未来人の選択   作:ホワイト・フラッグ

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三十六ある兵法の一つ。


32.兵法第三計

「京に二百の兵を置いてきたのはちょっと痛かったかな?」

 

晃助はたった二百の軍勢を丹波山中に入れながらぼやく。遥か先だが松永勢が迫ってきているのだ。その数およそ――。

 

「ざっと見て三千……か、あんま変わんないか……」

 

追っ手の松永勢が想定より少ない。それでも二百の兵を踏み潰すのには十分だ。ならば二百の兵がいても変わりはしない。

 

「こ、晃助さん! 本当に何とかなるのですね!? わらわの乗る輿が揺れて不快なのですが!? あっ痛!?」

 

山道を歩いているのだから、道が悪く担ぎ手が輿を水平にするのに苦労するのは当たり前だ。敵がすぐ傍にいるというのにこのお飾り将軍候補は相変わらずうるさい。

 

「しっかり掴まって口を閉じていて下さい。振り落されて舌を噛みますよ」

「……もっと早く言って……」

 

涙目で口元を抑えているが、もう無視だ。敵が山に入ってくる。

 

「矢・礫を放て! 絶対に刀を交えるな! 奥へ走れ!」

 

晃助の号令の元で兵が弓を引き絞り、足元の石を拾って敵に投げる。接敵したら直ぐに全滅する。今は全力で山の奥に向かうのみ。晃助がこの山に入った理由はいくつかある。まず、兵力差が甚だしいので、平地でぶつかれば一巻の終わりである。山地なら木という盾があり、斜面の高所を取れる。数の不利は地形で補うしかないのだ。時に千早勢は美濃動乱、六角戦で森や林といった木を盾にした戦いの練度がある。彼らの得意とするフィールドでもあるのだ。

問題は斜面を登らなければならないので移動速度が落ちるのが、懸念される。更に今川義元を乗せた輿を護衛しなければならないので、歩足は更に落ちる。

 

「急げ! 急げ!」

 

晃助も自ら弓をとり、矢を射かけていく。一人殺そうが二人殺そうが足りない。次から次へと松永勢は味方の死を物ともせず、山を登り、千早勢――今川義元――を目指して迫る。

 

「殿、追い付かれます! ワシの組が時間を稼ぎますぞ!」

「おい!? 待て!」

 

「「「 行くぞーー!! 」」」

 

壮年の組頭が先頭になり斜面を駆け降りる。十人程の彼の部下が後に続く。決死な彼らの奮闘は松永勢を足止めした――――が。

 

「どけ! 今川義元の身柄は俺達のモンだ!」

「老いぼれがッ! 邪魔してんじゃねえ!」

 

「ぐぅ……」

「組頭!? ギャアアア!」

 

数の差はいかんともしがたい。たちまち囲まれ、彼らの首が討ち捨てられる。

 

「ッ! ……登れ! 進め!」

 

晃助の放てる矢は一度に一本だけ、その一本では囲まれる部下たちの背後を守り切ることができない。この戦で少なくない数の部下を死なせることは元から覚悟はしていたが、目の前でああも呆気なく死んでいくのは心にクル物がある。彼らの笑顔も、嫁ができないと酒に酔いながら泣きついてくる姿も、もう見ることは叶わないのだから。

 

今は僅かな希望に向けて全力で走るだけ。この絶望的な戦力差を生き抜く為に命を賭けるしかない。

 

「うわぁ!?」

「きゃあ!?」

 

足元の悪い斜面を走っていたのだ。輿の担ぎ手が、つまずいて輿を反してしまった。義元が輿から放り出されて倒れる。義元の姿を認めると松永勢は色めき立つ。

 

「見つけたぜ手柄首!」

「直ぐ殺すなよ。その前に楽しむんだからな!」

「俺が先だ!」

「誰が先だろうが構わねえよ。どうせ全員で回すんだ!」

 

「チッ! 直ぐに立て! 動け!」

 

松永勢に今川義元を堕とさせるわけにはいかない。晃助は直ぐに矢を放つが――。

 

「マジかよ!?」

「大将首もらい!」

 

弓の弦が切れた。状態を見て時折変えていたが、ここにきて限界が来た。無用の長物となった弓を捨てて腰の刀を抜く。松永兵が晃助に飛び掛かってくるが、斜面の上をとっているので敵の足は鈍い。晃助は一瞬屈み、一握りの土を掴む。

 

「寄んじゃねぇ!」

「ブブッ、て……め……!?」

 

土塊を松永兵の顔面にぶつけて、視界を潰し隙を作って切り捨てる。こんな手が何度も使えるわけがない。二人三人と仕掛けてくる。囲まれないように木を盾にしたり配下と協力して立ち回る。これでは乱戦に入ったと言える。再び輿を持ち上げて逃げることが難しくなる。

 

「殿! がっ……は……!」

「おい! しっかりしろ!」

 

いつの間にか背後を松永兵にとられていたのを配下が庇ってくれた。せめて一殺とその配下は後ろの敵と刺し違えて果てた。

 

「しゃあ! 観念しろ!」

「大将首だ! 恩賞は俺の物だ!」

「全員で刺せば全員の恩賞だ! それでいいだろ!」

 

「クソが! テメェらには高い首だぞ!」

 

背中を守ってくれる者がいなくなり晃助はじりじりと輪を狭められる。遠くから他の配下たちの声が聞こえるが、彼らも松永勢に包囲されている。晃助と違い一塊になって背中を守り合って集団戦に対応しているが、助けに来れそうにない。

 

左後方から白刃が振り下される。晃助は気付くことができたが、防御が間に合わない――。

 

剣閃が二つ。

 

 

「…………は?」

 

「「「 は? 」」」

 

晃助に切りかかった松永兵は目の前の光景と自分の体に起きたことがわからないでいた。それは他の松永兵も同じだった。彼が切られたことを除いて。

 

「……」

 

そこには十二単衣を着た女が血に濡れた刀を持って立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

清水寺――――

 

 

 

虚空に二種類の異形がぶつかり合っていた。松永久秀の傀儡と、竹中半兵衛の式神だ。半兵衛が燃える本堂の火を消火しようと式神を繰り出し、その妖力で水を吹きださせたのだが、久秀がそれを妨害しているのだ。

 

「まさか傀儡使いと陰陽師が技を競い合う日がくるなんて思いもしませんでした」

「けほ、けほ……」

 

半兵衛は久秀の扱う術の理がわからず劣勢だった。そこに生来の虚弱体質が祟り気を弱めていた。

 

「もう、終わりなのかしら。だったら、皆殺しにしちゃいましょう」

 

稀代の術師と戦えることに喜びを感じていたのに期待外れだと、落胆し久秀は配下を繰り出し信奈主従に最後の止めを刺しにかかる。

 

「ちくしょおおお、ゲームじゃ清水寺なんかで終わんねえのにー!」

「あきらめてはだめです! 相良先輩!」

「あ~れ~。狼藉者が……お助けになって、犬千代さんっ!」

「……義元も、弓を使う」

「犬千代さん? わたくし弓が使えませんの。今までこき使っていた元康さんが全部やってくれましたから!」

 

追いつめられた光秀と良晴が後退して、犬千代・義元の元に合流する。光秀は未だに演技を続ける義元の胸倉を掴んで脅す。

 

「何やってやがるです。本物が逃げたことがばれちまった以上は影武者がいくら騒いでいようが無駄です。わかったらお前もとっとと戦いやがれです」

「光秀さんが乱暴に~良晴さん助けて~」

「まるで本物みたいな反応だな」

 

良晴が自身の槍で松永勢の槍を弾きながら、そう答えると義元は声高に非難する。

 

「あら、良晴さん? この、い・ま・が・わ・義元ほどの美女が天下に二人とおりますか? 貴方は天下一の女好きを自称しながら見る目がないのですね」

「なんだと!? 影武者のくせに……あれ?」

 

そこで良晴は気付いた。白刃が振り回されるこの鉄火場で武器も持たないのにこれ程、肝が据わった振る舞いができる女がいるか? 影武者といえど自身が死にかけるこの状況で演技が続けられるか?

まさか――――。

 

「本物の今川義元か!?」

「ありえないです! だって千早先輩が……!」

「可笑しなことをおっしゃいますわね光秀さん? あなたは今まで誰を守っていたのです?」

 

この振る舞いは本物の義元だ。ならば晃助が連れて行ったのは?

 

 

 

 

 

 

「十二単衣って動きにくいわね。あーもう! この龍の髪飾り邪魔! 重いし」

 

丹波山中で晃助と背中を合わせる女が口を開く。手足を不自由そうに動かし、頭に乗った銅製の龍に金箔を貼った髪飾りを捨てる。その際に、()がずり落ちて腰まであった長いソレが肩までの短さになった。

 

 

「ばれちゃったぞ智慧(●●)

「じゃあ死んでもよかったの?」

 

丹波山中で十二単衣を着ていたのは蜂屋頼隆だった。そう、こちらが影武者だったのだ。

 

「そんな……恩賞首の価値が下がった」

「構うことはねえ! 殺しちまえ!」

 

「ずいぶん楽しそうにッ、義元を演じていたじゃないか? もしかして憧れてッ、いたのか?」

「まぁねッ。誰かさんがロクに処理ッ、しない書類仕事がなければ、ああやってッ、風流に生きたいとも思っていたわよッ!」

 

二人は背中合わせで戦いながら会話する。けして余裕ではない。周りには未だに松永兵がいるのだから。

 

「それにしてもッ、貴方の言う通りッ、敵が釣れたわね」

「後はあの人がッ、動いてくれれば織田家はこの事態を乗り切れるッ!」

 

晃助は元いた清水寺に思いをはせる。どうか動いてくれと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「援軍だわ!」

 

名刀「圧切長谷部(へしきりはせべ)」を振るっていた信奈が西の方角を指さして叫ぶ。その先には一万に届かない程度ではあるが、清水寺を目指して向かってくる。織田軍主力は美濃へ引き上げている。残った守備兵は僅かなので、あれ程の軍にはならない。

 

「いったい誰の軍勢だ……?」

 

目を細めると軍勢の先頭に南蛮具足を身に纏い、ヨーロッパから渡って来た白馬に乗る金髪碧眼の少女がいた。

 

「フロイスちゃんっ?」

 

彼女こそが細川忠興に[黙示録のびいすと]について教え、慕われているドミヌス会の宣教師だ。

 

「ヨシハルさん。畿内のキリシタンの方々をお連れしました!」

 

「「「 フロイスさまの受けた恩、ワシらがお返しします! 」」」

 

彼女は堺のある一件で良晴に救われていた。清水寺の一大事・良晴が向かったことを知ったが、助けようにも修道女であるフロイスは武力がなかった。しかし彼女の人徳にうたれた畿内のキリシタン達が立ちあがり、こうして集結したのだ。

しかし、フロイスはいわばシンボルだ。この軍団を統率する代表的な武将が別にいた。

 

「摂津高槻城の高山ドン・ジュスト! 援軍に駆けつけました!」

 

高山右近(たかやま うこん)。彼は現代でも有名なキリシタン大名だ。後に秀吉によって国外追放されたが、この時代の彼はまだひ弱な武将だった。彼の器量では松永久秀に兵を挙げることなどできないのだが、農民・町民のキリシタン仲間たちが立ちあがったのだ。武家として産まれた自分が指を咥えていられなかった。

 

「千早さまの手紙のとおりだ。敵は一万もいない。我らの力を合わせれば勝てる!」

 

「「「 おおおお!! 」」」

 

右近が立ったのは勝算もあったからだ。当初一万と聞いて尻込みしたが、晃助から「数は減らすから、助けてくれ」という手紙を受け取ったのだ。彼らは摂津平定戦で顔見知りで、降伏した後に共に三好の兵とも戦っていたので晃助の采配や策を知っていた。

 

「馬鹿な………彼らを動かすなんて……!?」

 

久秀は戦慄した。異国の血が混じる彼女はこの国に理解されてこなかった。異なる文化・宗教を持つ自分たちは古い歴史を持つ日本に理解されない。日本は日本、南蛮は南蛮、波斯は波斯だ。永遠に混じり合うこともわかり合う事もないと思っていたのに。

 

目の前で一人一人弱いキリシタン達が信奈を救おうと結束した。これまで彼女が経験したことのない巨大な衝撃だった。

 

只者ではない。信奈は只者ではない。

異文化に触れ、ソレに酔った者達が動いている。そのきっかけは実は良晴なのだが結果として信奈を救う為になっている。

信仰に染まった者達はソレの為に生きるのだが、信奈はそんな彼らをすら狂奔させている。これ程強い影響力を持っている。

 

なら、十分ではないか? 久秀は十文字槍を手放し、信奈の力を認めソレに染まることを選んだ。

 

 

 

 

 

 

「清水の事も大事かもしれないけど、私たちどうやって生き延びるの?」

「手は打った。あとはソレが成ることを祈りつつ、それまで生きることだ」

 

そこへ先に行かせた長頼率いる百の兵が戻って来た。

 

「ごめんなさーい! 晃助さま、失敗しました!」

 

長頼を始め先行部隊は皆、手傷を負っているが兵が増えたことは確かだ。戻って来た兵が散り散りになった千早勢を助け、一か所に集める。

 

「ごめんなさい。お城攻めたら大軍が出てきて、逃げてしまいました」

「追ってきてるのか?」

「はい、申し訳ありません」

「どうするのよ晃助!?」

「やっべえな」

 

晃助はそこで言葉を切ると、全員に聞こえるように叫ぶ。

 

「よく耐えた! これから俺達は生き残るぞ!」

「「「 ?? 」」」

 

千早勢は主の言葉の意味がわからない。敵が増えるのにどうして生き残れる?

 

「策は成った! バラバラでもいい! 全力で現戦闘区域から離脱しろ!」

 

晃助の命令の意味が分かりかねていた千早勢は直ぐにその意味を見た。長頼が逃げ戻って来た方向から軍勢が迫り、松永勢(●●●)を攻撃しだした。その旗印は。

 

「おのれ! 大和の松永家か!」

「踏み潰してやる!」

「波多野の恐ろしさを教えてやる!」

 

「何!? 波多野だと!?」

「何をっ! 攻撃してくるなら、ぶちのめしてやる!」

「者ども続け!」

 

長頼に攻撃させたのは丹波を治める波多野家の城だった。元々、義元を密かに逃がす軍なので旗差しなどがなく。長頼も名乗りを上げるときは千早の名しか叫ばないので、「松永家の千早家」と勘違いしてくれたようだ。

 

それでも両軍が千早家を攻撃してくるので、少数で散り散りに逃げるのだ。

 

「なんだ? 付いてきたのか智慧?」

「ええ、貴方は私が付いていないと京に帰れるかわからないから」

 

晃助と共に付いてきたのは頼隆を始め十人の兵だけ。長頼は他の兵をまとめて逃げてくれた。

 

「それに十二単衣が重くて動きにくいわ。脱ぐのを手伝ってくれない?」

「こんな戦場じゃなくてベットで言われたいね」

「別途? でもなんとなく、厭らしい事を言ったのは伝わったわ」

 

十二単衣は下手したら二十キロほどの重さになるらしい。こんなもの着ながら今まで戦い走っていたのだから頼隆は汗だくだ。というより、よく動けたともいえる。身軽になった頼隆は兵に命ずる。

 

「晃助を中心に円陣を組んで動きましょう」

 

帰りつくまで安全とは言えない。大将を守るように千早兵は陣を組み急いで、だが慎重に移動する。

 

「それにしてもよく考え付いたわね。波多野を騙すなんて」

「兵法……第何計だったかな忘れた? とにかく俺達(ちはや)で勝てないなら勝てそうな奴(はたの)を巻き込んでやろうって思ったのさ」

 

晃助は現代でやっていたゲームでAIの問題か、波多野家が全然動かず直ぐに滅ぼされていく様をよく見ていた。立地的に難しい事もあったが、どこかの大勢力と戦っていた時に、少数の足が速い騎馬隊などでちょっかいかけて、追って来た波多野軍とどこかの大勢力と戦わせてやったことも多々ある。晃助はそれを実際にやっただけだ。

 

「一万いた松永勢を分断させ、それを殲滅するために他力を操る。京に残った松永勢は摂津の知り合いに倒してもらう。この戦が貴方の(てのひら)みたいね」

「……上手くいったのは運だ。それに兵が沢山死んだ」

「…………」

「結果的に織田家の勝利となったが、千早家はこれでよかったのかな? もっといい策があったかもしれないけど俺には他に浮かばなかった」

 

織田家あっての千早家だ。主家のために命がけで働くのは当然だが、自分の家臣が死んでいくのを見るのはつらかった。今回の戦でどれほど死んだだろうか? 悩める晃助に頼隆が言葉をかけようとしたとき、彼にとっての悲劇が起きた。

 

ダーン! 

一発の銃声が夜の森に響き、千早の兵を殺した。

 

「ぐがぁ!?」

「隠れろ!」

 

各自近くの木の下で身を潜めるが、射手がどこにいるかわからない。晃助は先ほど受け取った替えの弓に矢をつがえる。

銃声が二つ新たに鳴り。千早の兵がまた減る。

 

「智慧、火縄の火は見えるか?」

 

鉄砲は火縄をつけないと撃てない。その小さな火がこの森の中では敵を見つける手掛かりになるのだが。

 

「ごめんなさい。わからないわ」

 

何もできない苛立ちと焦りが含まれた声で返事が来る。敵の所在は不明。数も不明。わかるのは下手に動いたら撃たれるという恐怖。晃助は目を閉じた。

 

「何をしているの?」

「……黙っていろ」

 

しばらく沈黙が流れる。

 

「っ!」

 

晃助は突然立ち上がり、木の上、葉の茂みに矢を放つ。

 

「あぐっ!?」

 

配下を狙ったときにどうすれば気づかれず、且つ射線を確保できるか考えたところ。上ならば条件に当てはまると答えが出た。そして小さな光を見つけたので矢を放ったのだ。隠れ潜んでいた射手が木から落ちたが、周囲の千早兵から遠い。一番近いのは自分たちだ。

 

「チッ!」

「うわっ!?」

 

射手が一瞬でこちらに照準を合わせ鉄砲を撃ったのだ。ギリギリ隠れるのが間に合ったが、弓の籐が吹き飛ばされて使えなくされた。射手は撃った後の鉄砲を構えて突撃する。その先端には――。

 

「銃剣!? 土橋か!?」

 

六角戦の時に銃剣を使う一団と戦ったが、その一団が後の調べで雑賀衆土橋家の傭兵だった。晃助が仕留めたのは指揮官クラスの人物であったとも調べられた。目の前の傭兵は頭巾で顔を隠していて性別も表情も覗えない。

 

「死ね」

「させない!」

 

傭兵の銃剣を頼隆が受け止める。頼隆の後ろに控えようとした時、傭兵は晃助に罵声を浴びせる。

 

「男のくせに女に守ってもらって恥ずかしくないの!?」

「何!?」

 

女の声だった。傭兵は続ける。

 

「男なら女を守ってこそでしょ! アンタ大将だろう!? 戦えよ。自分の力で!」

「動いちゃだめ! 大将を前に出させたら、私たち家臣の立場がなくなる!」

 

刀を抜いた晃助に頼隆は静止の声をあげる。刀と銃剣が夜闇で火花を散らす。

 

「アンタはどうなの? 体張って戦わされているなんて、守ってもらいたいとか思わないの?」

「私があの人を守るのは皆を導ける存在だからよ! ここで死なせたりしない!」

「そう。じゃあ残念だけど家臣らしく先に死になさい」

「あっ!?」

 

傭兵は銃剣を投げ捨てた。頼隆はそれを弾いたが懐に入られた。その手にはきらりと光る刃があった。刃が頼隆の腹を貫こうとしたところ――。

 

「へぇ……ちゃんと剣使えるじゃん」

「晃助……」

 

晃助は後ろから引き倒す乱暴なやり方だが、頼隆を逃がして代わりに刃を防いだ。

 

「ド素人だけどな。その篭手すげえな。剣を秘匿しているなんて」

「いいでしょ? 親友が作ってくれたんだ。けど扱いが難しいんだよ」

 

傭兵は一歩飛び退き、両手の篭手を見せびらかす。腕の動きに応じて短刀が飛び出す仕掛けで、どうみても暗器だ。

 

「いいの? 武器を見せびらかせてしまってはもうその手は通じないわよ」

 

地面から起き上がりつつ頼隆が質問で時間を稼ぐ。周囲の千早兵が駆けてくる。傭兵は頭巾のせいでくぐもってはいたが確かに笑っていた。

 

「いいわよ。だってカラスを仕留めるのはコレだもん!」

 

傭兵は両手を後ろに回し、コレを取り出す。

 

「「 !? 」」

 

短筒だった。通常の鉄砲より射程も命中精度も低いがこの距離なら危険だ。しかもソレを晃助と頼隆に向けている。

 

「さぁ男を魅せてご覧よ!」

 

引き金が絞られ、二挺の短筒から弾が出る。晃助にはそれがひどくゆっくりに見えた。誰の仕業かわからないが、自分は生きるか死ぬかの選択を迫られているような気分だった。

 

このまま何もしなければ死ぬ。これは当たり前だ。

 

右に飛ぶなら弾を躱せる。晃助は助かるだろう。だが、左にいる頼隆は目を丸くしている。これでは何の反応もできないだろう。

 

相手の傭兵は頭がいい。何もしなければ二人共死ぬ。だから男を魅せろと言った。

 

晃助は心の中で毒づいた。ああ、そうだ。お前の勝ちかもしれん。選択肢なんて自分にはこれしか選べない(●●●●●●●●)

 

 

 

 

「きゃぁ!? ……晃助……?」

「殿!」

「おのれ!」

 

「目的は達した。Good bye」

 

千早兵が駆けつけたが傭兵は闇の中を飛ぶように逃げて行った。残されたのはいくつかの千早兵の死体と、生き残り。そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと起きてよ!? こんなところで寝られても布団とか無いのよ!? 歩いて下山しなきゃ寝ちゃだめよ! 起きて! ねぇ起きてよぉ!」

 

泣きじゃくる頼隆にぐったりとした身体を揺すられる晃助だった。いつもの白い衣装は血で赤く染められ、左手は生まれたままの健常ではなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?」

 

丹波山中での目的を達した傭兵――土橋真喜――は出迎えに来てくれた親友:遠野宮透子と合流する。

 

「たぶん仕留められたと思うよ。左手と胸に一発ずつ」

 

最後の瞬間。晃助は左手で頼隆を突き飛ばした。それにより彼女は倒れ難を逃れたが、その弾が晃助の左手に着弾した。そして彼に撃たれた弾も胸に当たった。

透子は成果を報告する真喜の歩き方に違和感を感じ肩を貸す。

 

「怪我してるの?」

「うん。最初に脇腹にくらった。あの人の弓の腕すごかった」

 

透子は懐から手拭いを取り出し、真貴の患部に押し当てる。

 

「久しぶりに透子の谷間ポケット見たかも……痛っ!」

「バカなこと言わないの。とにかくこれでイレギュラーは排除できたわね」

「うん。これで織田家の動きはある程度予測がつくんだよね?」

 

今回の晃助襲撃は透子が計画し真喜が実行したもので、傭兵団の仕事ではない。相良良晴の織田家での働きを調べているうちにもう一人の未来人の話が浮上した。白いカラスと呼ばれる千早晃助という少年だ。

 

彼らは織田家中でも有名な「動物の国から来た可笑しなコンビ」として知られ、少し掘り下げて調べると「未来から来たと、この時代で認識されずそういう呼び名で通っている」と解った。

 

透子にとって相良良晴の方は秀吉の役割に当てはまっているので、まだ予測がつく。だが晃助の役割がわからず、自分が一切わからない歴史の流れにされる恐れがあった。

 

 

 

「しばらく織田家には史実の働きをして貰いたいわ。ある程度の史実通り(●●●●●●●●●)のよ。あまり行き過ぎるとお互いに困ると思うから」

「それにしても、ある意味勿体無かったな。あの人、女の人庇って死んだよ。透子の好みのタイプだったかもよ?」

「止めてよ。こんな時に好きな人の話なんて……」

「あっ! そういえば前に話していた美濃の人はどうなの!? その人見つけて結婚しちゃいなよ!」

「あ、あれはちょっとドキドキしただけで……そんなんじゃないから! それに顔覚えていないし……」

「勿体ないなー……痛っ!」

「早く帰りましょう」

 

怪我をしていても陽気な真喜をなだめながら、透子は紀伊への帰路についた。

 

 

 

 




あからさまな道具も出てきたし、この作品の[添え物]的なクロス元発表しようかな。
活動報告は予約投稿できないのでちょっと待ってください。

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