キルアが斬る! 作:コウモリ
ゴン=フリークス。
キルアの親友の少年。
二人が初めて出会ったのは約一年前のハンター試験会場であった。田舎出身の馬鹿がつくほど純朴そうな少年。それがキルアのゴンに対する率直な第一印象であった。だが、二三言葉を交わし、彼の行動を見るにつれ、その印象は大きく変わっていった。
一見、お人好しにも見えるが、時に見せる徹底的な容赦の無さ。決して勉強が出来るわけでは無いが、それでも時に見せる常人では思い付かないような飛び抜けた発想力。そして、何処までも純粋な心…それは正義とか悪とかそういうのさえどうでも良く、自分が凄いと思ったものを素直に凄いと言える程で光にも闇にも染まらない常にフラットな純粋さであった。
「ゴンと友だちになりたい」
そんなゴンを見ていて、何時しかキルアはそう思うようになっていった。
ゴンとはククルーマウンテンで再会して以降はずっと一緒にいた。天空闘技場で念を覚えた時も、ゴンの生まれ故郷であるクジラ島へ帰った時も、ゴンの父親であるジンの手掛かりを求めてヨークシンへ行った時も、そのジンが作ったグリードアイランドで冒険した時も、カイトと共にNGLへ調査をしに行った時も、キメラアント討伐の時も、ずっと一緒であった。純粋が故に危なっかしくもあるゴンをフォローし、共に歩いてきたのだ。ゴンがとある事情で死にかけた時には、大事なアルカを危険に晒してでも助けに行ったくらいである。
時には、大事に思うあまり自ら離れようと思ったこともあった。まだ兄イルミの洗脳の針が脳に埋め込まれていた頃で、強者に立ち向かうことが出来ない自分が、強者相手でも戦わなければならない時は臆すことのないゴンと一緒にいることは出来ないとそう考えたからである。自分がゴンの足を引っ張ったり、ゴンを見殺しにしてしまうかも知れないということが耐えられなかったのだ。でも、それはキルアがイルミの洗脳から抜け出し、強者相手でも立ち向かえる強さを持ったことで解決した。これからもずっと一緒にいられるのだと、キルアはそう思っていた。
だが…。
(いいよね。キルアは。…“関係無い”から!!)
ゴンの昔の知り合いで恩人であるカイトを壊し、自らの操り人形のようにしたキメラアントのネフェルピトー。そいつと対峙したゴンは怒りに我を忘れ、冷静になれと言ったキルアへ向けてそう言った。いつもの暴走。本気じゃない。そうとは分かっていても、その言葉はキルアの心に深く突き刺さった。後にゴン本人から謝罪を受けた後でも、それが心の何処かに引っ掛かっていた。それは、今もである。
「ゴン…」
そんなゴンが、何故ここにいるのか。ゴンは笑顔でこちらを見ている。キルアの足は自然と彼の元へと向かっていた。
(ククク、愉快愉快)
首斬りザンク。
そう呼ばれ、帝都の住民から恐れられている辻斬りがいた。かつて、ザンクは監獄の役人であった。毎日、毎日、来る日も来る日も罪人の首を斬っていた。それが彼の仕事であったからだ。やがて、それは仕事ではなく、彼の趣味となり性癖にまでなっていた。物足りなくなったザンクはとうとう仕事以外でも人の首を斬り始めた。それは最早ただの殺戮。夜毎に一人、また一人と彼の手に掛かり、罪無き人々が無惨に殺されていった。ある日、監獄の署長はその事実に気付く。彼は帝具使いであった。署長はザンクを問い質そうとした。いざとなれば帝具を持つ自分が有利である。その油断が大きな隙を生み、彼は逆にザンクに殺されてしまった。ザンクは署長の持っていた帝具を我が物とすると、そのまま行方を眩ましてしまった。それ故か、帝国ではザンクの討伐隊まで結成されている。
それ程までの凶悪犯が、今宵帝都へと戻って来ていたのであった。無論、人の首を斬る為に。
(い~い子たちだ~)
ザンクの目の前には二人の子供がいた。片方の子供はもう片方の背で眠っているが、もう片方の子供はこちらを信じられないという目で見つめている。それも、その筈。ザンクが署長から奪った帝具、五視万能「スペクテッド」の力で幻を見せているからだ。この瞳の形をした帝具は額に装着して使用するもので、名前の通り五つの力を持つ。それは、相手の表情から心を読み取る「洞視」、相手の筋肉から一瞬先の動きを見切る「未来視」、遥か遠くを見渡せる「遠視」、どんなガードさえも見透す「透視」、そして対象に幻覚を見せる「幻視」。この「幻視」の力を今、使用してるのである。目の前の子供には自分が一番大事に思っている人物が見えているのだろう。恐らくは父親か母親か。
(一番大事な人間に殺された時、一体どんな絶望的な表情をするのか…ククク、それを思うと今から愉快で堪らないねえ)
ザンクはペロリと舌舐めずりをした。子供を殺すのも乙なものだ。その未成熟な柔らかい肉は大人のそれとはまた違った味わいがある。ザンクは早く首を斬りたいと、はやる気持ちを抑える。子供はゆっくりとこちらへ近付いてくる。もう間もなく手の届く範囲内だ。
(さあ、抱き締めてあげよう!そして貰うぞ、お前の首を!)
ザンクが自身の得物に手を伸ばそうとした。
その時であった。
「…………へ?」
目の前の子供が消えた。同時にこめかみへ衝撃と肩に何かが乗っかかったような感触と重み。首が何かに固定されたように動かない。ザンクは目だけを動かし肩に乗ったものの正体を何とか確認しようとする。そして僅かにその正体を見た。
「お、お前はっ!?」
「…………」
肩の上から無言でザンクを見下ろしていたのは、先程ゆっくりとこちらへ向かっていた子供であった。
「てめー…」
キルアの頭の中は言い知れぬ怒りに満ち満ちていた。
「な…何、で…?」
ゴンがそう言っているように聞こえる。それが更にキルアの怒りの炎に油を注いでいた。
「ゴンがなあ…ゴンがこんなところにいるわけねえだろーがッッ!!」
ゴンの姿をしたそいつがゴンでは無いことは一目瞭然であった。キルアはこめかみに突き刺した指を更に奥へ突っ込んでいく。指先が頭蓋骨を貫通し、僅かに脳へ触れていた。その恐怖で相手が暴れないようにもう片方の手でしっかりと顔の位置を固定する。
「助…け……」
気が付くと、ゴンだった何かは中年くらいの男に変わっていた。術が解けたのだろう。蚊の鳴くような声で、そうキルアへ助けを求める。だが、そんなことはキルアには関係無かった。偽物とはいえ、自身の手をゴンに向けさせられたのだから。
「てめーは殺す」
「…解放してくれるのか?この数多の死者から届く怨嗟の声から?」
「てめーに安らぎなんかねーよ」
そう言うとキルアは男の首を可動限界ギリギリまで捻り上げた。骨が有り得ないほど大きく鳴る。それはまるで周囲に響き渡る程であった。
「が……、ぐぁ……」
「死ぬまで苦しませてやるよ。生まれてきたことを後悔し、二度と人間に生まれ変わりたいと思えねーくらいにな」
「死な…せ……て……」
「…嫌だね」
「これは…」
「う…、オェ…!」
人斬りザンクを討滅せよ。そう任務を受けたアカメとタツミが目にしたものは、人斬りザンクだと思わしき死体であった。思わしき、というのは死体が殆ど原型をとどめていなかったからだ。あまりの惨状に死体を見るのが初めてではないタツミも吐き気を止められなかった。
「一体、誰がこんな…」
思い当たる節はあった。昨日、アジトに侵入してきた銀髪の少年。しかし、その姿も気配も周囲には欠片も無かったのであった。