キルアが斬る!   作:コウモリ

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第6話 ①

アカメたちからの報告を受けたナジェンダはまたも頭を抱える。暗殺対象であった人斬りザンクの惨殺。犯人は不明とのことだが、何となく検討はついていた。恐らくはあのキルアという少年だろう。

 

(…驚くべきは、帝具使いである奴をそこまで圧倒した点。か)

 

ナジェンダはチラリとアカメたちが回収してきた帝具、五視万能「スペクテッド」へ視線を移す。

 

(この帝具は、ある意味ではただ強力なだけの帝具よりも厄介だ。正直なところ、ザンク自体は大した相手でも無いが、この帝具の使われ方によっては苦戦は必至。少なくとも、我々の足元を掬うには十分だったろう。それをいくら実力があったとしても、恐らく帝具の存在さえもよくは知らないと思われる少年が初見で破るなど有り得るのか?)

 

無論、ザンクが帝具を使用する前に殺られた。という可能性もある。だが、ザンクの手口を調べるに奴が殺人を行う際に帝具の力を使用していることはまず間違い無い。例え子供相手でも容赦はしなかったであろう。

 

“帝具を使われた上で帝具使いを圧倒した。”

 

理由をつけて相手を下に見積もるよりも、そう考えた方が再度対峙した際には良いだろう。次、目の前にキルアが現れた時、こちらと敵対しないとは言い切れないからだ。何しろ彼はイレギュラーなのだから。

 

(…つくづく厄介な存在ではあるな。だが、だからこそ魅力的であるとも言える)

 

ナジェンダは目前に立ったキルアのことを思い出す。あの目、そしてあの身のこなし。間違いなく彼はこちら側の住人だろう。ただ、その闇の深さは自分たちの比ではない。オパールかブラックオニキスのように妖しくもこちらを吸い寄せる闇の色。アカメでさえあそこまで深い闇では無かった。幼いのにここまでとは流石は噂に聞くゾルディック家の一人だとナジェンダは感心する。

 

(こちらもスケジュールを早める必要があるな…。早めの増員も考えねばならないかも知れん)

 

キルア=ゾルディックという不確定要素は現状はナイトレイド、ひいては革命軍に対して有利に動いている。ならば、攻勢に出るのも今の内と考えるのはごく自然な思考であった。何時、彼が利敵行動に出るのか分からないのだから。

 

(…エスデスが何時、帝国に呼び戻されるかも分からないからな)

 

帝国の将軍であり、ナジェンダのかつての同僚であったエスデス。彼女も帝具使いであるが、ナジェンダの知る限りでは彼女こそ最強の帝具使いと言っても過言ではない。扱う帝具が強力なのは言うまでもないが、彼女自身の実力も並外れているのだ。それは側にいて強烈な寒気を感じる程に。彼女一人でこの戦況が大きく変わってしまうことは間違い無いだろう。現在は北方の異民族制圧に駆り出されているが、彼女だったらこちらの予測よりも早くそれを終えてもおかしくはない。北方の異民族には北の勇者と呼ばれる猛者がいるらしいが、楽観は出来ない。時間はもうあまり無いのだ。

 

(出来ることは可能な限り迅速に…。この時流を見誤ると、その代償は我々の命かも知れん。大袈裟では無くな)

 

このナジェンダの判断は凡そ正しい。そう、凡そは。

 

 

 

「…ここなら誰もいない、か」

 

キルアは周囲に誰もいないことを確認して路地裏へ入った。なお、アルカも一緒である。そして、服の中から一匹のネズミ…アルカ曰くグラーだそうだが、彼女を取り出すと、その頭を三回撫でた。すると、グラーからオーラが放たれて、彼女の口から例によってカガリの声が出て来る。

 

「…よお。元気か?子供は元気が一番だからな」

「余計なことは言わなくていーよ」

 

キルアは少し冷たくあしらう。それもその筈で、今朝宿から出たキルアたちが朝食を取りに近くの大衆食堂へ入ってすぐにグラーがやって来たのだ。食事を邪魔されたようでキルアは少し不機嫌であった。

 

「で、用件は何?」

「相変わらずドライな奴だな、お前は。ナイトレイドの情報が掴めたぞ」

 

これはキルアにとって朗報であった。昼まで特に連絡が無ければ、直接ナイトレイドのアジトへ向かおうと思っていたところだったからだ。

 

「へー、昨日の今日で随分と早く分かるもんなんだな」

「革命軍とナイトレイドはほぼ連動しているからな。彼らの任務だけならば、革命軍を張っていればある程度は掴むことは可能だ。勿論、彼らが独断で動いている時や彼らの詳細な動きはこちらからは掴めないし、だからこそお前に依頼したわけなんだが」

「分かってるって。今度はちゃんと潜入するよ」

「頼むぞ?」

「…ところで、昨日の今日でまた任務ってのは行動が早くないか?少なくとも俺が帝都へ来てからは毎日だぜ?ナイトレイドってそんな毎日毎日標的殺しに行ってんの?」

「偶々だろ。と、言いたいところだが、スケジュールを急いでいる感があるのは否めないな。革命軍でもその傾向がある。恐らくはエスデスが帝国軍へ戻って来ることを懸念してるんだろうな」

「前から気になってたんだけど、そのエスデスって奴はそんなヤバイの?」

 

キルアがそう尋ねると、カガリが少し沈黙した後に答えた。

 

「…かなり、な」

「でも、念は使えないんだろ?」

「念が使えなくても、それを補って余りある武器を持っているからな。帝具って知ってるか?」

「いや、知らない」

 

それらしきものを見たことはある、とはキルアは言わなかった。カガリはこちらをかなり信用しているようだが、キルアはカガリのことをそこまで信用してはいないからだ。こちらから提供する情報は少なくし、相手の情報を多く引き出す。駆け引きとしては常套のやり取りである。

また、帝具についてもあくまでそれ“らしき”ものであって、確信があるわけではない。具体的には、アカメという黒髪の少女が持っていた触れたらヤバそうな刀、昨夜キルアにゴンの幻を見せた男が額に付けていたスコープのようなもの。並々ならぬオーラを放っていたそれらが“帝具”である可能性は非常に高い。

 

「…んで、その帝具がどうかしたの?」

「ああ、帝具ってのは特殊な能力を持つ武具のことでな。まあ、俺たちの念のようなものだと考えればいい。尤も使い手を念ほど限定はしないみたいだがな」

「つまり、誰が持っても同じ能力を使うことが出来るってワケか」

「ああ。だから、強力な能力の帝具を強力な人間が持ってしまったら手がつけられないってわけさ」

「…それがエスデスってことか」

「その通りだ。氷の力を使うということは分かっているのだが、その具体的な能力については分かっていない。一説に奴は数十万人の民族を一瞬で滅ぼしたこともあるそうだ。少なくともそれだけの力を持つ人物なわけだから、帝国軍へ戻られる前に革命軍もナイトレイドも何とかしようと考えるのは自然だろうな」

「なるほど、ね」

 

キルアの頭の中にエスデスという名前が要注意人物としてインプットされる。帝具とやらの詳細が分からない以上、油断ならない相手だろう。

 

「…話を元に戻すぞ。ナイトレイドは今夜、二ヶ所を襲撃する予定だそうだ。詳細な場所については会話が終わった後にグラーに地図を書かせるからそれを見ておけ」

「オッケー」

「それじゃあな。また今夜連絡する」

 

そう言い終えた後、例の如くグラーは四つん這いになり、また「チュウチュウ」としか言わなくなった。そして、身に付けていた小さなペンを口に咥え、これまた身に付けていたメモ用紙(丸めてある)を広げて器用に地図を書き始めた。

 

「わーすごいすごい」

 

それを見て無邪気に喜ぶアルカ。キルアはアルカの頭を何度も撫でてあげた。無論、グラーに触れていない方の手で。

 

(さて、ちゃんと仕事するとすっか)

 

昨夜のことを反省し、プロのハンターとして受けた依頼を果たす。その顔はかつて暗殺者として仕事をしていた時とは違う、爽やかなプロの顔であった。


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