「うむ、今日の訓練は何をするのだ?」
「走り込みと、模擬戦だよ。」
あの初めて中庭での出会いから数年が立ち、少年少女は立派に成長していた。シャランが、ブレイブ城の姫君と判り、一騒動はあったものの、シャランの態度が変わらなかったのもあって、また二人は一緒に剣の練習をするようになった。
そして、エイジスが一人前と認められ、この王城に努める戦士専門の広場を使えるようになった。シャランも、今だエイジスの後ろをついてきており、時々どころか毎日戦士達と共に剣を振るっていた。
「姫様がまた来てるよ…。」
「む、いけないか?」
「普通はダメでしょ。」
「うむ……。」
シャランとエイジスが、今日の訓練等について話していると、後ろから男の声が聞こえてきた。其方を向くと、線の細い笑っているように見える男が立っていた。
名前はラング=ドラン、シャランやエイジスと同年代で、茶髪に縁の黒いメガネを掛けた戦士隊には珍しいチャライ男である。目尻が下がっており、口角が引きつったように上がっている事から、何時も笑っているように見える。
この福笑い顔なのに、隊の作戦を決定する参謀部署に所属するなど、中々に侮れない男なのであるが、それでも二人にとっては気安い友達であった。
「ラング、余りシャランを苛めるなよ。」
「苛めてなんかないさ、なんせ恐―いお兄ちゃんが怒るからな。」
「誰がお兄ちゃんだっ!!」
「お~恐い、恐い。」
ラングの正論に思わず唸ってしまったシャランを庇い、ラングにエイジスが軽い注意をするも、ラングは戯けて返した。エイジスはその言葉に真赤になって怒鳴る。だが、エイジスが本気で怒っていない事を知っているラングは肩を竦めるだけだった。
「ふむ、お兄ちゃんか…。」
「お、おいシャラン?」
だが、そのラングの軽口に反応して、シャランが考え込む。こういう時のシャランは突拍子もない事を仕出かす前兆でもある事を知っているエイジスは、少々引き気味に、シャランの名前を呼んだ。
「…お兄ちゃん。」
「…ぐはっ!!」
何か考えていたシャランは、エイジスに抱き着くと、上目使いでエイジスの事を『お兄ちゃん』と呼んだ。その事に何故か心のダメージを受けたエイジスは、思わず倒れこんでしまった。
「エ、エイジスゥ!!傷は浅いぞ、確りしろっ!!」
「ぶっ、くはっ、あっははははははは……。」
行き成り倒れたエイジスに慌てて駆け寄り抱き起すシャラン。エイジスの倒れた理由を知っているラングは、腹を抱えて笑っていた。
「お前らは何をやっているっ!!」
「はっ!!」
突然、三人の後方から部隊長の怒鳴り声が聞こえた。体に染みついた動作で、咄嗟に気を付けの姿勢になるが…。
「あはははははは、俺だよ俺、部隊長の声真似、似てただろ?」
「ボイグドぉ…、吃驚させんなよ。」
突然笑い声に変わった。不振に思った三人は、振り返ると、部隊長ではなく強面の友人が立っていた。さっきの声は、この友人の物真似だったらしい。無駄に似ている事が、腹が立つ。
名前はボイグド=ラシェット、筋肉質で背は同年代よりも頭一つ高い。顔は強面で右目の上から下まで三本の爪に引っかかれたみたいな傷がある。そのボイグドの悪戯に、ホッと安心感から肩を落としたエイジスは、ボイグドに文句を言っていた。
「ほ~、お前らは元気が有り余っているらしいな。」
と、突然エイジス、ボイグドの横から部隊長の声がした。
「ボイグド、似ているのは判ったから、もうやめろよ。」
「い、いや、俺何も言ってないけど……。」
「おいおい、じゃぁ今聞こえた部隊長の声は何だよ。」
エイジスはまたボイグドの悪戯に止める様に言うが、ボイグドは何も言っていないという。それじゃあとエイジスが聞こえた声について言及する。
「二人とも、横、横。」
冷や汗を掻いたラングの指摘に、ギギギッと壊れかけの絡繰りの様な音が似合う動作で、声のした方を向く二人。
「広場、十周っ!!」
「はいぃ!!」
其処に居たのは本物の部隊長。エイジスとボイグドが部隊長を認識した途端、部隊長に罰を言い渡されていた。ラングはちゃっかり、離れて行った為罰は無く、シャランもちゃっかり消えていた。