東方千夢劇 ~Infinite DANMAKU for Lotus Land.   作:かぶらや嚆矢

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二ノ壱・あやしき少女もすなる弾幕といふものを

 史上初の男性IS操縦者が入学してきたり、世界において決して多くはいない専用機持ちが2人も同時に転入してくるなど良いニュースもあれば、所属不明の無人ISにたびたびセキュリティを突破されて学園内へ入り込まれるという、悪いニュースもある。

 

 今年のIS学園は例年に比べ、何かと世界の注目を集める事件が頻発していた。

 それに加えて諸々の事件の顛末には、千冬をして「私のクラスにだけ馬鹿者を集中させているのか?」と言わしめるほどに問題児、もとい逸材が綺羅星のごとく集まっている1年1組が関わっていることがほとんどである。

 

 そして今日もまた「1年1組の何某が……」の枕詞から始まる噂話が学園のあちらこちらで囁かれていたが、この日のそれはしかし、いささか様相を異にしていた。

 

 はっきり言えば、1組の生徒ではなくクラス担任の織斑千冬のことが話題に上っていたのだ。

 

 いわく、普段使われていない第6小アリーナ内へ外部の研究者らしき白衣の集団が機材を運び込んでいるところに千冬が立ち会っているのを見た。いわく、整備科に籍を置く生徒の何名かに午後の講義を休講して臨時の測定作業に参加するように千冬から指示があった。いわく、学園でも名の知れた上級生IS操縦者たちが千冬の指揮のもと第6小アリーナ周辺を哨戒していた。

 それら以外にも、無人であるはずの茶道室に入ったきりしばらく出てこなかったという目撃情報も寄せられたり、屋上でベンチに腰かけてうとうとと微睡んでいる姿を見てしまったという報告も上がっている。

 

 千冬が主導して行われているこれらの動きについて、行動力旺盛な手合いは1年1組の生徒を捕まえて尋ねてみたが、彼女たちは一様に青い顔をして、疑問を解消するどころかさらに野次馬根性を煽るような言葉しか返さなかった。すなわち「話すなって言われてる」「後が怖いから答えられない」というような、何かを隠しているのが見え見えのフレーズである。

 

 千冬の活発な動きと、彼女の号令による謎の動員。

 

 かかる2つの不審は「学園で何か起こったのではないか」という結論で容易に結びつく。そしてそれは正鵠を射てはいたのだが、与えられた情報があまりにも少なすぎるため、誰も事態のアウトラインさえ思い浮かべられないでいた。

 

 気になった点をとことん追求することは決して悪くないが、それも時と場合による。何が起こってるのか知りたい。義心ではなく好奇心からそんな思いを抱いたアクティブな生徒たちは、たとえば休み時間であったり教室移動の際であったりと折に触れて第6小アリーナに立ち寄り、中で何が起きているかを探ろうとする。だがその試みは一度としてうまくいかず、警備に立っている2年生ないし3年生に睨まれてはすごすご撤退するというやり取りが何度となく繰り返された。

 

 知りたがりの生徒たちは、まるで熱い粥が入った鉄鍋の周りを物欲しそうにうろつく猫のようにストレスを溜めていたが、それに付き合わされる上級生たちもいい迷惑だったろう。

 

 なんら益体もない小競り合いが続けられるうちに、一日の講義が終了する。

 

 そして部活動にプライベートにと、学園の生徒たちがそれぞれの時間を満喫する放課後になったところで状況が動いた。バッグを肩にかけた千冬と私服姿の見慣れない少女が並び立って第6小アリーナ内へ入っていくところを見かけたという速報がもたらされたのだ。

 

 ――千冬様が厳戒態勢下の区域へ入っていった。これで何も起きなければ嘘だ!

 ――ていうか千冬様と一緒にいた女の子って誰!?

 

 学園はいよいよ騒然となる。ただ、熱狂とは裏腹に、現場へ近付こうという生徒は誰1人としていなくなってしまった。急に飽きが来たわけでも、どこか他所で好奇心を刺激する事件が発生したわけでもない。そうではなく、千冬と他1名が第6小アリーナへ入ったのと同時に、今まで生身で見張りをしていた上級生の数名がラファール・リヴァイブを着装し、侵入者や出歯亀を徹底的に排除する態勢に入ったからである。

 

 おそらく千冬がそう許可を出したのだろう。それだけ第6小アリーナ内を秘匿する必要があるということの証明だが、同時に、近付いたらただでは済まさないという言葉なき警告でもあった。

 

 アリーナ周辺を固める防護者と、それを遠巻きに眺める観察者。結局のところ、蚊帳の外にいるという点で平等な彼女たちにできる行動といえば、真相が明かされるその時まであれやこれやと空想をたくましくすることの他に何もなかったのである。

 

 

                    *

 

 

「今日は測定とかいうのをするだけなんでしょ? 別に千冬が的にならなくったっていいのに」

 

 第6小アリーナ内の一隅。室内の壁に沿ってロッカーが設置されている更衣室の真ん中あたりに設けられたベンチに腰を下ろし、所在なげに足をぶらぶらさせていた博麗霊夢は、スーツの上着を脱いでワイシャツ姿になった千冬にそう声をかけてみせる。

 

「それはそうだが、ブランクを埋める意味もあるし、やはり一度は弾幕に直に接してみないとな」

 

 ロッカーのひとつに向き合ったまま千冬はそう答えると、脱いだスーツをハンガーに掛け、床に直に置かれたバッグから灰色のISスーツを取り出した。ISスーツを腕にかけたままネクタイを緩めると、しゅる、という衣擦れ音が更衣室内に響く。

 

「デュノアを覚えているか? オレンジ色のISで霊夢と戦ったブロンドヘアの娘だが」

 

「覚えてる覚えてる。夢想封印 集をけっこう頑張って避けてた、自分のことを僕って呼ぶ女の子よね――そういえばあのコの名前訊いてなかったな。デュノアって名前なのか」

 

「弾幕を避ける中で、ISに乗っていて楽しいと初めて思ったと言っていたぞ。なかなか苛酷な環境に生まれた奴でな。ISも自分自身もただの道具と割り切り、特段思い入れも抱いていない様子だったが、そんなデュノアの意識を変えた弾幕に私も立ち会ってみたいと思った。それが理由ではおかしいか?」

 

「おかしくはないけど物好きね。むしろ好き者? まぁ怪我したりしないようにちゃんと手加減はしてあげるから安心しなさい」

 

「ふん、言ってくれるな……ISから遠ざかって久しいが、年端もいかん小娘に手加減されなければならんほど腕を錆び付かせた覚えはないぞ」

 

 ワイシャツのボタンを外す手を止めた千冬は体ごと霊夢の方へ向き直ると、ロッカーに背中を預けた。ついで顎を突き出すような仕草をし、ベンチに腰かけている霊夢へ見下すような目線を向けながら唇の端をつり上げ、剣呑な笑みを閃かせる。

 

「怖いわー。千冬怖いわー」

 

 獲物を前にした肉食獣とかはこういう表情になるのかしら。静かに闘志を湛える千冬をそう評価しつつも大して恐れるような風もなく、とぼけた口調でもって霊夢はうそぶいてみせる。からかいとも呼べる千冬への言及をそこで打ち切った霊夢は、室内をぐるりと見渡した後、別の話題を口に上らせた。

 

「そんなことよりもさ。弾幕ごっこはいずれ公表する予定なんでしょ? 千冬が教え子さんたちを黙らせたこともそうだし、こんなところでコソコソする必要もないじゃないの」

 

 いいお天気だし外に出たいよー。そう唇を尖らせる霊夢の主張を、違いないな、と千冬は首肯する。タイトスカートを脱ぎ下ろしスパッツ状のISスーツに履き替えながら千冬、続けていわく、

 

「IS学園は原則としてあらゆる国家組織に属さず、外的介入も認めていないが、だからといって内側からのリークを止める術が確立されている訳ではない。お前の言うとおりいずれ公表される話ではあるが、口が軽いか他所からの息がかかった生徒に弾幕を目撃されてデモンストレーション前に外部に漏らされてしまっては、当日に与えるインパクトが半減してしまうからな」

 

「なるほどなるほど。再デビューは出来るだけ華々しくしたいのね」

 

「波及効果の深度についての理由だ。私が見栄っ張りだからみたいに言うんじゃない」

 

 にやにや笑って揚げ足を取ってくる霊夢にうんざりした声音で言い返しながら苦笑してみせ、千冬はワイシャツとインナーを脱いだ。ついでシンプルなデザインのブラを外し、ISスーツに素肌のまま袖を通す。

 それは別段おかしなところなどない、背広からISスーツに着替えているだけの光景だったが、さらけ出された千冬のバストの豊かさに霊夢は目を奪われ、うわっと小さく声を上げてしまった。

 

 我知らず、自分の胸に手を当ててみる霊夢。

 

 たっぷりとかずっしりと表現するに相応しい織斑山脈に対して、ぺったり、もしくはすっきりという言葉で事足りてしまう博麗高地。年齢差はともかくとして、女性という同じカテゴリにあるにも関わらず、なぜこれほどまでに差があるのだろうか。例えて言うならば乳牛と牛乳くらい似てて非なる上にボリュームの開きがあり、羨ましい云々という以前に単純に不思議で仕方がない。

 

「……あるところには、あるものなのねぇ」

 

「何の話をしている?」

 

「いや、だからそれ」

 

 まったく臆することなく、霊夢は千冬のバストを指し示した。髪を結わえるため両手を後頭部に当てている格好のまま、ISスーツに包まれた自身の胸元へ視線を落とす千冬。

 

 そこで初めて霊夢が何を槍玉に挙げているか悟った千冬がこのとき見せた反応は特筆に値する。切れ長の双眸をさらに細めて両腕で胸元を隠し、珍しくも赤面しながら困ったような顔で霊夢を睨むという彼女にしては人間味を帯びた、ということは滅多に見られるものではないリアクションでもって霊夢への糾弾を表現した。

 

「お前、もう少しオブラートに包んだ言い方というものをだな……おい、あまりじろじろ見るな。見られて恥じ入るものでもないが、その、なんだ。そうも凝視されるとさすがに決まりが悪い」

 

「あ、隠さないで。もっと見せて」

 

「聞く耳持たんわ、馬鹿者」

 

「おっきなおっぱいって見慣れてないから珍しいのよ。とても他人のことは言えた義理じゃないけど、私の周りってみんなお子様体型だから」

 

「何だそれは。ネバーランドでもなかろうに、周りにいるのは子供ばかりとでも言いたいのか?」

 

 肩をすくめて皮肉を返す千冬だったが、動きを止め、ふと視線を泳がせる。どうしたのかと訝しんでいると、体をくの字に折り曲げた千冬がいきなり呵々と笑い出したため、霊夢はぎょっとしてしまった。

 

「ははは、まったく埒もない思い付きだったが我ながら冴えているな。空も飛べることだしお前はきっとネバーランドから来たに違いない。うむ、そう仮定するといろいろ辻褄が合う」

 

「え。な、なにそれ? いったい何言ってるの?」

 

 まったく耳にしたことがない単語と千冬の豹変に霊夢はうろたえるが、自身の当て推量がよほど気に入ったのか、千冬は愉快そうな顔をして笑いを噛み殺すばかりだった。呆気に取られて目をしばたかせている霊夢をよそに更衣を済ませた千冬はバッグを収めたロッカーに施錠するときびすを返し、更衣室を出ていこうとする。その通り過ぎしなに霊夢の肩をぽんと叩き、楽しそうに言葉を発した。

 

「待たせたな。さ、行くぞティンカーベル」

 

「なな何よ。ティンカーベルってどういう意味――あ、ま、待って千冬! もう、なんなのよー」

 

 圧縮空気が抜ける音がし、更衣室と通路を隔てるドアが斜めにスライドする。きょとんとする霊夢に構わず千冬はひとつにまとめられた髪を揺らしながらさっさと出て行ってしまい、慌てて立ち上がった霊夢も千冬に続いて更衣室を出て行き――そしてすぐ戻ってくる。ベンチのところにお祓い棒を置き忘れてしまったのだ。置き去りにされていた得物を取り上げると再び更衣室を後にし、駆け足でもって千冬を追いかけた。

 

 白々とした明かりが飾り気のなさを強調している連絡通路を抜け、IS学園の制服を着た女子生徒たちが働き蟻のごとく行き来しているピットを脇に見つつ、霊夢は千冬の後に続いてアリーナまで進み出る。

 

 外周およそ200メートルほど。白衣を纏った男女が忙しそうに右往左往し、アリーナ壁面に沿って並べられた機械の数は、人間たちのそれよりも多い。頭上を仰ぎ見れば透明の強化ファイバーグラスがアーチ型の天井を形作り、室内であるはずなのに、野外にいるのと変わらない印象を受ける。空調も整っているようで環境としては申し分ないが、風が通らず、空と地面との間に遮蔽物があることに霊夢は息苦しさに似た閉塞感を何とはなしに感じていた。

 

「んー……」

 

「渋い顔をしてどうした。何か気がかりでもあるのか?」

 

「気がかりとかじゃないんだけど、こういう場所は狭く感じるというか、居心地悪いというか」

 

 うまく説明できないもどかしさを感じつつも、霊夢は率直に打ち明けた。

 

 誰よりも自由であると自負し、何者にも縛られないことをもって旨とする霊夢にとって、大勢の人間が行き交い、用途の知れない機械が並べられ、閉め切られた空間中に雑多な音が反響しているこの場所は、いくら広くても決して心地よい空間ではなかったのだ。

 

「でもまぁ心配しなくたって大丈夫よ。弾幕は場所を選ばず使えるから問題ないわ」

 

「私が心配しているのはそこでなく、お前の具合なんだが」

 

「ふーん。千冬、私を気遣ってくれるんだ?」

 

「霊夢が倒れれば測定が中止になり、多忙な合間を縫って協力してくれている倉持技研に無駄足を踏ませることになる。それに整備科の連中にも顔が立たん。それを懸念しているだけだ」

 

「照れない照れない」

 

 にしし、と笑いながら肘先で脇腹を突っついてくる霊夢に嫌そうな顔を向ける千冬。

 

 この美しくも無表情な女性は甚だしく気難しいように見えるが、実は感情を表現するのが苦手であるか表情がきわめて硬いだけで、意外と与しやすいのかもしれない。千冬への評価をそう改めた霊夢はさらにからかってやろうと欲して千冬に話しかけようとするが、それよりも、霊夢が千冬でない人物から話しかけられる方が先だった。

 

「やぁやぁそこなお二方、このたびはお招きどーも」

 

 先に反応した千冬に遅れて、声がした方へと顔を向ける霊夢。

 

 フランクに言いながら割って入ってきたのは濃いグリーンのニットの上に白衣を羽織った、若い女性研究者だった。カールがかった癖毛を頭の左右で結わえたコケットな髪型といい、犬歯を剥き出しにした人好きのする笑顔といい、どこか子供っぽい雰囲気を見る者に与える女性である。それだけに、ヘアバンドのように額を覆っているゴーグルめいたサングラスが何とも不釣り合いな印象に感じられた。

 

「篝火。忙しいところを呼び立ててすまなかったな」

 

「なんのなんの、お呼びとあらば即参上ってね。我らが倉持技研は出前迅速、所員はいい加減だけど仕事は確実なのがモットーさ。色紙にそう書いて研究所の壁に飾っといたら10秒でフリスビーにされちゃったけど」

 

 千冬とは旧知の間柄と思しき女性は、千冬からのねぎらいに気さくに笑って応える。相変わらずだな、と肩をすくめる千冬はそのまま、篝火なる研究者に霊夢を紹介した。

 

「おおー、君が霊夢ちゃんか! んふふ、話は聞いてるよ。自力で空を飛べちゃううえに魔法みたいな力でISを、それも代表候補生が使う専用機を4機もフルボッコにして圧勝したんだって?」

 

「ふ、ふるぼっこ? ……いや、まぁその。とりあえず、弾幕ごっこで戦ったあいえすには全員に勝ってるわよ」

 

「オーケーオーケー。いや、若者は元気があってよろしいねー」

 

 うんうんと感じ入ったように頷く彼女は、なかなかに剽軽な人物であるらしい。千冬は今度は逆に、篝火ヒカルノだ、と霊夢に白衣姿の女性を紹介してみせる。

 

「彼女は昔の同級生でな。倉持技研第二研究所所長の要職に就く科学者で、同期の出世頭だ」

 

「何をおっしゃるウサギさん、いやさ織斑さん。ブリュンヒルデの誉れも高い織斑さんにそう言われたんじゃ立つ瀬がありませんや」

 

 へこへこと叩頭して応じるヒカルノに、すでに何度目かも知れない苦笑を浮かべる千冬。

 

 千冬と同期であるにも関わらず正反対の性格である両者を見比べ、霊夢は、外の世界の人間って変わった奴が多いのねと感想を抱いたが、そうする一方で、自身が生まれ育った幻想郷でも変わり者が多いことに思い至って複雑な心境になったものである。あまり考えたくないが、場所云々ではなく単に自分の周りに変人ばかりいるだけなのではないか?

 

 ただ千冬もヒカルノも変わり者であることには違いないが職務に対して忠実であり、また、いつまでも公私混同を続けるほど愚かでもないようだった。久闊を叙するのもそこそこにしてヒカルノがおもむろに用件を切り出してくる。いわく、

 

「そいで、今日はなんだっけ。霊夢ちゃんが使うスペルカード? とかいう弾幕――今んところは高圧エネルギー弾に分類されるものって認識してっけど、そいつを分析してIS用の装備武器で再現できるようにしてほしいって内容で理解してるけど、間違いなかった?」

 

「大筋はそうだ。完全に再現できずとも模倣というレベルで構わん。頼めるか」

 

「はいな。とはいえ現物を見てみないと結論は出せないけどね。ま、何も分からないことが判明しました、すみませんでした、みたいな醜態はさらさないよう相務めますよ」

 

 さっそく始めますか、と切り出したヒカルノの号令のもと、小アリーナ内にあって準備に努めていた研究者たちが、測定作業に移るべくめいめい動き始める。

 




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