「……てください。マ…ター。」
―――心地よい揺れとぬくもりの中、聞こえて来る声によって目が覚めた。
「起きてください。マスター。」
「う…おはよう。」
「おはようございますマスター。」
声が聞こえた方を向いてみると細身でショートカットの美人がにっこりと微笑んでいた。年のころは17~18頃だろうか。だが、よくわからない事を言っていた。マスターとは一体なんのことなのだろう。
「君は?それにマスターって何?」
「私はアトロポス・ライム。アトロポスとお呼ください。そして、マスターのファティマです。因にマスターとはファティマの主という意味です。」
「主って君とは初対面だよ。」
「問題ありません。他の平行世界における私とは異なり、この私はマスターから魂魄をいただいて構成されたマスター専用のファティマとして発生しております。マスターにお仕えする為に存在する者です。」
「お仕えね。まあ一人は寂しいから一緒にいてくれるのは嬉しいけど、自分を物のようには言わないで欲しいな。」
「ファティマとは一種の生体コンピュータです。」
「それでも頼む。例えコンピュータでも君は生きているのだから。」
「…わかりました。では、そのように致します。」
―――そう言うと、はにかみながら少し嬉しそうな笑顔を向けてくれた。
「と、ところでこれからどうすれば良いんだろうか?状況が全く把握できていないんだ。」
「そうですね、状況と近々の教育方針等を説明致します。」
―――アトロポスの説明では、俺は発生から約10年しか経っていない子供で先ほど自我を目覚めさせたところらしい。また、今現在居る場所はWILLという艦で、宇宙を銀河単位で回遊できるだけの航行能力を持っている事、WILLのエネルギーは基本的にはイレーザーエンジンにより無限に供給されるが、一部不具合が出ていて約40年後にどこかの惑星に寄港が必要とのことだった。今の地点から寄港の条件を求めた結果、太陽系の第3惑星が最も合致することが判明した。(主な条件は現在地からの距離や平均気温・大気・着水できる海等を持っている事)整備その他WILLの管理はアトロポスの設計した整備マシンが全自動で行なっているが、消耗品の生産とエンジンの部品交換には一時的に艦のエンジンを輪番停止せざるをえないからと説明された。
「それと、大変申し上げ辛いのですが、私のマスターとしての実力はまだお持ちではありません。この世界において弱者と言えます。」
「弱者、そうすると様々な意味で強くなる必要があるのかい?君のマスターとしての実力を持つためにも。」
「はい、そこで私がマスターに知識や戦術・戦略技能及びMHの操縦方法をお教え致します。最もマスターは私の見立てでは剣聖級の騎士《ヘッドライナー》になれるお方ですので、戦闘能力はすぐに私を追い抜いて行かれると思います。私にインプットされているジョーカー星団で生まれた剣技を全て習得されるには40年はかかると思いますが、ちょうど良いですね。」
―――【戦略?】・【戦術?】・【剣技?】なんだか非常に物騒な単語がズラズラでてきてないか?
「…修行ですか?」
「ハイ!それとお勉強もです♪」
―――後に回想してもこの時だけはアトロポスの元気な返事と心の底からの笑顔は恐怖しか感じられなかった。
「ち、ちなみにさっき言っていたMHってなに?」
「MHとは正式名称モーターヘッドのことで、騎士とファティマが乗り込む全高約14mの人形戦闘兵器のことです。主な使用目的は、破壊・殺人・攻撃です。基本的にはマスターの動きを14mの巨人が増幅・再現すると考えて頂ければ大筋間違いはないです。つまり、騎士が乗ったMHは騎士の剣技も使用可能です。当然各種ミサイルやレーザー等の兵装も持っています。そして、私のようなファティマの役目は騎士の動きをフルサポートしてMHを動かすインターフェイスとなります。」
「へ、兵器ですか。」
「この世界にはマスターの他に騎士はいませんし、私以外のファティマも現在は存在していません。当然ですが、MHもマスター専用機として生み出された二騎のみ存在しています。スペックについては知識の授業時に説明いたします。」
―――こうしてアトロポス・ライムによる丸40年におよぶ個人レッスンが始まった。だが、比較対象のない個人レッスンがもたらす魔改造をアトロポスすら自覚することはなかった。