真剣で私に恋しなさい~その背に背負う「悪一文字」~   作:スペル

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感想に寄せられていた疑問に少し答えようと思います

まず、ステイシーと李が悠介を弱者と見たのには、ちゃんと理由があります
近いうちに明かすと思うので、それまで待ってくれるとありがたいです

次にヒュームに蹴り飛ばされた事についてですが、これは細かい描写を書かなかった自分が悪いと思います
理由としては、まず悠介がその場から離れる為にバックスッテップをとり、一瞬悠介の脚が地面から離れた瞬間を、ヒュームに蹴り上げられ、踏ん張る事が出来ず吹き飛ばされたと言う訳です

少しでも皆様の疑問が解消されると良いのですが


今回は弱い悠介をメインに書いてみました

楽しんでくれたら嬉しいです


悠介と東西交流戦 その1

京都にある某山の一角。巨大な岩が点在する川の岸辺に、悠介はいた。

悠介の目の前には一際は、大きな岩があり。その近くに悠介は立っている。悠介は瞳を閉じ呼吸を整えている。

静寂が辺りを包む中悠介は瞳を開け、小さく呟きながら拳を岩に向かって放つ。

 

「二重の極み」

 

悠介の拳が岩と接触した瞬間、岩の一部がパァン!と弾け飛び、辺りに塵を舞わせる。しかし、その光景を見た悠介の表情は晴れない。

むしろ悔しそうな表情をしている。

 

「ちぃ。やっぱ改良版の二重だと、スピードも威力も射程距離も、本家に劣るか」

 

そう言いながら、悠介は右手首に添えていた左手を離す。悠介が放った二重は、夢の中で見た男が編み出した、二重のもう一つの姿だ。

しかしそれは両手打ちになり、負担が軽減される代わりに、片手打ちの二重よりも、どうしてもスペックが劣ってしまう。

 

「いや、夢の中で見た通りなら、この岩全てを簡単に塵に変えていやがった。それこそ、本家と変わらない程の威力を出していた」

 

自分の中に湧き上がった感情を悠介は口に出して否定する。ならばなぜ、出来ないのか、理由は既に出ている。

 

「才能か」

 

自分が見た夢の男は、両手打ちの二重ですら、一撃必殺の威力を宿していた。

しかし、どれだけ自分が努力しても、夢に見た威力には届かない。それは単に、悠介と憧れの男との間にある、才能の差であると悠介は考えていた。

 

「それに、十回やって一回成功とか......あいも変わらず、才能の無さに呆れて来るぜ」

 

それでも、この改良版が100%の確率で使えるようになって初めて、本家の二重が打てると悠介は直感している。恐らく自分は、この両手打ちを極める(・・・)事出来ないであろう。

それはこの両手打ちが初めて打てた、中学三年の時に悟った。

その時の失望感を悠介は忘れないだろう。打てた喜びよりも先に、沸き立った絶望感。あの時も自分の無力さを何度も呪った。

 

「ふう。いい加減、無い物をねだっても仕方はねえな」

 

無いモノ(さいのう)をねだっている暇など、自分にはないのだ。一生、手に入れる事が出来ないモノに縋っている内に、天才たちは自分の遥か上に行く。

そんなバケモノ(天才)に挑むためには、一秒も無駄に出来ない。

自分が一歩踏み出せば、彼らは既に何歩も先に進んでいる。

そもそも自分と彼らでは、見ている景色が違いすぎる。

そんな彼らと戦うためには、自分の手にあるモノで、最強たちに食らいつく方法を編み出すしかないのだ。

凡人に許された唯一の手段である。

努力と言う権利を使って、何度も何度も敗北の泥をかぶり屈辱にまみれながら、見出していくしか方法はないのだ。

そして、その見つけ出した可能性が、片手打ちの二重の極みだ。だからこそ、悩む暇などない。

しかし、一度考えてしまうと、感情は欲してしまう。

それが間違いだと知っている。そんな事を欲せば、ますます身に付かない事など、何度も理解している筈なのに心は求め続ける。

鉄心の様な迅さを、ルーの様なキレを、釈迦堂の様な力を、鍋島の様な一撃を求めてしまう。

 

「やめろ!!自分が無力なのは知ってるだろ!!」

 

口に出して、自身に沸き立つ不要な感情を鎮めようとする。しかし、一度考えてしまうと、なかなか静まらない。

 

「ぐぅ!!」

 

悠介は、目の前の岩に自身の額をぶつけ頭を冷静にさせる。額を血が流れる事を気にせず悠介は、何度も深呼吸を繰り返している。

痛みなど関係ないと、悠介は表情を歪める事なく、その体勢のまま憧れる男を思い出す。

数ある強敵に、勝算もなくただバカみたいに突き進んだ男の背中。

武人にとって、財産とも言うべき才能を否定して見せた男の言葉。

男は言った。才能よりも大切なモノがあるのだと。悠介には未だに、その言葉の意味が理解できない。しかし、自分の憧れた男が言ったのだ。ならば、男を信じてそれを探そう。

自分の才能では、夢で見た男の武力には辿りつけない。

それならば、全く違う道を探せばいい。どんなに遠回りしてもいい、あの場所に辿り着く事こそが、悠介の目標だ。

あの男が自分にとっての、初めにして五人目の師だ。師の言葉を信じない弟子はいない。

あの背を追いかけるのならば才能と言う、都合のいい逃げ道に走る事は出来ない。

なぜならあの男は、才能を否定しながらも前へ進んでいった。ならば、その背を憧れる自分も進むしかない。

そうやって進んでいく男の背を思い起こした悠介は、すぐさま今までの弱気な自分を否定する。

 二重の威力の差が才能...いや違う。自分にはまだ足りないだけだ。

男は、一度も才能であの技を語らなかった。自分が勝手に決めて、諦めているだけだ。

 

「そんなんじゃねえだろ!!」

 

自然と悠介の口から、才能を逃げ道に諦めようとした自分への怒りの言葉がこぼれる。そんな事では、永遠にあの背が見えなくなる。

そうならない為に強くなるのだ。迷うなと、自分に強く言い聞かせる。

そうして自分の遥か先を行く男の背を思い浮かべた悠介に、最早さっきまでの弱気な自分はいなかった。

 

◆◇◆◇

 

心を落ち着かせた悠介は、再び両手の二重の構えを取り岩に向き合っている。

集中し、意識を身体全体に向ける。再び静寂が場を支配し始めた瞬間、

 

「おう、漸く見つけたぜ」

 

第三者のそれも見知った声が悠介の耳に届いて、研ぎ澄まされた集中力が消え失せる。その事に腹を立てながらも悠介は、声が聞こえた方に視線を向ける。

視線を向けた先には、鍋島が笑みを浮かべながら立っている。

 

「何しに来やがった?」

 

「おいおい、何しに来たって...そらあ、停学が明けたのに学校に来ねえ、不良生徒の顔を見に来たに決まってるだろ?」

 

悠介の問いに鍋島は、心外だと言わんばかりに肩を竦める。

 

「停学は、まだ明けてねえだろ?」

 

鍋島の言葉に疑問を持った悠介は、呆けた声で鍋島に問いかける。その言葉を聞いた鍋島は、やっぱりかと言わんばかりに大きくため息をこぼしす。

 

「てめえの停学は、もう二日前にとっくに終わってぞ」

 

「マジ?」

 

「大マジだ」

 

鍋島の言葉を聞いた悠介は、呆けた顔をしながら気の抜けた声で確かめる。

その問いに鍋島は、呆れ半分感心半分と言った声音で答える。

 

「わりぃ」

 

「たっく、おめえは何時も、修行に集中すると時を忘れやがる」

 

小さく謝罪の言葉を口にした悠介に、鍋島は呆れながらも悠介の欠点を上げていく。

それに反論でいない悠介は、黙って聞くしか出来ない。

 

「そ、そんな事よりもよお、交流戦はどうなったんだ?」

 

このままでは不味いと感じたのか、悠介は無理矢理に話を変える。鍋島は元々そこまで、責める気はないのか、悠介の思惑に直ぐに乗る。

 

「まあ、一年の奴らは、むこう()の大将がバカをやってくれたおかげで、簡単に勝てた。三年の方はまあ、見事に武神にやられたな」

 

「まあ、三年の方を責めるのは、筋が違うだろうな。あいつ(百代)は、格が違げえ」

 

「そこは俺も同意見だ。此処までうち(西)むこう()は、ちょうど一勝一敗って訳だ。つまり天王山になったのは」

 

「二年か」

 

鍋島の言葉を聞いた悠介は小さく呟く。その言葉に、鍋島も同意する。

 

「ああ、石田達の勝敗が、そのまま学校の勝敗になったって訳だ」

 

「二年の戦いを詳しく知りてぇ」

 

「長くなるぜ」

 

「構わねえ。話してくれ」

 

悠介の言葉を聞いた鍋島が、腰を地面に下ろす。その近くに悠介も腰を下ろし、鍋島と向き合う形をとる。

自分と戦うと言った、ライバル達の戦いを、悠介は一言も聞き漏らさぬ様に、鍋島の話に集中して、耳を傾けた。


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