魔王は最初の町の宿屋にいる。   作:yosshy3304

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第一章 宿屋《魔王城》の人々。
プロローグ


 雲一つない空を見上げて、つい朝方まで雨が降っていた事を思い出した。晴れて良かったと空を見上げていたメイズ=シュランクは思う。

 

 背の高い子供と間違われても仕方が無い低身長、撫肩の上、華奢な身体つき。釣り目だがパッチリと開いた目に真赤な血の様な瞳に小さな鼻、プルンッとした唇は濡れ光っていた。

 

この見た目の所為で、まず少女と間違われるが、メイズは歴とした男性だ。は人混みで溢れかえる町の中心地、中央広場から唯一整備された王城から南門に続く大通りが見える、込み入った背の高い建物が並ぶ東地区の小道の最前列に居た。

 

 伝統的なレンガ造りの建物からも、其処彼処から人が顔を覗かせているのが判る。色取り取りの紙吹雪が舞う中、溢れかえった人々のお目当てはたった一人の人物である。メイズは朝から降った小雨の影響で、少し湿気た空気の中、蠢く人々と共にその人物を一目見ようと待っていたのだ。

 

 城に近い方から歓声が上がる。王城の巨大な両開きの城門が開いていくのが遠目でも判った。

 

 歓声が徐々に徐々に近づいてくる。王城から南門に続く整備された道を、北側、王城の方へと目を向ければ白馬に乗った青年がやって来ていた。

 

 見事な体躯の白い軍馬に跨った、金髪青眼の細身の青年ウオイス=ブレイブの幼さを残す顔には緊張が張り付いていた。だが幼さの面影は残しつつも、威厳と呼んでいいのだろうか、何処か人を引き付ける風貌はさすがに勇者と呼んでいいだろう。

 

 そう、彼はこの勇者誕生の国と呼ばれるブレイバーグの今代の勇者なのだから。

 

 この世界ガランドリアの人々は、生れつき誰もが職業というものに就いている。この職業と言うのは、本人の適正だ。それ故、適正以外の職業に就くこともあるが、基本的にはその職業に就くのが一般的だ。

 

 勇者として選ばれるためには、生れつき勇者という職業に就いていなくてはならない。そして何故か勇者という職業に就いて生まれるのはこのブレイバーグだけなのだ。

 

 勇者ウオイスの跨った白馬がメイズの方へと近づいている。パカラパカラとゆったりと最前列にいたメイズの目の前を通り過ぎていった。

 

 一瞬であったが、作り笑顔を浮かべた勇者ウオイスのやけに緊張した横顔がメイズには印象に残った。歓声が近くから上がるが勇者ウオイスに注目していたメイズには何処か遠くに聞こえた。

 

 その勇者の後を、従者の三人が通り過ぎていく。

 

 一人は、素手のみでAランクまで上り詰めた元冒険者。まだまだ現役で動けるが、突然引退し、近くの道場で師範をやっているバックル=ガラルは引き締まった筋肉を見せつけるかのように、袖の部分が無い厚手の胴着を着ていた。

 

 やはり、緊張しているのか鋭い目付きの厳つい顔を更に顰めている。スキンヘッドの頭頂に申し訳程度に生えた髪の毛も、まるでバックルの心情を表すかのようにピンッと立っていた。

 

 そのバックルと並び立つのは、この国の初代勇者を祭っている宗教内に置いて唯一の女性司祭たるリナルール=マザードだ。金色に光る長髪を、後頭部で一纏めにし、それがまるで馬の尻尾の様に揺れている。パッチリした目の中に大きめの翠の瞳が存在した。小顔に小さく纏った顔のパーツは、彼女を幼く見せる。

 

 しかし、聖職者に有るまじき妖艶さを醸し出す。大きくせり出た二つの双丘とキュッと締まった腰は、男達の殆どが釘付けになっていた。

 

 最後尾を歩くのは、王城にて魔法研究を行う部署のトップだ。茶色いボサボサの髪を、適当に後ろに流しただけの髪型だが、何故かそれが似合っていた。歳はまだ成人を迎えた直後だろうか、黒いフレームの角ばったメガネを掛けている。だが、その顔は絶妙としか言えない見事なパーツが、見事なバランスで配置されている。マナサキ=ギューセンと言う名の美男子である。

 

 彼ら三人と共に勇者ウオイスが、南門を抜けて行った。

 

 歓声がまた一層大きくなる。メイズは知り合いの先代勇者に、この歓声が挫けそうになった時に、背中を後押ししてくれるんだと聞き及んでいた。この勇者の旅立ちは昔からの習わしで、何事にも意味があるのだとメイズは思った。

 

 東地区の小道、中央広場よりに陣取っていたメイズもまた、勇者ウオイスの背中が見えなくなるまで、歓声を上げていたのだった。

 

 ポツリポツリと人影が疎らになる。勇者ウオイスの背中が見えなくなったからだ。しかし、メイズはまだ其処に佇んでいた。何か感慨深かったからだ。こうして自分が勇者の出立を見送ることに。

 

 メイズは空を見上げた。真っ白な雲が、目に優しい青空の中を形を変えて流れていく。

 

 メイズの好きな空だった。

 

 「ほら、メイズ何やってんだい。」

 

 手櫛で梳いて、紐で一つに纏めただけの髪型。顔も皺が目立つようになってきたが、昔は綺麗だったんだよと自慢してくるだけの事は有ると思わせる可愛い顔した女性が、メイズの肩を掴んでいた。

 

 「女将さん…」

 

 その女性はメイズの働き先たる宿屋の女将であった。

 

 「早く帰るよ、準備をしなくちゃねぇ。…なんせ飲むから。」

 

 「…くすっ、そうですね。」

 

 女将がそう言い、自身の経営する宿屋に早足で歩いていく。女将の言葉に思わず笑いが漏れたメイズは、この後の予定を思い出し、女将に追随した。

 

 この後、盛大な祭りが始まる。出し物が出たりはしないが、殆どの人間は羽目を外し、美味い物を食べ、倒れるまで飲み、気絶するまで騒ぐのだろう。勇者の出立は殆どの人にとっては宴会の理由付けでしかない。

 

 羽目を外して騒いでも誰も文句は言わない。何せ、久々の目出度い日なのだ。魔王と呼ばれる存在が生まれて、世界が暗黒と不安に覆われてから久々の吉事なのだ。騒がない理由がなかった。

 

 魔王と言う職業に就いているメイズ=シュランクは、その騒動が少々楽しみでもあった。笑顔で溢れて、普段は荒んだ人でさえ優しくなると聞いていたからだ。

 

 メイズは、遥か先を歩いている女将に追いつく為、小走りに走り出す。さぁ、帰ろう。心の内でそう思ったメイズは更に、女将を抜いて更に速度を上げる。

 

 くすくす笑いが漏れた。振り向いて女将の方を見れば、そんなメイズに感化されたのか、いや女将も楽しみなのだろう。笑顔でメイズを見ている。

 

 この町唯一の宿屋、宿屋《魔王城》はもう目の前だった。


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