真剣で私に恋しなさい~その背に背負う「悪一文字」~ 作:スペル
そして若干ながら戦闘描写も入ります
さらに言うと、今回めちゃくちゃ急に時間軸が飛びます
それを考慮して読んでくれるとありがたいです
百代との戦闘が許可された次の日、悠介は釈迦堂と組み手をしていた。
「おらぁ!」
放たれた釈迦堂の拳。本来ならば回避が、頭をよぎる一撃を前にして、悠介は...
「はあ!」
その拳目掛け、自分の拳を放つ。鈍い音を立てながら、二つの拳がぶつかりあう。
しかし勝敗は勿論、釈迦堂に上げられる。
拳の勢いで吹き飛ばされる悠介。
「敵が前にいるのに目をつぶってんじゃねえ!」
そんな悠介に、追い打ちを掛ける釈迦堂。鋭い蹴りが、悠介の脇腹に直撃する。
大人でも気絶してしまう、その一撃を受けた悠介は、苦悶の声を漏らしながら、脇腹にある釈迦堂の足を掴む。
「あ?」
その事に疑問の声を上げる釈迦堂をしり目に、悠介は掴んだ足に拳を放とうとした瞬間、
「他から気を逸らしてんじゃねえよ」
強烈な一撃が悠介の頭に放たれ、数メートル吹き飛び、悠介は気を失った。
「こいつ。だんだんタフになってきてねえか?」
気を失った悠介を担ぎながら、釈迦堂は自分が感じた事を自然と口にする。
さっきの蹴りもそうだが、武を慣れ親しんだ者でも、気を失う程の攻撃を受けても悠介は気絶するどころか、自分に攻撃を仕掛けてきた。
そんな事、普通は不可能だ。そんな事を考えている内に、悠介が目を覚ます。
「お、起きたか」
「また負けた」
そう呟く悠介に釈迦堂は、
「まあ、でも悪くはなかったぜ。特に最後のはな」
皮肉気に呟く。その言葉に悠介は、悔しそうな表情をしながら釈迦堂に視線を向ける。
「さてと、どうすっかな~?。今から再開するには時間が微妙だし、終わらせるには時間が余ってるしな」
その視線を無視して、釈迦堂はこれからの事を考える。
ルーと交代するには、まだ時間がある。しかし、もう一度再開するには時間が足りない。
そうやって思考を巡らせていた釈迦堂は、ずっと疑問だった事を悠介に問う。
「おめえなんでまた、武なんてやろうと思ったんだ?」
それが釈迦堂にとって、ひいては川神院の疑問だった。
まだ、小学二年生の悠介にしてみれば、ゲームや漫画やアニメと言った娯楽を楽しむ年ごろだろう。
好き好んで、自分を痛めつける武をやりたがる小学生など、本当にまれだ。
武道ならわからなくもない。しかし悠介が、やっているのは武術だ。
だからこそ、釈迦堂は知りたかった。
その答えが、もしも自分と似たようなモノならば、これからも
そして自分好みの戦闘狂に、変えるのも悪くないと思っている。
逆に、そうでなければ、自分はそろそろ手を放すべきだと考えている。
別に、悠介の事が嫌いな訳では無い。むしろ川神院の中で、一番気に入っている。だからこそ、自分は悠介から手を引かねばならないと感じていた。
しかし悠介の答えは、釈迦堂の考えの斜め上を行く。
「覚えたい、必殺技があるから」
「...は?」
悠介の言った言葉に、釈迦堂は呆けた声を出す。そして次の瞬間、大きく笑い始める。
くだらない。何度も痛い目にあってまで、武を納めてきた目的がまさか必殺技の為とは。
しかし、だからこそ面白い。考えれば、悠介の年齢ならばそう言った事に、憧れていても何ら不思議ではない。
しかし、それを叶えるためここまでするバカは、滅多にいないだろう。
だからこそ、釈迦堂は悠介がそこまでして、覚えたいと言った必殺技に興味が出る。
未だに、不貞腐れている悠介に、釈迦堂は笑い涙をぬぐい問いかける。
「悪かったって。それでどんな技なんだ?
おめえが覚えたがってる技だ。ただの技じゃねえだろ?教えてくれたら俺が実践してやるぞ」
悠介の頭を撫でながら釈迦堂は悠介に問う。悠介も釈迦堂の言葉を聞いて、自分の憧れが見れるかもしれないと嬉しそうに答える。
「二重の極みって技」
「二重の極み?」
聞いた事のない技だと釈迦堂は頭をひねる。
「どんな技なんだ?」
「えっと75分の1秒の拍子に二撃の衝撃を与えて、万物を破壊する技」
悠介から伝えられた内容に釈迦堂は唖然とする。そして同時に思う。もしもその技が出来たならば、正真正銘の必殺技となるだろう。
才能を感じない悠介には、不可能かもしれない。しかし、釈迦堂は不思議と不可能だと無理だと言う言葉は、浮かび上がらない。
出来ないかもしれない。それでも、それに必要な土台を作ってやろう。
きっと、無駄にはならない筈だ。そう思いながら釈迦堂は、再び悠介の頭を撫でる。
そんな二人の会話を聞いていた、鉄心とルーに気が付くことなく。
この日を境に悠介の修行は、さらに厳しさを増す事になる。
◆◇◆◇
悠介の目標が明かされた日から二年の月日が過ぎていた。
川神院修練場に、二つの人影が立っている。
二人を中心として、張り詰められた緊張感が漂っていた。二人はどちらもギラついた瞳で相手を向き合っている。硬直した空気の中、お互いの動きを見る事が
しかし二人にその常識は通用しない。
「だあ!」
西方向にいた人影が、咆哮を立てながら突っ込んでいく。自身の加速した速度も乗せた拳が、もう一人の人影に向かって放たれる。
畏怖するほどの威圧感を纏わせた拳が迫る中、もう一人は笑みを浮かべる。
「はん」
腰を落とし、高速で動く相手の胸に向かって拳を放つ。
突進していた相手は、その速度故に回避が出来ない。
「があ!」
直撃を受けた人影は大きく後退する。しかし吹き飛ばされてなお、人影は笑う。
その事に疑問を持つもう一人しかし、直後鋭い蹴りが顎を襲う。
「!!?」
一撃を受けた人影の身体が、宙に浮く。お互いに、地に立つと再び睨みあいが開始される。
そんな中、
「モモ。てめえ、手を抜きやがったろ」
西側にいた少年が、東側にいた少女川神百代に声を掛ける。その言葉を聞いた百代は、
「いやいや、結構全力で放ったぞ。それなのに大したダメージが見れないとか、悠介お前また、タフになったんじゃないか?
それにこんな美少女の顔に攻撃するとか鬼畜か!私は傷ついたぞ!」
自分の相手である相楽悠介の問いに返す。
「てめえのジジイ達のせいで、根性とタフはついたからな。後、お前の顔は傷ついたなんて言ってねえぞ」
そう言いながら自分を鍛えてくれた、三人の男の姿を思い起こす。
感謝しているでも、目の前の敵を倒さない事には自分は感謝する事が出来ないと、悠介は直感している。
「あ、やっぱりバレたか」
いたずらに失敗したような声で、百代は答える。しかし、その笑みは何処か肉食獣を思わせるほどに鋭い。
「それじゃあ、そろそろ本気で行くとするかな」
「上等だ。今度こそ倒してやるよ」
「それ、何回目のセリフだ?」
「はん、百を超えた辺りから数えんのは、止めちまったよ!!」
「そうか!!」
今度は二人が同時に駆け出す。修練場の中央で、二人の拳が激突した。
「モモォォォォォォ」
「悠介ぇぇぇぇぇ」
互いに相手の名を叫びながら二人の激闘は始まった。
◆◇◆◇
「はぁはぁ」
三十分が経過したのち、遂に勝敗が決する。
「くそ。また勝てなかった」
「ふふふん。また私の勝ちだぞ悠介」
地面の大の字で仰向けに寝転がる悠介に、百代は嬉しそうに告げる。
「わあってるよ。たっく」
百代の言葉に、頷きながら悠介は体を起こす。起きた悠介に、百代はさっきまでと違って、寂しそうな声で話しかける。
「本当に引っ越すのか?」
「ああ、前々から決まってたことだしな。親の都合じゃ、どうしようもねえよ」
百代の問いに悠介は、いつも通りの口調で答える。そうやって何時もと変わらない悠介の姿に、自分だけが寂しがってバカみたいじゃないかと、百代の内に怒りがこみ上げる。
しかし二人は、別に恋人と言う訳ではない。ただ、百代の相手が出来る同年代が、悠介しかいなかっただけである。
自分と戦える相手が消える。その事が百代にとっては、とても悲しい事だ。
今回の勝負も百代が、鉄心と悠介に無理を言って叶えた物であるから、尚更である。
「家に住めよぉ。住む場所ならたくさんあるからな。私はお前とずっと戦っていたいぞ!」
「少しドキッとした自分がバカだったわ。お前がそんな事言う訳ねえわな」
そう言いながら悠介は、家族の元に帰るために歩き出す。その背を百代は、黙って見てるしかなかった。
しかし、ふと悠介の足が止まり、少し後ろに顔を逸らして、
「またなモモ」
片手を上げながらそう言った。その言葉を聞いた百代もまた、
「ああ、またな」
笑みを浮かべて返した。
そうだ、これで最後と言う訳ではないのだ。いつか会える。その事が百代の心を軽くした。
◆◇◆◇
川神院に背を向けて帰る悠介の背を、百代とは別の場所で見ていた者達がいる。
「行ってしまいましたネ」
「そうじゃのう」
ルーと鉄心は、何処か悲しそうに悠介の背を見ながらつぶやき、
「はあ、漸く子守から解放されたぜ」
釈迦堂は嬉しそうに呟く。しかし、ルーと鉄心は釈迦堂の目から、涙がこぼれかけているのを確かに見た。
全く素直じゃないなと、二人は同時に思う。
「悠介の奴は、何処へ行くんじゃっけ?」
「確か、京都の方に行くと言っていましたヨ」
そうやって、話していくさなか、
~また、会いに来ます~
「「「!?」」」
三人の耳に、悠介の言葉が届いく。その言葉を聞いた瞬間、三人は笑い合う。自分達が育てた、一人の生意気な弟子が、久しく自分達に使った敬語。
余りに似合わない。そのセリフを聞いた為に起きた笑いであった。最早三人に寂しさはなかった。
相楽悠介は川神の地にて強さを学んだ。
一度彼は、自分の生まれ育った地を離れる。再び彼がこの川神の地に足を踏み入れた時物語は再び幕開く。