この国で人気の職業というものがある。それが、勇者と騎士と戦士だ。
勇者と言う職業は、圧倒的な万能と言われるほど、苦手な分野が存在しない。前衛での活躍、魔法も使え、補助も出来、回復すらこなすのだ。しかも、器用貧乏等と蔑まれることもない。何故なら、勇者という職業は自力が他の職業に比べて高いのが特徴でもあるからだ。敢えて蔑んだ言い方をするなら、無敵の器用貧乏と言うのが正しいだろう。
次に騎士という職業は、守る事に特化している。魔法攻撃や回復こそ出来る者が珍しいが、前衛戦闘と補助に秀でていた。よく言われるのが、劣化版勇者等と言われる。昔話でも、勇者の代わりに騎士が魔王を倒し、攫われた姫君を助けるという話もよくある物だ。
最後に戦士は、魔法攻撃も補助も回復も出来ない。ただし、戦闘行為に関しては全ての職業を圧倒的に超えてしまう。かつての勇者パーティには必ず、前衛職として戦士が入っていたと言われるほどだ。単独で魔王討伐を成し遂げた猛者すら確認されている。
この三つの職業が人気の理由は、御伽話に出てくるからだけではない。この国の中核を担う軍隊でもあったのだ。それこそ寝物語に出てくるような活躍が、日常的に起こりえたのだ。
シャランは右手に持ったショートソードを、目の前の相手に振り下ろす。このショートソードは小さい時にエイジスに貰った木刀と同じ長さである。使いやすいように、本来の長さよりも長くしてもらっていた。長年同じ長さで振るっていた物と同じなのだ。当然、シャランにとって振るいやすかった。
だが、目の前の相手の振るうロングソードに軽々防がれ、反撃の突きが繰り出された。ロングソードを使いだしたのは、つい最近だと言うのに、昔は自身と互角の腕だったのに。戦士隊の分隊長に選ばれたエイジスは、遥かに強くなっていた。
突き出されたロングソードを左手に装備したショートシールドで反らして、一歩エイジスの内に踏み込む。この間合いはショートソードの物だ。エイジスはロングソードを突き出しきった後で体勢が崩れており、しかも、基本的にロングソードは両手で振るうため、シールドを装備していない。
このまま、ショートソードを振り抜く。刃は潰してある練習用の為、怪我はしない。遠慮なしに振り切った。
「甘いっ!」
「なにっ!!」
しかし、そのショートソードの腹を手甲で叩いて、軌道を反らし何時の間にか引き戻していたロングソードがシャランの首筋に添えられていた。
「むっ、くっ、負けました。」
「素直に負けを認めろよっ!!」
「負けたって言っているだろっ!!」
当然シャランの負けなのだが、シャランは認めたくない様に唸り、それでも如何にもならないと諦めた。しかし、相手を務めたエイジスからすれば、どう見てもシャランの負けなのだ。強情に何とかしようとされるよりは、さっさと諦めて実戦訓練を何度もやった方が良いと思う。なのでついつい其のことをツッコンでしまった。シャランはそのツッコミにやはり反発してしまう。
「はぁ、やれやれ。夫婦喧嘩は余所でやれや。」
「誰が夫婦かっ!!」
「そうだっ!夫婦じゃなくて兄妹だっ!!」
「うぉいっ!!」
ボイグドがいつも通りに始まったシャランとエイジスの言い争いを茶化してそういうと、エイジスからは否定の言葉、シャランから少しずれた言葉を頂いた。エイジスは思わずシャランの言葉にツッコんでしまう。そんないつも通りの光景であった。
「もう少し大きい方が良いな。」
「これ以上大きいとショートソードの域を出るぞ。」
シャランは戦士隊の訓練の後、何時も立ち寄り武具の手入れを頼む貴族街に店を構える鍛冶屋に来ていた。そこで、シャランはどうしても常日頃思っている事を打ち明ける。それは、武器が軽く短いというものだった。
今現在使っているショートソードでは、どうしても認識のズレが出ていた。そこで、もう少し長くするようお願いすると、ショートソードとしてはこれ以上長くは出来ないと断られたのだった。
「だがな、私が戦士職と渡り合うためには必要なんだよ。」
「ふん、白職か。お前さんは王族だろうに。」
人は誰しも職業に生れつき就いている。それはある時、ノートに文字が浮かび上がるかのように判るのだそうだ。ただ、そのノートが真っ白な状態である人が偶に居る。
シャランもこの手で、こういう人達を白職と呼んだ。白職の特徴として、ある時その人がもっとも必要とした職業になれると言われている。何にでもなれる職業とも何にも出来ない職業とも言われていた。
「私に姫や王妃をやれって。冗談じゃない。」
「おいおい、生まれを否定するような言葉だな。」
シャランのその言葉に鍛冶屋の親父は眉を顰める。だがシャランはその親父に向かって十二度だ!と心の叫びを吐き出すように苦々しい表情でぽつりと呟いた。
「知っとるよ。お前さんが王になりたいと思った回数は。」
耳にタコができる程聞かされたぜ。そういう顔をしていた。シャランが、王として在りたいと願ったのは、十二度にも上る。だが、シャランの職業は一度もそれに答えなかったのだ。その度にシャランは己の無力に落ち込んでいた。
「ほれ、迎えが来たぞ。明日までには仕上げといてやるから、今日は帰んな。」
鍛冶屋の親父さんに言われ、後ろを振り向くと、エイジスが茜色の太陽を背に迎えに来ていた。
「あいつも無駄に強情だからな。」
鍛冶屋の親父の見つめる方向には拗ねるシャランと、そんなシャランのご機嫌取りを引き攣った笑顔でするエイジスが居た。