東方聖酒杯 〜The Lost Dreams of Her Ideals.   作:ハシブトガラス

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四日目、夜――魔女の小屋

 白銀の鎧が、大きく削り取られていた。黒の籠手が、具足が、ヤスリで研がれた様に破壊されていた。セイバーは雪の上に片膝を落とし、血を吐きながらも妖夢を睨みつけていた――その目に、力は薄い。

 霊夢は、眼前で起こった出来事を、理解しようと思考を回転させていた。

 確かに魂魄妖夢の刃は、セイバーの胴体を切り裂いた。だが――セイバーの傷は、どうしても刀によるものとは見えなかった。

 仮に掘削機械に巻き込まれたならば、この様な傷を負うだろうか。広範囲に渡って肉を抉り取られ、そして傷口は幾重もの波の様に乱れている。

 

「ぐぅ、ううぅう……!」

 

 立ち上がろうとするセイバーだが、足に力を込めようと、体がぐらりと揺れるばかりだ。

 分からない――分からない事が、寧ろ確信を抱かせる。あの刀こそは、英霊魂魄妖夢の宝具であると。

 妖夢は脇差を鞘に納める――鞘ごと、脇差は何処かへ消える。石段に置いた太刀を拾い上げ、妖夢はセイバーに背を向け、主の下へと帰参し始めた。

 

「……待ちなさい、まだ――」

 

「まだ戦える、と仰いますか?」

 

 二振りの刀を杖の代わりにして、セイバーはどうにか体を起こす。その体は既に、傷口の修復が始まっている。

 全く並々ならぬ化け物だ。人であれば致命傷だろう傷を受け、早くも立ち上がろうとしている――然し、それでは足りない。

 化け物ばかりが参戦するこの戦いに、並みの化け物で勝ちの目は無い。例えセイバー程の怪物であろうが、ただ一振りで戦闘継続を不可能にされてしまう。

 

「貴女もサーヴァントならば分かるでしょう。今の貴女はもう戦えません。例え継戦が可能であったとしても、貴女が私に勝つことは無い」

 

 何時しか、ピアノの音は止んでいた。霊夢はセイバーに掛けより、その背に手を当て、そっと石段の上に横たえた。

 

「セイバー、何やってんの! 死ぬわよこの馬鹿!」

 

「死んでるわよ、馬鹿マスター……ごめん、ちょっと消えるわ」

 

 実体化を保つには甚大過ぎる負傷――セイバーは霊体化し、霊夢からは目に見えなくなる。

 霊体の気配だけがそこに有り――動けはするのだろうが、妖夢の言葉通り、戦う事などは出来まい。

 見上げれば遥か上方に、硬く閉ざされた門が見えた。過去に訪れた時は、広く開放されていた筈の――今は、賊徒を阻む城壁と化した。

 

「良く良く覚えておかれませ。我が名は魂魄妖夢、この戦に置いては『ウォーリア』の名を冠します。

 私が振るう白楼剣に――斬れぬものなど、何も無い」

 

 その門を、霊体化した妖夢は擦りぬけて行く。奢らず、然して自信に満ちた言葉は、研ぎ澄まされた白刃の如き美しさであった。

 

 

 

 

 

 学業を終えて帰宅してすぐ、アーチャーは居間を占拠してテレビのチャンネルを回し始めた。

 娯楽番組を見るでもなく、芸能情報を仕入れるでもなく、お堅いニュース番組を見始めたのだ。

 

「……何か楽しいの?」

 

「ああ、こりゃ楽しいな。烏天狗の新聞なんかよりよっぽど楽しい。新聞と言えばアリス、朝刊とか無いのか?」

 

「有るけど……何に使うのよ。紙飛行機?」

 

「折るんじゃない、読むんだ。それから地図もくれ、この街だけで良いから」

 

「小学校生活科の地図帳で良いわよね? ……洗濯の手伝いくらいしてくれないのかしら」

 

 私は、主人を顎で使う従者の存在に呆れながら、ここ数日のバタバタで洗いそびれた衣服を片付けていた。

 どうせ今の世の中、洗濯機に適度な洗剤さえ放り込んでおけば、後は暫く離れていても問題は無い。

 問題は無いのだが、小間使いの真似事をさせられるのが、あまり良い気分で無いのも事実だった。

 

「えーと、道徳、一年こくご、二年国語、三年りか……これよこれ」

 

 一度自室に戻って、古い教科書が並べられた棚を漁る。漢字とひらがなが入り混じる中、一際分厚い地図帳は、端の方に置いてあった。

 大概こういう地図帳は、全世界の地図とは別に、その地域のマイナーと言おうかローカルな地図が何ページか掲載されている。

 そのページを開いて持っていくと、アーチャーは私の方には顔を向けず、テレビにくぎ付けのままで受け取った。

 

「ペン。色は何でも――ああ、待った。四色ペンって言うの使ってみたい、有るか?」

 

「あのねえ……怒るわよ? ちょっとは自分で動きなさい!」

 

 流石にこの無精には腹が立ち、正面に回って顔を睨んでやる――やけに真剣な顔が、そこに有った。

 

「……アーチャー?」

 

「後、ラジオも欲しいな。何個でもいい、夜までにこの街のニュースに、或るだけ全て目を通したい。

 夜までにチェックを終わらせる。その後でアリス、お前の力を借りるから……そうだな、喰うか寝るか宿題でもしとけ。疲れて引っ繰り返られたらたまらない」

 あまりにも強い意思の伝わる声に、私は思わず、画面を遮る身を避けた。

 理由は何処にも無いが――きっとこれは、不可欠の事項なのだと、私は気付いていた。アーチャーは、決して退屈な時間を潰す為、テレビにうつつを抜かしているのでは無いと。

 

「……っぷぷ。見ろよアリスー、運転手が居眠りしてトラック横転だと。道路がバナナで埋まって通行止め、凄い絵面!」

 

「真面目にやれ!」

 

 断言して早々、些か不安になった。アーチャーの頭に拳を落とし、宿題へ取りかかる。

 どうせ食べずとも堪えない身の上、不摂生に如何程も危惧は無く、呆れと共に私は自室へ閉じこもるのであった。

 

 

 

 

 

 一度勉強に取りかかると、ついつい熱中してしまう。電気の灯りも時間を忘れる手助けとなり、何時の間にか日付が変わっていた。

 

「呼びなさいよ……ったくもー」

 

 この時間まで、アーチャーはニュースを見続けていたのだろう。意識を外へ向けると、居間からはテレビの音が聞こえる。

 適度な時間で呼んでくれれば良いものをと、気の利かぬ従者に不満を抱きながら立ち上がると――

 

「悪かったな。お客様だぜ」

 

 背丈より随分大きい箒を担いで、アーチャーが部屋の扉を開けていた。そのすぐ後ろに――疲労しきった顔の霊夢が立っていた。

 

「失礼するわ、夜分遅くに」

 

「どうしたのよ、夜分遅くに。しかも死人みたいな顔で?」

 

「セイバーが死人に戻されかかったのよ……あんた達の力を借りられる?」

 

 私はアーチャーと顔を見合わせ、ほぼ同時に頷いた。

 

「オーケー、霊体化を解除させてくれ。専門じゃないが、お前達よりは上手く出来る」

 

 アーチャーは私のベッドからシーツを引きはがし、居間のソファにそれを掛けた。その間に私は、消毒薬や包帯など、僅かな備蓄を有るだけ掻き集める。

 セイバーはソファに横たわった姿で実体化し――広く刻まれた傷に、私はきっと青ざめていただろう。

 

「……何よこれ、パワーショベルにでも抉られたの?」

 

 胸から腹へ掛けて、皮膚と肉を削ぎ落された様な傷口。防具の上からこれほどの損傷を与えるには、如何な武器が必要となるのか。

 ここ数日で血への耐性は出来てしまっていたが、それにしてもあまりに大量の出血に、頭が痺れた様な気さえする。

 アーチャーは冷静に――ともすれば、冷徹とも言えよう程に傷口を眺め、手を触れて、

 

「霊夢、セイバーは何をされた? こいつがこんな、傷の治りが遅い筈無いんだがな……」

 

 不思議は見慣れた魔法使いが、不可思議に首を捻る。おかしな光景だった。

 患者であるセイバーは、喘ぐように口を開き、だが声を発する体力も惜しいのか、結局は口を閉じる。

 

「……たった一回、スパッと斬られたのよ。説明するわ、治療しながら聞いて」

 

 

 

「――そういう訳で、マスターは確認できなかったけど、確かにサーヴァントは確認したわ。

 魂魄妖夢、拠点は白玉楼。クラスは――イレギュラーね、ウォーリアって言ってた。そんな所よ」

 

 霊夢の話は、混乱と高揚で時折は分かりづらい部分も有ったが、基本的には道理の通った内容だった。

 だからこそ、事実の重大さが分かる。あの狂霊とセイバーと、二体を同時に相手をして、一つの傷も負わないサーヴァント。

 そんな物が本当に、本当に存在するのであれば――大事だ、なんて軽い言葉では済まない。

 

「……で、セイバーの傷はどうなのよ? 治るの? 治るのはいつ?」

 

「落ち付け、霊夢。耳元であんまり騒ぐな――」

 

「これが落ち付いていられますかっての! どうなのよ!?」

 

 然し、私は――きっとアーチャーもだろう――その話を強く危惧していなかった。

 だからアーチャーは静かに、事務的に治療を進めて行く。抉れた肉を再生させ、不足した血を補い、肉持つ霊体を魔力で埋めて再構成させる。成程確かに、他の術の手際に比べれば些か劣るが、卓越した術者で有る事に違いはなかった。

 早送りの様に肉が〝生える〟様を見せられ、少なくとも食欲は失せた。食事をせずに生きられる身に、改めて感謝をする。

 

「……驚いたな。妖夢の奴、ここまでやるようになったのか……こりゃ確かにセイバーも負ける、頷けるぜ。

 あー、霊夢。こりゃ簡単に治る、お前の魔力供給が滞らなきゃだが。私の傷なんかよりよっぽど楽に回復するだろうよ。

 霊体化しなかったのが良かった。けど次は、正面からやり合うのは避けとくのが良いぜ」

 

「どういう事? セイバーと私で勝てないんじゃあ――」

 

 霊夢の言わんとする所は分かる。確かにマスターとしての保有魔力量、そしてサーヴァントのステータスを見れば、霊夢とセイバーのタッグは馬鹿げて強力だ。

 

「私とアーチャーならどうにかなりそう。後……アサシンも、やり方次第じゃ行けるんじゃないかしら、聞いた感じだと」

 

「同感だな。妖夢の宝具が〝どっち〟なのかは分からんが、多分脇差の方だっただろう? じゃあ、近寄らなきゃどうにかなるさ」

 

 然しその精強無比は、刀の間合いの内のみ。アーチャーの様に遠距離戦闘を主体とする者や、搦め手を用いて戦うアサシンならば、そう恐れる事は無い。

 ましてや魂魄妖夢――ウォーリアは、自ら攻め込もうという考えを持たないのか、完全に守戦に回っていたという。

 ならば、無数の策を携えて攻め込めば、十分以上に勝算は有る。

 

「ええ、そう思うわ。斬られて分かったけど……あれは、霊体殺しの刀よ」

 

 傷は粗方塞がったセイバーが、か細い声ながら言った。

 

「霊体にはめっぽう強い……けど、他に何も無い。伸びたりしないし、勝手に空を飛んできたりもしない……手が届かなきゃそれまでの刀。

 あんなもの、タネさえ知ってれば勝てるのよ。次は絶対に私が勝つわ……!」

 

 負けた事が余程悔しいのか、セイバーは回復しきらない体で拳を作り、自分の膝をガツガツと殴りつけている、

 その様は、外見の年齢より数段も幼く見えて――呆れて、霊夢までが溜息をついていた。

 

「お前は駄目だ、治ってから私が行く。代わりにお前は、あの鎧の奴をどうにかしてくれ。

 多分だけど、私はあの鎧のには勝てそうにないんだ。適材適所って大事だろ?

 ……それよりも。白玉楼って言ったよな? だったら一つ、気付いた事があるんだ」

 

「あ、それ私の地図ちょ……あー」

 

 一先ず、無事と先行きが鮮明に見えてきた。少しばかり安心感が漂った部屋に、アーチャーの威勢の良い声。

 彼女が手にしている地図帳が、赤と青のインクで染められていると見て取った瞬間、私はもう頭を抱える事しか出来なかった。

 

 だが――アーチャーが地図に残した印には、一定の法則性が見えた。

 見た目の侭に受け取れば、無作為に散らばった印でしか無い。けれど私は、これが何らかの意味を持つものだと――直感で悟っていた。

 

「アリス、霊夢。この街で最近さ、なんか変な事件って起こって無かったか? 具体的に言うと、学校での体調不良に似た様な感じの」

 

「似た……? んなもん、この寒さよ。……あー」

 

「それと?」

 

 自分の言葉に何かを気付いたか、霊夢は暫し口を閉ざした。両腕を組み、床に座ったまま自分の足を睨む。

 

「……悪い風邪が流行ってる、って聞いたわね。咳は出ないけどだるさが酷いって。あっちこっちでぱったり来てて、救急車が走り回ってるそうよ。

 学校よりは北側に集中してるって話らしいけど、伝染るとかはあんまり聞かないわ。良く考えりゃ変よねこれ」

 

「あたりだぜ、霊夢。丁度私も、そのニュースが気になってた所だったんだ。で、その症状が流行ってる所を地図に示してみた」

 

 アーチャーが手にした地図帳の、学校より北側の範囲に目を向ける。

 小さな赤い点が幾つか打たれて、横には細かい文字でのメモ書き。日付は、きっとニュースなどで報道された、症状が確認できた時期なのだろう。

 こうして纏められると、何となく規則性が見えてこないでもないが、然しまだまだ分からない。赤い点の群れの中に、時々青い点が混じっていたりして、何を意味するのか分からなくなるのだ。

 

「アーチャー、こっちのは? この青い点、どっちかって言うと街の西側の方に多く広がってるみたいだけど……」

 

「こっちは、最近起こった些細な事故とか、そういうもんを片っ端からチェックしてった奴。何かのスイッチを切り忘れてガス洩れとか、見通しが良い筈の道路で余所見の衝突事故とか――まあ、そんなのだな。

 見てもらうと分かるだろうが、青い点は基本的に、21時から27時までの6時間だけで記してある。それ以外は多すぎて駄目だ」

 事故――何故、そんなものに目を付けたのだろう。私は暫し、その意味を探るべく思考する。

 アーチャーが集めたのは、人のミスによる事故。それも夜間に限定して――これには、きっと意味が有るに違いない。

 事実から意味を見出すのではなく、意味が有るという前提の下に事実を見れば、やがて一つの考えが浮かんでくる。

 それは――

 

「……やけに綺麗な円ね」

 

「だろう? ノイズを取り除けば、ここ最近の数十件の事故が、綺麗な円の中に収まるんだ」

 

 青いインクを使い、記された点と点を繋ぎ、或いは間に色を塗る。地図の上には忽ちに、一つの大きな円が浮かび上がった。

 アーチャーがノイズと呼び、また私も敢えて線を伸ばさなかった幾つかは、明らかに円から大きく外れた位置に存在する。これらはきっと、調査の過程で偶然見つけた、たまたま起こってしまっただけの事故に違いない。

 肝心なのは、決して広いとは言い難い範囲で、〝普通ならば有り得ない程の不注意〟が幾つも起こっているという事だ。

 

「夜だから疲れてた……とか、無いわよね。急に増えすぎよ、こりゃ」

 

 胡坐を組んだままの霊夢が、身を乗り出して地図を見る。ふむふむ、と頷く様子が、どこか年頃の少女と思い難い貫禄を醸している。アーチャーはそれがおかしいのか――懐かしいのか、くすくすと小さく笑った。

 似合わない笑い方をする彼女だが、直ぐに頭を切り替えたのか、赤いインクのペンを手に取った。

 

「霊夢の話を聞いて思ったんだが、この綺麗すぎる円は多分、音に誘われて不注意になった連中のもんだろうぜ。

 こうやって作った円の中心、私が塗りつぶしちまった場所のど真ん中……此処が、今の白玉楼だろ?

 ってことは、だ。よっぽど鈍い奴でも無い限り、この円の中に、妖夢の主以外のマスターは居ないんじゃないかな。

 で、問題はこの次だ。今の要領で赤い点を繋ぐと……ほら、こんな形になっちまう」

 

 半ば予想していた通り、アーチャーは赤い点も円に変えようとした。

 だが、こちらは点の位置がぶれ過ぎていて、どう繋いでも円の形にはならない。

 やりたい事は分かるが――此処でもう、半ば手詰まりの様に思えていた。

 

「さあ、ここからだ。今の時代を生きている、お前達二人に期待するぜ」

 

 然しアーチャーは、寧ろこの状況をこそ、解決のためのルートと見ているらしい。

 私と霊夢の肩を抱き寄せ、頭を地図に近づけさせた。

 

「ちょっと、何するのよ」

 

「良いから良いから。お前達、この辺りを歩き回った事ってあるか? 上り坂の有無とか分かるか?」

 

「……まあ、生まれた頃から住んでる街だし、そりゃねえ」

 

 霊夢は言うまでも無く、私もこの街は良く知っている。どの路地を通れば、何処へ行くのに近道であるかなど、実体験で良く身につけている。

 ――そろそろ、アーチャーの意図が見えてきた。私もペンを持ち、直接地図に情報を書き込み始めた。

 

「ここからここまで、見た目の距離より坂がキツいから5分は掛かるわ。こっちは行き止まり、だから別な道を行くしかないわね。それから――」

 

 つまり、移動手段が問題なのだ。

 霊夢達が戦った魂魄妖夢――ウォーリアの陣営は、音を使って他者を幻惑している。夢遊病の様に引き寄せられた者も居るというから、恐らくは市民から僅かずつでも、魔力などを吸い上げているのだろう。

 余談だが、この予想が当たっているとすれば、ウォーリア陣営のマスターは、魔力を殆ど用いずして他者の精神に干渉している事になる。

 一般市民を、殺すどころか後遺症一つ残さず吸い上げた魔力など、本当に雀の涙であろう。そんな事をしてプラス収支になるのなら、余程効率の良い手段を持っているに違いない――ますます、厄介な相手だ。

 それはさておき、アーチャーが赤い点で示した範囲は、きっと徒歩で移動する場合だ。サーヴァントが、ではなくマスターが、である。

 徒歩で移動すれば、当然坂道を登るには時間が掛かるし、行き止まりは迂回して進む必要がある。同じ時間を移動に費やしたとて、東西南北全方向に、等しく進めるとは限らないのだ。

 到達距離の違いが、到達点の生む曲線を歪めているのだとすれば、平面の地図には無い高低の概念を以て補正し、更に交通事情も要素に用いて――

 

「ここかしら。これだとかなり円に近付かない?」

 

「いやいや、ちょっとこっち端がおかしい。もうちょっと西じゃないか?」

 

「じゃあこれくらいにして……違うわね、これだと行き過ぎ。少しだけ東に戻して、幾らか南へ」

 

「ちょちょ、ちょっとちょっと」

 

 後から消しやすいようにと鉛筆を地図に走らせていた所、霊夢が横から口を挟んできた。

 

「私を置いてけぼりにしないでよ、せめて説明して頂戴、説明。あんた達は何をやってるの?」

 

「アサシンのマスターが、何処を拠点にしてるかの特定。学校に仕掛けられてた魔法陣、あれのせいで広がってた症状は……椛を思い出せば分かるでしょ?」

 

「……そういえば、あいつもダルそうにしてたっけ」

 

 熱は無いが、体に気だるさを感じ、力が入らない。ちょっと聞くだけだと風邪の初期症状にも思えるが、本当はそんな優しいものじゃない。

 アーチャーは、各種媒体に流れる些細な注意喚起の記事が、アサシン陣営の居場所を記す手掛かりになると、そう感づいていたのだ。

 私も線を書き足し続けた結果――ついに、美しい円を描く事に成功する。その中心は、小さな住宅地の中に記されていた。

 

「距離の補正を加えて、最も綺麗な円を描ける一点と、近似の複数個所。アサシン陣営は恐らく、この辺りに拠点を持っている――そうでしょ、アーチャー?」

 

「グレイト、今回は満点だぜアリス。そうと分かれば早い内に――セイバーを早く治して、襲撃するのが良いだろうな。

 念の為だ、私も行く。二対一で正面からなら、あのアサシンには十分に勝てるだろうぜ。

 ……という事で今夜は寝よう。明日も普通に学校有るだろ?」

 

 古明地こいしと言う少女は、不気味だが無警戒で、マスターとしての脅威度は低い。奇妙な技を使うアサシンの優位性を、彼女の運用が著しく削いでいる。

 確かに、勝算は十分以上。確実に確実を重ねるアーチャーは、やはり射手より魔術師の適性が高い様に思えた。

 

「ところであんた達、片付け始めた所で悪いんだけど」

 

「……ん、どうしたの?」

 

 暫く蚊帳の外に置かれていた霊夢を、この声で思い出す。

 分析より直感任せの霊夢は、今回はまるで参加する所が無かった為か、幾分か不機嫌そうな表情だ。

 だが、この言葉を言い出しかねている様な雰囲気は、そればかりでも無いと思うが……

 

「……怪我したセイバー連れて、今から帰るのは危険だと思うの。泊めてくれる?」

 

「そんな事? 別に良いわよ」

 

 悩むまでも無い事だった。私も泊めてもらった事だし、これで一対一、丁度借りを返せる。

 ただ一つばかり問題なのは、一人暮らしのこの家には、寝具が一つしか無い事くらいだが、

 

「パジャマは私ので良いわよね、背丈あんまり代わらないし。寝相は大丈夫?」

 

「大丈夫だと――って、私は床かソファで良いから。良いから別に」

 

「私は気にしないわよ? 細いし大丈夫でしょ、アーチャーとセイバーには霊体化してもらえば良いし」

 

 寝室へ案内した所、霊夢は体育の授業で習う様な回れ右をして見せた。肩を掴んで引き留める、遠慮などする必要は無いのに。

 

「ほんっ……とうにあんたさ、いつか刺されるわよ」

 

「……? 蜂でも飛んでいたかしら?」

 

 霊夢の言う事は、私には今一つ分からない。

 分からないままにしておくのも気味が悪いが、一先ず今夜は、眠って頭をすっきりさせようと決めたのであった。




【クラス】ウォーリアー
【真名】魂魄妖夢
【マスター】???
【属性】秩序・善
【身長】151cm
【体重】45kg

【パラメータ】
 筋力B  耐久B  敏捷A
 魔力E  幸運D  宝具D

【クラス別能力】
 不退転:A
 退く事を知りながら、敢えてその手を捨て去った背水の覚悟。
 敵を正面に置いて戦う際、筋力、敏捷、耐久のステータスがワンランク上昇する。
 ただし、認識していない相手より奇襲を受けた際は、代わりに全ステータスがワンランクダウンする。

【保有スキル】
 無窮の武練:A
 長い生の全てを鍛練に費やした、武の道の具現たる証。
 如何なる精神状態であろうと十全の力を発揮する。

 勇猛:B
 威圧、混乱、幻惑といった精神干渉を無効化する。また、格闘ダメージを向上させる。

 心眼(真):B
 修行・鍛錬によって培った洞察力。
 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。

【所有アイテム】
 楼観剣:妖怪が鍛えたと言われる長刀。西行寺家の蔵に眠っていた。
 一切の細工を施す事なく、霊体に干渉する事が出来る刀である。
 尚、刀身の長さは6尺6寸6分。

【宝具】
『斬レヌモノ無シ(ハクロウケン)』:ランクD? 対人宝具
 魂魄妖夢の死と共に散逸した西行寺家の宝物の一。
 外見は刃渡り一尺四寸、平凡な脇差。曇り淀みの無い刀身が、寒々とした印象を感じさせる。
 誰が鍛えたのか、どの様な経緯で妖夢の手に渡ったのかを知る者は誰一人おらず、ただ最初からそこに存在したかの様に在る。
 妖夢が抜刀の姿勢を取り念じる事で実体化、鯉口が切られる。
 切れ味鋭く、折れず曲がらず、魂魄妖夢の手に有れば山すらも斬る。

 その本質は、究極の対霊兵装・白楼剣。
 真名を解放して斬りつける事で、霊体に対しての絶対的な排除権限を発動する。
 端的に言うならば、刀身を掠らせるだけで霊体――サーヴァントでさえ、霊体化しているなら――を消滅させる。

 ただしこれはカタログスペックであり、霊体への干渉には多大な魔力を必要とする。
 単独行動スキルを持たない妖夢が宝具を真名解放するには、当然だがマスターから魔力を引き出す必要がある。
 その為、結果的にだがこの宝具は、〝刀身が触れた部位の周辺を消滅させる〟程度の効果しか生まない。
 とはいえ、首や心臓付近など、霊核の近くを突き刺す事が出来れば、戦闘続行スキルを持たないサーヴァントは即刻消滅するだろう。
 また、実体化している霊に対しては、消滅の効果こそは生まないが、刀身より明らかに広い傷を与える。
 刀の鋭利さに鈍器の打面の広さが加わる斬撃は、掘削機械の如き凄絶さで、対象の肉を抉り削る。

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