未来人の選択   作:ホワイト・フラッグ

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44.狩りをする者

「おい! 大丈夫か!?」

 

 倒木の影にうずくまる仲間を見つけた。これで六人目。一人は手傷を負っていたが本陣に返せたがその前の五人の仲間はいずれも助からない傷を負って話もできなかった。

 

「ハッ、ハッ、ハッ」

 

 息を荒くしているが幸運なことにコイツは生きていた。

 

「うっ……うあぁぁ……」

「落ち着け仲間だ」

 

 小太刀を抜いて俺たちを警戒するので同じ組の四幻(しげん)が小太刀を抑え、四眼(しがん)が倒れている仲間の背をさすって介抱する。すると仲間は徐々に落ち着きを取り戻していく。

 

「何があった?」

「し……白い敵が……仲間を……兄弟を……」

「やったのは一人か?」

 

 尋ねるとそいつはカクカクと頷き肯定する。

 俺たちは信濃に根を張る乱破(らっぱ)、真田忍群だ。勘助さまに従いこれまで諜報や戦場の攪乱を行ってきた。だが、一人の敵を相手にここまで仲間をやられるのは俺の知る限り初めてかもしれない。正確には隊を組んで進んでいる敵を攻撃しようとしたらどこからともなく獣のようなナニカに仲間が殺されているのだ。

 松平の服部半蔵、北条の風魔小太郎ならばあり得るかもしれないが、織田方の忍びは手強くない。現に雪雪崩や土砂崩れで行軍を妨害していた忍びはあらかた追い散らせた。ともかく仲間を多く回収して態勢を立て直さねば。

 

「頭が再集結してアイツを仕留める算段でいる。お前も加われ」

「勘助さまに報告は?」

「もう走っている」

 

 勘助さまの策も狂ってしまった。側面から捉えられない忍びの攻撃で織田軍を混乱させるはずが、逆にこちらが攪乱されている。だが狙いを隠れ潜む一人に絞りまとまった数で討ち取る策に切り替え、敵部隊には別の足軽隊で対応することになった。

 

「この先は絶望的だろう。戻るぞ」

「まて四文(しもん)。あそこにも」

 

 俺が戻ろうと仲間に呼びかけようとしたところで四棺(しかん)が別のはぐれた仲間を見つける。木に縋りつくように力尽きているが生死不明だ。仲間と防御陣を保ったまま近づいていく。

 

「息がある。おい立てる……おぶっ!?」

「上か!?」

 

 負傷者の介抱をしていた四棺は頭上から落ちてきた石を後頭部で受けて悶絶する。全員の目が上に向き敵を探す。その姿はすぐに見つかったが誰も棒手裏剣を投げない。人影はあった。しかし、木葉の中で巧妙に隠れていたのは生気の無い仲間の死体だったからだ。

 

「散れ!」

 

 俺は叫ぶと同時に動いた。仲間の死体を隠した敵が傍にいるとしたら固まっていると一息に全滅しかねない。誰かが犠牲になってでもまず敵の場所をあぶり出す。姿が見えねば話にならない。

 

「ぐぉ!」

「しまった。奴か……!」

 

 先ほど助けた仲間の悲鳴がその判断の正しさを証明したようだが、迂闊だった。敵は四棺が介抱しようとした者に扮装していた。我が組の最初の犠牲者となった四棺は悶絶したまま首を裂かれて絶命しているようだ。いきなり二人()られ自分を含めて三人になった。

 

「四文! 四眼!」

 

 四幻が刀を抜きながら呼びかけ走り出す。この組で一番の鈍足だが雪の中でも足を取られず敵に肉薄する。四眼は棒手裏剣を投げ敵の退路を殺そうとするが、棒手裏剣は空で捕まれて四幻に向かって投げられた。四幻はその棒手裏剣を刀で弾きながらも滑らかに斬りかかる。だが、敵は棒手裏剣の脅威を除くと同時に羽織っていた我ら真田忍群の雪装束を脱ぎ、投げつける。

 

「無駄だ」

 

 四幻は動じずに左手で投げつけられた雪装束を掴み捨てると今度こそ刀を振るった。

 その攻撃を抜いた刀で受けた敵の風貌は我らから奪った化粧道具を利用して真っ白な顔をしているが、扱いが下手なのか半ば剥がれ落ちている。若い面には焦りからか眉間に皴が寄り、歯を食いしばっているのか頬が強張っている。表情を見れば戦い慣れてないように見えるが、それは違うだろう。元から着ている服も白かったようだが、返り血で所々が赤く染まり雪に擬態できなくなっている。

 間違いない。コイツが大勢の仲間を殺った奴だ。四幻が食い止めている間に四眼と逃げるべきだ。四幻もそれを承知しているようだ。

 駆けだした瞬間に悲鳴が上がる。振り返ってみると足に刀を突きたてられた四幻を置いて敵が俺に迫ってきている。その追い足は雪に取られず舗装された道を駆けるが如く不自由なく地を蹴っている。

 追いつかれる前に棒手裏剣を投げて牽制するが、敵に届いた順に捕まれ離れて走っている四眼に向かって投げられる。

 

「嘘だろ!?」

 

 自分に向かってくる棒手裏剣を避けては自身も手裏剣を投げる四眼が信じられないモノを見るように呻く。それは俺が言いたい台詞だ。こっちには投げ返されてないが徐々に距離を詰められているのだ。

 俺は覚悟を決め立ち止まって短刀を抜く。敵は徒手で構えをとるが、捨て石になる以上は四眼を逃がす時間を稼がねばならない。見たところ敵は武器を持っていない。刀は四幻の足に残されている。二人がかりならばあるいは仕留められるかもしれないが、それができたならここまでの被害はないはずだ。

 俺は頑なに間合いを取り攻めにかからないが動きがあったのは別だ。

 

「とッ」

 

 足を引きずるように走って来た四幻が背後から棒手裏剣を投げたのだが、若い敵は素早く背後を振り返り飛んできた凶器を掴むとまた素早く振り返り、俺との間合いを詰めてきた。

 

「うぉっ!?」

 

 反応できたのは奇跡かもしれない。あれほど注意して見ていたのに敵が一回転したら武器を持って突っ込んできたのだ。

 初激を防げた俺だが左の内腿に杭を打たれたような衝撃に膝をついてしまう。蹴られたと気づくと同時に二発目の蹴りが顔面に来るのに対し、俺は体を投げ出して回避する。一撃目の蹴りで防いでも受けたら死ぬか昏倒すると本能的に知った。

 

「うっ……四眼!」

 

 敵は倒れた俺を放置して四眼を追い始めた。俺の警告を聞いた四眼は振り返るとぎょっとした表情をしながらも短刀を抜いたが、飛び上がった敵の強力な蹴りを腕に受けて得物を弾き飛ばされてしまった。

 

「し、四文!?」

 

 打たれた足を引きずって立ち上がり棒手裏剣を投げたが遅かった。俺の名を叫んだ四眼は首を裂かれて雪原に真っ赤な血を撒き散らしながら倒れた。俺が投げた手裏剣は例によって掴み取られている。

 

「足はどうだ? 俺はもう走れそうにない」

 

 追いついた四幻が油断なく刀を構えながら俺に問うてくる。

 

「痺れているが動かせる」

「なら、俺が囮になる」

「わかった任せろ」

 

 言うと彼は歩き出す。あの敵は足止めしてきた順に足を潰して逃げる仲間を残さず確実に殺しに来たのは一人も帰さないという意図があったのだろう。そんな相手に今更自分だけが逃げられるとは思えない。生存が望めない以上は敵の四肢をいずれかを道連れにしなければならない。

 四幻が間合いに入ったと同時に刀を振ろうとしたが、それより先に敵は棒手裏剣を振るった。決して届くはずない攻撃に四幻は姿勢を沈めた。棒手裏剣は四眼の血に濡れていたため、飛沫が彼の目に飛んできたのだろう。視界を潰されるのを避けたのだろうが、僅かでも沈んだ姿勢は次の回避に支障をきたす。ほんの僅かかもしれないがそれが攻撃を仕掛ける起点になり得る。

 敵の上段蹴りが四幻の頭を捉えて放たれたが彼は刀で防ごうとした。しかしその左足が刀に触れかけた時に急降下した。

 

「うっ……ぐぁ!?」

 

 急降下した足の着地点は止血された膝であり、四幻の右足は本人の意思とは関係なく崩れた。だが、彼は我が身を投げ打って動きを止めるために敵の足に飛びこむように刀を振るった。同時に俺は一太刀でも入れようと突撃する。

 

「お……ラァ!」

 

 だが敵は小さな掛け声と共に信じられない動きで対応した。宙にあった左足で四幻の刀の側面を押しのけるように蹴って自身から刀身を外し、軸足にしていた右足を使って四幻の顎を蹴り上げた。脳天まで突き抜けるような蹴りを食らって四幻は気を飛ばしてしまう。その間に手首の反動だけで両手の棒手裏剣を俺に投げる余裕付きだ。

 一本は避けたが俺は棒手裏剣が胸に刺さるのも無視し空中で身体を横にして身動きできない敵に向かって刀を突きだすが、敵は両手を地面に着いて身体を捻り足を振り回して刀を蹴る。衝撃で刀を取り落としたが元よりソレは囮だ。俺は左手に持っていた棒手裏剣を投げた。両手を着いているならば掴み取れまいと思っていたが、態勢を支えるのを放棄して敵は右手で掴み取る。

 完全に背を地につけて倒れ込んだ敵に俺は圧し掛かる。敵の足は移動においても攻撃においても俺より上で脅威だ。距離を詰めればその威力は半減できる。

 何よりも敵の得物は今掴み取られた右手の棒手裏剣だけだ。右腕を抑えてしまえばもう武器は無くなる。敵は苦し紛れに俺の胸に刺さった棒手裏剣を抜こうと左手を伸ばすが先に抜いてしまう。

 

「クッ……ソ!」

 

 敵は空ぶった左手で俺の首を掴んで締め上げてくる。凄まじい力だが俺が棒手裏剣を首に突き立てるほうが速い。殺れる! 呻いた敵を見てできると確信した。首を絞められた影響だろうか振り下ろす右手がゆっくり映った。

 

 

 

 唐突に喉が冷たくなった。そして白い世界が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

「危なかった」

 

 血のシャワーを浴びたせいで真っ白だった服に何度目かの赤染がされる。晃助は健闘した忍びの亡骸を横に放り捨てて立ち上がる。そして蹴り上げて気を失なわせた忍びに近づき、その眠りを永遠にさせた。この三人は最初に逃げることを目的としていたが、全員でかかってこられたら手傷を負ったかもしれない。

 

「これで二十七……いや、二十八人目か?」

 

 晃助は手ずから殺めた敵の数を思い出す。何人かは深い傷を負わせたが逃がしてしまった者もいるので処置が間に合わなければもう何人か削れているかもしれない。側面の敵戦力撃退はもう十分かもしれない。別働させている長頼達と合流するために晃助は雪の中を走り出す。

 手首の黒い剣を見つめて思う。櫻井の言は真実であると。一人殺しただけでは何とも思わなかったが、十人を超したあたりから雪に足を取られずに走れるようになった。他にも木から木へと飛び移れるようになったり、矢や手裏剣を躱すどころか掴み取れるようにもなった。

 筋肉の量が増したわけではない。霊力とでもいう感覚なのか、それが体の隅々まで行き渡ってただの高校生ではできない動きを可能にさせる。だが、自分でも何がどこまでできるのか解らず危なっかしく戦っていた。手裏剣を最初に掴んだときは追い詰められて避けることができなかったから腕を盾にしようとしたときだ。かざした手が野球ボールをキャッチするように自然と掴んでしまったのだ。もしかしたら鉄砲玉も掴めるかもしれないが流石に試す気にならない。

 

 大勢の人間が歩いた足跡を辿って走っていると長頼達の姿が見えた。だが彼女たちは数人の忍びと戦っていた。木々が密集する山の中では槍を思うように扱えないはずなのに長頼は突き、振り上げ、叩きつけ、時に振り回して自分を中心とした円に敵を寄せ付けない。そして外周には常に敵が彼女の隙を伺って張り付いているので味方はそれを引きはがすように刀を振るっては押し返され、また仕掛けるという展開が起きていた。

 晃助は手近な木に助走をつけて蹴り登る。そして樹皮の窪みに手足をかけて上へ登るとなるべく太い枝に両足を乗せ屈むように座る。

 

「……あれが良さそうだな」

 

 五秒ほど眼下の闘争を眺めて一番動きが良い敵に狙いをつける。一番強いのか、一番体力があるのか、どちらにせよ消えることで敵の攻防が一番崩れるであろう個人に向かって晃助は跳んだ。

 距離にして五間(九メートル)を高所から詰める。手が届きそうなところで敵の忍びは気づいたが同時に目を見開き口を軽く開けて動揺を表す。まず右膝で相手の胸を打ち、肺から空気を出させることで更に動揺させ落ち着いたとしても頭が回りにくくなるように酸素を奪う。左足を肩に右手を額に乗せ体重を僅かに預ける事で相手を仰向けに押し倒す。そして相手の背中が地面に着く瞬間に左手の黒い刃を首に差し込む。そうするとこれまで落下してきた勢いをほぼ全て使って簡単に刃が人一人の息の根を止めてくれる。

 驚きの形相を浮かべたまま死んだ人間の見開いた目を晃助は額を抑えていた右手をスッと素早く下して閉ざしてやる。慰霊とか特別な考えはない。ただ死体に目を向けられるのが嫌なだけだ。

 派手な登場だったせいか周囲の目が晃助に向くが、手近な忍びに飛び掛かって一度止まった闘争を再開させる。主の活躍に千早勢は勢いづき押しに押した結果、真田忍群は死傷者多数とみて撤退していった。

 

「お、お見事です!」

 

 長頼は突然現れた主の活躍に驚きながら迎える。晃助は配下の人数が減っていないことに安堵しながら、よく戦っていた彼女を見る。

 

「あ、あの……」

「戻ろう。本隊の状態を確認しておきたい」

 

 長頼が口を開いたが口早に下知する。表情からして晃助の劇的な身のこなしの変化に動揺しているのは察せられたが説明の暇を惜しむ。

 

「先に行ってくれ。補充したらすぐに追いかける」

 

 晃助は死んだ忍びから棒手裏剣を集めて懐に入れる。殺して糧にした魂が忍びのモノが多く、戦い方が彼らのやり方に似てきたせいで得物が少ないと心細くなる。

 

「わかりました」

 

 長頼やや複雑な表情を残したが一つ返事をすると、兵をまとめて退いて行った。時折、晃助の姿を何度か振り返ってくるが、当の本人は黙々と死体漁りを続ける。

 

 

 

「説明……どうするかなぁ」

 

 独りになれたことで俺はようやく愚痴が零せた。戦国乱世で生活している以上は戦えた方がいい。だから力があるといいが、こうも胡散臭いと説明しずらい。普段の訓練で頼隆、長頼をはじめとして家臣達になかなか勝てなかった俺が「三十人も敵の忍者倒しちゃった」なんて言ったら、いいことでも驚かれるにきまっている。しかも病み上がりの身でだ。

 実光どのや頼隆などの近しい者は理解してくれているが、大勢の兵にとって晃助(オレ)と良晴は未来から来たと奇怪に見られている。その上で霊具によって強くなったなどと広まればどうなるやら。天狗などの得体の知れない存在として見られるか、単に強い武力の持ち主として見られるか。

 

「智慧と相談しよう」

 

 事後の対応も大事だがまだ戦時、しかも始まったばかりだ。織田家傘下の千早家で立場ある身であると思い出し死体漁りを切り上げて味方の元へと戻ろうとする。

 

「何を悩んでおるのじゃ」

「!?」

 

 突然背後から声をかけられ、俺は武器を構えながら振り返る。そこにいたのは死体に腰かけた老人だった。

 確かに愚痴を零す程度には気は抜けていたかもしれない。だが、これほど近くまで生物に接近されて気づけないほど腑抜けていない。

 

「何者だ?」

 

 背後を取っていたのだから攻撃は容易だっただろう。声をかけてきたという事はひとまず危害を加える気はないと思える。だから俺は対話を試みる。

 

「ふむ……」

 

 老人は考え始めた。その間に俺は老人を観察する。忍びの死体に腰かけたままなので直ぐには動けない。武器は死体の頭に立てかけられた刀。そして背中に袋で包まれた何かを背負っている。中身は刀か鉄砲か。

 

「お主、岩屋という名を覚えているか? 飛騨ではそこそこ通っているのだが?」

「さぁ覚えがないな」

 

 どこかで聞いた覚えがあった気がするが、思い出せないなら知らないも同然だ。だからそう答えたが、老人はため息をついた。

 

「傷つくのぉ。ちっぽけでも五十年ほどかけて勢力を築いた名であったのに……まぁ、本来の歴史に無いようなインスタントネームだから無理もないか」

「は? おい、どういう事だ」

「一応、名前は岩屋業木って言うんだよ。馴染みにくかったが東洋の名っぽいだろ?」

 

 両手を上げておどけた調子だが老人の発言は明らかに戦国時代(この時代)に相応しくない。口ぶりも若者が使うような物になってきている。考えられる理由は……。

 

「アンタも未来人なのか!?」

「あ、あ~……」

 

 老人は俺の質問にまた考え始めた。だが、いきなり立ち上がると刀をとり、背中の袋の結び紐を解いた。思わず武器を構えなおす。

 

「考えてみたら自己紹介なんて必要がねえ」

 

 老人は左手で刀を抜刀し告げた。

 

「試験だ。白化(アルベド)として使えるかのな」

 

 

 


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