真剣で私に恋しなさい~その背に背負う「悪一文字」~ 作:スペル
今年も今作をよろしくお願いいたします
いよいよ、今作における一大勝負開幕です!!
此処まで来たぞ!!—————相楽悠介
相克の刻
選手の控室。そこに悠介は一人、椅子に腰を据えて座っている。ケガの治療は終わり、痛みもなく体調は万全といえる。改めて、気を使った治療の効果に驚かされる。
――――まさに医者要らずだよな~。病気はどうかは知らねぇけど
しかしあの
――――いよいよだな
ルールの中とはいえ、壁越えクラスの猛者たちを破った。これならば、周りも
だからこそ、胸を張って闘技場に立てばいい。そう思って悠介はチラリと時計を見る。事前に決めていた開始時刻まで時間的には、まだ少し余裕がある。何をするかと考えて悠介は静かに瞳を閉じる。
思い出すのは、百代との初めての出会い。
突然開かれる襖。飛び込んでくるのは、活発的で唯我独尊を地で行くような少女。そこから繰り広げられたのは、おおよそ先ほどの話からすれば暴力に部類されるであろう、力と力のぶつかり合い。
その時の感情は、濃密な時の中で忘れてしまった。ただ今にして思えばそこから、自分の中の
『ぐはぁッ!!』
『ふふ。まあ、それなりに楽しめたぞ』
釈迦堂の特訓で得れた危機管理能力のおかげ、何手か攻撃をかわせただけで、何も出来ず、何をされたかわからずに、負けてしまった。
別段、自分が同年代で一番強いとも思っていなかった。特訓とはいえ釈迦堂には、毎度のように土をつけられた。だからこそ言い方は悪いが、負けるのには慣れているはずだった。
それでもなぜか――――
『釈迦堂さーん!!私と組手しよう!!』
あの自分が勝って
理由など、一切わからない。それでもその事実が、自分は許せなかった。だからこそその日より、より一層修行に取り込んで成果を自分が感じれるようになったと思うたびに、勝負を挑んだ。その姿に
そしてそんなやり取りが通算で100回を超えだしたころ、漸く百代は俺を見るようになった。その日も地面に背を付け、百代を見上げていた。ただ、その日はなぜか百代が俺に話しかけてきた。
『お前も懲りない奴だな。いつまで続ける気だ?』
『うるせぇよ…‥俺が納得できるまでだ』
『じゃあどうすれば、お前は納得するんだ?』
『……お前に勝つまでだ』
『うん、なんていったんだ?聞こえないぞ』
『だから、お前に勝つまでだッ!!』
半ばやけくそ気味にそう叫べば、百代は一瞬呆けた顔を見せたかと思うと、腹を抱えて笑い始めた。あまりに予測できた光景に、俺はただ顔を逸らすしかなかった。きっとバカにされると思った。だけど…
『アハハハハ!こんなにも笑ったのは久しぶりだ』
『そうかよ…』
『ああだから、お前は面白い!そうか、この私を倒すか……………ならお前がその気なら、私はいつでも挑戦を受けるぞ。心してかかってくるがいい』
そんな俺の言葉を百代は、面白そうな者を見る目をしながら、嬉しそうに笑った。
『いや、私は安心したぞ』
『あん?何がだよ』
『なにお前が、私のような美少女にボコボコになれるのが、趣味の変態かと思っていたからな』
『ふざけんなッ!!何がどうなったら、その答えになるんだよ!!」
『いやだってだぞ?何度コテンパンにしても、少ししたらまた挑みに来るんだ。そう思っても、不思議じゃないだろう?』
『お前、絶対バカだろ!!』
『なっ!この美少女である私を、バカだと!!』
『バカにバカって言って何が悪い!!普通に負けて
売り言葉に買い言葉の中で、ふと告げた俺の言葉。それを聞いたとき、百代は一瞬言葉に詰まった顔を見せた。
『ッ。そっか…悔しいんだな、お前は私に負けて』
『何当たり前の事、聞いてやがる。負けて、嬉しいっていう奴はいねぇだろ、普通』
『そうだな。それがお前にとっては
『そうだ。あと、そのお前って呼び方やめろ。俺には、相楽悠介って名前があるんだよ』
『むっ!なら、お前だって私の事名前で呼ぶべきだぞ!!』
『あ~そういえば、名前で呼んだことなかったな。いいぜ、百代。これでいいか?』
『ああ。それでいいぞ、悠介』
その日から互いに名前で呼び合うようになり、関係が前に進んだような気がした。前までなら、またかという表情を見せていた百代だったが、その日以降からは漸くかという表情を見せるようになったと思う。
そんな関係が俺が引っ越すまで続いた。その中で俺は一度も勝利できなかった。その悔しさが、西での修行の
そして初めて真正面から挑める機会を得た。川神院の門下生同士だからではなく、相楽悠介として、川神百代に挑むのは、ある意味で今日が初めてかもしれない。
そこまで考えて、目を開けて時計を見れば、ちょうどいい時間帯を示している。
「行くか…」
覚悟も決まっている。気負うことなく、悠介は立ち上がると、闘技場へ向けて歩き出す。
悠介が闘技場へと進む中、出入り口の前に人影を見つける。足を止めようかと思ったが、相手の顔を見て、足を止めることをやめて、先ほどと変わらぬ速度で歩いていく。
人影の隣を通り過ぎる瞬間、差し出されたのは手。それを見た悠介も手を出すと、パン!と手のひらと手のひらがぶつかり合った乾いた音が響く。
人影の正体である天衣は、悠介が通りすぎると、その背に続く様にゆっくりと歩き出す。何も言葉は発さない。必要はない。思いも全て、先ほどの行為だけで伝わっているのだから。
暗がりの通路を抜け、悠介は闘技場へと立つ。目の前に、超えたいと願う相手の姿。その姿を視認して、悠介は抑えるのを、やめた。
晴天の闘技場の元、百代は静かに思い出す。今から現れるであろう、男との思い出を。別段、何を感じたわけではないが、戦う前に思い出そうと思ったのだ。
初めて会ったのは、自分の強さをぶつける相手がいなくて、欲求不満が溜まっていた時期だった。我慢の我慢の限界だったから、ジジイの元に直談判に行ったのを覚えている。
その時は、悠介の存在などつゆ知らずに、ただジジイ相手に不満をぶつけていたはずだ。そんな中で急に『爺さん。俺この子と戦ってみたい』という声が聞こえ、私もジジイも動きを止めて、その声がした方を見る。そこには生傷絶えない状態の少し目つきの悪い同年代の少年がいた。一目見て、それほど強くない事は察していたが、欲求不満だったこともあり、試す意味を込めて放った拳を、悠介は見事躱して見せた。まあ、次の瞬間私はジジイによって、意識を奪われたが。
その後ジジイの許可の元、悠介と初めて手合わせをしたが、結果は言うまでもなく私の完勝だった。
その後本能が求めるままに釈迦堂さんに組み手を願い出たのだが…
『わりぃな、俺はあいつの面倒見なきゃ、ダメなんだわ。ルーにでも相手してもらえ』
『えーっ!!そんなの釈迦堂さんらしくないですよ』
『うるせぇな!ちゃんと面倒見ねぇと、俺が叱られるんだよ』
そういっていた釈迦堂さんだが、その顔が今まで見てきた中で、一番穏やかな顔だったのに驚いた記憶がある。
その後も悠介は事あるごとに勝負を仕掛けてきた。私としては煩わしく思いながらも、力の発散には丁度いいかと受けて立った。
ただ勝負を受けて立つ度に見せるその瞳に、どこか私はざわつきを覚えた。それが不思議と勝負を受け入れた理由かもしれない。
そして勝負を重ねるごとにそのざわめきが大きくなっていた。だから、その正体を知りたくて…
『お前も懲りない奴だな。いつまで続ける気だ?』
無意識に悠介に尋ねた。その問いに悠介は『納得するまでだ』と答えた。その答えに何か無性にざわめくふちがあった。だから私はさら尋ねると悠介は、恥ずかしそうに『お前に勝つまでだッ!!』と叫んだ。その叫びに私は、ただただ驚きどこか
ハッキリ言ってその時の私を相手にできるのは、武の聖地とされる川神院でもトップクラスの実力を持った師範代であるルーさんや釈迦堂さんだけだった。他の者では相手にならない。もちろん悠介も相手にならないのだが、めげずに挑んでくれる相手がる。その事が私には嬉しかった。
その嬉しさから、私はその日初めて悠介と他愛もない話をしたと思う。長らく手合わせをしていたのに、話したことがないほうが不自然だとは思わなかった分、この私が勇気を出したと思う。
そんな他愛もない話をしている中で、再び武術の話に移行した。
『バカにバカって言って何が悪い!!普通に負けて
一瞬、今度こそ本当に言っている意味を理解できなかった。悔しいからまた挑む。ああ、そうだ。武人としては当然だ。普通なら負けたままを良しとするわけがない。
そう
『流石は百代様だ。総代の血をしっかりと受け継いでなさる』
『俺たちのような者たちと視ている景色が違うのだろうな』
『敵わなくても、総代のお孫様なら仕方がない』
事実周りの者たちは、私の事をそう評した。当然だと思う自分がいる半面、つまらないと感じる私がいる。
――――どうして、挑んでこない?
――――どうして、負けて悔しくないんだ?
そんな自問自答すらすることが少なくなり、そういうものだと一瞬の達観と諦めで、折り合いをつけようとしていた時だった。
――――普通に負けて
私を特別などと視もせずに、ひたすらに愚直に挑んでくる悠介の口から、その言葉が飛び出したのは。
その時に沸き上がった感情は、今なお言葉にしづらい。独特の何か。ただ、その時のなかでハッキリと分かったのは…
――――ああ、私にも挑んでくる奴がいる
そのただ普通の事実のみ。それが妙にうれしくて、以来私は悠介を気に入り、互いに名前で呼び合う関係になった。悠介との会話は話していると、今目の前に私が見下ろしている悠介との話は、どこか心地いいものがあった。
そこまで考えて、過去への思考をストップさせる。聴覚が、此処へと近づく足音を拾ったのだ。過去に思いを向けている暇などない。
目の前へと歩いてくる悠介は、あの日から全く変わらない瞳をもって私の前に立つ。
その姿と瞳に私は堪えるのを、やめた。
悠介が通路から現れた瞬間から、素人目にも理解できる程に場の雰囲気が変わる。誰もが先ほどとは違い、声も発することなくその時を待つ。
「天衣さんは、
悠介が闘技場に立つと同時に、百代は悠介の後方の闘技場の外で立っている天衣へと声をかける。それは一種の確認。彼女の心意気は理解しているが、それでも彼女の口から聞いておきたいのだ。
そんな百代の思いを理解しているのだろう。天衣は笑みを浮かべながら、しっかりと口にする。
「心配しなくてもいいぞ、百代。私も二人の戦いに水を差す気はない。その代わり、一番の特等席で見させてもらうさ」
そんな天衣の言葉に安心した百代は、天衣に向かって一度頭を下げると、今度こそ悠介だけに意識を向ける。
『私としましても、大変興味ある一戦と相成りました!!長く続いた若獅子タッグマッチトーナメント!その最後を締めくくるに、相応しい一戦といえるでしょう!!』
司会であり審判である大佐が、観客たちのボルテージを上げていく。そんな大佐の言葉に観客たちの期待値も大きくなっていく。
そしてそれは、実力者たちも同じ。
――――悠介よ……いや、何も言うまいて
――――頑張るンだヨ、悠介
――――さあって、お前に勝てるか?悠介
――――いよいよだな
悠介を導いてきた四人は、胸の内から湧き上がる何かに即発されながらも、その時が訪れるのを静かに待つ。
他にもその場に集いし強者たちもまた、その結末を見届けんと静かに見つめている。一部の者たちは、悠介の意志を目標を知っているから。もう一部は、この戦いの果てに何かが起きるのではという、胸騒ぎから。
「モモぉ」
「うん?どうした、悠介」
張り詰めた中でふと、悠介が百代の名を呼ぶ。急に名を呼ばれた百代は、何かあるのかというように疑問を見せるが、次の悠介の言葉で全てが吹き飛ぶ。
「今日は、お前に勝つぜ」
「ッ!フハハハハハ!!」
言葉はいらないと分かっている。それでも言わなければ、いけないと思ったのだ。それが少なくとも義務だと知っているから。
『おおっと、いきなりの勝利発言!!これは始まる前から、激戦は必至だぞ―――!!』
大佐が戦う二人を煽り、その時が近づいたことを確認する。
『それではエキシビションマッチ――――「ちょっと、待ってくれ」はい?』
開幕を宣言しようとした瞬間、意外にも悠介から待ったがかかる。始めようとしていた百代は毒気が抜かれたような顔を見せる。
「おいおい。気がそがれたじゃないか―――!!」
始まれると思った矢先のことだ。百代が不満を口にする。しかし悠介は…
「わりぃ。でもやっぱ、
「なに?」
「モモ。俺と燕は、九鬼紋白の命を受け、お前を倒すために川神に来た」
突然のカミングアウトに誰もが疑問符を浮かべる。
「理由は、お前が打倒した九鬼揚羽の敵討ちだ。つまり、この勝負の勝敗には、代理勝負の勝敗も絡んでるわけだ」
淡々と事実を告げる悠介の言葉に、誰もが一瞬の唖然を取られる。しかし次の悠介の言葉で、それは驚愕へと変わる。
「ほう。つまりお前は、九鬼家の代表と言わけか」
百代が確認を入れるように告げた言葉。しかし悠介は…
「ちげぇよ。たった今からそれも無くなくなるっていいてんだよ」
「はっ!?」
誰もがその言葉の意味が理解できずに驚愕をあらわにする。その中で悠介は、淡々とわけを話し始める。
「いやな。ギリギリまでは、それも背負いこんで、戦おうと思ったんだがよ…‥‥……やっぱ無理だったわ。なんで、
お前もそう思うだろ、百代。と悠介が、その目で百代に問いかける。悠介に問われた百代は、面白いと言わんばかりに顔を手で覆い、上を向きながら笑う。
「ハハハハっ!!ああ、その通りだ!!悠介!!私とお前の勝負は、私とお前だけのものだ!!」
「だろ」
「だがいいのか?それでいくとお前は、九鬼家の批判も集めることになるぞ?この大会の出資者が九鬼家だと考えれば、今迄の全てに辻褄が合うのが…」
「俺の判断だ。それが悪道なら、それはそれで背負うさ。それが俺の知る「惡一文字」だからな」
二人のやり取りに誰もが口をはさめない。その中で燕と天衣は、やっぱりかという顔をみせ、四人の師たちは、納得といった表情を見せる。
しかしその悠介の宣言は、一部には波紋をもたらす。
「なっなな――――」
悠介の発言に当事者たる紋白は、言葉を失うほどに驚愕している。悠介の発言通りならば、ここから先のこの勝負に九鬼家は全く介入していないという事になるのだ。それでは意味がない。自分の思惑で武神を倒せねば、仇は取れないのだ。手を回そうにも、これだけの観客とテレビの前での発言だ。もみ消すなど、いかに九鬼家といえども不可能だ。
それゆえの驚愕と怒り。
「あの赤子め…」
「これはこれは、流石に想定外ですね。若さとは恐ろしいものです」
ヒュームとクラウディオもまた、悠介の発言に驚きを隠せない。依頼を受けたときから、何かを考えていた節はあったが、まさかこんな手でこようとはといった感じだ。
「紋よ、今の相楽の言葉は真か?」
そんな中で揚羽の凜とした言葉が、あたりに響く。揚羽の言葉を受け、紋白の混乱は収まり揚羽の方を振り向く。
「は、はい。実力を見たうえで、松永燕と相楽悠介の両名には、武神の討伐を依頼しました。ヒュームやクラウディオとも協力の元、松永燕の方には九鬼家がスポンサーとなることで。相楽悠介の方は…」
「?どうしたのだ、紋よ。あの庶民には、何を対価としたのだ?」
言い淀む紋白の姿に疑問を持った英雄が口を挟む。英雄の言葉に紋白は、答えずに何かに気が付いたような顔をする。そんな中で揚羽の視線が紋白を見抜き、紋白はゆっくりと口を開く。
「何も‥」
「なに?」
「うん?」
「相楽悠介は、依頼については了承しましたが、報酬や対価を一切九鬼に対して求めませんでした」
「なんとっ!!」
「…真か?ヒュームにクラウディオよ」
紋白の言葉に英雄は驚きを、揚羽は事情を知る二人の執事に確認を入れる。
「間違いありません。相楽様は、我々に一切の対価も報酬も求めておりません」
クラウディオが揚羽の問いに代表して答える。それを聞いた英雄は、驚きで口を大きく開ける。対する揚羽は…
「フハハハハ。これは一本取られたな、紋よ。これではあ奴を責めるわけにはいかん。今の言葉が事実であるならば、あ奴と紋に契約はそもそも成立せんからな。むしろ、あ奴の方が筋を通している」
「っ!!」
面白い奴を知ったと言わんばかりに笑う。そして揚羽の言葉に紋白は唇をかむ。その通りだ。本命は松永燕だったからこそ、そこまで深く認識していなかったが、報酬も対価もなければ、それは契約でも依頼でもないでもない。ただの口約束だ。むしろ最後まで、依頼としての筋を通していた悠介の方が正しい面すらある。
「だが、紋よ。全ては後だ。我もこの勝負には、
「姉上…」
「今は見届けるとしよう。九鬼家に一杯食わせた、あの者がただの愚か者であるか、それとも…」
「そうですね。我も見届けるとしましょう」
「兄上も‥はい」
揚羽と英雄の言葉に紋白もまた静かに闘技場を見つめた。
『えー多少のアクシデントもありましたが、両名とも準備は、いいでしょうか?』
「いつでも」
「問題ねぇ」
大佐の言葉に二人は万全の声でもって答える。そして大佐は二人の顔を見ると、今度こそ問題なしと判断する。
『それでは――――!!エキシビションマッチ―――――』
八年という時間を経て、再会した二人。
『川神百代VS相楽悠介』
此処に至るまでに二度の対決。しかしその勝負は全て第三者の手によって中断され、勝負を行う事すら禁止された。
『試合――――』
しかし今、二人の勝負を邪魔する者はいない。漸く、二人は戦える。
『開始!!』
意見が分かれるかもしれませんが、この勝負は『二人だけのもの』としたかったので
次回から本格的に勝負開幕です!!
お楽しみに!!
待ってだぞ!!————川神百代
――――次回【持つ者 無傷の王者】