魔王は最初の町の宿屋にいる。   作:yosshy3304

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第二十三話 ラーシャンクエスト2。

 「まずはEランクの依頼からがお勧めです。」

 

 「ランク?」

 

 「はい、冒険者にはランクというものが設定されています。ラーシャンさんは、現在Fランクですが、Dランクのビルドさんを伸してしまう程の実力は証明されていますから、Eランクの、魔獣討伐関係がよろしいかと。」

 

 ギルドの受付嬢にそう説明され、なんだかわからないが、ウキウキとしてきたラーシャン。魔獣と言っても様々な種類が居り、天変地異を起こせるようなモノから、それこそ唯の凶悪な動物と言えるようなモノまで居る。

 

 ラーシャンに進められたのは、巨大熊(ビックベアー)と呼ばれる大きい熊だった。唯の熊だからと言って馬鹿にすることはできない。何故なら、後ろ脚で立ち上がる事が出来、その最大身長は確認されている最高値が12メートルに達するという。当然、その巨体に見合っただけの体重を有しており、何よりそんな巨体を持ちながら前足だけで木に登っていくという。

 

 この最高値が確認されたのが、大型の魔獣が住む別地方の原生林の森が広がるジャングルだと言われているが、この近隣の魔の森でもそれなりの大きさを持った個体が確認されている。更に追加でそう説明されて、ラーシャンの我慢の限界が訪れた。

 

 「それに、します。」

 

 ズイっとカウンターに乗り出し、受付嬢に宣言する。

 

 「い、いえ、しかし…。」

 

 身を乗り出したラーシャンに、気圧されながらラーシャンが初心者だと言う事を思い出した受付嬢が言いよどむ。

 

 「そ・れ・に、します。」

 

 「はい~…。」

 

 しかし、ラーシャンはすでにやる気になっていた。受付嬢に更にズイっと迫って、右手に持つ武器をチラつかせる。先程の冒険者とのやり取りを見ている方からすれば立派な脅迫といえるが、知らないものがこの光景を見ると、金タライをチラつかせ受付嬢に迫っている若い女性となる。

 

 何とも迫力に欠ける光景だった。

 

 「う、受付完了しました。」

 

 「よろしい。」

 

 微妙に泣きながら、受付を完了させた受付嬢に向かってラーシャンは腰に手を当てて、なぜか胸を張ってそう言った。

 

 「で、どっちに行けばいいの?」

 

 道を教え、ギルドの左右に開く両扉を押し開け、ラーシャンは元気に歩いて行った。突っ伏した受付嬢を残して。受付嬢を撃退したラーシャンは意気揚々と大通りを歩く。

 

 ラーシャンの中にはもうシャランの悪行を暴くというのは無くなっていた。公爵令嬢たる自分が、この町を襲う魔物をバッタバッタと倒す光景が瞼の裏で展開されてすらいた。

 

 「ここが、西門ね。」

 

 四人の魔王の騒動の爪痕、まだ復興すらしていないのか、とボロボロに内側から焼かれた門を見る。駐屯兵すらいない門脇の駐屯部屋を見て、この国は大丈夫なのかと思うが、父から聞かされたこの国の防衛方針を聞き、要するにここは冒険者の休憩所みたいになっているのかと思い直す。

 

 「最初・の・一歩。」

 

 お気楽に町と外の境目を跳んで越えた。

 

 目の前に広がるのは青々とした草が広がる草原。風に吹かれて揺れる背の低い草々の背景に青いはの筈が、黒く見える程の瘴気を纏った森。そこが魔の森であった。

 

 

 

 

 「そこまで暗くはないのね。」

 

 遠目に見た時は、暗く見えたが、実際に入り込んでみると木々の間から光が差し込み、そこまで暗いとは言えなかった。

 

 「それにしても、何処にいるのかしら。」

 

 見渡すが、そんな聞いたような巨体なら判るはず。しかし、実際は何もいなかった。

 

 「くまー、くまー出てこい。出てきなさい。」

 

 出て来る訳がない。少々、いやかなり浮かれ過ぎており幼児化を起こしているようだ。

 

 突如、木々の中に小さな影、いや探している魔獣から比べればと言うだけで、そこそこの大きさを持つ。ちょうどラーシャンの腰位まである影が見え、少しずつ近づいてきた。

 

 ラーシャンはそれに気付いたが、あえて気付かない振りをし、木々の中を進む。影は、ある距離まで近づいた瞬間、ラーシャンが気付いていないのを確認し、背後から跳びかかった。

 

 ゴイーンの後のガツーン。二度ほど硬質な音が響く。瞬時に振り向いて、振り上げていた金ダライを、目の前のオオカミの様な魔獣に連続で振り下ろした音であった。

 

 オオカミの様な魔獣の正体はダークウルフ。複数で狩りをする魔獣で、Dランク相当。まれに一体で行動する個体がおり、それは群れを作らなくても狩りの出来る上位個体であった。

 

 厄介なのはその速度。攻撃方法は爪と噛みつきだけなのだが、その速度に惑わされて倒される新人も多い。上位個体は牙に毒を持っており、噛まれると痙攣を起こし動けなくなる。生きたまま腹に収められることになる。

 

 偶然かラーシャンの一撃目は底の部分で頭の上から撃ち落とし、強制的に口を閉じさせる。噛みつかれる心配がなくなった。二撃目は横から縁の部分で強撃。体の構造上、爪は横に振れない。

 

 「ふむ、まずは一匹ですね。」

 

 目の前の仕留めた魔獣を見て、ウムウムと頷くラーシャンであった。何気に上位個体を打ち倒す。金ダライに負けるという如何にも不名誉な負け方をした最初の犠牲者であった。

 

 町の中を西側から東側に走る大柄な影があった。いや、その巨体に見合わない速さで駆け抜ける為、影と評しただけで、冒険者である。彼は今、ギルドからの要請を受けて、ある人物を探していた。

 

 長期依頼で今町に居ない勇者の代わりになる人物。この町一番の実力冒険者であるシャランに伝えなければいけないことがある。それも緊急を要するものだ。

 

 息が荒れ、心臓が早鐘を打つが、そんなものは関係なかった。男が急ぐことによって、人一人の命が助かるかもしれないのだ。荒くれ者で通っている自分でも、冒険者なのだ。他の冒険者を助けておけば、何時か自分が危機に陥った時に助けてくれるかもしれない。そんな思いで、冒険者達は互いに助け合う。

 

 怒りに我を忘れ、真剣を抜いた彼もまたそんな思いで走っているのだ。例え金ダライで気絶させられたとしても、Dランカーのビルドは、宿屋《魔王城》目掛けて突き進んだ。

 

 

 

 「シャランさんは居るかっ!」

 

 扉を蹴破る程の勢いで、入ってきたビルドは、開閉一番にそう叫んだ。

 

 「ふむ、何かあったのか?」

 

 カウンター側の机の上に置かれた山の様なお見合い写真を、興味なさそうな顔で嫌々見ていたシャランは、息も絶え絶えなビルドに顔を向ける。

 

 「大変なんだ。20メートル級のビックベアーが見つかった!!」

 

 「…ふむ、凄い事だと思うが、何処が大変なんだ?」

 

 ビックベアーの大きさの更新が行われたぐらいで、目の前の男が血相をかえて駆け込んでくるほどのものではない。ビックベアーの巨体が厄介なだけで、対処法は然りと確立されている。どちらかといえば、討伐後の対処の方が厄介な相手だ。

 

 ビックベアーはEランクの魔物なのだ。目の前の男ですら、然りと装備を整えれば単独(ソロ)でも狩れる相手なのだ。ましてや、ギルドには目の前の男が低ランクだと言う事を除いても、それなりの実力者が詰めている。慌てている理由がない。

 

 「新人が一人、ビックベアーを狩りに行ってんだよ。」

 

 「ふむ、それでか。」

 

 「ああ、俺じゃ助けられねぇ!頼む助けてくれ。」

 

 護衛対象、もとい足手まといが居れば難易度はぐんと上がる。ましてや、今回の件は速さが大事だった。今からでも間に合うのはシャランしかいないだろう。遂に土下座までしだした男に、シャランは、一つ頷く。

 

 「ふむ、よかろう。」

 

 タダと言うわけじゃないのだろう。そう冗談めかして立ち上がったシャラン。

 

 「ふむ、その新人の名前は?」

 

 「ああ、ラーシャンと言う、金髪の女だ。」

 

 「なんだとっ!」

 

 先程までの余裕をなくし、男に詰め寄る。男は、その様子の激変に怖気づいていた。

 

 「おい、眼の色は青だったか。」

 

 「あ、ああ、青かったぞ。後武器は金ダライだ。」

 

 「っ!」

 

 王族の血にのみ現れる特徴。勇者ウオイスもこの特徴を持っており、確か先代の御落胤の息子だったはず。青い眼の金髪。今この特徴を持つのは現王と自分、勇者と公爵家の人間だけだ。武器は金ダライ、ラーシャンと名乗るそんな世間知らずな女性は、シャランの中で思い浮かぶ人物ではたった一人だった。

 

 シャランは扉を壊す勢いで跳び出していった。もしシャランの知っているラーシャンじゃなくとも厄介な事になるのは違いなかった。


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