シャランは中央広場を抜けて北の大通りを突き進む。正面には王城。その王城の内門が見えてきた距離で脇に逸れた。いや、この道こそシャランの目的地に続く道なのだ。シャランは宿屋『魔王城』からの帰り道であった。
やがて、正面に王城よりは格が落ちるが、見事としか言えない芸術品の様な豪邸が姿を現す。目の前の建物を見ると、今日も、メイズにメイド服を着せて遊んだことなど吹き飛ぶほどに憂鬱であったが。
「ふむ、やはり入らなければならないか。」
思わずポツリと漏れた本音。冒険者としての仕事帰りや、日数が掛かるときは、宿屋に泊るがそれ以外は目の前の建物に寝泊まりする。この屋敷は、王城からもっとも近い場所に建てられた公爵家の物。シャランのもう一つの実家でもあった。
「おかえりなさいませ。」
扉を開けたシャランをズラッと並んだメイドが腰を曲げて出迎た。一番前のメイド長が扉を開けて入ってきたシャランに挨拶をする。
「…ふむ、今回は良く撮れてるぞ。」
シャランがそういってメイド長に一つの袋を渡す。袋の表面には、魔具印刷店キャッツと印刷されている。
「きゃぁ、メイズ様も一段とお美しくなられて。」
「あぁあ、メイド長ばっかりずるい。私たちにも見せてくださいよぉ。」
「ふむ、順番に見ればよかろう。」
「お嬢様、鼻血鼻血。」
直ぐに赤い絨毯が引かれた大広間に匹敵する玄関は女性の甲高い姦しい声で溢れた。
「お姉様、あれでは困ります。高貴なる血を持つ我が……。」
シャランはウンザリしていた。何時もの事なのだが、目の前にいる義妹の苦言にはまいる。
冒険者になってからも、散々言われてきた。だが、宿屋『魔王城』に泊まるようになってからの方が頻度が遥かに高い。何がいけないのか、シャランには判らなかった。
まぁ、判りやすく言えば嫉妬である。何故、自分の所に帰ってきてくれないのか。一般庶民用の安宿になど泊まるのか。そんな思いが義妹であるラーシャンにはあったのだ。
「はぁ、…せめて、お見合い用の写真位目を通してください。」
しかし、シャランはそんなこちらの思いも知らず、軽々しく出かけていく事になんの疑問も挟まない。そんな義姉を見て、やはりこの人も王族なのだなと理解した。行動すると決めれば、余程有用でなければ下の者の言葉を聞かない。
本来であれば駄目な王の典型なのだろうが、この国ではその方がいい結果となるのを知っているので止められない。
溜息を一つ吐いたラーシャンはシャランの前に、シャランは結婚適齢期なため大量のお見合い写真を山ほど置いた。置いたが、一切目を通さず庶民の女装写真等を額縁に入れて飾ろうとする。
ラーシャンの額に怒りによる皺が出来る。メイズが知ればこの屋敷ごと吹き飛ばしそうだが、シャランにとってはなによりも大事なことであった。
「ふむ、この男な。」
女装写真を見せながらだが、いや少女にしか見えない写真を見せながらなのでなんだか違和感があるが、ラーシャンはその写真を覗き込む。
「…この庶民がどうしたのです?」
何時もの姉のふざけた誤魔化しであるのならば、今日こそは許せんと意気込みながら聞く。
「隣国の、魔導大国家の現王だぞ。」
「ええええええええええぇぇぇぇぇぇ……!」
さらっと爆弾を落とした。この姉は基本的に誤魔化そうとしたことはあるが、嘘は吐かない。ラーシャンは頭を抱えたくなった
この世界には、大陸が幾つかある。その中で最も小さいのが、この国がある大陸だ。隣国は逆に最も大きい大陸で、元々魔王が収める魔族の国だった。しかし、調査してみれば普通に人も住む。その上、残虐等と噂された魔王等何処にもいなかった。いたのは、国民の事を第一に考える凄腕の王だけであった。
この時の王はまだメイズの父、ルートワンだったのだが、ルートワンの方針として国民を大事にしていたのだ。当然その方針はメイズにも受け継がれ、世界の国々から魔王という呼称は物語等の残虐な魔族の王から、魔導、魔法と科学の融合したものの国家の王という意味に変わった。後、メイズに代替わりするも、メイズ自身が国元を飛び出し、前王が国政を取っている。しかし、メイズが国王であることは違いなかった。
このことは勇者ウオイスが持ち帰ったとされる。勇者ウオイスが倒した魔王は、ただのテロリストであるとされたのだ。国政の結果である。
魔道大国家、その現王にシャランは相対する。
「…お見合い、ですか。」
「うむ、一件ぐらいは受けろと。」
「断ってもいいと言われたんですよね。」
「…笑顔が怖いぞ。」
シャランの言う通り、シャランがお見合いをするというとメイズの笑顔が極悪なものに変わる。
「私の事が好きなのか?」
「シャランさんの事は好きですよ?」
シャランはメイズに聞いてみるものの、メイズは純粋な笑顔でそう言い切った。しかし、シャランの恋愛面での好きではなく、明らかに友情面での好きと言う意味で有る事が判るので、思わずカウンターテーブルに突っ伏してしまった。
だが、メイズが明らかにシャランのお見合い話に嫉妬している事は判る。まだ恋愛感情まで至っていないのだろう。子供が自分の大切な玩具が別の人に取られる。その程度の認識なのだろう。
「かわいいなぁ。」
「…はい?」
メイズがシャランの呟きに反応するが、聞き取れなかったようで聞き返してくる。シャランは何でもないと、突っ伏したまま手だけを左右に振りながら、何故義妹とは違うのだろう。と考えていた。
義妹のラーシャンの嫉妬にも気付いている。しかし、目の前のメイズが嫉妬してくれる方が何倍も嬉しかったのだ。
「ああ、そう言う事なのか?」
「?…あっ、いらっしゃいませ。」
シャランが一人疑問に思っていると、客が入ってきたようでそんなシャランの様子に首をかかげていたメイズは其方の対応に行ってしまった。
メイズは自分を王族として見ていない。メイズ自身も王族というか現王だが、ということもあるかもしれないが、あれはメイズの純粋性からくるものだ。
シャランをシャランとして見ているからだ。だから、この場所に安心しているのか。と納得する。
「ふむ、メイズが相手になってくれないだろうか。」
断っても良いし、何より見栄だけの為なのだ。相手は誰でもいいのだし、そう思いながらシャランはお見合い写真の山の一部を手に取って見るのだった。