真剣で私に恋しなさい~その背に背負う「悪一文字」~   作:スペル

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熱い戦いをする中で、それを見ているメンバーの視点を入れたいなと思いこの話を入れさせていただきました。
戦いの最中の僅かな息抜きとしてお読みください。
最悪読まなくても、二人の勝負を見るうえで影響はございません。
書きたい人は一杯いたんですけど、次に続くメンバーだけに絞らせてもらいました。













悠介、あんたは本っっっ当に凄いよ。――――武蔵坊弁慶


幕間・見守る者たち

若獅子タッグマッチトーナメント。事前にテレビを使った広告やスポンサーである九鬼家の財力と影響力もあり、横浜スタジアムに訪れる事が出来なかった人々もテレビという映像を通して、若き獅子たちの激闘に胸を躍られた。

そして若き獅子たちの激闘を結ぶ対決となった、相楽悠介と川神百代の対決。

何度も大物食い(ジャイヤント・キリング)を起こしてきた悠介という無名の若者への期待値と武神というネームバリューを持った百代への信頼は知らぬ間に釣り合い、夏の暑さに負けない熱を帯びていた。

 

そして近くで見る者は当然とし、その場にはいないながらその戦いの熱に反応する者たちは当然いる。

 

「あの百代ちゃんに勝利宣言とは…随分とま~剛毅なこった~。それにまさか九鬼家を出し抜くとはな…若いね~」

 

テレビで悠介の勝利宣言と九鬼家との契約破棄を見ていた総理は、その若さに関心を向けていた。

あれほどの熱量を持った若者は、最近では珍しい。いい意味で未来を担う者となってくれるだろう。今回それを知れただけでも良かった。

 

「一度会ってみるか」

 

その時(・・・)はまだそう考えていた。その考えが変わりだしたのは、ちょうど悠介が斬左を持ち出し、暴馬・惡威一文字を放った瞬間からだった。

気が付けば、その戦いの結末に胸を躍らせ、熱を持ち拳を握らせていた。

そして何より極めつけは、百代の人間爆弾を耐え抜き、直進する姿。その光景に総理は無意識のうちに呟く。

 

「……真剣(マジ)かっ」

 

その行動を見て悟る。本気だと。本気で相楽悠介という男は、あの武神を倒そうとしている。善戦ではなく打倒(・・・・・・・・・)しようとする。それを志す存在が、今なお何人いる事か。その時ふと、昔話した鉄心との会話が脳裏に過る。

 

『えらく機嫌がいいじゃね~か。なんかあったのかい?』

 

『あったと言えば、あったのぉ』

 

酒の席で妙に機嫌のよい鉄心の姿に疑問を口にしたが、鉄心ははぐらかして教えてくれなかった。それでも何度もしつこく尋ねた。

 

『お主もしつこいの~』

 

『あんたがそこまで機嫌がいいんだ。気になるってもんだろ』

 

『そうじゃの~しいて言うならば、百代の事でな』

 

『百代ちゃんの?』

 

鉄心の言葉に思い浮かぶは、武の才能にこれでもかと溺愛された少女の姿。頂点を約束された存在、百代の未来は明るいだろう。だが同時にその才能がありすぎるが故の将来の不安と懸念もある。

もしかして好敵手でも現れたのだろうかと思ったが、それならば自分にも情報が入ってくるはず。それがないという事は違うはず。そうやってうんうんと悩んでいた総理に鉄心はその時を思い出して呟く。

 

『例え釣り合わねとはいえ、追う者がいるという事は救われる。そう思っただけじゃよ』

 

『おい、それはどういう…』

 

『はい!はい!この話はこれで終わりじゃ』

 

『おいおい!!それはね~よ』

 

酔っていたこともありその喜びを独り占めしたかったのだろう。鉄心はそれ以上自分に何も教えてはくれなかった。

あの時の会話。長く時間が過ぎ記憶の片隅へと消えていたが、その光景がきっかけで思い出された。

それはつまり…

 

「……お前さんなのか」

 

才ある天才ですら挫折する巨大な山巓(さんてん)に挑み続ける存在が、相楽悠介(かれ)であると認識したという事実に他ならない。

ドクン!と心臓の行動が跳ね上がる。あの言葉が真実ならば、あの宣言もまた心からの本音であるのだ。

この戦いの結末に魅入られた事を自覚する。その結末が訪れるまで、自分がもうこの画面から視線を逸らすことは出来ない。

日本を率いる男は、静かに時代の変わり目を察した。

 

◆◇◆◇

 

中国の山奥。そこにひっそりと存在している人里。その一室に数名の少女たちが、テレビの画面を注視している。

 

「うおーあの武神を相手に言うね~」

 

悠介の宣言に黒茶髪の髪をツインテールに似た髪型に纏めた少女は感心したような声を上げ「わっちは、ああいうの好きだな」と笑みを受かべる。

 

「う~んでも、武神を倒すのは流石に言いすぎじゃないの~。彼にそこまでの強さがあるようには見えないし」

 

その言葉にその隣にいた、水色髪、水色瞳を持つ少女は苦言を発する。少女はそもそもそれ程試合に興味がないのか、視線もそれほど向いていない。

 

「そーだけどよ。()る前から消極的な奴よりましじゃね?」

 

「ま~そっか」

 

黒茶髪の少女の言葉に水色髪の少女も多少は納得を見せる。その反応に気をよくしたのか、黒茶髪の少女は反対側でテレビを見ている長髪の黒髪の少女と赤い短髪の少女にも「そう思うよな」と尋ねる。

 

「私も彼の覚悟は尊敬に値すると思うが、勝つことは無理だろうな」

 

と長髪の黒髪の少女が言えば

 

「……私も同じ考えだ」

 

赤髪の短髪の少女も答える。二人の言葉に黒茶髪の少女も「まあ~そうなんだけどさ」と唇を尖らせる。

その数分後、その反応が大きく変わる事など考えもしないまま、少女たちはテレビに視線を戻した。

最初は食らいつく悠介の姿に関心や一種の呆れが向けられていた。しかしそれは時が経つにつれ疑惑へと変わり、そして悠介が人間爆弾を耐えきった瞬間、それは確実な興奮へと変わる。

 

「嘘だろ!!」

 

その光景に黒茶髪の少女は、驚愕を口に出し、無意識の内に拳を強く握る。

 

「…驚いた」

 

水色髪の少女もまた、その光景に彼女らしくない声音をこぼし、その目線は先ほどとは違いテレビから一度たりとも外れてはいない。

 

「…まさか此れは」

 

赤髪の少女は、自身の予測が外れた事に対する驚きと共に、自身の中に芽生える僅かな熱に戸惑い、胸で拳を握る。

 

「…‥……」

 

そして長髪の黒髪の少女は、先ほどから感じていた何とも得ない感覚。その正体が、今目の前で繰り広げられている勝負にあると確信する。強さの壁を越えた者として、この試合何かが起きると確信を得て少女はより一層テレビに注目する。

その戦いを少しでも己の糧にするため、もう二度と失わない為に…

 

遠い異国の地にて悠介の知らぬ間に結ばれた縁。それが新たな戦いを告げる縁になるのは、少し先の話…

 

◆◇◆◇

 

悠介と百代の激闘は、彼らの故郷である川神の地でも当然放送されている。横浜の地に行けなかった者たちは、テレビを通し地元で有名なる二人の戦いに胸を躍らせる。

そしてその勝負は、未だ牙を魅せぬ実力者にとっても無視はできない。

 

「やっぱり学校でもそうだったけれど、此処までの大舞台でも全くブレない処か、更なる火種で盛り上げるなんて……私の想定以上だわ」

 

艶のある長い黒髪を持った和の美少女というべき少女が、テレビに映る悠介の宣言に驚きと大きな興味を抱く。

少女は悠介が川神に現れてから、影から彼の勝負を見てきた身として、その発言が真実である事は早い段階で理解することが出来た。

しかしそれは驕りだった。彼は己の決断を不義理と断じたうえで、己の為とし戦うのだ。此処までを読み解くなど、如何なる天才でも不可能だろう。

 

「この勝負、荒れるわね」

 

そして少女のその考えは正しかった。時が経つほどに勝負は苛烈になっていき、少女の拳も無意識の内に拳を握っていた。

更に自身の考えが甘いと思ったのは、百代の人間爆弾からほぼノータイムで悠介が動き出した瞬間だった。

 

「嘘…」

 

その威力を理解できるが故の衝撃。自分らしくない声がこぼれる。すると部屋の扉が開けられ、まるで幽霊のような雰囲気を持った男性が現れる。

 

「どうかしたのかい?」

 

らしくない自分の声音を心配してくれたのだろう。その優しさに嬉しさを覚えながら「心配ないわよ。テレビを見てて驚いただけだから」と告げる。

少女の言葉に興味をひかれたのだろう。男性もまたテレビに視線を向けると、驚きと歓喜に包まれた表情を見せる。

 

「僕には分かる。彼は今、強大な試練に勝とうとしている。ああ、なんて気高い魂なんだろう。画面越しにでも、その輝きが見れるよ」

 

それだけ言うと男性は「こうしてはいられない。彼が何者なのか調べなくては!!」とダダと部屋を後にする。

男性が部屋を去った後、少女は

 

「相楽悠介…君か、うん私もすごく興味が湧いてきたわ」

 

艶っぽい唇をひとなめする。その言葉とは裏腹に、少女の視線はテレビ画面から決して外れはしなかった。

 

悠介の熱が、良くも悪くも川神の地で眠りし者たちをゆっくりと始動させていく。

 

◆◇◆◇

 

悠介の宣言。その暴露に九鬼家の三人のきょうだいたちは程度はあれど、驚かされた。であるなら、今世界の九鬼の頂点たる存在九鬼帝(くきみかど)は…

 

「ハハハハ!!面白れ!!こいつは真剣(マジ)で面白れ!!」

 

テレビを見ながら腹を抱えて笑っている。そんな主の姿にそばに控えていたガタイの良い黒人男性の執事は、苦言を呈する。

 

「帝様。笑い事ではありません。あの小僧は、九鬼財閥の名に泥を塗ったんですよ」

 

「いやいや、逆だろゾズマ。あいつは、言うところの世界の九鬼ってやつを出し抜きやがった。自分の欲望(ねがい)の為に。それだけならまだ才能ある生意気なガキで済むが、あいつは違う。俺たちを利用しながら、正々堂々と利用したうえで最後の最後で九鬼財閥(おれたち)を踏み台にしやがった。自分が悪いと断言したうえでだぜ?

ハハハ!!此処まで不器用な奴は初めてだぜ。お前も本心ではそう思ってるんだろ?ゾズマ」

 

帝の言葉にゾズマと呼ばれた執事は図星を突かれたのか「それでもです!!」と帝の問いには答えない。それは自身の忠義心から認めたくないのだろう。自分が信じる九鬼家が、正々堂々と年端もいかぬ小僧に負けかけた事を。

その心情を察した帝は苦笑をこぼしながら、再び画面に視線を向ける。

 

「相楽悠介か……一度会ってみてえな」

 

その表情は新しいおもちゃを見つけた子どものように輝いていた。

 

そして同時時刻、九鬼極東支部その一室。巨大なテレビ画面があるその場所に二人の女性が悠介と百代の勝負を見つめている。

1人は九鬼帝の妻九鬼局(くきつぼね)。もう一人は義経たちの生みの親ともいえる存在マープル。

テレビに視線を向ける局の表情は驚きと僅かな怒りで染められ、同じくマープルも苦虫を嚙み潰したような表情を見せる。

 

「まさか九鬼家を踏み台にするとは紋の奴め……いや、ヒュームやクラウディオが付いていながら、情けない」

 

局の言葉にマープルは従者部隊を代表して謝罪すると口にし、頭を下げる。マープルの言葉に局は、「よい。此度の件は、紋の揚羽に対する過度な親愛からの一件。これを経て少しは姉離れとまではいかぬが、姉に対しても引いた考えができる切っ掛けになるといいが」とその謝罪は必要ないと断言する。

 

「ありがとうございます。局様。ご心配ならずと紋様ならば、この件を必ずや己の血肉とするでしょう」

 

局の言葉に感謝を述べながら、同時に主である紋白の成長は確実だと断言する。星の図書館と呼ばれ、知に対して並ぶ者なしとされるマープルの言葉に局は「星の図書館と称されたお主がそういうなら、少しは安心できるな」と笑みを浮かべる。

主の表情が良くなったことに安堵しながらマープルは…

 

――――それにしても相楽悠介か…ルールの中とはいえ義経や弁慶、与一に清楚を倒すとはねぇ。若さゆえの蛮勇か、しかもあの武神に勝利宣言をするとはね。その熱意は認めるけどね、世の中にはどうだってならない壁があるんだよボウや。

今回の件でそれを知ったなら、かなり有能な人手になるかもしれないね

 

悠介の事について思考する。しかし星の図書館と評さる彼女でさえ、知りえないモノがある。それをこの試合をもってマープルは体感する事となる。

そして九鬼財閥を支える最強は…

 

「ッ――――――――」

 

人間爆弾から現れた悠介の姿に息をのみ、そしてその場にいる誰もが気が付かない程小さく笑みを浮かべた。

 

◆◇◆◇

 

会場のスタンドからその激闘を見る。

 

「凄い…」

 

無意識の内に言葉がこぼれるが、それすら気が付かない。周りの仲間たちが、興奮・驚き・困惑といった言葉を言っているが、全く耳に入らない。その瞳はただ目の前で繰り広げられている勝負にくぎ付けだ。

 

「一子…」

 

隣にいるゲンが仕方ないというように静かにその隣に立つ。自分では力になれない。それでも今だけは、同じ景色をみたくて…。

学校では何度も手を合わせたから、その強さをある程度は知っているつもりだったが、それは完全に勘違いだ。

自分との勝負とでは全てが違う。そして今自分の目の前に広がっている光景は、紛れもなく自分が望む到達点。

だからこそ、心情には迷いが生まれる。自分の大好きな姉である百代に勝ってほしいと願いつつ、自分と同じ(・・)思いを持ち、自身が望む場所にいる悠介にも負けて欲しくないと思う。

相反する二つの思いが沸き上がる。その感情に優劣をつけることは出来ない。故に一子は、

 

―――――私もいつかそこに!!

 

 

その二つの感情を燃料に自身の夢へ決意をより硬く決める。

 

この決闘の結末が、川神一子の運命を大きく変えることになるが、それは少し先のお話。

 

◆◇◆◇

 

テレビの画面の状況が僅かでも変化するたびに、テレビを見ている男女は手を握り合う。特に女性の方は、何処か悲しみを浮かべながらそれでも「頑張れ!頑張れ!」と声に出して悠介を応援する。

そして男性の方も女性の思いが痛い程分かるのか「負けるな」と悠介を応援する。

そんな二人の少し後ろからテレビを見ているミサゴは二人の姿に一種の尊敬の念を向ける。

 

――――本当は見るのも嫌でしょうに。それでも子どもの思いを親として見届けないわけにはいかないか~

あ~あ相変わらず、親として勝てる気のしないな~

 

あの二人のように自分は、愛娘である燕を思えるだろうか。そもそも考え方やらが全然違うのだから、比べれるわけでもない。

それでも此処までのものを見せられるとそう思ってしまう。

特に同じ母親である相楽美咲については特に。

 

―――――温厚で優しくて争いごとが嫌いで、格闘技すら見るのを怖がる美咲さんからすれば、息子の悠介君が戦う姿なんて卒倒してもおかしくないけど…

 

『母親として息子が悠介が心の底から叶えたいと思っている事から、目を逸らすわけにはいきません』それが見るのをやめた方がいいといった自分に対して言った言葉。

事前の情報で悠介が百代と戦う可能性があることを知ったミサゴは、その事を雇い主でもあり、大切なお隣さんである相楽夫妻に伝えた。

その性格上美咲の観戦はやめておいた方がいいと進言し、夫である誠だけでも見てあげて欲しいと告げたときに言われたセリフだ。

 

―――――本当に強いな

 

気丈に振舞っているがミサゴは知っている。悠介が修行して傷だらけになる度に泣きそうな顔を我慢して笑顔でいたことを。

本当は辞めさせたいのに、子どもの悠介の意思を尊重して、自分の思いを蓋にしていることを。

そしてそれは夫である誠も同じだ。争うことを良しとせず、対話による解決を図る交渉人として、少しでも血を流さない手段を選択しようとするだけあり、彼自身も格闘技などの争いに理解は示すがいい顔はしない。それでも息子の意思を尊重して応援する。だからこそ、悠介を日本に置いていったのだ。

家族を大切にしている彼の事だ。きっと三人で団らんとした時間を過ごしたかっただろう。それでも息子の為にその願いに蓋をしたのだ。

 

『私自身、あの子に母親らしいことが何もできていないから、せめてあの子の夢だけは応援しようと思ってるんです』

 

『自分ではあの子の役に立てない。碌に父親らしいこともすることなくあの子は育ちました。だから、あの子の願いだけは見続けてあげたいと思っています』

 

何時ぞやに自分に告げた言葉。それを聞いたとき、ああこの人たちは親なんだと思った。だからこそ、二人の願いに応えようと思ったし、何より二人を見ていると、家族というものがいいと思えてくる。

自分によく似た健気な愛娘とおっちょこちょいで直に調子に乗るし典型的なダメ男だが、その腕前は一流な夫その二人と一緒にいる想像を、この二人の近くにいるようになって、一緒にいた時よりも想像するようになった。

ある意味で二人は自分にとっての恩人だ。だからその願いが報われてほしいと思う。例えそれがどれだけ厳しく可能性がなくとも、あの子ならばと僅かに考えてしまう。

画面では武神の人間爆弾の爆風から傷だらけになりながらも前進する悠介の姿が映っている。その姿に二人は息をのむ。大切な息子が、一目見て重傷と思えるケガをしていれば誰だってそうなるだろう。それでも二人は応援をやめない。届かない事など分かっている。それでも伝えたいのだ。

そんな家族の形を見ながらミサゴは…

 

―――――悠介君、勝ちなさい。それが君に出来る親孝行よ

 

胸の内にてエールを送った。

 




悠介君、義経も必ず君に追いつくぞ!!。―――――源義経

直江君については……別の幕間で書こうかと思っています(忘れてないヨ、ホントだよ)

――――次回【その差を埋めるもの】

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