未来人の選択   作:ホワイト・フラッグ

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四章入ります。


四章 廻る色
33.眠るカラス


清水寺の変事からしばらくたった。

 

織田信奈に降伏した松永久秀は助命され大和(奈良県)一国を安堵された。古いしきたりなど無くせばいいという[破壊者]な部分で馬が合ったようだ。しかし、久秀は降伏の証として[九十九髪茄子]を献上。天下三茄子の一つにして銭二万貫を積んでも手に入らないとされる大名物は確かな証になった。

 

ルイズ・フロイスは京でのキリスト教、布教を許された。本来は神事を司る御所の許可がいるのだが、「八百万(やおよろず)の神を奉る卑弥呼さまが今さら南蛮の神が増えたところで反対しない」と一蹴。

 

そして卑弥呼さまに参内した。無位無官の者が参内することはできないので、新たに官位を得た。

 

織田信奈:正四位下・弾正大弼

 

明智光秀:日向守

 

相良良晴:筑前守

 

無事に今川義元に将軍宣下が行われ、新たに建て直した二条城にて今川幕府を発足した。堺の会合衆から十二万貫を調達したが卑弥呼さまは二万貫を受け取り、残り十万貫を織田家に返した。

 

この軍資金の使い方や今後の織田家の行動に釘を刺そうとした関白:近衛前久であったが、細川藤孝に取りなされて暫く織田家の行動を静観する事にした。

 

諸国の大名から、今川幕府への祝賀の使者が次々と訪れたが、越前朝倉家、並びに若狭武田家は使者を送って来なかった。織田家はまず若狭攻めをすると方針を決めた。

 

皆はそれぞれで若狭攻めの準備を整えながら、英気を養っていた。

 

 

 

「うりゃー! もっと腰を入れて槍を振らんかー!」

 

柴田勝家と前田犬千代は兵の教練にあたっていた。

勝家は清水寺の変事に間に合わなかった事を悔いており、若狭攻めで自らの失態を拭おうと躍起になっている。だが、彼女の教練はその分厳しくなっており兵はすぐにバテていた。それを見ていた犬千代は告げる。

 

「……槍を振るたびに勝家の胸が揺れる。むかつく」

「お犬! お前はいっつもそれだな!?」

 

兵の消耗など関係なく。共通箇所にして意味が正反対なコンプレックスを巡って喧嘩し始めた。

 

 

 

「兵糧が揃いましたです」

「輸送部隊の編成表をまだ提出できていない者がいますね。四十点。そちらの手伝いに回りましょう」

 

明智光秀と丹羽長秀は兵站を整えていた。

今回、光秀は浪人時代に朝倉家の食客をしていたことを買われ、道案内を担当することになっている。長秀は勝家同様に清水の事を悔いていたが、それに囚われずに自分にできることを堅実にこなしていた。

 

「待ってくださいです。もう昼です」

「あら、そうですね。ではその前に昼餉にしましょう」

 

時間を忘れるほどの作業がまだあったが、二人は今日初めての休憩の為に食事場に向かった。

 

 

 

「京の南蛮寺も大分出来てきましたね」

「ヒロタダさん。タダオキちゃんも来てくれたんですね」

 

妻木広忠、細川忠興の二人は割り当てられた仕事をこなしてから京に建設中の南蛮寺を見学しにフロイスの元を訪れていた。

 

「フロイス! 南蛮のびぃすとの話を、わが同胞の話を聞かせよ」

「その話が終わってからでいいのでキリスト教の教えをお願いします」

「た、珠之介も、我と同じく[あんち・くらいすと]にならんか?」

「いえ、私は普通のキリスト教に興味を持ったのでご遠慮します」

 

広忠は最近、聖書の写本を入手して読むなど南蛮の話に興味を持ち始めた。それに付いてくるような形でいつも忠興は広忠に声をかけている。

 

「ヒロタダさんは洗礼を受けるのですか?」

「それは……まだ決めかねております。どちらにしろ殿のような慧眼(けいがん)を得るには異文化・異宗教への理解が必要と考えるようになりまして」

「ならば、なおのことじゃ! 我のことを、り、理解して……くれんのかの……」

「忠興姫の話は聞いていると頭が痛くなってくるので、三刻(六時間)ごとの休憩を挟むならいいですよ」

 

忠興の厨二病トークは「日の光に嫌われたのではない。我が必要としないのだ!」とか、「夜になると無敵になるのだ!」など、終始ハイテンションで語り続けるので聞いている者は疲れるのだ。

 

実際、彼女の父親:細川藤孝は屋敷でそんな話をずっと聞かされたせいか心労で年の割に頭に白モノが目立つ。それをこの姫は「父上もわが眷属なのだから当たり前だ!」と言う始末だ。

 

「むぅ……それでは一日に四回だが我の話を聞いてくれるのじゃな。よし!」

「ちょっと待ってください。一日を全て計算に入れましたよね!? もしかしてずっと付きまとう気ですか!?」

「そうだぞ、夜もずっと一緒に……」

「まぁ、仲がよろしいのですね」

「フロイスさま! ここは止めるところです!」

 

いつもクールな広忠が珍しく狼狽した。

 

 

 

「海斗どの、危ないですよ」

「…………」

「まだいじけているの?」

「ちげぇよ」

 

姉小路軍の幕舎では新夜海斗が屋根の上で寝転がっていた。若狭攻めに合わせて織田家の同盟者、松平家と姉小路家にも援軍要請があって姉小路頼綱と金森長近が兵を率いて上洛し、京に残っていた海斗と合流したのだが、ずっとこの調子なのだ。

 

「確かに若狭武田も越前朝倉も時流のわからぬ時代遅れな者達ですが、そういう者達を……」

「違うわよ捌。まぁそれもあるんだろうけど、海斗が今気にしているのはカラスさんのことよ」

「だから、ちげぇって!」

「そうやって即答するのがもう証拠よ」

「俺は……チッ」

 

何か言いかける海斗だったが、ニコニコ笑う頼綱の顔を見て舌打ちすると、屋根から飛び降りて早足でどこかへ行ってしまった。

 

「カラスさんですか……?」

「海斗は戦の事もそうだけど。カラスさんの事を何というか……苦手みたいだったからね。けど、ほっとけないみたいなのよ」

「もしかして見舞いに行ったのですか!?」

「そうみたい。けど追い払われたみたいで、いじけているのよ」

 

長近は遠ざかる海斗の背中を意外そうな顔で見ていたが、直ぐに真顔に切り替えて頼綱に伺う。

 

「私も来てしまって本当によろしかったのですか?」

「大丈夫よ。我が家には他にも人がいるでしょう?」

「そうですが……江馬どのが気がかりです」

 

今回、江馬輝盛は病気で参戦できないと書状を出してきたので、此処にはいない。代わりにもし武田が飛騨に迫ったら病身を押して戦うと明言しているので置いてきた。

 

「疑いすぎよ捌。あの人は姉小路家(わたし)に降ったのだから信じないと」

「そうですね。業兼どのが残っていますから大丈夫でしょう」

 

留守居として下田業兼と鍋山顕綱が残っているので怪しい動きがあっても大丈夫だろう。長近はそう自分を納得させた。

 

 

 

「兄さま! アレを買ってほしいですぞ!」

「はいはい。全く俺は遊びで歩いている訳じゃないんだがな……」

 

相良良晴は信奈にお目付け役として連れてこられた、義妹のねねが随伴だが、京の町の警備をしていた。

 

「それにしても、晃助どのが心配ですな」

「ああ。一度会に行ったけどまだ寝たきりだからな」

「半兵衛さまも清水寺で力を使いすぎて弱ってしまいました」

「そうだな。あの日は皆頑張ったからな」

 

清水寺の変事で半兵衛は式神で久秀と戦い。晃助は体を張って敵の兵を引きつけた。良晴は清水寺で槍を取って戦ったが、フロイス・高山ドン・ジュストの助けがなかったらあの場で信奈が殺されていた。信奈本人の意思を尊重するのは勿論だが、あの時は信奈をぶん殴ってでも援軍に行かせるべきじゃなかったかもしれない。結果的には何とかなったが、自分があの時すべきことは結局あれで良かったのだろうか。

 

「ま、終わったことを言ってもしょうがない。あいつの分まで頑張ろう」

「ならば女遊びは厳禁ですぞ!」

「うえぇぇ~」

 

彼が女性と遊べる日はまだ遠そうだ。

 

 

 

 

 

 

千早家宿舎――――――

 

 

 

 

 

 

蜂屋頼隆は紙に字を書いていた。

 

「……あ……もう……」

 

書き間違いをしてしまい。失敗した紙を丸めて傍らの仕損じ紙入れ(ゴミ箱)に入れる。だが、クズ紙は畳の上に落ちた。中身がいっぱいでもう入らないのだ。

 

「智慧、一度休んだらどうですか? そんな調子じゃ終わらないですよ」

 

原長頼は替えの仕損じ紙入れを持ってきて、頼隆に声をかける。

 

「なら変わってくれますか?」

「あう~。でも、休みを入れるのは大事ですよ」

「冗談よ。それに仕事じゃなくて趣味の歌ですから」

 

今回の若狭侵攻に千早家は参加しない。千早家は京周辺の警備をしながら予備戦力として待機することになっている。その分、書類仕事は少なく午前中に終わった。

 

「まだ、晃助さまのことを気に病んでいるのですか?」

「違う……そう言いたいけど、この様じゃ説得力無いわね」

 

頼隆は筆を片付けると後ろに倒れ込む。彼女にしては珍しくだらしない格好だ。

 

「目の前で撃たれたのよ。それも家臣の私を庇って」

 

一応、頼隆は蜂屋家を継いでいるが、長良川の動乱で弱体化しているので千早家の傘下だ。お互いに千早実光の養子ではあるが、家中の格としては晃助の方が上だ。

頼隆は目元を覆うように腕をかざす。

 

「忘れられないの。あの時を……後悔しているのよ。あの瞬間に私は彼を押し倒して盾になるべきだった……けど、短筒に驚いて体が動かなかったのよぉ…………それを……彼は。……ねぇ、家臣失格? あの人を守れず、逆に守られた……私は……」

 

声を震わせてそんな事聞く頼隆の隣に長頼は同じようにゴロリと横になる。

 

「どうでしょうね。あの時すっごく急いでいていたんですけど、智慧が晃助さまと一緒に行ったから、じゃあ任せていいかと思って殿(しんがり)をしたんです」

 

長頼は袖をまくって腕に巻かれた包帯を露わにする。松永勢と波多野勢を乱戦させることで千早勢が脱出する隙を作ったが、追撃の兵がそれでもいた。長頼は僅かな仲間と共に最後尾で追っ手を打ち倒しながら逃げた。

 

「死に物狂いで京に戻って、晃助さまに褒めてもらおうと探したら血の気の無い顔してたんですよ。確かに怒りが湧きましたね。だから叩きました」

「…………」

 

あの時は、腕が痛むのも忘れて頼隆の頬を平手で叩いた。

胸倉を掴み上げて「どうして守れなかった!?」そう怒鳴りつけた。周りの兵が自分を引き離すまでそうやって頼隆を責めていたことを今では長頼も反省している。

 

「ねぇ智慧? あなたは晃助さまが起きたら何て言う?」

「え……?」

 

とても穏やかな声で長頼は問いかけた。

 

「……『ごめんなさい』そう言うわ。だって私が守らなくちゃならなかったのに……」

「智慧にしては珍しく頭が悪い答えですね」

 

長頼は頼隆の答えを心底馬鹿にするように笑った。侮蔑が多分に含んだ楽しそうな笑いだった。

 

 

ああ、この子わかってないや。

 

普段いろんな事柄で自分より正しい答えを出し。周囲にそれが認めれているこの子が、自分が気づけている事に気付いていない。

 

自分が珍しくこの子に勝てた。

 

けれど同時に本人がその意味を理解していないことが腹立たしい。

 

 

「なぜ晃助さまが智慧を庇ったか考えましたか?」

 

暫く待ったが頼隆は答えを言えなかった。

 

「智慧を突き飛ばせたなら、自分が避けることだってできたはずなんです。けど、晃助さまはソレをせずに左手を突き出したんです」

 

咄嗟にそんな行動ができたなら、自分が助かる行動ができたはずだ。

 

ならばその左手は何のために?

 

「智慧を助けるためでしょう? 主君に庇ってもらうなんて家臣失格かもしれませんけど、大事なのは起きた晃助さまに何て言うかです。『ごめんなさい』は相応しくないです」

 

男が命がけで助けた女にかけて欲しい言葉は謝罪なんかじゃないハズだ。庇護した存在が自分を責めては相手の男は弱ってしまう。あの時、暗殺者が言った思惑通りになったが、晃助は『男を魅せた』のだ。ならば女はその行動に見合うようにしてやるものじゃないか。

 

頼隆は答えをおずおず出した。

 

「……『ありがとう』そう言うべきかしら……?」

「そうですよ。家臣も主君も関係なく助けられたらお礼を言うものです」

 

やっとわかったか。そんな事を言いたげに長頼は笑った。

 

自分を責め続けてはいけない。

人はいつも誰かを支え・支えられて生きている。自分にできない事を他人に頼るのは当たり前で、農民は算盤を弾けず、商人は戦ができない。武士は畑を耕さない。けれど食料を生産し、物資を流通させ、彼らの土地を守る。そうやって助け合っているのに会話が「申し訳ない」ばっかりだと(みな)、気がめいる。だから、お礼の言葉ができたのではないか?

 

貴方のおかげで助かっている感謝している。言われた人はその言葉を励みにまた明日も頑張れるから。

 

「だからいつまでもしょげてちゃ駄目です。晃助さまが守った意味がなくなります」

「…………そうね。あの寝坊助が起きるまでに持ち直すわ」

 

頼隆は袖で顔を拭って起き上がる。

 

「願掛けでもしてみますか? 珠之介は南蛮の神に祈っているそうですよ。『もし、主君を助けてくれるなら貴方を信じます』って」

「それで、十字架を下げないのに南蛮時に行くのね」

 

 

 

そこへ少し顔色が悪い櫻井文がななを連れて部屋に入ってくる。

 

「お話を宜しいでしょうか?」

「よろしいかー?」

 

ななが櫻井の問いかけを真似ながら頼隆に駆け寄る。ななは晃助が負傷した事を聞くと、実光の許可を得て急いで京に来たのだ。着いたときは暫く泣き叫んだが、今では落ち着いている。頼隆は小さな義妹を抱きしめながら、こんな小さな子からも見習うことがある事を苦笑いした。

 

「いいわよ」

「内容は他でもありません。晃助さまの容体です。ご存じのとおり、手当は間に合いましたが意識が戻りません」

 

晃助の銃創は南蛮医学を修めた曲直瀬道三(まなせ どうさん)、洗礼名:ベルショールが手術することで弾丸を摘出することに成功。しかし、意識が戻らず、かといって衰弱も緩やかな不思議な状態が続いていた。

 

櫻井は懐から薬紙を取り出した。

 

「そこで松永久秀どのから夢に干渉する薬を頂きました。深く自分の奥底に眠りついた人を起こせるかもしれないと言われ、お願いして手に入れました」

「で、でも。あの松永久秀の薬ですよ! それを晃助さまに飲ませる気ですか!?」

 

松永久秀は居城の多聞山(たもんやま)城で波斯(ペルシャ)伝来の薬草を栽培し秘薬を調合している。だが、数々の者達を毒殺してきた久秀の薬だ。長頼は信用できず猛烈に反対する。

 

「しかし、このままの状態が続けばいずれ死んでしまいます。それを何もせずに指を咥えて待つのですか?」

 

薬湯を少しずつ飲ませてはいるが、晃助が徐々に衰弱していっているのは確かなのだ。

 

「それに松永久秀は信奈さまに降伏する際に『織田家の家臣に一服盛る事はしない』と誓っております。もし薬の効果で晃助さまが死んでしまったら、私が何を引き換えにしてもあの女を殺します」

 

櫻井はそう言って長頼を睨みつけて黙らせる。彼女の目は本気だった。そしてその眼を頼隆とななに向けると問う。

 

「そこで本来ならば実光さまの了承が必要かと思いましたが、時間がないので一門のお二人に尋ねます。この薬を晃助さまに服用させるかどうかです。あなたたちが決めて下さい」

「「 ………… 」」

 

頼隆は悩んだ。薬は毒でもある。痛みを無くす薬は感覚を無くすことで痛みを無くすのだ。飲み過ぎると痛覚だけでなく他の感覚、最悪の場合は意識を無くすことがある。いくら信奈の約束があっても久秀は晃助に翻弄されたのだ。薬が効かずに本人の気力が続かなかったから死んだということにすれば誤魔化せる。この機に仕返しを考えていてもおかしくはない。

だが。

 

「飲ませましょう。それに可能性があるなら」

「それで兄さまが助かるかもしれないなら」

 

二人の考えは同じだった。衰弱していく人が目を覚ますことは望みが薄い。自分たちは何もできないなら、このちっぽけな薬に賭けてみよう。特に子供のななは頼隆より強くそう思っているだろう。

 

「ならば、早速。煮込む際に強烈な臭気が出るらしいので、皆様はお待ち下さい」

 

そう言い残すと櫻井は部屋を出て行った。

 

 

 

「大丈夫ですか櫻井どの」

「ええ、少し目眩がしますが、大丈夫です」

 

晃助の寝所には溝口定勝が控えていた。相変わらず顔を編み笠で隙なく隠している。

眠る晃助は定勝が身の回りの世話をしているので身綺麗ではあるが、全体的に少し痩せ、寝息も弱弱しい。食事をろくにとれず、薬湯と粥を少しずつ流し込むしか栄養が取れないので仕方がなかった。

 

「しかし、無茶をしますね。松永久秀から秘薬を貰うために薬の実験体を担うなんて……」

 

体の傷を治せた曲直瀬でも意識を起こすことはできず、櫻井は晃助を呼び覚ます為に僅かな希望にすがって松永久秀を訪ねた。そこで出された交換条件が薬の実験だ。櫻井は織田の家臣ではなく晃助が雇っている忍びだ。もし久秀が櫻井を飲ませた薬で死なせても信奈との約束は破ったことにならなかった。

 

「まぁ、可笑しな薬だったわね……」

 

定勝はその場に立ち会っていたのだが、恐ろしかった。

櫻井は交換条件に更に条件を付けてお互いに同じ薬を飲もうと提案したのだ。久秀は了承して二人は薬を飲んだのだが。

 

「信奈さま。こちらのキノコ鍋もどうぞ、アハッ、アハハハハハハ!」

「フフッ、私達は屑よ! アハハハハ! フフフッ! ハハハハッ!」

 

といった風に二人はゲタゲタ笑い出したのだ。暫く幻覚を見た後に正気に戻ったが、櫻井の言葉は心当たりがあった。

 

「晃助さまのお力の為とはいえ。罪のない若い娘を贄にしたのよ。あの薬で死んでも文句を言えないわ」

「そうはいきませんよ。あなたはまだこの方の為に働かなければならない」

「当り前よ。まだ、勤めを果たしていないもの」

 

櫻井は薬を煮込み始めた。その間に定勝は桐の箱を眠る晃助の傍らに置く。

 

「本当にこの二つで起きますかね?」

「薬は保険です。肝心なのはその金属です」

 

薬の準備ができ椀に注ぐ。

 

「兄上が言うには黒犬が使っている槍よりも純度が高いらしいので、沈んでいる晃助さまの魂を汲み上げてくれるはずです」

「後はこの方の気力次第ですか……」

 

二人は力の入っていない晃助の体を抱えると、カサカサに乾いた唇に椀の淵を当て、ゆっくり薬を流し込んだ。

 

 

 

 

 

 




どちらかと言えばシリアスな回だよな……。

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