷になるレールカノンは封印されたも同然だ。それならばとあのビットを狙撃するにしても、対象が小さいうえ、動きを止めて狙いを定めているうちに逆に蜂の巣にされかねん」

 

「確かに――それなら、何とか近付きさえすれば逆転できると?」

 

「そう決め付けるのも早計だろう。先に得た所見だが、あの娘は白兵戦でも相当に腕が立つ。加えて別の手札を未だ隠し持っている可能性もある。ボーデヴィッヒはまさにそこを読み違えたせいですでに一撃を被っており、同じ轍を踏むまいと警戒しすぎて攻めきれんでいるわけだ」

 

「蛇に噛まれて朽ち縄に怖ずということですね……では織斑先生でしたら、彼女をどう攻略されますか?」

 

「私か? 私ならば、今のボーデヴィッヒ同様ただ避け続けるさ。一撃を確実に叩き込める瞬間が訪れるまで、それこそ1時間でも2時間でもだ。そういう意味ではボーデヴィッヒは現時点では最適な行動を取っていると言える」

 

 だが、と付け加えた千冬はそこで一度言葉を切った。ついでいわく、

 

「この場合の懸案事項は、シールドでなくボーデヴィヒの忍耐力がそれまで保つかどうかだろう。私に危害が及んだくらいで頭に血が上るあいつが、短兵急な行動に出ないと思えるか?」

 

 自らの言葉をそう締めくくった千冬は唇を真一文字に結び、戦場と呼ぶよりは、ラウラが動く的になっている射撃場と呼んだ方がしっくりくる状況に変じているグラウンド上空へ視線を戻した。シャルロットもその場に留まり黙したまま友人の奮戦を見届けようとするが、デュノア、と千冬に呼びかけられると、返事と共に千冬の方へと再び向き直る。

 

「ボーデヴィッヒが敗れたら、次はお前が行ってみろ」

 

 千冬の言葉を受けたシャルロットは目を見開き、ほとんど凝視するようにして千冬を見つめた。一方の千冬は、困惑とわずかばかりの糾弾が込められた教え子の視線をかわすようにして上空を仰ぎ見たまま、まんじりともしない。

 

「僕が、あ、いえ。私が……ですか?」

 

「そうだ。戦い方はお前が言ったとおり、あのビットから攻略する戦法で良い。もっともあの娘が宣言した2枚という言葉が何を意味しているかは読めん。十分に気をつけろ」

 

「わ、分かりました――」

 

 緊張した面持ちで首肯するシャルロット。

 

 返答するまでに間があったのは、内心では千冬がラウラと霊夢を止めてくれることを期待していたためだろう。

 千冬としてもそこは分かっていたし、弾き飛ばされた出席簿をわざわざ拾いに行ってまで会話のきっかけを用意してくれたシャルロットに申し訳なく思う気持ちもあるが、千冬が考えるところはむしろ別にあった。

 

 交戦を開始してからというもの、ラウラは霊夢が繰り出す弾幕を相当被弾してきている。それにも関わらず、砲火を浴び続けたラウラにどこかを負傷したような様子はない。

 

 一度などは至近距離での集中砲火を直撃で、そのうえカウンターで食らったにも関わらず、だ。

 

 また、殺意といえるほどの憎しみを剥き出しに霊夢に挑みかかっていたラウラから、いつしか敵意が抜け落ちている点も看過できない。一方の霊夢からはもともと敵意を感じられず、ラウラを挑発していた時ですら遊びに誘っているかのような印象を受けた。そして今もあれほどまでに苛烈な弾幕を展開しながらも、まるで好きなスポーツをしているかのように活き活きしている。

 

 穿った見方をすれば抵抗不能の相手を弄ぶのが大好きな戦闘狂と見なすこともできるが、それにしては、ラウラを傷つけよう、晒し者にしてやろうという意図がまったく見られない。

 

 彼女の真意については推し量りようがないが、外野にいる者の視点から判定した限りでは、どう見ても霊夢はラウラと遊んでいるようにしか思えないのだ。

 

(謎の侵入者と学園生徒が交戦しており、私は責任者の立場にある。そのうえ矢面に晒されているのが昔の部下とくれば、公人として私人として是非もなく止めに入らねばならんのだが――)

 

 今はまだ状況を静観したい。千冬はそう判断し、黙したまま教え子の督戦を続ける。

 

 

                   *

 

 

 現状を何とか打破せんと欲するラウラは力押しする策を捨て、機動力を活かした奇襲戦法に切り替えていたが、霊夢はまるで、ラウラがいかなる行動に出るか予見しているかのごとき反応速度でもって狙いを潰してきていた。最高速度で近付こうが旋回をかけて位置を変えようが、そのすべてに迅速かつ確実に反応し、返す刃でこちらの攪乱を制してくるのだ。打つ手打つ手をことごとく先回りされることはフィジカル面よりもむしろメンタル面に堪えるものがあり、ラウラはだいぶ精神的に疲弊していた。

 

(魔術的な力が云々という問題でない! この小娘、明らかに戦い慣れている……!)

 

 事ここに至り、ラウラはこの度し難い力を振るう紅白の娘を強敵とようやくにして認識する。

 

 併せて、かかる少女によって窮地に追い込まれていることも認めざるを得なかった。

 

 そして彼女を強敵と認識したからこそ、ラウラは未だ手札の中に隠し持っていたジョーカーを切る決断を下す。

 アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。停止結界とラウラが呼んでいるそれは慣性を制御する不可視の網でもって捕縛対象の自由を奪い、一対一の勝負において戦局にきわめて大きな効果を及ぼしうる、シュヴァルツェア・レーゲンの切り札と呼ぶべき特殊兵器である。ひとたび発動させればそちらに意識を集中させなければならず、そして両手がふさがるため自分自身も行動を大きく制限されるというデメリットもあるにはあるが、背に腹は代えられない。

 

 否、すでに行動の取捨選択をしていられるような状況ではない。もっと言えばここで一擲乾坤を賭すこと以外に、逆転を見込めそうになかった。

 

(貴様も健闘したが、遊びは終わりだ――このあたりで幕を引かせてもらうぞ!)

 

 押し寄せる光弾の怒濤を避けながら集中を研ぎ澄ませたあと、ラウラはジェネレーターの出力を下げてプラズマブレードを消滅させた。ついでスラスターを操作して大きく回避動作を取り、霊夢および陰陽玉との距離を稼ぐ。アクションを起こし始めたラウラに対して、霊夢の方はといえば、相変わらず風にたなびく煙のようにゆらゆらと左右に漂い、たまに思い出したように追尾弾を撃ち放ってくるだけで、攻撃は自身の僚機に任せっきりであった。

 かくのごとくして霊夢から離れることで得た、針弾の殺到と追尾弾の挟撃が再び押し寄せてくるまでのわずかな隙で一縷の望みをかけ、壁のごとき弾幕の向こう側にいる霊夢の方へ交差させた両掌を突き出し、停止結界を発動させる。

 

「っ!?」

 

 自由を奪う不可視の網が光芒の大河を遡っていき、霊夢を間違いなく拘束した。

 

 よし! 霊夢の顔色が変わったことに得たりと笑ったラウラはシュヴァルツェア・レーゲンに火を入れ、起死回生を図り距離を詰める。

 

 ただし反攻に打って出はするが、無鉄砲に飛び込むようなことはしない。霊夢から撃ち出されるホーミング弾はこれで制したが、ボール型ビットによる針弾の斉射は未だ健在なのだ。また、それら以外の予期せぬ反撃をしてくる可能性も十分に考えられた。

 

 冷静に状況を見定め、左右に大きく蛇行しながら前進して針弾の射界を揺さぶりつつワイヤーブレードが届く範囲まで慎重に攻め入り、しかるのちチェックメイトをかけるべきである。

 

 そう戦略立てたラウラの沈着さが結果的に吉と出、そして凶とも出た。

 

「――あぁもう邪魔! 消えろっ!」

 

 もとからして不可思議な力を行使することは承知していたが、あろうことか霊夢は停止結界をも腕の一振りだけで撥ね返してしまったのだ。

 

(ば、馬鹿なっ!?)

 

 不可視の力場でもって全身の自由を奪っていたはずなのに、彼女はまとわりつく羽虫を追い払うかのように腕を薙いだあと、ラウラの接近を許したことに多少はうろたえ、後退しながら再び追尾弾を撃ち放ってくる。数発のホーミング弾でもってラウラを牽制してみせたあとで、霊夢は訝しげな口振りでもって問うてきた。いわく

 

「あんた今何かしたでしょ? 一瞬、見えない腕みたいなので体を押さえつけられた感じがしたんだけど」

 

 首を左右に倒したり腕をぐるぐる回したり、体にどこか不具合がないか確かめる霊夢は常と変わらず飄々としていたが、ラウラは彼女ほどに平静でいられなかった。確実に決まるはずの、いや、決まったはずの切り札が霊夢をほんのわずかに慌てさせた以外まったく効果を及ぼさなかったことにラウラは狼狽しきり、上擦った声でヒステリックに叫んでいた。

 

「そっ、それはこちらの台詞だ! 貴様こそいったい何をした!? なぜ動けるっ!? 解除した覚えなどないのにどうやって停止結界を消滅させた!? 答えろ、答えてみろっ!」

 

「停止結界? ……あー、それでか。納得納得」

 

 合点いったように頷いてみせた霊夢が続けた言葉は、このようなものであった。

 

「じゃあ消えるわけだわ。どうも私、触っただけで結界とか消滅させちゃう特異体質らしいから」

 

 ラウラが知り得ないのも当然だが、霊夢はその身に、顕界と冥界を隔てる幽明結界でさえ触れただけで消滅させるほど膨大な霊力を宿している。実際には結界に限らず様々な力学的フィールドを消し去ってしまえるのだが、それに加えて、幻想郷と外の世界とを隔絶し、那由多の果てまで続くほどの複雑な数式でもって構築される博麗大結界と日常的に触れあい、時には自分で緩めたり修復したりしているため、結界の操作など無意識下でも行えてしまうのだった。

 

 何のことはない。そんな霊夢が消えろと念じたから停止結界が消えたのだ。それゆえ彼女はあっけらかんとして答えたのだが、そのあっさりした返答がラウラに与えた衝撃がいかに大きいものであったかは想像に難くない。

 

(こ、こいつ、いったい何者だ! 本当に私たちと同じ人間なのか……!?)

 

 体の奥底から込み上げてくる震えを抑えたラウラだったが、彼女はそれでも怖じ気づいた精神を奮い立たせるようにして行動を起こし続けた。効果のあるなしに関わらず、抵抗を続けていないと

心が折れてしまいそうな気がしたからだ。

 

 急旋回をかけて背後へ回り込んでからのバックアタックを仕掛けようとしても、反応速度がずば抜けて早い霊夢に気取られ、なかなか彼女の死角を突くことができない。いったん大きく後退して距離を取ったのち、稲妻模様を描くように鋭角的な蛇行を繰り返すことで直撃を避けながら距離を詰めようとしても陰陽玉の射撃範囲が広いため、進路を変えたタイミングで進んだ距離以上に押し戻されてしまう。

 

 隙を盗んで再び停止結界で霊夢を拘束しようとしても無効化されてしまう。それどころか、逆に自分が隙だらけになってしまい、陰陽玉からのカウンターショットを浴びせられる有様だった。

 

 正攻法は通じず、奇策も無意味。搦め手を仕掛けても勘の鋭さで見破られる。状況を好転できないままいたずらに試行錯誤を繰り返し、シ-ルドエネルギー残量が残り2割を切ったところでラウラはついに覚悟を決めた。

 

 被弾上等。かくなるうえは弾幕の中を最速で強引に突き抜け、捨て身の一撃を見舞ってやる!

 

 回避行動を取りながらラウラはハイパーセンサーを操作し、被弾一回ごとにシールドが受けるダメージ値を、および、防御姿勢を取りながら瞬間加速をかけた状態で弾幕突破を試みた場合の活動時間限界を計算する――結果、2秒までであれば、イグニッション・ブーストをかけながら弾幕の中に留まったとしても、具現維持限界に達することなく弾幕を突破できる計算結果を弾き出した。併せて行った弾幕突破までの予測所要時間はおよそ1秒強。実に際どいラインだが、しかし勝てる見込みが立っている博打ではあった。

 

 ただし、そのチャンスは一度きりだ。

 

 一度の好機を逃せば霊夢に警戒されてしまい二度と同じ手を使えなくなり、勝機が完全に潰えることになる。伸るか反るか。怯まぬ心と思い切りの良さが成否を分かち、一瞬一瞬を競り勝つことに全身全霊を懸けなければ後れを取る勝負になるのは間違いないだろう。

 もし思い通りに事が運ばなかったらどうなるか、という仮定はラウラの中になかった。それを考えるということは競り合いに負けるイメージを自分の中に落とすことにほかならず、行動の足枷にしかならない。最善の行動を打ち立て、しかるのち全力をもって実行に移す。それ以上のそれ以下も、それ以外もなかった。

 

 とはいえ実際には八方塞がりの苦し紛れ、成り行き任せの破れかぶれというのが正確なところだが、そんなバンザイアタックを敢行しなければならない状況にあってもラウラはしかし、いい意味で気分が昂ぶるのを抑えられないでいた。

 

(……妙な気分だな。だが決して悪くない)

 

 乾いた唇をぺろりと舐め、我知らず、完爾とした笑みを浮かべてしまうラウラは、ISスーツに包まれた素肌がぞくぞくと総毛立つのを感じていた。

シュバルツェア・レーゲンを装備した状態で、一対一で、それも真剣に挑んでも組み伏せられない相手など、祖国ドイツにあって失意の底であえいでいた頃に出会った織斑千冬以来ではなかったか?

 

 それを認めるのは少々癪ではあるが、もしこの紅白の娘が本当に千冬にも比肩しうる実力を有しているのならば、全身全霊でぶつかっても構わない相手だということだ。

 

 これまでと変わらない風を装いながら、ラウラは弾幕を避けつつじわじわと距離を詰める。エネルギー浪費を避けるため、弧を描いて迫り来る誘導弾を叩き落とさず避けることに専念し、少しずつ、少しずつ、あらかじめ設定しておいた座標まで移動する。そこまで辿り着いたのち瞬間加速をかけて最短距離を進めば、たとえ真正面から針弾を浴びたとしても、2秒あまりで弾幕の川を遡り霊夢を攻撃範囲に捉えられる計算だった。

 

 2種類の異なる弾幕に翻弄されつつもラウラは止まることなく目標ポイントを目指し――ついに勝利へとつながる道の入口となる場所まで到達した。

 

(行ける!)

 

 ここが勝負所だ! ラウラは意を決して瞬間加速をかける。

 

 最初からスロットル全開のフル加速だったが、最高速度を維持できたのは一瞬のこと。正面突破を試みるラウラを押し戻さんと4つの陰陽玉による十字砲火が浴びせかけられ、被弾のショックで上下左右に激しくぶれるインターフェイスに映し出されるシールドエネルギー残量数値が、狂ったように目減りしていく。

 

 だが、ラウラは決して揺るがない。ついぞ感じたことがないほどに強烈な衝撃を全身で受けようが、意識が途切れかけようが、まさに鬼気迫る気魄でもってこれに耐え、ただ前へ前へ出続けた。エネルギー低下に伴う諸々の警告が矢継ぎ早に告げられるインターフェイスには目もくれず、この勝負に競り勝ちたい思いと、遠く聞こえてくるクラスメートたちの声援に背中を押され、突貫を続ける。

 

 ラウラが大瀑布のごとき弾幕の只中へと身を投じて、1秒が過ぎた。

持ち堪えられる時間はもう数えられるほどにも残っていないが、しかし確実に霊夢には肉薄していた。プラズマブレードが霊夢に届く範囲へ到達するまであとわずか。勝利まで、あとわずか。消えかける意識を執念で繋ぎ止めたラウラは底を突きかけているエネルギーを振り絞ってさらなる加速をかけ、右手にのみ、窮鼠の牙となるプラズマブレードを展開する。

 

 そしてそれが、彼女にできた最後の抵抗となった。

 

 霊夢の左右で浮かんでいたはずの陰陽玉が音もなく動き、霊夢とラウラの間に割って入るように

して集まってきたのである。横一列に並んでいた陰陽玉が一ヶ所に集まって菱形のフォーメーションを組み、ラウラへと狙いを定めてきた。

 

 このボール型をした自律砲台は、横列に並んでの広範囲掃射以外にも、一点に集まって密集精密射撃を浴びせかけることも出来たのだ。4つの陰陽玉が個別に攻撃してきてあと1秒ほどしか耐えられない計算なのに、一丸になっての集中砲火に晒されて1秒と耐えられる道理があろうか?

 

「――*****っ!」

 

 早口の小声でもって何事か吐き捨てるラウラ。それは彼女の祖国の言葉で「化け物野郎」という意味を持つ、罵りの呟きだった。ただし以前のごとき憎しみを伴った侮辱ではない。数々の人間離れした力を行使でき、シュヴァルツェア・レーゲンを圧倒し、停止結界さえも撥ね返した霊夢を褒めるラウラなりの称賛でもあった。

 

 筆舌に尽くしがたい勢いで撃ち出される四重の針弾を浴びせられたラウラは、その身に纏ったISごとスピンしながら射界から弾き飛ばされる。シールド残量は具現維持限界を下回り、シュヴァルツェア・レーゲンはその機能のほぼすべてを停止していた。

 

 精根尽き果てたラウラは目を閉じて、自由落下に身を任せる。まだ最後の一線、絶対防御が機能しているためこのまま地面に叩き付けられてもたぶん死にはしないだろうが、だからといって着地動作を起こすことはとても出来そうになかった。平時であれば何の違和感もなく、思いのままに動かせる愛機が、今は信じられないほど重く感じるのだ。そしてラウラ自身、もはや意識を失わないように気を保つことだけでも精一杯なほど心身共に疲労困憊していた。

 

 失神したまま墜落する! グラウンドにあってラウラを注視していた誰もがそれを懸念した瞬間オレンジ色の閃光が風を切り裂いて蒼穹を駆け抜けていき、機能停止に陥ったシュヴァルツェア・レーゲンを空中で受け止めた。

 

 シャルロット・デュノアが駆る専用機、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡである。

 

 





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