真剣で私に恋しなさい~その背に背負う「悪一文字」~   作:スペル

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悠介と紋白の依頼

少女の名乗りと共に、悠介たち三人の止まっていた時間が動き出す。いち早く硬直から解けた悠介は、ゆったりとした動作で少女に近づいて行き、

 

「あう」

 

少女の頭に、拳骨を一発叩き落とす。その事に周りにいたメイドと執事は、驚愕に顔を染める。

最も理由は、主が殴られたと言うよりも、自分達が悠介の行動を事前に、察知できなかった事に対する驚愕である。しかし、燕と久信はやっぱりかと、呆れた表情をしている。それはある程度悠介という人物を知っていれば予期できた事を示している。

 

「こんな夜中に、大声出してんじゃねえよ。近所迷惑だろう...」

 

悠介が拳骨を落とした少女に説教をしていた、その時悠介の本能が警告を鳴らす。その警告に従い防御しようとした矢先に、

 

「フン!」

 

「があ!」

 

金髪の執事の鋭い蹴りが悠介を襲い、悠介は吹き飛ばされる。

 

「悠介君!!」

 

吹き飛ばされた、悠介を案じる声を上げる燕。そして悠介を蹴り飛ばした執事は、悠介が吹き飛んだ方を見据えながら、独り言のように話始める。

 

「赤子よ。我らに気取られずに紋様を殴った事は、評価してやろう。だが、この方は貴様ごとき赤子が、殴っていいお方ではない......いや、もう聞こえてはいまいか」

 

そう言って、紋様と言った少女の後方に下がろうとする執事に...

 

「俺はな!ガキを嗜めるのに、殺気も敵意を出すようなチンピラじゃねえんだよ!!」

 

悠介の声が執事たちに届く。その事に今度こそ、燕と久信を除くメンバーが、純粋な驚愕に顔を染める。

 

「なに?」

 

「それとな、俺は赤子じゃねえ!!俺には、相楽悠介って言う立派な名があるんだよ!!」

 

悠介はそう言って吠えながら、自分を蹴り飛ばした執事の目の前に移動する。

 

「フン。この俺からすれば、並大抵の奴らは皆赤子よ」

 

「そうかい。じゃあ、その赤子の恐ろしさを、特と味わってもらおうじゃねえか、爺さん」

 

「赤子風情が、この俺に牙を剥くとはな。いいだろう。その身で知れ、己がまだまだ赤子である事を」

 

「上等じゃねえか!!」

 

売り買いの喧嘩言葉に、二人の闘志がみるみると燃え上っていく。二人が同時に、攻撃を仕掛けようとした瞬間

 

「待てい!!」

 

少女の覇気ある声が、二人の動きを停止させる。

 

「我らは、戦いに来たわけでは無い。下がれヒュームよ」

 

「は、申し訳ございません」

 

少女の言葉に、今までの態度からは想像も出来ない程、優雅にヒュームと呼ばれた執事は、後ろに下がる。

そのあまりの状況の変化に、再び悠介の時間が止まる。

そんな悠介に少女は、

 

「すまなかった。確かに周りに対する考慮が足りんかった」

 

頭を下げて謝罪する。その事に悠介は、若干戸惑いながらも返答を返す。

 

「お、おう。わかればいいんだよ」

 

「それでは、家に上げてはくれぬか?我は、貴様たちと話し合いに来たのだ」

 

少女のまっすぐな目を見た悠介は警戒を解き、燕と目を合わせる。燕もそれで悠介の意図が分かったのか、うなずき少女たちを案内する。

全員が家に入った事を確認した悠介は、静かに玄関の扉を閉めた。

 

◆◇◆◇

 

悠介たちと少女たちは居間に集合している。全員が沈黙する中、燕がお茶を出し終えると、悠介が口を開く。

 

「それで一体何の用だよ?」

 

悠介の疑問の言葉に、少女は一息ついたあと、話を始める。

 

「うむ。その前にまずは名乗ろう。我の名は、九鬼紋白。そして先ほど貴様とやり合ったのがヒュームで、我の護衛を担当している」

 

「よろしくお願いします」

 

「そして我の右隣に居るのが、クラウディオである」

 

「ご紹介に預かりました、クラウディオ・ネエロと申します」

 

「そのクラウディオの後ろに居る、金髪のメイドがステイシー、黒髪が李である」

 

紋白の紹介にステイシーと李の二人は、悠介たちに向かって頭を下げる。しかし、悠介たちはそれを気にするところではない。

 

「ヒュームって名に覚えがある。確か、ジジイのライバルって言ってなあ」

 

「九鬼って言ったら、巨大な財団じゃないか!!」

 

「そんな大物が、私達に何のようなの」

 

悠介は、未だに幼き頃鉄心より伝えられた強者の名に反応し、燕と久信は、九鬼と言う名に反応する。

 

「要件は何だ?」

 

そんな中で比較的に冷静だった悠介が、再び紋白に問う。

 

「ふむ、我は松永燕と言う者に依頼しに来たのだ」

 

「わ、私に!?」

 

突然の指名に、混乱していた燕はますます混乱していく

そんな燕に悠介は、大きく腕を掲げ、

 

「一回落ち着けや」

 

「痛った~」

 

燕の頭にチョップを振り落す。その激痛のおかげで、燕の混乱がなくなる。しかし、痛みが大きかったため悠介を睨み付ける。

 

「もう少し女の子には、優しくするべきだよ悠介君!!」

 

「うるせえ、混乱してたお前が悪い」

 

「む~」

 

「――――」

 

「――――」

 

「――――――」

 

「...はぁ、悪かったよ」

 

燕の睨みに堪えられなくなったのか、悠介は謝罪を口にしながら燕の頭を撫でる。

その動作に若干驚くも、払いのける様な事はせず、嬉しそうに受け入れる燕。その姿は、大きな猫のようだ。

 

「う~ゴッホン!」

 

「!!」

 

燕たちのやり取りを見た事で、冷静さを取り戻した久信が、わざとらしく咳き込む。その声で漸く我に返った燕は、猛スピードで悠介から離れる。

 

「え~と、すいません。置いてきぼりにしたみたいで」

 

「かまわん。仲良きことは良い事である。なあ、クラウディオよ」

 

「はい。その通りでございます」

 

久信の謝罪に紋白は気にしてないと断言する。むしろその表情は、楽しそうである。

 

「そ、それで私への依頼って何なんですか?」

 

このままではまずいと判断した燕が、話を元の場所に戻す。しかしその顔色は朱色に染まっている。

 

「おお、そうであったな」

 

燕の言葉で紋白は、当初の目的を思い出したのか、真剣な表情で燕を見据えながら告げていく。

 

「お前には、ある人物を倒して貰いたいのだ」

 

「ある人物とは一体誰ですか?」

 

真剣な紋白の表情に燕も自然と真剣な表情で返す。既に燕の中では、その人物はかなり厄介な相手だと当たりをつける。

 

「武神川神百代だ」

 

紋白の言葉に久信は驚愕する。燕も驚愕はしているが、紋白ではなく悠介を見ている。紋白の言葉を聞いた悠介だが、何の変化もなくただ紋白を見据えながら口を開く。

 

「理由は何だ?見た処、武を嗜んでいる様だがそれだけだ。お前が武神を倒したがる理由(わけ)が見えて来ねえ」

 

悠介は紋白を見据えながら理由を問う。その言葉に紋白は、初めて悔しそうな表情をしながら答える。

 

「仇を討つためだ」

 

「誰のだ」

 

「川神百代に敗れ去った、我が姉上九鬼揚羽の無念を晴らすためだ!!」

 

九鬼揚羽。武を生業と知る者でその名を知らぬ者はいない程の実力者だ。その名は、武神に匹敵するネームバリューを持っており、川神百代と同じく武道四天王の一人である。

実は松永の家には、もう一人居候がおり。今は訳あってこの場にはいないが、かつて四天王最速の名持った武人だ。彼女からある程度、四天王の事を聞いていた燕と悠介は、紋白の言葉の意味をすぐさま理解する。

 

「自分の手じゃなくていいのか?」

 

「我だって、出来れば自分の手で倒したい。だか、我が倒せると思うほどうぬぼれてはない」

 

そこで一度言葉を切った紋白は、再び燕を見据えながら話始める。

 

「しかし姉上が負けたのに、あの者は勝ち続ける。我にはそれが我慢ならん。ならば、武神に対抗できる者を見つけ出し、我の刺客として武神に差し向け敗北を教えてやるのだ!!そんなおり西の地にて、無敗を誇る武人が居ると聞き調べた結果が...」

 

「燕だったって事か」

 

「ああ、その通りだ。勿論報酬は弾む」

 

紋白が言い終わると同時にクラウディオが、一枚の紙を三人に配る。

 

「其方が、この依頼をお受け下さった場合の契約内容と報酬でございます」

 

そのプリントに目を通した久信が驚きの声を上げる。

 

「僕を九鬼の技術者として迎え上げて、家名を上げるのを全面バックアップ!!!」

 

「うむ、主らを調べた結果、家名を上げたがっていると言う報告を得てな」

 

「しかも、前払いって」

 

「この依頼がどれだけ困難か理解しておる。九鬼が全面的に協力しても何ら不思議ではあるまい」

 

紋白の言葉に興奮する久信。悠介は一通り目を問うした後疑問を口にする。

 

「依頼が達成できなくてもペナルティなしってのは、随分気がよくねえか?結構な出費もんだろ」

 

「かわまん。これは我の我儘ゆえ全ての責任は我にある。それを他の者に背負わせる気は毛頭ない。それに我は人材発掘を趣味ともする。調べていくうちに松永の力を我は欲しくもなったのだ」

 

「なるほど」

 

紋白の言葉に一応納得した悠介は口を閉じる。質問がないと判断した紋白は更に言葉を続ける。

 

「無論、必要な物は全て我ら九鬼が受け持つ。さらに対武神対策をヒュームが授けると言っておる」

 

紋白の言葉にヒュームは静かに頷く。その言葉を聞いた久信はますます興奮する。

 

「ちょ、燕ちゃん!!この依頼受けようよ。こんなチャンス滅多にないよ!!」

 

久信の言葉は間違っていない。失敗しても燕たちに何らデメリットもなく、むしろ大きなメリットしかないのだ。断る理由が見つからない。

しかし、燕は悠介を見たまま返事をしない。そんな視線を感じた悠介は、紋白を見据えたまま静かに呟く。

 

「受けるべきだろ燕」

 

「え、でも良いの?それって悠介君の」

 

燕自身、悠介と百代の関係を悠介自身の口から聞いている。だからこその悩みなのだ。

その闘いをこの様な形で汚して良いのか、一人の武人である燕にとって、悠介の百代に掛ける想いの大きさを知っているからこその躊躇い。

しかし悠介は、

 

「人の事を気にする暇があるなら、お前はお前の目的の為に闘えや。取り戻すんだろ、あの時間を」

 

何の躊躇いもなく自分の想いを踏みにじれと告げる。自分の目的の為に、他人の想いを下していけと悠介は告げる。

る。

その答えがあまりにらしかった為燕は、小さく笑みをこぼす。ああ、そうだ。それでこそ、自分が武を始める切っ掛け(・・・・・・・)であり、自分の憧れた悠介だ。

 

「いいんだね」

 

「くどいのは嫌いだ」

 

「わかった」

 

短い二人のやり取りにどの様な意味があったのか、部外者にはわからない。悠介の言葉を聞いた燕は、一度瞳を閉じ再び紋白を見つめて告げる。

 

「微力ながら、この依頼引き受けさせて貰います」

 

「そうか!!」

 

燕の答えに、紋白は嬉しそうに答える。彼女自身不安はあったのだ。確かに勝率は大きくなるだろう。しかし、それを踏まえても武神の力は強大なのだ。

その力に怯えて受けてくれないかもしれないと、クラウディオから告げられていたのだから余計に嬉しさは大きい。

 

「だだし、一つ条件があります」

 

「何だこの報酬では不満があるのか?」

 

「ちょ、燕ちゃん」

 

燕の言葉に、ヒュームたちは視線を鋭く睨み付ける。もし、燕がこれ以上を求めるなら実力行使に出るためだ。

その事を察した久信が、燕を止めようとするが、

 

「いいえ、違います」

 

「?。では、何だと言うのだ?」

 

「今回のこの依頼、此処にいる相楽悠介も加えて欲しい。それが私の条件です」

 

今回の依頼は、あくまで燕個人に対するもの。それに悠介を加えて欲しいと燕は告げる。その言葉に、紋白は思考する。そんな紋白にクラウディオがアドバイスを与える。

 

―――あのヒュームの蹴りに耐えるほどです。見込みはあるかと。

 

「(...確かに、腕利きが多くいる事に越したことはないな)わかった。その条件を呑もう」

 

「ありがとうございます」

 

燕の返事を聞いた紋白は、今度は悠介に視線を向ける。

肝心の悠介は、何事も動じずにいる。

 

「ならば、お主にも報酬を払わねばなるまい。好きな事を言ってみろ、我らは出来るだけ答える所存である」

 

紋白の言葉に悠介は、燕に余計な事言いやがってと言わんばかりに一度睨み付けた後、紋白に向かって告げる。

 

「別に何もいらねえよ。あえて言うなら、協力はいらないってのが、俺への報酬だと思ってくれていい」

 

その言葉に、そこにいたメンバーが騒然とする。いや、燕とヒュームの二人は反応は違えど、驚愕はしていない。

 

「俺は俺だけの力で、モモに挑みてぇ。だから下手な協力はいらねえ」

 

未だに驚愕している面々に悠介は、さらに告げていく。

その言葉を聞いた紋白が依頼者として、そんな事は容認できないと告げようとする前に、

 

「それは、武人の言葉と取って構わんな。赤子よ」

 

ヒュームが悠介に問う。その顔は、何処か面白い拾いモノをしたと言わんばかりの表情をしている。

 

「ああ、構わねえ」

 

悠介は、ヒュームの問いに何の躊躇いもなく答える。

 

「ほう、貴様の様な赤子が言うではないか。可能性はゼロだぞ」

 

「んな事は、端から承知の上で挑んでんだよ」

 

悠介の瞳をじっと見据えるヒューム。数分の沈黙が二人の間を支配する。

先に沈黙を破ったのはヒュームの方だった。

 

「ふん、変わった赤子だ。紋様、この者への報酬はそれでいいでしょう」

 

「ええ、わたくしも同じ考えです」

 

ヒュームとクラウディオが紋白に、悠介の考えを受け入れるべきだと告げる。

その二人の言葉に、紋白は渋々納得する。

 

「わかった。お主の要件を呑もう」

 

「ありがとよ」

 

紋白の言葉を聞いて悠介は、笑みを浮かべながら礼を言う。

 

「詳しい話は、また後日になるが構わんか?」

 

「問題ありません」

 

紋白の言葉に燕が代表して答える。

 

「それでは、我らはこれで失礼するとしよう」

 

そう言って紋白たちは、玄関から出て行く。その姿を見送った後、紋白たちが去った居間で、久信は嬉しそうに飛び跳ねる。

燕は、即座に自分が知っている武神の情報を紙に書き、自分なりの対策を始める。

そんな中悠介は、一人外の景色を見ていた。

運命は再び悠介を川神へと引き寄せる。

その果てに彼が何を見るのか、それが分かるのはそう遠くない未来。

 

◆◇◆◇

 

日本の九鬼極東本部一室。そこには、本日、紋白と行動を共にしていたステイシーと李の二人が、休憩を取っている。 

 

「なあ、どう思う?」

 

「ステイシー、何度も言ってますが主語を入れてください」

 

「ああ、悪い悪い」

 

休憩を取っている最中、ふとステイシーが李に問いかける。

 

「あの、ヒュームのおっさんと喧嘩しかけたロックなガキの事だよ」

 

ステイシーの言葉に、何時も無表情の李の表情が変化する。自身の相棒の変化に「おっ!食いついた」とステイシーは笑みを浮かべる。

 

「どうとは?」

 

「ったく、相変わらずめんどくせえ奴。お前にはどう映ったよ」

 

「そうですね.....歯牙にもかけないレベルだと思いました」

 

「だよな。私も同じだぜ。でもよ」

 

「ええ、そんな私達から見ても弱者で在る筈の彼が、ヒューム卿の攻撃に耐えた」

 

思い出すのは、ヒュームに吹き飛ばされながも、何の事はなかったように現れた少年の姿。

 

「ヒュームのおっさんが手をぬいったってのは...」

 

「それこそ、ありえません。ヒューム卿の仕事に対する真面目さは知っているでしょう」

 

ステイシーの提案を李は即座に否定する。最もステイシー自身、そう思っていたのか「だよな」と呟き李の意見に同意する。

 

「あ~~~~全然わかんねえ」

 

「確かに、謎がありますが答える事は出来ませんね」

 

そう言ってこの話題を終わらせる二人。しかし、再びステイシーが李に話しかける。

 

「じゃあよ、あの時の言葉はどう思うよ」

 

今度も主語はない。しかし、何を聞いているのか、李は直ぐに理解する事が出来た。あの少年が武神に挑むと言った事だと。

 

「普通に考えれば、無謀で愚か者ですが」

 

「だよな~」

 

二人は同時に思い出す。武神と戦うとヒュームに向かって告げた少年の瞳に、その武骨で真っ直ぐな目に、魅入り魅せられた。あの瞳を見た二人は、悠介の事を否定できない自分がいる事に気がついている。

 

「いずれにせよ、しばらくすれば自ずと答えは出て来るでしょう。彼もまた武神に挑むのですから」

 

李の言葉にステイシーは、笑みを浮かべながら「そうだな」と答える。

結局、二人は休憩時間が終わるまで、悠介の話で盛り上がった。

 

◆◇◆◇

 

時を同じくして、九鬼極東本部屋上。夜の町並みを見下ろすその場所にヒュームは一人で佇んでいる。

 

「やはり此処にいましたか」

 

「クラウディオか」

 

心地よい波風が吹き抜ける中、クラウディオが屋上に姿を見せる。九鬼を代表する二人が静かに、何も言わずに同じ方角を見ている。だが、二人は決して海を眺めてはいない。見ているのは、もと別のナニカ。

 

「お前はどう見る」

 

「可能性は高いでしょうな」

 

ヒュームの問いにクラウディオは、合間入れずに答える。その答えにヒュームは答えない。しかし、自分も同じだと無言に告げている。

 

「それよりも私は、あの少年の方が気になります」

 

クラウディオの言葉に初めてヒュームの気配がブレる。

しかし、それも一瞬のほんの僅かな時間。だが長年共に居るクラウディオには、それで十分である。

 

「やはり、気になりますか?」

 

「ふん、あんな赤子を気に掛ける訳があるまい」

 

「そうですか?私は十分興味がありますよ。何たってヒューム、あなたの蹴りに耐え抜いたのですから」

 

「俺が全力だったとでも言いたいか」

 

ヒュームがそう言った瞬間、クラウディオにだけ(・・)凄まじい威圧感が放たれる。しかし、クラウディオは気にした様子もなく、

 

「すいません。失言でした」

 

クラウディオの謝罪と共にヒュームの威圧感は消え失せる。そして、そのままヒュームはクラウディオの後ろに移動し、そのまま歩き始める。

 

「おや、どちらへ?」

 

「ふん、戻るだけだ」

 

そう言ってヒュームは屋上から姿を消す。その数分後、海の方向を眺めていたクラウディオも屋上を後にする。

 

◆◇◆◇

 

階段を下りていく中、ヒュームはつい数時間前に会った一人の少年の姿を思い起こす。

手を抜いたわけでは無い、むしろ的確に実力を見抜き確実に気絶させるつもりで蹴り抜いた。しかし、彼は何事もなかった様に再び自分の前に現れた。

そして、武神と戦うとほざいた時のあの眼。階段を降りる事を一度やめ、ヒュームは自分の脚に視線を向ける。

似ていた、誰にと言われれば、答えたくないし、認めたくない。

しかし、確かにヒュームは何処かで認めていた。

その核心をヒュームに与えた存在を静かに呟く。

 

「本能か」

 

自分に似ているのだ、あの赤子は。周りなど気にせず自分の我を通そうとする姿は、何処か自分と重なる。

ならばなぜ、あの才能を感じさせない赤子と自分が重なるのか。

それは、ヒュームの磨き上げられた武人としての本能が、悠介からナニカを感じ取り、その一つの未来をヒュームに直感させる。

何時か、あの石ころ程の価値しかないあの赤子が、自分の目の前に確固たる()として、現れるそんな不確かでありながら確かな確信を。

 

「ふん、下らん。誰が相手であろうが俺が最強だ」

 

ヒュームはそう呟き再び階段を降り始める。しかし、もしこの場所にヒュームを見た者がいたら驚愕するのは必至であろう。

その(かお)は、明らかに血に飢え誰にも飼いならす事など不可能なケモノの貌だった。


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