キルアが斬る!   作:コウモリ

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第1話 ②

「ここだタツミ」

 

闇夜の中、裏路地の近くにある一軒の宿屋の前で黒髪の少女が一緒にいた少年へそう告げる。タツミと呼ばれた少年はコクりと頷いた。と、二人は素早く裏口へ回り、宿屋への出入口への扉の前に立つ。

 

「標的は中にいる筈だ。取り引きが行われるのは毎週この時間だそうだからな」

 

黒髪の少女が小言でそう言うとタツミは「ああ」と答えた。彼は何処か険しい表情をしている。

 

「…しっかし、許せねえ!宿泊客を騙して人買いに売るなんて、その宿屋の店主卑怯過ぎんだろ!」

 

タツミは語気を強めて言った。思わず拳を握る力も強くなる。

 

「あまり大きな声を出すな。誰に聞かれているか分からない」

「あ、ああ。ごめん。アカメ」

 

タツミはアカメと呼ぶ黒髪の少女へ謝る。少々不満げな表情を浮かべはしたが、彼女の言うことももっともなので手で口を押さえる仕草をした。

 

「中の様子はどうだ?」

 

アカメが尋ねる。タツミは、扉に耳をくっつけ、中の様子を伺った。

 

「…今のところ何も動きは無いみたいだな」

「そうか。じゃあ行くぞタツミ。音を立てるな」

「ああ、分かった」

 

タツミはゆっくり慎重に扉を開いた。鍵は掛かっていないみたいだ。不用心なのか、バレるなどと微塵にも思っていないのか。何にせよ中へ入るのには好都合であった。

 

「…そう言えば、ボスは大分前からこの件について調べてたみたいだけど、そいつらも帝国と何か関係があるのか?」

 

タツミがふと思い浮かんだ疑問を口にする。すると、アカメが小声で答えた。

 

「…人身売買で儲けた金は帝国に入っているそうだ。だから、この流れを断ち切るだけでも帝国には少なからずダメージを与えることになる」

「なるほどな」

 

タツミは納得する。宿の中は暗かったが、奥の方に僅かな明かりが見える。誰かが宿泊しているのか、はたまた悪党どもがそこに屯しているのか。

 

と、その時であった。

 

 

「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」

 

 

「!?」

「な、何だ!?」

 

何者かの叫び声。奥の方の部屋からである。

 

「行くぞタツミ!」

「あ、ああ!」

 

二人は忍び込んでることも忘れ、奥の方の部屋へと走り出した。

 

 

 

「もしもし…」

 

年老いた宿屋の主人が扉をコンコンと叩いてきた。こんな時間に何か用事でもあるのだろうか。まだ寝ていなかったとはいえ、わざわざ店の人間が来訪してくる時間ではない。

 

「何?」

 

キルアは素っ気無く答えた。すると扉の向こうから小声で返事が来る。

 

「坊ちゃん方。サービスでお飲み物でも如何ですか?」

「飲み物か…」

 

そう言えばとキルアは喉が渇いていることに気が付いた。

 

「ちょうどいいや。貰うよ」

「へえ」

 

キルアから許可を得たので、老人は扉を開けて部屋の中へ入る。手には二つのカップを持っていた。

 

「おや?お連れ様はもう眠っておられましたか」

 

ベッドで寝ているアルカを見て老人はにっこりと微笑む。

 

「では、坊ちゃんだけに…。当店特製のドリンクでございます」

「ありがと」

 

キルアは老人からカップを受け取ると、口をつけて一気に中の飲み物を喉の奥へ流し込んだ。

 

「…プハー。変わった味だけど結構イケるな、コレ」

「へえ、有難うございます」

 

 

 

(…ククク、それは一口で竜すらグッスリの強力な睡眠薬入りのドリンクさあ)

 

老人は内心ほくそ笑む。

彼は密かにこうして自分の宿屋へ泊まった客を特製のドリンクで眠らせ、その間に人買いへ売っていたのだ。

そして本日はその取り引きの日。既に人買いの商人たちへ渡す分は確保していたのだが、取り引きの時間前に新たな客を迎えることとなった。当初は子供だけだったので面倒だと思ったが、意外と金を持っていたこと。そして、子供とは言え商品に変わりはないと思い直してこうして泊めたのである。

 

(ほらほら、子供は早く寝るんだよ。次に目が覚めた時は二人とも…くぷぷ)

 

「もう一つ頂戴」

「え?」

 

(…ん?どういうことだ?入れた睡眠薬の量が少なかったのか?)

 

老人が戸惑っていると、目の前の少年はもう一つのカップを取って、これまたゴクリと一気飲みした。

 

「…プハー。もっと無いの?」

「ええっ!?」

 

(あ…有り得ん!!一杯ならず二杯も飲んでピンピンしているなど…!!)

 

 

 

「ん?何驚いてんの?」

 

完全に狼狽する老人の様子を見てキルアは尋ねる。心なしかその表情には笑みが浮かんでいた。

 

「い、いや…その…」

 

老人は返答に詰まっている。と、キルアはわざとらしく手をポンと叩いて見せた。

 

「ああ、そうだ。言うの忘れてたけどさ。俺、毒の類とか効かないんだよね」

「へっ…?」

「だからさ、睡眠薬とか全然平気なんだよね」

 

キルアはさも当然のような表情でそう言ってのける。その言葉に老人は言葉を失い驚きの表情を隠せないでいた。暫しの沈黙。場に不穏な空気が流れる。

 

「でさあ…」

 

先に口を開いたのはキルアの方であった。その顔に一切の笑みは無い。ただ冷たく、まるでゴミを見るような目で老人を見つめている。

 

「何でこんなもん飲ませようとしたの?」

「へ?」

 

この時、老人は全身が恐怖に支配されていた。目の前にいるのはただの子供。そうと分かっていても、その底暗く禍々しいような目に見つめられると冷や汗と震えが止まらない。

 

「え、えっと…そ、その……」

「俺だけなら別にいいよ。どうせ効かないし。でもさあ…」

 

キルアは徐に老人の腕を掴んだ。

 

「アルカに手を出そうとしやがって…。楽に死ねると思ってんじゃねーぞ?」

 

そう言ってキルアは手に力を込めた。ベキベキっと乾いた樹木が折れるような音が辺りに響く。細く枯れ木のような老人の腕はキルアの手の中で簡単に潰れてしまっていた。

 

「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」

 

老人はあまりの痛みに叫び声を上げた。

 

「どうした!?」

 

その時、屈強な男たちが数名部屋へ流れ込んで来た。近くの部屋にでも潜んでいたのだろうか。老人が這々の体で男たちの元へ助けを求める。

 

「ひぃ、ひぃ…だ、旦那あ。た、助け…」

「てめえ、勝手に喋ってんじゃねーよ」

 

キルアは闖入してきた男たちを気にも留めず、そう冷たく言い放つと右手で素早く老人の喉を抉った。老人の喉から噴水のように血が飛び出してくる。

 

「ぐぁっ!?ぐぁっ、ガポッ、ビュー」

 

老人の口の中には血が溢れ、抉れた喉からは空気が漏れていた。最早、まともな言葉を発せる状態ではない。

 

「な、な、何だてめえは!?」

 

男たちの中ので老人から「旦那」と呼ばれていたリーダー格っぽいヒゲ面の男が目の前の光景を見ながら怒鳴る。

 

「てめーらこそ誰だ?そこのジジイの仲間か?」

「こ、このクソガキがあ!ぶっ殺して…」

「みたいだな。じゃ、死ね」

 

キルアはヒゲ面の男が皆まで言う前にその肩へ飛び乗ると、首を360°まるでハンドルでも回すかのように捻った。メキメキと鈍い音を立てながらヒゲ面の男の首はその可動領域を簡単に超える。次の瞬間、男はそのまま呆気なく倒れた。

 

「…次はてめーか?それとも、てめーか?」

 

男の肩から床へ着地すると、キルアは残った男たちへ目を向けた。その瞬間、男たちは次々と戦意を失い、後ずさっていく。相手がただの子供ではない、まとも対峙してはいけないと本能が叫んだのだろう。

 

「う、うわあああああああ!!」

 

一人の男が端を発して叫ぶと、他の男たちも次々と恐怖で叫びだす。

 

「に、逃げろおおおおおお!!」

「助けてえええええええ!!」

「ぐあああああああああああああ!!」

 

それを切っ掛けに男たちは走り去ろうとする。しかし、キルアは逃すつもりは無かった。一瞬の内に逃げる男たちを追い抜き、目の前に立つ。

 

「…ほら、返すぜ」

 

キルアはそう言って男たちへ何かを投げ渡した。男たちは思わずその何かを受け取る。血塗れの肉塊のようなもので、それは手の中でビクビクと動いていた。

 

「あ、ああ、あああ…」

 

それが自分たちの心臓であることに気が付いた時には、男たちは絶命していた。キルアはあの一瞬で男たちの心臓を抜き取っていたのだ。

 

「…やっぱまだまだ親父みたいに上手くはいかねーな」

 

僅かに手に付着した血を見ながらキルアは呟く。

 

「さて、と。おいジジイ。まだ生きてんだろ?」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

老人は口から大量の血液を吐き出しながら逃げ惑う。キルアはゆっくりと老人の元へ近付いた。

 

「ぼ、ぼだぶべぇぼ…」

「ああ?何言ってんのかわかんねーよ」

「ぼ、ぼだあ…!」

「…てめーがやろうとしたことはなあ。万死に値すんだよ。あの世で後悔してろ」

 

そう言ってキルアは素手で老人の首を捻切った。老人は絶命し、周辺には血が飛び散る。ここまで二分も経っていないほんの僅かな間の出来事であった。

 

「あーあ。こっから出ねーとな」

 

キルアはそう言うと騒ぎの間もぐっすりと眠っていたアルカの元へ向かった。

 

「動くな!」

 

その時、キルアの背後から声が聞こえた。振り返ると、そこには黒髪の少女が刀をこちらへ向けて立っているのが見えた。


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