魔王は最初の町の宿屋にいる。   作:yosshy3304

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第四章 お見合い騒動。
第二十話 雨の日、走る勇者。


 空は暗雲に覆われ、時々光が走る。天から響く轟音に人々は驚き、慌てて家屋の中に逃げ込んだ。冷たい雨粒の地面をたたく音が強くなり、人々は雨が止むまで肩を寄せ合い息を潜めて待つことしかできなかった。

 

 「くっ、間に合わないか!!」

 

 「…無駄話する余裕があったら走れっ。」

 

 「判っているっ。」

 

 雨が小雨になった町の大通りを勇者一行が、水たまりでズボンの裾が汚れるのを気にせず、全力で走っていた。

 

 「くっ、間に合わなかったか!?」

 

 魔王城の様子を見て勇者が呻く。魔王城の前では騒動が広がっていた。

 

 

 

 その数十分前に魔王城の一室にて、儀式は始まった。地面には膨大な魔力で書かれた魔法陣が淡く怪しい光を放っている。中心には祭壇のようなモノが作られ、供物が捧げられていた。しかし、その供物を囲むように、魔力で編まれた対物理防御が張られ、物々しさを醸し出す。この儀式の術者は魔法陣の外に立ち、魔法陣に魔力を注いでいた。

 

 しかし、魔法陣の光が暗い部屋で一層輝くのを見ると魔力を注ぐのを止め、ブツブツと呟きだす。

 

 「我が魔力にて原初の火たらんモノ、供物を焼きしモノ、我が御前にて見現せん。」

 

 魔法陣に術者から青白い魔力が、魔法陣の発する光より一回り大きい光が走り、供物を置いた祭壇に青白い炎を灯す。祭壇に措いた供物が、青白い炎に炙られ、カタカタと音を立てて動き出した。

 

 「…もう少しか?」

 

 術者が呟いた瞬間、更に魔法陣の光が強くなった。そして、それに連動するように炎が強くなる。供物の音が、更に激しくなり耐えられなくなったのか、内側に向けて張られた対物理魔法の折りの中で弾けた。その黄色い豆の様なものが、はじけ飛び、白い綿のようなモノをさらけ出す。

 

 「うん、いいでき。」

 

 その儀式の術者たる魔王メイズは、宿屋『魔王城』の一室にてポップコーンの試食をし、その出来に満足していた。

 

 「女将さーん、できましたよ。」

 

 「あいよ、そんじゃ始めようか。この時期の名物『魔王印のポップコーン』販売を。」

 

 宿屋『魔王城』の女将の声が元気よく響いた。

 

 

 

 ガヤガヤと騒がしい宿屋『魔王城』前に長蛇の列が出来ていた。

 

 「ウオイスが遅いから。」

 

 「…面目ない。」

 

 その長蛇の列の最後尾にて、『ここが最後尾です』と書かれたプラカードを持った勇者ウオイスが聖僧のリナルールに怒られていた。

 

 宿屋『魔王城』の名物の一つに、この時期特有の天候である雷雲を伴った突発的な大雨『通り雨』がある。その通り雨の後のみ、宿屋『魔王城』で販売される食べ物があった。

 

 まぁ、『ポップコーン』なのだが、唯のポップコーンではない。魔力に反応して弾けるマップコーンと呼ばれる種類のコーンを用いたものだ。このマップコーン、浴びた魔力の量で味が決まる。ましてやメイズの膨大な魔力を浴びたポップコーンは味が良く、さらには腐らずカビず長持ちするのだ。しかも、その蓄積した魔力の御蔭で食した者の魔力を回復すると言うオマケつき。

 

 長期の旅をする商人や冒険者に人気の上、振られた塩コショウのその味がまた絶妙と噂が立ち、町の住人までもが買いに来る始末。目の前に広がる長蛇の列は当たり前の光景であった。

 

 勇者とて有事で無いのなら、生活する為に働かなくてはいけない。普段は冒険者として活躍するウオイス。長期の依頼の前にポップコーンを買いに来たのだが、残るだろうかと心配になる。

 

 「あーら、ランちゃん。洗濯物大丈夫だった?」

 

 「ええ何とか。」

 

 「うちはもうー、てんてこ舞いよ。」

 

 

 ランは話しかけてきた客と話しながら、しかし手は手際よくポップコーンを魔王城と印刷された厚紙の箱に詰めていく。

 

 「はい、どうぞ。」

 

 「ありがと、うちの子達これが好きなのよね。」

 

 箱を差し出せば、その代金を払いそう呟くお客様の一人。その後ろでは、自分の番はまだかとそわそわする次のお客が待っている。ランは思わず、クスッと笑った。自身の主人は本来、人々から恐れられる魔王の筈なのだ。しかし、目の前の光景を作り出したのもその魔王なのである。

 

 勇者と呼ばれる存在が大人しく列に並び、『ここが最後尾です』と書かれたプラカードを持って、魔王が作った食べ物を買おうと待っている。

 

 色々ツッコみたい光景ではあるが、こんな人を笑顔にする魔王が居てもいいんじゃないかとランは思う事にした。

 

 「ラーン、次が出来たぞ。」

 

 「はーい、エンジ持って来て。」

 

 「おうよ。」

 

 宿屋『魔王城』の中から敬愛する主の声が響く。熱々のまま持ってこれるように、列の整理をしていた炎の魔神、エンジに声を掛け持って来てくれるように頼む。エンジもまた大きな声で頷き、玄関扉を開けて中に入っていった。

 

 「ランさん、俺は二つね。」

 

 「毎度ありがとうございます。」

 

 お客からの注文を笑顔で聞き、ポップコーンを箱に詰めていく。この特別販売はまだまだ、終わりそうになかった。雨は止み空はカラッと晴れていた。もともと通り雨だ。空を見なくても今日は雨はもう降らないだろう。

 

 「ちゃんと量は確保してありますので喧嘩しないでくださいね。」

 

 僅か後ろの方で起こる争いを止めつつランの腕は動いていた。


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