未来人の選択   作:ホワイト・フラッグ

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43.岐阜の戦い開幕

 寒空で頬や耳を赤くしながらも六千の兵は誰も身を縮こまらせることなく黙々と雪道を歩き続ける。味方の勢力下であれ、これから戦いを仕掛けるのだから緩んでもいられない。中でも先頭集団で馬に揺られる少女は背筋を伸ばし配下に大きな存在感とこれから挑む戦に向けての緊張感を持たせる。

 だがその少女、蜂屋頼隆は戦ではなく昨晩からの晃助の様子を振り返る。

 

(明らかに何かあった)

 

 出陣もあるので早めに起こしに行こうと部屋を訪れると布団を畳んで着替えまで済ませた晃助と鉢合わせた。適度な緊張感が表情(かお)から見て取れたが、悪夢に対しての動揺が一切感じられなかった。声をかけてみると戦のことであまり寝れなかったなどと言っていたが、それでも何かがおかしいと不安を拭いきれない。

 

(バタバタしていたから出陣前に聞けなかったけど、後で話せるかしら)

 

 頼隆は晃助のいる後方へ振り返り思いをはせていると隣の男から声をかけられる。

 

「先鋒が後ろを気にするな。前を見てろ」

 

 隣を見れば千早善国の厳しい目が頼隆を睨む。機内出兵時と違い今の頼隆は晃助の傍にいない。陣立ての都合で善国と共に先鋒を任されたのだ。二人が敵にぶつかると後方の実光と晃助が左右に兵を展開することになっている。

 

「後ろは味方しかおらん。いち早く敵を見つけ攻撃するのが我らの役目だぞ」

「先鋒にあるまじきよそ見だったわね。ごめんなさい」

「行軍中によそ見などと、女の身でも武将を名乗のっておきながら……」

 

 昔から頼隆はこの男が苦手であった。向こうが姫武将を嫌っているのもあるが、実光の元に招かれてからは会うたびに小言や嫌味を言われる。いつもなら一言二言返してやるのだが、今のは自分の失態なので気を引き締め直す。

 

「アイツのことが気になるのか?」

「えっ! ん、んんっ……」

 

 気を改め直そうとしたときに不意を打たれて思わず大きな声を出してしまった。善国だけでなく後ろから付いてくる兵たちも驚いたように頼隆を見たので、慌てて咳ばらいをして何事もなかったように取り繕った。

 

「図星だったとはな。姿勢よく馬を操っていたが、心ここにあらずで後ろを振り返ったのでまさかと思ったが……」

 

 善国は前を見据えながら、隣の頼隆に話しかける。

 

「傍におらんのが不安か?」

「行軍中よ」

「それとも傍にいられないのがか?」

「前を向いて……いるのね」

「なんなら今から戻るか? 俺は一人でも構わんが?」

「それは絶対にないわ。あらかじめ決めた陣立てを崩すと混乱が生じるわ」

 

 本気ではないだろうが冗談にしてはおけないことだったので。頼隆は当たり前な拒否をする。だが善国は変わらず前を向いたままそれを鼻で笑った。

 

「フン、ようやく理屈っぽく話したな。先の二つの問いかけには答えがないのか?」

「……っ」

「たいていお前は俺の言葉に否定をしてくるが、それが思いつかないのではないか?」

 

 善国の嫌味にはいつも訂正部まできっちり説明して否定してきた自分が今は何も言えない。何故か頭にきた頼隆は何かを言い返してやろうとして口を開いたが何も言葉がでてこない。そのことから言われてみればそうなのかもしれないと思えてきた。

 ならばその理由は? 自分と晃助が離れていることに不安を感じるから? 夢の事で悩む彼を一人にしておけないから? 一緒に行動するのが当たり前に思っていたから? 考えれば考えるほどよからぬ話に思えて頼隆は自身の思考に狼狽した。

 

「そ、そんなことは戦の前にする話ではないわ。黙って進みなさい」

 

 頼隆がしぼりだした回答に善国は鼻で笑って返事しそれ以上話しかけてこなくなった。それにより黙々とした行軍が再開され頼隆も腰の刀に意識を向けるなどして頭を冷やしていく。おかしな勘繰りをされたくもなかったが戦という大事の前にこの手の考えを巡らせることが不吉の前兆らしい。言い回しが難しい未来語で教えてくれたのは晃助だが何と言っていたかは思い出せなかった。

 

 

 

 

 

 

「おいお前に貸した金いつ返してくれんだよ。弟からも催促が来てんだよ」

「あ~、この戦で大将首とってその手柄で払ってやるよ」

「はい残念。今回お前らは伝令兵だから直接戦闘に参加しちゃいけません」

 

 晃助は自身もいくらか金を借りている二人組に役割を確認させる。

 

「俺この戦が終わったらあの子に告白するんだ」

「ああ、お清ちゃんなら従兄と祝言挙げるって。ちゃんと祝福してやれよ」

 

 項垂れた騎馬武者の肩を叩きながら晃助は本人が知らなかった最新情報を教えてあげる。

 

「ん? 今何か動いたような……見てくる」

「可愛い野兎だぞ。列を乱すなよ」

 

 異変に気付いた兵に正体を教えてあげて晃助は和む。だが直ぐにため息を吐いた。

 

「お前ら私語多すぎ! しかもなんで死亡フラグばっかり言うの?」

 

 いつも場を引き締める役である頼隆がいないだけで兵の規律が少し緩んでしまっているのは分るが、もう少しまともな会話ができないものだろうか。戦国最強とも呼ばれる武田と戦うのだから竦みあがってもらっては困るが気が抜けすぎているのも当然困る。

 

「ああああ!」

「どうした彦」

「出る前に囲炉裏の火を消し忘れちゃったんですよ」

 

 大したことも無い事で長頼は煩い。

 

「誰かが消してくれるだろうし、そうでなくても勝手に消えるだろ」

「あっ戸棚のお団子も食べて出るの忘れちゃってた」

「帰ってから食えばいいだろ……あ」

 

 晃助は言ってから気が付いて口を塞ぐ。今まで潰して来たのにここで建ててしまった。しかも自分ではなく他人のモノを。これはマズいと思ったが長頼は二ヒヒっと笑う。

 

「そうですね。いつでも食べられますね。あっでも放置しすぎると痛んでしまって……」

 

 何とか自力で回避してくれたが、食べ移りしてしまって忘れないだろうかとか、長持ちする団子が欲しいだとか言うこの娘にはフラグ何てものが関係ないように思えてきた。

 

(けど、なんか智慧がこっち見てるし)

 

 先鋒の中でも姿勢よく馬に揺られる黒髪の少女がこちらに目を向けているのがわかる。すぐに善国と話を始めたが中軍の兵たちがおしゃべりしているのを聞かれたのだろうか。あとで絶対に何か言われるだろうが、この局面を乗り切れたら晃助はいくらでも小言を聞いてやるつもりでいる。

 

 

 

 今から起きる戦いは晃助の知らない合戦でどうなるかわからないから。

 

 

 

 同盟を破棄され浅井が敵に回り朝倉と組んで織田家を打倒する。史実通りなのでソレに晃助は驚きは少ない。比叡山の和睦により場を変えて再戦するのが姉川と予想されるのも史実通りなのでコレも驚きはない。だが、問題は姉川よりも三方ヶ原の戦いが起きそうだということだ。

 

 姉川の戦いにおいて織田軍は十三の陣で備えるも浅井軍に十一段も崩されるという苦戦を強いられた。これをいち早く朝倉軍を蹴散らした徳川軍(松平)が側面から浅井軍を攻撃することで勝利できたが、武田の上洛が始まり松平が動けなくなってしまった。

 織田・松平共に同盟軍をあてにできないだけ苦戦もしくは滅亡すらあり得る状況になっているが、晃助はまだ勝ち目があると賭けている。

 姉川の戦いで活躍する松平(徳川)勢は同時期に起こってしまった三方ヶ原の戦いのせいで動けない。ならばここに代わりの勢力を投入することで史実とのすり合わせができると考えている。

 最もその代わりに相応しいのは姉小路だ。その姉小路も松平と同じく武田の侵攻に直面しているのだがそれは別動隊なのでこれを蹴散らせば姉小路も僅かばかりの援軍を出せるだろう。

 晃助と良晴と同じ未来人と思われる新夜海斗の出鱈目な武力は比叡山で周知だ。おそらく彼の力ならば姉川の戦いを乗り切れるかもしれない。

 

「いや……でも」

 

 自身より数倍の敵を相手と戦い勝利できる人がそういるだろうか?

 千早配下の兵では一人で五人もの敵を倒した者もいる。称賛するには十分すぎるほどの強さだが、子供と言って差し支えない犬千代はそれ以上と戦えるし、良晴が胸を執拗に狙う勝家は単騎で数百の敵に突っ込んで追い掛け回すほどだ。いずれもこの乱世に生まれ鍛えてきた人々だ。

 平和な日本に生まれた若者が彼女たちと同等ないしそれ以上に戦えることがあるだろうか? 聞いた話では清水寺の変事では数千の兵に囲まれていたと言うではないか。才能とはどんなところにあるかは解らないが、才能という言葉や概念で納得しきるのにはあまりにも異常な気がする。彼にももしかしたら自分と同じ何かの力を与えられているのかもしれない。だとしたら……。

 

 

「あの……殿、死亡フラグか解らないので聞いてもらってもいいですか?」

「何だた……ガラシャ」

 

 おどおど広忠が申し出てくる。洗礼名を聞いてからそちらで呼んでやるようにしているが、なかなか慣れない。やはりガラシャ=女性の印象が強すぎて目の前の憎たらしく整った顔をした少年が同じ名前なのが納得いかないところがあるのかもしれない。

 

「実は忠興姫から武田と戦うため京を離れると挨拶しに行ったところ」

 

 懐からお守りを取り出した広忠に晃助は同情的に事実を伝えてやる。

 

「残念だな。お前は今日死ぬかもしれない」

「……笑顔で残念とおっしゃるとは、僕のフラグを折ろうとしてくれているのですね」

 

 涙すら浮かべて感謝する広忠に晃助は己の感情が顔に出ていたことを隠すために目元を拭う。しかし、おかしな物に気づいた。広忠の持つお守りから白い筋がはみ出しており、ただならぬ気が感じられたのだ。

 

「ちょっと見せてくれ」

「どうぞ」

 

 渡されたお守りの筋に触れてみると正体がわかった。人間の髪の毛だ。白く染められたそれは十中八九で忠興の物で間違いないだろう。衝撃的な真実におぞましさを感じたが、明智光秀のエピソードを思い出した。

 晃助や良晴の後輩にあたるが、良晴と祝言がどうとか言ってトチ狂っていたあの子の話だ。その件は調べによると彼女の早とちりであり勘違いで落着した。勘違いの罰で左遷された良晴は哀れだが、戻れば配置は戻されるだろう。

 肝心のエピソードだが史実の明智光秀が浪人していた時期、生活に困窮していたところを彼の妻は自らの髪を売り夫の働きを支えたという。

 妻の名は明智煕子(あけち ひろこ)、旧姓は妻木。目の前の少年(妻木広忠)の娘だ。そしてガラシャは彼の孫にあたる。なんの縁も無かったわけではないようだ。

 

「ちょっと腑に落ちたよ」

「は? なんでしょうか」

 

 何でもないと言いつつ晃助は広忠にお守りを返してやる。それにしてもお守りに籠められた想い(重い)からその効果はあるかもしれない。この場合、広忠は帰っても何かの危険に身を震わす日々を送るかもしれないが、それは本人しだいだ。

 

 

 

 

「そういえば晃助どの」

 

 実光が尋ねる。

 

「道三どのの体調はどうじゃった?」

 

 日に日に弱っていった道三の体調は晃助よりも実光の方がわかっているだろう。それをわざわざ聞くはずがない。ならば昨晩に会った晃助に聞いてくることとは。

 

「恐らくですがこの戦が終わっても長くは……」

 

 武田を相手にどれだけ采配を振れるか、そのことだろう。さらに病身を押して戦う老兵はその戦場で散ろうとするだろう。そうなれば付き従ってきた古参の兵はどうするか。

 

「そうか……付き添ってやりたいところじゃが。それはできん」

 

 以外にも実光は穏やかな表情で後追いの意思を否定する。だが晃助は異様に悪い予感を感じた。そして実光は旧知の仲にして主君と最後を共にできない理由を話そうとする。

 

「まだ娘達の花よ……」

「お待ちください。あなたもですか!」

 

 晃助が止めなければ危うく末端の兵たちのモノよりも遥かに大きい死亡フラグが建設されるところだった。実光の娘はまだまだ若い。時代的にはちょうど年頃ではあるが、どんなに考えても今話すことではない。しかし実光はやや驚いた顔をしたかと思えばニッコリと笑いながら晃助の肩を叩く。

 

「なんと。晃助どのも白無垢(しろむく)姿が見たいか。いや、お主が見せてくれるのか?」

「あぁぁぁ! そしてどうして俺を巻き込んだ! ないから! ねえから! 俺にはそんな予定全然ありませんから!」

 

 『も』という部分を間違って解釈され晃助も『あの子と……』系のフラグに引きずられかけたが、力いっぱいの否定により建設が回避されたと思いたい。でなければ自傷した精神に見合わない。

 

「うぅ……実光どの。未来の格言と言いますか、お約束事についてはお話したことがあったはずですよね。言動には気を付けてください」

「そうは言うがのう」

 

 実光は白髪の混じった頭を掻きながら苦笑いする。

 

「そんなものをいちいち気にしていたら何も話せんし、何もできんではないか。ワシらはいつ死ぬかわからん乱世に生きておるのじゃぞ」

 

 確かにこの世界は殺し合いが日常茶飯事だ。それは晃助が流れ着いたときに闘争剣劇の真っただ中だったことからも当たり前なことなのだろう。

 

「それにしても今は滅んだ岩屋家との戦でお主を拾ってあれから半年かのう」

「確かに長い月日を感じますね。史実的に大きな戦が連続したせいでしょうか」

 

 長良川、桶狭間、美濃攻略、上洛、金ヶ崎、比叡山、ゲームのイベントで出てくるだけでこれほどやったのだ。全く知らない武家ではあるが千早の家に世話になってからそれだけ経っている。

 

 現代と戦国の弓の違いに慣れないながらも的を狙った日々、馬に乗る訓練で何度も落ちて怪我をした日々、剣術を習うために木刀でボコボコにされた日々、書類の計算を間違えては書き直しを要求され逃げ回る日々、町の子供が作った落とし穴に落ちる日々。

 

 ……おかしい。あまりいい思い出が浮かんでこない。とにかくそんな苦行を乗り越えることで身体を鍛え、有名な戦で勝利に僅かでも貢献してきたという歴史好き冥利に尽きる日々を過ごせてきた。

 そして今は姉川と三方ヶ原が同時に起きようとしている。まぁ順当に難易度が上がってきてはいるが二つ同時はさすがにどうなるかわからない。

 

「此度も知っている範疇かの?」

「ギリギリではありますが何とか」

「ならば晃助どのを信じて戦うとしようかの」

 

 喧騒が聞こえてきた前方を見据えて実光がそう呟く。どうやら先鋒が会敵したようだ。

 

「では別れるぞ」

「はい。ご武運を」

 

 手筈通りに晃助は自分の隊を先鋒の左につけ左翼にしようと手を振る。

 

「ん? あれ?」

 

 だが、ここで重大なことに。いや、重大ではないかもしれないが、とにかく気が付いたことがある。戦の前に過去を振り返り別れ際に期待されるとか一番でかいフラグを建てたのはもしかしたら自分ではないだろうか? と言うよりも建てられたのではなかろうか?

 

 

 

 

「なんて巧妙な……!」

 

 頼隆は馬の鬣にしがみつくように伏せて飛来する矢をやり過ごす。武田と会敵したのはあっという間だった。物見らしき一隊を見つけ攻撃を仕掛けたところ、周辺の雪濠や倒木から矢が射かけられたのだ。数は少ないようだが奇襲にあい先頭の兵が混乱した。

 

「狼狽えるな! こちらも矢を放て!」

 

 善国が先頭まで出張って兵を鼓舞している。

 夏ならば緑がうっそうと茂っており敵の位置が分からなかったかもしれないが辺りは雪で白く彩られている。雪を被って伏せていれば具足の黒や赤の色は隠せたかも知れないが、矢を放つために一度立ち上がってしまえばもう隠れることはできない。

 奇襲を仕掛けてきた武田の兵は何人か倒れたが、大半は逃げていく。おそらく一矢放ったら逃げるように指示されていたのだろう。逃げる先には武田の別動隊の本体らしき集団がやってくる。

 

「来おったな。負傷兵は下がれ。陣を構えよ」

 

 声を張り上げる善国を補佐すべく頼隆はすぐに負傷兵を選り分けて後方へ送る。

 

「鉄砲隊! 狙え!」

 

 善国の指導で盾が並べられ、弓兵が整列し、鉄砲隊がこちらに駆けてくる武田兵を狙っている。陣形はこちらが速く形成できた。あとは鉄砲で出鼻を挫き、弓矢で混乱させて突撃すればこちらの優勢だ。

 しかし善国が号令しようとしたときに乾いた音が響いた。

 

「きゃっ!?」

 

 先ほど伏兵がいた場所から鉄砲が撃ちかけられたのだ。盾は全て正面を向いているので側面からの攻撃には遮蔽物として機能しなかった。しかも運が悪いことに標的にされたのは指揮官である頼隆だった。彼女は鉄砲の音に驚いて嘶いた馬に振り落とされる。

 

「生きておるか!?」

 

 前列に居たために射撃から逃れられた善国は頼隆の無事を確かめると、前方の敵に鉄砲を撃たせて牽制する。

 

「……っ大丈夫よ。弓兵の一隊は応射して! 盾を少し左に!」

 

 頼隆も落馬から立ち上がると興奮した馬を配下の姫武者に宥めさせながら。また狙われないように傍にいた弓兵達に指示するが、弓兵は矢をつがえたまま辺りを見回している。

 

「え? どこに?」

 

 頼隆も探すが見当たらない。そうしている間に今度は馬が倒れた。銃声は無かった。

 

「大丈夫?」

「ごめんなさい。あ、援軍が来たみたいよ」

 

 頼隆が馬の下敷きになった姫武者を助けてやると彼女は後方を指さして喜色を浮かべた。右翼に実光の部隊が、左翼に晃助の部隊が展開され、先鋒の直後には善元の本隊が付いた。

 

「何を怖気づいておるか善国ッ!」

 

 戦況を確認するや頬に傷を持つ猛将は声を張り上げた。少数の小細工により先頭集団を混乱させられ後からやって来た敵に布陣を許した失態を見るや息子を叱責する形で兵に激を送ったのだ。

 

「申し訳ありません! 貴様らやられっぱなしでいられんぞ!」

 

 大将である父の声に振るった善国は鉄砲と弓を斉射させながら兵の動揺を鎮めていく。突撃を仕掛けないのは敵に斜面の上を取られているからだ。登る兵よりも降る兵の突撃の方が勢いがある。ここはしばらく矢合戦で削り合うべきと善国は判断した。

 

「右翼、左翼前進!」

 

 地の利を取られたうえでの矢合戦なので味方が押されると判断した善元は武田の側面を攻撃すべく実光に前進を命じた。同時に晃助は奇襲をしかけてきた敵を探し始める。

 

「我ながら不気味な変化だな」

 

 駆けつける最中に頼隆が落馬するところ、そしてその馬が倒れたところが見えた。離れているにも関わらず彼女の無事と同時に呻く馬の首筋に矢が刺さっていることに気づいたのだ。体の動きに続いて視力の向上とは嬉しいことだが、文字通りに見えている世界が変わったことから異物感を感じてしまう。

 ともかく再装填に時間がかかり黒金色で目立つ鉄砲は置き捨てにされているようだ。そして刺さっている矢の大きさから敵は短弓を使って攻撃してきているようだ。

 

「ガラシャ、お前に左翼を任せる」

「え? 殿はどうするのですか!?」

 

 頼隆に代わり今回の副官に選んだ広忠が慌てて晃助が放り投げた采配を拾う。

 

「隠れている敵が邪魔だから片付けてくる。彦、ついて来い」

「はい!」

 

 それならば自分がっ。とか言う広忠を置いて晃助は馬から降りる。広忠なら左翼を抜かれないように堅実に戦うことならギリギリ任せられる。

 ヤバそうになったら頼隆が助けてくれるだろう。そう本人へ伝令も了承も取らずに勝手に期待して晃助は長頼を始めとした数隊を連れて駆けだす。

 自ら動いたのは他の者に任せれば時間がかかる、もしくは更なる被害を受ける恐れがあったからだ。不気味な力でも多くの味方を助けられるならば、存分に使っていくべきだ。

 これまで軍が通って来た道は雪が踏みしめられ、泥が捲られ跳ねているので茶色い道が出来上がっている。だがそれ以外のところは雪が積もって真っ白な景色だ。隠れる恰好はおのずと決まる。

 

「見つけた」

 

 死に装束とも言えるくらい真っ白な恰好をした敵兵を見つける。髪を大きな白い頭巾で覆い、露出した肌には白粉を塗って徹底的に雪景色に溶け込もうとしている。そいつらは味方の陣に短弓を向けている。ご丁寧に弓も白く塗ってある。

 

「あそこと、あそこ。あの木陰にもいるぞ!」

「ほんとだ。行きます!」

 

 指示すると長頼を先頭に連れてきた兵たちが猟兵の如く敵に襲い掛かる。敵は抵抗しようにも隠密のために少数で動いていたので囲まれてしまい白い服を赤く染めていった。

 

「解るんだよ」

 

 長頼の背後、といっても伏せて死体に偽装していた敵を晃助は盆の窪に暗器を突っ込み彼の演技を完璧にしてやる。そして殺した瞬間に刃を伝ってドロリとした何かが自身の中心に滑らかに溶けて行ったのを感じる。おそらく魂、霊力とやらなのだろう。自覚しただけで殺した感触がこんなにも変わると思わなかった。

 逃げた者もいたが、あらかた片付いたので深追いさせず晃助は配下を集めて倒した敵を仰向けにひっくり返した。

 

「この通りとことん白くして雪景色に偽装している。身を低くしながら動き回られたら見つけにくい。そのくせに少ない人数で味方に恐怖を与えてくる」

 

 事実先ほど先鋒の指揮をしている頼隆が狙撃されている。運が良く彼女は助かったがもし討たれていたら、先ほど以上の混乱が生じ、それを収集することも難しかっただろう。配下の顔色が悪くなっていくが、長頼の顔は少し赤くなっている。友人でもある頼隆が狙われて怒っているのだろう。

 

「まだ、潜んでいるだろうがお前らは二手に分かれて敵の右翼側に進軍しろ。だが目的は敵陣ではなく味方にちょっかいをかけてくるコイツらの撃退だ」

 

 本陣から指示を受けているだろうから、その方向に向かえばおそらく敵はいる。だが深入りしてこんな少数で本陣に鉢合わせたりしないように釘をさす。

 

「二手に分かれても私は見つけられる気がしません」

 

 長頼が自身なさげに申告してくるが晃助は首を振る。

 

「見つけられたらそれに越したことはないが、お前たちは周囲を警戒しながら進めばいい」

 

 意味が解らないと全員が首をかしげるが晃助は自身の白装束のフードを被り左腕を隠すようにしてあったマントを外して捨てる。

 

「俺が狩っていくから」

 

 緋々色金や霊を知っていくだけで殺した時の感触が変わった。どこに敵がいるか、どうすれば敵に近づけるか、どこを刺せば刃が通りやすく一撃で殺せるか。

 

 端的に言って前より断然殺しやすくなった。

 


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