東方千夢劇 ~Infinite DANMAKU for Lotus Land.   作:かぶらや嚆矢

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三ノ漆・前

 デモンストレーションを主催する人物の登場を告げるアナウンスが真耶から発せられると、第1アリーナは先ほどまでの万雷の歓声から一転し、わずかなざわめきを残しつつ静まりかえる。

 

 時刻は、間もなく12時になろうとしている頃合いだった。

 

 秋日としてはなかなか日差しの強い一日となり、日向にいると汗ばんでくるほどの陽気だが、しかし穏やかに吹く涼風がそれを和らげていく。晴れ晴れとして澄み渡る青空のもっとも高いところに座した太陽はこの日一番の輝きを放ち、日よけとして観客席側にせり出している屋根の輪郭が、陽光を浴びて白々と映えていた。

 

 当初の予定にそって競技会が進められていたなら、そろそろ午前中のプログラムが終了し、食事休憩へと移る時間帯である。

 

 実際、味の良さやメニューの豊富さで知られる食堂やカフェテラスは開放され、いつ誰が訪れても食事や飲み物を提供できるように準備がされていた。だがIS学園生徒、来賓ともに、第1アリーナを離れる者は1人としていない。誰もが座席に着き、デモンストレーションの主催者なる人物が姿を見せるのを待っていた。

 

 そしてそれは、篠ノ之箒と共にISを装備し、メインアリーナに先んじて入場していた織斑一夏も同様だった。

 

(いよいよ千冬姉が、ISに乗って出てくるのか……)

 

 その奥に千冬がいるであろうピットAの開口部を見つめながら、内心で嘆じる一夏。

 

 第6小アリーナでの訓練で、ISに乗る千冬はすでに幾度となく見てきたが、公式な場に登場する千冬と改めて対峙するとなると、やはり感慨もひとしおである。

 

 一夏は過去に1度だけ、公式大会の場でISを駆る千冬を見ている。第2回モンド・グロッソのときだ。当時の千冬は常に殺気をまき散らしているような剣呑な雰囲気だったから、中学生に過ぎなかった一夏少年は誇らしく思うより恐怖が先立ってしまい、まともに観戦が出来ないでいた。せいぜい、遠くからおっかなびっくり眺めるのが精一杯だった記憶がある。

 

 それが今や、その千冬と戦いを繰り広げるべく、対等のリングに上がっているとは。

 

(思えば成長したもんだなぁ、俺)

 

「一夏? なぜしみじみした顔で遠い目をしてるんだ?」

 

 自身の来し方を噛みしめる一夏の様子を不思議に思ってか、声を潜めて箒が尋ねてきた。一夏は慌てて気と表情を引き締め、何でもない、と応じる。

 

 先の交戦によって穴が開けられたメインアリーナはすでに一応の復旧処置が済まされ、大型ジェネレータがアリーナの四隅に設営されていた。

 

 これから行われるというデモンストレーションがIS同士の戦闘ならば、どう見ても戦闘に不要なあの装置は何なのか? そう疑問を抱く者もおそらくいただろうが、観客たちの注目の的になっているのはアリーナ上空に浮かぶ一夏たちであり、間もなく姿を見せるだろう、彼らの対戦者となる

IS操縦者である。

 

 そして。

 

 物音だったり、あるいは囁き合う程度の話し声しか聞こえない中、数千にも達する視線がすべて集められたピットA開放部から、地鳴りにも似た簡易カタパルトの駆動音が響き渡った。

 

 ISの射出が始まったことを示す駆動音が聞こえ始めてから、およそ3秒。

 

 ピットゲートから姿を現した1機のISが、メインアリーナへと勢いよく飛び出してくる。

 

 登場したISは高速度飛行を保っているため、機体カラーが紅白2色であること以外の情報は肉眼では得られない。紅白のISは観客たちに自身の存在をアピールするようにしてメインアリーナ外壁に沿って大きく周回飛行したのち、渦を巻くような進路を取り、アリーナ中央あたりで滞空している一夏と箒の方へと接近しつつ、速度を落としていった。

 

 スピードがゆっくりになるにつれて、機体カラー以外には明確に捉えることが出来なかったISのディテールをはっきり認識できるようになり、観客席のどよめきが徐々に大きくなっていく。

 

 ――あのシルエットはまさか? いや、所在不明の機体が存在するはずは……

 

 ――そもそも誰が搭乗してるの?

 

 それらのどよめきは次第に、しかし急速に、戸惑いから期待へとその色合いを変えていく。

 

 この競技会で何か起きるかもしれない。どうやらそれには、千冬様と1年1組の生徒が関わっているらしい。先般から生徒たちの間でまことしやかに囁かれていた噂が真実であるなら、もしも、ああ、もしも真実であってくれたなら、あの機体に搭乗しているのは――!

 

 臨界点は、紅白のISが完全に静止し、それと同時に、大型映像装置に操縦者のアップ画像が映し出された瞬間に訪れた。

 

『IS学園実技教師――初代ブリュンヒルデ、織斑千冬選手です!!』

 

 真耶によるコールが響き渡った後、完全な静寂が一瞬だけ第1アリーナを支配する。

 

 瞬後、観客席を、第1アリーナを、IS学園を埋め尽くしたのはもはや歓声ではなく轟音だった。悲鳴、叫声、歓声が大部分であり、一斉に炊かれたカメラのフラッシュが、さながら光の壁となって来賓側観客席を埋め尽くす。

 

 公的な場に再び姿を現した千冬にスタンディングオベーションを送る者、カメラを回せと部下を叱りつける怒声、興奮のあまり観客席ベンチをがんがん叩いたり蹴ったりしてエキサイトする者、誰かが失神して倒れたと救護班を呼ぶ声。

 

 ハイパーセンサーで鋭敏化された視界の端にちらと映った、IS学園生徒たちが並ぶ西側観客席の最前列。1年生の各国代表候補生が集まっている一角では、鳳鈴音がこちらを指さし、驚愕した様子で、隣に座るセシリアをがくがく揺さぶりながら大声で何事か喚いていた。さらにその隣に着席している更識簪がぽかんと口を開け、目を点にし、完全に硬直している様子も見て取れた。

 

 それらの声や感情の発現が渾然一体となり、鼓膜だけでなく全身をびりびり震わせるほどの大音となって、第1アリーナ全体を揺るがしている。

 

「わ、分かっちゃいたが、千冬姉、ものすげえ人気なんだな箒っ!」

 

「な***――!? ――え**れっ!」

 

 隣に浮かぶ箒とは1メートルと離れていないにもかかわらず、大声で怒鳴らないと会話もままならないほどの狂騒ぶりである。かくいう一夏も熱気にあてられて興奮しており、発声を必要としないプライベートチャネルを使えばいいことに、箒に話しかけられるまで気付かなかった。

 

『ダメだ一夏、騒がしすぎて何を言ったかまるで聞こえん! しばらく回線越しで話してくれ!』

 

「あ、ああ……これでいいか? いや、千冬姉はものすげえ人気なんだなって」

 

『それはそうだろう。こうして伝説の人物が――当時とよく似たISで姿を見せたんだからな』

 

 いつもよりも熱のこもった声で応じる箒とともに、一夏もまた千冬とそのISへと目を向ける。

 

 飾り気のない紐でまとめられたポニーテールを風になびかせる千冬は、倉持技研から提供された疾風の改造機に搭乗していた。装甲は手甲部、肩部、タセット状のスカート部、脚部のみと極度にスリム化されたISのシルエットは以前と変わっていないが、機体色はガンメタルグレーから、鮮やかな紅白2色へとリペイントされている。

 

「千冬姉、機体の色を変えたのか? 博麗さんの服みたいなカラーリングになってるけど」

 

『おう。暮桜になるべく近付けたいのと、博麗への敬意を表してな――それと併せて光弾をはじくフィールド発生装置を搭載している。自分が張った弾幕で自分自身がダメージを受けていては笑い話にもならん』

 

「そりゃそうだ」

 

 最後の返答は肉声である。

 

 ようやくにして会話が出来るほどに会場のボルテージが収束してきた頃合いを見計らい、真耶によるアナウンスが再開された。アリーナ正面の大型映像装置をご覧ください、と前置きがなされた直後、倉持技研が所有しているISに搭乗したテストパイロット同士が光弾を撃ち合っている映像が映し出され、弾幕ごっこの概論について注釈入りで始められる。

 

 このデモンストレーションは、日本の倉持技研が開発した「弾幕ごっこ」なる決闘方式で行われること。

 

 弾幕ごっことは、特殊な光弾を用いて行われる戦闘スタイルであること。それは銃器や刀剣、ミサイルといった実弾兵器が使われる従来の戦闘とまったく異なり、ISや操縦者には一切ダメージを与えない、より安全なスポーツ形式の決闘方法であること。

 

 勝った負けたを競うのではなく、美しく弾幕を張り、美しく弾幕を躱すことに重点が置かれていること。

 

 何より、求められるのは機体の性能でなく操縦者自身のスキルやセンスであるため、何世代機であるかに関係なく、あらゆるIS同士で互角に戦い合えること。

 

(なるほどね。うまい言い方を考えたもんだな――)

 

 インストラクションを聴いていた一夏は、思わずニヤリとさせられた。

 

 紅椿と白式を除いて、第3世代機以上の機体は世界でも数えるほどしか存在しない。だからこそ各国は新世代機の開発・量産化を急務としているが奏功しておらず、フランス製ISのラファール・リヴァイヴやイタリア製ISのテンペスタ、イギリス製ISであるメイルシュトローム、日本製ISの打鉄といった第2世代機が未だにシェアの大半を占めているのが、現状である。

 

 そこにきて世代に関係なく平等に勝負できる方式があるといわれれば、開発に出遅れている国家などは、特に関心を向けることだろう。

 

 一夏がそう得心している間も、弾幕ごっこについて解説する映像は進められていく。

 

 当たり前のことだが、霊夢の姿も名前も、インストラクションのどこにも出てこない。霊夢自身もそれで納得しているか、あるいは存在を伏せるよう彼女自身から申し入れがあったせいかもしれない。あくまで倉持技研が研究・開発してきた技術として弾幕ごっこを紹介している概論の解説が終わると、ついで、これから執り行われる弾幕ごっこデモンストレーションの詳細なルール案内に移った。

 

 一夏と箒は武器を用いて戦う。一方の千冬は、徒手や得物を用いてのインファイトも認めるが、基本的にはエネルギーボール状の光弾を用いた投射戦にのみ終始すること。

 

 攻撃側である千冬が、それぞれ内容の異なる弾幕を2回に分けて展開する。制限時間は弾幕1回あたり5分間。そして2度ある攻撃機会で白式と紅椿のシールドエネルギーをゼロにするか、規定数以上被弾させるか、もしくは、反撃を受けて撃墜されることなく2種類の弾幕を撃ち終える。そのいずれかの条件を満たせば千冬の勝利。

 

 一夏と箒ペアの勝利条件は、千冬が自身の勝利条件を満たすよりも先に千冬のISのシールドエネルギーをゼロにすることのみである。加えて、規定の被弾数をオーバーした者は次の弾幕が展開されるまで退場すること。シールドエネルギーがゼロになった者は敗北となりデモンストレーションそのものから退場すること。ISのエネルギーを増幅させる絢爛舞踏の使用は5回まで認めること。その3点がルールとして定められる。

 

「うーん。弾幕以外に格闘でもオッケーとなると、どう考えてもルール的に千冬姉が有利だよな。プロレスみたいに、5秒までなら反則も許されるとか」

 

「楽しいことを言ってる場合か……だがな一夏、管制室から届いてるデータを開いてみろ」

 

「――うお、なんだこれ」 

 

 送信されてきていた情報をハイパーセンサーで確認した一夏は、呻き声を漏らしてしまう。

 

 こちらに許された被弾数は、弾幕1回につき350。これだけでもずいぶん余裕があるが、何より驚かされたのは、千冬が搭乗しているISのスペックである。

 

 機体名称は桜千旋(さくらせんせん)。第2世代機である疾風をベースにしている改造機で、機動性、重力制御、運用エネルギー効率に特に優れている一方で火力に乏しく、3種類の武器しか持っていない。だがそれよりも目を引くのは、桜千旋の耐久力のお粗末さである。装甲強度はノーマルの疾風と比して半分以下で、シールドエネルギーに至ってはわずか80しかない。

 

「シールドに回すエネルギーが少ないとは聞いてたけど、どんだけだよ……こんなの、1、2発も攻撃を食らったらマジで即死じゃんか」

 

「だろう? ルール上は千冬さんに有利かもしれんが、戦況はこちらが圧倒的優勢だ」

 

「だな。ただ問題は……」

 

 表情を硬くする一夏に、箒も頷いてみせる。

 

 そう、問題は千冬自身のスペックがどこまで高いかということと、今日まで秘密にされてきた、IS版スペルカードがいかなるものかという点だった。

 

(IS稼働実績は40000時間以上。元世界王者。しかも、この日のために博麗さんとマンツーマンで特訓し続けてきた千冬姉が相手か……)

 

 こうして勢い込んで対峙したものの、改めて考えてみると、とても太刀打ちできるレベルの相手ではないのかもしれない。戦う前から圧倒されてしまう一夏だが、彼の緊張を察したのか、箒がすすっと寄ってきて軽く肩を叩いて鼓舞してくる。

 

「竦むなよ一夏。私たちだって今日この日のために、千冬さんに必死で食らいついてきたんだ」

 

「お、おう! それに、博麗さんの手助けもあったが先の戦いだって幸先良く完全勝利だったし、出番が少なくて気合もエネルギーも漲ってるんだ。このまま景気よく2連勝といこう!」

 

「気合十分だな。しかし一夏……弾幕ごっことは、どういうものだったかな?」

 

「おおっと、そうだそうだ。遊びだから勝ち負けにはこだわらない。そんで、遊びだからどれだけ楽しめるかが重要で本気でやらないと損――だったっけ? ありがとな箒。こんな感じでサポートよろしく頼むぜ」

 

「任せろ。私は一夏の指示に従うし、精一杯支える。一夏は後顧の憂いなく全力で突き進め」

 

 つい、と箒が握った拳を差し出してきた。一夏もまた握り拳を作ると、箒のそれにこつんと軽く打ち当てる。

 

(勝った負けたじゃない。自分の限界に挑戦するように、どこまで全力でブチ当たれるか、だな。あとは……出来るだけ箒に格好悪いところは見せないようにする)

 

『各選手、所定のポイントまで移動してください』

 

 メインアリーナ4隅に設置されたバリアジェネレータが起動し、弾幕が展開されるフィールドとその外側を区切る境界線として、第1アリーナ周辺や観客席に張られているものと同じバリアが生成される。そののち空中に、緑色に発光するポインターが照らし出された。一夏と箒、続いて千冬がポインターが示すそれぞれの開始位置に着いたところで、真耶のものではない、機械的な女声でもって秒読みが開始される。

 

『starting……10、9、8』

 

 分割表示された大型映像装置画面に、各ISの残エネルギーや被弾数、経過時間といった数値データや、カメラが捉えている操縦者たちの様子が映し出された。アナウンスに合わせて観客席からも

カウントダウンの合唱が沸き起こり、いやが上にも緊張感が高められていく。

 

 一夏は掌を握ったり開いたりしてテンションを落ち着かせ、箒は両手に展開した得物を軽く振って感覚を確かめていた。

 

 10メートルほど離れて対峙している千冬もまた、弾幕用装備を展開する。

 

 連装ロケット砲のような多砲門臼砲――データによると武器名はフレスベルクらしい――を左手のみで軽々と携えていた。いくら重力制御に特化しているとはいえ、普通のISでは構えるだけでも苦労しそうな超重量装備を、まるで柳の枝を振るうかのように扱う千冬に、一夏は改めて、うすら寒くなるのを感じたものだった。

 

『3』

 

 空いた掌に雪片弐型を展開する。

 

『2』

 

 真正面に滞空するISを捉えて視界から外さず前傾姿勢を取り、ぎっと奥歯を噛み合わせた。箒が2振りの刀を構え、千冬も、フレスベルクの砲口を一夏たちへと合わせてくる。

 

『1……!』

 

 スラスターに火を入れる。

 

 1秒後。開戦と同時に桜千旋めがけて突貫を仕掛けた一夏の耳には戦闘開始のブザーも、アリーナ各所に配されている指向性スピーカーから流されるシンフォニックメタルの旋律も、観客席から轟いた大歓声の怒濤も、高速飛行のせいですべて歪んで届いていた。

 

「行くぜ千冬姉ええぇっ!」

 

 開戦直後の急襲が一夏の狙いだった。

 

 叫声を上げ、雪片弐型を上段に構えた格好でもって腰を低く落とすと、一気呵成に距離を詰める一夏。その後方にあって箒もまた彼をサポートするべく雨月を振るい、レーザーをまとった刺突を放って千冬を牽制する。

 

 一夏に先んじて到達した紅いレーザーはしかし、ダメージを与えることも、桜千旋の反撃を阻むことも出来なかった。

 

 スウェーバックするだけの最小限の動きでレーザーをかわした後、オープンチャネルを通してでない肉声でもって、千冬が、ISによる弾幕攻撃をいよいよ宣言してくる。

  

「冬砲――」

 

 ――You are forced to evade from... "Infinite DANMAKU" Level XX

 ――Your life is peril!! Be careful!

 

 回避を強制されるレベル不明の弾幕が永続的に展開されること、エネルギー切れへの注意を促す警告表示がハイパーセンサーから発せられる。だが、千冬から繰り出される攻撃がいかなるものかだけ注視している一夏も箒も、そちらにはわずかにも意識を割かなかった。

 

「『スペクトル・ドランカード』!!」

 

 高らかな宣言と同時にフレスベルクが爆音を上げて火を噴き、千冬を中心にした扇状の範囲に、7色に輝く巨大な球型光弾が次々と撃ち出される。

 

 霊夢が見せた夢想封印と酷似している光弾が発射されたとき、先だってのゴーレム瞬殺の光景が

フラッシュバックし、無意識のうちに恐れを抱いたか突撃速度を思わず落としてしまう一夏。だが光弾が進むスピードは夢想封印のそれと比してだいぶ遅いため、行き違ってくぐり抜けるのはそれほど難しくない。

 

 これなら抜けられる! 一夏が委細構わず、光弾と光弾の間のスキマを突破しようとした刹那、

 

「――どわわっ!?」

 

 巨大な光弾が破裂音を発して、すべて一斉に弾け飛んだ。

 

 それだけではない。光り輝く巨球は、爆発すると同時に数え切れないほど大量の小さな光球へと分裂し、打ち上げ花火のようにぱあっと広範囲に広がったのだ。

 

 赤青黄緑紫藍白橙と色とりどりの光を放つ球弾は瞬く間にフィールドいっぱいに拡散すると、それぞれアットランダムにふらつきながら滞空する。分光スペクトルのように輝く無数のエネルギーボールが酔っ払い(ドランカード)の千鳥足のごとく乱れ舞う光景は、まるで妖精たちの舞踏会と呼ぶべき幻想的な美しさであり、東西の観客席から感嘆の声が漏れる気配があった。

 

 しかし、その爆心地に捕まった一夏には、光弾が舞い飛ぶ美しさに見入る暇はない。

 

 かかる光球との接触が許される回数は限られている。そのうえハイパーセンサーの計測によるとすでに700を越える光弾が、フィールド中を漂っているのだ。かてて加えて光弾の動きには規則性がなく、きわめて先読みがしにくい。

 

(こ、こいつはアレだっ。高速移動すると事故るが動かないと避けられないタイプの弾幕だ!)

 

 弾幕のど真ん中にあって一夏は慌てて急制動をかけ、低速移動に切り替える。

 

 不意を突かれて狼狽はしたがしかし、彼はそれほど追い詰められてはいなかった。

 

 弾幕回避訓練を始めたばかりの頃は、視界を覆う弾の多さにうろたえ、どの弾に被弾する危険があり、どう動けば脱出できるか、行き詰まるかなどの取捨選択をうまく出来なかった。

 

 だが霊夢との模擬戦で弾幕に慣れ、スポーツビジョンの強化を中心にした千冬のいじめ、もとい鍛錬を積み重ね、勘と目を徹底的に鍛えられた今、弾幕に対する戸惑いはない。

 

「正面、次は右――そのあと左と右後が抜け道……違う、ここは左か!」

 

 網膜中心部の周辺、ぼんやりとしか認識できないものでも正確に知覚する、周辺視力。

 

 視界に一瞬だけ捉えたものの挙動や形状を分析する、瞬間視。

 

 対象と自分との距離および位置を立体的に測定する深視力と、どのくらいの速度で迫ってきているかを見抜く動体視力。

 

 それらで得た情報に、即座に体を反応させる眼と手足の協調。

 

 不確定要素も多いが、集中を研ぎ澄ませる一夏の双眸には、千冬が繰り出してくる弾幕の流れがはっきり視えていた。ふわふわとランダムに漂い、一見すると抜け道などないように見える光球の大群の中を、一夏はまるで、水中の障害物を避けて泳ぐ魚のごとく蛇行しながら、前へ前へと進んでいく。

 

 むろん無傷とはいかない。すでに何度か被弾しているし、触れると同時に爆発する光弾に吹っ飛ばされ、進路を曲げられることもあった。

 

 それでも一夏は、今もなお援護射撃で千冬を牽制してくれる箒のサポートもあって、少しずつだが着実に桜千旋へと迫っていく。

 

 初手で出鼻をくじかれはしたものの、ここまでは順調である。

 

 だが、どういうわけだろうか? 桜千旋に近付けば近付くほど、だんだんと袋小路に追い詰められているような気がしてならない。世間一般には嫌な予感とか虫の知らせという、そんなネガティブな意味の緊張感が、どうしても抜けない深いところまで刺さってしまった小さな棘のようにして一夏の中に残っていた。

 

 




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