今代の勇者、ウオイス=ブレイブ=ウラツコミは宿屋の前で自分にぶつかってきた人物に見惚れていた。サラサラの流れるような金髪に、線は細いが、パッチリした深紅の瞳。プルッとした薄くルージュを引いた唇、真っ白なワンピースは彼女の可憐さを引き立てていた。
そんな人物が涙目で自分を見上げているのだ。動悸が激しくなり、見惚れるのも仕方がないだろう。勇者は彼女に手を貸して立たせてやり、彼女が跳び出してきた理由の方に目を向けた。
聖剣を抜き、しっかりと筋肉の化け物に向けて啖呵を切った。
「覚悟しろ化け物、彼女を泣かせた罪は重いぞ。」
「もうぅ、失礼しちゃうわ。私が化け物だなんて。こんなにか弱いのに。」
プリプリ怒りながら、クネクネする筋肉の化け物ことフタハは見ているだけで気持ち悪くなってくる。
「…(汗、すいません。てっきり魔王配下の魔物かと思ってしまって。」
筋肉に包まれ肥大化した勇者の胴体ぐらいの太さを誇る腕、人の首ぐらいなら捻り切りそうな腕を持ちながら、か弱いと言いクネクネする様子に勇者は思わず冷や汗を掻きながら謝る。
その言葉にフタハはまたプリプリ怒り出し、ジョナサンは爆笑していた。メイズというと、まだ落ち込んでいた。ウオイスの発した彼女と言う言葉、女性と間違われたのが余程ショックだったのだろう。隅で床にのの字を書いていた。
「本当にすみません。まさか今日が新春際で、そのイベントに強制出場するためだといえ…。」
「もう、いいですよ。こんな恰好していた僕も悪いんですし…。」
ウオイスは律儀にメイズに謝ってくる。メイズも初対面なのだし仕方がないと許していた。確かに、服装は兎も角、金髪のカツラを外したメイズは女性顔とはいえしっかりと男性であった。
「重ね重ね申し訳ない。ところで、この宿屋の主人は何処に居られますか。」
最後にもう一度謝った勇者は、本来の目的を思い出した。魔王(雑魚)が死ぬ間際に言い残した『魔王は最初の町の宿屋に居る。』。それを確かめに来たことを。
「はい、女将さんですね。女将さーん。お客様がお呼びでーす。」
「あら、ほらほらメイズちゃん、もう行かないと遅れるわよ。」
「あっ、すみません。後お願いしますね。」
メイズが奥に居る女将を呼び、フタハに時間が来たことを告げられる。そして、断りの言葉を入れて、カツラを持って出て行った。少しして恰幅のいい女性が現れる。
「はいはい、お客様お待たせいたしました。どのようなご用件でしょうか。」
「すみません、自分はウオイスと言います。たぶん、此処の名前から来ていると思うのですが、此処に魔王が居ると聞いてきたので。」
女将さんは確かに人間だったので、この宿屋の名前《魔王城》から、魔王(雑魚)が最後に言った言葉はデマカセではないのか。そんな思いが強くなってきており、そう質問するだけに留まった。しかし……。
「あらぁん、気付かなかったの?」
「えっ?」
フタハの言葉に疑問を返す。
「おいおい、あんだけ近くに居たのにか?」
「あっ、あなたは先代様。って如何言うことですか!?」
笑っていたジャナサンも話に混じる。この時になってジャナサンの存在に気付いたウオイス。
「いや、だってメイズが魔王だから。」
シャランの言葉に動きを止めた勇者。
「なっ、なんだってぇえええええぇぇえええ!?」
勇者の叫びに宿屋《魔王城》が揺れたと言う。
『新春際』、魔王メイズが勇者ウオイスが旅だった次の年に提案した町興しイベントが元となっている。もともと、さびれた商店街を盛り上げるイベントだったはずなのに、今年二年目のイベント概要を作っているとき、数人の外部商人が露店を出したいと交渉に来たのが始まりだった。元々この商人達は宿屋《魔王城》のお得意様で、年に十数回泊まっていく。
そんな彼らが、たまたま聞きつけたものだった。しかし、商人という生き物は耳聡いもので、どこから聞きつけたのか、あれよあれよという間に増えていった。それならいっそ国に掛け合い正式な祭りにしてしまおうと言う事で、町一つを祭り会場にしてしまったのだ。
露店を出したいといった商人達に近隣の国や町に宣伝をしてもらい、勇者が旅立ってちょうど二年目の今日開催となった。
火炎魔法が空に打ち上げられ、祭りの開催の宣言が音声拡大魔法で町中に響き渡った。四方に伸びる町のメイン通りには露店が並び立ち、中央の広場には巨大な円形のドーム、イベント会場が建てられ、大陸中から集まった人々を楽しませている。彼らの今日の宿は、宿屋の主人たちが話し合い、空き家をも利用して収容することとなった。
メイズは今イベント会場の舞台裾にて妖艶な女性二人に腕を組まれた状態で居た。これだけ聞くと羨ましい限りだが、これから彼は衆人観衆の目に晒されるのである。女装した姿を。去年ならば此処まで大きくなく、見に来るのも精々が知り合いばかりだった為にふざけすぎて優勝までしてしまったのだが、ここまで大きくなると恥辱が湧きあがってきていた。
「ううう、…やっぱり今から無っていうのは。」
「ダメに決まっているでしょう。男の子なんだから覚悟決めなさい。」
「なら、こんな恰好させないでください。」
メイズの主張も全く取り合ってもらえない。まぁ当然だろう。元々彼が企画したものなのだから。メイズの前に出て行った人物がいた。細身の一見女性のようで、切れ目が特徴的な綺麗と言われるタイプ。胸が詰め物に見えないほど形がいいのが服の上からでもわかる。
「おおおーーーと、これはすごい。本当に女性じゃないのか。イベント間違ってないか?これは男が女装するイベントだぞ。」
司会の人もヒートアップする。オオーと野太い歓声も聞こえた。
「オカマバーのラブちゃんです。指名してね。」
喋った瞬間、幻想が崩れてしまった。ガラガラのおっさん声だったのだ。
「声がオッサンダぁーーーー!!」
「ゴォラァー、誰がオッサンじゃー!!」
司会の言葉に完全に野太い声で返してしまった。
遂にメイズの番がやってきてしまった。
「はいはい、メイズちゃん、これ持ってね。」
「なんですか?」
メイズは渡されたものを、疑いもせず受け取る。受け取って確認をしようとした瞬間、背中を押され、舞台に跳び出した。
「ウォオオオオオオオオオオーーーーー!!」
「ひっ!」
跳び出した瞬間、観客席の方から、男性も女性の物も混じった今大会一番の歓声が上がった。
「おおおっと、前年度優勝者の宿屋《魔王城》のメイズくんだぁ。」
しかも司会がしっかりとあおる。まだ声変わりをしていないメイズは、意識しなくても女性の様な高い声が自然に出る。ましてや、麦わら帽子を手に清楚な白いワンピース姿で、今の状況に怯えているメイズは美少女度がますます上がっていた。
歓声が鳴りやまない事に、これから夜道を歩くことが真剣に怖くなった魔王様であった。
魔王メイズが女装コンテストに出場し、恐怖を感じている時刻を同じくして、勇者ウオイスもまた、先代勇者たるジャナサンに詰め寄っていた。
「メイズ君が魔王ってどういう意味ですかっ!!」
「おいおい、落ち着けよ。てか、本当に気付かなかったのか。あの凶悪といっていい程の潜在魔力に。」
メイズの潜在魔力は二年前から更に増えていた。二年前ですら随一の実力者たるシャランに凶悪と評された程のものが、更に増えていたのだ。勇者であるウオイスやジャナサンが気が付かない筈がないのである。
ウオイスは確かにメイズの潜在魔力には気が付いていた。気が付いていたが、町興しのイベントを起こしたり、そのイベントで女装させられ涙目になっていたメイズ、更には少し話しただけだが良い子と呼んでも差し支えないメイズの人柄に、魔王であるという事に結び付けられなかったのだ。
「…しかし、なんであんな良い子が魔王なんですか。」
「お肉追加ぁー!!」
勇者の悲痛な問いは、聖僧(女)リナルール=マザードの手を上げて大声で注文する声に掻き消された。その空気の温度差に思わずズッコケるウオイス。
「おお、いいこけっぷり。」
ジャナサンが思わずウオイスのズッコケを評価する。
「お前らぁ、話に入ってこないと思ったら飯を食ってたのかっ!?」
「だって、昨日から真面な物食べてないじゃん。精々が味気ない乾燥保存食ぐらいだったし。」
ウオイスの叫びにリナルールは、口にステーキ定食を放り込みながらそう言う。
「この酒最高だな。」
「こっちのツマミもイケますよ。」
「うぉおおい、そこっ、二人共っ。酒飲んでんのかっ!?」
格闘家バックル=ガラルは、お米から作られた珍酒に舌鼓を打ち、魔法研究者マナサキ=ギューセンは、酒と一緒に注文した小口唐揚げに満足気だ。まだ魔王の問題が片付いていないのに、酒盛りを始め、リラックスし始めた仲間に怒鳴る勇者。
「何言ってんの。いい子なんでしょ。あの魔王って言われてる、…メイズ君だっけ。あんた気に入ったんでしょ。ましてや、今これだけあの寂れた町を復興してくれてんじゃん。魔王とか関係ないでしょ。何かあった時になんとかすればいいのよ。」
先代様だってそのつもりなんでしょ。リナルールの目はそう語っていた。思わず呆ける勇者。
「ぶっ、くくくっ、くははははははははははは。その通り。嬢ちゃんの言う通りだな。メイズは魔王って言葉が世界一似合わない、良い奴だよ。」
ツボに入ったのか、爆笑しだすジャナサン。勇者ウオイスもリナルールの言葉に何時の間にか笑みがこぼれていた。