東方千夢劇 ~Infinite DANMAKU for Lotus Land.   作:かぶらや嚆矢

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三ノ壱・大願在未来。いずくんぞ過日の良きを論ぜん

 篠ノ之束は夢を見ていた。

 

 四方が電子機器に埋め尽くされた、異様な密室。束のプライベートルームと呼ぶべき空間である秘密ラボは女性らしさ云々という以前に、人間が住む部屋でないという印象だ。室内には窓も照明もなく、何層にも重なった複数の空間投影型ディスプレイと計器類のパイロットランプだけが光源となって視界を開いていた。どこかから絶え間なく聞こえてくる電子音と、室内にいるもう1人の少女が発する作業音が降り積もる床にはプリント基板や金属ケースが転がり、その間を縫うようにしてケーブルの類いがのたくる。

 そんな室内の中央あたりにあって、束は、安楽椅子と恐竜の骨格のハイブリッドとでもいうべき奇妙なフォルムの椅子の中で、眠りに就いていた。

 

 1日を35時間生きると自称してはばからない束にとって睡眠、そして夢を見ることとは現実世界で積み上げた理論を自分の中で集約、昇華、試行するための演算行為である。織斑千冬にとっての睡眠が眠気の解消だけを目的にしているのと異なり、綿密に計算する必要があるファクターに遭遇しない限り、どれほど眠くとも束は自発的に睡眠を取ることがない。

 

 そもそも、眠りというものが本来どのような行為だったか、それすら思い出せないでいる。

 

 だというのに、IS学園応接室で千冬と顔を合わせて以来、束は睡眠を取る機会が増えていた。

 

 かかる場所から戻ってから、束の中には計算しなければならないもの、計算のため分析が必要なもの、そして計算しても分からないものが渾然一体となって山積していたからだ。

 この時もまた、束は文字通りの意味で自分の内に閉じこもり、思考実験を続けていたが、

 

 ――舐められたら終生取り返しがつかんのがこの世間いうもんよ、のう。ましてや侠客渡世なら尚更じゃ。時には命を張ってでもという性根が……

 

 ドスが利きすぎた男声がラボ内に響いた瞬間、眠りから覚めた束は目を小さく開ける。

 

 それとタイミングをほぼ同じくして、コンソールに向き合い、束から言いつけられていた作業を進めていたクロエ・クロニクルがこちらへと振り返る気配があった。

 

「おはようございます束さま。お目覚めはいかがですか」

 

「んん、くーひゃんおふぁよー……あーよく寝た。束さんはどのくらい寝てたのかにゃ?」

 

「14分と22秒でした。最長記録更新です」

 

「そっかそっか、寝過ごしちゃったねえ。ところで今カチコミされた? それとも制圧完了?」

 

 後者です、と応じたクロエは再度コンソールへ向き直ると、手元のキーボードを操作する。

 

 それにより、時代がかった仁義を切る渡世人の啖呵で設定された通知音声が遮断された。クロエは引き続き入力デバイス上に指を走らせ、操作していた内容をディスプレイに表示した。

 

 ハッキング分野のスペシャリストでも音を上げそうなほど複雑なデジタル文字列で埋め尽くされた画面を、未だぼんやりしている視界に映す束。常人が寝ぼけ眼でも新聞のキャプションを読めるのと同じように、束にとってはこの程度の内容など、半分眠ったままでも容易に解読できる。

「ほーほーふむふむ、なるへそー。うん、任せた作業はもう片付いてるみたいだねー」

 

「はい。いくつかの経由地をバイパス、IS学園DBMSへ潜りました。今のところ重要性の高い特記事項は確認できていません。目的の地下特別区画の侵入コード、セキュリティホールは確保、つい先ほど分析完了しています。パスの強制解除およびセキュリティプログラムのNOPは、現時点から可能です。脱出用ケーブルは取得済ですがこのまま情報収集を継続するか、セキュリティを無力化するか、ご指示をお願いします」

 

「そーだねー。目的は果たしたんだし、長居してトレースされるのも癪だから今回のところは何もしないで引き上げようか。アレだよほら、今日はこのへんで勘弁しておいてやるってヤツ」

 

「――」

 

「ここは笑っていいところだよう。もー、相変わらず堅い、堅いよくーちゃん」

 

「大変申し訳ありません。深く反省しております」

 

「束さんは寂しいよくーちゃん……えーと、指示だっけ? んじゃとりあえずワームは消滅させてノウボットを再構築、それから撤収。んで、追跡に備えてトラップとトレースプログラムを流してねん。お片付けが全部済んだら、3時はだいぶ過ぎてるけどまだ午後だから紅茶の時間にしよう」

 

「かしこまりました」

 

「くーちゃんくーちゃん、ここは笑ってほしいところだったんだけど」

 

「まことに申し訳ありません。同じ過ちを繰り返さないよう善処いたします」

 

 まるで悪びれる風もなく謝罪を述べた後で、束の指示に従い、クロエが撤退作業を開始する。

 IS学園データベースに侵入して情報の収集および選別を行っていた自律プログラムを消滅させ、あらかじめ確保しておいた2の32乗通りの脱出ケーブルを辿り、電脳空間上のIS学園から引き上げる――教育機関から民間企業、個人のサーバ、果ては軍事衛星と、複数の経由地を通過して束のラボへ。簡単に発見されるほどヤワな偽装はしていないが、執拗に追いすがってくる追跡者がいるようなら再構築したノウボットをばらまいてサージを引き起こすつもりだった。

 

 そして実際に追跡者もいただろうが、クロエはそのすべてを振り切って秘密ラボまで帰着するとネットワークを切断する。

 

 かくて電脳空間から途絶されたクロエの手元には、トレースプログラムが割り出した追跡者たちの身元と、IS学園地下特別区画のセキュリティデータだけが残った。

 

 それらの作業を済ませた後、お茶を淹れてきますと言い置いたクロエが束へ一礼し、ラボを出ていく。手をひらひら振ってそんな彼女を見送った束は、改めて、真っ暗闇の中に浮かぶディスプレイのひとつに視線をやる。

 

「これで地下特別区画は丸裸っと。くーちゃんは本当にいい仕事するね。ママは鼻が高いよ」

 

 IS学園でも最重要機密施設に当たるエリアを電子的に支配する手札を得た束は満足そうな笑みを零したのち、アームレストに乗せられた指をぴくぴくと小刻みに震わせた。痙攣にも似たその動きだけで指先と連接した鋼糸が動作を拡幅し、コンソールパネルの操作を行う。

 

 かかる動作で次々とディスプレイに表示されていくのは、主としてIS学園関連の情報であった。

 

 図面に直せば1000枚は軽く越えるだろうIS学園各施設のアーキテクチャを、侵入ルートの選定を行うため入り込んだ学園内部の情景と照らし合わせながら眺める束。

 

 実際に出向いて検分を行ったのでシミュレートは完璧。セキュリティレベルも把握したので、次に送り込む無人機のスペックであればどの程度時間を稼げるかも試算できている。宝が収められた宝物庫の扉を開くための鍵も先ほど手に入れた。現時点ではまだ地下特別区画内部の情報が手元にないが、先日IS学園地下へ入り込んだという、アンネイムドを名乗る馬鹿の群れのデータベースをハッキングすれば、詳細な情報もたやすく引っ張ってこれるだろう。

 

 準備も下調べも万全で、最後の障害も取り払った。あとは、遠からずやってくるXデーに適切なタイミングで陽動を行い、その隙を突いて、閉鎖区画に秘蔵されている目的物を奪取するだけだ。

 

「……むーむー」

 

 だが束の中にはひとつだけ、気がかりがあった。

 

 例えるなら遠足の前夜、準備をすっかり済ませた子供が明日の天気を憂うような気持ち、とでも言えるだろうか。かかる不安のもとは、絶え間なくザッピングされる空間投影型ディスプレイ群の中にあって唯一切り替えられずに残っている、紅白二色の光点が片隅で明滅しているIS学園全体図だった。

 

「今日も箒ちゃんといっくんが一緒に何かしてる……しかも、まぁたこの場所だよ……」

 

 唇を尖らせた束は訝しげに双眸を細めると、妹のそれとは異なる不健康きわまりない吊り目で、光点が指し示すポイントを睨み付けた。

 

 第6小アリーナ。夕方近くになると千冬のバイタルサインが現れ、昨日は例外だったが、その代わり、箒と一夏はじめ幾人の専用機持ちが集まっている反応が現れたりと、ここ数日間にわたって何かと不穏な動きが見て取れる場所である。

「まだ反応はないけど、たぶん、現在ちーちゃんは箒ちゃんたちと一緒にいる。じゃあ一緒にいて何をしてるのかというと――うーん?」

 

 先般IS学園に潜り込んだ際にかかる施設を外から確認したが、外見上で何か変化が起きている訳ではなく、また電子的閉鎖を突破する手段も用意していなかったため、これ以上大したことは起きまいと勝手に結論づけてスルーしてしまった。迂闊にも。仮に内部まで入っていれば、監視対象におけたのだが。

 

 間違いなくこの場所で、今もなお何かが進行している。だが――再びコンソールを遠隔操作し、先にクロエがハッキングしたIS学園データベースのログを最前面に移動させる束。 

 

(ワームとノウボットを放って探したのに、第6小アリーナに関する記述はDBMSのどこにもなかった。となると……ちーちゃんめぇ。口頭か文書でしかデータを残さないようにしてるな……)

 

「むううぅ……気に入らないなぁ。いったい何を考えてるんだよう」

 

 こつこつこつとアームレストの縁を指先で苛立たしげに叩く束はおっとりした口ぶりで呟くが、そうする一方、彼女の頭脳は今後どうするべきかの最適解をフル回転で計算し続けていた。

 

 現状で分からないことを大別すると、千冬たちは何をしているのか、千冬の目的は何であるかの2点である。それらがいったい何であるか見極めるための手がかりを求めてデータベースにブルートフォース攻撃を仕掛けてみたものの、期待していたような情報は得られなかった。それならばと第6小アリーナ内を映す監視カメラの映像をハッキングしてもみたが、そもそもカメラの電源を落とされていたようで、空振りに終わっている。

 

 恐らくは束がちょっかいを出してくることを見越した千冬が警戒態勢を敷いているためであり、仮にそうだとすると、いかなる情報もデータベース上に現れることはないだろう。

 有り体に言えば、手詰まりの状態である。

 そして何かに行き詰まったとき、束はいつでも自分の目で確かめたり、直接コンタクトを取ってみたりと思考から行動へ切り替えてきた。時には詰将棋のようにじりじりと。またある時はちゃぶ台返しのごとく一気呵成に。

 

 今回は後者の手口の方が効果的だろうが、ふーむ、と腕組みする束はアクションを起こす決心がまだ出来かねていた。

 

「ちーちゃんに電話したり、束さんも混ぜてーって遊びに行っちゃうのは簡単だけど、さーてさてどうしようか? 自分から進んで何かしようとしてるちーちゃんを見るのなんて、白騎士事件以来だからねぇ……なんか面白そうな予感がするよー、もりもりと」

 

 まだ千冬の動向を見守っていたい。くすくす笑った束はしかし、そこで表情を曇らせる。

 

 分からないことは、前述の2つ。しかし束がもっとも興味があることは、このセンテンスで集約できる。今まで昼行灯を決め込み、そしてどれほどアプローチをかけても反応を示さなかった千冬にいったいどんな心境の変化があって、あるいは誰から焚き付けられて活動を始めたのか? そして束は、それを突き止めるための手がかりを千冬からひとつだけ与えられていたが、その、見え隠れしてくる何者かの存在こそが、束を苛立たせていたのだ。

 

「馬鹿と天才は紙一重。私やちーちゃんでは及びがつかない傑物、か――」

 

 片目を伏せ、一向に見えてこない誰かの姿形を閉ざした瞼の裏で空想しながら、いかにも不愉快そうな様子でもって束は吐き捨てる。

 

「お前は誰? 今までどこにいて、どうやって現れ、何しに来た? お前は、かつてちーちゃんや私の側にいた者? それともこれから先、ちーちゃんの側にあり続ける者? ……お前は誰?」

 

 抑揚のない声で問いかけた後、しばしの沈黙を挟んでから、束、続けていわく、

「……お前なんか。ちーちゃんと私よりすごい奴なんかこの世にいるもんか。いてたまるもんか」

 

 そう切って捨ててゆっくりと目を開いた束の中で、方針は決した。

 

 存在しない、あるいは存在してはならない者のために労力を割くことはない。束は、千冬がほのめかしていた変数の存在を無視することにした。だがもし、かかる馬鹿が束の眼前に――物理的な意味でも、計画の障害になるという意味でも――現れたその時は、存在そのものを消し去ってやるつもりである。

 

 だいたいにして束とクロエには他に、そして優先して、成さねばならないことがあるのだ。

「いいもんいいもん、ちーちゃんのばーか。何やってるかなんて知らないし、束さんだけ除け者にして遊びたいなら勝手にすればいいよ。その代わり――」

 ヘッドレストに後頭部を押しつけるようにして、束は後方へと目を向ける。天地が反転した視線の先、格子状のフレームの向こう側には、幾重にも束ねられたケーブルに繋がれ、無数の空間投影型ディスプレイの淡い光を浴びて流線型のシルエットを浮かび上がらせている、赤黒い闇がいた。

 

「今度束さんと一緒に遊ぶ時には、いっぱいいっぱい相手してもらっちゃうもんねーだ」

 

 

                      *

 

 

 第6小アリーナで何が行われているのか、束が思いを馳せていたのと同時刻。

 

 ホームルーム終了後、訓練のための準備を済ませてから第6小アリーナへ急行し、織斑一夏と篠ノ之箒は手早くISスーツに更衣を済ませた。ついで2人はタオルや飲料などを収めたバックパックを持っただけの軽装で肩を並べて連絡通路を抜け、アリーナ内部へ足を踏み入れようとしていた。

 

 ただ、その一歩目がなかなか出ない。通用口からアリーナ内をおそるおそる覗き込んでいた一夏はふと箒の方へと振り返る。その面差しは箒同様、強ばったものだった。

 

「い、今更だけどなんか緊張してきたぜ……なぁ箒、弾幕回避の訓練って何をするんだろうな?」

 

「無難に考えるなら霊夢が弾幕を張ってそれを避ける、という内容なんだろうが……果たして千冬さんがそんな、私でも思いつくようなトレーニングをさせるだろうか」

 

「まあなぁ――千冬姉ってさ、自分が出来ないことを他人にやらせたりはしないけど、自分が出来ることは他の誰でも出来て当然って考えてるフシがあるんだよ」

 

「い、いくらなんでも千冬さんと同じレベルではISを操縦できる自信がないぞ」

 

「俺も。だから、ちょっと緊張してきちまったんだよ。さすがに無茶苦茶すぎるメニューはないと思うけど……ま、ビビってないで行くっきゃないか。とりあえず、死なないように気をつけて」

 

「縁起でもないことを言うなよ一夏……」

 

「お、さっきのヤツちょうど5・7・5になってたな。箒、もし俺に万一のことがあったら辞世の句にしてくれよ」

 

「え、縁起でもないことを言うなと言ってるだろうっ!」

 

 渋い顔をする箒だがしかし、とんちんかんな一夏の言に少しだけ気がほぐれたのも事実だった。もしかしたら彼は彼なりに緊張を解こうと気を遣ってくれたのかもしれない。ただ、それにしてはいささかデリカシーを欠いた手口ではあるが……

 

(もっと他の言い方はないのだろうか。たとえばこう……)

 

 俺に付いてこいとか。ふと足を止めて、先を行く一夏の背中を見つめる箒。

 

 優しい言葉をかけられるのも嬉しいが、男らしさ――父のようにずっしり構えた男性が箒の好みのタイプである――を感じさせる頼もしいところを、一夏に見せてもらいたかった。

 

「おーい箒行くぞー? 来ないのか-?」

 

「もっ、もちろん行くぞ! ああ行くとも! 私はど、どこまでも一夏に付いていくからな!」

 

「そ、そうか? つか、なんでいきなりやる気になってんだよ?」

 

 そんな四方山話を挟みつつ連絡通路からアリーナへ出たところで、先に来ていた千冬たちの姿はすぐに見つけられた。箒たちと同じくISスーツに着替えた状態でアリーナの中央にあり、側にいる霊夢と向き合って話している様子である。そしてその傍らには、トレーニング用の雑多な器具がしまわれたコンテナと、ラファール・リヴァイヴに見えるがどこか意匠の異なるガンメタルグレーのISが、片膝を付いた状態で用意されていた。

 

 あれに千冬さんが乗るんだな、と思い浮かべる箒たちがある程度まで近寄ったところで、千冬たちもまた教え子たちの到着に気づいたらしかった。

 

「来たか」

 

 霊夢との雑談を中断すると顔を上げ、箒たちに先んじて言葉をかけてくる千冬。

 

「悪い千冬姉。ちょっと待たせちまった」

 

「申し訳ありません」

 

 ばつが悪そうにする一夏と頭を垂れる箒だったが、千冬は、ん、と短く応じるだけで、遅れた理由を訊いたり叱責したりという追求はしなかった。千冬の側にいる霊夢が、私たちが早く来すぎたんじゃない? と擁護してくれたことも影響したかもしれないが、意外な鷹揚さに箒も一夏も逆にうろたえてしまう。

 

 そんな2人の困惑には委細構わず、千冬、淡々とした調子で続けていわく、

 

「では2人とも、ISを展開しろ」

 

「ああ。来い、白式――」

 

「一意専心。常在戦場。心静かに参るのみ――紅椿」

 

 千冬の言葉に従い、手荷物を邪魔にならないところへ置いたうえでISを展開する箒と一夏。

 

 実際に乗降を必要とする量産機と異なり、専用機への搭乗は呼び出しから装着まで1秒も必要としない。瞬き1回にも満たない瞬間でISを着装した箒と一夏を見、おおー、と感心したような声を上げたのは霊夢である。

 

「話には聞いてたけど、ホントに一瞬で装備できるのねー。紅と白でおめでたくて縁起が良くて、なかなかいい組み合わせじゃない。一夏さんのあいえすは初めて見たけど、何ていう名前なの?」

 

「俺のISは白式で、箒のは紅椿だよ。博麗さんが言ったとおり互いが互いをフォローして活動することを前提に、コンビで設計された機体なんだってさ」

 

「なるほどコンビね――あいえす版夫婦茶碗みたいな感じなのかしら」

 

「め、夫婦茶碗……うむむ、あながち間違いではないが……」

 

 もう少し別の言い方はないのだろうか? 箒は苦笑するしかなかった。

 

 誰もが渇望する世界最強の兵器たるISも、この口さがない少女には、日用品で換言できる程度の魅力しか感じられないらしい。清廉潔白とは言いがたいものの、権威や権力に対して淡泊である霊夢に感心しはしたが、箒は直後、彼女の口をそこまでで封じておかなかったことを心底から後悔した。というのも続いた霊夢の直言が、ほとんどビーンボール同然の危険球だったからである。

 

「夫婦茶碗で間違ってないでしょ? だって箒と一夏さん、付き合ってるんじゃないの?」

 

「つきっ……なっ、なななな何をいきっ、いきなり訊いてくるんだ霊夢!!」

 

「お、俺と箒が? まぁファースト幼馴染みだから付き合い自体は長いけど、つ、付き合ってるのかって言われるとそれはその、何と言うか……なぁ?」

 

「な、なぁとはどういう意味だ一夏! だいたい、なぜそこで私に振ってくる!?」

 

「……ふぅん。そういうことか」

 

 得心するところがあったらしい霊夢は目を細め、にやりと笑みながら箒と一夏を見比べてくる。間違いなくバレたと悟った箒は真っ赤になりながら、まさしく睨み殺さんばかりに霊夢を睨み付けた。そして、喧々囂々とやりあっているうちにISへの乗機を済ませた千冬が割って入ってきたことで、事態はさらにややこしくなったが一応の終局を見ることとなった。

 

「仲睦まじいのは結構だが、犬も食わん夫婦喧嘩はそこまでにしておけよ」

 

 そう制する千冬の声音は明らかに面白がっていた。誤解を解くためにも箒としては何か言わねばならない場面だったがしかし、相手が千冬では、一夏や霊夢にするような応対はとてもできない。

 

 結果的に抗弁せず、箒は真っ赤な顔でうつむき、深呼吸を繰り返して気分を落ち着けた後、先に進めてくださいと手でジェスチャーすることしかできなかった。

 

 一方、なぜ箒が取り乱しているのか分かっていない一夏少年は不思議そうな顔で箒を見、そして千冬を見、そのISに言及する。いわく、

 

「ラファール・リヴァイヴっぽいけどなんか違う……それが、千冬姉が当日装備するISなのか?」

 

「ああ。当初はIS学園が所有している訓練機でデモンストレーションを行う予定だったが、せっかくの大舞台だから、と契約の席で篝火に拝み倒されてしまってな。結局、押し切られる形で、倉持技研が研究用で所有している疾風をカスタマイズして借り受けることになった」

 

 軽く肩をすくめて見せる千冬。箒も改めて、千冬が身につけたISをよく観察してみる。

 

 ベースは疾風――日本で生産されるラファール・リヴァイヴのライセンス品だが、肩部シールドを外し、非固定浮遊装甲も外し、プリセットの砲火兵器も外してと、機能を損なわない限界のラインまでスリム化がされており、ISでありながら極めて人間的なシルエットに近づけられている。そして細部から全体像へと再び視線を戻した瞬間、そのスマートなフォルムが記憶の中にあるISの姿と符合することにはたと思い至って、箒は思わず息を呑んだ。

 

(……暮桜だ……!)

 

 もちろん2つのISはまったく異なるものだし、このラファール・リヴァイヴだけを見ただけでは両者の共通点にはまず気付かない。ただ、かかるISを着用した千冬を目にした時、その誰もが往時のブリュンヒルデの姿を思い起こさずにはいられないだろう。

 

 そうなることを計算してデザインしたのであれば、なるほど、量産機ではあるがこれほど千冬の復帰戦にふさわしい戦装束はないと言えた。 

 

 そして、ブリュンヒルデと呼ばれることを嫌っている千冬があえて当時に似せたこの格好をしていることからも、ISによる弾幕ごっこを注目させることに対して彼女がいかに心血を注いでいるか容易にうかがい知れるというものだ。

 

「話を戻そう。先に説明したとおり、しばらくの間2人には弾幕回避に必要なスキルを向上させるため種々の訓練を受けてもらうわけだが……箒、聴いているか?」

 

「え――あっ、は、はいすみません! お願いしますっ」

 

「でもさ千冬姉、訓練っていっても具体的にはどうすればいいんだ?」

 

「どうするも何も、霊夢が弾幕を張り、お前たちはそれを避ける。基本的にそれだけだ。むろん訓練の強度は段階的に上げていくが、今はまず弾幕を避ける動きと距離感を徹底的に体に叩き込め」

 

 どうやら箒が思い描いていたのと大きく違わない、常識的なトレーニングになりそうだ。千冬の説明に、箒と一夏はひとまず胸を撫で下ろしたものである。

 

「並行して、お前たち自身の鍛錬も行っていくぞ。周辺視力、瞬間視、深視力といったスポーツビジョン強化と基礎体力の向上を中心に、IS操縦に限定されないポテンシャルの底上げを計る――どちらかといえば、こちらの訓練をメインに取り組んでいく予定だ」

 

「身体の鍛錬は望むところですが、弾幕を避ける方に比重を置いた方がいいのでは?」

 

「そうやって簡単に言うけどね箒、弾幕ごっこだって長い時間続けると結構しんどいのよ?」

 

「そうなのか? 人間離れしている霊夢のことだから、立て続けに弾幕を張っても平気なのかと」

 

「ひとを妖怪みたいに言うな――同じスペルカードでも何回も何回も宣言するわけだから、あんたたちがトレーニングしてる間だけでも休憩しないとやってらんないわよ。ちょっとぐらい楽させてよね」

 

「た、確かに、あまり無理をさせるわけにはいかないか……すまん、詮無いことを言った」

 

「分かればいい」

 

「私が基礎トレーニングを採り入れるのは、霊夢を休ませるためという理由だけではないぞ」

 

「と言われますと?」

 

「闇雲にISに乗ることだけが上達の道ではないからだ――稼働時間を重ねることも確かに重要だがISはあくまでブースターに過ぎん。仮にISが操縦者の能力を10倍に引き上げるとすると、操縦者自身のスキルが1であるか2であるかで、結果的に天地ほどの差が生じる。たとえばお前たちが最新鋭機に搭乗しているからといって、第3世代機だが軍で戦闘スキルを習得しているボーデヴィッヒに、常に勝てるわけではないだろう?」

 

「ISの性能の差が戦力の決定的な差じゃない、ってことか少佐」

 

「それはその通りなのだが、お前は何か他意をもって発言していないか一夏? ともかくISで強くなりたいと願うならば、自分自身を鍛えた方が断然早い――ISではなく自分自身のスキルを恃め。それが、誰よりも稼働時間を無駄積みした末に私が出した結論だ」

 

 覚えておいて損はないぞ。そう結んだ千冬の解説は、箒は大いに得心するものがあった。

 

 己れこそ、己れの寄るべ、己れを惜きて誰に寄るべぞ。これはあらゆる日本武道に共通して伝えられる聖句だが、まさにISにも当てはまることではないか。

 

「ちなみに千冬姉。暮桜と……あー、白騎士の頃から合計して、どのくらいISに乗ってたんだ?

前にセシリアと戦うことになったときに、代表候補生の稼働時間は軽く300時間を超えてるって、3年生の先輩から教えられたんだけどさ」

 

「私か? まぁ、ひと頃は食事と睡眠以外は常時ISに搭乗していたような時期もあったが……最後に数値を見たときは、確か40000時間ほどだったと記憶している」

 

「よんまっ……!?」

 

「けっ、桁が違う……!」

 

「だいたい何ヶ月分、何年分くらいになるのかしらね? えーと、1日が24時間で、1年が365日だから――えーと、えーと」

 

 驚愕する箒と一夏だが、翻って霊夢はマイペースだった。あさっての方を向いて、ひのふの、と指を折りながら暗算を行ったのち、いかにも感心したようにうんうん頷いて言葉を発する。

 

「……なかなかやるわね千冬。うん。そんな長い間あいえすに乗るなんて大したもんだわ」

 

「4年半、不眠不休で乗り続けるに等しい時間だ。暗算できなかったのなら強がらず素直に言え」

 

「うっさい」

「それだけの間ISに乗ってきた千冬姉が言うと、さすがに説得力があるな……ISに乗るよりも自分自身を鍛える方が近道、か――うーん、今までとにかく白式を操縦することに慣れようとしてきたけど、俺ももう1回、篠ノ之流剣術の修行を最初からやり直してみようかな……」

 

「そっ、そうだ一夏! いやぜひそうしろ! 何だったら私がて、手取り足取り教えてやるぞ!?」

 

「お、おうそうだな。なんで箒がそこまで熱心になるのか分からんが……」

 

「ふむ。ちょうど訓練項目の中には組手も入っていたし、いい機会だ。一から箒に教えてもらえ」

 

 千冬にしては珍しく、にやにや笑いながら言ってくる。

 

 援護射撃を受けた箒は思わず小躍りしそうなほどに舞い上がっていたが、その一方で千冬が昨日交わした――箒が一夏に接近するためにお膳立てをするという密約を履行しているだということを悟ってもいた。

 

(ありがとうございます千冬さん! この機会、け、決して無駄にはしませんので!)

 

「それもいいけど、せっかくの機会だし千冬姉に相手になってもらいたいな。千冬姉と組手が出来る機会なんて滅多にないんだし」

 

 まったく悪気ない面持ちで一夏少年がのたまった瞬間、箒は般若のごとき様相で一夏をにらんでいた。千冬は訝しげに眉を上げた後でつまらなそうに首を振るだけだったが、霊夢のリアクションはさらに露骨だった。あーあ、と呆れの声を漏らすと両手を上に向けて肩をすくめるという仕草でもって、一夏の唐変木ぶりを糾弾してみせる。

 

「せっかく千冬がお膳立てしたのにねー。こりゃ箒ものちのち苦労しそうだわ」

 

「れっ霊夢! 余計なことを言うなっ!」

 

「? 何の話してるんだ?」

 

「ああ分かった分かった。柄でもないことをした私の手落ちだ。この話はここまでにして、さっそく弾幕を避ける訓練から始めるぞ――頼めるか霊夢?」

 

「お、やっと私の出番ね? さっきから私だけアウェイな扱いだったからそろそろ帰り支度しようかなって思ってたとこよ」

 

 手持ちぶさたにお祓い棒を弄ってみせる霊夢が目を細めて発した皮肉に、千冬は苦笑を誘われるほかない様子だった。すまんすまん、と軽く詫びてから千冬、続けていわく、

 

「蚊帳の外に出されて不満らしいから、回避訓練の内容は霊夢に説明してもらおうか」

 

「うわ、そうくるか――まぁ別に構わないんだけど、一夏さんも箒もあんたの教え子でしょうに」

 

 霊夢は不満げに唇を尖らせてみせるが、それは一言言わずにはおれない彼女の気質に基づくためであり、別に千冬に反抗しているわけではなかった。事実、やれやれ、と不満をこぼしながらもレクチャーしてみせる霊夢。

 

「説明ったって、ほとんど千冬が話したとおりなんだけどね。基本的には弾幕をひたすら避けること。もしあいえすのエネルギーが途中で切れたらそこで終了して、箒のあいえすの……えーとなんだっけ。千冬に教えてもらったんだけど、ほらあの、エネルギーを回復させるヤツ」

 

「紅椿の? もしかして絢爛舞踏のことを言ってるのか?」

 

「それそれ。その絢爛舞踏とかいうのでエネルギーを回復して再挑戦。それか休憩――訓練の内容自体はすごく簡単ね」

 

「ただし、弾幕を避けるのはそこまで簡単じゃないんだろ」

 

 一夏の指摘に対する霊夢からのいらえはなかった。その代わり、よく分かってるじゃない、と言いたげに涼やかに笑んでみせただけである。

 

「それともうひとつ。普通の弾幕ごっこだと、スペルカードを使い切るまでピチュらず逃げ切れば勝ちなんだけどさ。それだと消極的に過ぎるって千冬が言うから、ちょっとルールを見直すことにしたの――あいえすでする弾幕ごっこは時間内に相手を倒さないと負けってね。もちろん競技会もこのルールでいくから、この訓練も、逃げてばっかじゃなくてちゃんと反撃しなさいよ」

 

「は、反撃ありって霊夢、意味を分かって言ってるのか!? いくらお前でもISの攻撃が直撃したら命に関わるんだぞ!」

 

 さらりと言ってのけた霊夢の言葉に真っ先に反駁したのは箒である。いかにも心配そうな箒に霊夢、返していわく、

 

「でも初めて会った日にあんた、あいえすでばんばん攻撃してきたじゃん。しかも2人がかりで」

 

「うぐっ、そ、それを言われると弱いが――い、今はそんなことはどうでもいいっ! とにかく私はお前を心配してだな……!」

 

「大丈夫だってば。心配してくれるのはありがたいけど、私が直接相手をするわけじゃないから」

 

 霊夢は当たり前のように答えると、ねぇ、と、ラファール・リヴァイヴに搭乗している千冬を見上げて同意を求める。話を振られた千冬の方も、霊夢が何を言わんとしているかすでに分かっているらしかった。確かに、と愉快そうに応じ、そして箒も一夏も当たり前のように混乱する。この少女は本当のことしか言わないが、その代わり、話の内容が分かりやすい時と分かりにくい時の差が大きすぎるのだ。

 

「あー、ごめん博麗さん。できれば俺たちにも分かるように話してくれないか?」

 

「悪いけど一夏さん、私、千冬みたいに弁が立つわけじゃないし教え方も上手じゃないから、とにかくやって覚えろって感じなのよねー。というわけで、ちょっと見ててくれる? これ見れば、反撃オーケーだっていう意味が分かると思うから」

 

 浮かんだ疑問符を引っ込めるのに苦労している箒と一夏のリアクションを待たず、霊夢は袖の中へと手を差し込み、札を2枚取り出した。

 

(あれは確か……スペルカードと霊夢が呼んでいた札か)

 

 やはり見た目は何の変哲もない、どこにでもありそうなカードである。しかしこのカードを媒介にして繰り出される弾幕がいかに苛烈なものであるかを思い出した箒は、思わずぶるっと武者震いを催してしまった。

「霊符――」

 

 さっそく宣言した霊夢がスペルカードを構える。

 

 以前見たところと違うのは1箇所。カード自身が光っているように見えるのも、霊夢が漂わせている気配が急激に密度の濃いものに変じたことも以前と同じだった。

 前と異なるのは、霊夢がカードを頭上高くに掲げるのでなく、カードを投げ捨てた点である。

 

「覚悟しておけよ2人とも。度肝を抜かれるぞ」

 

「え、なんだって千冬姉?」

 

「『博麗幻影』!!」

 

 投じられたカードが烈光を放り、視界がホワイトアウトする。

 

 眩しさのあまり、思わず掌で庇を作って光を遮る箒。直視できないほどの白光はしかし数瞬のうちに収まったため、目元を隠していた掌をゆっくり外した箒が霊夢の方へ視線を戻そうとした時、にわかには信じがたい現象が発生していた。

「れっ、霊夢が2人いるだと!?」

 

 我知らず箒は叫んでおり、顔を背けていた一夏もぎょっとして箒の視線を追いかける。

 

「嘘!? うお、マジだっ!」

 見間違いでもなんでもなく、霊夢は2人に増えていた。2人目の霊夢は先ほどの、カードが光を放って消失したあたりに佇み、お祓い棒を携え、あらぬ方を見据えたまま身じろぎひとつしないでいる。これは一体どういうことだ、と唖然としている箒たちに対して千冬、笑いながらいわく、

 

「初めて目にしたときは私も言葉を失ったがな。あれは霊夢でなく、霊夢の幻影なのだそうだ」

 

「そういうこと。実体はスペルカードだけど私そっくりに見えるでしょ? 命令を出してから一定時間が過ぎるかダメージをある程度受けるとまた元のカードに戻っちゃうけど、いくらひどく攻撃されても私には何の影響もないし、弾幕ごっこの練習には最適なのよ」

 

「そ、そうなのか……まぁ、霊夢に悪影響が出ないならばいいんだが……」

 

 まだ動揺が収まらないながらも、箒は霊夢の虚像をまじまじと見やった。

 

 似ている云々というレベルではなくどう見ても霊夢本人である。紅椿のハイパーセンサーも生体として認識している。ただし、服が紅白二色ではなく青白二色に変わっている点、そして、人形っぽいというか作り物めいているというか、無機的で生気がない表情をしている点は明確に異なっていた。

 

 実際の霊夢は喜怒哀楽の塊と呼べるほど感情も表情も豊かな女の子であるだけに、置物のごとく呆として突っ立っている霊夢の姿は、いっそ不気味でさえある。

 

 それよりも、その明け透けさに親しみを感じる少女に攻撃を加えることに対して、どうにも気が引けてしまう。もちろん、あくまで平気だというなら割り切らなければならないが……

「くどいようだがもう一度確認させてくれ。攻撃されても、本当に霊夢は何ともないんだな?」

 

「大丈夫だってば。私だって弾幕ごっこの練習をしたい時とか暇な時とか、誰かをぶっ飛ばしたい時とかに使うくらいだもん――で、今度はこっちのスペカを発動させるんだけど」

 

 そう宣言し、2枚目のスペルカードを投じようとする霊夢。しかし彼女は眉根を寄せ、

「でもこれ、使った覚えって全然ないのよねー。もともと私のオリジナルじゃないし阿求から伝え聴いたのを私なりに再現しただけのものだし、ま、うまくいったらお慰みってことで」

 

 と、言い訳めいた独白を挟んでからテイクバックの姿勢に入った。果たして次は何が出てくるのか? 霊夢が引き起こす諸々の超常現象がだんだん楽しみになってきている箒と一夏は、否応なく期待を高められてしまう。

 

「夢時空――」

 

 早くも白光を放ち始めているスペルカードを、先とは真逆の方向へ、えいやっと投じる霊夢。

 

「『アーマード陰陽玉』!!」

 

 かかる宣言と同時に烈光が再び迸る。今度は箒たちも、ここまでは予期していたため、顔を背けたり装甲で覆われた手で光を遮ったりするなど、目眩ましに対する準備はできている。

 

 閃光が収まり視界が開けるまで数瞬のインターバルを置いたのち、箒は目元を隠していた手を退けた。

 

 そして、視界の半分以上を占めている物に気付くか気付かないかのところで、彼女は一夏が発した素っ頓狂な驚き声を耳にすることになった。

「な、なんじゃこりゃあっ!?」

 

 慌てて視線を向けた霊夢の隣には、見上げんばかりに巨大な陰陽玉が浮遊していた。

 直径は5メートルほど。白黒二色の曲玉を互い違いに配したような太極文様を意匠にした球体はバリアーめいた透明の膜に包まれ、時折ぱりぱり放電しつつ、水面を漂う浮き玉のように音もなく上下している。戦闘モードの霊夢が陰陽玉を従えていることは知っているが、これは明らかに当時のそれとは異なるものだろう。かかる巨球を見上げて呆然とする箒と一夏だが、しかし霊夢はこの巨大な陰陽玉を見てほっと安心したようだった。

「うまく呼び出せてよかったわー。こっちもいくら攻撃されても私には影響はないから、安心して戦うといいわ。何回だって呼び出せるし、自動で弾幕を張りまくってくれるスグレモノよ」

 

 箒と一夏はもはや言葉も出ない。

 

 空を飛び、弾幕を張り、自分の分身を作りだし、途轍もなく巨大な陰陽玉を召喚する。実は霊夢が口から炎を吐けたり目から光線が出せたり、あるいは4段階の変身が出来ると告白されても、もはや驚かない自信があった。どころか、何を言われたところで「だって霊夢だし」の一言で納得できてしまいそうである。

 

「弾幕をうまく避けるにはどうすればいいかは私と千冬でコーチしてあげる。そして、博麗神社に代々伝わるこのアーマード陰陽玉と、博麗神社が誇る人類の宝、博麗の巫女の幻影があなたたちの訓練相手よ――さぁ、どっちがどっちに挑戦するのかしら?」

 

 霊夢の芝居がかった口上には、自己演出を何より好むセシリアの影響を受けた気配がありありと感じられた。

 

 ただしセシリアのそれと明らかに異なるのは、彼女の言葉には一切のブラフも強がりも含まれていない点である。すでに霊夢と一度交戦している箒は実感としてそのことを知っていたし、一夏もまた、これから始められる模擬戦を通して、それを思い知ることになるだろう。

 




ご高覧ありがとうございました。
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次回投稿は、1月30日0時に行います。



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