魔王は最初の町の宿屋にいる。   作:yosshy3304

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第十二話 戻ってきた日常。

 「なかなか、やるじゃん。でも勝つのは僕達さ。」

 

 「…無理だろ、お前弱いもん。」

 

 木々を数本薙倒して止まったジャガンは立ち上がりながら、強気に言う。しかし、エンジの言った言葉に、額に血管を浮き上がらせた。

 

 エンジの言葉には何の思いも籠ってはいない。ただ当たり前の事を指摘しただけなのだから。

 

 「言ってくれる。ちょっとぐらい僕をぶん殴った位で、いい気になってもらっちゃ困るよ。」

 

 「困らねえよ。俺が圧勝するし。」

 

 「……死ね。」

 

 挑発じみた言い方、いや真実挑発なのだろう。しかしエンジは腕を頭の後ろで組みながら、素で答えた。それがジャガンの理性を完全に奪ってしまった。吹き上がる魔力、木々がざわめき、空気が淀みだす。温度が下がったと錯覚するような濃密な殺気が、エンジを襲う。エンジの後ろに居た勇者二人は、武器こそ構えているものの、体の震えが止まらなかった。

 

 「ほ~、面白そうな感じになってきたな。」

 

 ただ、エンジには一切合切効いていなかったが。少し楽しくはなりそうであったが、結局その程度だろう。のんきにそう呟いたのだった。

 

 

 

 「がっは、ぐううううぅ。」

 

 魔力全開で跳びかかったジャガンを、エンジの拳が迎撃する。

 

 「なっ、何故だ。」

 

 「そりゃ、当然。お前の全力よりも、手を抜いた俺の方が強いってだけの話だ。」

 

 疑問を口にするジャガンに、当然とばかりにエンジが答えた。

 

 「嘘だ、嘘だ、うそだ、うそだぁあああ!!」

 

 速度に物を言わせ、エンジの後ろに回って、後頭部めがけ拳を繰り出す。しかし、呆気なくエンジの繰り出した裏拳で、ジャガンの攻撃ごと撃ち落とす。先ほどから、これの繰り返しだった。

 

 「ぎう、…何者なんだ、何者なんだおまえはぁあああ!!」

 

 「魔王の配下で、幼馴染で親友。」

 

 エンジは只々簡潔に答えた。元々、エンジは炎の精霊の村で生まれた。生まれた直後から高位者とタメを張れる実力を有していた。

 

 上位の存在へ進化後も、桁の違う実力を有して居たエンジは、時の魔王メイズの父親に目を着けられた。この時エンジはまだ幼生体であったが、派遣された魔王軍を一人で壊滅させてしまったのだ。

 

 次にやってきたのは、まだ幼い、それこそエンジよりもだ。メイズ一行であった。メイズの護衛は下したものの、馬車から降りてきたメイズと相対しそして、エンジは舐めてかかり、圧倒的な実力差で返り討ちにあったのだ。

 

 大人も含めてエンジに敵うものなどいなかった世界はメイズによって広げられたのだ。それからというもの、エンジはメイズに付き纏い、一緒に遊んだのだ。幼くても当時の最強の名を欲しいままにしていた者達の更に上を行っていたメイズ相手にである。

 

 当然、目の前で転がっているそんじょ其処等の魔王等相手にならないのは当たり前なのである。

 

 「…そんな馬鹿な。そんな馬鹿なぁ!!」

 

 それが判らない、ジャガンは少し離れた場所から、エンジに向けて腕を付きだした。付きだした腕から特大の炎の特大魔法が放たれる。

 

 「その程度で魔王を名乗るのはやめてくれ。」

 

 エンジは一切動じず、放たれた特大魔法に向かって小さな炎を打ち出した。その小さな炎は魔力を圧縮して作ったもの。ジャガンが放った炎すら吸収して、ジャガンに到達した。瞬間、炎の柱が上がった。ジャガンは何も言えずに光と消えたのだった。

 

 「おっ、あっちも終わってるな。」

 

 気配を探ったエンジはランの向かった方向に、二つあった魔王の気配が消えている事に気付いた。

 

 「二人とも大丈夫か?肉でも食うか?」

 

 そして今思い出したように、後ろで、肩で息をしている勇者二人に声を掛けたのだった。

 

 

 

 アクレツは恐怖に怯えていた。自分は少なくとも魔王と呼ばれる存在の筈だ。そう思い込み心を奮い立たせようとするも、目の前の存在に飲み込まれていた。

 

 経験などしたことなどない魔力の塊が自分を包み込む。いや、違う。ただ、漏れ出しているだけなんだ。目の前の化け物から、溢れ出した余剰分が自身を包みこんでいるだけだ。

 

 「……おまえ、何?」

 

 「僕は魔王。」

 

 怯えるアクレツの質問にメイズは簡潔にそれだけを答えた。普段は結構お喋りなメイズがである。それだけメイズの心に余裕がなかったのだ。

 

 

 

 メイズは怒っていた。心がざわめき、今まで経験した事がないイライラがメイズの中を渦巻いていた。

 

 (なんでだろう。)

 

 自問自答するも、答えは出ない。シャランが寝たきりになった時も、心がざわめいた。ついさっきのシャランを確実に殺す攻撃が放たれた時も、ただシャランを攻撃したものが許せなかった。

 

 血が沸騰するかのような感覚。ただ、目の前にある存在を感情の赴くままに破壊してしまいたかった。まるで本当に残虐な魔王になってしまったかのように。

 

 (ああ、そうか。僕はシャランさんと一緒にいたいのか。)

 

 冷静に、冷静に。それだけを心がけて、思考を再開させる。単純な理由がみつかった。恋愛とか、好きだからとかではなく、一緒に居て楽しいのだ。シャランの無茶を諌めるのも、オフザケにツッコむのも、無茶振りから逃げるのも、何処か何時も笑っていた気がした。

 

 だから、シャランと一緒に居られなくするモノに心底怒ったのだ。

 

 「……俺、死ぬのか。」

 

 「…死なないよ。完全消滅させるから。」

 

 腰を抜かして、木の根元にいるアクレツに一歩、また一歩と近づいていくメイズ。

 

 「すまん、メイズ。それは少し待ってもらえないか。」

 

 だが、シャランがそれに待ったを掛けた。

 

 「シャランさん?」

 

 「うむ、少しやりたいことがあってな。」

 

 訝しげに待ったを掛けたシャランにメイズは、ただ名前を呼ぶ。しかしシャランはやりたいことがあると、メイズに告げた。メイズは、確かに殺されかけたのはシャランだ。報復の一つでもしたいのだろうと、道を開けた。自分が居れば万が一どころか無限大数が一も起こらない。そんな自信もあった。

 

 シャランがアクレツとメイズの前に立つ。

 

 「…、ふむ。」

 

 「……何がしたい。殺したいのか。」

 

 自暴自棄になったアクレツはそう問うた。しかし、シャランは何か背負い袋の中をゴソゴソとあさっている。

 

 「うん、おっ、これだ。これを着てくれ。」

 

 目的の物が見つかったのだろう。そういってアクレツの前に差し出したのは、白銀の糸が大量に生えたヘルムと、フリフリの白と黒の布だった。

 

 「なんで、メイド服とカツラが出てくるんですかっ!!」

 

 思わずズッコケたメイズと、頭が地面にめり込んだアクレツ。何気にこの中では胆力は一番のシャランであった。

 

 「うむ、似合うと思ったからだ。」

 

 「答えになってませんっ!!」

 

 胸をはって的外れなことを言うシャランに、どうしてもツッコんでしまうメイズ。またシャランは、フムと首を掲げる。ポンと手と手を鳴らし、また背負い袋に手をやると今度はすぐに取り出した。

 

 「メイズの分もちゃんとあるぞ!」

 

 「なんで、あるのぉっ!?」

 

 さぁ、着るのだと、ズイズイ迫ってくるシャランに、メイズとアクレツは仲良く逃げるのだった。

 

 何時の間にか、空は完全に澄み渡り、青空に白い雲が流れていた。

 

 

 

 「ぬぉおおおおおおおおお、しまったぁっ、!!」

 

 魔王城の周辺に叫び声が響く。完全復活を果たした魔王(雑魚)がピンチに陥っていた。余りに危険な魔法の鏡だった為、玉座の裏に隠していたのを忘れていたのだ。背凭れが倒れた時に一緒に倒れていた。

 

 魔王(雑魚)が、壊された壁に足を掛けて、無駄に叫んでいた時、強風が偶々吹いた。その風により鏡がひっくり返り、鏡が魔王(雑魚)の姿を映しだした。姿を映した鏡は映した存在を吸い込み始める。

 

 「うぐぐぐっ!!」

 

 何とか壊された壁を掴み、耐えていた魔王(雑魚)。

 

 「あだっ!?」

 

 だが鏡の吸い込む力は強く、外からの強風も合わさって、岩と言えるような大きな石が時々命中する。

 

 「げっ、どぉわぁあああああああああ!!」

 

 必死で耐えて、しかし、風化が酷かった壁は脆く、ぼろっと指を掛けていた壁の一部が取れた。当然、鏡の吸い込む力に抗う事も出来ずにキュポンと間の抜けた音を立てて、完全に吸い込まれた。瞬間、鏡から光が漏れ出し、四つの影を生み出した。この鏡はあの魔法の手鏡の効果を限定し強力にしたものだった。生き物を吸い込み、その生き物の吸い込む間際の強力な心情を分けて、新たに生み出すのだった。この数日後にメイズ達によって倒される魔王の誕生である。

 

 

 

 「うん?やけに時間が掛かるな。」

 

 「まさか、メイズ君……。」

 

 ランは騎士達の治療を終わらせた後、エンジ達と合流していた。ジャナサンとウオイスはさすがに小さな傷はあるものの、無事でありエンジの焼いた肉を頬張っていた。

 

 先程まで、緊張の連続の中にあり、目の前の事しか頭になかった。しかし、腹も膨れて暇に成れば現状を認識しだす。いま、此処に居ないメイズの事が気になってきたのだ。

 

 「くすくす、それはないわね。」

 

 「おいおい、俺より強いんだぞ。油断しきってたって一方的に勝つさ。」

 

 二人の勇者の心配を、魔王配下二人は笑い飛ばす。出待ちしていたわけでは無いが、瞬間ガサガサと側の茂みが揺れた。ピョコンとシャランが顔を出す。

 

 「おっ、シャラン。今まで何をしてたんだ?」

 

 「ふむ、逃げ出したのでな。着替えさせるのに手間取った。」

 

 「はい?着替えさす?」

 

 茂みからシャランが出てくる。左側に金髪で血の様な真赤な瞳の美少女を。右側に銀髪の美少女メイドを俵田きにして。二人はぐったりしていた。

 

 「……誰だ?」

 

 「うん?ああ、メイズだ。」

 

 「いや、それは判るんだけど。もう一人の方だよ。」

 

 メイズの格好はあの女装コンテストの格好だった為、すぐに判ったが、もう一人の方が判らない。見た目だけでも、シャランが誘拐してきたと言っても信じられそうだ。

 

 「ふむ、似合うと思ったから連れてきた。」

 

 「まじでぇっ!?」

 

 誘拐に見えると言ったが、誘拐であった。

 

 「…まじで、誰だよ。」

 

 ジャナサンの疑問に、シャランは胸を張って告げた。

 

 「魔王の一人だ。」

 

 

 

 「いらっしゃいませ。ようこそ、安らぎと安眠をお届けする宿屋《魔王城》へ。」

 

 宿屋《魔王城》に従業員が一人増えたのだった。今日もカラッと晴れた青空に、真っ白な雲が形を変えていく。雨が降る日もあれば、曇りの日もある。だけどメイズは晴れの日が好きだった。洗い終わったベットのシーツを干しながら空を見上げる。

 

 階下からは、エンジやラン、新しく加わったアクレツの声が響いていた。時々アクレツが失敗しているのだろう。女将さんの怒鳴り声も絶好調だ。強く金属の平べったい何かをぶつける音は無視をする。

 

 今日も宿屋《魔王城》は平和だった。


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