東方千夢劇 ~Infinite DANMAKU for Lotus Land.   作:かぶらや嚆矢

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三ノ陸・

 

「ご来場の皆様にご案内申し上げます! ただいま、所属不明の無人ISによる当アリーナへの攻撃および侵入行為がありましたが、当学園の防衛力により、脅威は完全に取り除かれました! 繰り返し、ご案内申し上げます――」

 

 第1アリーナ内の、もっとも奥まった部分。

 

 アリーナの心臓であり脳でもある管制室では、セシリアからの安全宣言を受け取った山田真耶がコンソールに向き合い、一斉放送でアナウンスをしているところだった。

 

 そんな彼女の後方にいるのは、織斑千冬である。

 

 彼女はいつものジャケットスタイルではなく、白地に金の縁取りと、部分部分に挿し色として赤が入れられた真新しいISスーツを着ており、紐を継ぎ足した紅白のお守りを、ネックレスのようにして首から提げていた。お守りの色とISスーツの色がマッチしているため、ぱっと見ただけでは、お守りを提げているのではなく、ISスーツの胸元にワンポイントが入っているように見える。ただそれ以上にお守りと千冬が一体になっているような印象をこそ、見る者に与えていた。

 

 薄暗い管制室内の中央あたりに立っている彼女は腕組みした格好でもって、真耶の背中越しに、リアルタイムモニターを睨み付けている。それぞれの持ち場に立つ教え子たちが映し出されたモニターの輝きに照らし出される表情は凜然としていたが、険しさはなく、どこか安堵しているような雰囲気があった。

 

 真耶は同じ内容を2度繰り返して読み上げたのち、学園生徒の誘導に従って席に戻るよう案内して、マイクをオフにする。それから、ふう、と息をついた。

 

「皆さんのおかげで、とりあえず大きな混乱はなく済みましたね」

 

「そうだな。第二波が来ないとも限らんが、今までの傾向からすれば、これで一山越えたといったところだろう――真耶、手が空いたらコーヒーを淹れてくれないか」

 

「はい。ああ、一安心したら、私も何だか急に喉が渇いてきちゃった感じです」

 

 照れたように笑ったあとで真耶はコンソールを離れると、管制室の一角、簡素なテーブルの上に用意されていたコーヒーを淹れ始める。もっともインスタントのものなので、コーヒー粉をカップに入れてお湯を注げばそれで終わりだったが。

 

「予想以上といったらアレですけど、こんなに、ほとんど無傷と言っていいレベルまで被害を抑えられるなんて、とても思いませんでしたよ」

 

「思いの外スムーズに撃退できただけに、私としては、何か裏があるのではと勘繰りたくなるが」

 

「ふふ。さすがの先輩も、試合前とかだと神経質になるんですねぇ」

 

「私が作業用オイルを飲む物体か何かだと言いたいのか? ……大舞台を前にすれば気も立つさ。それにデモンストレーションを成功させるため、万難を排しておきたいだけだ」

 

「またまたー」

 

 笑ってみせた真耶が、2人分のマグカップを手に戻ってくる。どうぞ、と千冬にコーヒーを手渡しながら真耶、続けていわく、

 

「でも、考えすぎですよ。今までも何度か襲撃を受けちゃいましたけど、全部ここで食い止めてきたじゃないですか」

 

「今回もそうだと願いたいものだ。……それはそれとして真耶。私を茶化したツケは後でしっかり精算してもらうからな」

 

「ひえぇ」

 

 笑み交じりの視線で睨まれた真耶が、大げさに震え上がってみせる。

 

 その瞬間、管制室の扉がいきなり開いた。

 

 生徒の立ち入りは禁じられている管制室に誰が入ってきたのか? はっとした真耶は表情を固くして入室者の方を見据えるが、ずずっとコーヒーをすする千冬は泰然としており、振り返りすらしなかった。というのも、飄々として管制室の扉をくぐってきたのが誰なのか、千冬はすでに分かっていたからだ。

 

「千冬ー、いるー?」

 

 刀袋を下げ、IS学園制服を窮屈そうに着ている博麗霊夢である。

 

「あんたが言ってた通りあいえすが襲ってきたね。軽くひねっといたけど、アレでよかったの?」

 

「申し分ない」

 

 そこで初めて千冬は霊夢の方へ向き直り、鷹揚に頷いてみせる。褒められた霊夢も、大したことはしてない、と言いたげに肩をすくめるだけだった。

 

 千冬と霊夢の2人ともこれくらいのことは出来て当然、といった様子でやり取りをしているが、コーヒーを1人分追加しようと再びテーブルの方へ取って返しながら話を聞いていた真耶は、彼女たちほどビジネスライクではいられなかったようだ。おっかなびっくり、といった様子でもって、真耶は霊夢に話しかける。

 

「織斑先生からお話は伺ってましたが、博麗さんって、とんでもなく強いんですねぇ……」

 

「え、そう? まぁそれほどでもあるけどね」

 

「まさかISを破壊しちゃうなんて、あのお札の形をしたホーミング弾、クアッド・ファランクスも顔負けの威力ですよ――ボーデヴィッヒさんたちと戦ってたときはそこまでのダメージじゃなかったと思うんですが、手加減してくれてたんですか?」

 

「んー? よく分かんないけどさっきのあいえす、人間は乗ってないんでしょ? 博麗アミュレットも夢想封印も人間以外だったら威力をフルに発揮できるから、そのへんの理由なんじゃない?」

 

「は、はあ、そういうものなんですか」

 

 目をしばたかせ、ぽかんとした様子で曖昧に返事をした後、真耶はモニターの方へ視線を戻す。

 

「ただ、博麗さんが倒してくれた2機は、完全に木っ端微塵になっちゃってますね……出来ることならコアを回収して、解析作業ができればよかったんですけど」

 

「こあ? 図書館の司書?」

 

「何について言及しているか分かりかねるが、間違いなくそれではない」

 

 霊夢の言葉をぴしゃりと切って捨てる形で会話へと割って入ってきた千冬、続けていわく、 

 

「一応確認させる必要はあるが、3機中2機はコアごと破壊されていると見るべきだろうな。だがオルコットたちが仕留めた方は回収ができる。すぐ向かうよう人を送ってくれ」

 

「了解です――コーヒー入りましたよ。博麗さんもどうぞ」

 

「ありがと。へえ、これが、千冬がいつも飲んでるコーヒーってやつなの?」

 

「はい。お口に合えばいいんですが」

 

「真耶の淹れるコーヒーは格別だ。よく味わって飲めよ」

 

「いえいえ、ただのインスタントですってば」

 

 マグを受け取った霊夢は、立ち上る湯気の匂いをすんすんと嗅いでみる。飲み慣れていないのかその強い芳香に顔をしかめてみせた霊夢は、おそるおそる口を付けてみたところで、うえ、と呻き声を漏らした。

 

「に、苦い……しかも焦げ臭い……2人とも、よくこんなの飲めるわね……」

 

「くすくす……コーヒーってそういうものなんですよ」

 

 嫌そうな顔をして舌を出す霊夢。そのコケティッシュな仕草に笑いをこらえきれなかった真耶は手元を隠し、いかにも面白そうな表情で忍び笑いを漏らしている。

 

 霊夢の登場。彼女がコーヒーに白旗を揚げる一幕で緊迫感もほぐれたが、だからいって成すべきことを忘れるほど真耶はマイペースではなかった。

 

 人柄、話し方、挙動のどれもおっとりしている真耶だがしかし、任務処理は機敏である。千冬の命令を伝達している間もコンソールを操作し、アリーナ各所から管制室へ次々に送られてくる現状報告に目を通し、IS学園上層部が現在行っている協議の内容をチェックし、必要に応じて、指示を出す。

 

 それらの雑務を手際よく処理した後、一斉放送でもって、これからアリーナの修復を行うこと、競技会続行の可否について協議が続けられている旨をアナウンスした。

 

「第1アリーナの現状ですが、死傷者の報告なし。管制システムへのハッキングはありましたが、致命的な被害なし。インフラへの被害も順次復旧しています。安全宣言がされたため観客席隔壁の開放を始めます。あと、深刻なものではありませんけど、多少の混乱が来賓席で起きてるみたいですね……避難誘導を行ってる生徒さんから、お客さまから詳しい説明を求められてるので状況を知らせてほしい、という要請が何件か来てました」

 

 再びコンソールを離れ、コーヒーに口をつけながら千冬に報告する真耶。

 

「来賓席周辺に配置しておいたのは相川や鷹月たち1組の生徒だったな――どう対応させた?」

 

「想定問答の3から22まで回答していい許可を出しました。お客さまから更問いがあった際はすぐ答えず、こちらに指示を求めるよう伝えてあります」

 

「うむ」

 

「それ以外の物理的な被害といえば、無人機の攻撃やみなさんの迎撃で、アリーナ地面にいくつか穴が空いちゃったことくらいでしょうか? あんな規模の攻撃を受けたにしては、驚くぐらい静かですよ。オルコットさんたちの迅速な対応も大きいですが、それよりも、もし博麗さんがいなかったらどうなっていたか」

 

 真耶は言葉を切り、ちらと霊夢の方を見やった。その賞賛の視線に霊夢は気をよくし、ふふんと胸を反らして得意げな顔をしてみせる。その後で霊夢、尋ねていわく、

 

「千冬が言ってた敵ってのは、これで撃退したのよね。ということは、この後いよいよ?」

 

「まだだ。デモンストレーションはプログラムの最後に挙行する予定で――いや、そうだな……」

 

 ふと何かに思い至ったような顔をした千冬は、シャープな顎元に手を添えると視線を落とし、考える姿勢を作って黙り込んでしまった。

 

 数秒間の沈黙を挟んだ後、千冬は霊夢ではなく真耶の方を向いて問いかける。

 

「真耶、お前の意見を聞きたい。競技会がこのまま継続される見込みはあると思うか?」

 

「望み薄だと思いますね。損壊したアリーナの修復は長くはかからないでしょうけど、お客さまも生徒さんも動揺してますし、強行するよりも後日順延か、中止になる可能性が高いかも――種目に参加できなかった生徒さんは後日データ採りをして、数値と映像を関係者に配布、といったところでしょうか」

 

「妥当なところだな。私もそう見ている」

 

「なになに? 何か悪巧みの相談?」

 

 身を乗り出して会話に入ってくる霊夢。

 

 話の内容はほとんど分かっていなくとも、並外れて勘が鋭い彼女は、千冬と真耶のやり取りの中から企み事の匂いを嗅ぎつけたらしい。

 

 そして彼女の勘は、今回もまた正鵠を射ていた。

 

「ああ、悪巧みだ。動揺ついでに、ご来場のお歴々にもうひとつ驚いてもらおうと思ってな。それに、醜態をさらした挙句に手土産のひとつも持たせないとあっては、IS学園の顔も立たん」

 

「さっすが千冬。そうこなくちゃね!」

 

 にやりと笑って発せられた千冬の返答に、ひゅう、と口笛を吹いてみせる霊夢。

 

「え、え? ……えっ? あの、織斑先生……?」

 

 一方、話をしていた当事者であるところの真耶は、まだ千冬の狙いを察していないようだった。完爾として笑みを交わし合う千冬と霊夢に、こわごわと尋ねる。

 

「本部に通達してくれ真耶。予定を前倒し、これからデモンストレーションを執り行うと」

 

「あ――は、はいっ! 分かりました!」

 

 相談ではなく、通達である。いってみれば本部の意思決定を頭から無視しての独断専行だが、千冬はIS学園内でも大きな発言力を持つ幹部であり、諸々の裁量権を与えられていたのだ。

 

 翻って、IS学園上層部が千冬に寄せている信頼もまた大きい。

 

 事実、慌ててコンソールに向き直った真耶が運営本部へ緊急連絡を発し、待つというほどの間のなく返ってきたレスポンスは、千冬の振る舞いを責めるものでも、本部で協議するので沙汰を待てという待機命令でもなかった――ただ一言、派手にやってやれ、という檄文である。

 

 それを確認した真耶は弾かれたように千冬の方を向き、興奮に上擦った声で報告する。

 

「織斑先生っ、本部追認が出ました!」

 

「よし。真耶、18ページ中段をアナウンスしてくれるか」

 

「あ、はい――内容を確認します。えっと、競技会の中断とデモンストレーションを前倒しで行うアナウンスですね。開始時間は、アリーナ整備が済み次第でよろしいですか?」

 

「それでいこう。併せて、織斑と篠ノ之にもデモンストレーションを前倒しで行う旨を通達しておいてくれ。以降は台本通りにアナウンスしてもらって構わんのと――そうだ、忘れるところだったが、デモンストレーションが始まったら適当にサウンドを流してくれ」

 

「はい。そちらはすでにセット済みです」

 

「サウンドって?」

 

 きょとんとして尋ねる霊夢に、何とも言えない苦笑を浮かべながら千冬が答える。

 

「篝火の入れ知恵だよ。なるべく派手になるよう弾幕ごっこ中はBGMを流そう、だとさ。ご丁寧に

私のイメージに合う曲まで選んで持参してくる始末だ」

 

「へえ、BGM付きの弾幕ごっこか。いいなー、私も何か自分のテーマ曲みたいなの流したい」

 

「篝火が持ってきたサウンドの中から、適当に選んでみたらどうだ? ……あいつはいったい私にどんな印象を抱いているのか、曲目はほとんどスラッシュメタル系だったがな」

 

 そう嘆じた千冬は、まだ熱いコーヒーを一息に飲み干した。空になったマグカップをテーブルに戻すと、さて、と呟いて瞑目し、首を左右に倒して肩を軽く回してみせる。

 

 持って回った所作をしてから目を開いた千冬は、凜然とした表情をしていた。

 

「そろそろ私も出撃準備に入ろう。あとは任せたぞ真耶」

 

「了解しました――先輩。どうかご武運を」

 

「ありがとう」

 

 コンソールからこちらの方に向き直り、真正面から見つめてくる真耶の視線を受け止めた千冬は小さくアゴを引いて礼を述べる。ついできびすを返すと、今度は、じっと千冬の顔を見ている霊夢とも視線を合わせた。

 

「行ってくるぞ博麗」

 

「いってらっしゃい千冬。私はここで、あんたの戦いぶりを見させてもらうわ。直に見守ってあげられないのは残念だけど、人前に出て、騒ぎになっちゃうと困るしね」

 

「すまないな。その気遣いと、今までお前がしてくれた数々の厚意には、デモンストレーションの成功という形でもって必ず報いさせてもらうぞ」

 

「期待はしておくわ。――頑張れ、なんて言わないわよ。今さら言うまでもないだろうしね」

 

「おう。――ではな」

 

 霊夢が拳を突き出すと、千冬は自分のそれを軽く合わせ、霊夢とすれ違う。

 

 笑顔も緊張もなく、静かに言葉を交わした千冬はすたすたと管制室を出て行き、また霊夢の方も向き直って千冬を見送るということもしなかった。仲が良いにも関わらず必要以上に馴れ合わないというか、ドライなやり取りを交わす2人を真耶は不思議に思い、千冬が管制室を出て行ったのを確認してから、真耶は霊夢に尋ねた。

 

「何て言うか、博麗さんと織斑先生ってクールな関係ですよね。あっさりしてるというか」

 

「いつもだいたいこんな感じだけどね」

 

 そうとだけ答えた霊夢は口寂しくなったのか、再びコーヒーに口を付けてはまたぞろ渋面を浮かべている。何とも不思議な子だなぁ、という印象を抱かずにはいられない真耶だったが、その一方で、この無邪気さゆえに誰もが彼女に惹かれるのだと感じてもいた。

 

 

                      *

 

 

 観覧者保護のために閉鎖されていた隔壁が順繰りに開いていき、左右両翼の観客席からもアリーナの様子が見られるようになった。あちこちにクレーター状の起伏が出来ていたり、敗北者たちの屍が散らばっていたりという形でIS同士の交戦の痕跡が残っている、変わり果てたメインアリーナの惨状を目にした観客たちの動揺は、決して小さいものではない。

 

 整地のためのカートや、無人機の残骸を回収する生徒が行き来していてメインアリーナ内は騒がしいが、観客席の混乱は、それらの作業音を突き破り、上空にあって警備を続けるセシリアたちの耳にまで届いてくるほどだった。

 

「おーおー、お客さんたちもざわついてるわねー。当たり前っちゃ当たり前だけど」

 

 ざわざわとした喧噪が渦巻く来賓席をちらと見やった鈴音は、冷やかし交じりにそう呟いてみせる。彼女の視線を追って観客席へと目をやった簪もうなずき、彼女に話を合わせた。

 

「でも、無人機が倒されるところを見られなくて良かった。もし見られてたら、今頃もっと大きな騒ぎになってるはず」

 

「そういう意味ではラッキーでしたわね」

 

「つか何から何までラッキーでしょ。あたしたちは被害ゼロ、ゴーレムどもは瞬殺――おっと」

 

 口上を途中で止めた鈴音。それと前後し、一斉放送が伝えられることを示すチャイムが鳴り響いた。前は安全宣言の発表だったが、今度はどんな連絡なのか? アナウンスが始まるのを、セシリアたち3人はじめ、アリーナにいる誰もが口を閉ざして待った。

 

 ご来場の皆様にお知らせします、という定型の前置きから始まる真耶のアナウンスは、無人機の襲撃があったため、競技会の中止を告げるものだった。

 

「あらら、やっぱりか。でもまぁこんな状況じゃ続けるってわけにも行かないわよね」

 

「うん……」

 

 鈴音と簪、そして観客席の面々は、アナウンスされた内容に落胆の声を漏らす。

 

 それはセシリアも同様だがしかし、彼女は少々事情が異なっていた。競技会の中止はともかく、最後に予定されている弾幕ごっこのデモンストレーションはどうするのか? セシリアは管制室に回線を繋ごうとするが、彼女が問い質しを行うよりも、アナウンスを続ける真耶がセシリアの疑問に答える方が先であった。

 

『――引き続き、IS学園によるデモンストレーションマッチを執り行います。アリーナ整地および戦闘フィールド設営のため今しばらくお時間をいただきますが、どうかそのまま着席してお待ちください。繰り返し、ご案内申し上げます――』

 

 観客席のざわつきが、より具体的には、ざわつきの中にある戸惑いの色が一層濃くなる。

 

(そっ、そう来ましたか……!)

 

 とうとうISによる弾幕ごっこが始まるのだ! ぶるっと身震いするセシリア。そこに、箒からのオープンチャネルが送られてくる。

 

『こちら西側観客席だ。セシリア、今いいか?』

 

「メインアリーナ上空です。どうされました箒さん?」

 

『アナウンスはもう聞いたな? 私と一夏はこれからすぐ出撃準備に入る。観客席の警備は生徒会の人が引き継いでくれるそうだ。今のところ生徒たちに異常はない旨の報告を、と思って』

 

「了解です。わざわざありがとうございます――お二人の特訓の成果、最後まで見届けさせていただきますわ。わたくしたちの代表として織斑先生に挑むんですから、醜態を晒さないようしてくださいね」

 

『ふふ、プレッシャーをかけてくれるな……まぁ見ていてくれ』

 

 じゃあな、と終話すると、慌ただしく回線を切ってしまう箒。その気忙しさから、一夏を連れた彼女がバタバタと駆けだしていく光景が容易に思い浮かべられたものである。

 

 セシリアもまたオープンチャネルを遮断した直後、今度は管制室から通信が入ってきた。

 

『管制室からブルー・ティアーズへ。哨戒作業お疲れ様です。アナウンスのとおりデモンストレーションが前倒しで行われることになりました。速やかにメインアリーナから撤収してください』

 

「ブルー・ティアーズから管制室へ。了解しました――あ、それと」

 

『はい?』

 

「えーと、山田先生。『彼女』は今どこにいらっしゃるかご存じですか? 誰かに目撃されていないといいのですけど」

 

『大丈夫ですよ。博麗さんはここに、管制室にいます。ゴーレムを撃退してからその足で来たそうなので、誰かに見られたとかはないと思います』

 

「そうでしたか。それなら安心しましたわ――では空域警備班3名、撤収を始めます」

 

 通信を切断したセシリアは、受けた指示をそのまま鈴音と簪に伝え、彼女たちを率いてアリーナから引き上げ始める。

 

 柄にもないというか、わくわくしていた。自分がその勝負の場に立てなかったのは残念ではあるが、美しさを競う弾幕ごっこがIS同士だとどう展開されるのか? 今まで秘密にされてきた、千冬たちが設計しているというIS版スペルカードはどういうものなのか? 一個人としても、射撃戦のエキスパートとしても、どのような光景が展開されるのか今から楽しみである。

 

(織斑先生は意外なほど射撃スキルも高くていらっしゃいますし、レベルの高い戦闘を拝見できそうですわね……)

 

 思ってもいなかった千冬の万能性にセシリアが気付いたのは、第6小アリーナで行われた最終調整に参加したときのことだった。

 

 雪片一振り引っ提げてモンド・グロッソを征した印象だけが先行しがちな千冬だが、よくも考えてみれば、格闘部門で優勝したぐらいで総合優勝を飾ることは出来ない。それ以外の部門でも好成績を収める必要があり、その中には、もちろん射撃部門も含まれるはずだ。

 

 また、一夏が語ったところによると、クラス代表を巡る戦いでセシリアに敗れた後に箒とともに振り返りを行っていたところ、千冬から、一夏がいかに射撃戦に向かないか経験者の視点で淡々と指摘されたという。

 

 かくのごとき千冬なればこそ、デモンストレーションでは、きっと期待以上の戦いを見られるに違いない。

 

(想像もできない戦いが繰り広げられるところを想像する、というのも変ですけれど)

 

「……セシリア。デモンストレーションって?」

 

 つい忍び笑いを漏らしてしまうセシリアが我に返ったのは、自身と肩を並べて飛行している簪が声を潜めて尋ねてきたときである。

 

「えーと、それはですね……」

 

 どうやって答えようか? 

 

 視線を逸らしてセシリアが思案していると、彼女たちと入れ違うようにして、アリーナ通用口から、何台かのカートが新たにメインアリーナへと入ってくるところが見えた。

 

 滞空したまま作業車両を見つめるセシリアたちの姿に気付いて、カートの荷台に乗り込んでいる作業着姿の女子生徒たちが手を振ってくる。そんな数人の少女とともに荷台に積載されている大型の出力機械は、見覚えがあるものだった。IS同士で弾幕ごっこを行う際、光弾が届くフィールドとその外側を区切るバリアを発生させるためのジェネレータだ。

 

「何あれ? つかあいつら、撤収指示が出てるのにアリーナ行って何するつもりなのよ?」

 

「見覚えある。あの人、整備科の先輩だ……」

 

「整備科ぁ? なんで整備科の人が……ってことはセシリア、アレもデモンストレーション関係の準備か何かなの?」

 

 訝しげに眉をひそめる鈴音は、ジェネレータの設営を始めている女子生徒を見、ついで、説明を求めるようにセシリアの方を見る。

 

「その通りです」

 

「ふーん。んで、簪のセリフじゃないけど、デモンストレーションっていうのは?」

 

「そうですね……IS同士による、今までにないほど新しく、美しい決闘方法とだけ申し上げておきます。あとはご覧になってのお楽しみですわ」

 

「またそれ? もー、いい加減に教えなさいよねー」

 

 あたし焦らされるの嫌いなのよ、と、唇を尖らせてみせる鈴音。

 

 一方の簪は、運び込まれた機械がなんであるか、その用途が気になるのか、顔見知りの少女へと手を振り返した後も、ジェネレータの設営作業をじっと目で見つめている。そんな2人を率いてアリーナ建物内まで引き上げたセシリアは、そこでブルー・ティアーズを収納した。同じく甲龍と打鉄弐式を収納した鈴音、簪を連れて、来賓用観客席につながっている通用口へと急ぎ足で向かう。

 

 ゴーレムを撃退して御役御免、というわけではない。来賓警備の仕事がまだ残っている。

 

 人が3人並んで通れるか、というくらいの幅員しかない狭い通路を抜けた先に、シャルロットとラウラがいた。どちらも通用口階段のところに立って来賓席の様子を眺めていたが、セシリアが声をかけると2人とも振り返り、笑顔を見せてくれる。

 

「みんなお疲れ様。ぐるっと見て回ったけど、来賓席は異常ないよ。ちょっと前まではだいぶ騒がしかったけど、誘導役の人がうまく説明してくれたみたいで、今は落ち着いてる」

 

「了解です。アナウンスの後、山田先生からの連絡はありましたか?」

 

「うん――いよいよ始まるね」

 

「だーかーらー、分かる奴だけで話するなってば。さっきからずっとあたしたちだけ蚊帳の外じゃないのよ。ねえ簪……簪?」

 

 ふてくされた様子で抗議していた鈴音だが、きょろきょろと周囲を見渡したり柱の陰をチェックしている簪の方を向き、言葉を切った。

 

「さっきまでこの辺にいた女の子、どこに行ったの……?」

 

 簪が問うと、ぎょっとしたセシリアたちは言葉に詰まってしまう。

 

「……管制室? もしかしてゴーレムたちを破壊したのも、あの女の子?」

 

 言葉少なに、しかし核心を突いてくる簪。きらん、とレンズが光を反射した眼鏡越しにこちらを見据えてくる半眼は、ある程度の確信を持っていることを明確に告げていた。

 

「……えーと、ですね……」

 

 弾幕ごっこやデモンストレーションについてならともかく、霊夢の存在はさすがに教えることが出来ないだろう。うかつなことを漏らそうものなら、後から千冬に何をされるか分かったものではない。セシリアとシャルロットは視線を交わすだけで口を閉ざしていたが、簪の問いに最初に答えたのは、ラウラであった。

 

「いいだろう。知りたいなら教えてやる」

 

「ちょっ、ラウラさん!」

 

「いつまでも伏せておく内容でもあるまいし、時間の無駄だ。この話はさっさと終わらせて観客席側に移動するぞ。まだ向こうの安全確認が済んでいない」

 

 きびきび答えるラウラに、セシリアは首を傾げる。

 

 生徒会の人間が警備に当たっている旨は通達が行ってないのか? それともラウラは軍人であるため、自分でしっかり確認しないと落ち着かないのだろうか。その意識の高さにセシリアは感心したものだが、傍らで聞いていたシャルロットは、セシリア以上にラウラの人となりを理解していたから、彼女の狙いが別のところにあることを見破っていた。

 

「という建前で、ちょっとでも良い席を早く確保したいんだよね?」

 

「だ、だって教官の再デビュー戦なんだぞ! 出来る限り近いところで見たいじゃないか……」

 

「なんだ、そういう理由でしたの……」

 

 拍子抜けしたような声で応じた後、セシリアは降参とばかりに肩をすくめて両手を挙げ、言葉を続ける。

 

「ああ、ああ、分かりました! わたくしたちも観客席に入っていいか、彼女について鈴音さんと簪さんにもお話していいか山田先生に訊いてみます。もし了承が出たなら席取りに行き、道すがら全部お話ししますわ。でも話すなと言われたら、このお話はここまでに致しましょう。それぞれのお仕事に集中し、競技会が終了してから説明する。お2人ともそれでよろしいですね?」

 

 これ以上は譲れない、とセシリアが出した妥協案に、鈴音と簪もうなずくしかなかった。

 

 

                       *

 

 

 ピットAは第1アリーナにおけるメインピットであり、当然、設備も第6小アリーナのそれよりはるかに充実している。かかる場所に千冬が足を踏み入れたとき、すべての準備はすでに完了していた。

 

 カタパルトにハンガーで固定されたIS――千冬の新たなる愛機は静かに出番を待っており、黛薫子を筆頭とした整備科の少女たちも無駄口を叩かず、緊張した面持ちで千冬を見つめてきていた。

 

 作業の邪魔にならないよう、緊急時を除き、ピット内は外部アナウンスが入らないようになっている。少女たちがみな不安そうにしているのは、アリーナが襲撃された急報を受けたところで情報が止まってしまっているせいだろう。おそらく、デモンストレーションを前倒しで行うことになった連絡もまだ来ていないように感ぜられる。

 

 無機的な室内に大勢の人間が詰めかけ、しんとした沈黙が満ちる光景は恐ろしいほどに閉塞感があったが、千冬はそんな重圧をものともしない。

 

 足音を響かせながらピット内へと入り、ピット中央あたりまで進み出ると、良く通る声音でもって言葉を紡ぐ。

 

「すでに聞いていると思うが、当アリーナは無人機による襲撃を受けた。すでに敵性勢力は消滅したが、競技会のプログラムは現時点をもって中止する判断が下された」

 

「じゃあ、あの。この後のデモンストレーションは」

 

「強行する」

 

 短い言葉でもって千冬が断言し、わっとピット内が活気づく。

 

「デモンストレーションに移行する旨は、すでにアナウンスされた。管制室に繋いで山田先生からタイミングを確認しろ。先に織斑と篠ノ之がメインアリーナに出て、続いて私が出る。各員、最終作業急げ! 時間はあまり残されていないぞ!」

 

 千冬の指示を受け、出撃準備が急ピッチで再開される。無人機の侵入を防ぐため閉鎖されていた隔壁の全開放。ピットゲートからアリーナまでの進路確保。管制室とのリンク確認。千冬のIS搭乗の手伝い。ほどなくして、開放された隔壁の向こうに広がるアリーナの方から、さざ波のようなどよめきがピット内にまで聞こえてきた。だがピットに詰める者の中で、ただのひとりもそちらには関心を向けなかった。

 

(……さて。私にとっての勝負はここからか)

 

 慌ただしさのピークを極めるピット内にあって、開かれたピットゲートを見据えたまま佇立していた千冬は深呼吸をひとつし、IS学園教師からIS操縦者へと気持ちを切り替えた。それからすぐにISに搭乗しようとしたが、申し訳なさそうに話しかけてくる黛薫子によって止められてしまう。

 

「先生」

 

「黛か。どうした」

 

「集中してるところ、邪魔してすみません。報告のみですけど、先生に言われた通り手配しておきましたよ。スタンドでばっちり準備してますので、こっちは任せてください」

 

 体を寄せてきた薫子はこそこそと、しかし、熱のこもった声で耳打ちしてくる。眼鏡越しにこちらを見つめる彼女の双眸は、いたずらっぽさと、それを上回る強い使命感とで輝きを放っていた。

 

「助かる。急な頼みだったにも関わらず無理を聞いてもらい、すまなかったな」

 

「いえいえ! すっごいチャンスをもらっちゃって、むしろ私たちの方がお礼を言いたいくらいですよ! 絶対モノにしますから、先生も頑張ってくださいね」

 

「ああ」

 

 力強く頷く千冬。

 

 これで、デモンストレーション前に打てる布石は、すべて打ち尽くしたことになる。そのうえで出来ること、しなければならないことはただひとつ――これから行われるデモンストレーションでISによる弾幕ごっこがいかなるものか、世界に知らしめることのみだ。

 

 薫子はもう少し話したいような素振りを見せたが、気合を高める千冬の邪魔はするまいと考えたためか、それ以上は話しかけてこなかった。

 

 頭を下げるとその場を離れ、割り当てられた作業へと復帰していく薫子。彼女を見送ったあと、

整備科生徒たちのサポートを受けながら千冬はISに搭乗した。そして、首から下げられている紐を引っ張ると、胸元で揺れていたお守りを手元までたぐり寄せる。

 

(……道を誤り、道に迷い、今の今まで立ち竦んでいたが、ここまで辿り着くことができた)

 

 霊夢から贈られたお守りを軽く握り込んだ掌に額を押し当てて、千冬は目を伏せた。

 

 奇跡を起こしたいなら逃げずに最後まで挑め、という霊夢の言葉を思い出しながら、千冬は口の中だけで何事かを呟く。それは霊夢をはじめとする協力者たちへの感謝だったか、ここまで辿ってきた道を述懐する独白か、弾幕ごっこを世界に広める事への決意表明だったのか、判然としない。祈りを捧げるような格好で発せられた千冬の呟きは、ピット内の喧噪によって完全にかき消されていたからだ。

 

「隔壁開放確認! ピットゲートからメインアリーナまで進路クリア! システム、オールグリーン! 射出開始からテイクオフまで3.5秒です! 耐Gレベル2で設定してください!」

 

「了解、耐Gレベル2で設定!」

 

「ハンガー固定確認、推力反射板セットしました! カタパルト使用権限をオペレーターからパイロットへ委譲! 射出宣言を待ちます!」

 

「了解!」

 

「管制室、デモンストレーション前のアナウンス始めました! 繋ぎます!」

 

『――なお、この模擬戦は従来にない新形式の決闘方法で執り行われます。それでは、模擬戦を行う選手をご紹介します――』

 

 ついで織斑一夏、篠ノ之箒の名が高らかにコールされ、一瞬遅れ、これまでの比ではない歓声がアリーナに轟いた。アリーナ内の様子を映し出しているモニタも、ピットAと正対する位置にあるピットC開口部から飛び出してくる白式、紅椿の姿を捉えていた。2機のISはピットからテイクオフすると、アリーナ上空中央あたりに留まり、沸き立つ歓声に手を挙げて応えている。

 

 世界初の男性操縦者。最新鋭たる第4世代機。ブリュンヒルデの弟とIS発明者の妹――その知名度に反して露出の少ない2人が登場したことで、第1アリーナは本日最大級の歓声でもって大いに盛り上がっていたが、それすらも前座に過ぎない。

 

 格下の選手が先にリングに入場し、その後でチャンピオンや格上の選手が入場するのが日本では一般的な入場順だが、海外ではそれが逆になるという。外国からの来賓も多いため、次に登場するのは一夏たちよりも下の相手だと誰もが考えていることだろう。しかし遅れて登場するのは、ISの世界において最上位ランクに位置する人物だ。その事実をあらかじめ知っているのは、この超満員の第1アリーナにおいて、ごく少数である。

 

「全員、そのままで聴いてほしい」

 

 会場の興奮が収まり、千冬の登場がコールされるまでにはまだ少しだけ間がある。

 

 すべての準備が完了し、千冬による射出宣言を待つばかりとなった段階で、ゆっくり目を開いた千冬が静かに声を発した。

 

 決して大きくないその呼びかけでピット内がすぐに静まりかえる。

 

 それと同時に、どうしても手を離せない作業に就いている者を除き、ピット内にいる全員が千冬のところに集まってきた。

 

「黛薫子。フィリア・ソート。前崎京子。布仏本音――」

 

 ここまで力を貸してくれた整備科の少女たち1人1人の顔を見、名前を呼び、千冬は続ける。 

 

「改めて礼を言わせてくれ。この先、ISによる弾幕戦が世界に広まったとき、その立役者となったのは我々だと諸君が誇れるよう、私は身命を賭してこれから世界に挑んでいく。そして、もし私の大願が叶い、私の名があまねく知れ渡ったとしても、それはすべて諸君の名の下に成り立っていることを――ブリュンヒルデを再び翔ばせたのは諸君だということを、どうか忘れないでほしい」

 

 穏やかに、だが熱を込めて語りかける千冬の言葉は、少女たちの心の奥にまでに響いたらしい。

 

 ある者は涙ぐみつつも千冬をしっかり見据え、またある者はぐすぐすと鼻を鳴らし、目元を覆って感涙にむせぶ者も少なからずいた。

 

 その誰もが千冬を信じ、支え、応援してくれている。自身もまた胸にこみ上げてくる物を感じながら、千冬は考える。

 

 もし霊夢と出会わず、あの――何もかも自分独りで解決しようと独善的になっていた、否、力に溺れていたあの頃のように誰のことも頼らずに遠ざけていたままだったら、果たしてここまで辿り着けただろうか? 

 

 霊夢しかり、箒しかり、整備科の少女たちしかり、これほどまでに強く誰かの心と結びつくことが、果たしてできただろうか?

 

「全員、目を開き、しっかり見届けていろ――」

 

『続きましてピットA方向、当デモンストレーション主催者が登場いたします。皆様、ご注目ください……!』

 

「秒読みを始めろ! 織斑千冬――ブリュンヒルデ、出撃するぞっ!!」

 

 

 




ご高覧ありがとうございました。
ご意見ご感想、誤字脱字のご指摘等々お待ちしておりますm(_ _)m

※「フィリア・ソート」と「前崎京子」は、インフィニット・ストラトスに登場する人物ですが、原作中ではフィー、京子としか呼ばれず本名が不明であるため、それらしい名前をオリジナルで付けたものです。公式の本名ではございませんので、ご注意ください


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