東方千夢劇 ~Infinite DANMAKU for Lotus Land.   作:かぶらや嚆矢

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二ノ肆・

 こいつは何かやってくれそうだ、という期待を周囲に抱かせる人間というものがいる。

 

 織斑千冬の目から見て、彼女の実弟にあたる織斑一夏がそういったタイプであり、かつての友、篠ノ之束も同じだと言える。そして、つい最近知り合ったばかりの博麗霊夢もまた、完全に何かをやってくれそうな人間だった。見た目はどこにでもいそうな幼い少女であるにも関わらず、オカルトめいた不可思議な力を操るうえ、ライフル弾を避けたりISとの接近戦を生身で制したりと彼女自身の性能も超人的に高い。さらに陽性で呑気、マイペースな気質をしているため自ら武勇を誇ったりすることがなく、外面からでは力のスペックがまったく読み取れない。

 

 そんな人物が、本気を出すと宣言したのだ。千冬は自分の感情を自分でコントロールするということに慣れてはいたが、このときばかりは、ワクワクするような高揚感を抑えられないでいた。

 

(60秒。この時間を長く感じるか短く感じるかは自分次第だが、密度の濃い時間になりそうだな)

 

 ぺろりと唇を舐める千冬。そんな彼女といくばくかの距離を挟んで対峙している霊夢がお祓い棒をぴっと突き付け、声高に宣言してみせる。

 

「さぁ覚悟はいい!? 博麗の巫女が弾幕奥義、逃げようとして逃げ切れるものじゃないわよ!」

 

 必勝の自信をありありと感じさせる口上を切った次の瞬間、その一挙手一投足をも見逃すまいと集中を漲らせていた千冬の視界から霊夢の姿が消えた。否、消えたという表現は適当ではあったが正確ではないだろう。また千冬の名誉のために付け加えるならば、彼女がうっかり見落としをしたという訳でもない。ただ、思わずそうと錯覚してしまうほどの目にも止まらぬスピードでもって、霊夢が旋回を始めたのだ。

 

 ゆらゆらと左右に浮遊しながら弾幕を張るのが従来のスタイルだったが、残像を生み出すほどの速度でもって飛翔する霊夢を見たのはこれが初めてである。

 

(速い……! ハイパーセンサーを使っても追い切れんとは!)

 

 静止状態から一瞬でトップスピードへとシフトできる機動力に、千冬は舌を巻いていた。

 

 これまでの緩慢な動きとは一線を画す、まさに眠りから覚めたような急変ぶりである。時計回りに旋回して背後を取られたかと思えばあっという間に離れた位置まで遠ざかっていたり、そうかと思えば正面近くまで戻ってきていたりする。左方向へフレームアウトしたはずがなぜか自分の右横を駆け抜けて行ったりと、前後左右の別なく霊夢の姿が現れては消える。目に見える姿でなく実は逆方向にいるという霊夢の動きは、まるで先に見せられたスペルカード「二重結界」にも似た印象を受けた。

 

 フィールドの影響を受けて機能を制限されているハイパーセンサーでロックオンしようとしても動きが無軌道すぎて、ロックした一瞬後には目標を見失ってしまうという有様だった。

 

 ラファール・リヴァイヴは第2世代であっても、決して性能面で劣る機体ではない。にもかかわらず、プリセットとはいえISのハイパーセンサーでも捕捉できない速度を自力で叩き出せる霊夢の能力に千冬は改めて驚嘆したものである。

 

 何とか目で追うしかない。停止飛行を維持したままの千冬は何とか霊夢の姿を視界に捉えようとその場に留まって視界を巡らせていたが、空飛ぶ巫女の姿が見えたと思った次の瞬間には消え失せている。その動きに何らかの規則性はあるのだろうが霊夢のそれは高速飛行という次元を突き破ってもはや瞬間移動、あるいはワープに近いように感じられる。

 

(……まさか、とは思うが) 

 

 弾丸のごとく飛び回る霊夢の姿を追うことを諦めた千冬だったが、同時に、自身の中で嫌な予感が膨らんでくるのをはっきりと感じていた。

 

 先に披露された3枚のスペルカードでは霊夢は千冬の正面を占位して弾幕を張ってきたが、彼女はこれまでとは打って変わって、ISで鋭敏化された五感はもとよりセンサーをも振り切るスピードでもって高速飛行を続けている。

 

 その攪乱に気を取られた千冬は結果としてその場に釘付けにされてしまったが、仮に霊夢が高速飛行を保持したまま弾幕を撃てるとしたら? そして、1人包囲網とでも呼ぶべき状況を構築できている霊夢が、そのアドバンテージを十分に理解しているとしたら? 待っているのはこれまでの弾幕――1ヶ所から全方向へと撃ちまくる広範囲攻撃とは逆の、四方八方から1ヶ所めがけて押し寄せてくる集中攻撃だろう。

 

 我知らず、冷たい汗が頬を伝い落ちる感触を千冬は感じていた。ついで、一度その場から離れて間を取ろうとしてスラスター翼に火を入れた直後、千冬は自分の予想が見事に的中したことを見せつけられたが、それを喜ぶ気持ちは微塵も起きなかった。

 

(やはり仕掛けてくるか!)

 

 霊夢が攻撃開始の兆しを見せたのだ。

 

 目にも止まらぬ速度を保ったまま千冬の視界を稲妻のように駆け抜けると同時に、置き土産といわんばかりに白い札弾をばらまいていく。散らばった札弾は小さな打ち上げ花火がぱっと開くように拡散すると空中で静止した。かかる札弾の小さな塊が、霊夢の駆け抜けていった軌跡上にずらりと無数に並べられる。

 

 その様はまるで、白いアジサイの花が横一列に並んでいるようだった。

 

 ただし千冬は、その光景にアジサイ以外の物を見出していた。拡散したのちターゲットめがけて一斉に収束してくる弾幕、夢想封印 集だ!

 

 白い札弾で構成される弾幕の花は早くもターゲットを見出したらしく、自らの意志でそうしているかのような動きでもって、先に放たれたものから順番に千冬めがけて押し寄せてきた。それに呼応して千冬も、その場に留まったまま回避行動を起こし始める。1つ、2つと札弾の殺到を躱し、

3つ4つ5つと連続して迫ってくる札弾の波は多少被弾しつつも何とかやり過ごした。

 

 しかし千冬には息をつくほどの暇も与えられることはない。相変わらず霊夢は千冬を中心にして小アリーナ空中を飛び回る飛燕となり、札弾の白い花を次々に咲かせている。見える範囲でカウントしただけでも、出番待ちの札弾の塊は、およそ20。しかも縦横無尽、自由闊達に旋回する霊夢は千冬の前後左右のみならず頭上にも足下にも現れては札弾をばらまいていくのだ。

 

 視界の外にある札弾の塊も含めれば、おそらく30や40では効かないだろう。千冬はちょうど打ち上げ花火でいうところの小割物、千輪菊花火の真ん中にいるような状況に陥っていた。

 

「完全に囲まれたか……これはまずいな」

 

 アジサイ、または白菊のごとき弾幕の花が咲き乱れる周囲を見渡した千冬は、すぐに訪れるであろう、無数の札弾によって袋叩きにされる状況を想像して舌打ちした。

 

 そして彼女が懸念したとおり、ホットスポットの中に閉じ込められた千冬めがけて四方八方から白い札弾が押し迫ってくる。ハイパーセンサーの機能により視界は360度確保できるが、あらゆる方向から集まってくる弾幕を回避するのは、それでも至難を極めた。真正面から直撃してしまうことは一度もなかったが、被弾数は目に見えて増えており、シールドエネルギーは残り6割ほどまで減少している。

 

 開始時点から数えれば2割ほどの被ダメージに過ぎないが、わずか10秒の間で、スペルカード3枚を攻略した際の合計に等しいダメージをすでに受けたということだ。

 

 複数方向から同期して、あるいはタイミングをずらしてとパターンを千変万化に変えて飛来してくる札弾の集中砲火にさらされた千冬は全神経を傾注して回避行動を取り続けるが、その一方で、絶えることのない波状攻撃にコンセントレーションが切れ始めている自覚を感じつつあった。

 

(弾幕を避け続けるのは望むところだが、このままでは身が持たん。多少力押しになるとしても、まずこの状況の打開を図らなければ)

 

 集中攻撃の渦中にあっても千冬は状況を正確に分析できていた。場慣れしている、と換言しても良かったかもしれない。呼吸を整えてタイミングを図ると、顔の前で両腕を組んだ格好でラファール・リヴァイヴを駆り、千冬は弾幕の只中へと勢いづけて飛び込んでみせた。ガードの姿勢は取っているものの自ら当たりに行ったことで被弾の衝撃は従来のそれよりも強く感じたが、構わず白い札弾を押しのけるようにして前進を続ける。

 

 かくのごとき被弾を前提にした強引な突破をもって包囲網の突破を試みた千冬だったが、果たせるかな、シールドエネルギーの減少と引き替えにして十重二十重に敷かれた弾幕結界からの脱出に成功する。

 

 あとは安全圏まで移動すれば時間を稼げる。千冬はそのままの速度を維持し、フィールドの隅の方まで逃れようと欲して加速をかけた。

 

 ただし、霊夢がそれを見逃すことはない。千冬の周囲を直線的に飛び回りながら蜘蛛の巣のごとく弾幕を張っていた彼女は、捕らえていた蝶が巣を破って逃げ出したと見るや、残像を引き連れながら猛然と追撃を開始する。

 

(よし――ちゃんと付いてきているな)

 

 ちらと振り返った背後に霊夢の姿を見留めた千冬は、予想どおりに霊夢が付いてきたことに内心で快哉を放った。

 

 今なお信じがたいが、霊夢が自力で叩き出せる飛行速度はラファール・リヴァイヴとほぼ同等らしく、ドッグレースを仕掛けたところで逃げ切れる可能性は薄いように思われた。だが、彼女が展開する白い札弾は相手を包囲し、動けなくしたときに時にこそ真価を発揮する弾幕である。そして霊夢を振り切れないとしても、リヴァイヴの飛行速度は札弾よりは速い。スピードを落とさずに、そして止まることなくフィールド内を逃げ回っていれば、霊夢に追い越されたり白い札弾に追いかけられることはあっても、先のようにガチガチに取り囲まれ、身動きが取れないような窮地に陥る危険はないだろう。

 

 来た弾を避けるのではなく、安全圏を確保した上で弾を誘導する。かかる戦法を採択した千冬はイメージインターフェイスで現況を確認した。ラストスペル開始から18秒経過した現状で被ったダメージ値は2割弱。粘りに粘って辛勝できるだろうとの見通しを立てた千冬は声には出さず、心の中だけで挑発めいた宣言を霊夢に投げかける。

 

(さぁ、包囲網を抜けて逃げ切る体勢に入ったぞ――お前はこの状況にどう対応する?)

 

 この先いくらダメージを受けようと、あと40秒ほどの間にシールドエネルギーを使い切りさえしなければ良いのだ。多少の被弾は承知のうえで、このまま霊夢を振り回し続けてやる。そう勝利への筋道を再確認する千冬は、霊夢に背後を取られた状況にあっても冷静さを失っていなかった。

 

 ただ冷静ではあったが、勝利を意識したせいでやはりどこかに焦りが生まれたのかもしれない。

 

 彼女が第一にすべきことは勝ち急ぐことではなく、いつものごとく俯瞰的な観点でもって霊夢の次なる手を予測するべきだったのだ。二重結界や集散含めた夢想封印といった霊夢の弾幕を実際に経験してきた千冬であれば、少し考えを巡らせることで、これまで見てきたスペルカードに共通する、クセとも言える特徴を見破ることも出来ただろう。

 

 霊夢が放つ弾幕には、たいてい2段構えの仕掛けが施されていることを。

 

 まずそれに気付いたのはラファール・リヴァイヴである。鋭いビープ音とロックオンアラートでもって千冬に危険を知らせるが、彼女はそれを、白い札弾がホーミングを始めたことを知らせるものだと判断していた。迂闊にも。それゆえ彼女は背後から何が迫っているのか確かめなかったし、後方の安全確認を怠ったからこそ、霊夢から新たに放たれた攻撃をついに直撃で食らう羽目に陥ってしまった。

 

「な、何だと!?」

 

 まったく予想していなかった被弾のショックに不意を突かれた千冬は、弾かれたように霊夢の方を向いた。

 

 最初に見えたものは赤い光である。初めはぼやけて見えたそれは、目を凝らして見ると一抱えほどの大きさをした球状の光球であることが判別できた。その光弾が飛来する速度は白い札弾はもちろんラファール・リヴァイヴよりも、そして光弾を撃ち放った霊夢本人でさえも凌駕する、まさに閃光のごとき速さだった。

 

(これは……夢想封印 散の弾幕か!?)

 

 慄然とする千冬。そんな彼女を追いかける位置関係から霊夢は赤光弾を連射し、逃げる千冬の背中めがけて狙い撃ちにしてくる。真正面から向き合っても避けるのが困難なほどにスピードが速い弾幕を背中を向けた状態で避けられるはずもない。かてて加えて、赤光弾を単発ではなく絶え間なく連射してくるため立て続けに被弾してしまい、これまでわずかな減り幅でしか減少していなかったシールドエネルギー残量が一気に削り取られていく。

 

 のべつ幕なしに背後から襲い来る被弾の衝撃に呻きつつ千冬はラファール・リヴァイヴを駆って左方向へ旋回し、赤光弾の射界からかろうじて脱出する。刹那、ほんの数瞬前に彼女がいたあたりの空間を赤光弾の群れが暴走列車のごとき勢いで駆け抜けていった。

 

 ついで空中でいったん動きを止めて反転し、追いかけてくる霊夢と赤光弾を視界正面へ収めようとする千冬だったが、高速で飛行する霊夢の姿を視界に捉えることは叶わない。猛烈な速さで飛んでいく彼女の残像がほんのわずかに視界の端に映っただけだった。

 

 その代わりに、彼女が産み落としていった赤光弾が避けようがないほどの速さで迫り来ているのと、それよりもさらに後方から、先ほど突破してきた白い札弾がにじり寄るようなスピードでだが確実に迫ってきている光景が視界に飛び込んでくる。

 

「――くっ!」

 

 何かを考える暇もなく、今そこにある危機と呼ぶべき超速の赤光弾を辛うじて避けたがしかし、その隙を突いて千冬の背後へと回り込んでいた霊夢がまたぞろ赤光弾を連射してきたため、盛大にダメージを受けてしまった。徐々に白い札弾が迫ってきていると知りつつもそちらに背を向け、霊夢の方へと再び向き直ることを強制される。

 

 正面からは、霊夢が今まさに放ってくる夢想封印 集による超速の赤光弾。背後からは、かつて霊夢が放った夢想封印 集による追尾性能を持った大量の白い札弾。かかる攻撃が、さながら二重結界で味わったように前後から同時に仕掛けられる。3種類のスペルカードを重ね掛けしたようなこの波状攻撃こそ霊夢が繰り出す本気の弾幕、ラストスペルの正体なのだろう。

 

 時間は残り30秒。ようやく折り返し地点になんなんとする時間帯であるにも関わらずシールドエネルギーは3割に満たない残量を示しており、霊夢は今もなお高速飛行を繰り広げながら赤い光弾を撃ちまくってくる。

 

「霊夢を侮っていたか。まさかここまで苛烈な攻撃になるとは……」

 

 つい自嘲的な呟きが口を突いて出てしまうがしかし、千冬にも意地というものがある。ブリュンヒルデの名において、そして整備科生徒たちの手前、たとえ後れを取るとしても心を折って勝負を捨てるような真似だけは出来なかった。

 

(追い込まれ、退路も断たれた。ならば……出来うる限り粘るだけだ!)

 

 開き直りに近い形で、避けようがない弾幕相手にとことんまで食い下がる決心を固める千冬。

 

 そして、腹を括ってからの粘りは驚嘆すべきものだった。一気に霊夢から離れると弾幕が消えるフィールドの境界付近をなぞるようにして飛び回ることで包囲される状況に陥らないようにしつつ釣瓶撃ちに繰り出される赤い超速弾を振り切ろうと試みる。体に負担がかかるのも構わずに急制動をかけ、急加速をかけ、旋回して、激烈な攻撃のなか時間が過ぎるのをただ耐え凌いだ。

 

 火事場の馬鹿力とは、けだしこの事だろう。霊夢と千冬の両者とも速度を少しも落とさず、ドッグファイトのように空中で行き違い、小アリーナ空中は二条の閃光と紅白の弾幕が入り乱れて飛び交う弾幕のるつぼと化していた。そんな中で奮闘を続けていた千冬だったが、ただ惜しむらくは、この状況に至るまでにシールドエネルギーを減らし過ぎていたことだろう。残りわずかとなったエネルギーを死守して猛攻撃を持ち堪えていた千冬だったが、残り11秒、霊夢がラストスパートをかけてくるに至ってついにラファール・リヴァイヴはシールドエネルギーのすべてを使い果たし、具現維持限界に達してしまったのだ。

 

「私の足掻きもここまでか……もうあと一歩、力が及ばなかったな」

 

 自分の身の危険と引き替えに、とことん粘ってみたい思いがないといえば嘘になる。ただ、最後まで諦めないことも大事だが、引き際が来たなら潔く引き下がることも肝要だろう。

 

 まして、後進となる教え子たちが観客席で見守っているとなれば尚更だった。

 

「――これ以上はエネルギーが持たん。降参だ!」

 

 言いながら千冬は片手を挙げてみせる。それを受けた霊夢は空中で急ブレーキをかけて静止すると、左手に握ったお祓い棒を高々と掲げ、勝利宣言をしてみせた。

 

「参ったかー! これが博麗の巫女の弾幕奥義よ!」

 

 それと同時に赤い光弾も白い札弾もすべて瞬時に消え失せてしまう。いったいどういう仕組みになっているんだ? 千冬は不思議そうな顔をして小アリーナ空中をぐるりと見渡すが、つい数秒前まで戦場と化していたのが嘘のようにしんと静まりかえっている。

 

「お疲れさまー。もと世界最強の千冬も、さすがにラストスペルまでは攻略できなかったようね」

 

 得意げに言いながら、そして言葉のイントネーション以上に得意げな表情をしながら霊夢がふよふよと近付いてきた。さぁ私を褒めろ、褒め称えろ。千冬に読心術の心得などなかったが、霊夢がいま何を考えているのか手に取るように分かってしまう。

 

「耳が痛いな。だが今回のところは甘んじて受け入れるとしよう」

 

 肩をすくめる千冬に、霊夢はますます気を良くしたらしかった。ふふん、と誇らしげに胸を反らしてみせる霊夢の鼻息はますます荒くなる。

 

 今の心境はどう? と嫌なことを訊いてくる霊夢に負け惜しみのひとつでも言ってやろうとして千冬は口を開きかけたが千冬の反論はしかし、今まで言葉を発することも忘れて弾幕勝負に見入っていた倉持技研の研究者たちと、整備科の女子生徒たちから沸き起こった歓声や指笛、万雷の拍手に掻き消されてしまう。突然に沸いたスタンディングオベーションに驚いた霊夢はびくっと肩を跳ね上げ、うろたえながら眼下を見やった。

 

「び、ビックリした……なんか喜ばれてる?」

 

「お前の弾幕を称えているんだろうよ。はばかりながら、もと世界最強の私を破った訳だからな。今の心境はどうだ、新たな世界最強どの?」

 

「おひねり……」

 

「まだ言うか。どこまで強突く張りなんだお前は」

 

 物欲しそうな顔で呟く霊夢はどう見ても本心から言っているようで、それだけに笑いを誘われてしまう。巫女という神職に就く身であるのにやたらと俗っぽい欲深少女を面白いと思いつつ千冬はその背中をぽんと軽く押してみせる。

 

「な、なによ」

 

「せっかく称賛を受けているんだ。手のひとつぐらい振ってやっても損はないだろう?」

 

「え……えー? 手を?」

 

 オーディエンスと千冬の間で視線を往復させる霊夢はやはり、人から喝采を浴びることに慣れていないのだろう。赤面しながら俯いてもじもじとしていたが、ややあって、申し訳程度に手を挙げてみせた。それを受けてよりいっそう大きな歓声が上がり、霊夢はますます恥じ入ってしまう。

 

「うぅ。なんか照れちゃうわね……」

 

 とうとう千冬の背後へと周り、観客の視線から身を隠してしまう霊夢。

 

「こら、お前は私に勝ったんだろう。胸を張ってしゃんとしないか」

 

「か、勝ってないのに、引き分けなのに」

 

 ラファール・リヴァイヴの特徴といえるマルチスラスターの陰に隠れ、小さくなってしまっている霊夢の様子があまりに滑稽で、こらえきれずに千冬は笑ってしまう。

 

 まったくもって不思議な少女だった。千冬が真剣に挑んでも捌ききれないほど苛烈な弾幕を事も無げに放ったかと思えば、喝采を浴びて骨抜きになってしまうような、見た目よりも幼く見える一面もある。どこから来たのかも、何をしに来たのかも知れないこの少女はあらゆる意味で純粋であり、千冬は何とはない好意を霊夢に感じ始めていた。

 

「さ、そろそろ戻るぞ。いつまでも倉持技研の連中を待たせておくわけにもいかんし、早いところ測定の結果を確かめなければ」

 

「ま、待ってちょっと待って! まだ心の準備が」

 

「何の準備がいるんだ。いいから来い」

 

 むずがる霊夢の手を取って、千冬は降下を始める。ついで地上に降りる否や倉持技研の研究者たちがわらわらと集まってくるが、その中にあって霊夢はまた恥ずかしがって千冬の背後にこそこそ隠れてしまう。

 

 そのくせ高速飛行で乱れた髪を気にして手で梳いているのが何ともおかしかった。

 

「お疲れさーん! いやぁ、話で聞くのと実際に見るのとじゃ大違い! 凄い迫力だったねぇ」

 

「そ、そう? まあそれ程でもないけどね」

 

 興奮冷めやらぬといった面持ちでやって来たヒカルノがそう称えると、霊夢は赤面しつつも澄まし顔でラファール・リヴァイヴの背後から出てきながら、自慢気にそう応じてみせる。千冬はいよいよ笑いをこらえることが難しくなりつつあった。

 

 ついで千冬はヒカルノたち倉持技研の面々の手を借り、屈みこんだ姿勢で固定したラファール・リヴァイヴから降機する。集中力が尽きたせいか今になって汗が浮き出てくる感覚を催したが、息は切れていない。まだまだ私も捨てたものではないな、と内心で自賛しつつ渡されたタオルで汗を拭い、アップにまとめていた髪をほどいて一息つく。その間、千冬は自身の周囲に出来た人いきれから絶え間なく称賛を浴びていたが、それは霊夢も同じことであった。もっともあちらは黛薫子を筆頭にした整備科生徒の連中に、囲み取材をされるがごとく質問攻めに遭っているのだが。

「博麗さん何か一言! 織斑先生を破ったことについて何か一言コメントして!」

 

「別にコメントするようなことないし、それにあれは、どちらかといえば引き分けなんだってば」

 

「えー。もっとこう、これから私の時代が始まるみたいな鮮烈なコメントして! はい!」

 

「じゃあ――あいえす退治は私に任せてとか、これで参拝客が増えるといいな、とか」

 

「謙虚すぎだよ! ……もー仕方ないなぁ。じゃあ適当に捏造しておくからいいとして」

 

「するな。まったくもう、新聞屋がやることってどこでも同じなのね」

 

 ぐいぐい押し込んでくる黛薫子に辟易している様子だが、霊夢はそれなりにあしらいに慣れているようではあった。とはいえいつまでも好きにさせていては終わりそうにない。遠間にあって千冬は、機関銃のごとく次から次に質問を投げかけている薫子へ釘を刺してみせた。いわく、

「黛。今日ここで見たものは一切他言無用だと、招集をかける際に言い渡したはずだが」

 

「うぐっ……わ、分かってますって織斑先生! これはその、私の個人的な興味で訊いてることなんで! ほら、その証拠にカメラもボイスレコーダーも持ってないでしょう?」 

 

 千冬の方へと引きつった笑顔を向けると、薫子は手を大きく広げて身の潔白を示した。ただしメガネの奥で両目が泳いでおり明らかに何かを企んでいる風合いである。それが証拠に、取材機器は持っていないと言ったが記事にしないという言質は取れていない。

「……時間を改めて、私のところへ来い。博麗について記事にすることは認めんが、私が再びISに乗ることになった経緯については多少話してやる」

 

「ホントですか!」

 

 薫子は飛び上がらんばかりに喜んだ後で霊夢に向き直り、その右手を両手で握りしめる。

「んじゃ博麗さん、そういうことで! あ、あとこれ私の名刺! 記事にはしないけど今度インタビューはさせてね!」

 

 抜け目のない奴だと千冬は呆れもしたが、これくらいのしたたかさがなければ新聞記者というのは勤まらないのかもしれない、と思い直した。ついで霊夢と薫子はじめ、整備科の面々に向かってこちらへ来るように呼びかける。観測の結果を聞かせるためという意味もあり、霊夢についてこれ以上質問させないという狙いもあった。おしゃべりをやめた少女たちが寄り集まってくるのを視界の端で捉えながら、千冬はヒカルノに問いかける。いわく、

 

「データ収集は子細なく出来たか?」

 

「もうバッチリ。いや、我ながら倉持技研はいい仕事するね。必要な数値はほとんど採れたよ」

 

「では、弾幕を再現するのは可能ということか」

 

 珍しくも感情がこもった声で尋ねる千冬とは対照的に、腕を組んで言い淀むヒカルノの表情は決して明るいとはいえないものだった。

 

「えーと……実はそれなんだけどねぇ」

 




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