未来人の選択   作:ホワイト・フラッグ

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タイトルに可笑しなカタカナあるけど、わかる人にはわかる。


31.サソリの襲来。アッシャー

「信奈さま……サル人間を追って美濃へ……」

 

明智光秀は一人で京へ戻って来た。堺で十二万貫調達のために会合衆と相談したところ。織田家の御用商人ともいえる今井宗久が営む[納屋]が独占状態な[たこ焼き]の新メニューを開発しそれを会合衆に売り込むという企画で会合衆から矢銭を収めてもらえることになった。更に信奈が織田家中で出世競争などを絡んで名物勝負とし、どちらが美味しいか投票してもらう形で良晴と競うことになった。ちなみに「負けた方は美濃:岐阜城の厨房係に左遷」というルールを設けて。

更に更に、会合衆の代表席が空席なのを期に光秀が勝てば彼女と親しい[天王寺屋]の津田宗久が、良晴が勝てば[納屋]の今井宗久が次期会合衆代表に就任するという一大イベントとなった。

 

結果は光秀の勝利。作られたメニューは良晴の方が美味しい物だったが、光秀のバックに就いた津田宗久が他の会合衆を買収し票を独占したのだ。信奈自身は良晴をからかいたいという気持ちもあったが、題目はなんであれ競わせることで二人がより良い名物を生み出すことを期待したのだ。後で今井宗久に仲立ちしてもらうことで「左遷の罰は無し」としようともしていた。本当は光秀が後輩らしく謙虚に勝ちを譲り、引き分けにしてしまうのが一番丸く収まるのだが、空気を読まず光秀は織田家の出世と信奈の寵愛を受けたいがためにルールに取り決めてあった「負けた方は美濃:岐阜城の厨房係に左遷」を信奈に迫った。

買収をしたのは津田宗久なので彼女に罪は無いが、不本意な勝ち方をしたのに、はしゃぐ光秀に信奈は叱責。潔く美濃へ向かった良晴を追った。勝負の際に与力に付けられた犬千代ですら、信奈と良晴の家臣と同じく、彼女の勝ち方に不満を持ち何も言わずに去った。

 

そんな折に松永久秀の謀反だ。京の守りは光秀、良晴、晃助に任されていたのに晃助は別件で留守にしているので光秀が守らなければならない。だが、

 

「数が……」

 

松永勢は一万、京に残る織田の手勢は千。そのうち五百が千早家、二十が光秀直参の鉄砲衆、あとは下級の侍大将達だ。緊急時ゆえに光秀に従ってくれるが、皆光秀の指揮に慣れていないのが響く。寡兵で多勢に挑むのだから結束が重要なのだが、堺の話が広まっているようで兵たちの間で疑心が広まっている。改めて光秀は堺での行いを恥じた。

 

「光秀さん、頼みましたよ~」

 

清水寺の奥座敷で十二単を着こんで優雅に和歌を詠んでいる今川義元の陽気な声が響く。

 

「御意、京を守るのは明智光秀。この命に代えましても京と義元さまを守り抜きます」

 

同僚や目下の者が自分を信用してくれなくなったのは自業自得だ。だが、信奈から京を任されているのだ。幸いなことに信奈がここにいないのであれば、兵を率いて再起することができる。そのために今川義元を何を引き換えにしてでも死守する。光秀は覚悟を決めた。

そんな時に晃助が転がり込むように戻って来た。

 

「ぜぇ……ぜぇ、めっちゃギリギリだ。何とか、間に合った」

「千早先輩!?」

 

てっきり逃げ出したのかもしれないと思っていた晃助の登場に光秀は驚いた。千早勢に大将が戻ったことで指揮系統は改善されるだろうが、光秀が堺でしでかしたことを聞いたら、この人も冷めた目を向けるのではないか? 良晴と仲が良いこの人物は自分を恨んでいるのではないか? そんな事が浮かんだが杞憂だった。

 

「松永勢に見つからないように走っていたら遅れた。すまん」

「……兵たちで噂になっていませんか? 私が堺で……」

「来る途中で兵たちから聞いた。だから俺が大将をしてくれって言われたけど、お前に大将を任せたい」

「……へ? どうしてです? 先輩が采配を握ればいいじゃないですか! 身内で不和を作った私なんかよりもっ!」

「お前は何をする為に此処にいる?」

 

晃助が戻ったことにより大将を辞退しようとする光秀に溜息をつきながら確認する。まるで馬鹿馬鹿しい事をわざわざさせられているように。

 

「それは……京を守る為に、今川義元をここで失えば折角進めた話が台無しになるからです」

「だよな。面倒だよな? よくわかってるじゃないか」

 

そこで一度言葉を切ると新たに質問する。

 

「お前と俺、どっちが指揮が上手い?」

「それは……」

 

斎藤道三の弟子として兵法を学んだのだ。いつもの光秀なら胸を張って自分だと主張しただろう。だが、堺の件で同僚や末端の兵から信用を無くした自分に指揮官が務まるものか。

 

「自分でわからないなら第三者の評価を聞けよ。我らの主君、織田信奈は六角攻めの際に言っていただろう? 『自分の他に大将を任せられるのは五人いる』そこに柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、相良良晴、そしてお前、明智光秀の名前が挙がったろ? 俺じゃないんだ。だからお前が大将をした方がいい」

「今の私には……」

 

煮え切らない光秀に苛立ち、晃助はその肩を強くつかんで叱咤する。

 

「しっかりしろよ。お前が堺でやったことは信奈の一番になりたいからだろう!? だったらその信奈が下した評価を証明して見せろよ! お前は明智光秀だろうが!」

 

まだ何か言いたそうにしていたが、櫻井が戻ったことにより晃助は舌打ちしながら乱暴に光秀を放すと報告を聞く。

 

「首尾はどうだ?」

「配下を数人、紛れこませることに成功しました」

「よし。智慧の準備は?」

「そちらも滞りなく」

 

櫻井の報告に満足そうにしながら晃助は光秀に向き直る。

 

「これから今川義元を脱出させる。評判に響くかもしれないが、命あっての物種だ。ここ清水寺には義元の替え玉を置いておく。お前は陽動の為にそれを守れ」

「ちょっと、待ってくださいです! そんな勝手な事をして信奈さまに叱られるです」

「叱責は俺が受けるからお前はここを守ってりゃいい。念のため兵を何人か連れて行く。そいつらはもう動いている。この作戦はもう止められんよ」

「なっ!?」

 

奥座敷を見ると幾分か大人しくなった今川義元がこちらを見て笑っている。清水の舞台から下を見ると千早家の兵が出発している。その中には立派な輿もある。あの中に本物の義元が乗っているのだろう。もう晃助の策は止められない。

 

「いつの間に!?」

「という事で俺は護送するから必然的にお前がここの指揮を執れ。千早家の手勢二百は置いて行くから上手く使えよ? 小平」

「ここに」

「お前が二百の分隊長だ。光秀をよく助けろ」

「御意」

 

部下に後事を任せて出て行こうとする晃助を光秀は止めようとしたが、もう死ぬ覚悟はできているのだ。ならば彼の策を助けようと伸ばした手を下した。

 

 

 

 

 

「オイ」

 

配下と合流し京を脱出しようと馬を進めていると、怒気を含んだ呼び声が聞こえたので、晃助は振り返りその黒を瞳に映すと驚愕した。彼は主君と東へ向かったはずだから。

 

「なぜお前が此処にいる!?」

「光に……あぁわかんねぇか、姉小路頼綱が京に残って備えろと言ってな。そんな事はどうでもいいんだよ」

 

新夜海斗、織田家の同盟者、姉小路の黒犬の異名をとる少年が、武具一式を装備して不機嫌そうな顔をしている。頼綱はもしかしたら織田の主力が京から引き上げると、誰かが襲撃すると読んでいたのかもしれない。だから姉小路家で最高戦力といわれる海斗を残したのかもしれない。この機に織田家に貸しを作る気なのか?

晃助の考察をよそに海斗は彼に食って掛かる。

 

「女に一番キツイとこ任せて逃げようってのか?」

 

海斗は、火のような怒りを瞳に浮かべて晃助を睨みながら続ける。

 

「事前の相談もなく勝手に兵を動かしやがって、さっきから散々言いたいこと言っていたが、結局お前もあの女を信じてないんじゃないか」

 

舞台で話していた事を聞いていたのだろう彼の非難は正しい。晃助は迅速な行動を取らなければ松永勢から逃げられないと思って兵を動かしたが、光秀からすれば減少した兵で死ぬまで戦って囮になれと言われたのだ。 

 

「護衛をあの女に任せて、お前がここに残って戦うべきじゃないかよォ?」

「これは俺の策で光秀には実行できない。だから俺が護送するんだ」

「ふざけんな! 優秀な部将なら段取り話してやればできるだろうがッ。お前はあの女を救う気で策を考えたんじゃないんだろ」

 

海斗は晃助の策が気に入らなかった。頭は悪いがこの場の織田兵を率いる事ができるのは、晃助か光秀ということはわかる。そして新将軍の候補を守らなきゃならないのはわかる。だが分担がわからない。囮が必要でも男ではなく女が残るのはおかしい。

 

「今川義元を護送していれば自分は助かる。じゃあ明智光秀は? 助かる見込みがあるのかよ? 結局は自分の保身なんだろうが!」

 

争いは嫌いだが、それでも姉小路家の戦に参加していたのはその地を姉小路が統治すれば、もうその地で戦は起きないからだ。いつも先鋒で戦うのは、姫武将なんてことで頼綱や長近が前に出ようとするのを止める為だ。自分が前の敵を倒し追い払えば彼女たちは戦わなくて済む。だが、姫武将を使い捨てにしようとする晃助の行動が頭にくる。

今からでも遅くない役割を代われと訴えるような目をした海斗に晃助は冷酷な声を発する。

 

「わめくなよ。そんなに光秀が、かわいいならお前が守ってやれよ。もうすぐ時間だ俺は行くぞ」

「オイ! てめぇッ!」

「こちらも楽な仕事じゃないことをご理解いただきたいね。気づかれたら一巻の終わりなんだから」

 

晃助は配下に合図しながら行軍速度を上げる。海斗は徒歩なので追いつくことが叶わない。

 

「言われなくても守り抜いてやるさ。なにより……」

 

千早勢が点になるくらい距離を放された海斗は清水寺を包囲しようとする松永の旗を目指して走り出す。

 

「くだらねぇ謀反なんか起こしやがってぇッ!!」

 

晃助への怒りなど今はいい。締める事など生き抜いた後でいくらでもできる。今はやっと平和にした京を再び戦火に晒した松永久秀が憎い。聞けば姫武将らしいが、争いを起こすなら、その火種を摘み取るまでだ。

海斗は槍を握りしめた。

 

 

 

明智光秀は得意の鉄砲で迫りくる松永勢を撃ち殺す。目の前の道は敵、敵、敵だらけだ。他は僅かに奮戦する味方と両軍の死体だけ。戦術も知恵も関係なく埋め尽くす物量だ。

 

「次から次へとッ、弾がもたないです」

 

当たれば一撃必殺な鉄砲も火薬と弾という制限がある。予備を取りに行くために清水の舞台に戻ると異変に気付いた。

 

「敵が減って、あそこに集まっている?」

 

最初は清水寺を包囲すべく全軍で群がって来たのが、今では四千程が包囲、二千程が都の中心あたりに集まっている。残りは?

 

「怖い者ですわね彼は」

「ッ誰です!?」

 

舞台には一人の女が立っていた。褐色で豊満な体を唐風の真っ赤な衣装に包み。妖艶な笑みを浮かべていた。

 

「松永弾正久秀。お見知りおきを美しき姫。まぁすぐにお別れになりますが」

 

目の前の熟れ頃の女が、三好家を操り、東大寺を焼き、将軍を暗殺しようとした[サソリ]の異名を持つ大悪人。そしてこの襲撃の主犯。

 

「敵の大将が一人ですか」

「美しい姫武将は自分の手で殺したいので」

 

久秀は十文字槍の切っ先を光秀に向ける。それに対し光秀は近接戦に使えない鉄砲を捨て刀を抜く。

 

「冥途へ送る前に、名をお聞かせ願いますわ」

「織田信奈家臣、明智十兵衛光秀」

明智(めいち)が光り、秀でる。良きお名前を親から頂きましたわね。宝蔵院流の槍、受けられますか?」

「我が剣は――」

 

光秀が答えるより先に久秀は動く。体を前傾させ速度を乗せられた槍は光秀の柔肌に傷をつけんとするが。

 

「剣は――鹿島新当流、免許皆伝」

「!?」

 

槍に最後の加速をかける前で助かった。今少し身を引くのが遅ければ久秀の両手は落ちていた。

美しき容姿で生まれ、大軍を指揮し、公家衆と交渉し、鉄砲の名手、更には剣豪将軍に匹敵する剣士。この少女は―――

 

「あなたほどの人物なら天下を狙えるはず、なぜそうしないのですか?」

「私は自分の夢を信奈さまに賭けたのです! お前なんかに邪魔させないです!」

「人の夢と書いて儚いと読みますわよ」

 

久秀の世迷言に光秀は失笑した。自意識過剰かもしれないが確かに自分の能力は優れている。時々、目の前の事にのめり込んで今日の堺のような失敗をしてしまうが、自分の夢を諦めたわけではない。この世には多くの英傑がいて、その者達が天下を狙う事ができるかもしれない。だが天下人の座は一席だ。

 

「丸投げしたわけじゃないです。一緒に天下を狙うのです」

 

だから引いたのだ。真に相応しいと思える人に会ったから。夢を賭ける事(●●●●)ができたのだ。死ぬ覚悟を持って戦っているが、本当に死んでやるつもりはない。例え力及ばずここで倒れることになっても、今川義元を逃がしたのだ信奈が再起できるように計ってある。今は全力を持ってこの女を倒す。

 

「あなたこそ、一体どんな意味があって、この乱をおこしたのです」

(わたくし)には天下を収めるほどの器はありません。愛しき主君を亡くした私の新たな主君に織田信奈が相応しいか測っているだけ、人は追いつめられた時に本当の姿をさらけ出します。この乱はあなたを含め信奈さまを見極める為の戦」

 

そう言うと久秀は笑っていた。

 

「そう言えばさっきも、あの少年に同じことを言ってきましたわね」

「少年!?」

 

光秀はここから離れた晃助の事が浮かんだが、続く久秀の言葉が否定した。

 

「ここから離れたところで私の兵が集まっているでしょう? アレは一人の男を抑えているのですよ」

「?」

「あら知らない? 姉小路の黒犬と呼ばれている者ですよ。貴女が知らないということは別口ですか……フフ、姉小路の姫も中々面白いわね、殺したくなります」

「えっ!?」

 

思わず振り返って見直してしまう。幸い卑弥呼様がおわす、御所には近づいていないが、依然二千程、いや先程より僅かに増えた数が群がっている。

 

 

 

「ぎゃあああ!」

「フンッ」

 

降り注ぐ矢を防ぐために組み合っていた兵を盾にして捨てる。こうしてハリネズミを作っては放り捨てる事をかれこれ二十回は同じことをした。突き殺した数も、首は四十数回で忘れ、胴は二十数回で忘れた。槍や刀を奪っては投げたり、刺して抜けなくなる度にまた奪ったりもしていた。その数は十、いや三十だったか、とにかく。

 

「止まらねぇぞ……」

 

数えることも億劫になるほどの殺戮を行っても、この怒りは静まる気配がない。自分でも「おかしい」「バケモンじゃないか?」と疑問に思うほど動ける。疲れを感じない訳ではない、現に足取りは重くなり、致命は避けているが手傷を負っている。

 

「ォオオオッ!!」

 

海斗は何度目かの突撃で黒い槍を赤く濡らす。槍を持たない方の、左から敵が切りかかって来た。海斗はその刃を足刀で弾き、持ち主に距離を詰め、その首目がけて五指を突き出す。

 

「がっ!?」

「うおおお」

「ちっ」

 

首を掴んだ瞬間に別の兵が切りかかって来たので、そいつ目がけて掌中の男を投げる。更に別の敵が突っ込んでくるのでそいつらを叩きのめすべく地を蹴る。

 

「大丈夫か?」

「あぁ、ふっぐっ!? ぐがぁあああ!」

「お、おい?」

 

四人程倒し、丁度敵の手首を掴み上げているときに異変が起きた。今しがた首を掴んだ兵が喉を抑えて悶えだした。敵が海斗一人ということもあるだろうが、その暴れ振りは周囲の兵が輪を作って様子を見るほどである。

 

「なんだ!?」

「たかが首を掴れただけだろう?」

「まるで毒を食ったかのような暴れ振りだ」

 

そう、まるで体内で異常があるかのような(●●●●●●●●●●●●●)反応をするのだ。

 

「ぁ――――――ッ!」

 

やがて声帯がイカレタのか、五十音に当てはまらないような叫びを上げて絶命した。戦闘中とはいえ何かの奇病が発現したのだろうか? そうではないことが二度目の異変が証明した。

 

「痛っ、あ、熱っ!? あちいいい!!」

「うわ!」

 

海斗に腕を掴まれていた兵が奇声をあげて暴れた。熱いとひっきりなしに叫んでいる。奇妙な事態だが戦っている事には変わりないので、海斗は叫ぶ兵の腹を突き刺して黙らせた。

 

「ん?」

 

死体になった男が抑えていた腕が露わになり、海斗だけでなくその場にいた全員が異常を察した。だがあり得ない。焦げているのだ。海斗はその焦げと己の左手を交互に見る。

 

「偶然じゃないな……」

 

先ほどまで海斗が掴んでいた場所が焦げているのだ。ということは、最初の男は片手で首を絞める(●●●●●●●●)だけで殺せたようだ。原因不明、海斗は自身が引き起こした事だとは理解できたが、どうしてこうなったか心当たりがサッパリわからない。なんにせよ彼は自分の目的を目指す。

 

「もう一度、松永久秀に会って殺す。俺を止めたいなら、それも構わんが――」

「この俺を止めたきゃ、あと六千は持ってこい。……数合わねぇか、じゃあ俺は止められんなァッ!!」

 

海斗は全ての敵兵に向かって大見得を張る。一人でそんな数を相手できる? 理屈は無いが、やろうと思って、血反吐吐くくらいに挑めば、出来る気がする。自分はそう言う物だ(●●●●●●●●●)という根拠のない核心がある。そして黒い槍は持ち主の殺戮を黙して幇助する。

 

 

 

 

清水寺からはそんな詳細が分からないが、光秀は味方である事を誰ともいえないが、感謝した。何度かすれ違う程度にしか会わなかったが、目つきの悪い少年があの中心にいるということが信じられない。

 

「あれ程の兵に囲まれながら、まだ生きているなんて人であることを疑いますわ。あの者の本当の姿は戦に関しての憎悪、……いいえ、そんな言葉すら生ぬるいほどの苛烈さを感じましたわ」

「一度戦ったのですか」

「ええ、私がいる間で二百程殺していますから、厄介でしたよ。あそこまで引きつけて伏兵で襲わせていますの。それが未だに死んでいないとは……あなたはどの程度粘れますか?」

 

久秀は再び十文字槍を構え突き出す。先ほどより踏み込みは浅く、普通に槍で勝負するにしては、やや距離が開いているが、槍の長さを活かせるのだから懐に飛び込む必要はない。光秀は慌てることなく毒婦の凶刃を払いのける。お互いに決定打はないが、久秀にとってはむしろ浅い突きを繰り返して少しずつ削いでいく方がいたぶれる。何十合目か打ちあっている最中にサソリは一つ毒を落とす。

 

「そうそう、甲賀の杉谷善住坊なる鉄砲の名手が、織田信奈さまを北近江で待ち伏せて狙撃するそうですわ。今頃死んでいるのでは?」

「……そんな馬鹿な」

 

実際に杉谷善住坊は美濃へ向かう途中の相良良晴を拘束し、ソレを餌に織田信奈を撃とうとしている。あり得ない。妄言だと払いのけようとするが、妙な香りが漂っているのに気付く。人に幻覚・妄想を見せる久秀の術だった。光秀の意識が一瞬飛ぶ、その一瞬が大きな衝撃だった。

 

(私が追い出してしまった相良良晴を追って……信奈さまが死んだ!? 私のせいで!?)

 

光秀自身が作り上げた幻想か、久秀の忌まわしき言葉かわからない。それども動きを止めた光秀が殺されるには十分な時間。久秀はゆっくりと、正確に光秀の白い首筋に十文字槍を伸ばす――が。

 

「やらせねえええ!」

 

十文字槍を長柄の槍で跳ね上げたサル大将が飛びこむ。

 

「一騎打ちに割って入るとは、何者です?」

「織田家部将、相良良晴!」

 

良晴が此処に来るという事は杉谷善住坊がしくじったらしい。これまで狙った獲物を外したことが無い彼にしては信じれれないが、それを詮索することは久秀にはできない。

 

「皆の者! 狙うは今川義元の首ですわ!」

 

久秀の号令の元、松永勢が波のように舞台に上がって来た。良晴と光秀は囲まれる。

 

「総当たり戦になるとこっちが不利だな」

「しっかりしなさい良晴! 十兵衛!」

「!?」

「馬鹿な!?」

 

清水寺の屋根から激励を送るその姿は誰が見てもわかる事実だった。織田信奈は生きている。その横には犬千代、半兵衛、五右衛門が信奈が撃つ鉄砲の弾を込めている。

 

「悪いわね岐阜に戻っている時間が無かったから、援軍は五人だけよ」

「……信奈さま」

 

術に堕ちた光秀は信じられなかった。堺での件で良晴を貶めて、信奈に犬千代に半兵衛に五右衛門に嫌われた自分の為に、たった五人で助けに来るわけがない。自分は見捨てられたのだ。

 

「いろいろあったけど俺達は狙撃から逃れて助かったんだよ。杉谷善住坊には逃げられたけどな」

 

詳細については、縄掛けされていて身動きできなかった良晴が、僅かに動く手で携帯電話を取り出し、中に収録されたゲームSE「合戦ボイス」を鳴らして、狙撃の気を反らさせたのだ。後は、外れた銃声を聞いて駆け付けた信奈たちが良晴を解放した。

 

「それでも……たった五人で来るなんて、ありえない。これは夢……」

「夢じゃねえ! 俺を追い落としてでも、信奈に気に入られたかったのだろうッ? だったらお前が、信奈を信じないでどうする」

「……え」

 

槍で松永兵の攻撃を弾きながら、良晴は光秀に激を送る。数時間前にも同じような事を言われた気がする。

 

「この時代に生まれて、あんな途方もない夢を理解できるのは十兵衛ちゃんだけだ。織田信奈には明智光秀が必要なんだ」

 

斎藤道三も言った。夢は誰かと共有してこそ夢だ。ただ一人で追い求めては野望だと。未来人たる良晴や晃助はそれを理解できるが、この時代の人々に革新的な信奈の考えを理解できる者は光秀だけだ。

 

「だから、お前を助ける為に信奈は来たんだ。一度岐阜に戻っていたら間に合わないから! もしこの先も何かに迷ったなら、この燃える清水寺の血に濡れた修羅場を思い出してくれ! お前を救おうと乗り込んできて、鉄砲を撃ち続ける現実の(●●●)信奈の姿を……!」

 

良晴は実は光秀を見殺しにしようという考えがあった。いずれ戦国時代の最も有名なイベント「本能寺の変」を引き起こす原因なのだから、だが、愚直に信奈を慕っている光秀を見ていて、謀反を起こすとは思えなかった。現代の21世紀になっても、あの事件の真相が解明されていないのだ。歴史の文献を漁るしか調査できない現代と違い、良晴は目の前で実態を見ることができる。良晴は信奈と光秀の二人の運命を摘み取るまいと心に決めた。

 

光秀はどうして目の前の男が、そんなに祈るように自分を見ているかわからなかったが、強い熱意を感じた。信奈を想う気持ちは自分に負けていない。どんな困難があろうとも、どんな運命が落ちようとも、必ず拾ってやる(●●●●●●●)。それを成し遂げるという力を感じた。

 

「フフ……感動的な主従ですね。よくぞ最初の試練を乗り越えましたわね信奈さま。今度は私に直接その輝きを見せて下さいまし」

「私を測ろうなんて、いい度胸ね」

 

光秀の目に光が戻りつつある事に、久秀は焦った。織田信奈も来たなら丁度いい。信奈の本当の姿を見る為にも、サソリは二つ目の毒を落とした。

 

「そこにいる。今川義元は影武者だという事は知っていますわ。本物は自由都市である堺に向かっているようですが……」

「何!?」

 

晃助が信奈や良晴に相談せず――時間もなかったが――実行した作戦だが、それを知っているのは光秀と、たまたま聞いていた海斗だけだ。なぜ、久秀が?

 

「私の配下に紛れ込んだ、カラスの手下が教えてくれました。彼らはもう動きませんが……」

 

偵察のためだろう、潜り込ませた櫻井の配下が見つかり、裏目に出てしまった。行先を知っているということは、つまり。

 

「可笑しいと思いませんでした? 清水寺の包囲に四千、あそこで暴れている黒犬を抑えるのに、二千……今はやや増えているようですが、それでも三千近くの兵がいないのですよ! クク……アッハハハ、追わせているに決まっているでしょう?」

 

光秀は戦慄した。晃助の策を知らない信奈も事情を察した。

 

「そう! 信奈さまはこの地で絶体絶命! 肝心の今川義元も絶体絶命! これ程の危機がありましょうか!? フフフ……さぁ、信奈さま。乗り越えて下さい。できなければその美しい首を頂きます」

 

清水寺で毒婦の哄笑が響き渡る。

 

 

 

 

 

「こ、晃助さん? ほ、本当に大丈夫ですの?」

「もちろんです。義元さまは何も心配する事はありません」

 

晃助は京より脱出し、丹波と摂津の国境を経由して堺に向かっていた。今川義元は輿に揺られながら、扇で僅かに顔を隠しながら晃助の顔を窺う。

 

「どうかしましたか?」

「ほ、本当に大丈夫か恐ろしくて……」

 

義元は周囲を眺めながら、か細い声で震える。桶狭間を経験したのだ。こんな状況が不安になるのだろう。

 

「……可愛らしいですな」

「な、なななな、何を言って!? ふざけたことを言うんじゃあ……ありま……せんわ!」

 

晃助からの予想外の返しに、義元は扇に顔を押し付けるように隠しながら。抗議する。

 

「そう言えば、姫とこうして話すことは初めてですな」

「は? お、おーほほほ、そう言えばそうでしたわね。お前はあまり和歌や茶を嗜まぬ故なぁ」

「む……さ、作法が疎くて」

 

文化の話になると義元は調子を取り戻す。

 

「指導をうけているのではありませんか? 黒髪の気立てのよい美少女に」

「ああ、智慧ですか。アイツの指導でも興味の無い事は身に入りませんよ」

「まぁ……あんなにも真摯に教えているというのに、薄情ですわね!」

 

そんなやり取りをしていると、背後から櫻井が馬を使って駆けてくる。

 

「申し上げます! 配下が失敗しました」

「何!? そいつ等はッ!?」

「情報を吐いた後に殺されました。恐らく何かしらの薬を嗅がされて自白してしまったのでしょう」

「……」

 

死んでしまっては任務に対して褒めることも、叱ることもできない。今はそれよりも大事なことがある。

 

「……松永勢は……直ぐに追いついてくるよな?」

「恐らく、もう時間が無いかと」

「こ、ここ、晃助さん!? どうするのです!?」

 

十二単衣の裾をバタバタさせて暴れる義元を放置して晃助は考える。

 

「彦! 彦はいないか!」

「ここでーーーす!」

 

長頼を呼びつけると、元気よく走って来た。長頼や勝家を見ていて毎度思うが、何故鎧を着ているのに胸が揺れるのだろう。そんなアホな事を考えているとは露と知らず、半日ぶりに名を呼ばれた長頼は晃助の前で膝をつく。角度的に谷間が見えそうだ。惜しい!

 

「原長頼ここに! 御用はなんでしょう」

「この先にある城をちょっと攻撃してこい」

「はい! 兵はどれだけですか?」

「百」

「え?」

「百だよ。えっ? もしかして多い? じゃあ……」

「ちょ、ちょっと、待ってください!」

 

長頼の動揺は正当だ。鉄砲が普及している織田軍でも、百の兵で城に挑むのは無謀だ。

 

「そんな数じゃ、城を落とせません」

「落とす必要はない。攻撃して来い。兵の数は……」

「わ、わかりました。行ってきます!」

 

これ以上話していたら兵を減らされてしまう。そう察した長頼は慌てて駆けていく。

 

「晃助さん、あなた鬼畜ですわね。わらわでも、もう少しマシな命令をしますわよ」

「あなたを守るためですから。必要ならこの命も投げ打ちますよ」

「そ、それは……えと、当然ですわ! わらわは、天下のい・ま・が・わ・よ・し・も・と! なのですから。おーほほほ!」

 

義元は一瞬顔を赤くしたが、直ぐに高笑いで誤魔化した。

 




原作キャラのしゃべり方を気を付けて書いてるつもり。義元が一番解りやすいけど、タイピングがメンドクサイので、書くのが苦手。
けど、可愛いから頑張れる。

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