真剣で私に恋しなさい~その背に背負う「悪一文字」~   作:スペル

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お久しぶりです!!無事に卒業も決まりかつ就職も無事に決まり、漸く生活が落ち着いてきたので、更新することが出来ました!!
今回の幕間は、悠介の四人の師と大和にスポットを当てています。
四人の師が、どんな思いを持って悠介と出会ったのか。
そして大和の胸の内でどう思っていたのか、賛否両論あるかも知れませんが、知って頂ければ、この次の物語の仕込みになればと思います。

まだまだ予断を許さないどころか、危機的状況の中で少しでも皆さんの息抜きにでもなればと思います。















フン。それでこそ、お前だ。――――石田三郎


幕間・師達の思いと少年の独白

喝采が湧き上がる。不屈の闘志で立ち上がるその姿に、会場にいる誰もが興奮を隠せない。目の前で起きた奇跡に誰もが脳裏に、もしも(・・・)がよぎる。

しかし興奮のその最中、例外はいる。

 

――――何なんだよお前は!!どうして!!

 

胸の内から湧き上がる感情を制御できない。普段より軍師と呼ばれる程度には、有能な筈の思考が定まらない。

ミックスされた過ぎた感情は、直江大和の心情さえも不安定にする。

 

「大和…?」

 

その心情は、普段から大和を慕う京でさえも、微かに違和感を感じる程度で察する事が出来ない。

そもそも今の大和には、周りを気にする余裕はなく、視線は闘技場に立つ二人に絞られている。

普通に考えれば、例え立ち上がろうとも漫画のように隔絶した実力差が覆ることなどあり得はしない。そんな事は少し考えれば誰にだって分かる事実だ。

それなのに…

 

――――そうだ!考えれば誰だって分かる。なのに、なんで!?

 

会場にいる殆どが、そのあり得ないもしもを信じている。会場の雰囲気が、直江大和には理解できない。

自分の姉である川神百代の強さは、最強を通り越して無敵だ。その事実は、決して犯すことの出来ない聖域に等しい。

それ故に大和は、百代と戦おうとする相手を何処かで見くびっていた。負けることなんて考えもしない。故に対戦相手に望むことはたった一つ。

どうか、あの姉の飢えを少しでも満たして欲しい。それだけだった。勝利を祈る事は一度もない。それだけ、絶対的な存在だ。

そんな事が長く続いた結果、直江大和はある一つの結論に達した。

 

川神百代(姉さん)が戦いで満足する事は難しい。川神百代(姉さん)が人であり続けるために、自分がいて風間ファミリーがいるんだ』と。

 

満たされない欲求はいずれ飢えとなり、人の道を外れるだろう。川神百代という少女を人の道につなぎ止める楔。

それは決して間違ってはいない。正史において直江大和が、風間ファミリーがいたからこそ、川神百代は最後の一線を越えずにいられた。

だが、この平行線(せかい)には相楽悠介がいた。遠く距離が離れていようと、決して諦めず、泥臭く足掻き、追いつき追い越さんとする存在が、距離が離れていようが、川神百代(しょうじょ)を一人にしなかった。

そして何より、牛歩の歩みなれど彼は止まらなかった。その足音が、彼女の孤独を紛らわせていたことを知る者は、本人達を含めて誰もいない。

 

―――――相楽!!お前はなんで!!

 

どれほど考えても答えの出ない自問自答。それは決して直江大和という少年では出すことの出来ない答え。

視線が悠介から、自身の敬愛する姉へと向けられる。そこに映り込むのは、今まで自分たちには見せたことのない満面の笑み。

 

――――姉さん!!

 

自分でも自分たちでも作り出す事の出来なかった武人・川神百代本来の笑み。誰もが諦めた年相応の笑みがそこにはあった。

その笑みが自分たちに向けられていない。その事実だけで直江大和は、自分たちの時間が否定されたような敗北感を感じてしまう。

その心情を悠介が聞いたならば、呆れたように鼻で笑い、拳骨でもくれてやって諭すだろう。

曰く「俺とお前達が、モモにとって同じなわけがない」と。それは事実であり、百代でさえ肯定するだろう。

しかしそれを理解するのは、直江大和は若すぎた(・・・・)。何より、今まで自分たちが独占していたに等しい時間が、特別を与えていた。

だからこそ、自分たち以外が自分たちの知らない川神百代(それ)を引き出すことを容認できない。

 

――――姉さんの舎弟(特別)は、俺なんだ!!

 

普段の大和ならば、例え百代と戦える存在に出会ったとしても、ここまで狼狽える事はなかっただろう。

しかし初めて会った時から悠介の存在は、大和の心情を揺さぶる存在だった。

風間ファミリーの軍師として、何より尊敬する父からの教えから考えても、悠介との人脈構成は、メリットしかなかったはずだ。

それなのに大和は、未だに人脈構成が出来ずにいた。

理由を考えても分からない。でも、悠介の言葉に、立ち振る舞いに、理性よりも本能が嫌悪する。

相楽悠介のナニカ(・・・・・・・・)を直江大和は受け入れる(・・・・・)ことが出来ないでいた。

それは危機感であり、嫉妬であり、羨望でもある。

今までの自分の立場故から来る優越感が、今までの紡いできた自分の努力が、築き上げられた直江大和と川神百代の二人だけの関係。

その関係以上のモノが築かれ、特別ではなくなる危機感

自分とは違い、容易く強き武士娘達が認める事に対する嫉妬

直江大和が幼き内に無意識に捨てた、夢を追う自分(もしもの自分)を見せつけられるが故の羨望

無自覚だ。無意識だ。それでも直江大和は、相楽悠介にあり得た自分を見てしまった。

しかしそれは、今まで進んできた自分への否定だ。

舎弟になって居心地が良かった。でも対等にはなれないと諦めた(・・・)から、特別な関係を続けた

強さでは適わないから諦めて(・・・)、別の面で評価して貰った

現実を知り絶望し、進む辛さから逃げた(・・・)から、夢を持てないでいた

それなのに相楽悠介(あいつ)は…

万里の距離を諦めずに(・・・・)進み続けて、認められた

屈しない姿が、努力の結晶が、諦めなかった(・・・・・・)全てが、武士娘(かのじょ)達に尊敬を集めた

現実を知り絶望し、それでも諦めなかった(・・・・・・)なら、自分もああ成れたかもと思ってしまった

認めたくないと頭が否定する。それでも本能は、既に認めてしまっていた。

相楽悠介は、諦めなかった自分の姿だと…。

 

―――――頼む!!相楽!!もう、いいだろ。だから、もう諦めて倒れろよ!!

 

己の奥底を理解はしていない。だからこそ願う。今までの自分が正しかったという証明(結果)を!!

しかしそれでも羨望もある。渦巻く感情。葛藤する本能。

胸に内に抑えることが出来なくなったとき、大和の口からは。

 

「相楽っ!どうして、お前は…」

 

正も負も折混じった少年のたった一言の独白は、会場の喝采の中に沈んでいった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

川神(かわかみ)鉄心(てっしん)にとって相楽悠介は、摩訶不思議な存在だ。

最初に会った時、鉄心は悠介から何も感じなかった。特別な才能は勿論、飛び抜けたナニカがあったわけではない。

ただ、年不相応な動機だけが印象的な少年だった。

その考えが間違いだったと気がついたのは、情けない話だが百代との出会いをその目で見た時だった。

 

『試してみたい。この拳がどこまで通ずるのかを。憧れるだけなら永遠に超える事なんて出来ない。だから、確かめてみたい。今の自分の力を』

 

その時の衝撃を鉄心は生涯忘れないだろう。それは己の心眼を越えた幼い相楽悠介(しょうねん)に対する称賛であり、一種の博打を決めた瞬間であった。

何処までも愚直に進むこの少年と自分の孫娘がふれあう事で、もしかしたら孫娘に良い変化を与えてくれるかも知れない。そんな思惑があって、鉄心は悠介と百代を関わらせた。

結果だけを言うならば、鉄心は賭に勝った。しかしその結果は、鉄心の想像を遙かに超えた形となった。

その現実が今、目の前に広がっている。

 

圧倒的な強さから、戦いに飢えていた孫娘は今、勝利を欲する武人としての殻を破り…

 

ただ愚直に進んでいた不器用な少年は今、敗北という運命に逆らうように立ち上がった…

 

一体誰がこの状況を想定できただろう。一世紀以上、武の道に生きる川神鉄心でさえも、目の前の現実の衝撃を受け止めるのに、しばしの時間を要したほどだ。

 

――――悠介、お主は…

 

言葉も無いとは正にこの事だと鉄心は思う。

悠介の意志の強さを誰よりも知っているつもりだった。だからこそ、その強さがあるならば、例え挫けたとしても立ち上がり、別の道を進んでいくだろうと思っていた。

道は違えど、悠介のあり方はきっと百代にいい刺激を与え、ずっと彼女を支える一人になる(・・・・・・・・)とそう思っていた。

会場の万雷の喝采が、相楽悠介の存在を世界に伝えている。師としてその道を進むための助けをしてきたつもりだった。

しかし、目の前の光景を受け入れた鉄心は、心の奥底で相楽悠介のことを侮っていた(・・・・・)事を理解する。

そしてそれは己の敗北に他ならない。

今の状況になった時点で、鉄心は弟子である相楽悠介という武人が、己の手を離れた事を悟った。

故に…

 

――――悠介、お主の全てを見届けよう

 

師を越えた弟子に対する礼節として、どんな結末になったとしても受け入れる事を決める。

 

古豪の頂点は、本能的に時代の変わり目を察し、静かにかつての弟子の未来に可能性を感じた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

ルー・イーにとって相楽悠介は、努力を忘れない好ましい存在だ。

最初の出会いは、敬愛する鉄心より世話を任された事が発端だ。この時点ではルーにとって、悠介は他の門下生と何ら代わらない、導くべき存在だった。

それが変化したのは、共に悠介の世話を任されていた釈迦堂によってボコボコにされた悠介が言った一言だった。

『強くなりたい』

たった一言。されど、一言。

強くなれるならば、どんな苦痛だって耐えてやる。そんな子どもながらも決死の覚悟の一端を理解できないほど、ルーは鈍感ではない。

その覚悟を幼さ故の真っ直ぐさが生んだ過ちだと切り捨てるのは簡単だが、ルーはそれを否定できなかった。

その言葉には年不相応の重みが感じられた。

 

――――まるデ、遙かナ先人の言葉を聞いタ様だっタ

 

まるで遙か彼方(・・・・)にいる誰か(・・)の全てを知っているからこその重み。それは感じた事がある人間でなければ、否定することが出来ない重みである。

しかしルーには何処かその言葉の重みに覚えがあった。

しばし考えたが答えは直ぐに出た。

 

――――ああ。武術を始メた頃の私に似ているノか

 

何処にでもいる農村から志を持って武術の世界の門を叩いた若かりし頃の自分。今思えば、なんと稚拙な決意だった事か。

しかし…

 

――――それガ有っタからこソ、今の私がいルのだ

 

そう思ったからこそ少年の、悠介の覚悟を自分は否定できないと悟った。ならばとルーは、一層丁寧に武について教えることに決めた。

弱き者が強き者に抗う術を人は武術と呼んだ。

正に今、強者からの暴力に屈すること無く、先に進もうとするこの弱々しくも強き意志を持った少年に武を授けることが出来なくて、武の頂点川神院の師範代を名乗っていい筈がない!!

そしてルーの思いに悠介は…

 

――――君ハ、此処まデ来たんだネ

 

その歩みは牛歩の様だった。しかしその歩みは止まること無く、万里の道を歩み続けた少年は今、誰もが追いつけないと諦めた場所の近くにいる。

ルー・イーは、才能が全て(・・)だと信じてはいない(・・・・・・・)。才能を越える努力(・・・・・)が必ずあると信じている。

だからこそ…

 

――――悠介、頑張るんだヨ

 

武の頂点たる一派を指揮する達人は、その姿に己が理想を見た。故に、勝利を願うが為に、悔いの無い結末が訪れる事を願った。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

釈迦堂(しゃかどう)刑部(ぎょうぶ)にとって相楽悠介は、生意気な存在だ。

出会いは最悪だったと思う。ある時、自身の上司とも言えるクソジジイに突然押しつけられたのが悠介だった。

当初釈迦堂は、悠介に感じた事はなく。ただ面倒くさいとしか思っていなかった。

しかも釈迦堂から見ても、悠介には武の才能という物がこれぽっちも見られなかった。

 

――――これで百代とはいかねえが、それなりの才能があればましだったんだがな

 

只でさえ面倒くさいガキのお守りなのだ、少しでも食指が動かなければ、やる気が湧いてこないのは必然だった。

 

――――適当にボコってやれば、直ぐに根を上げんだろ

 

導く立場である師範代の考えとすれば、あり得ないとルーが怒り狂うだろうが、釈迦堂からすれば、自分なりの優しさのつもりであった。

才能が無いままに進めば、必要以上の苦痛を味わうことになる。だからこそ、此処で折ってやる事が、目の前にいる才能の無い悠介(ガキ)に対する優しさだと思っていたからこそ、容赦なくボコボコにした。

 

――――まあ、持って10分か…

 

そんな考えと共にとりあえず、釈迦堂は悠介をボコボコにした。それこそ見る者が、虐待だと恐怖する程に。

そこまでやれば、泣きわめいて終わる物だと考えていた。しかし、その考えは浅はかだった。

どれだけボコボコにしても、悠介は涙を流すが決して逃げる事はなかった。

 

――――何で逃げねえんだ?

 

真面目なルーが悠介を助けようとしたが、悠介本人がそれを拒否し、毎日ボコボコになりながらも釈迦堂の虐待と言える修行を続けた。

それなりにルーから手ほどきを受けている為、多少の上達は見えたが、釈迦堂からすれば気にかけるほどでも無かった。

それから何度同じ事を繰り広げただろう。暴力では屈しないならばと暴言を持って現実をたたきつけた。

だが、相楽悠介(生意気なクソガキ)は諦める事をしなかった。大怪我をして修行を取りやめる事はあっても、逃げる事はしなかった。

何故?という疑問が頭から離れない。自分のやり方は、大人で十分な下地がある川神院の院生でさえも恐怖し、避けるほどだ。

それなのに、目の前のクソガキは決して避けるような真似はしない。むしろギラギラに瞳を睨ませ食ってかかってくる。

それが幾数たったある日、釈迦堂は自身の変化に気がついた。

 

――――楽しんでんのか、この俺が?

 

ふとした瞬間、目の前のクソガキが、己に喰ってかかろうと反撃に転じた時があった。その時、釈迦堂は、笑ったのだ。

その笑みが何を意味するのか、しばし時間を要したが、行き着いた答えは自分でも信じられない物だった。

だから、それを確かめるためにわざと修行をバックれた。

すると…

 

――――つまんねぇ

 

相楽悠介(クソガキ)が来るまでは何も感じなかった筈の時間を退屈と思うようになっていた。

この時、初めて釈迦堂は相楽悠介(クソガキ)を相楽悠介として認識した。

この時間を楽しんでいるなら仕方ねえと、釈迦堂は接し方を変えることを決めた。上手く、自分好みに染めてやるのも悪かない。そんな考えから悠介と接していった釈迦堂は、その中で相楽悠介という少年を理解した(・・・・)

だからこそ…

 

――――ああ…ボロボロになりやがって。ホント変わらねえな、おい。

 

釈迦堂刑部は理解している。

故に胸の内にて、静かに祈る。目の前のクソ生意気なクソガキが、クソガキのままでいる(・・・・・・・・・・)事を。

武人であり魔の墜とし仔たる狂犬は、暗がりに映った微かな光に眼を細めた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

鍋島(なべしま)(ただし)にとって相楽悠介は、好ましいが故に惜しい存在だった。

その出会いは印象に強く残っている。それは初めて会った時に見せた、熱意であり、信念であり、そのあり方が年不相応に洗礼されていた事だったり、あらゆる要因が、今まで見てきた弟子達と異なっていた。

 

――――こいつあ、面白れえじゃねえか

 

ハッキリ言えば相楽悠介は、鍋島の好みの性質だった。だからこそ、相楽悠介の目標を聞いたとき、面白いと思うと同時に惜しいと思ってしまった。

目標を高く持つことは悪くないと考えているが、目の前に立っている少年の願いを持つには、余りにも才能という物が足りなすぎる。

 

――――仕方ねぇ。とりあえず、面倒見ながら折り合い点を見つけていくとするか

 

今思えば、最初にそう思ってしまった事を鍋島は、教育者としての若気の至りだったと笑う。

己の古い考えに縛られ、己の下から芽を出さんとする可能性を考えないとは、教育者としてなんたる失態か。

そして悠介にもそんな甘い考えを察せられたのだろう。その間違いは初手にて改めさせられた。

その時の衝撃を今でも覚えている。その真っ直ぐと己を見据えて告げた一言は、ある意味で自分の教育者としてのあり方を定めたかも知れない。

 

『ある程度でいられるぬるま湯の遊び場(・・・)が欲しいんじゃねぇんだ。俺は…強くなれる地獄(・・)が欲しくて、ここに来た』

 

あの時ほど腹の底から笑いが込み上げてきたことは人生において片手で数えられる程の歓喜だった。

その後はその言葉が本当かどうかを試す日々とするつもりだったが、これもまた想定していたよりも短く済んだ…いや、理解させられたと言う方が正しいだろう。

それは元から、敬愛する師である鉄心のしっかりとした土台が作られていたから。いや違う。

それは…

 

――――なんて眼をしやがる

 

相楽悠介という少年の持つ眼に屈服させられた(・・・・・・・)と言った方がいいだろう。

その瞳に映る光は、疑わない光(・・・・・)だ。愚直に根拠も無く信じるのではない。ただ道は繋がっているのだから、どれだけ壁が立ちはだかっていようと、歩む事が出来る(・・・・・・・)と疑っていない眼だ。

それは、負の感情さえも飲み込み、ただ愚直に先だけを見据えている。

ただ純粋な眼ならば、何度も見たことがあるが、それとは似て非なるその目に自分は折れたのだ。

そして同時に思ってしまった…

 

――――お前が何処まで行くのか見てみてぇ

 

道が続くと信じて疑わないこの少年は、何処まで行けるのだろう。自分の常識に当てはめれば、絶対に(・・・)あり得ない筈だ。

しかし、自身が生み出した地獄の中で塵が積もるように、僅かにしかし確実に歩みを進める姿に、武人としての鍋島正としてで無く、教育者として師としての鍋島正は、あり得るはずの無いもしもを考える。

だからこそ、鍋島正は相楽悠介と一つの誓いを結んだ。普通に考えるならば、適うはずの無い誓い。だが、それでいいと思った。その誓いは、他の誰が認めなくとも、己だけは彼を認めた証明に他ならないのだから。

しかし、今己の目の前で立ち上がった少年の姿に、誰が否定を入れようか。誰もが認める現実だけがそこにはある。

何時だってそうだ、目の前の非才の弟子は、己の想定を飛び越えてきた。

だから…

 

――――示せよ、悠介。今まで通り、お前がお前であるならばな

 

武の道にて立つ仁王は、あり得るはずの無い結末に胸を躍らせ、己の持っている常識を握りつぶし、決着の時を待った。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

死に体である以上、如何に立ち上がろうとも、如何に腕を捕まれていようと、川神百代の勝利は覆らない。

それこそ一撃必殺の技が無ければ、相楽悠介に勝利は無い。

だが…

 

「ふぅ――――いくぞ」

 

吹けば倒れる筈の死に体でありながら発せられた言葉は何処までも真っ直ぐで、その動作に淀みはない。

向けられた拳は、指を第二関節で曲げて握るという独特の拳(・・・・)になっているが、それが拳も握れないからだとは百代には思えなかった。

むしろその逆、言い知れぬ危機感を本能が伝えてくる。

 

――――あの拳は危険だ

 

根拠など無い。それでもその攻撃を放たせてはいけないという実感があるのだが…

 

――――クソ、仕掛けれらない

 

捕まえられている腕を介して呼吸を読まれ、自身の動作を潰されてしまう。拳を打ち込もうと考えれば、おそらく合気に似た技術で重心を崩され欠ける為に攻撃に移れない。

無意識下で行われる硬直状態下における駆け引きの差。これもまた百代が得る事が出来なかった技術(ちから)

少なくとも現状、自分から仕掛ける事が出来ない。仕掛けるための方法を知らない。ここに来て技量の差が、百代が欲する最後の一手を遠ざける。

故に…

 

――――受けた上で、ダメージを瞬間回復でダメージをゼロにして、悠介の攻撃によって崩れた隙に最大火力を叩きこむ!!

 

百代がその作戦を組み立てるのは必然だ。

結果としてこの勝負は、突き詰めれば相楽悠介が何処まで二重の極みを体得できるかに限る。

耐えて勝つか。決めて勝つか。両者の勝利の形は決まる。そして決着は、一秒後の一撃にて決まった。

百代の呼吸のタイミングと同時、悠介は大きく右拳を振り抜き、その拳が接触した瞬間、その名を告げる。

 

「二重の―――――極み」




頑張って!!――――川神一子


いかがでしたでしょうか?
今まで明確な心理描写を避けていた大和についてですが、大和について幼少の頃より、風間ファミリー内において、軍師という立場、百代においても舎弟という特殊な関係に加えて、失敗の無い経験が、夢に対する挫折を忘却させ、敗北を知らない大和にとっての大きなアイデンティティになっていたのでは無いと自分は思っています。
だからこそ、そこに割り込む存在である悠介の存在は、忘却させていた物を思い出させ、彼のアイデンティティを砕くような存在だったのでは無いかと考えました。

今後の二人の関係が、どうなるかは分かりませんが、大和の心情はこの形でいこうと考えています

そして四人の師匠については、出会いをメインにその時の感情とその変化を描いてみました。
上手く伝わって貰えればいいなと思っています。
この四人がメインの話も考えていますので(何時になるか、やれるかどうかも分かりませんが)、その時の仕込みや伏線になればと思っています。

一応、新生活が始まる4月までには、惡と誠のシリーズは決着出来る様に頑張っていきます

最後に大変遅くなりましたが、今年も真剣で私に恋しなさい~その背に背負う「悪一文字」をよろしくお願いします。

――――次回【決着】

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