東方千夢劇 ~Infinite DANMAKU for Lotus Land.   作:かぶらや嚆矢

19 / 31
二ノ玖・

「なっ……!?」

 

「はぁっ!? ISに乗るってち、千冬姉が!? マジで!?」

 

 絶句する箒と裏返った奇声で訊き返す一夏。口をつけたばかりの紙コップをうっかり取り落としかねないその驚きようは、千冬の傍らに立っている霊夢が思わずビクッと身を竦めてしまうほどに激しいものだったが、青天の霹靂というに値する衝撃の告白をした千冬に、動揺した様子はない。ふぅ、と思わせぶりに息をついた千冬、半眼で一夏を見やりながら静かな声で答えていわく、

 

「何を聞いていた一夏。私が、とはっきり明言したはずだが」

 

「い、いやでもそれにしたって……ていうか普段通り過ぎだろ千冬姉! んな重大発表を、昨日もカレーだったが今日もカレーを食べることにした、みたいなテンションで言われても!」

 

「千冬の弟さん、面白いね」

 

「面目ない」

 

 うろたえきった一夏少年の指摘にも、くすくす笑って発せられた霊夢の指摘にも、千冬はやはり動じた様子を見せない。せいぜい、皮肉とも好感ともつかない霊夢の言葉を受けて小さく肩をすくめてみせることで、恥じ入ったのであろう仕草をわずかに見せた程度だった。すべては予想通りのリアクションなのだろう。そんな超然とした態度を貫く千冬のおかげで、箒もいくらか冷静さを取り戻すことができ、質問内容をある程度は集約することもできた。気持ちを落ち着けるように一度だけ深呼吸をした後で、いまだ軽妙なやり取りを続けている千冬と霊夢の間に割って入るようにして箒が言葉を発する。

 

「あの――お訊きしてもよろしいでしょうか織斑先生?」

 

「今はかしこまった呼び方をする必要はないぞ箒。ここにいるのは身内ばかりだ」

 

「身内……」

 

 箒はちらと霊夢を見、ついで千冬を見た。

 その流し目が意図するところは千冬に――あるいは霊夢にも――伝わったろうが、訂正や補注といったレスポンスが返ってくることはなかった。そのため箒は霊夢の存在についてはある程度割り切ったうえで、改めて尋ねる。いわく、

 

「一夏の冗談はともかく、どうして急にISに乗るだなんて……ひょっとしてそこにいる、博麗霊夢が何か関係しているのですか?」

 

「うん? そりゃ関係大ありよ。いま私が千冬に弾幕ごっこを教えてるし、ゆくゆくはあいえすで弾幕ごっこをしたいって千冬も考えてるみたいよ」

 

 千冬に発したはずの質問に答えたのは霊夢だった。

 箒と一夏にしてみれば、もはや何をか言わんやといったところだろう。一夏少年はともかくとして、冷静さを取り戻したつもりでいた箒は「ISで弾幕ごっこをする」という情報を新たに提示され、狐につままれたような表情でもって、またもや機能停止に陥ってしまう。

 霊夢の出現、千冬の告白、そして霊夢が語った千冬の目的。何が驚愕に値するかと問われれば、どこを取っても「つまりはそれ」と言えてしまう。かてて加えて、千冬も霊夢も「何を」したか、しているのかについては言及している一方で、その説明からは肝心要の部分が完全に抜け落ちていた。すなわち「なぜ」そうしたか、そうしているのかという動機の部分だ。動機が分からないまま行動について理解しようとしても、かえって混乱をきたすばかりである。一夏は狼狽を露わにして千冬と霊夢を何度も忙しなく見比べ、あーとかうーとか呻き声を漏らしているし、箒もまた大いに惑乱しつつ何とか現状を把握しようと考えを巡らせているが、思考回路はフル加速で空回りするばかりで、まともな意味を成すセンテンスが頭の中に思い浮かばない。

 

「驚いているようだな」

 

「あ、当たり前ですよ! いったい何が、何がどうしてそういう話になったんですか!?」

 

 噛みつくように発せられた箒の問い質しは、奇しくも混乱のピークにあった一夏が発したものと同じ内容だった。微苦笑しつつも、千冬はようやくにして段階を踏んだ説明を始める。

 彼女がチョイスした第一の話題は、そもそもの始まりの部分――霊夢がIS学園に現れた日、グラウンドの一角で千冬と霊夢が交わした会話の概要であった。

 どことも知れない場所から、誰とも知れない者に連れてこられた霊夢が、迎えが来るまでIS学園に逗留する決定をしたこと。その見返りとして霊夢は千冬に弾幕ごっこなる決闘方法を教授すること。そして先日このアリーナ内を封鎖して行われた測定において、ISによる弾幕の再現は可能だと倉持技研から太鼓判を押され、実現に向けて動き始めていること。 そして最後に、ISを用いた戦闘は兵器ではなく、弾幕ごっこをベースにしたものへと変えていきたいこと。

 これらについて説明する千冬の口調は淡々と、そして訥々としており、何度も繰り返し練習したスピーチのように洗練された印象すらあった。それらを伝えた後、千冬は第二の話題にして根幹の部分――なぜIS同士の戦闘に弾幕ごっこを取り入れようと考えたのか、という動機について語り始めるが、つらつら紡がれていた千冬の口上は、そこで急に歯切れが悪くなった。

「……さて。理由についてはどう説明しようか……」

 

 言い淀んで視線をさまよわせる千冬に、箒も一夏も怪訝な顔をする。

(話しにくいことを話そうとしているのか、それとも……)

 

 霊夢には打ち明けた話を、彼女ほどには信頼を得ていない私たちには出来ないのだろうか。

 人気のないエントランスホールに、奇妙な沈黙が落ちる。身内だけの打ち明け話と言われて箒は緊張を解いていたが、言葉を選ぶような千冬の仕草に、先ほどまで身近にあった千冬との距離感がまた少し遠ざかったように箒には感ぜられた。こちらとしては千冬が何を考えているかもっと知りたいし、心の準備も――受け入れるか否かは別にして――出来ている。だというのに肝心の千冬の方が、腹を割って話してくれない。

 それが寂しいのか腹立たしいのか、自身が抱いている感情もはっきり分からないまま箒は何かに急かされるように口を開きかけたが、しかし、喉元まで出かかった思いを実際に言葉にすることは出来なかった。

 いつになっても話し始めない千冬をもどかしく思ったからでもなかろうが、今まで沈黙を守っていた霊夢が、前置きどころか結論を先にばらしてしまったからである。

「千冬はね。あなたたち教え子さんに、昔の自分みたいになってほしくないんだって」

 

「おい!」

 

「いいじゃない。身内相手に隠し事してどうするのよ」

 

 要点だけを端的にいい、心情や葛藤などは重視しない。箒も決してヒューマンリレーションシップに秀でたタイプではないが、霊夢のそれは、ほとんどがさつと呼んで差し支えないものだった。ただし今回においては、それが良い方へと作用したようである。あっけらかんと言葉を返す霊夢にやりこめられた千冬が返す言葉に窮してしまったのは、結局のところ霊夢の指摘が正鵠を射ていたからであろう。

 

「打ち明けにくいんだったら、私が代わりに話そうか?」

 

「いや――配慮は有り難いが、これは私の口から言わなければならんことだ」

 

 気遣わしげに発せられた霊夢の申し出を辞退した千冬は箒と一夏の方へ視線を戻し、ようやくにして話し始める。

 

「……理由は、贖罪だ。一言で言い表すとするならば」

 

 食材? 日常会話ではまず聞かない単語が耳に飛び込んできたことで、箒も一夏も、つい意味を取り違えて妙な顔をした。ただ、かかる語を口にした千冬は真剣そのものであり、霊夢もまた真面目な面持ちをしていたため、2人は慌てて居住まいを正す。

 

「あの千冬さん、ショクザイというのは……」

 

「罪滅ぼし、と言えばいいのかな――そう。現状の、ISが兵器として扱われ、年端もいかん少女の多くに武器を持たせる風潮を作ったことに対する罪滅ぼしだ」

 

「罪滅ぼしって、何でだよ! 千冬姉が何か悪いことしたってわけじゃねえだろ!」

 

「したんだよ。現実に」

 

 エントランス全体に響くほどの大きさで発せられた一夏の怒声はしかし、ぽつりと囁く程度の声量しかなかった千冬の呟きによって、完全に隅へと追いやられた。

 返す刀で切り捨てられた一夏は言葉に詰まって一瞬たじろいだが、それでも千冬の言葉には到底納得できないようだった。ほとんど睨むようにして千冬を正面から見据えており、対する千冬は、感情を剥き出しにして猛る弟を、腕組みをした恰好で静かに見つめている。その傍らにあって、ただハラハラしながら趨勢を見守ることの他に箒は何もできなかった。何か――言葉で説明するのは難しいが、千冬は何か、極めて重要なことを告白しようとしているのではないか? 

 箒は呼吸をするのも忘れたように緊張して全神経を耳に集中させていたが、その一方で、冷たい緑茶で満たされたコップを握る掌がじっとりと汗ばんでいるのを、はっきりと自覚していた。

「今のISの使われ方はどうだ? 各国が戦力としてのISを確保しつつ、互いに交戦状態に陥らないよう牽制し続けている。まるで核戦略じゃないか。そのうえ操縦する人間の意思が介在する余地があるから、核兵器より気軽に扱える。そのくせ一度どこかで綻びが生じれば、容易に全世界規模で全面戦争に発展する危険性も孕んでいる」

 

「で、でもそれは……あの白騎士事件がきっかけで……千冬姉とは何のか、関係も……」

 

「その白騎士の正体が、他でもない私なんだよ」

 

「……っ!」

 

 一夏はとうとう言葉を失ってしまう。 はっきり言えば、もしかしたらそうなのではないかという推測は以前から箒の中にあり、恐らく一夏の中にもあり、そして世界中の誰もが、アンタッチャブルな公然の秘密として認識していることだろう。しかし、やはり面と向かって告白されたショックは大きかった。はっきり宣言した千冬を、信じられない物を見たような目で見つめる一夏の顔からは血の気が失せており、紙コップを持つ手も小刻みに震えているようだった。かくいう箒も思わず、立ちくらみにも似た平衡感覚の喪失を覚えたものである。

 また、平静でなかったのは、千冬も同様だった。当時の私は何をとち狂っていたのだろうな、と苦く笑った彼女の表情は、これまでに見たこともないほど弱々しかった。

「お前たちのように望まないままISに乗せられた連中や、他にもどれほど多くの人間が人生を変えさせられたか考えると、正直言って今でも胸が苦しくなる。だが彼女たちの前で跪いて許しを請う前に、私にはやらないといけないことがある」

 

 だが弱さを見せたのは一瞬のことで、コーヒーに口をつけて間を取った後、再び語り始める頃には千冬は普段の超然とした態度を取り戻していた。

 

「『友人』いわく、自分がしでかした不始末の責任は自分で受け持つのが分別ある大人なのだそうだ。ISを兵器としての運用方法から少しでも遠ざけることで、私に――白騎士に感化されたせいでISに取り憑かれた連中を少しでも危険に晒さないようしてやりたい。そのために」

 

 千冬は言葉を切り、自身の傍らに立つ霊夢の肩に手をかける。

「互いに傷つけ合うことなく勝負を決することが出来る決闘方法、弾幕ごっこを知る霊夢に協力を仰いだわけだ。ISを装備した状態ならば弾幕ごっこに危険がないことは身をもって体験したからな……私はな。ISが原因で誰かが何かを失うような悲劇が起きるところを、もう見たくないんだ」

 

 わずかに視線を落とし、千冬は小さな声で呟いて自身の言を締めくくった。 彼女の弁は先までの流麗なものとは異なり、ところどころ詰まったり言い淀んだりとたどたどしいものだったが、それだけに、本心を偽らずに打ち明けているのだろうことが察せられた。

 

 だからこそ箒にとっては千冬の心痛が、我が事のように感ぜられたものである。

 なんとなれば箒もまたISによって――いや、それでは他人事に過ぎるだろう。ISの性能に魅せられた自分の増上慢によって何よりも大切な物を失いかけたことがあり、その恐怖と喪失感は骨身に染みて実感していたからだ。

 自分を庇い、抱きしめていた腕が力なくだらりと垂れ下がった時に感じた喪失感。墜落していく寸前に一瞬だけ目が合った少年の、死を受け入れたような静かな双眸。白い装甲を破砕する金属音と、我知らず口をついて出ていた悲鳴。そして、笑顔を見せなくなった少年の顔を見つめながら、

ISに二度と乗らないと心が折れていたときの絶望。関係者たちの間では銀の福音事件という名称で語られる作戦の遂行中に起きた、思い出すだけで胸が悪くなるが、しかし決して忘れられない光景が箒の脳裏によぎる。

(そうだ。もうあんな――臨海学校の時みたいな思いは二度と味わいたくないし、叶うのであれば他の誰にも味わってほしくない)

 

 特に自分が心を寄せる相手には。

 傍らに立つ一夏を、ちらり、と横目で盗み見る箒。

 箒と同じく困惑を濃く浮かべた面持ちで千冬を見返していた一夏だったが、なぜにこういう時だけ勘が働くのか、横合いから視線を注がれていることに気付いた彼はいきなり箒の方へと顔を向ける。慌てて顔を背けた箒だったが、一瞬、ほんの一瞬だが確実に目が合ってしまった。

 変に思われなかっただろうか、と、どぎまぎしながらも箒は不安になるがしかし、そこは恋に恋する乙女らしく、自分に都合のいいように解釈することで精神の均衡を保つ回路が、自然に機能していた。

(ひょっとしたら、い、一夏も私と同じ思いで、大切な人を失いたくないと思ってくれたのだろうか。それは、それは私が一夏にとって、たた大切な存在だから……!?)

 

 この第6小アリーナへ呼ばれてからというものの立て続けにショックを受け続け、息つく間もなく精神的に振り回されていたが、こういう快い動揺は大歓迎である。ひとり妄想を逞しくする箒に気付いているのかいないのか、千冬は箒にちらと一瞥をくれはしたが、彼女の変調については何も言及しなかった。その代わりに一夏、と呼びかける。難しい顔をしてうつむき、何やら考え込んでいた一夏がはっと顔を上げ、それを確認した千冬が再び話し始めたため、箒も慌てて意識を改めた。

「許せないか? 白騎士の正体が私であったことが」

 

「い、いや許すとか許さないっていうか、正直ショックでまだ頭が働かなくて……悪い、何て言えばいいのかよく分からない」

 

「そうか――ふふ、ここで許さないと言ってもらえれば多少は救われたのだがな。お前たちは本来ならISとは無関係でいられたのだから、一夏と箒には私を糾弾する権利があるんだぞ?」

 

 何らかの罪を犯した人間が自身の罪を心底から悔いた場合、相応の罰を与えられない方がむしろ辛いこともある。例えば自分の過ちで誰かが傷つき、それを責められなかった場合などだ。それを知る箒だったがしかし、一夏と同じく、自虐的に笑う千冬のことを断罪する気にはどうしてもなれなかった。

 IS自体やそれを取り巻く環境に対して良い感情を持ってはいないが、罪を憎んで人を憎まずというものか、箒としては千冬に嫌悪感は抱いていない。むしろISを介して一夏と再会できたことを、複雑ではあるが感謝してさえいる。

「千冬姉らしくねえよ、そういう弱気なのは。こうして千冬姉や箒たちとまた会えたし、少なくとも俺はISに関われて良かったと思ってるぜ」

 

「少なくとも、とはどういう意味だ一夏。私だって同じ思いでいるんだぞ」

 

「あ、悪い。俺はそう思ってたんだけど箒はどうなのかなって」

 

 そう詫びる一夏に箒はがっくりと肩を落とす。この分では唐変木・オブ・唐変木ズの汚名返上と相成る日はまだまだ遠そうだ。

 

「その恩返しとかいう訳じゃないけど、千冬姉がISで弾幕だっけ? そいつを普及させたいっていうなら俺は協力するよ」

 

「私もです。出来ることは少ないかもしれませんが、それでも千冬さんの力になれるのでしたら」

 

「助かる」

 

 快く協力を申し出た一夏と箒の2人に、千冬が会釈をするように頭を下げた。

 まさか千冬が頭を下げるとは思って折らず目を丸くした一夏は、いつもよりやや早口の、ぶっきらぼうな口調でもって言葉を続ける。いわく、

 

「今までずっと千冬姉に守られてきてばっかりだったからな。今度こそは俺が千冬姉と、千冬姉の名前を守る番だ」

 

 そっぽを向き、照れたように呟く一夏。

 かかる告白に、ああ、と応じた千冬、返していわく、

「いつだったかもお前は同じ事を言っていたな。何を生意気なと思いもしたが……ふっ、身内しかいない今だから白状も出来るが、お前の成長が見られたことは素直に嬉しかったぞ」

 

 そう千冬が一夏を褒めると、一夏は頬をかきかき照れ笑いを浮かべたものである。一方、姉弟のそんなやり取りを憮然として見ていたのは箒である。私は守りたい存在ではないのか!? 妬み全開といった面持ちで箒は一夏を睨みつけていたが、ぎょっとしている霊夢の他は誰も箒のジェラシーに気付いていないようだった。

 

「ISで弾幕ごっこを浸透させるのは簡単ではないだろうが、ここから先は私たちで3人4脚だ。頼りにしている」

 

「私は?」

 

「お前は先導役だ」

 

「むう――納得いかないわ。なんか、私一人アウェイな気分」

 

 ふて腐れた霊夢が膨れっ面をしてみせたところで、一連の告白は終わったようだった。手にしていたコーヒーに口をつけ、腕時計に視線を落としたところで、身内同士の気の置けないひとときの終了を宣言する千冬。

 

「話したいことや話さなければならないことはまだあるが、残念ながら時間切れだ。まもなくオルコットたちが来る。今後についての説明の続きは、全員揃ってから始めよう――それにしても、ずいぶんと話が脱線してしまったな。ここまで打ち明けるつもりは今はまだなかったのだが……ただ、長年の胸のつかえが取れた気分だ」

 

「私のおかげね」

 

「お前のせいだ。まったく、余計なことを言いおって馬鹿者が」

 

「あわわわわやめてやめて揺らさないで」

 

 得意げな顔をする霊夢の頭に手を乗せ、かいぐるように前後へ揺らしてみせる千冬。 ぐわんぐわんと揺さぶられ、手にしたお茶がこぼれないように抑えつつ歪んだ声で悲鳴を上げる霊夢に苦笑を誘われながらも、箒は、このどこから来たかもしれない少女の影響を受けて千冬が変わったことをはっきりと感じていた。

 

(というより、素の千冬さんに近付いているというべきだろうか)

 

 愚痴をぼやくことが多く、実はズボラ。ぶっきらぼうなくせにあれこれ考える。箒は一夏を介してプライベートな時の千冬がどういうものか聞き及んでおり、この時の千冬はまさにそのイメージ通りの姿だった。

 

 かつて千冬は自身を「作業オイルを飲む物体」と表現し、公的なシーンではその通りの印象がある千冬だったが、今見ているそれは昔の、憎めない姉貴分そのものの姿だった。

 

 直後、千冬が予告したとおりにセシリアたちが第6小アリーナへ到着したのだろう。出し抜けにぷしゅっという気の抜けた音が背後から聞こえてきた。音に反応した千冬と霊夢は顔を上げただけだったが、彼女たちと向き合っている箒と一夏が音の原因を確かめるためには、後方へと向き直る必要があった。

 申し合わせたように同じタイミングで振り返る箒と一夏。

「あら箒さん? それに一夏さん……」

 

 場違いなほどに軽い音は、アリーナと外を隔てるゲートが開いた際の排気音だった。認証チェックをクリアしてエントランスへと入場してきたセシリア、シャルロット、ラウラもまた箒たちの姿を見留めたようで、先頭に立っていたセシリアが目を丸くして箒に尋ねてくる。

「それに、お、織斑先生も……ひょっとして、今までここで話をされてたんですか?」

 

 おっかなびっくり尋ねるセシリアは、いかにも心の準備が出来ていない様子で視線をさまよわせる。そしてそれは残る2人も同じだった。シャルロットとラウラのどちらも決して明るいとは言えない表情で箒と一夏、そして千冬とを見比べている。箒はそんな、職員室に呼び出された子供みたいに居心地が悪そうにしているセシリアたちを見て、自分もこんな不安げだったのかと微苦笑したものである。

 それと同時に、霊夢の姿を目撃した3人がどんなリアクションを見せるか楽しみにもなった。

「まぁ、すぐに済む用件だ。そう硬くなるな」

 

 箒たちに胸の内を吐露していた時とは異なる、いつものような事務的なトーンでもって、千冬がセシリアたちにそう断りを入れてみせる。ここから先はプライベートな話ではないため、千冬姉だとか千冬さんと呼んだら何らかの制裁を受けることになるのだろう。そう認識を改める箒をよそに千冬、続けていわく、

「今日こうして集めたのは顔合わせの場を設けるためだ。何か詰問したり糾弾するためではない」

 

「顔合わせの場……ですか?」

 

 そうオウム返しに尋ねたのはシャルロットである。こういった非公式な形で引き合わせたい人間がどこかにいるのだろうか? 形のよい眉を寄せてエントランスホールを一望したシャルロットに代わり、ラウラが言葉を引き継いで千冬に尋ねてみせる。

「お言葉ですが教官」

 

「織斑先生だ」

 

「失礼しました――織斑先生。ここには私たちを除いた人間の姿は確認できませんが」

 

「いるよ! 悪かったわねっ、背がちっちゃいせいで見えなくて!」

 

 ヒステリックな女声が響いたとき、3人は明らかに虚を突かれたようだった。びくっと身を固くして――ラウラなどは隠し持っている暗器に手が伸びかけていた――声がした方、すなわち箒の方を見やる。この時点でセシリアたちは目を丸くしていたが、ちょっと通してくれる? と促された箒が道を譲り、霊夢が3人の前へとその姿を現した際にセシリアたちが見せたリアクションは特に記しておくべきだろう。セシリアは悲鳴を飲み込むように口元を両手で押さえ一歩後じさり、逆にシャルロットは驚きと喜びがない交ぜになった表情で目を瞬かせ、意識してか無意識のものか、ぐぐっと前に身を乗り出していた。ラウラは訝しげに瞳を細めたあと、目をこすったりアイパッチを直したりして自分の目の前にいる者が見間違いでないか確かめようとしている。

 

「まったくもう。どいつもこいつも妖怪を見るような目で見て……私ってそんな珍しいのかしら」

 それらを目にした霊夢は嘆息すると、やれやれといった調子で苦笑したものだった。

 




ご意見ご感想、誤字脱字のご指摘等々お待ちしております

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。