魔王は最初の町の宿屋にいる。   作:yosshy3304

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第十五話 魔王の友達。

 「ねぇ、ラン、お友達って何処に居るの?」

 

 メイズはランに向かって絵本を見せた。近頃のメイズのお気に入りの本である

 

 元々メイズが読んでいたのは動植物の図鑑で、メイズが魔法の制御を学ぶにあたってランが簡単な魔法書と一緒に絵本を幾つか送ったのだ。その中の一冊だった。

 

 内容は心優しい魔王が勇者とお友達になって世界を救うという、魔族の国には新しい風潮のものである。

 

 「あらあら、それでは一緒に探しに行きますか?」

 

 「うん!」

 

 ランの問いかけに、元気一杯頷いたのだった。

 

 

 

 馬車に揺られメイズとランは、魔王城より南へと進路を取っていた。ナイーシャは今回お留守番である。北は背の高い山脈に囲まれ、東は人間の住まう土地。西は魔族の住まう土地故にメイズが何の予告もなく現れると大騒動に発展する恐れがあった。

 

 そこで、湖より南の精霊達が住まう地方を目指すことにしたのだ。何よりも、もし契約精霊が見つかれば、メイズの属性魔法もグッと威力が高まる。その上魔力操作の技術も上がるはずだ。

 

 「お友達、お友達。見つかるといいな~。」

 

 「くすくす、そうですね。」

 

 ただメイズは打算等なく本気で友達を作るつもりらしく、ランの膝の上にチョコンと乗って、楽しそうに歌いながらニコニコ笑顔だ。犬の尻尾がブンブンと振られているように足が楽しげに揺れている。

 

 ランも、そんなメイズの様子にクスクス笑いながら同意した。

 

 「もうすぐ、炎の精霊の集落です。」

 

 そんな時、外の護衛からそう告げられる。

 

 メイズは呑気に眼を輝かせ、ニコニコしているが、此処で一生の殆どを一緒に行動する配下、メイズ曰く『お友達』に会う事になるとは、この時は思いもしなかった。

 

 

 

 気に入らねえ。大人が数十人、そこそこできる奴らだったが俺がたった一人で追い返しちまったからって村の連中が俺を遠巻きに見ている。その目には恐怖が浮かんでやがる。

 

 俺が何時この力をてめえらに向けたよ。たく、気に入らねえ。

 

 餓鬼の頃から俺は周りの誰よりも強かった。それこそ狩人の大人連中すらまともな相手にならないほどだ。だから、何時もこんな目に晒されてきた。こういうのは慣れっこのはずだった。

 

 我慢だ。慣れてるだろ。そう自身に言い聞かせるが、それでも俺の機嫌は直らなかった。

 

 そんな時、俺を襲った奴らと同じ家紋の馬車が来ればどうなるかは言わなくても判るだろ。俺は、その馬車の進路上に立って、苛立つ気持ちを外へと出すかのように魔力を高めていた。

 

 「前方に、炎の精霊の幼生体が立っています。」

 

 護衛達は、たった一人で前方に立つ精霊に不信感をいだいた。これは確信などではなく、長年の経験によるものであった。前方に立つ炎の精霊から、巨大な魔力が吹き上がる。瞬間そして炎の砲撃が放たれた。

 

 「全兵、前方に魔力壁展開。斜めにして受け流せ。」

 

 護衛騎士達の将が、経験から真っ向から受け切れないと判断。馬車を守るように張った障壁を、三角錐の形に張った。炎の砲撃は三角錐の頂点で切り分けられ、綺麗に受け流された。

 

 「やんじゃねーか。俺はエンジ、焔魔精霊のエンジだ。ちょっとは持たせろよ。」

 

 

 

 エンジと名乗った炎の精霊は、騎士達との戦闘を行っていた。ただ、護衛達は積極的に攻撃せず守る戦いを続けていたため、エンジがどんなに巨大な魔力を有しようとも、なかなか突破することができなかった。

 

 「ちっ、めんどくせぇ。」

 

 後ろに跳び、距離を離したエンジは腕を突き出す。魔法と言うのは、体内から取り出せば自然と周りに融けて消えてしまう。その為、魔力を取り出さずに使う身体強化の魔法の方が強いと言われていた。

 

 ただし、砲撃魔法にも利点がある。砲撃魔法は広範囲に攻撃できること。そして、エンジクラスの巨大な魔力を有する場合、魔力が周りに溶け込もうがそれ以上の魔力を注ぎ込み、相手の魔力障壁を打ち破れるということ。今回のように多人数で守りに入られた場合、砲撃魔法は有効であった。

 

 エンジの突き出した腕から、焔が吹き出した。

 

 「あぁっ!!それ僕もできるよ。」

 

 何時の間にか降りてきていたメイズは、その事に驚く護衛達を余所に、エンジの出した炎の魔法を見て瞳を輝かせながら腕を突き出す。エンジの物とは比べ物にならない炎が噴き出し、エンジの炎を押し始めた。

 

 メイズの場合、保有する魔力が巨大すぎてすぐには空中へと消えていかない。それは制御から外れて漏れた魔力にも言えることで、ましてや制御されたものは言うまでもない。当然の結果だ。

 

 「なっ、なんだとっ!」

 

 だがエンジにとっては到底信じられなかった。自分はただでさえ魔力量に長け、ましてや炎の相性が抜群の炎の精霊なのだ。それが自身よりも幼い子供に炎の魔法で押されているのだ。

 

 グングンとメイズの魔法はエンジに近づいている。このままでは負けると判断したエンジは、魔力を散らし、一瞬で身体強化の魔法に切り替え、炎から身を翻した。地を蹴り、メイズへと肉薄する。

 

 エンジは自身の切り札と呼べる技を使う気だったのだ。身体強化した腕でメイズを掴もうとする。

 

 それを確りと目で追っていたメイズは同じく身体強化した腕で、エンジの腕を掴んだ。

 

 「くっく、掴んだな。ぜってぇ、離すなよ。」

 

 エンジは、メイズと力比べの様になった指に力を込め、離れないようにする。そして魔力を意図して暴走させた。

 

 魔族は魔力で肉体を作っている。それ故に魔法の扱いに長け、自身の魔力を制御する能力が高い。自身を構成する魔力を意図して暴走させたのだ。エンジの体温が急激に上がっていく。これは、炎の精霊と言う種の固有技である。

 

 自身の体温を上げて相手を焼き殺すというものだ。自身の体力を一気に奪うというデメリットもあるが、それをしても勝ちたいと思った相手は初めてであった。

 

 メイズと戦っているうちに、一撃二撃程度の短い戦いとも呼べないものであったが、それでもエンジ相手に真直ぐ向き合ったのは目の前の幼子が初めてであった。故にエンジは何としてでも勝ちたかったのだ。

 

 「ぐっ、なっなに!!」

 

 しかし、どれだけ温度を上げても一向にメイズが焼ける気配がない。それどころか、掴んでいる自身の腕がミシミシと音を立て始めた。

 

 炎そのものと化したエンジの腕が悲鳴を上げていた。これは本来ありえない現象である。炎という非物質を掴んでいるのだから。

 

 エンジが攻撃する時はエンジ自身魔力密度を上げて、物理攻撃へと変換している。だが、これはメイズ自身の魔力がエンジの腕に纏わりつき、エンジという存在を固定していたのだ。

 

 メイズも楽しんでいたのだ。故に魔力制御を完全に忘れ、メイズの本来の魔力が吹き出していた。吹き出した巨大な魔力が、障壁の役割を果たしメイズを守りつつ、魔力で掴んでいる状態の為、本来掴むことのできない炎を掴んで潰しかけていた。

 

 「…メイズ様、それ以上力を込めますと、その子死んじゃいますよ。」

 

 「うわえっ!」

 

 降りてきたランにそう言われ、メイズはびっくりして慌てて万歳のように腕を力付くであげた。

 

 「のうえっ、うわああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ………。」

 

 当然、掴んでいたエンジを遥か上空に投げてしまう。

 

 「ああ、どうしよう、どうしよう!?」

 

 さっきまでのシリアスは何処に行ったのか、本気の素で慌てるメイズが居た。

 

 「…ぐっ、俺はどうなった?」

 

 確か最後に見たのは真っ青な青空だったはず。数日前に襲いかかってきた一団と同じマークを付けた馬車を襲ったはずなのだ。

 

 そこで、大人ではなく小さな幼子に返り討ちにあったのだ。自身すら犠牲になる可能性のある技を使おうとして、そして空に投げられた。

 

 「…起きた?…よかったぁ。」

 

 視界にその幼子の顔が正反対にドアップで映りこんだ。

 

 「…なにやってんだ、お前。」

 

 メイズは右手に枝を。左手に石を二つ持っていたのだ。

 

 「炎の精霊は火が消えると死んじゃうと聞いて…。」

 

 薪をくべようとしたと正直に話す。確かに炎の精霊は、火が消えると死ぬ。と言うか灰になってサラサラと消えて意思がなくなるのだ。ただし、精霊は魔力で出来ていると言ってもいい。魔力の火なのだ。薪をくべてもどうにもならない。しかし、馬鹿正直にそんなことをしようとしたメイズに、思わず笑いが込み上げてきた。

 

 「ぶ、くっくっ、ブワハハハハハハハハハハ…。」

 

 「なんで、笑うのっ!」

 

 「あはははははははははははははは…。」

 

 腕を振り回し、本気で怒ったように頬を膨らませるメイズに更に笑いが込み上げてきたのだった。

 

 

 

 「それで、なんの用だったんだ。」

 

 冷静になって目の前の小さな存在を観察する。魔力が自身よりも遥かに大きい事が判る。苛ついていたとはいえ、よく目の前の存在を倒そうと思ったな自分と、エンジはキレていた自分に恐怖を感じていた。

 

 部下になれ。それとも奴隷兵か。と戦々恐々していたエンジに掛けられた言葉は一つ。

 

 「僕と友達になって。」

 

 その言葉はなんとも気の抜けるものだった。何か裏があるのではないかと訝しみ、そして気付く。ここは馬車の中であると。

 

 「おいおい、このまま俺をお前の所に連れて行くつもりか?」

 

 エンジはメイズを試すようにそういうが、メイズは顔いっぱいに?を浮かべていた。あっ、こいつ嘘つけない奴だ。メイズの様子は瞬時に悟れるほどで、思わず肩を落としながらエンジはそんなメイズの様子に馬鹿らしくなった。

 

 「はぁ、いいぜ。村八分にされている俺なんかでいいのなら。」

 

 「うん。いいよ。僕たちは友達だ。」

 

 こんなのもいいかもな。メイズの輝くような笑顔と宣言に、今までの事が報われた気がするエンジであった。


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