シャランは満身創痍であった。いや、目立った外傷はない。そういう意味では目の前の相手の方が酷いであろう。先程から、隙を突く形で、強力な一撃を与え続けているのだから。
しかし、目の前の相手は操られているだけの物に対し、こちらは何をするのにも体力が居る。ましてや、目の前の相手は巨体過ぎた。攻撃にしろ、防御にしろ一々体力を食う。
全身から汗が吹き出し、息が荒れ、頭痛までしてきた。何とか、立っている、構えているという状態であった。実力者として有名なシャランですら、ほんの一、二時間でこの有様であった。
「ふむ、なかなか、これはいよいよピンチと言うやつかな。」
そう呟く。確かにピンチには違いない。しかし、魔王と戦った時ほど、危機感は抱かなかった。なんだかんだと言って、シャランはラーシャンの事を信頼していた。
「ふむ、間に合ったか。」
知った気配がビックベアーの後方から近づいてくる。後一撃は囮として受けた方が良いだろうと思い、ビックベアーの前に立つ。
根性と気合で何とか、ビックベアーの繰り出した前足での一撃を大剣で受け、押し合いの形に持って行った。しかし、先ほどの押し合いとは違うのは、もうシャランに弾き飛ばすだけの体力がなかったことだ。
だが、何の問題もなかった。何故なら、その体勢こそ望んだ形であり、これでビックベアーは不用意に動くわけにはいかなくなった。
本来ビックベアーの威嚇行動は後ろ二本足で立ち上がり、そこから攻撃行動へと至る。だが立ち上がらないと言う事は、四肢でもって歩き回ると言う事は、腹が弱点なのだろう。
もし、このまま不用意に振り向けば、シャランの大剣が腹を切り裂く。疲れ切っていようとそれぐらいはできる。だが、それも必要ないだろう。
ラーシャンがビックベアーのすぐ後ろ、もう目視できる距離を走ってきており、そのままビックベアーの背を蹴って駆け上っていく。
「イヤリング落としましたよ。私が点けてあげますわ。」
小さいころに好きだった童話をもじってそう言った。手に持った、蔦と二つに割れた金ダライで作った不格好な目隠しをビックベアーに被せた。
「さぁ、踊りましょうか!?貴方の破滅の踊りを。」
ラーシャンはビックベアーに跨ったまま、目隠しの余った蔦で編んだ紐を手綱のように持って、仕掛けた罠の方へと誘導していく。
「ほらほら、此方ですわ。そちらに行ってはいけませんよ。」
ラーシャンは貴族令嬢だ。嗜みとしてしっかりと乗馬を習っている。流石に、馬と言うには、毛深すぎるし、大きすぎるがそれでもしっかりと誘導は出来た。
「もう少しですわ、がんばってくださいね。」
しっかりと手綱を握り、ラーシャンを振り落とそうと暴れる巨体の上で見事なバランスを見せる。ドンドンと走らせ、罠の張った場所まで、もう少しという所までやってきた。
「きゃ、ちょ、待って、待ちなさい、このぉ!!」
しかし、突然急ブレーキを掛けて、もう少しと油断していたラーシャンを振り落とそうとする。その場でグルグル回りだした巨体に、遠心力が加わり、片手を思わず離してしまったラーシャンは、体が宙に投げ出されたまま、何とか片手で手綱を握り続けた。
文句をビックベアーに言うも聞くわけがない。遂にはキレて根性で体勢を戻すラーシャン。
「あと、一歩ぉっ!!」
叫びつつ、体重を後ろに掛ける。ビックベアーは咆哮し、思わず前足を上げて沿ってしまい、両足同時に地面に着いた。
罠の殆どはシャランが仕組んだものだが、小物や最後の仕掛けと呼べるかは微妙だが、一番の肝の設置や、罠を隠すのはラーシャンがやっていた。当然、罠の位置はラーシャンしか知らない。
そのラーシャンが、罠を仕掛けたところにビックベアーを誘導した。罠は当然作動する。その罠が作動した瞬間、ラーシャンはビックベアーから飛び降り、ゴロゴロと転がって止まった。
罠の仕掛けた位置に前足を振り下ろしたビックベアーは、後ろで何かが崩れる音がした。一種の落とし穴が作動したのだ。ビックベアーの後方に設置された大岩が、落ち葉等で隠された大穴に落ちたのだ。木々に巻きつていると思わせた蔦の一部を巻き込んだうえで。
その蔦は、木々に這わされており、大岩が大穴に押し込んだ事で連動して引っ張っていく。その終着点は、ちょうどビックベアーが前足を振り下ろした場所であり、その場所に網の目状に編まれた蔦が上へと引っ張られた。ビックベアーの巨体を巻き添えにして。
そしてビックベアーはその巨体に見合う体重を有する。当然、真直ぐ真下に落ちてくる。しかし、その真下は蔦がビックベアーを巻き上げたのと同時にあるものの存在を地面に権現させた。蔦の引っ張る力で、微妙に設置点を変えて、地面に出てくるようにした丸太だ。その上に、重力を味方に付けてビックベアーが落ちてきた。
ビックベアーの頑丈な肉体と言えど、自身の体重を味方に付けた衝撃までは受け切れず、体内から人型の物が背中側から跳び出したのを皮切りに、現存限界値を超えて魔力となって霧散していった。
「やりましたわっ!!」
ピョンピョン跳びながら体全身を使って嬉しさを表現するラーシャン。少々興奮状態のようだ。それも仕方ないのかもしれない。半分以上、他人にやってもらったとはいえ、強敵に違いなかった相手を罠にはめ、その最後を自分がやってそして勝った。まるで本当の冒険者のようだ。燥いでも仕方が無かった。
「…ふむ、やったようだな。」
まぁ、それも満身創痍のシャランが自身の大剣を杖替わりにやって来るまでだったが。
「お姉様っ!」
「ふむ、疲れたがこの通り、ピンピンしているぞ。」
シャランのその姿を見、慌てて駆け寄ってくるラーシャンに、両手を広げ、怪我等無い事をアピールする。ホッと息を吐くラーシャンに思わず優しい笑みが漏れた。
「…っ!!」
ただし、丸太の側に転げている人と同じ大きさの人形を見るまでだった。思わず驚愕に目を見開く。
「お姉様?」
「おい、この人形はどうした!?」
そんなシャランの様子にラーシャンは困惑する。思わず呼びかけたラーシャンの肩を掴み、シャランは人形の事を問い詰めた。
「いたっ、お、お姉様!?」
「うお、す、すまん。だが大切な事なんだ。答えてくれ。」
思わず呻いたラーシャンに、慌てて離れ謝るシャラン。だが、その必死の形相は変わらなかった。
「…ビックベアーの中から飛び出してきましたわ。」
「…ビックベアーは?」
「霧のように霧散していきましたわ。」
「そんな、馬鹿なっ!い、いやそうとも考えられるか。」
シャランの様子にラーシャンはただならぬものを感じ取り、息を整えてから答えた。その答えは予想していたのか、ビックベアーの肉体について聞き、その末路に驚き、驚いたと思ったら何故か一人で納得する。
「一人で納得していないで、なんなのか私にも教えてくださいっ!」
「……急いで帰るぞ。」
問い詰めるラーシャンに、帰ってから教えてやる。そういって急ぐシャランだった。