真剣で私に恋しなさい~その背に背負う「悪一文字」~   作:スペル

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天神館の場所は、作者オリジナルです

書こうか迷っていたのですが、これからも書いて行こうと思います

応援して下さると嬉しいです


悠介と今

天神館(てんじんかん)。東にある川神学園に対をなす、京都府にある西の武術学校。川神学園と同じく、決闘と言うシステムを導入した学校であり、多くの武の血筋を持つ者達が通う学園である。

西の武の聖地といえる学園に、相楽悠介は通っていた。

 

◆◇◆◇

 

天神館へ向かう途中にある薄暗い路地裏。京都の独特の地形によって生まれたその死角に、多くの不良が地に伏している。

 

「これに懲りたら、もう下らねえ事すんじゃねえぞ」

 

そんな中、天神館の制服を着た一人の学生が、片腕で地に伏した一人を持ち上げ、ドスの効いた声で警告を発している。その言葉に持ち上げられた学生は、涙と鼻水を流しながらうなずく。

地に伏した彼らは、この辺りでは有名な不良学校の生徒たちだ。その中でも今、地面に伏しているのは、恐喝や集りを平然と行うメンツで、不良たちの中でも指折りの危険人物たちである。

今日も、気の弱そうな学生をターゲットに、小遣を稼ごうとしていた。

一人いいカモを見つけ、早速行動を開始しようとした時、この化け物は現れた。

 

「おい、てめえら。何下らねえ事やってやがる!!」

 

最初は生意気なガキだと思い、半殺しにしてやろうと、仲間たちとそいつを連れて路地裏に入った。

そいつを囲いリンチにしようとした瞬間、仲間たちの一人が宙を舞う。その後は弱い者いじめだと、とれるほど執拗にぼこられた。

天神館の生徒は、うなずいた事を確認すると持ち上げていた不良を放り投げ、路地裏から出ていく。その後姿を意識のある不良達は見つめていた。

その視線は真っ白い羽織に、黒く書かれた「惡」の一文字に注がれていた。

路地裏から出てきた青年相楽悠介は、毒づきながら自分の通う天神館へと歩を進めた。

 

◆◇◆◇

 

天神館の学長室で二人の男が、向かい合っている。

一人は、相楽悠介。

鋭い目つきと、悪人よりの面をしている悠介は、めんどくさそうにしながらも、自分の目の前にいる男から視線を外さない。

もう一人は、天神館の学長鍋島正(なべしまただし)

マフィアの様な姿をしているが、れっきとした教育者であり、川神院出身の武人でもある。

その実力は世界でも、数少ない壁越えの実力者でもある。

 

「また派手に、やったじゃねえか」

 

沈黙を破り、言葉を発したのは鍋島だった。その表情は、ほとんど呆れで染まっている。

 

「てめえが病院送りにした奴らだが、さっき向こうの学校から連絡があった。全員全治一か月の大怪我だとよ。おめえ、今回で何回目だ?」

 

「知らねえ。十回を超えてからは数えてねえ」

 

「別に、喧嘩するなとは言わねえよ。闘いを求めるのは、武人としては全うだ。でもよぉ、おめえは、少しやりすぎだぜ」

 

事実、鍋島が言った通り悠介は、一か月の内に暴力沙汰を何度も起こしている。

理由としては、不良に絡まれた学生を護ったり、老人相手につまらない事をした奴を殴ったり、ナンパされて困っていた女子学生を助けたりと、褒められる行為なのだが、いかせん、悠介は執拗以上に相手をボコボコにするため性質(たち)が悪い。

さらに、何度罰則を与えても悠介は、懲りずに何度も似たような事件を引き起こす。

 

「俺はやった事に後悔はしてねえよ。その結果が、退学だって言うなら受け入れるだけだ」

 

再び、無言になった空気の中で、悠介は力強く鍋島に告げる。その眼を見て、鍋島は深いため息を吐く。最初に、事件を起こした時も、悠介は学校を退学する気でいた。

悠介はそれをケジメと言い、鍋島に直々に告げてきたのだ。最も、その時は助けた女子学生のフォローもあり、停学で済んだのだが。

だからこそ、質が悪い。

自覚が無ければ鍋島自身が、拳骨をくれてやり、指導するのだが。悠介は、自覚したうえでやっているため、どうしようも出来ない。

この手のタイプは何があろうとも、自分の意思を曲げない事を鍋島は知っている。

だが、同時にそれでいいと思っている自分がいる事に、鍋島は気が付いている。

勿論、一教育者としては間違いである。こう言った生徒を更生させるのが、教育者の本分の一つだ。

だが、武人として悠介を見た時、その行為を咎めることが出来ない。むしろ鍋島はよくやったと褒めてもいいと思っている。自分達が、やっているのは武術だ。断じて武道ではない。そこに礼儀など無く。あるのは自分の意思のみ。武術とは言わば、己の我の押し付け合いである。悠介はまさに、それだと言っていい。

しかし、相手が問題だ。

武術家同士ならば、何も言う事はない。しかし、相手が素人ならば話は別になる。素人相手に、武術を使うのは要領が違う。だからこその鍋島の悩みだった。

 

「まあいい。今回の処罰を告げるぞ」

 

一通り思考した後、鍋島は悠介に罰則を与える。

 

「一か月の停学。それが、今回のお前の罰だ」

 

「それだけで、いいのかよ?」

 

「向こう側も、これ以上事件(こと)を、大きくしたくないらしくてな。くれぐれも、穏便に済ませてくれと、言われたのよ。後、てめえにぼこられた奴らが、全員お前の、減罰を申し出てな。たっく奇妙な、カリスマもあったもんだ。てめえを、倒した相手を助けるなんてよ」

 

「....わかった」

 

鍋島の言葉を聞いた悠介は、うなずき学長室から出ていこうとする。

 

「あ。言い忘れてたが、嬢ちゃん(・・・・)には、もう伝えてあるからな」

 

鍋島の言葉を聞いて、初めて悠介の表情が変わる。その表情は、ものすごくめんどくさそうである。

 

「何で教えやがった」

 

「なんでって言われてもよぉ。嬢ちゃんとは、一緒に(・・・)住んでんだろ?家族に、連絡いれるよりも早いし、何よりおめえには一番効くだろ?」

 

鍋島の言葉に言い返す事が出来ないのか、悠介は毒づきながら視線を逸らす。そんな姿を見た鍋島は、笑みを浮かべある事に気が付く。

 

「噂をすれば何とやらだな」

 

「どう言う...」

 

鍋島の言葉に反応した悠介の言葉が、最後まで言われる前に、学長室の扉が大きな音を立てて開かれる。扉を開けた人物を見た瞬間、悠介はめんどくさそうに、鍋島は意地の悪い笑みを浮かべた。

扉を開けたのは、一人の少女だ。肩まで伸ばした黒髪と、人の良い笑顔が出来そうな可愛らしい少女。少女の名前は、松永燕(まつながつばめ)。天神館に通う三年生である。

また、納豆小町としてアイドル活動をしているなど、関西では知らぬ人などいない有名人でもある。

加えて、その武術の実力も高く、天神館でも間違いなくトップレベルに位置づけられている猛者でもある。

燕は、悠介の姿を確認すると猛スピードで悠介の目の前に迫り、

 

「悠介君!!また問題起こしたの!!あれ程やっちゃダメだって言ったよね?どうして、そう簡単に手が出ちゃうの!!」

 

お説教を開始する。燕の言葉を聞いた悠介は、ずうずうしいと言った感じで、

 

「うるせえな。お前は俺の母親か!!」

 

「母親じゃなくて、保護者の代わりだよん。美咲さんに悠介君の事任されてるんだからね!!」

 

「母さん」

 

燕の言葉を聞いた悠介は、遠方にいる自分の母親である 相楽美咲(さがらみさき)に、愚痴を言いたい気持ちになる。燕とは、京都に引っ越した四年生の頃からの付き合いで、幼馴染と言うやつである。

現在、悠介は燕の家に居候している。理由としては、燕の父親である松永久信(まつながひさのぶ)が、株で失敗し大きな借金を背負った事に理由する。

燕の母親である 松永ミサゴは、その事に大激怒し家を出ていくまでに発展した。

そこに救いの手を伸ばしたのが、悠介の父親である 相楽誠(さがらまこと)と母親である相楽美咲の相楽家である。

誠は、会社の仕事の都合で、海外に行かなければならなくなり、妻である美咲を連れていく事に反対はないのだが、息子である悠介を連れていく事を渋っていた。

その為悠介を松永の家に預け、ミサゴを彼女の仕事でもあるボディーガードとして雇い、自分達と海外に来てほしいと頼んだのである。

最初は、渋ってたミサゴだったが、美咲の根気強い説得のかいありその事を了承。

画して、松永の家族が分裂する事を回避したのである。

 

「おい、痴話喧嘩なら余所で、やってくれねえか?甘すぎて、砂糖吐きそうだぜ」

 

悠介と燕のやり取りを見ていた鍋島が、クックッと笑みを殺しながら二人に告げる。その表情は、明らかに楽しんでいる。

鍋島の言葉を聞いた燕の顔が、ほんのりと朱色に染まり、口はせわしなく動き始める。

どうやら何か言いたいようだが、言葉が出ないようだ。

いつも冷静さが売りの燕にあるまじき反応だが、

 

「こんな五月蠅くて腹黒い奴は、いらねえよ!!」

 

そんな燕の変化など、気にしない悠介が燕に変わり、鍋島に突っかかる様に吠える。

しかし悠介が、その言葉を発した瞬間、鋭い回し蹴りが悠介の顔面を襲う。

 

「女の子に対してそんな事言っちゃだめだよ、悠介君。次言ったら蹴るよ?」

 

燕の言葉を聞いた鍋島は、震える体を抑える事が出来ない。それ程に、ドスの効いた声だ。

 

「もう蹴ってんじゃねえか」

 

常人ならば、失神してもおかしくない燕の一撃を受けても、悠介は何事もなかったように燕と話を続ける。

 

「もっと強く蹴るって意味だよ?」

 

「そうかよ。つか、何で機嫌悪くなってんだ?」

 

「別に~悪くなってないよだ」

 

そう呟いた燕は学長室から退室する。その姿を見た悠介は「何しにきたんだよ」と呟く。

 

「随分と仲が良いな」

 

「あれを見てそう思うのかよ」

 

未だに、笑みを消さない鍋島の言葉に、悠介は心外だと言わんばかりに噛みつく。

 

「はあ、おめえさんは武以外だと、とことん残念だぜ」

 

「あ?」

 

「いや、いい。それはてめえが気が付かないと、いけねえことだ。それよりもどうすんだ?」

 

「何をだよ」

 

鍋島の言葉に反応する悠介だが、思い当たる点が無いのか反応鈍い。

 

「川神学院と天神館(うち)との交流戦だよ。おめえはちょうど停学中で、行けねえぞ」

 

そんな悠介に鍋島は、近いうちに訪れる祭りの事を告げる。鍋島の言葉を聞いた瞬間、悠介の顔に初めて動揺が見て取れる。

 

「もしもおめえが、次からはやりすぎねえと誓えるなら、特別に出してやってもいいぞ」

 

鍋島が言った、言葉に嘘はない。

しかし、悠介は、

 

「...いや、いい。山に籠って修行するから」

 

少しの躊躇いを見せながらも、悠介は鍋島の提案をはねのける。

 

「そうか」

 

その言葉を聞いた鍋島は、嬉しそうに悠介を見据える。

今の鍋島の提案に、悠介がのったとしよう。それは戦いを求める武人としては、正しいのかもしれない。

だだし、代わりに悠介が背に背負った「惡」の一文字を悠介は、これから背負う事が出来ない。

それは鍋島の提案は、これから先では今までしてきた事を捨てろと、言っているのと同義になる。

本能とプライド。どちらも武人にとっては、欠かせない要素である。二択を迫られた時悠介は、本能を殺しプライドを取った。一年半近く、悠介を見てきた鍋島にとって、悠介の下した決断は何処か嬉しいものがある。

 

「俺はもう帰るぞ」

 

「おお、おめえと、次に会うのは祭りが終わった後だな」

 

「うるせえ!!」

 

ドン!と大きな音を立てて、扉が閉められ辺りに静寂が包む。そんな中鍋島は、悠介が出ていった扉をただ見つめている。その表情は、何処か父親を連想させる。

 

「立ち止まるじゃねぞ悠介。おめえが、俺の弟子(・・)なら、てめえの夢が叶う、その時まで歩みを止めんじゃねぞ」

 

悠介には絶対に聞こえない筈なのに、鍋島には悠介の返事が聞こえたような気がした。


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