東方千夢劇 ~Infinite DANMAKU for Lotus Land.   作:かぶらや嚆矢

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一ノ壱・げに度し難きは、少女なりけり

「山田先生、全員揃っていますか」

 

 IS学園、午後1時――。昼休みが終わり、午後の講義開始を告げる本鈴が間もなく鳴ろうとしている時分。出席簿を手にグラウンドへやってきた織斑千冬が、彼女よりも先にその場にあって生徒たちの引率をしているはずの山田真耶にそう尋ねる。

 

 平均的な女声と比してやや低いが通りの良い声音に、驚かそうという意図や咎めるような気配はまったくなかった。それでもしかし出し抜けに背後から声を掛けられる形になった真耶はびくっと肩を跳ね上げると、恐る恐るといった様子で、実習授業を受けるべく集合した1年1組の生徒たちから千冬の方へと顔を向けた。

 

「わわっ! お、織斑先生!? ああああの、そのっ。みなさんそ、揃ってはいるんですが……」

 

 声の主が誰であるか見留めたところで再び仰天し、隠しようもないほど慌てふためきながら言葉を濁す真耶。ついで彼女は、グラウンドに集まっている女子生徒たちと千冬との間でオロオロと視線を往復させる。もともと実年齢よりも幼い顔立ちをした女性ではあるが、ビブラートがかったソプラノヴォイスといい、狼を前にした子犬のように怯える様といい、小柄な体格にフィットしていない大きめサイズの服装といい、まるっきり子供にしか見えなかった。

 そんな副担任のうろたえきった視線を追って教え子たちの方へ一瞥をくれた千冬は、なるほど、と低い声で独りごちる。

 

 ――でねー、昨日の放課後アットクルーズにみんなで行ったんだけどー……

 

 ――マジで!? うわー、それ私も見たかった!

 

 ――今日の実習も実戦訓練かなー。あー、織斑くんに手取り足取り教えてほしい!

 整列して授業の開始を待て、と真耶を介して伝えられたはずの千冬の指示は、遊びたい、話したい盛りの少女たちの数の暴力を前に完全に無視されたようであった。紺色のタンクトップとスパッツを組み合わせた形状のISスーツに身を包んだ少女たちは集合という体をなしてはいるが、整然という言葉にはほど遠く、仲の良い小グループ同士でめいめい集まって他愛のない話に興じている。確かに全員揃ってはいるようだが、同時に、千冬の到着に気付いていそうな者はほとんどいないと一見して分かった。

 

 それどころか、静かに並んでくださーい、と逼迫した声を上げ、少しでも注目を集めようとしてぴょんぴょん跳ねている真耶に注意を向ける者さえいない有様である。

 

 千冬は腕を組むと、どうしてくれようか、とばかりに小さく息を漏らした。

 

 学生という手合いは高い学費を納めて学校に通っているにも関わらず、なぜか勉強以外のことを学校でやりたがるものなのだ。それは普通の学校に通う生徒だろうと、このIS学園に通う生徒だろうと、そして、いずれは母国の期待を一身に背負うことになるであろう各国の代表候補生だろうとどうやら例外ではないようだった。

 

「珍しく集合時間前にいらしたと思えば……一夏さん、それは新手の宣戦布告か何かですの?」

 

「ただラウラと一緒に来ただけなんだが、なんでセシリアが怒ってるんだ?」

 

「一夏は私の嫁だ。夫婦が揃って来ることになんの問題もないだろう」

 

「――軟弱者め」

 

「みんなその辺にしておいたら? 織斑先生もう来てるよ……」

 

 織斑一夏と一緒にやってきたラウラ・ボーデヴィッヒの抜け駆けを責めるセシリア・オルコットと、一言だけぽつりと呟いた後は唇を引き結んだまま、双眸を吊り上げ恨めしそうに一夏を睨んでいる篠ノ之箒。その中にあって唯一シャルロット・デュノアだけは自分の立ち位置を守り、ラウラの方へと咎めるような眼差しをときおり向けながらも、整列姿勢を保っていた。

 

「あのこれは。ええと、そのですね織斑先生……」

 

「山田先生、連中と真面目に付き合っていては時間がいくらあっても足りませんよ」

 

 見ていて下さい。真耶を押しのけるようにして前へ出た千冬が、出席簿の角を自らの掌へと勢いよく叩き付けてみせる。

 

 パシン! と猛獣を制する鞭のような高い音が響き、少女たちの話し声が一時的に収まった。

 

「静かにしろ」

 

 ついで発せられた千冬の声は決して大きいものではなかったが、その一言で、寄せては返す波のごとく絶えることがなかった話し声はぴたりと止んだ。先ほどまでのかしましさとは一転した静寂が少女たちの間に充ち満ちる。

 

「並べ」

 

 はい、と返事をするや否や、少女たちは迅速に整列する。それと同時に、まるでこの瞬間を待ちわびていたかのように、午後の講義開始を告げるチャイムがグラウンドに鳴り響いた。

 

「はー……さすがです織斑先生」

 

 感じ入ったように声を上げる真耶。感心されても困りますと突き放すべきか、それとも、飛び跳ねていたせいでメガネが落ちかかっていますよと教えてやるべきか千冬は逡巡したが、結果としてどちらもせず、話を進めることにする。

 

「さて。諸君がこのIS学園へ入学し、それなりに月日が過ぎた。専用機持ちはもとより他の面々もそろそろISを動かすことにも慣れてきた頃だと思うが」

 

 千冬はそこでいったん言葉を切ると、整列した少女たちを鋭い目つきで見渡した。

 

「それに伴い、実習もより高度な実戦主体のものへとシフトしていく。すなわち座学と異なり常に事故と隣り合わせということだ。悲劇を起こしたくなければ、事に当たるに際して気を緩めるな。初心に返る意味で、いつか言った言葉をもう一度繰り返してやる。私や山田先生の言うことはよく聴き、よく理解しろ。意見、質問、反論の類いはいくらでも受け付けるが、我々教師からの指示を遂行しないこと、指示に背くことは認めん。今一度、各自で改めて牢記しておけ」

 

 強い語調でもって、真耶の引率に従わずおしゃべりに興じていたことを糾弾してみせる千冬。

 

 釘を刺された生徒たちの何人かは唇を尖らせて互いに顔を見合わせたり、ぺろっと舌を出してみせたりした。そんなバツの悪そうな生徒たちとは対照的に、我が意を得たり、と言わんばかりの様子でうんうんと頷いている真耶。また少しメガネがずり落ちたように感ぜられたが、千冬はそれを見なかったことにする。

 

「では実習に」

 

 改めて授業開始を宣言しようとした千冬だったが、不意にそこで言葉を飲み込んだ。そして氷刃のごとき怜悧な視線を、一瞬だけ、あらぬ方向へと向ける。

 

 だが、千冬の気配の豹変に気付いた者はほとんどいなかった。言葉尻は鋭いが立て板に水、滑舌麗しく講義中も朗々と言葉を紡ぎ、詰まることなど決してない千冬が言い淀んだことを珍しく思う者ばかりで、彼女の双眸が、教師としてあるまじき険しさの青光りを放ったことには誰も気付かなかった――ただ1人、かつて千冬の麾下にあって、軍人としての彼女を知っているラウラ・ボーデヴィッヒのみ除いて。

 

 こほん、と咳払いをした後で、千冬は何事もなかった風を装って言葉を続けた。

 

「失敬。ではこれより実習に入る。各自、ISの装着と起動。ツーマンセルで動作確認を行え。動作確認までの不明点は専用機持ちに訊き、それ以外の疑問点は山田先生に教えてもらうこと。以上」

 

 千冬の号令のもと、教え子たちが三々五々に動き始める。

 

 基本的には滞りなく2人組が組まれていくが、弟である一夏の周囲が騒がしい。どうせ、誰が彼のパートナーになるかでまたぞろ一悶着起こっているのだろう。普段であれば間に割って入り、聞き分けのない代表候補生どもに強権発動しているところだが、今日は少々勝手が違った。

 

 先ほど感じた何者かの気配について、確かめに行かなければならない。

 

「山田先生」

 

「はいすみません」

 

「何も責めてはいないのですが、まぁいいでしょう。突然ですが少し席を外します。その間、生徒たちの統率をお願いします」

 

「はいすみま――え、どこか行かれるんですか?」

 

「何か、感じたことのない不審な気配を感じました。騒ぎにしたくはないので確認してきます」

 

「ええぇっ!? ま、また所属不明のISが学園に侵入してきたとかだったらどうするんですか!? 危ないですよ、私もついて行きます!」

 

 決然とした面持ちでもって、豊満なバストの前で両拳を握りしめる真耶。気弱なところが目立つ彼女なりになけなしの勇気を振り絞っているのだろう。そんな真耶を少しの間しげしげと見つめた後で千冬、返していわく、

 

「ところで山田先生、メガネが落ちそうになっていますよ」

 

「へ? あ、あわわわ……!」

 

 わたわたとメガネを直す真耶に背を向けると、千冬は協力を申し出た後輩を置き去りにしてその場を離れ、気配を感じた方へ向かう――そんな、足早に遠ざかっていく千冬の背中を言葉なくじっと見送っていたラウラは、千冬の姿がある程度遠くまで離れたことを確認してから、パートナーとして強奪した一夏にささやきかけた。

 

「一夏、行くぞ」

 

「は? 行くってどこにだよ?」

 

「教官を尾行する」

 

「教官……千冬姉を尾行? ってあれ、千冬姉どこに行ったんだ?」

 

 きょろきょろと視線を巡らせ、姉の姿を探す一夏。目立つことをするな、と一夏の行動をたしなめたラウラ、声を潜めたまま続けていわく、

 

「一瞬、教官の目つきがあの頃に戻った――私たちの部隊で教鞭を執っていたときの教官の目だ。さっき1人でどこかへ向かうのを見た。何かあったのかもしれん。私たちも後を追うぞ」

 

「あ、ああ分かった。何が何だかよく分からんが……」

 

 一夏は釈然としない顔をしていたが、ラウラの様相から、何かが起こったのだということは理解したようだった。有事の際はともかく、平時はその鈍感さから唐変木・オブ・唐変木ズという不名誉きわまる呼称を与えられるほど勘が疎い彼としては、快挙と呼んでも差し支えないほどの察しの良さだったろう。そんな少年を伴ってラウラはクラスメートたちから離れ、千冬を追いかける。

 

 急ぎ足で駆け出していくラウラはかつての上官のことで頭が一杯になっていたため、自分たちもまた一部の生徒からじっと見られる側になっていることについては、まったく考えもしなかった。

 

 セシリアである。ラウラと一夏がグラウンドに現れた時を起点として、顔を突き合わせて何事か話をしていた時まで彼女はずっと面白くなさそうな面持ちでもって一夏たちを睨んでいたが、2人が連れ立ってどこかへ向かうのを見るに至り、これはまずいと表情を変えた。ついで慌てて辺りを見渡して、クラスメートの中から烏の濡れ羽色をしたポニーテールが似合う少女、篠ノ之箒の姿を探し当てると、 

 

「箒さん、箒さん!」

 

 と呼びかけながら手招きした。すると、呼び出しに気付いた箒が渋い顔をしながらやって来る。

 

「大仰に呼びつけるな。何か用があるなら自分から来ればいいだろう――どうかしたのか?」

 

「見てくださいあれ。ラウラさん、一夏さんを連れてどこかに行きますわよ」

 

「なんだと? あいつら、織斑先生の許可は受けてるのか?」

 

「それが、いつの間にか織斑先生もおられなくて……なんだか嫌な予感がひしひしと致しますわ。箒さん、わたくしたちもお二人を追いかけましょう」

 

「むぅ……出し抜けにそう言われてもな」

 

 箒は眉根を寄せ、腕を組んだ恰好で考え込む。そんな彼女がややあってから出した結論はいかにも優等生然とした模範解答であり、ということは、セシリアが期待していたものとは大きく異なる言葉だった。

 

「確かに気になるし付いて行きたいのは山々だが、今はまだ授業中だろう。無断で抜け出したことが織斑先生に知られてみろ。出席簿で頭をはたかれる程度では済まんぞ」

 

「そんな悠長なことを言ってる場合ですの!? 相手はラウラさんなんですよっ、一夏さんが人気のないところまで連れ込まれてラウラさんの毒牙にってきゃあああぁ箒さんわたくしも行きますから引きずらないでください! スーツが、スーツが伸びますめくれてしまいますっ!」

 

 一夏の貞操の危機についてまくし立てるセシリアにみなまで言わさず、彼女の奥襟をむんずとつかみ鬼の形相で一夏たちを追いかける箒。そんな女夜叉に連行される形になったセシリアは、襟を引っ張られることでお腹半ばまでめくれ上がってしまったISスーツの裾を必死に押さえ、じたばた暴れながら顔を真っ赤にして抗弁する。しかしセシリアの主張は聞き入れられず、あわれ電車道のごとき跡を残してずるずると引きずられていってしまった。

 箒は一夏の性根を叩き直すこと、セシリアはこれ以上の辱めを受けないようにすることと、二人とも周囲に気を回すだけの気持ちの余裕がなかったため、かかる寸劇をシャルロットが目を丸くして見つめていたことには気付くはずもなかった。

 

「みんな何やってるんだか……」

 

 呆れたように呟いたシャルロットは、前にラウラと一緒に鑑賞したスパゲッティウェスタンでこれと似たような場面を見たことを思い出していた。確かあれは、荒縄で縛られた正義の保安官が、馬に騎乗した悪のならず者に引きずり回される処刑シーンだったろうか?

 

 ISの展開に不慣れな生徒たちにレクチャーしつつ一夏周辺の動向をうかがっていたシャルロットは千冬に続いてラウラと一夏が離脱したことにはすでに気付いていたが、そのまま黙認していた。ただ一夏たちに続いて箒がセシリアを引っ張って慌ただしく退場していくのを見るに至り、静観するより行動に移した方が良いかもしれないという思いが胸中に沸き立ち始めていた。

 千冬がここを離れた理由は分からないが、他の面々が後を付けていった理由は推測できる。おおかたラウラが千冬を追いかけようと一夏に提案し、それを何かよろしくない勘違いをした箒ないしセシリアが妨害に向かった、といったところだろう。

 

 僕はどうしようかな、と、考えを巡らせるシャルロット。

 

 授業を放棄するのは気がひけるがしかし、自分のいないところで一夏がライバルたちに囲まれているのは面白くない。

 

 それに――これが一番肝心な部分だが、自分以外の代表候補生が離席したので何か起こったと類推し、自分もそれに従っただけだという理由付けは一応成立する。世間一般にはこれを言い訳とか屁理屈などと呼ぶが、そう判断したのもやむなしと聞き手に思わせるような内容であれば、詭弁であっても意外と抵抗なく受け入れられることをシャルロットは知っている。

 

「山田先生がここにいるし、いいよね。こっそりついてっちゃおっと」 

 

 シャルロットもまた他の代表候補生たちの暴走に便乗することにした。ごめんね山田先生。そう心の中でだけ詫びると、クラスメートの目を盗んでその場を離れ、友人たちの後を追いかける。

 とうとう1年1組が誇る専用機持ちはその全員が授業をサボタージュしてしまった。そんな、良くも悪くも耳目を集める連中の姿が見えなくなっていることに気付いた他のクラスメートたちが、ようやくにして騒ぎ始める。

 

「ね~みんな~。おりむーとかせっしーとか、いつの間にかいなくなっちゃってるよ~」

 

「ホントだ。ってあれ? 今いないのって、みんな専用機持ちのコだよね……」

 

「てか、いつの間にか千冬様もどっか行っちゃってるし――ひょっとして何かあったのかな?」

 

 ひとりが気付けば、自然、伝言ゲームを介して集団全体にそれが伝播する。織斑姉弟はじめ数人のクラスメートがいなくなったことへのリアクションは前述のそれに類似したものがほとんどだったが、その中には、姿が見えないのがいずれも織斑一夏争奪レースの先頭集団をひた走る少女たちと一夏本人であることに妄想を逞しくする不届き者も少なからずいた。

 

「狙いは授業中の誰もいない校舎裏または体育倉庫での禁断のひととき!? 破廉恥、破廉恥すぎるわ! これは何としてでも現場を押さえないと!」

 

「いけないわ一夏くん! 学校でなんて誰かが見てるかもしれないのよ! いや、少なくとも私は見る! 否、見たい! というよりっ、私の目にはもうっ、それしか見えてないっ!」

 

「しかも美少女4人のハーレムだなんて! ぐぬぬ。織斑一夏、恐ろしい子……! 4人もいるんだから私も混ざったってバレたりしないよね?」

 

「くくく……本当に織斑君の周りは目が離せない。今年の冬と来年の夏はこれでイケるわね……」

 

 普通に訝しむグループと、思春期特有の花咲き乱れる妄想に耽るグループ。思考の方向性はまったく違っていたが、五十歩百歩というべきか似た者同士というべきか、あるいは馬鹿が馬鹿を呼ぶとでもいうべきか? 野次馬根性丸出しという一点において結局のところどちらも大差ないということなのだろう。導き出した結論は、期せずして両者ともに同じものであった。

 

「私たちも行ってみよっか」

 

「さんせーい」

 

 かくてその場にいた女子生徒たちはひとつにまとまり、最後にエスケープしたシャルロットを追いかけてぞろぞろ動き出す。彼女たちはみな、使命感に燃えていた。ただし不意にいなくなったクラスメートたちを必ずしも心配しているという訳ではないし、隠された真実を解き明かそうという探求心によるものでもない。衝き動かされる理由はただひとつ、面白そうだからだ!

 

 そしてこの、どうあっても軌道修正不可能な段階にまで至ってようやく、織斑せんせーい、と、千冬を探してうろうろしていた真耶が事の異変に気付いた。

 

「……あら?」

 

 なんだろう、と真耶は当初、ぼんやりしたまま教え子たちの移動を見送っていたが、彼女たちが実習授業を放棄してどこかへ、恐らく千冬を探しに行こうとしていることを理解すると、そのきょとんとした顔をさっと青ざめさせ、慌てて静止を呼びかける。

 

「え。ちょ、ちょっ! 皆さんどこ行くんですか! まだ実習中ですよーっ!?」

 

 だが悲しいかな、妄想を炸裂させて先行しているグループ、面白いものを見たくてそれに追従するグループのどちらも、先ほど千冬に釘を刺されたことなどすっかり忘れてしまっているかのように真耶の制止にはまったく耳を貸さなかった。だいたいにして、ぺちゃくちゃとおしゃべりに興じていた時でさえも真耶の存在にまったく気付いていなかったというのに、断崖に向かって突き進むレミングスのごとく目標に向かって一丸となっている今、真耶の言葉に耳を貸して立ち止まらなければならない理由がどこにあろうか?

 結果、強制力を持たない真耶はグラウンドの一隅にぽつんと取り残される形になってしまう。

 

「あああ、みんな織斑先生に怒られちゃうよぅ……私もだけど……」

 

 あの見るからに痛そうな出席簿チョップを今度は私が食らうことになるかもしれない、とベソをかきながら教え子たちの後に付いていくしかない真耶だった。さながら、新天地を求めて大草原を疾駆するバッファロー群の後ろを、子羊がよたよた追いかけているような光景である。

 

 

                    *

 

 

 地面に叩き付けられる瞬間は、スキマに飲み込まれたときと同じくらい唐突に訪れた。

 

 高さにしてだいたい1メートルほど。落下した地面が柔らかい土だったことは幸運だったが、それでも、したたかに尻餅をついてしまったことには変わりない。地面に墜落した箇所から全身へとじわじわ拡散していく痛みというか熱を帯びた痺れに博麗霊夢は体を折り曲げ、食いしばった歯の間から、うぐぐと苦悶に充ち満ちた呻きを漏らす。

 

「い、痛ぁ……超いったい……」

 

 体をくの字に丸め、じんじんとした鈍い痛みがわだかまるお尻を撫でさする霊夢。

 

 まったくの不意打ちだったため相当に激しく打ち付けたらしく、ぎゅっと固く閉ざされた双眸の端には涙さえ浮かんでいた。ここで生尻を晒け出して患部の具合を確かめることは決して出来ないが、尻餅をついた箇所が真っ赤になっていることは見るまでもないだろう。お尻をさすり、揉み、気持ちを落ち着けるように息を深く吸っては吐いてを繰り返す。

 

 たっぷり10数秒ほどかけたあたりで痛みが消え――ることはなかったが、それでもなんとか我慢できるくらいには痛みが治まってきた。

 

 それと同時に、自分をこんな目に遭わせた主犯への怒りがふつふつとこみ上げてくる。

 

「――あんのスキマ妖怪!」

 

 空を仰いで吠える霊夢。

 

 まったく、何が鳥居の向こうまで行けば答えが見つかる、だ! まさか踏み出した一歩目に落とし穴よろしくスキマを仕掛けられているとは夢にも思わず、完全に意表を突かれてしまった。我に返るのがもっと早ければ、スキマに落とされるのは仕方ないにしても、空を飛ぶことで少なくとも地面に激突することぐらいは避けられただろう。しかし気が緩んでいた結果、このだだっ広い荒れ地相手に高々度のダイビングヒップドロップを繰り出す羽目になってしまった。

 

(博麗の巫女の勘も鈍ったかなぁ――いや、お酒を飲み過ぎてたせいね。そうに違いない。うん)

 

 ひょっとしたら紫は、最初からこうすることが狙いで酒を勧めてきたのではなかろうか?

 実際のところいかなる意図があったかはスキマ妖怪本人にしか分からないが、そんな思いが一瞬頭をよぎったのは、紫の普段からの行いが悪いせいであろう。

 

「……はぁ。久し振りにいい気持ちだったのに、すっかり酔いも覚めちゃったわ」

 

 息をついた霊夢は憮然として頭をかきかき、地面にへたり込んだまま改めて空を見上げてみる。

 

 ちぎれた綿菓子のような雲がところどころに漂うなか、一条の飛行機雲が、青く悠々たる天壌をまっすぐに縦断している。太陽の位置からして今は昼を少し過ぎた頃だろうか。炯々とした日差しは神社で感じたそれよりも少しだけ強く、そして空そのものも、どことなく遠く感ぜられた。肌に感じる風は春風と呼ぶには草木や土の匂いが濃く、秋風とするにはだいぶ湿り気を帯びている。正確な時期は定かでないが、少なくとも今の季節は春ではないようだ。

 

 ここが外の世界なのだろうか?

 

 霊夢は蒼穹を仰いでいた視線を足下に向け、ついで周囲をきょろきょろと見渡した。

 

 視界が開けた地面に、遠方に見える白亜の建物。あえて言うならば紅魔館に造りが似ていなくもない西洋風の館だが、紅魔館とは比較にならないほどに巨大である。また、かかる建物以外にも、優美なカーブを描く流線形の屋根を備えていたり、円柱や直方体を組み合わせた外観をしている建造物や、天に向かってそびえ立つ立錐形の尖塔もさらなる遠くに見て取れた。

 

 こんな建物など、どれも幻想郷では見たことがないし、存在すると聞いたことすらない。

 

 まだ確定材料に乏しい現時点でここが外の世界であると断定するのは早計だろうが、幻想郷ではないことは間違いないように思えた。

 

(一応ここが外の世界だと仮定すると、私が独りでどうこうしたところで幻想郷へは戻れないわけだし……さて、いったいどうしたものかしら)

 

 外の世界から幻想郷へ迷い込んできた外来人を外へと送り返すことは今までに何度かあったが、自分が外の世界から幻想郷へ入る方法となると、スキマ妖怪の力を借りる以外にはとんと思いつかない。

 

 地面に座り直し、ふむ、と霊夢は思案を巡らす。

 

 霊夢を知る者、そして霊夢が知る者などいるはずもない外の世界へひとり放り出された格好になるが、彼女はしかしまるで不安を感じていなかった。もともと呑気な性格だし、面白いもの好きの紫が自分の動向をチェックしていないはずがないという、煩わしさにも似た安心感を感じているという理由もある。ただ、それらよりもむしろ、未だ座り込んだままでいる霊夢の周りに散らばっている数々のツールによるところが大きかった。

 

 お祓い棒。陰陽玉。封魔針に博麗アミュレット。そしてスペルカード。

 

 異変解決屋としての霊夢の手中に常にあり、これまでに数え切れないほどの妖怪を退治してきた歴戦の装備である。宴会の席では手持ちから外していたはずのこれらの神具が今ここにあるのは、紫が気を利かせてスキマ送りにしてくれたのだろう。

 

「もうっ。ありがたいけど、気を遣ってくれるなら初めから変なことしなけりゃいいのに」

 

 照れ隠しにぼやきつつ、さっそく手近に落ちていたお祓い棒を拾い上げ、握り込んでみる霊夢。

 

 ぎゅ、ぎゅっとしなる音がするほどに強く握りしめれば、手になじんだ感触が、霊夢の気持ちを奮い立たせてくれる。

 

 今こうして幻想郷の外へと放逐されているということは、本来であれば異変を解決する側であるはずの自分が異変に巻き込まれているという証左だろう。しかしそれがどうした? 手元には完全武装のフルパワーモードと呼べるほどの準備があるし、ひりひり痛むお尻を除いて体は壮健、意気軒昂とくれば不安要素は何ひとつとしてない――否、異変なればこそ、逆に奮い立たなければならないのだ。異変を前にして二の足を踏んでいるようでは、博麗の巫女の名折れというものである。

 

 お祓い棒を携え、封魔針と博麗アミュレット、陰陽玉にスペルカードとひとまとめにして袖の中へ。意識を新たにするようにパンと膝を打ち、霊夢はようやくにして立ち上がった。

 

「さて! 異変と決まればグズグズしてられないわ。まずは適当にぶらついてみましょうか」

 

 決然として目的がないことを宣言する霊夢。だが、彼女はきわめて勘が鋭いうえ運がいい。思うままに彷徨し、気になるところへ立ち寄り、行く先々で現れる妖怪変化どもを手当たり次第に退治していくうちに異変の大元へと辿り着く。それがいつものパターンなのだ。さっそく気の向くまま勘の赴くまま空へ舞い上がろうとして瞑目する霊夢だったが、

 

「ここで何をしている」

 

 出し抜けに背後から声をかけられ、集中を切られてしまった。出発を先送りにした霊夢は双眸を開くと、体ごと後ろへ向き直ってみせる。

 

「む。さっそく現れたわね妖怪」

 

「いきなりずいぶんな言い草をしてくれたものだな」

 

 霊夢とやや距離を置いたところに女性が立っていた。長身にして痩躯、しかし出るべきところは出ているメリハリのある体型は、狼のような敏捷性と彫像のごとき美しさを見る者に印象づける。彼女が着ている上下同色の衣装は守矢神社の風祝が普段着に、そして極めてごくまれに紅魔館のメイド長や月人の姫も愛用しているという、確かジャージという名前の服だったか。秀麗だが硬質な顔立ち。刃物のように鋭いオーラ。隙のない身のこなし。霊夢と正対している女性はプロポーションは別としても、その怜悧な雰囲気は紅魔館のメイド長によく似ていた。強いて違いを挙げるならば手にした得物が銀のナイフではなく、何かの帳簿であることぐらいであろうか。

 だが顔見知りの少女といくら似通っていようともかかる女性――織斑千冬を、当然ながら霊夢は今まで見たことがない。

 うろんげな目つきでもって霊夢が千冬を眺めていると、千冬を追いかけてきたのかみな同じ服装をした年若い少女たちがぞろぞろやってくるが、刺し貫くような眼光でもって威圧的に霊夢を睨む千冬は、そちらへはみじんも関心を向けなかった。

 

「訊かれたことに答えろ。ここで何をしている」

 常人離れした迫力をまとったまま、よく通る声でもって千冬が再度問いかけてくる。それに対して霊夢、即座に返していわく、

 

「特には何も」

 

「どう見ても当学園の関係者ではないが、どこから来た」

 

「ここ以外のどこかかしら」

 

 外の人間に幻想郷と答えたところで理解できようはずもない。そう考えたから霊夢は挑むような口振りで答えたのだが、キャッチボールの球を場外ホームランで返すような彼女の放言はしかし、千冬に何の変化も及ぼさなかった。こういった感情を表に出さない手合いは幻想郷にはわずかしかおらず、それだけに何とないやりにくさを感じる霊夢であったが、それでも苦手意識を表情に出すようなことはせず、澄まし顔を保ったまま千冬からの圧力を受け流し続ける。

 

「ここは部外者が闇雲に足を踏み入れていい場所ではない。身元を明かして退去するならばよし。だが反抗的な言動が過ぎるようであれば規定に沿って排除させてもらう。その旨、先に警告だけはしておいてやる」

 

「よく分かんないけど、歓迎はされてないみたいね」

 

「では改めて訊こう――セキュリティに異常が発生した様子はないが、どうやってここまで来た」

 

「無理やり連れてこられたのよ」

 

「誰に」

 

「言っても分からないでしょうし、言わない方が良さそうだから言わない」

 

 とことん非協力的な霊夢の返答を受けた千冬は一切の反応を見せなかった。自身が得心できるような回答が来ることはまるで期待できないから、息をついたり、首を振ったりといった最低限のリアクションを起こすことすら無駄と判断したのだろう。彼女は冷厳とした迫力を保ったまま霊夢の方へと何歩か歩み寄ったが、その動作に反し、霊夢を問い質す声は突き放すような冷たさをさらに強めていた。

 

「不愉快なことに、最近は何かと当学園へ害を成す者の侵入が目につく。お前がそうだと今の時点では言わんが、そうでないとも言い切れん。もう少しゆっくり話を訊かせてもらおうか」

 

「嫌だって言ったら?」

 

「構わんよ。拒否したければ好きにしろ――ただし、私がそれを許すかどうかは別の話だがな」

 

 表情を変えないままでいる千冬の気配が一変した。

 

 出方をうかがうような警戒の雰囲気から明確な敵意に変わったことを受け、千冬の後方にあって固唾を呑んで事の推移を見守っている少女たちがざわざわと怖じ気づく。当事者たちより第三者の方が緊張するというのもおかしな話ではあるが、かくのごとき殺人的なプレッシャーの矢面に立たされている霊夢はあくまで泰然としていた。はん、と鼻で笑ってみせた霊夢、返していわく、

 

「あいにくだけど私は元いたところに早く帰りたいのよ。あんたなんかに関わってる暇はないの」

 

 顔面に白手袋を叩き付けるに等しい宣言を霊夢が発し、会話はそこで完全に決裂した。千冬を拒絶したこともそうだが、それより何より、ブリュンヒルデとして知らない者はいない織斑千冬を恐れ多くも「あんた」呼ばわりしたことに対し、後ろで聴いていた女子生徒たちは血の気が引く思いをしたことだろう。背中越しでも肌が粟立つほどに感じられる千冬の圧力に彼女の教え子たちは例外なく青ざめ、その中には、お願いだからもう挑発しないでとばかりに固く目を閉じて祈る少女もいるほどだった。

 

「それにはまったく同感だ。だが私の方は立場上、貴様に関わらん訳にはいかなくてな」

 

 ひっ、と女子生徒の1人が小さく悲鳴を上げる。

 

「警告はすでにした。悪く思うなとは言わんぞ」

 

 言うが早いか、動くが先か。千冬の右手が閃き、霊夢の頭めがけて大上段から出席簿が打ち下ろされる。

 

 教え子への指導とは一線を画す、相手を傷つけるための攻撃だったが、この時の霊夢による応撃は神速を極めていた。右足を引いて半身の姿勢を取ると同時に手にしていたお祓い棒を頭上で弧を描くよう横薙ぎに薙いで、目にも止まらぬ早さで繰り出された出席簿を逆に弾き飛ばしたのだ。

 

 不意を突いた一撃のつもりが完璧に返され、千冬の顔に驚いたような気配が微かによぎった。

 

 しかしその一方で、どうやら千冬を本気で警戒させてしまったようだった。霊夢はお祓い棒を薙いだ体勢から体を浮き上がらせると、半歩引いていた右足を鞭のようにしならせ、ボディから顎にかけてがら空きになったエリアめがけて昇天蹴――サマーソルトキックを放つ。居合抜きのごとき鋭さで放たれた蹴撃は確実に命中するタイミングだったし、たとえ爪先だけであっても当たりさえすれば体ごと吹っ飛ばせるほどに勢いづいていたが、千冬は霊夢の想像以上に早く、そして適切に回避行動を起こしていた。

 

 スウェーバックで昇天蹴をかわされ、霊夢の足が虚空を切り裂く。

 

「――あら」

 後方宙返りから着地した霊夢は、蹴り足がかすったのであろう前髪の一部が上向きに反り返っていることの他は無傷な千冬の顔を仰ぎ見て、意外そうな表情をしてみせた。

 

「信じられん身軽さだな。私を妖怪だのとぬかしていたが、貴様こそ本当に人間か疑わしいぞ」

 

「私は年中無休で人間よ……天狗になってるその鼻くらいは蹴っ飛ばしてやったはずなんだけど、まさか避けられるなんてね。誰かさんと同じく、時を止める程度の能力が使えたりするのか?」

 

 挑発し合うことで、互いの実力を称えてみせる千冬と霊夢。

 

 短い舌戦を挟んだのち、改めてお祓い棒を握り直した霊夢がやや前傾姿勢になって戦闘態勢を整えれば、それに呼応した千冬も両拳を作り、アップライトに身構えることでこれを迎え撃つ――かかる二人が繰り広げてみせた電光石火の攻防に、千冬の後ろで展開を見守っていた女子生徒たちはめいめいリアクションを起こしたが、それらは大別して3つのグループに分けられた。

 

 ひとつは攻撃し合った二人がどちらも無傷だったことにほっと胸を撫で下ろしている、山田真耶を筆頭にした大部分の女子生徒たち。もうひとつは、目を見張るほどに鮮やかなカウンターを繰り出したうえ、棒立ち状態から華麗な後方宙返りを放つという軽業をあっさりとやってのけた霊夢の身体能力に驚嘆した一夏、箒、セシリア、シャルロットといった高い実力を有する面々。最後に残るひとつは、非協力的な態度のうえに暴言を繰り返し、あろうことか尊敬してやまない千冬に危害まで加えようとした霊夢の振る舞いにとうとう堪忍袋の緒を切れさせたラウラ・ボーデヴィッヒである。

 

「貴様、教官に何をするかっ!」

 

 霊夢を排すべき敵と断じたラウラは一瞬でシュヴァルツェア・レーゲンを展開すると、側にいた一夏が制止する間もなく集団から飛び出し、千冬の脇を掠めるようにして霊夢へと躍りかかる。

 

「わっ!?」

 

 漆黒の塊が視界の端に映ったのと同時に言いようのない危険を感じた霊夢は、短く悲鳴を上げて後方へと飛びずさった。刹那、数瞬前まで霊夢が立っていた辺りに無数のワイヤーブレードが殺到し、グラウンドの地面を抉り取って幾重もの爪痕を付ける。

 

「ボーデヴィッヒ」

 

「教官、この小娘は敵です! 教官がこんな奴を褒めるなんて、私は認めません!」

 

 霊夢と千冬の間に割って入ったラウラは、訳が分からないながらも隙なく身構える霊夢を怒りに充ち満ちた双眸で睨み付けたまま、心底悔しそうに吐き捨てた。

 

 霊夢の専横ぶりに怒り心頭に発したのも間違いないが、何のことはない、滅多に人を褒めることのない千冬がどこの者とも知れないうろんな少女の身体能力を手放しで称賛したことが、ラウラにとって悔しくてたまらなかったのだ。

 

 燃え盛る嫉妬心を憎しみに転換したラウラは視野狭窄に陥っているせいか、相手が生身の人間であるにも関わらず、自身の専用機であるシュヴァルツェア・レーゲンを駆って攻撃を始める。さすがに大型レールカノンを用いるような真似はしなかったが、両肩と腰部ユニットから波状的にワイヤーブレードを繰り出して霊夢を攪乱し、プラズマブレードで制圧せんとして距離を詰めていく。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと危なっ! 何なのよこいつは!」

 

 避けられる攻撃は避け、無傷で避けられそうにない場合はお祓い棒で弾いて軌道をそらす。突然の強襲に面食らいながらも霊夢は危なげなく回避行動を取り、ラウラの猛攻をしばらく凌いでいたが、怒り狂って一切の容赦もなく攻撃を仕掛けてくるラウラの怒気に当てられたせいだろう、とうとう彼女もまた怒りを爆発させてしまった。

 

「ああもうっ、あったま来た! なんでこんな目に遭わなきゃいけないのよ!!」

 

 手にしていたお祓い棒を力任せに地面へ叩き付けなかっただけまだ冷静だったと言えなくもないが、火も吹かんばかりの剣幕でもって絶叫した霊夢は一度お祓い棒をなぎ払うことで迫り来るラウラを振り払うと、その身をふわりと浮かび上がらせた。

 

 地面からおよそ5、6メートルほどの高さまで逃れた霊夢はそこで滞空し、グラウンドを見下ろす。ISを装備している訳でもない普通の人間が宙に浮かんでいる光景に、千冬やラウラはじめ、霊夢を除いたその場にいる全員が言葉を失い、ぽかんとして空を仰いでいた。

 

「ど、どうなってるの……なんであのコISなしで空を飛んでるのよ!?」

 

「鳥~? それとも飛行機~? いやいやスーパー何とかさんかな~?」

 

 少女たちのどよめきもどこ吹く風とばかりに、霊夢は苛立たしげに頭をがしがしと掻く。

 

「ったく! こんなところに放り出された事といいあんたたちといい、せっかく気分よく飲んでたのにストレス溜まる事ばっかり起こるから、いい加減イライラしてたのよ!」

 

 そう吐き捨てた霊夢は、彼女の眼下にあって動きを止め、魂の抜けたような顔で霊夢を見上げているラウラにお祓い棒の先をぴしっと突き付けて宣言した。

 

「私が敵だって言うんなら相手になってあげようじゃない! 仕組みは分からないけど、さっきみたいな感じで空を飛べるんでしょ? さっさとここまで来なさいよ! こっちもあんたで憂さ晴らしさせてもらうわ!」

 

 高いところから見下ろし、ふふんと鼻で笑う仕草をしてみせる霊夢。その挑発に、ラウラはいよいよ自制の限界を迎えたらしかった。これまでの激情が波が引くように収まっていき、代わりに、冷え切った殺意が心根を浸食していく。

 

「図に乗るなよ小娘が……命に障らない程度に力の差を見せてやろうと手加減してやったことにも気がつかんとはな……」

 

 底冷えするような声で呟いたラウラは霊夢のアジテーションに応じ、宙へと浮かび上がった。

 

 千冬が制止する声が耳に入ってきたが、もはや心には届かない。それよりも眼前の敵が泣き叫ぶ悲鳴を、憐憫を求める無様な命乞いを、越えようがない戦力差に絶望して自らの無力を恨む呪詛を聞かないことには、この冷たく激しい衝動は収まりそうになかった。

 

「逃げずに来たわね。それにしてもずいぶん大仰なものを背負ってるけど、そんな格好して満足に動けるの?」

 

「貴様に気を遣われる筋合いはない」

 

 相対するなり放たれた霊夢の言葉を両断するように答えたラウラが、ヴォーダン・オージェを開放する。ユニットから射出されたワイヤーブレードが、獲物に襲いかからんとする毒蛇が舌なめずりをするように蠢く。両手のプラズマブレードは初めから出力全開であった。

 

「覚悟はいいな。教官の前で私を侮辱した罪、その命で償ってもらうぞ」

 

「あっそ。ま、こっちは生身だしー。そんな物騒なものとの接近戦なんか御免被るわ」

 

 軽く応じた霊夢は空いた右手を自らの袖の中へと差し込むと、博麗アミュレットと封魔針と陰陽玉、そしてスペルカードを取り出してみせる。ついで不敵に笑みながら自身の口上を結んだ。いわく、

 

「――2枚よ。人間相手にスペルカードを使うのは気が引けるから少なめにしてあげるけど、人間以外っぽい装備してるし、喧嘩を売ってきたのはあんたの方だから、いいわよね?」




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