魔王は最初の町の宿屋にいる。   作:yosshy3304

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第十六話 家族旅行。

 「なんとかしてしまったな。」

 

 「ええ、メイズ様がお出かけで件の子供と仲良くなってくるとは。」

 

 魔王城玉座の間、その玉座に腰掛け側に控えるクオイスに話しかける。今さっきまで、メイズの護衛に付いていた騎士から報告を受けていたのだ。

 

 魔王軍の精鋭すら軽く退けた炎の精霊の幼生体、名をエンジという。と友達になり、また後日に遊ぶ約束をしていたと。

 

 「…わしが心配する必要がなかったか。」

 

 ポツリと呟いた魔王の寂しそうな声色に、クオイスはフムと手を顎に当て考える。そしてポンと手を打った。

 

 「ならば、家族旅行でも計画すれば宜しいかと。件の炎の精霊も連れて。」

 

 「……それだ、そういえば、わしは家族サービス何ぞしたことがなかったなぁ。」

 

 クオイスの提案に乗り、少々時期的にきついが、魔王は少し浮かれたように、予定を開けるため仕事に精を出すのだった。後にメイズに面会した時、メイズに『オジさん、誰?』と言われ落ち込むのだった。

 

 

 

 「なぁ、おっさん。本当に俺もよかったのかよ。」

 

 エンジは今メイズに紹介されたメイズの父親に、自分が居てよかったのかと聞く。

 

 「ふっ、子供が遠慮等するな。なんならメイズの遊び相手でも務めてくれ。」

 

 「友達なんだから、一緒に遊ぶけどよ…。」

 

 魔王に気軽に声を掛けるエンジに護衛の騎士達はヒヤヒヤさせられているが、魔王にとっては可愛い息子の友達なのだ。気にせずにエンジに答えを返す。魔王の言葉にはメイズを慈しむ心が現れており、エンジはなんだか居心地が悪くなった。

 

 今メイズやエンジが乗っている馬車は、魔王専用の巨大な物だった。なにせ広めの部屋一つに車輪を付けて、一角馬(ユニコーン)に牽かせていたのだ。

 

 メイズは反対側の窓に張り付いて、外を見ている。後ろ姿だが、瞳がキラキラ輝いている事は見ずとも判った。そのメイズがエンジに近づいてきた。

 

 「エンジっ!見えてきた。見えてきたよ。」

 

 「あ~、はいはい。今行くよ。」

 

 手招きするメイズに誘われて、遠くから見るだけの何が楽しいのだか、と思いながら窓を覗き込む。モウモウと煙を吹き出し、頂上部が赤く光る火山があった。

 

 『うおっ、すげぇ。』『でしょ。』反対側から聞こえる子供達の声を聴き、魔王は微笑んでいた。

 

 メイズやエンジはまだ知らない。この旅行でメイズの魔力操作が一段と上がるのを。それは騒動の前振りだった。

 

 魔王軍の紋章が入った馬車は南東に存在する活火山の裾の広場で停車した。

 

 「エンジ、こっちに上に続く道がある。」

 

 「なにっ、よし行くか!」

 

 いの一番に飛び出したのは、メイズであり、メイズが頂上に続く道を見つけたことをエンジに言うと、エンジと一緒に駆け上がり始めた。

 

 元々、火室山は観光用に整備された火山である。流石に、巨大な魔力を有する二人とは言え、子供をあんまり危険な場所に連れてくるわけがない。

 

 獅子は子を千尋の谷に突き落とす等と言うが、メイズ達の場合は何食わぬ顔で谷を崩壊させそうである。突き落すわけにもいかない。

 

 いや、そう言う事を言いたいわけではない。これは家族サービスなのだ。父親が息子とその友達を遊びに連れて行っただけなのだ。

 

 「誰かあるか。」

 

 「はっ。」

 

 「すまんが、メイズ達が行き過ぎないように注意していてくれ。

 

 魔王は側にいた護衛の騎士にそれだけ告げて、登山道を登り始めた。

 

 告げられた騎士は、苦も無く重い鎧が嘘のように、スイスイと登山道を登りだし、メイズ達の後ろに付いたのだった。

 

 

 

 「少し、嫌な気がするな。」

 

 「はっ?」

 

 「いや、なんでもない。」

 

 登山道は中腹に差し掛かっただろうか、魔王がポツリとこぼす。側に居た騎士が問い返すが、魔王は気のせいだろうと思った。

 

 こんな場所でアヤツの気配がするわけがないのだ。ましてや、こんな弱々しい気が。抑えていようが、吹き上がる自身の弟の魔力が、こんな場所で。

 

 

 

 メイズとエンジは、中腹辺りの山小屋で休憩を取っていた。

 

 「メイズ様、お水でございます。エンジ様はこちらを。」

 

 メイズ達は少し息を切らしているのに対し、汗一つ掻いていない騎士に世話をされていた。

 

 この場所は、騎士達にとって日常的に体力向上の為に戦闘用の鎧をきて走りこむ場所なのだ。当然全力で走って頂上まで行くこともできる。

 

 巨大な魔力を有しようとも、体力配分ができない子供に付いていくことなど造作もなかった。

 

 「早く、マグマを見たいね。」

 

 「上ってあっついのかな?」

 

 楽しみに眼がキラキラ輝いている二人に騎士は告げた。

 

 「もう少しですよ。がんばりましょう。」

 

 

 

 頂上部、火口付近に建てられた物見塔の横から、火口に向かって桟橋が掛けられている。その桟橋から火口を除く人影があった。

 

 「うわぁ、ボコボコ言ってるよ。」

 

 「熱くはねえな。表面温度は600°ぐらいだし。」

 

 メイズと、エンジである。

 

 もともと魔族は魔力によって肉体を形作っている。炎の精霊種たるエンジは言うに及ばず、ハーフのメイズですら、本体の周りは大量の魔力だ。

 

 その魔力が、火口から吹き上がる黒煙や、硫黄などの毒になる物もシャットアウトしてしまい、魔物にとっては有毒なガスも空気と同じなのだ。

 

 メイズは溶岩の躍動に感動し、エンジは自身が住まう村と比べ、温度が高く無い事に落胆する。エンジの村は炎の精霊が住まう場所だけあって、常時温度が800°近くある。600°程度ならエンジにとっては冷たく感じる程であるのだ。

 

 瞬間、ドーンッとマグマが吹き出した。ただ気泡が地下から上がってきただけだろう。しかし、その火口付近まで上がってきたマグマの迫力に、二人は感嘆していた。

 

 「すっげぇ。」

 

 「うん、まるでエンジが怒ってるみたいだ。」

 

 「うおい、怒ったおれはこんなもんじゃないぞ。」

 

 「おお、凄いね。どうなるの?」

 

 「えっ、えっとだな。それは、もうものすごいんだよ。」

 

 エンジの言葉にメイズがずれた感想を返す。メイズの感想に何も考えずに反論し、純粋な瞳できっちりと返され、狼狽えてるエンジが誤魔化した。

 

 「覗き込み過ぎて、落ちるなよ。燃えたぎる底なし沼だぞ。」

 

 そんな二人に、遅れて登ってきた魔王、ルートワンは声を掛けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 「ぐっ、ルートフォー、何故貴様が、ここにいる。」

 

 「ただの観光さ。」

 

 空気が一変した。火口の縁に指を掛け何とか落ちずに済んでいる魔王の問いかけに、ルートフォーと呼ばれた魔族は明らかに嘘と分かる言葉を吐いた。

 

 何とか体勢を整えたい。だが、目の前の存在がそれを許してくれそうもなかった。

 

 残虐な笑みというのはこういうモノの事だろう。顔一杯に張り付けルートワンを見下ろしている。

 

 確かに居るかもしれないとは思ってはいた。登山中に微量の魔力を感じてはいたのだ。しかし、微量であるという事で勘違いと判断したのは間違いであった。まさか、魔力操作で限界まで漏れ出す魔力を絞っているとは考えなかったのだ。

 

 目の前に居る、自身に匹敵する魔力を滾らせる、何処か似た風貌を持つ男。弟がまさか、この場所に居るとは思わなかったのだ。


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