キルアが斬る! 作:コウモリ
「そうか…」
アカメからの報告を受けて、ナイトレイドのボスであるナジェンダは呟くようにそう答えた。義手である右手を擦りながら複雑な表情でアカメとタツミのことを見ている。
「任務を…果たせなかった」
アカメはそう言うと無念そうに俯く。
「…で、でも結果として、こちらの目的は果たせたわけだし、結果オーライって奴じゃないですかね?」
タツミがフォローのつもりでそう言うと、ナジェンダは首を横に振った。
「確かに、結果だけ見れば標的は皆死んだ。我々の目的は達せられている。…でも、それが素性の分からぬ者の手によるものであるというのは少々いただけないな」
「それってどういう…。悪い奴が死んだんだから、それでいいじゃないですか。誰が殺ったかなんてどうだって…」
と、その時、タツミの後頭部に痛みと衝撃が走った。誰かに後ろから殴られたらしい。
「痛っ!」
振り向くと、そこには髪型をリーゼントに決めた大柄な男が立っていた。タツミが「兄貴」と慕うブラートである。
「兄貴!一体、何を…」
「お前はそんな志で戦っていたのか?」
ブラートは決して怒鳴るような感じではなく、落ち着いた声音でタツミのことを窘める。すると、ナジェンダがブラートの言葉に続けて口を開いた。
「…タツミ、我々の最終的な目的は悪党共の抹殺じゃない。この国をあの大臣の手から救い出し、本当の意味で自由と平和を取り戻すことだ。ナイトレイドのやっていることというのは、そのいち手段に過ぎない。無論、肯定されるようなやり方ではない。だからこそ、その意思の無い者の手で標的が討たれるというのはあまり望ましいことではないんだ。お前が思っているよりもこのことは重大なんだよ」
「俺たちは所詮は卑怯で外道な人殺し集団…。俺たちもそのことは自覚している。いや、しなければならない。だがな、その根底にある思いって奴まで忘れちまったら、本当の意味で外道になっちまうのさ。だから、俺たちは俺たちの確固たる意思を持って標的を殺さなければならない。殺しに行って、どこの馬の骨とも知れぬ奴に先を越され、それでも標的は死んだんだからそれで任務完了ってのはちょっと違うな」
「…………」
タツミは何も言い返せなかった。
ナイトレイドは帝国に対しての暗殺集団。外道な人殺し。それ以上でもそれ以下でもない。いくら方便を重ねようが自分たちのしていることはただの殺害行為でしかない。故に道端で報復を受けて野垂れ死んだとしても、それを甘んじて受けなければならぬ、そんな存在である。だが、だからと言って理由もなく相手を殺すような本当の意味での屑ではいけないのだ。
外道な人殺し集団。だからこそ、ナイトレイドが帝国の悪を討たねばならぬ。そういった思いをナイトレイドのメンバーは少なからず抱いているのである。
(俺、ナイトレイドのこと全然理解してないんだな)
タツミは改めて今、自分が身を置く組織について考える。タツミが任務で人を殺したことは一度や二度ではない。それでも、それは正義の為だと思っていた。いや、思い込んでいた。
しかし、それはあくまで小さな自己満足。自身の行為を正当化する為の言い訳でしか無かった。
この国の未来の為、そんな風に思ったことは実際には一度も無かったかも知れない。だから、悪人さえ死ねばそれでいい、といった浅い考えに至ってしまうのだろう。つくづく自身の志の低さと認識の甘さを思い知らされる。タツミは少し落ち込みながらも無言のまま先程の失言を反省していた。
「タツミ、気を落としちゃダメですよ」
タツミにそう声を掛けたのは眼鏡を掛けた女性であった。肩を落とすタツミへ優しげに微笑みかける。
「タツミはまだナイトレイドに入ったばかりなのですから、これから一つずつ積み重ねていけばいいんですよ」
「シェーレ…」
彼女の、シェーレのその包み込むような母性溢れる言葉にタツミは頑張ろうという気持ちになった。
「有り難うシェーレ。俺、頑張るよ」
「その意気ですよタツミ」
シェーレは満面の笑顔でタツミのことを応援する。
それをツインテールの少女があまり快く思っていなさそうな表情で見つめていた。
「ったく、シェーレはタツミのこと甘やかし過ぎ!」
「そう…でしょうか?」
「そう!そんな甘っちょろい考えの奴は放っておいて勝手に悩ませておけばいーの!」
「はあ。マインがそう言うのでしたら…」
シェーレはツインテールの少女、マインの言葉に取り敢えず頷いてみせた。すかさずタツミが突っ込む。
「いやいや!そこ、頷くところじゃ無いから!」
「アンタは黙ってなさい!」
「はあ…。私はどうしたらいいんでしょうか…?」
その様子をやれやれといった感じで見つめていたナジェンダであったが、煙草を一本咥えて火を点けると表情を一変させる。
「…それにしても気になるのはその主犯の少年だ」
ナジェンダが懸念していたのはアカメの報告の中で聞いた銀髪の少年のことであった。
「アカメから聞いた容姿の情報から推測するに、恐らく、夕方頃レオーネが言っていた少年と同一人物だろうな」
「…………」
レオーネはナジェンダから視線を送られても何も答えなかった。先程から少し難しそうな顔で黙り込んでいる。
「姐さん…?」
レオーネのことを心配して緑髪の少年が彼女のことを呼ぶ。それでもレオーネが何も言わないので緑髪の少年は肩をすくめた。
「ラバック、こういう時はそれこそ放っておいた方がいい。レオーネなりに考えているんだろうしな」
ブラートがそう言うと、緑髪の少年、ラバックはコクリと頷いた。
「…しかし、この二人を相手に圧倒するなんてな。何者なんだその少年は?」
「…確か、観光に来た。とか言っていたな」
ブラートの疑問へアカメが答えた。
「観光、ねえ。この帝都へ観光に来るなんざ相当な物好きか、事情をよく知らない田舎者或いは余所者だろうな」
「何れにせよ、その少年がまだ帝都にいるのならば、任務の最中にまた出くわすこともあるかも知れないな」
ナジェンダはそう言うと煙草の煙を吐いた。
「アカメ以上の戦闘力を持つ子供…それも敵か味方か分からない、か。…厄介だな。何か対策を立てる必要がありそうだ」
「へー。どんな対策立てんの?」
その瞬間、この場にいた者たちに緊張が走った。一斉に、声のした方を振り返る。
「面白そうな話をしてんじゃん」
そこに立っていたのは、眠る子供を大事そうに抱える銀髪の少年であった。