向日葵の咲く頃に   作:『向日葵』

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この作品を読んでいる間は、向日葵畑を想像(以下略)


向日葵の咲く頃に―四輪―

『......君、誰?』

 

『ふんっ。人に名を尋ねる時は、自分の名前から言いなさいって教えられなかったの?』

 

『......あ、っそ。まあいいや。どうせ殺すんだし。僕の名前は日向。苗字はないよ』

 

『私の名前は風見幽香。風見鶏の風見に、幽なる香りと書いて幽香よ!』

 

『ふーん。......じゃあ、もういいや。バイバイ。ただの子供だから、楽に殺してあげ――『ねぇ、ちょっと尋ねてもいいかしら?』――......はぁ。殺す気削がれるなぁ。なに?』

 

 

 

『とても綺麗よね、ここの向日葵たちは。この畑の主は誰かしら?とても素敵な人だと思うの!』

 

 

 

 

 

 

❁❀✿✾

 

 

 

 

 

 

懐かしい夢を、見た。

 

初めて彼女、幽香ちゃんがこの向日葵畑にやってきた日。向日葵の咲く頃に出会った、僕と幽香ちゃんの夢。何年前くらいかな。もう、六年くらい前だと思う。昔の夢を見るのは、一年ぶりくらいかな。すっごいとぎれとぎれの夢だったけれど、それだけでもあの時のことを思い出せる。

 

「......」

 

いつの間にかリビングで寝ていたようだ。ゴロり、と体を反対側に向ける。何故かそこに見知った子......というか幽香ちゃんがいた。

不法侵入だよねこれ、訴えたら勝てるレベルだよねこれ、などと考えた僕を誰が責められようか。......まあ、そんなことしないけどね。こんなことはザラにあったし。そうやって幽香ちゃんを見てると、その本人と目が合った。

 

「あら、起きたのね、日向。勝手にお邪魔させてもらってるわ」

 

「......いやまぁ、いいんだけどね。今に始まったことじゃないし」

 

それもそうね、と言って彼女は、台所の冷蔵庫から取ってきたであろう水が入ってあるペットポトルに口をつける。......あ。

 

「それ今朝僕が飲んだやつだから、関節キスになるんじゃない?」

 

「―――ぶっ!?」

 

瞬間、口の中から水を吹き出す幽香ちゃん。げほっげほっと咳き込みながら、何故かこちらを恨めしく睨みつけてくる。

 

「そういう事は先に言いなさいよ!」

 

「でも僕が寝てる間に勝手に入ってきた幽香ちゃんが悪いと思う」

 

「ぬ、ぬぬぬっ......!」

 

正論すぎる僕の言い分に、何も反論できず唸るだけの幽香ちゃん。その顔は熟したトマトのように真っ赤だ。そんな顔で睨まれても、微笑みしか出てこないよ。

 

「な、何をニヤニヤしてるのよ......!」

 

「いんや?幽香ちゃんは可愛いなぁ、って思っちゃってさ」

 

は、はぁ!?な、何言ってんのよこのバカ!とか言って照れちゃって。そんなところが可愛いんだよな、幽香ちゃんは。

そんな可愛い幽香ちゃんはどうして毎年この向日葵畑に来るのやら。人里で同世代の子と一緒に遊ぶべきだと思うんだよね、僕的には。......まさか、とは思うけどさ。

 

「もしかして幽香ちゃんって......ぼっち?」

 

「そうね、まずはどこからどこまでが友達なのかという定義になるけれど、何を持って友達なのか、という定義にもなるわけであって」

 

「あ、もう大丈夫だよ幽香ちゃん。それ以上自分の傷を抉っちゃダメだと思うんだ」

 

これはアカンやつだね。もうぼっちで決定だね。なるほど。道理でこの向日葵畑によく来ると思ったよ。

 

「―――ッ!!だ、大体ねぇ!私をぼっちだなんて言うけど、そう言う日向だってぼっちじゃない!私以外の人といる姿なんて見たことないしね、このぼっち!やーいぼっち!ぼっち妖怪!」

 

「......」

 

幽香ちゃんがものすごく子供っぽくなった。いつもはお嬢様みたいな態度をしてるくせに。多分幽香ちゃんに友達ができない理由は、そうやって他人を見下すようなお嬢様の態度をとってるからじゃないの?いやまあ、よく知らんけども。

 

......しかし、僕がぼっちだというのは納得いかないなぁ。それもぼっち妖怪だなんて。僕は幽香ちゃんと違って友人の五人や六人くらいいるのだよ。

 

「エリー、もっこす、こーりん......やばいな、この三人くらいしか思いつかない」

 

「やっぱりぼっちじゃない、このぼっち妖怪」

 

挙句の果てに、こーりんとは最近何も話していない。もっこすに至っては100年くらい会ってない。これは果たして友人と呼べるのだろうか......?

 

やーいぼっちー、などとほざいてる隣の小娘はこの際無視だ。温厚な僕でも怒っちゃうぞこんにゃろう。

不本意だけど、本当に不本意だけど、あのいけ好かないスキマ妖怪を数に入れれば四人だしね。そうしたら友達多い方だしね。四人だもんね。

 

「友達が誰もいない幽香ちゃんよりはマシだと思う」

 

「死ね!」

 

グーパンチが飛んできた。ふん。そんなぼっちのパンチなど、痛くも痒くもな―――あ、待ってその傘は反則。その傘だけはダメだと思う。

 

「だったらぼっちって言うのをやめなさい、このぼっち妖怪」

 

「だって本当のことじゃないか、ぼっちの幽香ちゃん」

 

「......」

 

「......」

 

痛い痛い痛い。無言でべしべし叩かないでよ。その傘マジで痛いんだって。ってか、昨日より痛くなってるじゃんか。絶対強化したでしょその傘。

 

「御札を博麗の巫女製にしてもらったわ」

 

「それはもはや傘と呼べない何かだよ、幽香ちゃん」

 

それ妖怪退治を生業にしてる人に売ったら結構な額になるんじゃない?普通に武器として使えるよね?やっぱり幽香ちゃんの持ってるのは傘とは言えないや。

 

「私の相棒に対してひどい言い草ね」

 

「やばいなんか幽香ちゃんが逞しく見えてくる」

 

しまいには傘のことを相棒だと言い出した幽香ちゃんをジト目で見る。あれだろうか。長年使ってきたから、これはもう私の体の一部みたいなものなんだ、とかいう意味なのだろうか。どんだけ男前なんだ、この子。将来結婚できないタイプだな。

 

「アンタ今失礼なこと考えてたでしょ......」

 

「やだなぁ何言ってるのさ。僕は幽香ちゃんがすごく可愛いなー、って考えていただけだよ?」

 

そう不意打ちをくらった幽香ちゃんは、ふゃっ!?と変な声を出すと、顔を真っ赤にしてぷい、とそっぽを向いてしまった。その様子を見て、クスっと笑う僕。

 

......うん。やっぱし、全然男前なんかじゃないね、幽香ちゃんは。普通に可愛い人間の女の子だ。

初めて幽香ちゃんと会った時は、そんなことすら思わなかったけどね。お嬢様ぶってるただの傲慢な人間かと思ってたくらいだし。誰って尋ねたら、自分の名前を先に言えって生意気に言い返されたからね。そう思っちゃうのは当然さ。

 

 

『とても綺麗よね、この向日葵たちは。この畑の主は誰かしら?とても素敵な人だと思うの!』

 

 

......その言葉を、聞くまでは。

 

「......ねぇ、幽香ちゃん」

 

「な、何よ、急にそんな改まった言い方して......あ、わかったわ!またからかうつもりね!?そうはいかないんだから!」

 

なんか勝手にそう解釈されてしまった。そんなに普段の僕は幽香ちゃんをからかっているのだろうか。......うん。からかってる。と言うかからかってる記憶しかない。......じゃなくてだね。

 

「幽香ちゃんはさ、どうしてこの畑の主を素敵な人だと思ったの?」

 

「え、え?―――ッ!!」

 

言った瞬間少し戸惑いを見せるものの、すぐに顔を真っ赤にする幽香ちゃん。どうしたんだろう、と思ったが、すぐに気付く。

あぁ、そういえばそうだった。幽香ちゃんはあの時のことを......。

 

「あ、アンタが畑の主だってわかっていれば、あんなこと言わなかったわよ!す、素敵な人だとか、絶対に言わなかったのよこのバカー!」

 

何故か罵倒を頂いた。全然ありがたくない。僕はそっちの業界の人ではないので。

そう。幽香ちゃんは初めて僕と出会った時のセリフを、今も気にしているのだ。すっかり忘れてた。

 

 

『ここの主は誰かしら?とても素敵な人だと思うの!』

 

 

だってこのセリフ、幽香ちゃんは知らなかったとはいえ、目の前にいた僕にとても素敵な人だと言ってるようなものなのだから。そして僕を畑の主だと知った瞬間の幽香ちゃんの慌てふためき様がおかしくって、爆笑してしまったんだよなぁ。

 

「って言うか、あの時のことを掘り返さないでよ!本当に恥ずかしいんだから!」

 

「まあまあ、幽香ちゃん。これだけ教えてくれればいいからさ。どうして幽香ちゃんは、この向日葵畑の主を素敵な人だと思ったのかな?」

 

「それは、アンタのことを知らなくて――「じゃあ、畑の主を僕だと知らなかった前は、どうして素敵な人だと思ったの?顔も知らない人なのにさ」――ぬぐっ......!?」

 

僕の追求に、言葉を詰まらせる幽香ちゃん。顔を俯かせて肩をプルプルと震わせている。そ、そんなに言いたくない理由なのかなぁ。

 

幽香ちゃんは、かすれた声で呟く。

 

「......ったの、よ......」

 

「え?」

 

「だーかーらー!あんなに綺麗な向日葵を咲かせる人は、とっても素敵な人だなって思っただけなのよ!わかった!?」

 

「......」

 

あまりにも驚愕の理由に惚けている僕を無視して、幽香ちゃんはいい?と言いながら、真っ赤な顔で続きを口にする。

 

「私は花が好き。大好きよ。自然にではなく、育てられた花っていうのはね、その人の心を表すの。心が汚い人が花を育てれば、その花は醜く。心が綺麗な人が花を育てれば、その花は清らかになる。向日葵だって例外じゃないわ。だから......だから!あんなに綺麗で澄み切った向日葵を育てた人は、とっても素敵な人だと思ったの!これで満足!?」

 

ぜぇぜぇ、と息を切らしながらこちらを睨んでくる幽香ちゃん。普段の僕ならこんな時にでも幽香ちゃんをからかっていただろう。......でも。

 

『なんだこの向日葵は。綺麗すぎて、逆に気味が悪い』

 

『聞けばこの花、妖怪が育てたそうだ。近付くな。危ないぞ』

 

『妖怪が育てた花なぞ気持ち悪い。そんなのは向日葵などではない』

 

『妖怪と聞いただけでも虫酸が走るというのに......その妖怪が育てた花とは。忌々しい』

 

今まで散々罵られてきた。散々貶されてきた。罪もない僕の向日葵たちが何も理解していない人間たちに傷付けられてきた。でも......でも幽香ちゃんは。幽香ちゃんだけは。

 

『とても綺麗よね、ここの向日葵たちは。ここの主は誰かしら?とても素敵な人だと思うの!』

 

心の底から、そう言ってくれたんだ。

 

「な、何よ......なんでアンタ、そんなに微笑んでるのよ」

 

「え?......いやぁ、ね。幽香ちゃんのさっきの理由を聞いて、ちょっと昔のことを思い出しちゃってね」

 

はぁ?とか言って幽香ちゃんは戸惑う。まぁ、目の前の人物がいきなり笑顔になってたら、そりゃ変に思うよね。挙句に理由を聞かれても深い意味の言葉で濁しちゃったんだし、仕方がないよ。でもまぁ、いっか。

 

......だって。

 

 

「まったく、アンタはイマイチよくわからないやつね。でもまあそういうの、案外嫌いじゃないわよ?」

 

 

―――だって君が、今年も......そして来年もまた、来てくれるんだから。

 

 

 




主人公と幽香ちゃんの出会った時の回想をちょびっとだけ書きました。......え?『花妖怪の』の更新?い、今書いてますよ本当ですよ。こっちの話の方が手が動くから書いてないわけじゃないですよ。ほ、ホントダヨ。

感想等、心待ちにしております。

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