「…まさか、呪濁のナイフかっ!!」
シャランの取り出したナイフを見て、慌てだすエイジス。『呪濁のナイフ』とは魔法具に込められた持ち主の魔力を遡り、呪い殺す魔法具である。シャランは、エイジスを一瞥した後、そのナイフを振り上げ、操り人形に突き刺そうと、上げた手を振り下ろした。
「やめろぉぉおおおおっ!!」
「っ!!」
それはシャランの認識できる速度を超えていた。階下に居た筈のエイジスが、シャランが気付いた時にはすでに、腰に凪いだ無骨な剣を振り抜いていた。
当然だがミーシャはそれを認識しており、見えているのだが今回に関しては放っておいた。エイジスの剣は正確にナイフのみを狙っており、実際ナイフが弾き飛ばされている。シャランの腕は確りと無事なまま。ナイフは粉々に砕け散った。
「ふむ、何をする。」
シャランは驚きを胸に秘め、まるで見えていたと見せかけミーシャとの打ち合わせ通りにセリフを口にする。
「…ああ、確かに、あのビックベアーは俺が嗾けたものだよ。」
「な、エイジスっ!貴様っ!!」
遂には、エイジスは白状し、語り始める。それを驚きと共にニージン準侯爵がエイジスを責める口調となるが、まだ驚きが勝っているのだろう。 出てくる言葉が単調な物ばかりだ。
「ふむ、自分が何をしたのか判って言っているのか。」
「…ああ、何せ戦争がしたかったのでな。」
落ち着いた様子のシャランが抜剣した目の前に立つエイジスに尋ねると、驚愕の告白をしてきた。エイジスの目的は、隣国との戦争だと言うではないか。
「まぁ、それも偶然会っちまった馬鹿に防がれたけどな。」
飄々とした態度で、自身よりも家格が高い家の人間を馬鹿にするエイジス。
「エイジスっ!!」
「さっきから、そればっかだな親父。」
エイジスの態度にニージン準侯爵が怒りの形相で吠えるも、シャランから眼を離さず答えるエイジス。ニージン準侯爵や周りの人間が、動かないのはエイジスの目の前にシャランが居るからだ。しかも、エイジスは抜剣した状態で、そして、先程の速度を考えると迂闊に動くことができなかった。
「ふむ、何故戦争などしたい?どれだけ犠牲が出るのか考えたか?」
「本当に淡々としてるよな姫様って。」
シャランの問いに呆れたように肩を竦める。
「犠牲については考えてないな。」
「貴様っ!!」
エイジスが真面目な顔つきになり、そう口にした。後ろでミーシャがシャランのドレスの裾を掴んでいなければ、シャランも飛び掛かっていただろう。ニージン準侯爵が憤怒の形相で叫ぶ。
「何故、戦争がしたいかだったか?じゃぁ聞くが、何故戦争してはいけないんだ。」
だが次のシャランの問いに答える時、エイジスの様子が激変する。
「犠牲が出るから?悲しむ者が出るから?」
まるで会場に居る人間全員を馬鹿にするように、大げさに肩を竦め、そして手に持った剣をシャランに突きつける。
「そんな建前は要らないだよ。俺は戦士だっ!!守るよりも攻める方がいいんだっ!!」
そして、その顔をまるで憤怒に飾り、心の内を吐露した。
「そ、そんな子供っぽい理由で。」
「だが、俺達戦士は戦いの場が無くなり、疎まれているのは事実だぜ。」
シャランがエイジスのその理由に怒りに震えながら言うと、先ほどまでの形相を引込め、淡々と事実を述べる。このエイジスが言う戦士は冒険者の職業の戦士ではない。元々王に使えていた騎士団の一つ。職業が騎士ではなく戦士で固められた騎士団。『戦士隊』の略称である。
エイジスの言う通り、戦士に就く者にとって生きずらい世の中になっていた。世界中の国が、互いに国交を結び、大規模な戦いというものが無くなっていた。騎士達は、魔物の進行を食い止める守りに就く事が出来た。
だが戦士達は増える魔物を狩る仕事を、冒険者ギルドに取られてしまった。国も、態々高い給金を払って自尊心が高く扱いが難しい貴族の戦士隊よりも、国民が依頼金を出して、同じ効果を上げる冒険者ギルドの方に傾倒していったのだ。そして、王城の中から戦士という職業は駆逐されていった。
元々、騎士という職業と双璧を成した職業は、無くなっていったのだ。地方の、貴族の子息が細々とその技術を受け継いでいるだけであった。
「だが、戦争が始まればどうなると思う?」
「くっ!!」
エイジスの問いにシャランは呻く。戦争が始まれば、攻める主力はいない。冒険者は自身の命を第一に考えやすい。大規模な、命の保証が普段の魔物討伐以上に無い戦争等参加しても逃げだすのが落ちであった。
魔王達の進行の時も、本来守る事の方が得意な騎士達が、前に出たのもその為であった。そして、その時に冒険者の失態も国民は知っている。
戦える筈の冒険者が門の中で右往左往している間に、本来守られるはずの国民が魔王達の進行を食い止めてしまったのだ。もし今戦争が始まり、戦士と言う職業がまだ生きている事を国民が知れば、ほぼ確実に戦士と言う職業は復活する。それが、エイジスの狙いであった。
「まっ、まさかっ!!」
そして、そこまで考えたシャランは、最悪の想像をしてしまった。もし、それを狙っているのがエイジスだけじゃないのだとしたら。細々としているが、地方貴族の子息達の中で戦士と言う職業は確かに生きている。その者達が、皆とは言わずともエイジスの思いに賛同しているとしたら。
「もう、準備は済んでるんだよ。後は事を起こすだけだ。」
それだけ言ったエイジスは再び、剣を振り上げ、シャランに切りかかった。
「危ないっ!!」
「うわっ!!」
反応できていなかったシャランを吹き飛ばすように押しのけ、身体強化した腕で、エイジスの剣を受ける。
「…………。」
「っ!!」
少々、離れたシャランに聞こえない様に、弾き飛ばそうとするミーシャと拮抗しながら、エイジスはミーシャに何かを耳打ちする。その内容に驚愕したミーシャの隙を突き、後方に跳ぶエイジス。
「なっ!!」
エイジスの隙をついて捕えようとしていた人々が、縮めていたその円の更に後方に。出口の側に着地したエイジスは、そのままシャランですら、反応できなかった速度で、逃げて行った。
「そっ、そんな……。」
出口を見て、唯それだけ呟いたニージン準侯爵は、余りの衝撃に気を失った。
「なんで、なんで知ってるんだ。」
「おい、ミーシャ?」
呆然としていたミーシャが本来の口調に戻る程困惑していた。吹き飛ばされた状態から起き上がってきたシャランに肩を掴まれ、シャランの方に振り向く。
「シャランさん?」
「あ、ああ。」
シャランの顔を見て、小さくシャランの名前を呟くミーシャ。だがその困惑は収まっていないようだった。
「あんたも楽しみだろ。魔導大国家の現王様さんよ。」
最後にエイジスに言われた言葉が、茫然としたメイズの頭の中を反芻していた。誰にもばれて居なかったミーシャの正体。メイズという存在に気付いた存在が敵になった。