キルアが斬る!   作:コウモリ

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第8話 ④

「貴方が…何故ここに…?」

 

ブラートは目の前の壮年の男…リヴァへと問い掛ける。自身の知るリヴァという人物は、こんな場所にはいない筈であった。大臣へ賄賂を贈らなかったという下らない理由で干され、終いには左遷に近い扱いを受けたと聞いていた。それが、何故、今、この場所に。

 

「本当に久方振りだな、ブラート。以前と比べて、また腕を上げたのでは無いか?鎧越しからでもそれが伝わってくるぞ」

「……リヴァ将軍」

 

思わずブラートはかつて毎日のように呼んでいた名前を呟いた。それに対して、リヴァは首を横に振って答える。

 

「…今はもう将軍ではない」

「…確かに貴方はもう帝国の将軍ではない。あの憎き大臣の手によって全てを奪われた。それでも貴方は…」

「違う。そうじゃない。今の私はただの下僕なのだ」

「え…?」

 

ブラートの戸惑い。リヴァはただ無言で頷く。

 

「…そう、今の私はエスデス様の忠実なる下僕なのだよブラート」

 

信じられない言葉を耳にしてブラートは言葉を失った。この瞬間、ブラートは理解する。目の前にいる男がただ懐かしさだけで声を掛けてきた訳ではないと。明確な敵意を持って自身の目の前に立っているということを。

 

「何故…ですか?何故、貴方のような人が帝国の、それもよりにもよってあのエスデスの…」

「知った風な口を聞くなブラートッッ!!」

 

静かな口調であったリヴァが突然声を張り上げた。

 

「あの方は私に全てを与えて下さったのだ。再び生きて戦う意味を、そして理由を!!」

 

そう激白するリヴァの目は本気であった。一点の曇りもない。寧ろ、狂信的とも言える。

 

「私は帝国に忠誠を誓ったのではない。エスデス様に忠誠を誓ったのだ。あの御方を愚弄するのであれば、貴様であっても容赦はせぬぞブラート!」

(…何ということだ。よりにもよって最悪な人間が敵に回ってしまった)

 

ブラートは思わず歯噛みする。かつての上司であるリヴァはブラートの動きや癖なども理解している。それだけでも単純に厄介な相手なのだが、何より人材的にも純粋に国を思う誠実な将軍が、洗脳などの類いではなく、自らの意思で敵側に付いたというのが痛い。リヴァは間違いなく、帝国を大臣の手から取り戻した暁には、その未来を担える人材の一人であったからだ。

 

「…例え、貴方と言えども、敵として現れたならば…斬る!!」

 

苦渋の表情で槍を構えるブラート。肉体は本調子ではなく、更に相手が相手。苦戦は免れない。そう思った矢先であった。

 

「いぃぃやあああああああああ!!」

 

雄叫びを挙げながらタツミがリヴァに向かって剣を振るった。ブラート同様に本調子でなく、先程までフラついていたとは思えぬ程の鋭い一撃であった。残念ながら、その斬撃は紙一重で交わされてしまう。

 

「くっ!」

「ほう……?」

 

リヴァの目が一瞬変わった。

 

「ふん!」

「うわあ!!」

 

リヴァは避け様に回し蹴りを放ち、タツミをブラートの方へ蹴り飛ばした。飛ばされたタツミはブラートにキャッチされて事なきを得る。

 

「つっ…!」

「タツミ!大丈夫か!?」

「アニキは下がってろ…」

「!?」

 

タツミからの言葉にブラートは脳天へ強い衝撃を受ける。タツミはフラつく体を剣で支えながら再び立ち上がった。

 

「…よく分かんねえけど、アニキはアイツと知り合いなんだろ?だったら、アニキはアイツと戦っちゃダメだ!」

「タツミ…」

 

ブラートは突然、自身で自身の顔面を殴り付けた。

 

「アニキ!?」

「へっ、目が覚めたぜタツミ。有難うよ。だがな…」

 

ブラートは改めて槍を構える。今度の構えは心なしか先程よりも洗練されているように見えた。

 

「このブラート。まだまだお前に心配される程、落ちぶれちゃいないぜ!!」

「アニキ…」

「下がってな、タツミ。奴は十中八九帝具使いだ。帝具を持たないお前じゃ分が悪い」

「…分かった」

 

一緒に戦いたいという思いは勿論あったが、それ以上にブラートの邪魔をしたくないと思ったタツミは素直に後退した。

 

「…吹っ切れたな、ブラート」

 

リヴァは二人の様子を見てそう言った。そして、視線をタツミの方へ向ける。

 

「…実にいい目をしている。動きはまだ粗削りだが、決して悪くはない。正に、磨けば光るダイヤの原石だな」

「へ…?」

 

突然、敵から褒められて戸惑うタツミ。

 

「…だが、先程の攻撃はなっていなかったな。雄叫びを上げてしまっては敵に奇襲を掛ける意味が無くなってしまう。反省すべき点だぞ少年よ」

「す、すみません…」

 

窘められ、タツミは思わず反射的に謝ってしまう。それを見てリヴァはまたもフッと笑った。

 

「良き弟子を持ったな。ブラートよ」

「…当たり前だ。自慢の弟分だからな」

「アニキ…」

「…だからこそ惜しい。そんな逸材をこの手で摘み取らねばならぬとはな」

 

そう言ってリヴァは白い手袋を外した。すると、指には一際目立つ指輪が装着されていた。

 

「…これは我が帝具、水龍憑依『ブラックマリン』。様々な液体を操ることが出来る」

「…凄そうな帝具だ」

 

ゴクリとタツミは唾を飲み込んだ。

 

「フフフ、少年よ。エスデス様はもっと凄いぞ。私は周囲に水などの液体が無ければこの帝具を使うことは出来ないが、エスデス様は無から氷を作り出せる。時と場所を選ばない」

「何だって!?」

「…生憎とここは船の上。水分には事欠かぬ!」

 

リヴァはそう言った直後に強く念じ始めた。すると、タツミとブラートを囲むように四方から水で出来た槍が出現する。

 

「さあ、言葉を交わすのはこれで終わりだ。これからは帝具使い同士の闘争。生き残るのは、どちらか一人!!」

「それはアンタじゃない!!俺たちだ!!」

 

ブラートは高く飛び上がると、華麗な槍さばきで水の槍を一瞬の内に破壊した。そして、そのまま空中で態勢を整えると槍の切っ先をリヴァへ向けて急降下する。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「来い!!ブラートォォォォォォォォォ!!」

 

 

 

「…チッ、仕留め損なっちまった」

 

キルアは残念そうに呟いた。確かに相手の心臓を貫いたと思ったが、間一髪で避けられてしまった。こんなミスをするなど、いつもの自分らしくない。

 

(妙に体が動きにくいな…。さっきの奴の笛のせいか?)

 

不自然な音色が聞こえた瞬間に近くにあったテーブルクロスを千切り、それを唾で湿らせて耳栓の代わりにしたが、それでも僅かに漏れた音がじわじわとキルアに効いてしまっていたのだろう。だからか、何時もより動きが鈍くなってしまっていた。笛の主は奇襲で痛め付けたので難なく倒せたが、この巨体の男はそうはいかなかったようである。また、男も見た目よりは俊敏のようだ。

 

「ぐっ…てめえがニャウを殺ったのか?このクソガキが!!」

 

男は胸を押さえながら吐き叫んだ。そして、薄闇にも目が慣れてきたのか、動かないキルアを視界に捉えてニヤッと口の端を持ち上げる。

 

「…くくっ、どうやらニャウの笛が効いてきたようだな。でなければ、俺をとっくに殺れてたろうにな」

「…………」

「貴様にチャンスはもう無い。ここからは俺の一方的なターンだ!」

「あ?」

「ニャウを殺した貴様の経験値、このダイダラ様がたっぷりと頂かせて貰うぜえ!!」

「……てめえ、何勘違いしてんだ?」

 

キルアはドスを利かせた声で言った。

 

「俺が弱ったって、てめえが強くなったわけじゃねーだろ。この雑魚が」

「抜かせ!!」

 

巨体の男…ダイダラは素早く手にした帝具、二挺大斧「ベルヴァーク」をキルアへ向けて投げ飛ばした。「ベルヴァーク」は見た目の通り巨大な斧の帝具で扱うには相応の筋力を必要とする。しかし、その攻撃力は並大抵のものではない。更にこのベルヴァークは一度投擲すると敵をぶった斬るまで追跡するのだ。

 

「先に言っておくが、逃げても無駄だぞ!」

「とっくにネタは割れてんだよ!」

 

そう言うと、キルアは避ける素振りも見せずにでんと構えて待ち構える

 

「最早敵わねえと諦めたか!」

「ちげーよ」

 

キルアは両手を前に出し、勢い良く向かってくるベルヴァークを受け止めようとしていた。

 

「馬鹿が!!そのまま真っ二つになってしまえ」

「ッ!!」

 

重い衝撃音が辺りに響く。それは決して大きい音では無かったが、確かに耳に入る程であった。

 

「なっ!?」

 

ダイダラは目の前の光景に開いた口が塞がらないでいた。渾身のベルヴァークの投擲、それもこんな至近距離でおいて、自身の半分くらいの身の丈の子供が一歩も後ずさることなく受け止めていたからである。

 

「どう?御自慢の一投を止めてやったけどさ?」

「そ、そんな馬鹿な…!!」

(あ、有り得ん!!どんなに鍛え抜いた巨漢であろうが、この距離、そしてあのスピードのベルヴァークを受け止めれば、勢いのまま腕もろとも体が両断されてしまう筈。それをこんなガキが…)

「鍛え方がちげーんだよ。ま、レイザーの球に比べれば遅いね」

 

キルアはニヤリと笑った。彼がこうしてベルヴァークを受け止められたのは巧みなオーラの操作によるものである。ベルヴァークを掴む腕と手、踏ん張る為の足へと絶妙な量のオーラを集めたのだ。足へのオーラが足りなければ吹き飛ばされてしまっただろうし、腕と手へのオーラが足りなければ受け止めるどころか体から離れることになっていたであろう。キルアの天才的なセンスが成せる技であった。

 

「どうせ追い掛けてくるなら、こうして受け止めた方がリスクはあってもマシってね」

「ぐ、…ぐぐ…」

 

万策尽きたダイダラは呆然と立ち尽くす。キルアはベルヴァークを左手に持ったままつかつかとダイダラへ近付いていった。

 

「…本調子じゃないならそのつもりで動く。今度はしくじらねーよ」

「あ、ああ…」

 

次の瞬間、キルアの右腕がダイダラの心臓を完全に貫く。そこでダイダラの意識は途絶え、二度と目覚めることは無かった。

 

 


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