東方千夢劇 ~Infinite DANMAKU for Lotus Land.   作:かぶらや嚆矢

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二ノ拾・

 ちょうど30分ほど前に箒自身も思い知ったことだが、予想だにしていない事態に遭遇すると誰であろうと驚くよりも先に呆けてしまい、まばたきひとつ出来なくなってしまうものらしい。

 

 宝くじを引き当てた瞬間がそうであり、縁故者の急死を知らされた瞬間もそうであろう。そして今、霊夢の姿を見留めたセシリアたちもまた、完全に茫然自失の状態にあった。目を丸くしていたり、息をするのも忘れてしまったかのように硬直したりしていたが、3人が3人とも魂を抜かれたような顔をして、紅白二色の恰好をした少女を見つめている。

 

 翻って、彼女たちの前まで歩み出た霊夢は、相変わらず飄然としていた。マイペースというか物怖じしないというか、プレッシャーに対して不感症になっているとでもいうべきか? 箒から見てこの博麗霊夢という少女は幼い見た目からは想像も付かないほど大人物の気風があった。今もなお自分に注がれ続けている好奇と誰何が入り交じった熱っぽい視線を軽く受け流しつつ、興味深そうな様子でもってセシリア、シャルロット、ラウラと順番に眺め、

 

「ふむふむ。こっちの人間ってみんなスタイル良いのねー。そうでないのもいるけど」

 

 などと呑気な呟きをこぼしている。

 

(……こっち?)

 

 引っかかるものを感じ、箒は怪訝に思った。だが、その疑問に気付くはずもない霊夢はこれまたマイペースに振り返ると箒の方、より正確には箒の背後に立つ千冬へと目線を送ってみせる。

 

 かかる所作の意図するところを汲んだ千冬はひとつ頷き、まずセシリアたち3人に声をかけた。

それによって教え子たちが我に返るのを見て取ったあと、千冬は自身の相棒たる霊夢を紹介する。

 

 彼女の名前と来歴、IS学園に留まる理由。それらに加えて、霊夢が使いこなす弾幕ごっこをISにおける戦闘の本道としたいこと。そして千冬自身もISに乗り、その魁とならんとしていること等。ただし箒や一夏に告白したような白騎士事件の真実や、心の深奥を吐露するような深い部分までは語らず、あくまで事実と予定とをつらつら伝えるだけの内容である。

 

 時間にして10分ほどの独演だったが、かかる説明を受けたセシリアたちはそれによって通常の精神状態に戻りはしたようだった。だが今度は――箒が危惧した通り――新たに与えられた情報を受け止めきることが出来ない様子でもって、大いに困惑することになってしまう。

 

「……驚きましたわ……まさか織斑先生が、そんなことを考えておられたなんて……」

 

 セシリアの呟きは、まさに彼女を含めた3人の心中を言い表すフレーズであっただろう。

 

 そんな少女たちはどこか上の空のまま、互いに顔を見合わせたり呻ったり嘆息したりして必死に現実を受け入れようとしていたが、その中にあって一番早く行動を起こしたのは、かねてから弾幕ごっこと霊夢に対して好意的な印象を抱いていたシャルロットである。教え子たちが落ち着くのを待つ時間も惜しいと考えたのだろう千冬から自己紹介を促されると、彼女は飛びつくような勢いで霊夢の方へと歩み寄って右手を差し出す。もとより人好きのする笑顔が似合う少女だが、この時の彼女の表情は、傍らで見ていた箒も思わずドキっとして見惚れてしまうほど喜びに輝いていた。

 

 同じく右手を差し出した霊夢と握手を交わしてから、打てば響くように明るく、そして興奮した声音でもってシャルロットいわく、

 

「また会えて本当に嬉しいよ! あのときはちゃんとした挨拶もできなくてごめんね――改めまして、シャルロット・デュノアです。もし嫌じゃなかったら霊夢って呼んでいいかな? あ、それと僕のことはシャルって呼んでくれていいからね」

 

「よろしくね。デュノアじゃなくてシャルロットって名前だったのか」

 

「あれ? 僕のフルネームって前から知ってた?」

 

「千冬からちょっと聞いててね……夢想封印 集をけっこう頑張って避けてた、オレンジ色のあいえすを着てた男の子よね。だけど、本当にサルなんて呼んでいいの?」

 

「シャル、ね。それと男の子って誰のことかな?」

 

「痛い痛いやめてやめて放して。シャル放して。手が潰れる潰れる痛い」

 

 にっこりと笑顔を浮かべたまま、徐々に力を加えて霊夢の右手を締め上げるシャルロット。不意打ちで責め苦を受ける形になった霊夢は顔を歪め、万力のごとく圧をかけてくるフランス人少女の右手を振りほどこうとして身をよじった。

 

「ふふふっ……さしもの霊夢も、シャルロットにかかっては形無しみたいだな」

 

 箒はつい笑みを誘われてしまう。いい気味だとは思わないがしかし、口達者な印象のある霊夢がやり込められるところを目の当たりにでき、なかなか愉快な心持ちだった。

 

「気をつけろよデュノア。そいつは思い浮かんだことをそのまま口に出してくる奴だぞ」

 

 苦笑まじりで発せられた千冬の忠告に、よく分かってます、と言葉を返してからシャルロットが霊夢の手を放す。ようやく解放された霊夢は圧搾されていた右手を振ると、恨めしそうな眼差しでもってシャルロットを見やり、いかにも非難するような口振りで言い捨ててみせた。

 

「うぅ、手が痛い……でもサルなんて呼んだのは訂正しなきゃね。ゴリラの間違いだったわ」

 

「今度はハグしていい?」

 

「やめい」

 

 負け惜しみめいた霊夢の直言に、シャルロットはしかし一歩も退かない。笑顔をキープしているシャルロットに押し負けした霊夢は一言だけそう言い捨てると、慌てて顔を余所へ――具体的にはラウラとセシリアの方へと向ける。あんたたちは誰? と問うような視線に気付いたというか癪に障ったのか、セシリアに先んじてつかつか進み出たラウラは、シャルロットと霊夢の間に立ちはだかる位置で足を止めた。ついで挑発的なオーラを隠そうともせず、叩き付けるようにして言葉を発する。

 

「ふん。何やら教官をそそのかして悪巧みをしているようだが、この私の目が黒いうちは、不審な行動は命取りになると思っておくことだ」

 

 自己紹介とはかけ離れた喧嘩腰の挨拶に、傍で聴いていた箒は思わず肝を冷やした。

 

 初対面で一夏の頬を張ったことといい、霊夢にISで襲いかかったことといい、何故にこのドイツ人少女はこうも事を荒立てたがるのか? 取っ組み合いになることを危惧すると同時に、いつでも割って入れるよう緊張して――ラウラの側にいたシャルロットもそれは同じだった――身構えていた箒だったが、そんな張り詰めた雰囲気はしかし、大人物の気風を放つ少女の鷹揚というか、間の抜けた返礼によってあっさり霧消してしまった。

 

「初めて会う人ね。はじめまして、博麗の霊夢です」

 

「なっ――! おい、私のことなど覚えてないとでも言いたいのか!?」

 

「ん? あんたとどこかで会ってたっけ……あっ、そうだ思い出した。確か私に喧嘩を売っておきながら速攻でピチュってどっかに運ばれてった、黒いあいえすを着てた白髪の女の子!」

 

「誰が白髪だっ! しかもどこまで嫌味な思い出し方をするんだ貴様は!」

 

「だって名前も訊いてなかったし」

 

「シャルロットの名前も初めて聞いた、みたいなやり取りを先ほどしていたではないか」

 

「それはそれ、これはこれよ」

 

「き、貴様という奴は……」

 

 怒りと恥辱がない交ぜになった紅潮顔で霊夢を睨み付けるラウラ。ついで彼女は、そのピントのずれた回答に思わず吹き出していた一夏と箒、そして、シャルロットやセシリアにも咎めるような視線を向け、笑うんじゃない、とドスの利いた声を絞り出した。

 

「はぁ……もういい。この場で先日の借りを返すつもりだったが気を削がれた。運のいい奴め」

 

「ちょっ、ラウラ!」

 

「分かってる。つもりだ、と言っただろう。教官のお話によるとしばらくIS学園に留まるそうだから、今すぐどうこうせずともチャンスはいくらでもある」

 

 全然分かってないじゃん、と嘆息するシャルロットの追求を、ラウラは手をひらひら振って追い払ってから改めて霊夢を見やった。ついで腕を組むと、自身よりもわずかに上背がある霊夢に向けて顎を突き出すようにし、ふふんと尊大な笑みを浮かべながら名乗ってみせる。

 

「私はラウラ・ボーデヴィッヒだ。二度と忘れるな。先の交戦では後れを取ったが、誇り高きドイツ軍人の名誉にかけて次の機会があった時には勝たせてもらうぞ、博麗霊夢」

 

「次はジャンケンで勝負してあげようか? それだったらあんたにも少しは勝ち目があるでしょ」

 

「はっ、好きに言ってろ」

 

 鼻で笑って霊夢の放言を聞き流すと、さっさと場を譲ってしまうラウラ。

 

(……この2人、喧嘩友達という意味では存外に相性が良いのかもしれん)

 

 怜悧なドイツ人少女と呑気な和風少女を見比べながら、箒は何となく、そんな印象を抱いたものだった。

 

 一緒に出かけたり遊んだりという感じではまずないし、共通項といえば、口が悪い点と気が短い点――付け加えるならば見た目がちんちくりんな点――ぐらいである。そのうえ遺恨が残る間柄であり、睨み合いをやらかした直後だというのに、こうしてにやにやと笑いながら軽口を叩き合っている。世に言う「殴り合いから始まる絆」とかいう関係だろうか。

 

 羨ましいような、それほどでもないような? ぼんやりとそう考えていた箒の思考は、ラウラと入れ替わって霊夢の前に立ったセシリアの口上によって、現実へと引き戻される。

 

「ご機嫌よう。わたくしのことは、覚えておられますか? 美しき青きブルー・ティアーズを駆るイギリス代表候補生にしてオルコット家当主、セシリアでございます。改めてお見知りおきを」

 

 かつ、と踵を鳴らして姿勢を正し、右手をすっと胸元に添えて微笑む。ゆるくロールがかったロングヘアにいかにも貴族然とした物腰といい、箒から見て、彼女の周囲だけがいっそ場違いなほど絢爛豪華な異世界のように感ぜられた。こんな殺風景なエントランスホールでなく、大輪の薔薇が咲き乱れる庭園、あるいはきらびやかな華燭に彩られた社交界の場でこそ映える立ち振る舞いではあるが、かかる仕草が不自然には見えないのだから、これはこれで大したものであろう。

 

「ご丁寧にどうも。博麗霊夢よ――あんたのことは、っていうよりあんたの名乗りかな? それはよく覚えてる。そういうのってどうしても言わないといけないの?」

 

「もちろんですわ。貴族たる者、そして国家代表候補生たる者、常に自己演出を心がけなくては」

 

「国家代表、候補? なにそれ」

 

「あらご存知ありませんの? それぞれの所属する国――わたくしの場合はイギリスですが、その国を代表するIS操縦者、すなわち未来の国家代表になるべく特別に選ばれた、ひと握りの優秀なIS操縦者に与えられる地位のことです」

 

「ふーん、エリートなんだ。凄いのね」

 

 素直に感心している霊夢の賛辞は、気位の高いイギリス人少女の自尊心を大いにくすぐったらしかった。このくらい普通ですわ、と応じながらも、いかにも嬉しそうに相好を崩してみせるセシリア。翻り、蚊帳の外にあってちょっと面白くなさそうにしているのは、同じ国家代表候補生でありながらも雑に扱われたラウラとシャルロットであった。

 

「おい博麗霊夢、私に接するときの態度とずいぶん違うじゃないか」

 

「僕のときとも違うね」

 

「なによ。もしかしてラウラとシャルも代表なんとかってやつなの?」

 

「ドイツ代表候補生だ」

 

「フランス代表候補生だよ」

 

「やったね。凄いね――箒と一夏さんは?」

 

「俺と箒はまだどこの国の代表候補生でもないぜ。半分くらいは日本の代表候補生として扱われてるけど、厳密には決まってないしな。まぁ、そのうちどっかの代表候補生に選ばれると思う」

 

「へぇ、みんな見かけによらず大したものねー。じゃあ千冬もそうだったりするわけ?」

 

「織斑先生は日本の元国家代表でいらっしゃいますわ。代表候補生は誰しも、織斑先生のように国家代表に選ばれることを目標にしてますの」

 

「つまりここにいる全員、いずれは千冬みたいになっちゃうのか」

 

「みたいに、とはどういう意味だ」

 

 霊夢の放言を聞き咎めたのか、今まで沈黙を保っていた千冬が口を挟んでくる。いかにもびっくりした風を装って千冬の方へ向き直った霊夢、答えていわく、

 

「あら聞いてたの? 盗み聞きなんて感心しないわよ」

 

「わざと聞かせておいて、よくも平然としてそんな放言を吐けるものだな」

 

 呆れかえった声音で発せられた千冬の指摘を受けた霊夢は、何か言いたげに肩をひょいとすくめはしたものの、実際に反論するということはなかった。

 

 紹介者のマナーとして、紹介された者同士が互いに語るに任せていた千冬だったが、水を向けられたことを1つの区切りと見てか、互いの紹介は終わったな、とトークタイムの終了を宣言した。

ついで不公平がないようセシリアたちにも飲み物を――セシリアは紅茶、ラウラはスポーツ飲料、シャルロットはオレンジジュースを希望した――持たせると、自身も2杯目のコーヒーを手にしてから、今まで保留状態になっていた自身の話を再開する。

 

「さて。本題に戻ってこれからの展望について話そう。近くに来い」

 

 千冬に促され、セシリアたち3人が箒たちの方に歩み寄ってくる。それに併せて霊夢もまた千冬の側へ戻った。会合の発起人にあたる千冬から見て右前に箒と一夏、左前にセシリア、シャルロット、ラウラ。そして自身の真隣にオブザーバーの霊夢という位置関係になっている中、今後についての説明が千冬の口から語られ始める。

 

「今月末、2年生を対象にした競技会が開催されることはお前たちも当然知っているな」

 

 問いとするよりも確認に近いニュアンスで発せられた千冬の言葉に、霊夢も含め、その場にいる全員がそれぞれに肯定を返した。

 

 先天的才能評価の狙いがある1年生対象の競技会や、実戦能力を評価される3年生対象の競技会とは異なり、2年生を対象にした競技会は成長能力を確認するためのものである。いわば、鍛錬を怠っていないところをアピールする発表会程度の意味合いなので、企業のスカウトや国家機関関係者はもちろん列席するものの、他学年のそれと比べて、おおむね和やかな雰囲気で挙行される。

 

 そして1年生である箒たちにとって、会場警備の手伝いを命じられていることを除き、現状では特に接点のないイベントでもあった。だというのに、なぜ今その話題を出してきたのか? 一様に釈然としない面持ちをしている教え子たちを見渡した後で千冬、続けていわく、

 

「その競技会に私も参加し、デモンストレーションとしてISによる弾幕ごっこを披露する予定だ」

 

「きょ、競技会に千冬姉が参加ぁ? ……うーん……」

 

「先生と呼べ織斑。何か不服があるなら聞くが」

 

「いや不服って言うか、2年生を対象にした競技会に参加って自分のトシ考え」

 

「――どうした、なぜ途中で黙る? 聞いてやると言ったはずだ。思い残すことがないように最後まで言ってみろ」

 

「イ、イエ。ナナナナンデモナイデスヨ?」

 

 鋼の槍で串刺しにされるに等しい殺傷力を伴った千冬の視線に一夏は、そして無関係であるはずの箒たちも心の底から震え上がる。そんな、命の危険を感じる重々しい空気が漂う中にあって唯一破顔大笑していたのはやはりというか霊夢だった。体をくの字に折り曲げ、紙コップを持った手で千冬を指差し、もう片方の手で自身の大腿をばしばし叩いて笑い声を上げている。

 

「あははは! あは、うふふっ……ち、千冬、弟さんにも言われてやんの……あっははは……!!」

 

「……博麗、茶をこぼすな。きちんと床を拭いておけ」

 

「はいはーい――ああ笑った笑った。こんなに笑ったのなんて久し振りだわー」

 

 目尻に浮かんだ涙を拭った霊夢は忍び笑いを浮かべつつも、千冬の言いつけに素直に従った。袂から塵紙を取り出すとその場にかがみ込み、床に滴ったお茶の雫を拭き取ってみせる。

 

「な、なぁ箒、博麗さんってすげえな……千冬姉を指さして笑うとか……」

 

「むっ。あ、あんなのはただ怖い物知らずなだけだ。それより一夏お前、霊夢みたいに思ったことをすぐに口に出すその悪癖、治した方がいいのではないか? わ、私たちまで殺されるかと思ったぞ……」

 

 体を寄せ、ひそひそ耳打ちしてくる一夏。彼が心底から霊夢に感心していることを見て取り、どうにも面白くない箒は彼との距離感にどぎまぎしつつも、つい、尖った声音で言い返してしまう。箒としてはもう少し一夏少年の放言癖にクレームをつけたいところだったが、ちらと一瞥を向けてくる千冬に気が付き、慌てて居住まいを正した。

 

 ふん、と鼻を鳴らした千冬は一呼吸置いてさらに話を進める。

 

「まったく馬鹿者どもが。話の腰を折るな――で、だ。競技会の日に備えて現在私は博麗の協力のもとISの自主訓練を行っている。織斑と篠ノ之からはすでに同意を得ているが、望めるならばオルコット、デュノア、ボーデヴィッヒの3人にも手を貸してもらいたい。無理にとは言わんが、どうだろうか」

 

 かかる言葉と共に千冬から視線を向けられ、協力を求められたセシリアたちはめいめい顔を見合わせる。

 

 だが、待つと言うほどの間もなく最初に言葉を返したのは、これまたシャルロットであった。聡明なフランス人少女は、最終的には国の命令に従うしかありませんが、と申し訳程度に前置いたうえで、はっきりした口調でもって答えてみせる。

 

「あの弾幕ごっこをまた体験できるなら、願ったり叶ったりですよ! 私は喜んで協力します!」

 

「同感です。私は軍人ですので祖国ドイツへの忠誠義務があり、兵器以外でISが使われるところを

想像できませんが……きょ、教官と一緒に、教官の夢を追いかけたいです! そのためにISに再び乗るのだとおっしゃるなら、ぜひ、私にも手伝わせてください!」

 

「すまんなデュノア、ボーデヴィッヒ。2人とも恩に着るぞ」

 

「ふーん。シャルはともかくラウラ。あんただって私と千冬とで接する態度が全然違うじゃない」

 

「う、うるさい黙れ! こんなところで仕返しするなっ! いや、そんなことよりもお前、教官の名前を呼び捨てにするとは羨まし、じゃなくてどういうつもりだ!」

 

「あー?」

 

「ボーデヴィッヒも教官と呼ぶな。博麗も、いちいち突っかかるんじゃない――オルコット」

 

 またぞろじゃれ合いを始める霊夢とラウラを制したあと、難しい顔をして俯き、沈黙したままでいるセシリアへと声をかける千冬。呼びかけられたセシリアは一瞬だけ顔を上げて千冬を見はしたが、すぐに視線を落とし、目線を合わせないまま言い辛そうに話し始める。

 

「はい……弾幕ごっこにかける織斑先生の熱意はお察しいたしますが……ただわたくしのブルー・ティアーズは、BT兵器のデータをサンプリングすることを主目的にしておりますので……」

 

 いつだったかも本国に実弾兵器を要求したが、データ採集を優先するように、とすげなく却下された、とセシリアが愚痴をこぼしていたことを箒は覚えている。言葉を選んではいるが、今回もまた、祖国の方針ゆえに協力はできないということなのだろう。下手に動いて不興を買えば彼女のみならずオルコット家に累が及んでしまう。常にイギリスの思惑がついて回るセシリアの苦悩に箒も一定の理解を抱きはしたが、その融通の利かなさに少なからず落胆したのも事実であった。

 

 おそらくそれは千冬も同様だったろうが、そんな内心はちらとも見せない。あくまで静かな声音でもって、弾幕ごっこを体験するメリットについてのアサーションを始める千冬。

 

「むろん無理強いはせんさ。だがBT兵器を使うなと言っているわけではなく、逆に積極的に試してもらいたいくらいだ。それに同じ光学兵器にカテゴライズされる以上、弾幕に接することで従来の運用では得られんものを得られる可能性があるとは考えられないか」

 

「そこは確かに先生のおっしゃる通りですが……むぅ」

 

「また、はばかりながら私は元国家代表だ。そして一度は世界を征した身でもある。前に山田先生と対峙した際にオルコットも感じただろうが、格上の相手に挑むことは自分のポテンシャルを引き上げる大きな助けになる――将来有望な奴らには相応のレベルの訓練が必要だ、と私が考えていることは当時話したとおりだが」

 

「ええ、わたくしもそう考えますし、これが滅多にない機会だと存じてもおりますわ。ですが……やはり物事には優先順位というものもございます。ございますけれど……むうぅ」

 

「びーてぃーなんとかって、セシリアが使うレーザーのことでしょ? だったら、弾幕ごっこでも頻繁に使うわよ、レーザーって。避けようがないくらいに巨大なのとか、もの凄い複雑な軌道でへにょへにょ曲がるのを撃つ奴もいるし。私で真似できるかどうか保証しないけど、ちょっと試しに撃つぐらいならやってみてもいいわよ?」

 

「へにょへにょ曲がるって、ま、まさか偏向射撃ですか!? ――BTエネルギー高稼働率の状況下でしか使えない偏向射撃を常時使用できるところを間近に見られるならば、この上ないデータ収集になるでしょうけど……ただ、やはり個人的判断で勝手な真似は……むううぅ……」

 

「なあセシリア、俺からも頼む。無理のない範囲で良いし、イギリスから何か言われても俺がセシリアを守るから千冬姉に協力してもらえないか? 頼むよ、この通り!」

 

「い、一夏さんに守って――! ……うううぅっ。で、ですがわたくしはイギリスのっ……!」

 

「博麗も織斑も、無理を言ってオルコットを困らせるな。先にデュノアやボーデヴィッヒが言ったとおりオルコットもまた国の意向を受けて行動する代表候補生ゆえ、独断で出来ることには限りがあるのだぞ」

 

 拝む一夏、そして煩悶するセシリアの間に割って入るように取りなしてから、

 

「ところで博麗。弾幕ごっことはいかなるものだったかな」

 

 続けざまに、霊夢へと唐突な質問を投げかける千冬。

 

 まったく脈絡のないパスに霊夢はきょとんとしたがしかし、その短いセンテンスだけで、千冬が意図するところを彼女は即座に察したらしい。霊夢が読心術を心得ているのでないとすれば、まったく一夏に爪の垢でも煎じて飲ませたいほどの勘の良さであった。得たり顔で笑んだ霊夢、千冬を見ながら、そしてセシリアをちらちら見ながら答えていわく、

 

「美しく優雅に弾幕を張り、美しく華麗に弾幕を躱し、強さよりもむしろ美しさを競い合う、この世でもっとも知的かつ美しく、そして美しいゲームよ」

 

「う、美しさを競い合うゲームっ……美しさを……!?」

 

 熱に浮かされたように呟いたセシリアが、くらり、と体をよろめかせた。

 

 千冬から餌をちらつかされ、一夏から拝み倒され、そして霊夢にくすぐられたセシリアは眉根を寄せて俯くと、右拳で口元を隠すようなポーズを取り、ささやくような声量の英語で何事かをぶつぶつ独りごちながら考え込んでしまう。その面持ちは深刻そのものだが、フロアの一点をじっと見つめる青い瞳は、無垢な子供のようにきらきらした光を放っている。

 

 恐らく相当に激しく気持ちが揺れ動いているのだろうし、しかも、バランスが片側に偏った天秤のごとく、弾幕ごっこの方へ徐々に気持ちが傾いているのだろう。そのうえ千冬も霊夢もどんどん重りを乗せてくるとあっては、陥落はもはや時間の問題であるように思えて仕方がない。

 

 事実、セシリアは一旦断ってから舌の根も乾かないうちに、このように宣していた。

 

「し、し、仕方ありませんわねっ! その、美しさを競い合う、弾幕ごっこといいましたか? そんなゲームにこの美しいわたくしが加わらないのは画竜点睛を欠くというものですし? ここまで必要とされて応えない訳にもまいりませんし? 良いデータも蓄積できそうですし? いっ、一夏さんの顔も立てなければなりませんし? わたくしも協力いたしますわ!」

 

 セシリアが髪をかき上げてそう決意表明を発すると、かかる宣言を受けた一夏も歓喜の声を上げてガッツポーズを取ってみせる。

 

「よっしゃあ、さすがセシリアだ!」

 

「もう。仕方なくですわ仕方なく! ……それに、一夏さんに守ると言っていただいたから……」

 

「ん、何か言ったかセシリア?」

 

「いっ、いえいえいえいえ何も! わたくしは何も申しておりませんわよ!?」

 

 真っ赤になって狼狽するセシリアを不思議そうに見つめる一夏少年。そして彼ほどには耳が悪くない箒、そしてシャルロットとラウラは、ちゃっかり一夏の好感稼ぎをしたイギリス人少女の抜け駆けを快く思わなかったが、彼女の参入自体は歓迎するように、安堵の表情を浮かべている。その一方、いかにも「乗り気じゃないけど周りに言われたから仕方なく」という言動を繰り返していたセシリアは、うっとりした顔であらぬ方向を向いたまま、

 

「ああっ、弾幕ごっことはまさにわたくしのためにあるような決闘方法ですわね……」

 

 などと、胸の前で両手を組んだ恰好で呟いていたのだった。

 

 1年1組に籍を置く専用機持ちは、これにて全員が弾幕ごっこへの参加を決めたことになるが、一夏はともかく箒、シャルロット、ラウラにしてみれば、放っておいたら一曲歌い出しかねないほど陶然としているセシリアに対して、開いた口が塞がらない心持ちだったろう。

 

(ど、どこまでお調子者なんだこいつは……もう見てられるか!)

 

 思わずセシリアから顔を背けてしまう箒。そして彼女は視線を逸らした先で、仕掛け人である千冬と霊夢が小声で何事かを言い交わしていることに気がついた。

 

 何を話しているのか興味を覚えた箒が意識を2人の方へと向け、耳をそばだててみると、

 

 ――セシリアってちょろいのね

 

 ――思っていてもあまりストレートに言ってやるな

 

 ――結局千冬が予言したとおりになったじゃん。もし渋ってもおだてれば必ず乗ってくるって

 

 ――怖じ気づいたのかと挑発して煽る用意もしていたが、褒め殺しだけで十分だったようだ

 

 そんなやり取りが飛び込んできたため、唖然としてしまった。

 

 ドリーミーの園に旅立っているセシリアを含め、結局のところ、すべて千冬の思うがままに事を運ばれている! 先ほど以上に言葉を失って立ち尽くす箒だったが、そんな彼女と同じように千冬たちの密談を耳にしたのだろうシャルロットが慌てて千冬たちの話に割って入り、先に進めるよう促してきた。

 

「と、ところで織斑先生っ。さしあたって、私たちに何かお手伝いできることはありますか?」

 

「ん? ああ。現状はIS用弾幕装備の納品待ちなので出来ることも限られてくるが――そうだな。装備が到着した暁には、デュノアとボーデヴィッヒ、そしてオルコットに模擬戦形式で相手をしてもらう。私のクラスではお前たち3人が射撃技術にもっとも長じているからな」

 

「模擬戦で――ということは、世界初のIS同士による弾幕戦を、私たちが出来るんですね!?」

 

「きょ、教官にそこまで期待をかけてもらえるとは……生きてて良かった……」

 

「うふふふふ、さすがは織斑先生ですわっ! わたくしをお選びになるなんて実にお目が高い!」

 

 指名されたシャルロット、ラウラ、そして我に返ったセシリアの3人とも、いたく気を良くしたらしかった。セシリアは相変わらず最高にハイな状態であり、それはシャルロットも似たようなものだった。その中にあってラウラは、千冬個人を生神のごとく崇拝していることもあり、言葉少なく応じたものの直々に要請された感慨に打ち震えている。

 

 反面、選考から外される形になった箒と一夏の2人は千冬の判断の正しきを認めてはいたがしかし、嫉妬交じりのやるせなさが沸き立ってくることばかりはいかんとも出来なかった。

 

(……望めるならば私と一夏でまず千冬さんの力になりたかったが、それはそうだろうな……ISの実力を鑑みれば私だってあいつらを選ぶだろうし、妥当な人選だと思わなければ)

 

 冷水をぶっかけるに等しい宣言を発した千冬、そして喜色満面で浮き足立つクラスメートたちを正視できなくなった箒は顔を背けると、我知らず、きゅっと唇を噛みしめる。

 

 紅椿は刀をデバイスとした投射攻撃は出来るが、銃火器の武装は乏しい。それは白式も同様であり、しかも共にバススロットに空きがないため、千冬が話していた弾幕用装備をイコライザとして搭載することもできない。もっとも白式には荷電粒子砲があり、紅椿には出力可変型ブラスター・ライフルである穿千を使用できはするが、荷電粒子砲は発射即エネルギー切れと極論しても間違いでないほど燃費が悪く、穿千の方はあまりにも強力に過ぎるのだ。それより何より千を穿つという名称である兵器を千冬に向けて撃つのは、いくらなんでも縁起が悪い。かてて加えて、箒も一夏もIS操縦者としてはまだまだ未熟であり、とどめに接近戦主体のスタイルであるため、千冬が弾幕を避ける訓練をするにあたって、役に立てそうな分野がまるで見当たらなかった。

 

 セシリアたちに比して何も出来ない不甲斐なさに苛立つと同時に、やはり千冬の判断は正しいと箒は自分に言い聞かせる。

 

 それでも無念さは捨てきれず、もやもやしたものが胸中に募った。そして箒の隣にあって、拳を握りしめて悔しそうな面持ちでいる一夏も同じなのであろう。いや、彼は千冬の弟であるだけに、千冬の力になれないことに対して箒に増して忸怩たる思いを抱いていたようだった。いかにも承伏できない様子で唇をへの字に曲げていたし、実際、不満を露わにした声音でもって千冬に噛みついたのだ。

 

「千冬姉。俺と箒には何も出来ることはないのかよ?」

 

 先生と呼べ、と訂正しながら、欧州3人娘から箒たちの方へと顔を向ける千冬。

 

(……あっ)

 

 彼女はいつもと変わらないポーカーフェイスのままだった。少なくとも表面上は。だが箒は、昔から知っている女性の表情の向こう側に、よくぞ訊いてくれたと言わんばかりの気配が漂っているのを読み取っていた。

 

 確か前にも千冬がこんな顔をしていたような気がする。いつだったか、というのは考えるまでもなかった。つい30分ほど前に霊夢を紹介する間際に見せた、気分上々なときの千冬の顔だ。

 

 千冬はまた何か、衝撃的な発表をしようとしているのではないか?

 

 即座に看破した箒は内心で、何を言われてもいいように身構えた。そして自身の予測通り千冬が発言したことは箒に、そして一夏にとって極めてショックの大きい内容であったが、かかる発言はどうにも扱いに困るものだった。強いて、無理に無理強いしてでも言い表すならば、実に感情的に揺さぶりをかけてくるような内容とでもいうべきだろうか。そして予想外であったことのもうひとつは、教師としてではなく、いち個人としての織斑千冬という人物は、ここまで身びいきというか独断的な面があったのか、という発見である。

 

 この1時間にも満たない会合において、箒の中にある千冬についての人物評はすでに何度となく更新や修正がされてきたものだが、自分自身もそれに巻き込まれるという形で、箒は千冬の秘して知られざる部分をまざまざと見せつけられることになったのだ。

 




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