東方千夢劇 ~Infinite DANMAKU for Lotus Land.   作:かぶらや嚆矢

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二ノ弐・

 また後でな、と霊夢に言い置いてピットへ入っていった千冬のIS装着に手を貸すIS学園整備科の女子、測定器やモニターの動作確認を行う者、計測から分析までの手順についてミーティングを行う者とアリーナ内にいる者は三々五々にそれぞれの職責を果たしていたが、その中にあって剽軽な女所長だけは何もしていなかった。彼女がサボリ魔だからではない。ヒカルノの仕事とはすなわち部下たちを顎で使い、進捗状況を管理し、そして何か問題が起こった際に責任を取ることだからだろう。あるいは、計測作業が滞りなく進行できるように手筈を整えることが仕事とするべきか。

 

 ただ、その割には、あっちに行っては部下に軽口を叩いて追い払われたり、こっちに赴いては測定器をいじり倒して怒られたりと、まるで波間を漂うクラゲのようにアリーナ内を行ったり来たりして悪さを働いている。アリーナの真ん中あたりでひとり佇立し、おのれ本当に所長なんかい、と内心で突っ込みを入れる以外にすることのない霊夢の視線に気付いたからでもなかろうが、手当たり次第にちょっかいを出していた邪神は霊夢を新たな生け贄に選んだようだった。

 

 霊夢ちゃーん、と呼びかけながら寄ってくるヒカルノに霊夢、答えていわく、

 

「呼び捨てでいいわよ。ちゃん付けなんてされたことないから、なんだか変な感じがするわ」 

 

「そう? んじゃ私のことも気兼ねなくヒカルノおねえさまって呼んでよ」

 

「ヒカルノ」

 

「くすん」

 

 さめざめと泣く真似をしてみせるヒカルノだったが、スイッチを切り替えるようにして、もとの人を食った表情に戻ってしまうと、声を潜めて霊夢に尋ねてきた。

 

「ちょっち訊きたいんだけどさ。霊夢ちゃんって、織斑さんの昔からの知り合いとか何か?」

 

「ちゃん付けはやめて。昔もなにも、何日か前に知り合ったばっかよ」

 

「うっそ! マジで!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて驚くヒカルノの剣幕に、霊夢も思わず面食らってしまう。

 

「嘘でしょ? 嘘だよね? あ、なーんだやっぱ嘘か。もー霊夢ちゃんってば人が悪いなー」

 

「だからちゃん付けしないでってば。本当に千冬とは最近知り合ったんだけど」

 

「マジ? それマジ?」

 

 ずいっと詰め寄ってくるヒカルノの表情からは、霊夢の言葉を疑っているというよりもむしろ驚いている気配が見て取れた。何か変なこと言ったんだろうか、と思いつつも、霊夢は首肯を返してみせる。

 

「はー……そりゃ意外だわ。織斑さんを呼び捨てにするわ小突くわ、織斑さんも織斑さんで霊夢って名前で呼んでるわだし、てっきり昔からの友達か何かだと思ってたんだけど」

 

「うーん、そんなに驚くようなことかなあ。千冬にも友達なんて他にいくらでもいるでしょうに」

 

「意外とそうでもないんだな。私が知る限りじゃ織斑さんの友達でございって言えるのは1人くらいしか心当たりがないんだよねー。これが」

 

「ヒカルノは千冬の友達じゃないの?」

 

「んにゃ、私なんかとてもとても。友達ってのは対等なレベルで、何かを共有してる二者のことを指すもんだからね。織斑さんにゃ及びもつかない私はあくまで元同級生さ。と言っても彼女に悪い印象を持ってる訳じゃないしお互いの立場もあるし、それなりに交流はあるよ」

 

 肩をすくめて両掌を上に向けてみせるヒカルノの言葉は、何かの含みらしきものを感じさせた。互いに立場があるのならば感情ではなく利害で関係が決まるということか。

 

「いろいろ複雑なのね」

 

「大人になればなるほど、友達ってのは限定されてく。そういうもんさ。それだけに霊夢ちゃんと親しげに話してる織斑さんを見たときゃビックリしちゃったね。彼女が篠ノ之博士以外とあんなやり取りしてるところを見たのは初めてだったから」

 

「今度ちゃん付けしたら叩く。その、なんとか博士っていうのは誰?」

 

「うん? 篠ノ之で博士と来れば、篠ノ之束しかいないっしょ。まさか知らないはずないよね?」

 

「その名前、確か千冬の話で聞いたような気がするな……一応知らないこともないけど悪いわね。ちょっと事情ありで、私、あいえす関係の知識ってまったくないのよ」

 

「そりゃまた変わってるねえ。いかんよ、若者だったら常に幅広く情報を押さえておかなきゃ」

 

 たしなめるように言うヒカルノ。どうやら外の世界というところは貪るように情報を集めていなければ変人からも変人扱いされる場所であるらしい。霊夢は内心でそう毒づいたが、もちろん言葉には出したりしない。霊夢はそう口にする代わりに篠ノ之束について教えてほしいとヒカルノに請い、奇矯な女科学者はその申し出を快諾した。

 

「名前は篠ノ之束。織斑千冬の親友で、ISを独力で作り出したとんでもない天才科学者だよ。唯一ISをコアから製作できる人物だってんで世界中が血眼になって探してるけど、目下のところ消息不明。私も突っ込んだところまでは知んないけど、学生の頃から織斑さんとつるんで、ISを広く認知させようとしてたみたいだね」

 

 ふーんと返す霊夢。この辺りのいきさつは千冬本人の口から語られており、すでに知っている。

むしろ、そのころ起きた白騎士事件の実行役が千冬であるという情報まで与えられていたため、逆に自分が口を閉ざさなければならない側になるだろう。霊夢は千冬の過去ではなく現在、すなわち今は束とどういう関係なのかと訊いてみる。

 

「んー……よく分かんないねぇ。ちょうど織斑さんがモンド・グロッソで優勝する前後くらいから何か関係がこじれ始めたって聞いたことあっから、今はつるんではいないんじゃないかね」

 

 少なくとも表面上はさ。そう続けたヒカルノは、長い犬歯をむき出して笑顔を作ってみせる。

 

(千冬のもと親友ねぇ……千冬はそいつのことを敵視してはいないみたいだったけど)

 

 昨日吐露された千冬の話から察するに、千冬が束に何かの負い目を感じているのは疑いないが、実のところ、束とどうなりたいと千冬は考えているのだろうか? もっとも、それは当事者間での問題であり霊夢が首を突っ込んでいいことではない。そこは彼女も弁えていたし、だいたいにして霊夢は人間関係についてそれほど関心が沸かない性格である。ゆえにそれ以上は訊かないつもりでいたがしかし、霊夢は千冬の友達であると思い込んでいるヒカルノの方が、訊く気がなくても勝手に話し始めてしまう。

 

「ただ、良い意味でも悪い意味でも互いの存在を意識してるとは思うね。関係にしたって、完全に切れてるわけじゃないらしいし。それに今回の、ISで弾幕を再現したいって話だってもしかしたら織斑さんからの」

 

 ことさらに声を潜めて紡がれたヒカルノの考察は、しかし途中で打ち切られてしまった。準備ができましたー、という呼びかけが、遠間にいた別の女性研究者から上がったためである。

 

「あーい了解ー! ――っと、話が途中になっちったけど、悪いね。まあ気になるなら織斑さんに直接訊いてみるといいよ。答えてくれるかは分かんないけどさ」

 

 自分から話しといてそれかい。霊夢はよほどそう突っ込んでやろうと思ったが、ヒカルノの方は

さっきまで何の話をしていたのかも覚えてないような表情で、大声でもって部下とやり取りを始めてしまっている。千冬に直接訊いてみるしかないかな。ヒカルノを問いただす機会を失ってしまった霊夢は、溜め息交じりに内心でそう独りごちるしかなかった。

 

「うっし。そんじゃ測定前にざっと確認するよ。よい子は集まれー、悪い子は勝手にしやがれー」

 

 ヒカルノはおかしな文言でもって集合を発し、そして上司のおかしな言動に慣れきっている研究者たちは苦笑こそすれ、戸惑うこともなく集まってくる。彼らは霊夢とヒカルノを囲むように並び立ち、かかる一同を見渡してからおかしな責任者はひとつ頷いて話し始める。

 

「んじゃまずおさらいなー。今からこのコ、博麗さんちの霊夢ちゃんが空を飛んでスペなんちゃらウム光線とかいう弾幕を張るからそれを計測・分析し、ISで再現できるレベルまで落とし込むのが私らの仕事だ」

 

 隙を見て引っぱたいてやる! ていうかスペルカード程度の簡単な言葉を間違えるな!

 

 忠実というか、諦めきった研究者たちほどヒカルノの奇矯っぷりに慣れていない霊夢にしてみれば、さっきから突っ込みどころが見つかりすぎて仕方がない。ただ、いちいち指摘していては話が進まないため、今は口をつぐんでおくことにする。

 

「今日はこの場で計測と、実現可否の判定だけしてく。ちなみに先方さんの希望は物理ダメージの発生しないエネルギー弾だ。要するに、既存のDEPやTHEL、荷電粒子砲みたいなのは全部ダメってこった。ほとんど嫌がらせレベルの難問だが、対ISならっていう前提つきではあるけど霊夢ちゃんの弾幕はそれが実現できてるらしいから、実演してもらって採取したデータをなぞる形で進めていこう。もし否なら研究所にお持ち帰りしてどうすれば再現できるかミーティング。可だったらいかにして再現するかミーティングな」

 

「所長。それじゃどっちにしたって同じじゃないですか」

 

「甘いね。内容に雲泥の差があるんだよ。出来ないものを出来るようにするためのミーティングは

デスマーチよりもやりたかぁないが、出来ると判断したものをどうやって実現するかの話し合いは楽なもんだぞ」

 

 ちっちっち、と人差し指を振りながら訂正してみせた後で、ヒカルノはさらに話を続ける。

 

「言うまでもないけど、もし可だとしたら一大事だからな? 場合によっちゃISの未来を左右する可能性もあることを意識して作業にかかるように。人殺し武器の作り方を考えるなんざ研究者にしてみりゃ不名誉もいいとこだが、ロマン満載でしかも誰も傷つけないオモチャの製作に関われるってのは研究者冥利に尽きるってもんだ。ISがこのまま戦争の道具みたいな物で終わるか、それとも少年少女が憧れる夢のロボットに変われるか、大袈裟でなくここで決まるものと思ってくれ」

 

 先までの人を食ったものよりも幾分か凛々しく見えるヒカルノの横顔を、霊夢はまじまじと凝視してしまう。

 

 いい加減な性格をしているように見えて本当にいい加減な性格をしているヒカルノだが、仕事にかける意識の高さや、上司として部下へ接する自信に満ちた態度、ISへと向ける熱意は本物のようだった。察するに、彼女は彼女なりに思うところがあって千冬の夢に共感して、本人いわく嫌がらせレベルの難問であるにも関わらず、それを承知したうえで今回の話を引き受けたのだろう。人生意気に感ずとは、けだしこのことである。

 

「……とまぁ気取ったことを言っちゃみたが、測定時点ではISソフトウェア専攻の私じゃ手出しができない状態なんよ。申し訳ないがここはひとつ諸君の奮起緊褌に期待する、ってあたりで終話」

 

 何か質問は? 腕組みをしてみせたヒカルノは居並ぶ部下をぐるりと見渡す。

 

 その場にいた研究者たちは誰もがみな真剣な顔でヒカルノの言葉に聴き入っており、発言を促されてからもそれは変わらなかった。挙手した何人かの科学者が順次ヒカルノに質問していき、ヒカルノは淀みなくそれに回答する。かかるやり取りから、人間性はともかく所長として彼女がいかに信頼されているかを容易に見て取ることができた。

 

 人は見かけによらないものね。そう感心し、また、見かけで判断していたことを反省する霊夢の中でヒカルノの株価は急上昇する。そしてその直後に、ヒカルノ株は急転直下の大暴落をやらかすこととなった。

 

「んじゃ最後にひとつ注意事項ー。弾幕が張られる前にフィールド展開されることは、もう全員に伝達いってるな? このフィールドより外側にいれば危険はないそうだが、それより内側に入ると弾幕食らって大怪我する可能性があるから、各員気をつけるように。特に吉堀! 霊夢ちゃんのスカートの中を覗き放題だぜウッシッシとか助平根性丸出しで前に出すぎると死ぬぞ!」

 

 やりませんよ! と、霊夢に負けず劣らず真っ赤な顔になった吉堀なる男性研究者が怒鳴り返し

一同は爆笑に包まれた。ただ、彼と同様、水を向けられた霊夢こそいい面の皮であろう。ぷるぷる震えながらお祓い棒を握りしめる霊夢の怒気に気付いているのかいないのか、ヒカルノは至って平然としている。んじゃそーいうことで解散、と彼女が宣言してぱんと手を打てば、研究者たちはそれぞれの配置に戻っていき、あとには霊夢とヒカルノの2人だけが残される。

 

(感心して損した。叩くだけじゃ気が済まない、こいつころす!)

 

 もはや言葉は不要であった。霊夢はこの、変わり者という単語では言い表しきれない変人にブチ食らわしてやろうと欲したが、かかる変人はそれよりも先に言葉を発していた。

 

「霊夢ちゃん」

 

「なによ!」

 

「セクハラっ」

 

 言うが早いか、気でも狂ったのか突然ヒカルノが霊夢のスカートをまくり上げてきたのだ。

 

 わあっ! と悲鳴を上げてスカートを押さえた霊夢は、頭部を飾るリボンにも負けないほど真っ赤になった凄まじい形相でヒカルノを睨むと、ほぼ無意識のうちに、手にしたお祓い棒でもって奇矯な女科学者をぶっ飛ばしていた。

 おぶし、と鳴き声を上げて倒れ伏すヒカルノ。

 

 はからずもかなり力を入れて振り抜いてしまったが、ヒカルノは割と平然として体を起こすと、グッドな反応だ! と笑顔でサムズアップしてみせる。

 

「あ、ああああんたいったい何考えてんのよ! 変態、この変態っ!」

 

「いやいや、みんなに見られる前に私が最初にって思ってさ。いえーい、ナイスかぼちゃパンツ。あ、今はドロワーズって言うんだっけ?」

 

「知るかっ!!」

 

 これ以上付き合ってられるか! 憤懣やる方ないといった風合いの霊夢はヒカルノに背を向けると、大股の早歩きでもって彼女から離れていった。ヤカンを乗せたら一瞬で湯が沸くのではないかと思えるほどの、まさしく火が出るような怒りっぷりである。

 

(もう何なのよあいつは! 外の世界じゃ科学者ってのは頭がおかしい奴のことを指すわけ!?)

 

 肩を怒らせ、足音も荒く歩く霊夢。彼女と目が合った研究者が思わず道を空けてしまうほどの剣幕でもって霊夢はまっすぐアリーナを出て行ってしまうと連絡通路をどかどかと突っ切り、ピットへと通じる観音開きの鉄扉を勢いよくどばーんと開けた。

 

「きゃっ!」

 

 ピットの中に詰めていた女子生徒たちが驚きの声を上げ、弾かれたように霊夢の方を見やる。が、霊夢は彼女たちの驚きには委細構わず、扉の一番近くにいた少女に噛みつくようにして尋ねた。

 

「千冬はどこ!」

 

「え、あ。あ、あなた誰よ!?」

 

「いいから!」

 

 誰何を無視して霊夢は食ってかかった。霊夢は本気で怒ると極端に口数が少なくなり、ぶつ切りの単語を叩き付けて話すようになる。まさに怒髪天に発し、お祓い棒を手に詰め寄ってくる霊夢の剣幕に恐れをなした少女は、たとえ首狩り族の軍団に囲まれてもこうはならないぐらいの怯えようでもって、千冬がいるであろう方角を震える指先で示す。

 

 少女が指し示した方向を見れば、ピットとアリーナを繋ぐ開口部が3つ。そのうち2つは隔壁が降りており、1つだけ開放されているピットゲートの前に、甲冑めいたネイビーブルーのISを装着

した千冬が、こちらに背を向けて立っていた。

 

 千冬はうなだれ気味に頭を垂れて集中を高めているようだったが、無遠慮に近付いていく霊夢の荒々しい足音を聞き受けてか、ゆっくりと振り返ってみせる。

 

「どうした博麗。ずいぶん険しい形相をして」

 

「千冬! あんたの同級生って何考えてんのよ!」

 

 千冬? あんた? 背後から戸惑ったようなざわめき声が聞こえてくるが、霊夢も千冬もそちらには特に関心を払うことはないし、千冬の方にも闖入者の無礼を咎める様子はなかった。より正確を期して言うならば、いまだに怒りが収まらない霊夢が、千冬が何かを言うよりも早く一方的にまくし立てていたのだ。

 

「セクハラとか言っていきなりスカートめくられた! 信じらんない!」

 

「かく言うお前も更衣室で私を辱めただろう。巡り巡って自分に返ってきただけじゃないのか?」

 

 千冬様を辱めたですって!? 背後でのざわつきが一種別の色合いを帯びるが、それとこれとは関係ない! という、鉈で薪を叩き割るような霊夢の怒声で掻き消される。

 言葉だけではどうあっても納得しそうにない霊夢の様子を見て取った千冬は、ひとつ溜息をついてから話をさらに続けた。

 

「篝火をお前に紹介した私の不始末ということにしておこう。ところで話は変わるが、弾幕ごっこには負けた者は勝った者の言う事を聞くというルールがあったな」

 

「あー?」

 

「ならば、こういう趣向はどうだ――私が博麗に勝った暁は今回の件は水に流してやってほしい」

 

 千冬からの提案は、取りも直さず、霊夢への勝負の申し入れに他ならない。

 

 かかる提案を受けた霊夢の中で、波を引くようにして怒りの感情が収まっていった。それと入れ替わりに、腰の後ろあたりから首筋にかけて、ぞわぞわとするような感覚が込み上げてくる。思わずぶるっと武者震いした霊夢、返していわく、

 

「へえ、面白いじゃない……それならむしろ好都合だわ。私の方でも、千冬にちょっと訊いてみたいことが出来たのよ。私が勝ったらそれに答えてもらうっていうのはどう?」

 

「質問に答えるくらい造作もないことだが、あえて言質を取りにくるとは、どうも嫌な予感がするな。想像だが、篝火あたりに何か吹き込まれでもしたか?」

 

「そんなとこね」

 

「あのおしゃべりめが――ふん、まぁいいさ。私に勝てれば何でも答えてやろう」

 

 勝てればな。千冬は獲物を前にした肉食獣のごとき笑みを浮かべてみせる。

 

 火花を散らす2人のほかピット内には幾人かの女子生徒がいたが、いずれも状況を飲み込めないでオロオロするばかりであった。もっとも勝負といっても互いに傷つけ合うようなものではなく、弾幕ごっこのルールに則ったものであるが、そうと知るはずもない彼女たちは、霊夢が千冬に一方的に叩きのめされる光景を思い浮かべ、一様に気の毒そうな顔をしてみせたものである。

 

「ただし今日は計測が目的ゆえ、私は一切攻撃せず回避に専念する。ハンデ代わりだ。それならば博麗にも勝機があるだろう?」

 

「そうね。計測目的なんだし、腕を錆び付かせちゃってる千冬のために手加減してあげるわ。それだったらあんたにも勝ち目があるでしょ?」

 

 両者はニヤリと笑み交わすと、肩を並べてピットゲートからアリーナへ飛び立っていった。残った整備科生徒たちは、本来であれば並び立ってISの出立を見送るべきところを、事態についていけないあまり呆然としてその場に立ち尽くすことしか出来なかった。

 

「千冬様にケンカ売るなんて、あの娘、生きて帰ってこれればいいけど……」

 

「……ええ……」

 

 後に残された整備科生徒たちは呆然としたまま囁きあって霊夢を哀れんだが、すぐに慌ただしくなる。

 

 何と言ってもこれから、あのブリュンヒルデが数年来の沈黙を破り、再びISを駆る光景を直に目にすることが出来るのだ。霊夢が何者であり、また、彼女が生身のまま空を飛んだことも、そして彼女がこの後どんな末路を迎えるかも興味の対象ではなくなり、ばたばたと慌ただしくピットから出て行く。管制作業を押しつけられてピットに残された数名の生徒以外は、誰もが先を争うようにしてアリーナ観客席の最前列を目指して駆け出していくのであった。

 

 




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